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59 おかわり、いただきます

「儀式の間」には、松明の爆ぜる音だけが不気味に響いていた。

一年前、ここで一人の少女を「不要」と切り捨て、もう一人の少女を「希望」として迎えた。その傲慢な記憶が、壁の石材一つ一つに染み付いているかのようだ。


儀式の準備を進める神官たちの背後で、皇帝ジークヴァルドは、虚空を見つめたまま立ち尽くしていた。


「……準備は、滞りなく」

イーサンが、囁くような声で告げる。

その手元の資料には、新しく召喚される「三人目」の聖女を受け入れるための、事務的な手順が書き連ねられていた。


「今度は、あの方の時のような……『不備』はありません。読み書きの教育、生活環境の整備、すべてマニュアル化しました」

「……『不備』か」

ジークヴァルドが、自嘲気味に呟いた。


「私たちは、彼女を――リリアを、不備の一言で片付けるのか。彼女が命を削ってこの国に遺した平和を、食いつぶした挙げ句に、また別の誰かを贄として呼ぶというのに」


イーサンの指が、僅かに震えた。

「……それ以外に、帝国が生き残る術はありません」

「分かってる。……分かっているさ」

ジークヴァルドは、額に手を当てて笑った。


「私は後世、帝国を――無能な皇帝を救うために三度も異世界の少女を断頭台へ送った『呪われた皇帝』として、歴史にその名を刻むだろうね」


傍らで腕を組み、壁に寄りかかっていたゲルハルトが、耐えきれないといった風に吐き捨てた。

「反吐が出るぜ。……なあ、今度の奴も、あいつ(リリア)みたいにボロボロになるまで使い潰すのか? 瘴気に焼かせて、指先を真っ黒にさせて、『大丈夫です』って笑わせるのかよ」

ゲルハルトの言葉は、鋭い刃となって全員の胸を抉った。


「……今度は、そうはさせない」

短く、重い声。


カイルの視線は、まだ誰もいない魔法陣の中心を冷徹に射抜いている。

「今度こそ、聖女を……守る。道具としてではなく、一人の人間として」

「守る、か」

ゲルハルトが、歪んだ笑みを浮かべる。


「どの口が言ってんだよ。俺たちはあいつの信頼を裏切ったんだ。あいつを蔑んで……セラフィーナの甘い毒に溺れてたんだぞ」

カイルの拳が、みしり、と音を立てて握りしめられた。

手首に巻かれた、あの不格好な麻紐。

それが、今の彼にとって唯一の、そして最も残酷な戒めだった。


「……分かっている。だからこそだ。俺は、この罪を一生背負って、次の聖女に尽くす」

「……果たして、我々にそんな資格があるのかな」

ジークヴァルドが、静かに問うた。


「我々は無意識に、新しく来る少女の中に……『リリア』の面影を探してしまうのではないか? 彼女がくれた慈愛を、彼女がくれた許しを、別の誰かに求めてしまうのではないか」


その言葉に、誰も答えられなかった。

彼らが求めているのは、帝国の救済などではない。


もう二度と会えない一人の少女に、「ごめんなさい」と言える機会を探しているだけなのだ。

その身勝手な期待こそが、新しく来る誰かにとっての、最悪の呪いになることも知らずに。


「……セラフィーナ様、到着いたしました」

側近の報告に、イーサンが冷たく応じる。

「そのまま、そこで待機させておけ」


一年前、あんなにも「聖女らしい」と持て囃した少女を、今や彼らは「故障した道具」のように切り捨てようとしていた。

その自分たちの薄情さが、かつてリリアを切り捨てた自分たちの姿と重なり、さらに吐き気を催させる。


「始めよう」

ジークヴァルドが、重く合図を出した。


「三度目の召喚を。……私たちの、新たな罪の始まりだ」


魔法陣が、青白い光を放ち始める。


渦巻く魔力の奔流の中で、四人の男たちは、それぞれ何を思っただろうか。

帝国の安寧か。

新しい聖女への償いか。


光が、儀式の間を真っ白に染め上げた。

その光が猛烈な勢いで収束し、陣の中央へと集まっていく。


カイルの左腕から、あの麻紐が、音もなくポトリと落ちた。

お読みいただき、ありがとうございました。

物語は、ここで一度幕を下ろします。

けれど、彼女たちの歩みはまだ終わりません。

続きは別の物語として綴っていく予定です。

またどこかで、彼らに会いに来ていただけたら嬉しいです。

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