聖女と大悪魔の邂逅
ラングリア王国の王都アルセンシア。
その中心部に聳える王城を眺めるひとりの若い男。
つけ加えれば、金髪、青い目、そして、長身。
むろん、美形であり、世の女性の半分が目をハート型にすること間違いなしと言ったところであろう。
そして、実際に彼へ向ける女性の視線がその言葉が正しいことを証明している。
ただし……。
彼は普通の人間ではない。
では、爵位持ちの貴族の子息なのかといえば、それも違う。
もしかして、王族?
残念ながらそれもハズレである。
正解。
彼は悪魔。
しかも、ただの悪魔ではない。
すべての悪魔を統べる大悪魔でマレフィクスという名を持つ。
そう。
その青年とはすでに千年以上も生きている大悪魔が魔法により青年に見せているだけの偽りの姿。
もちろん、その魔法は最高位。
その変装に誰も気づかない。
同業者たちを除けば。
「さて、人間界の美味い食事にありつくためにここやってきたわけだが、せっかく来たのだ。腹ごなしも兼ねて少しだけ遊んでいくか……」
マレフィクスは城を眺め直す。
「対悪魔の結界か」
結界。
むろんそれは普通の人間の目には見えないもの。
だが、彼は悪魔。
その種類や強さまで一瞬で理解できるのだ。
「……城全体を覆うとは宮廷魔術師どもの苦労が目に浮かぶ。だが、その程度の結界で防げるのは下級悪魔のみ。私には通用しない。愚かな人間どもにそのことを教え込んでやるとするか」
ニヤリと笑ったその若者は少しだけ思案顔をつくる
「城を吹き飛ばすことも可能ではあるが、それでは面白くない。では、王の首を刎ね、玉座に晒すか。いや。それでは我々に対する憎悪が増すだけで王威に傷がつくことはない。それに玉座に座りたい者は山ほどいる。そいつらの希望を叶えてやる必要もない」
「何かないか?私が満足するこの国の為政者どもの威信が吹き飛ぶようなことは」
そして、あることに思い至る。
「そうだ」
「あの城には例の聖女がいる。その女を辱めてやるか」
聖女。
そう。
この国にはそう呼ばれ、国民から崇拝されている女性がいた。
第三王女フランシーヌ・ファンドリアーノ。
十六歳。
そのフォルムこそ、大人の女性どころか同年代の少女の平均からも数段階見劣りがするものの、金髪と青い目を持つ顔はかわいいというより聖女と呼ばれるにふさわしい美しさを漂わせており、魅力度ゼロの薄い胸も、強度の色眼鏡を通して見れば清楚さを引き出していることに多大なる貢献しているともいえる。
だが、それらはすべて外見の話。
聖女と呼ばれ、国民から絶大な信頼と敬意を持たれているのは彼女の言動。
そのすべてが聖女にふさわしいものだった。
慈悲と慈愛で出来ている。
それが彼女への礼賛の言葉となる。
「まあ、それについては認めてやってもいい」
それがマレフィクスの、フランシーヌ評である。
「たしかに、王や王妃、そして他の王族に比べれば数段正しきおこないをしていると言えなくもない。ただし、それは見かけ上の話」
「所詮、忌々しい天使や小金稼ぎばかりしている教会と結びつく小汚い一族に属している者。裏では見かけとは全く薄汚い顔を見せていることだろう」
「その化けの皮を剥がし、ついでに世間に恥ずかしい姿を晒し、二度と聖女と呼ばれぬようにしてやる」
「そうだな」
「その女に部屋に入り込んでたっぷりと脅し、恐怖で尿を漏らす恥ずかしい姿を私の魔法で全国民に晒す。こうすれば、聖女と呼ばれなくなるどころか、人前に出られなくなる。聖女もその父親も威厳も信頼もガタ落ち」
「素晴らしい」
自身の計画を自画自賛したところで、マレフィクスは指を鳴らす。
その瞬間、現在の二十代前半の若者から、さらに十歳ほど若い、十代半ばの姿になる。
「同年代の男の前で盛大に尿を漏らす。しかも、そのお漏らしの様子を全国民に晒される。当然聖女改め、『お漏らし王女』と呼ばれる。恥ずかしい、恥ずかしすぎる。もしかしたら恥ずかしさで生きていけないかもしれないな。聖女、いや、お漏らし王女は」
そう言って邪悪な笑みを浮かべた少年の姿は間もなく消える。
そして、現れたのは城内。
すべての結界の最高位とされる、対悪魔結界を軽々と突破したマレフィクスは城内に入り込むとその眼力で僕とした三人の兵士と五人の執事、更に八人のメイドからその場所を聞きだしたフランシーヌの部屋の前に立った。
「ここが聖女の部屋か」
誰かに成りすまして扉を開けさせることも可能ではあるが、マレフィクスの目的フランシーヌを脅すこと。
突然現れなければ意味がない。
当然のように扉をすり抜け部屋に入り込む。
そして、希望どおりそこには部屋の主もいた。
ここまでは完全にマレフィクスの予定通り。
だが……。
「だ、誰ですか。あなたは……」
「いや。その取り込み中とは知らなかった。……私は悪魔マレフィクスだ……」
彼女がうろたえながら口にしたのはマレフィクスの望んでいた言葉だったはず。
だが、マレフィクスの前にいる聖女は純白のパンツ一枚というあられもない姿。
千年以上も生きているのだ。
もちろんマレフィクスは女性の下着姿どころか全裸だって見慣れていたのだが、これはあまりにも予想外の出来事。
だが、予想外という点では、相手のレベルは彼の数百倍ほどあった。
着替えの最中に突然現れた見ず知らずの異性。
しかも、自分と同じくくらい。
下手をすれば年下。
異性に半裸を見られた。
それは十六歳の少女にとっては一大事。
その後にいくら自分は悪魔だと名乗られても、今の彼女にとってそのようなものはどうでもいいことに成り下がっていたのは止むを得ないことといえる。
動揺から混乱。
それが急激に昇華し続ける彼女の精神が極限に到達した時、フランシーヌの口が動く。
「セ、セルウス」
その瞬間、マレフィクスの身体は硬直する。
「何をした」
「……あの……魔法が口から……」
「魔法?セルウス?まさか、あのセルウスか……」
マレフィクスには「セルウス」という魔法に心当たりがあった。
「従属」とも呼ばれるその魔法は、生涯に一度だけ発動できるという重い枷がある代わりに相手は回避不能という絶大な効果を持つ究極魔法のひとつであり、その魔法を受けた者は術者に付き従うことを強制される。
むろん、それは最高位の悪魔であるマレフィクスでも例外ではない。
しかも、この魔法の厄介なところは有効な解除方法がないこと。
なにしろ唯一の解除方法は術者と被術者、双方が死ぬこと。
それがこの魔法が呪いと呼ばれる所以である。
むろん人間であるフランシーヌはいつか死ぬだろう。
だが、マレフィクスは悪魔。
寿命がない。
事実上、その効果は永遠ということになる。
余計な遺言など残された日には目も当てられない状況になる。
「おい。どうするのだ?だが、相手が裸では話がしづらい。とりあえず服を着ろ」
「は、はい」
押し入った者が言うセリフとは思えぬことを口走り、それに続いて、これまた目的とは正反対ともいえる言葉を口にした大悪魔は顔を真っ赤にして服を着るフランシーヌから視線を逸らしながらさらに言葉を続ける。
「尋ねる」
「この魔法の解除方法はあるのか?」
「ありません」
「ということは、私はおまえの従者になるのか」
「そうなります。申しわけありません」
「……大悪魔である私がこんな小娘の従者になるだと。不覚だ。だが、おまえだって困るだろう。仮にも聖女と奉られている者が悪魔を従者にするなど」
「なぜそんな愚かなことをした?」
「……驚きのあまり、つい……」
「で、でも、悪いのは私ではなく、マレフィクスさんだと思います。私の着替えの最中に部屋に入ってきたのですから」
「うぐっ……」
この一件の核心を突いたフランシーヌの言葉にマレフィクスは返す言葉が見つからない。
盛大な舌打ちでその言葉に応じたマレフィクスはフランシーヌを見やる。
「とりあえず、お互いに困った状況になったのは確かだ。そういうことでこれから善後策を協議するわけなのだが、まずこの魔法に関する情報開示をしてもらおう」
「はい」
そこから聖女と大悪魔による実に奇妙な協議が始まったのだが、そこであきらかになる。
マレフィクスにとって予想以上の重い枷の存在を。
「……つまり、私は魔法が使えるが、おまえに不利益になるものはほぼ無効化される」
「それ以外の方法でもおまえに危害は加えられない。そのような行為をおこなおうとした瞬間、お仕置きと呼ばれる厳しい私自身に罰が下される」
「おまえに危険が迫っていることを知りながらそれを放置した場合、おまえに与えられた痛みはすべて私が引き受ける。百倍ほど増大して。気づかなかった場合も同様」
「従者らしくどのような場合でもおまえの視界の範囲内にいなければならない。それを破ると厳しい罰が与えられた後に強制的に呼び戻される」
「そして、おまえの命令には絶対従わなければならない。従わない場合は、死ぬより辛い罰が待っている」
「おおよそこんなものでいいのか?」
「もちろんまだまだ枷はありますが、とりあえずは……」
「くそっ」




