七十五話
「驚きましたよ!! アイドルが来るなんて!!」
「おれも信じられなかったです。文化祭楽しみですね」
「はい!」と笑いながら先輩はホットドッグを頬張る。
そう、手作りホットドッグがお昼ご飯だ。
もちろん美味い。
「3年生でも噂になってますよ? この5人はいったい誰なのかって」
「そうでしょうね」
会議ということになっているが、それでも羨ましすぎて発狂するレベルだろう。
文化祭準備メンバーがしらみつぶしに捕らえられている。
「慎ですよね? これ」
「…………まあ、はい」
5人でプリクラを撮る話とかしてたからな。
当然バレてるだろう。
「もちろん言いませんけど、よく来てくれるなんて言いましたよね」
「三光の良いところ言いまくりましたから。すぐに受けてくれましたよ」
「………アイドルですか……」
「アイドルなんですよね………」
2人して頷きながらホットドッグをかじる。
話に現実味はないがこっちは最高の味だ。
「やっぱり慎はなんでも出来ちゃうんですね。アイドルの勧誘なんて普通無理ですよ」
自分でもよく出来ているとは正直思う。
自慢なんてしないがな。
「そんなことないですけど。実際いま悩んでることがあって………」
「ふふっ、私に相談してみてください! なにを悩んでるんですか?」
意気揚々と声を上げる先輩に若干圧倒されながらも、いたって自然体を装いながら聞いてみた。
「女にあげるアクセサリーのことで––––––」
–––––––––––––––––––––––––––––––––––
「さすが先輩だな。参考になりまくった」
昼を少し早めに食べ終えたおれは特別棟から2年の校舎へ戻ろうとしていた。
今日の夜は先輩の言っていたやつを探してみるか。
「うまいことやってるみたいだな」
聞きなれないその声にすぐ振り返る。
声はそこまででもないが顔はよく知ってるやつだった。
「はっ、やっと話しかけてきたな江東」
メガネを取り髪をかきあげる仕草で少し雰囲気が変わったか。
おれに江東と呼ばれた男はギラついた目を向けてくる。
「オレに話しかけてもらいたかったのか?」
「別に。廊下ですれ違っても話しかけるなオーラが凄かったからそっちから来るのを待ってたんだよ」
「その割にはバスケ部の練習まで来ていたみたいだがな」
「気づいてたんなら会釈くらいしろよな」
この前天鳳とバスケ部見学に行った時、おれは奈々ではなくこいつを最初に見つけた。
さすがにバスケ部所属ってことくらいは調べれたからな。
「天鳳沙雪なんて令嬢つれていいご身分だな?執事として役に立たなかったら即処刑だったぞ」
「あれはたまたまだ。それよりお前も護衛の任務っていうか、外出る時に先輩のそばにいたりするのか?」
「当然さ。才原慎、お前の倍は強いと思え」
「へぇ…………面白いな」
多分こいつはその筋を極めたやつなんだろう。
おれとは違って正式に雇われ、これまで約1年間以上学校での執事を任されているんだ。
そんな男の強さに興味が湧くのは仕方ない。
「5限まであと10分………ちょっと試してみないか?」
「………なに?」
おれの発言に江東は眉をひそめる。
「彩香さんからおれも色々教わっててな、お前にどこまで通じるのか純粋に興味がある」
「はははっ! あんなメイドに教わったくらいで調子にのるなよ?」
特別棟の入り口付近であるここにはまだ誰もいない。
江東は上着を脱ぐと少し足を開いて力を抜いた。
「1分だ。顔面だけは狙わないでいてやるよ」
その発言に思わず笑みがこぼれる。
「余裕のつもりか? オレからいくぞ」
姿勢を低くしたかと思うと、すでに懐まで移動していた。
–––––ッはえぇッッ!!
みぞおちへ向かう右手をなんとか払いのけ蹴りを繰り出す。
しかしそれを左手で膝を撃ち抜かれた。
バランスが崩れかける。
なんとか腹筋の伸縮で右ストレートを放つも簡単に握り止められた。
「………この程度か?」
「ちっ………」
下がろうとするも、おれの右手を抑え込む左手の握力が尋常じゃない。
そしてできた一瞬の隙に腹部へ膝がねじ込まれる。
「がはっっ……!!」
「つぎはみぞおちいくぞ」
体勢を立て直す暇もないまま2発が連続できまる。
「っっっ……!」
「おいおい、そんな蹴りじゃ一生当たらないのがまだわからないのか」
適当な蹴りなど当たるはずもなくまた江東のターンだ。
2発、3発とみぞおちを中心に叩き込まれる。
反撃することはできない。
「はっ、30秒ももたなかったな」
こっちに大した実力がないのを再認識した江東は少し力を入れたように見える。
おれは拳を握りしめた。
「悔しいならこれを食らって耐えて見せてくれよ」
力強く握り締められた右の拳がおれのみぞおちは向かった。
「がっっ………なっ…!!!」
ただし、ヒットしたのは江藤の拳じゃない。
おれが同時に振り上げていた左手の拳だ。
「ちっ ……どういうっ……!!」
顎にクリティカルしたおれのアッパーで脳が揺れてるんだろう。フラつき、ついには尻もちをついてしまった。
「………はぁっ……なんで自分が、って……思ってんだろ??」
「アッパーをうったのはオレ………だったはずだ……」
そう、あの瞬間江東はみぞおちじゃなくおれの顎を狙ってきていた。
本来なら今とは全く逆の状況はずだ。
「お前の……『顔面を狙わない』なんて、信じるわけないだろ」
「な……」
「彩香さんから…どんな状況でも冷静に物事を捉えろって……おそわってるんでな。ブラフとしか、思えなかった」
それを読んだおれは最後の瞬間顔面に、つまりあの状況からアッパーが来ると確信して体をひねりながら逆にアッパーを放ったわけだ。
避けるために体は開いて打ってしまったが顎にあれだけの速さで当たればこうなるだろう。
「最初っから……顔面に来る時を待ってたんだよ。はあっ………まじで強いけど……おれの勝ち、だな?」
「お、まえっっ……!!……」
腹のどうしようもない痛みをなんとか抑えておれは歩き出す。
「いや……彩香さんとおれに……完敗だな」
「っっ………!!!」
いい運動、なんてことは全くないが間違いなく重要な1分だった。
「さいはらっ………しん………!!!」
ただ、おれは江東のことを全く理解できていなかった。
そう知ることになるのはもう少し先だ。