19.枯れた花は呪いを残す
この惨状を見ていて思う。奴を追えば、必ず呪いに至る。
辺りを漂う血の臭い。時間が相当経っているのか、腐敗臭はそこまでしない。だが、不快な匂いであることは変わりない。鼻をつまみたくなるが、片手をそれで塞いでしまうのは悪手だ。
ここは山奥にある廃村。雑草は生い茂り、人が長い間踏み入られていないことが伺える。人の気配もなく、荒らされたような形跡がないのが逆に不気味に思えた。
廃村の中でも、比較的手入れされていそうな建造物を探す。雑草が少なく、尚且つ匂いが濃い場所。そうすると私の目は、自然と蔵を見つめていた。
風で少したなびく肩程まで伸びた髪は、低い位置で一束に結んでいる。首元には痣を隠すために布を巻いていた。服の下の肉体はあちこちに、長年の戦いでいくつも傷跡がついている。
欠けた左腕には、布で巻かれた木製の義手が装着されていた。千歳が製作した木製の義手。私の意識と繋げているため、ある程度自然には動かせる。
私は蔵に近づいて、左腕の義手で触れる。部外者が触れただけで反応するような罠はおそらくなさそうだ。そう考えていると、左耳につけた飾りから声が聞こえた。
『真奈、村の中はどうや?』
いつも変わった口調の妖狐、千歳の声だった。
この飾りは千歳が作った。小石と加工した竹で作られている。
声が聞こえる原理は結界術の応用らしいけど、解説されても正直よく分からなかった。
私は右手首を確認する。そこには同様の竹細工の輪に石がくっつけられていた。それに向かって声を当てる。
「人一人いないね。千歳、耳の触感が正直不快なんだけど、これ外していい?」
耳飾りの石はゴツゴツとした感覚で、端的に言って非常に不快だ。即刻外したいが、千歳が付けてきた際にどうしてもと言ってきたので、一応確認する。
『あぁ。ヤスリをかけたかったんやけどな。それやったら膠のくっつきが悪かったんよ。それでいうとウチも同じ状態やし我慢してくれへんか?』
「まあ、変なの作るのは今に始まった話じゃないし、いいや。今から蔵に入るよ。しばらく返事できないと思う」
『変なの』呼ばわりしたことについて、千歳から抗議の声が聞こえてくる。私はうるさいなと思いながらも、無視した。
蔵を閉ざしている閂に触る。古びてはいるが、しっかりとした質感。それでいて、扉の隙間から漏れ出る匂いに吐き気を覚える。
私は少しため息をついた。眉間には皺がより、何度目か分からない怒りが湧いてくる。
朽花と戦ってから、奴の行方をどれだけ追ってきただろうか。数えている訳ではないが、300年ぐらいは経っているかもしれない。
人脈もなく、噂を頼りに進むしかない日々。もう二度と見つからないかもしれないと、諦めかけたこともある。ここ数年でようやく足取りが掴め、今この場に立っている。
これで、終わりにしないといけない。そう考えていたら、自然と眉間に皺が寄ってしまう。
閂を外し、扉を開く。錆びた鉄の匂いが直接鼻を突いてくる。薄暗い蔵の中には、うっすらと檻がいくつも並んでいるのが見えた。
私は内部に足を踏み入れる。するとすぐに、足に土とは違う感触が伝わった。柔らかいようで、何かその中に固いものがある気もする。それを確認すると、うつ伏せに倒れた人らしきものが横たわっていた。
ここから脱出しようとしたのだろうか。だが、それを抜きにしても気になるところがあった。
何故、相当な日数の間放置された村で、遺体が変色すらせず腐敗していないのか。
朽花が何かおかしな実験をした影響か?
遺体から腐臭がしないのは、周囲の血の匂いが濃すぎるからなのだろうか。蛆が湧いた形跡もなく、不気味であった。
だが、このまま踏みつけておく訳にもいかない。私は遺体から足をどけた。
「……ごめんよ」
踏みつけた事への謝罪のつもりであった。それに反応するかのように、僅かに指が動いた気がした。
私は反射的に即座に距離を取る。それと同時に耳を塞ぎたくなるような音と共に、遺体は変形を始めた。
それは異形と言って差し支えないもの。
指は数本だけ、指先だけが虫の鉤爪の形状となる。人の指が中途半端に混ざっているためか、見ただけで不快感が掻き立てられる。
顔は左側が膨れ上がり、いくつも目が増えている。目の焦点はあっておらず、顎は割れ、虫特有の左右に開く形状に変形する。
不完全な虫人間とでも言おうか。
おそらく休眠していたのだろう。私が踏んだことに反応したと考えるのが自然だ。
こうなれば、元が人でも殺すしかなくなってしまう。
朽花が去った後は、必ず呪いを残す。
私は思わず舌打ちをする。目の前の存在への哀れみと、この状態にして放置している朽花への激情が混ざっていた。朽花は合理的にしか考えない。人の事情など、奴は気にも留めない。
朽花を追って気付いた傾向として、痕跡を消すのは最低限で雑なことが多い。本体が呪物だから、平気で十年以上潜伏することがある。成果物が嵩張ることも、きっと理由の一つであろう。その影響で、完全に痕跡を消す必要性が朽花にはない。
虫人間が四肢を地面に突き立てる。獲物を狙う蟷螂を彷彿とさせるその姿勢から、私は次の動作の予想を立てた。義手である左腕を前方に向ける。
ーーー跳躍
虫人間は四肢で地面を蹴り、私に真っ直ぐ突進する。普通の人間であれば反応しきれない速度の鉤爪は、私に届く前に義手によって遮られた。
虫人間は知性がないのか、義手に向かって牙を立てる。幸いにも私の義手に痛覚はない。義手自体も、千歳が使った強度を上げる術の影響なのか、傷一つついていなかった。
噛みつきを無視して、私は虫人間の開いた胸へ前蹴りを繰り出す。体は脆く、人間と大差ない。足先は肋骨を砕き、胸元にめり込んでいく。その足から、体内の何かを押しつぶした感触が伝わった。
虫人間は次第に脱力し、義手にかじり付いたまま絶命する。
……不愉快だ。元に戻す手段がないとはいえ、結果的に私は人を殺している。その事実が、全身に泥のようにまとわりつく。
義手を口から外すと、遺体を木の側に横たわらせた。歪な存在になってしまったとは言え、せめて、私たちだけでも弔ってあげよう。カンナであれば、きっとそうするから。
朽花は行く先々で、こういった人妖を作っている。どうにも、今回の人妖は少し気になる要素があった。
「……人の要素がここまで残っているのは、珍しいな」
朽花がこれまで作った人妖は、私たちが知る限りは完全に人の形をしていないことが多かった。辛うじて人型でも、外観は人に見えない傾向にあった。
今回は、元々は人であると分かる状態だ。多分、朽花は完全な怪物を作ろうとはしていない。人でありながら、怪物でもある存在を作ろうとしている。
朽花と対峙した時の会話を思い出す。朽花は、私に近い存在を作りたいのであろうか。
朽花はここにはいない。ここから一番近いのは北にある守護代の篠坂領。
基本的に朽花は見つかることを避ける。だが、この研究段階であれば接触していてもおかしくはない。
もしそのような環境で実験をすれば、この村の惨状では済まないだろう。
だが、守護代であれば都との繋がりもある程度強い。そうなれば裏宰との接触も覚悟が必要だ。
それでも、悲劇を避けるためにも、向かわなければならないと決めた。




