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清の願い《前編》



 小さな塵が宙に舞い上がりながら、弱々しい光に照らされている。物置のような、小さな部屋だった。古びた電球が一つあるだけで、辺りは薄暗く埃臭い。真澄は両の手を縛られたまま、部屋の床に蹲っていた。

「お前が隠し持っている物の場所を吐け」

 冷酷な女の声が響き渡る。真澄は薄い笑みを浮かべて、顔だけ動かして、女を見返した。

「……一体何の話?」

「吐け」

 ヒールを履いたままの神崎に、真澄は頭を踏みつけられる。硬い踵の部分が押し付けられ、真澄は痛みに顔を歪めた。女は呆れたように、真澄を見下ろす。

「もっと苦しい目にあいたいのか?知ってる事を全部話せ」

「私は何も知らない」

(一言だって話してやるものか!この人でなし共が!)

 真澄は心の中で毒付いて、口を閉ざし続けた。しかし突然前触れも無く、腕が激しく痛みを訴え始める。神崎はせせら笑って、真澄に口を割るように促した。真澄は腕を切り落とした方が増しかと思われるような激痛の中でも、ただ歯を食いしばり続けて、何も答えなかった。

「その百足は経絡(けいらく)を封じるだけでない。宿主の力を吸い成長するにつれて、次第に毒素を吐き出すようになる」

女は淡々と呟いた。真澄はぞっとして、腕の中の百足が確かに大きくなりつつある事に気付いた。縛られているせいで目で見る事はできない、前腕の半分ほどだった体長のはずが、今は肘の方まで痛みが届きつつある。

「本当に魔力を失ってしまう前に、吐くことだな」

 見上げた女の黒い服が、逆光の中、更に大きく聳え立つように腕を組む。真澄はそれをじっと睨みつけて、ただ痛みに耐え続けた。



 真澄は神崎に頭に袋を被せられ、いよいよ絞め殺されでもするのかと思われた。しかしそのまま引き摺られるがまま、別の部屋に乱暴に放り込まれる。打ち付けた床の感触や音からして、畳張りの和室のようであった。

「見張っておけ」

 女は短く誰かに告げると、部屋から颯爽と立ち去る。部屋にいるもう一人の人物が、真澄から袋を取り払った。真澄はその人物を見て、げんなりしたような表情を浮かべてしまう。

「あんた……」

「ほんと乱暴だよね。彼女」

 粋はそう言いつつも、真澄のように縛られているわけでもなく、いつものように飄々とした表情を浮かべていた。真澄は百足を指して、端的に粋に尋ねた。

「こいつの外し方知ってるか?」

「知らないなぁ」

 粋は意味も無く、畳の目を指でなぞっており、退屈を持て余しているようだった。

「知ってたとしても教えられないよ」

 粋は苦笑した。真澄はなんとなく、僅かにだが彼女の声が沈んでいるような気がした。

「花に嫌われたからって、落ち込んでるのか?」

 真澄は馬鹿にするように鼻を鳴らした。しかし粋はその言葉にぴたりと動きを止めて、少しの間考え込んでしまう。

「……そうかもね」

「……どうしたんだ?」

 粋が珍しくしおらしい様子になって、真澄は驚いた。いつものように軽口が返ってくると思っていたので、若干の据わりの悪さを覚える。

「いや、ちょっと疲れたなぁ」

 粋は誤魔化すようにして、畳の上にごろんと寝転がった。

「あんたにも事情があるんだろ。きっと花も分かってるよ」

「はは、そうかな」

 粋は軽く笑った。真澄はむっとして、思わず粋に言い返していた。

「馬鹿にすんなよ。花はちょっと特殊なだけで……」

「特殊って?」

 粋は起き上った。真澄は苦い顔して押し黙ってしまう。二人の間に暫く、静寂が流れた。真澄は緩慢な仕草で、後ろの手を持ち上げて見せる。

「これ、外してくれない?」

「だから無理だって……ちょっと出てくる。おいたはしちゃだめだよ」

 粋は立ち上がると、真澄にしーっと、人差し指を立てた。

「なに……」

 粋は背中に回している方の手で人差し指をくい、と持ち上げた。すると鋭い糸が、真澄の腕を縛る縄にきりきりと食い込んで行く。縄の繊維を一本ほど残して、糸はまたするりと解けて消えた。「器用なものだな」と真澄は感心する。粋は満足そうに微笑むと、「後は頑張って」と真澄に囁いた。



「ねぇ、もう帰ってもいい?」

 軽やかな声に振り返ると、曲がり角から粋がひょい、と姿を現した。女はフードを脱いでおり、怒りに眉を吊り上げて、粋を睨み付けた。

「お前……」

「あの部屋から出るなとは言われてないし」

 ふてぶてしくそう言うと、粋は笑った。神崎は肩より少し長めのミディアムヘアーに、顔立ちは目つきの鋭い、一重が特徴的な顔立ちをしていた。粋は彼女を見る度に「クールビューティー」という言葉を良く思い出す。「美人は怒ると怖いね」と、粋はおどけて見せた。

「あの女の仲間を庇っただろう。一体どういうつもりだ」

 何やら屋敷の中はばたばたと騒がしそうに見えた。神崎は真澄を見に戻る余裕もなさそうで、粋に問いかけながらも、早足に歩き出していた。粋は隣に並びつつ、「これは真澄ちゃん、チャンスかも」と心の中で親指を立てる。

「いやいや、あの子は知り合いだけど、何の能力も無い、普通の子だよ?乱暴しちゃ可哀そうじゃない」

 神崎は神妙な顔で黙り込んだ。すかさず粋は、神崎の心に、細い銀の針を刺す位の気持ちで、はっきりと忠告する。

「これ以上、そんな子を増やしたくないでしょう」

「……だが、どこかで見覚えのある顔だった。本当に何も関わりは無いんだな?」

 疑り深い彼女に粋は苦笑した。粋を見下すような彼女の瞳は、その裏側に身も凍り付くような深淵を宿しているように見える。粋も背が高い方ではあったが、彼女はより高身長なため、いつも見上げる形になる。粋は首を軽く傾げて見せた。灰色の髪が、さらりと軽やかな音を立てる。

「だと思うよ。詳しくは知らないけど」

「よく言う。私らの周りを嗅ぎまわってただろ」

 はっ、と嘲笑った彼女に、ようやく粋は警戒を解き、柔らかに微笑んだ。僅かに神崎の歩調も緩んだように見える。

「視察視察。人聞き悪いな。……あーあ。あの子、デートにでも誘おうと思ってたのに。紅葉ちゃんのおかげで台無し」

「この女たらしめ」

 粋は紅葉の肩に手を置くと、僅かな寂しさも宿る、曖昧な表情を向けた。紅葉が僅かに表情を変えて、粋を見やった。

「信じてくれなくてもいいけどさ……私は君の事、大切に思っているよ」

 それは粋なりの心からの言葉だった。静かに肩に置いていた手を外して、粋は紅葉から身を離した。

「幸運を祈ってる……じゃあね」

 紅葉は耐え難いという風に目を逸らした。冷たい口調を取り戻して、粋にも釘を刺し返す。

「次もし私たちの邪魔をしたら、報復は容赦しない。覚えてろよ」

「おっかないな……」

 粋は溜息を吐くと、紅葉に踵を返し、歩き出した。胸に少しの焦燥感を感じて、やりきれない気持ちになった。最近の彼女は、前にも増して手段を選ばなくなっていたからだ。このままでは彼女は本当に、後に戻れなくなってしまうだろう。しかし彼女の歩む修羅の道は、別の次元の自分が陥った、もう一つの未来のようにも思える。粋は彼女を責める気など起きやしなかった。それは粋もまた、人としての道を外しつつある事の証拠なのかもしれない。彼女は一人、寂寥感の端に取り残されたまま目を伏せた。



 清が目覚めると、目の前には少年の姿をしたリリィと、花が立っていた。星を見上げれば、気を失ってからそこまで時間が経っていないようで、清はほっとした。足の痛みは未だに裂けるように激しく、清は粗雑な手付きで、剣の先で足から銃弾を抉り出した。取り出した物を地面に投げ捨てると、銃弾は黒い瘴気を発しながら、煙のように消えて行く。清は顔を顰めて、それを眺めた。

「起きたのか」

 リリィは清の足を見つめ、重苦しい表情を浮かべた。清は何も言わず、ただ首を振って、立ちあがる。花が慌てて支えようとしたが、清はまるで大丈夫だと言い聞かせるように、優しく微笑んで見せる。リリィと清は、用心のため、花を家にまで送り届けた。アパートのドアの前に立っても、花は二人に付いて行くと言い出しそうな程、切羽詰まった表情を浮かべていた。そんな花の肩を、清は両の手で丁重に包み込むと、彼女の目をしっかりと覗き込んで、こう言った。

「真澄は私が連れて帰ります」

 清は目を閉じて、一つ深呼吸すると、花に柔らかな微笑みを浮かべた。

「……約束します」

 花は驚いて、彼女の表情に見入っていた。清の瞳は美しい紅色に光り輝いていて、月の光に照らされた髪は、より一層青白く見える。花は頷くと、差し出された清の細い指先に、自分の小指を結び付けた。触れ合った部分に、僅かな温かい光が宿ったようだった。花は清を信じるかのように、気丈に微笑みを返した。

 二人になると、清とリリィは自然に眼差しを交わし合っていた。

「おい、何があったんだよ」

 リリィは花から詳しい事情は尋ねなかったらしい。真澄が連れ去られた事だけは理解している様子だった。

「黒服の集団に連れ去られた。神崎という女の術師が率いている。顔は隠しているが、匂いからして人間だ」

「……」

 リリィは黙り込んで、何かを考えこんでいる様子だった。清は焦れたようにして、リリィに一歩詰め寄る。

「何か知っているのか」

「まだ確信は無い。けど急ぐぞ。……多分そいつらに、真澄は祖母を殺されたんだ」

 リリィは忌々しそうに顔を歪ませると、吐き捨てるようにそう言った。清は重々しく俯くと、密やかな声で呟いた。

「……ローズの事か」

 リリィは一瞬だけ、訝しげな表情を浮かべたが、思い至る事があったのか、清を問い詰めるまではしなかった。

「知っているのか。……なら話は早い。あいつらはローズを殺して、あの家を焼き払ったんだよ。遺品もごっそり持ち去ってな」

 清はリリィとしばし見つめ合うと、人の姿を解いた。リリィは黒猫に、清は羽の生えた妖魔の姿に変わる。

「奴らの居場所は分かるのか?」

 清が指笛を吹くと、次々に四方の空から、黒い翼を羽ばたかせ、カラスたちが集まっていった。リリィは目を細めて、それらをじっと見つめていた。

「行くぞ。……私は空を飛ぶ」

「いいぜ。俺に追い越されないよう、ちゃんと飛べよ」

 清が翼を広げて、宙に飛び立つ。リリィも同じくして、黒い足で地面を蹴ると、風のような速さで駆け出した。




2026.2.1 同人誌発行の折、改稿しました。

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