第9話 青外套の剣士
「誰だ、あいつ……?」
これも吟遊詩人の受け売りだが、神々ってのは、とんでもなく気まぐれな運命の支配者たちだ。俺たち地上の種族を、指先でひょいとつまみ上げて不幸の海に放り込み、溺れる寸前まで苦しめたかと思えば、ふと憐れみを覚えたかのように、雲の合間から救いの手を差し伸べたりする。
今、俺たちの前に現れたあの人間も、ひょっとして――天上の権力者たちが気まぐれによこした助け舟なんだろうか?
こっちに背を向けてるんで顔は見えねえが、多分男だな。昼の蒼穹を思わせる真っ青な外套を身にまとい、太陽と見紛うばかりに輝く円形の盾を背負ってる。外套がはためく度に見えるのは、腰帯につり下げられた剣。柄頭には琥珀の大玉が燦ときらめき、鞘には黄金の象嵌細工が施された幅広の剣だ。
どうやら牛頭の怪人は、いきなり現れたその男を警戒して立ち止まったみてえだ。男がいる場所から大股で十歩ほど歩いたところに立ち、戦斧を構えて様子をうかがってる。
そのとき、男が信じられねえことをした。腰の剣に手をかけ、すらりと鞘を払ったんだ。
抜けばきらめく黄金の刃。刀身が陽光に照り映え、燦然と輝く。まるで、剣そのものが光を発してるかのように。
遠目にもわかる、あの見事なこしらえ! あれは……小人の鍛冶屋が精魂込めて鍛え上げた大業物に違いねえ。
「まさかあの人、牛頭人と戦うつもり?」
「おい! あんた、正気かよ!」
サーラが息を呑み、俺も思わず叫んだが、青外套の剣士はこっちを見ようともしなかった。剣を構え、牛頭人が動くのをじっと待ってる。
一方、男がやる気満々と知って、牛頭人身の魔物は怒り心頭に発したようだ。しきりに角を振り立て、蹄のついた足で二、三度地面を掘り返して歩き出した。大地を揺るがし、男に向かって大股に歩を進めながら、戦斧を大上段に振りかぶる。黒い刃が、魔物の頭上で雷みてえに光り――一気に振り下ろされた!
哀れ、男は樵の鉞に打ち割られる薪みてえに、頭のてっぺんから真っ二つ……と思いきや、次の瞬間、信じられねえことが起こった。男が地面を蹴って軽やかに飛びすさり、怪牛必殺の一撃をかわしたんだ。並の人間にゃ到底避けられねえ、落雷じみた一振りだったのに。
「は、速え……!」
牛頭人の戦斧が勢い余って大地に食い込み、大量の腐葉土があたりに飛び散る。
怪牛は得物を地面から引っこ抜き、男をじろりとねめつけた。そして、再び斧を振り上げるなり、今度は右から左へ、左から右へと振り回す。
「――ふ」
稲妻の速さで迫る牛頭人の二撃目三撃目を、難なくかわす青外套の剣士。二撃目を楽々飛び越え、続く三撃目も易々かいくぐる。
踏み込みが足りねえと思ったんだろう。怪牛が一歩二歩と進み出て、男との間合いを詰めた。
今度こそ男の脳天をかち割ろうって腹なのか、電光石火の四撃目を打ち下ろす! そして――また信じられねえことが起こった。
「づあああああああッ!」
獅子の咆哮もかくやという大音声。男が一声雄叫びを上げ、剣を下からすくい上げるように一振りした。割れ鐘の響きにも似た大音響が、耳を聾する。牛頭人の戦斧が男の剣に弾かれ、火花を散らしてすげえ勢いで跳ね返った。そのまま怪牛の手中から吹っ飛び、頭上でくるくるくるっと三回転。風を切りつつ落下して、勢いよく突き刺さる。慌てて飛びのいた、牛頭人の足下に!
「う、嘘だろ……?」
あの男、怪牛の戦斧を跳ね返しやがった。まともに受け止めたりすりゃ、剣ごと叩っ斬られそうな一撃だったのに、それをあっさりと。
デュラムとサーラも、これにゃ度肝を抜かれたみてえだ。言葉もなく、呆然とその場に立ち尽くしてる。
だが、一番驚いたのは、戦斧を跳ね返された怪牛本人だろう。奴の様子を見れば一目瞭然だ。あの直立二足歩行牛、自分の戦斧と男の剣を交互に見比べながら、しきりにうなってやがる。
「――もう一度、やってみるかね、牛頭人君?」
からかうように、男がたずねた。大人の余裕を感じさせる、ゆったりとした深みのある声だ。さっきの猛々しい雄叫びは空耳だったのか――そう思っちまうくらい、穏やかな口調だった。
「もっとも、何度やったところで、結果は同じだと思うがね……」
陽射しを浴びて輝く剣を手に、男が一歩前進する。つられるように、怪牛が一歩後退した。男の丈夫な革靴を履いた足が再び一歩前へ出りゃ、牛頭人の蹄つきの足がまた一歩後ずさる。一歩が二歩に、二歩が三歩に、三歩が――。
とうとう怪牛は、くるりと回れ右をして逃げ出した。脇目も振らずに一目散、横道それずに一直線。奴の巨体はあっという間に小さくなって、見えなくなる。あとに残されたのは、俺とデュラムとサーラ、そして怪牛を追い払った青外套の剣士……。




