私を、見捨てないでぇ〜……
「え、え……?」
フローラは、明らかに連れて来た人を見て狼狽していた。
「あー、その、何? なんてーか、いろいろあったけど、こいつとは遺恨とかお互いさっぱりないから! 喋ってすっきりしたから!」
フレイはそう言って一旦話を切ったが、ばつが悪そうに下を向くと、小声でつぶやき始めた。
「いや、あんたとはまだ喋ってないけど、アタシはその、まあ協力してもいいつもりというか、いやそういう言い方したいんじゃなくて、だから、まあ、その……。……えっと……」
フレイは非常に言いにくそうにしていた。もともと素直に言えない性格なのもあるし、魔術大会決勝のこともあるのだろう。
フローラは僕を見て、
「ええと、いいんだよね?」
「こちらから頼んだからね」
そう確認をすると、納得したようで
「リオが気にしてないなら、私がどうこう言うのもおかしいか。じゃあ私も」
右手を出した。
「その……リオが信じるなら私も信じるよ。よろしく」
フレイはその右手とフローラの顔を数度往復し、
「ん……よろしくしてあげなくもないわよ……」
と、目を逸らして右手を握りながらそんな曖昧な返答をするのだった。
意外とこういうの慣れてなさそうな反応で、フローラは「思ったよりかわいいかも?」なんて言って、それを聞いたフレイは横を向いて不満そうにふてくされていた。
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フレイの雷魔術は当然のようにすぐに上達し、フローラの水魔術とまではいかないものの、かなりの威力となっていた。その圧倒的な雷の攻撃にアクアドラゴンの討伐はすぐに完了した。
次いでのAAAの任務は凶悪なトレントの異常発生だったが、彼女の得意とするフレアで抑えた。ブラックスライムの討伐もフレイの剣で仕留めた。更に冒険者がするにはハードルが高い、高ランクかつ爵位がなければ依頼が受けられないような気難しい依頼主のものも、フレイ・エルヴァーンの名前で請けることができた。
彼女は想像以上に優秀だった。
Sランクまで行くには、もう一つぐらい大きいのをこなしたい。僕の目に留まったのは、AAA討伐任務、エルダーリッチの出現だ。これは相手の知力もある上どうやら2体以上のため、かなり難易度が高い……S相当ではないだろうか。ゆっくり討伐するのではなく、一気に決めたい。ただ、準備が足らない。
「私の闇魔術じゃダメだよねー。フレイの火魔術とかで燃やせないかな?」
「むしろ剣で切れないかしら?」
フレイも大概アタッカー一直線な性格だった。「ダメに決まってるでしょ」となだめつつも、何か対応策を考えよう。暫くA〜AA程度のものを探しつつ任務を進めて考える時間をつくる。
ある日、彼女の姿がいつもと違って見えた。もしかすると……いけるかもしれない。
「フレイ、今日時間いいかな?」
「何よ」
「魔術の練習をしてほしい」
「久々ね、まあいいけど」
雷魔術以来の、自主練以外での魔術練習に、フレイは乗り気だった。
「空気の椅子に座るような感じで、中腰になってくれる?」
「またえらく具体的で意味不明ね……きついわねこれ、ふとももが張ってるわ」
「そう、そこだ。それに意識を集中して、白をイメージして使って欲しい。『ホーリーランス』を」
「……え? ホーリーランス?」
フレイはそれを聞いて驚いた顔をしたが、すぐに真剣な顔をして中腰になりつつも目を閉じた。
「……。……! ホーリーランス!」
瞬間、白い光が目の前に広がり、地面を大きく抉った。
「うそ……光属性、完全に勇者とかパラディンの魔術じゃない」
「本当に出せたね……僕も驚いたよ」
「これ、分かってたの?」
「事情は言えないけど、もしかしたらできるんじゃないかなって思ってたよ」
フレイはそれを聞き、首をかしげながらも深くは追求しないようにしてくれた。
ここまで秘密にしていてもついてきてくれるのがありがたかった。
「———なんて思ってるんでしょ」
「あ、いや、そうだけど……そんなに顔に出てた?」
「わかりやすすぎるのよあんたは。まーいいわ、どう考えてもアタシにプラスな内容だし、無理矢理聞き出して指導が途切れたら嫌だもんね。そのうち聞けるのを期待しているわ、『センセ』」
久々に僕のことをそう呼んで、肩をすくめて杖を再び構えた。もうフレイなら話してもいい気もするけど……いずれフローラに相談して、彼女にも事情を話せたらいいなと思う。
それから僕は、フレイの光魔術の練習に朝から晩まで付き合った。
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フレイの聖魔術の威力は絶大で、エルダーリッチの討伐は無事に完了した。フローラは「いやーもー期待の新人さんにおまかせするっすわー」「私はどーせダークメテオとかカオスフレアとか効かない魔術しか使えませんよーだ」とか言いながらしゃがみこんで地面でぐるぐる文字を書いていじけていた。さすがにあんまりなので、ちゃんとサポートさせた。
最近出番がなかったけど、なんだかんだ今日のフローラは活躍したよ、とだけ付け加えておく。
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そしてついにその日は訪れる。ギルドでの手続きを終わらせて、パーティで使っている家へ戻る。……大量の酒瓶を買い込んで!
「Sランク昇格……しましたーっ!」
「イエーーイ! やったね! 私たち本当にSランクなんだ!」
「うんうんやったじゃん。よかったわね!」
「いや君もだよ?」
「ほとんど二人の功績だから実感わかないわねー」
フレイは他人事のように肩をすくめて言う。しかしその顔は楽しそうだ。祝賀会が始まったけど、ここで初めて僕は意外と酒に弱く、二人はかなり強いことが判明した。
「たべてばかりないでのめのめー!」
「いや、十分飲んだよ……っていうかフローラ足、足! ああもう酒癖わっるいなあ」
「パーティーハウスが当然貸し切りとはいえ、憧れのS級美人が下着丸出しとか外では飲ませられないわねー」
「えーいリオもべろんべろんにするぞー! イッエーーイ!」
「結構空けたな……」
気がついたら酒の空瓶が散乱している。さすがに二人はできあがっており、顔を赤くしながらも、二人ともしっかり喋っていた。
「もうちょっと飲む?」
「のむぜーイエー!」
「あんた気がきくわね!」
僕はそのまま追加の酒を外まで買いに行くことにした。あのお酒の量にはとてもついていけないし、ほろ酔いの女子二人、きっと話に花が咲くこともあるだろう。
そして帰ってきた頃にはフレイが寝たのかフローラが一人になっており、「酔いは覚めた! なのでもう一度酔おう!」とか言いながら酒瓶を口に突っ込んできた。「おまえのせいだぞー!」とか言いながら無理矢理頭をつかまれ、勢い余って飲んで喉を焼いた僕は、そのまま立ち上がれなくなると、ソファの上に倒れ込んで意識を手放した。
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起きたら昼になっていた。フローラが「き、昨日はごめんね」と謝って、久々に二人きりで話をしたいと言ってきた。そのまま顔を洗いに部屋を出た。
予めそれを聞いていたのか、フレイは二つ返事で了承して出払った。出かける寸前、フレイは満面の笑顔で「がんばってね」なんて言って親指を立てた。なんだったんだ?
暫く待っただろうか。フローラが部屋に帰ってきた。リビングの正面で向かい合って、お互いに座る。
「私、私その……」
何か、言い出しにくそうにしている。
「どうしたの? 言いにくいことなら……」
「っううん! 言う、言うから!」
ぐっと両手を握って、
「わ、私ね、」
「あ、あなたみたいな才能を持った人に出会えた私は、その、奇跡みたいな確率でこの場所にいるんだと思う」
改まって、どうしたんだろう?
「こ、こんな、凡才の私をここまで育ててくれて、ずっとついていっても邪魔者扱いしなくて、でも、私、それだけで満足できないのに、もうダメみたいで、こんな弱い私じゃどうなるかわからなくて」
え……? 今、なんて……?
何を……何を言っているんだフローラ……?
「えっとね、だから、だから……!」
フローラは涙目になって顔を上げて、
「わ、私を……私を、見捨てないでぇ〜……ふえぇぇ〜ん……」
そう言って座り込んで泣き出した。