あなたの選択は間違いじゃない(後編)
数日後、ギルドの職員達のうちその内容に気付いた過半数は、問題の依頼を読んで息を呑んだ。
「エルダーリッチ……エルダーリッチって、あのエルダーリッチ?」
「まあ、そうだろうね……」
「場所からして、間違いなく王国狙いよね。しかもケルベロスを召喚って……今の王国に、ただのリッチでも相手に出来るような冒険者がいるわけ?」
「Sのパーティでも光の攻撃魔術なんて使える人いないし、確かAAに一人いたか……? 残りはA以下だけど、まあそいつらじゃレイスで限界だな。なんで王城じゃなくてこっちに回ってきたんだこの任務、誰も受けないだろ」
「とりあえず、陛下の聖騎士隊が動くまで、貼るだけ貼っておくわ」
リッチは、恨みを持った闇魔術師の成れの果ての中でも最上位、エルダーはその上位種。今日の内容はそういう王国の危機レベルの相手だ。あまりに荷が重い。私はその馬鹿げた任務を、一応ボードの一番上に貼っておいた。括弧書きでS相当ともつけておいた。
今日の『雪花』はリオさんだけが来た。AとAAの写しをいくつか手に取り……当然のように例のAAAの任務も手に取った。パーティと検討するのだろう。
もしかしたら、『雪花』なら……。そんな呟きが後ろから聞こえてきたので、その方向を睨みつける。そそくさと男連中が目を逸らしてあっちに行った。
冒険者パーティをやっていたからわかる。こんなのを受けるようなのは、A以上でもよっぽどの無鉄砲でしかない。頭の良いサポートコマンダーの彼がいるあのパーティなら絶対受けないだろう。
それに……それにあのパーティは、成人しているし、しっかりしているし強いけど……十七歳だ。王国の命運を託すにはあまりにも大人として、先輩として無責任に感じる。
私はギルドマスターに進言した。これは無理だと。
以前のギルマスは現場叩き上げAAAランクの魔術師だった。ところが、今のギルマスは最初から文官上がりのエリートタイプだった。
彼曰く、当ギルドは優秀な人材が多いから大丈夫、冒険者は功績を焦る者が多いからすぐに決着が付く、聖騎士団よりも先に討伐完了すればギルドにも箔が付くと返された。マジでぶん殴ってやろうかと思った。
それから僅か一週間。
「こちらのAAA任務を受けます」
リオさんの『雪花魔術団』は、当たり前のようにエルダーリッチ討伐に立候補した。
私は止めに入った。
「AAAなんて酷い判断、こんなのSでも王の聖騎士団しか対応できない、冒険者に相手できるはずがない任務です。……今回ばかりは……死ぬかも、しれませんよ……?」
死んでほしくない。
この人達は、本当に今のギルドのスターなのだ。王属魔術師の椅子を蹴った天才魔術師と、この領地に住まう強き男爵令嬢。そして腕の立つ冒険者なら必ず注目する、若く能力の高いサポートコマンダー。
最初は分からなかったけど、今ならはっきり分かる。『雪花』の強みは、その異常なまでの任務分析の完璧さだ。達成報告はそれを表していた。
以前説明した時に依頼内容をてんで理解できなかったフローラさんと、ソロの頃は剣だけ持ってワイバーンの討伐任務を失敗して降格したフレイさん。どう考えても依頼を受ける者として必要な能力を、二人からは感じられない。
間違いなくリオさんが受け持っている要素が大きい。恐らく、彼なしではこのパーティは機能しない可能性すらある。
今や下手なSランクのパーティよりよっぽど有名な三人、それが我らギルドの誇り『雪花』だ。こんないい加減な任務で失うわけにはいかない。
「フローラの得意な闇魔術攻撃が使えない、フレイの魔術は距離と威力がどこまで届くかわからない。フローラが水と風で対応するうちにケルベロスが来る。フレイが止めようにも火魔術が周りをうろつくヘルハウンドに防がれる」
もちろん、この人がそれを把握していないはずがないだろう。リオさんは、一体何を考えているのか……と思っていたら、急に深刻そうな顔をやめて軽そうなポーズを取った。
「でも、今は僕の中では、任務成功率は百%、しかも余裕の無傷です」
「————は!? え!?」
言われたことがあまりに衝撃的すぎて、一瞬頭が真っ白になった。
「受付さん、いつもありがとうございます」
言われた内容を頭の中でまとめる前に、急にお礼を言われて再び頭の中が真っ白になる。何を言っているんだ。お礼を言うのはこっちの方だ。
「今回は僕が条件を提示しますので、それを飲んでくれたら引き受けます」
「……本当、ですか?」
「あなたが担当して2年。『雪花魔術団』が失敗したことが一度でもありましたか?」
改めて思う。
失敗がないだけでも異常なのに、こんなにどんな任務も余裕の無傷で、脱退者もなく僅か三名でやってしまっている。
エルダーリッチ相手に余裕の無傷。そんな救国の英雄をAAAで収めていたら、他国から見ても恥だ。
私はフローラさんとの、初日のやり取りを思い出していた。
「……わかりました」
「では条件。討伐成功したらSランクへ上げてください」
「必ず約束します」
即答だ。
あなたたちが優秀で任務を遂行してくれるから、私だって冒険者なのにじっとしているだけでこれだけギルド内でいい評価でいられるんだ。私個人は『雪花』の専属ってだけで箔がついてるんだ。……私は……私たちは何もしていないのに。椅子に座っているだけなのに。
私は冒険者だった。それなりに頑張ったつもりだったし、相当な時間を費やしてきた。成長も早い方だったし、功績もすごいものだった自信がある。最高のパーティだったと思う。
それでも、『雪花』と比べると足下にも及ばない。自分が前線叩き上げだったから分かる、ハッキリ言って比較することさえ烏滸がましすぎてできないほど、あの三人は圧倒的に上。
その上で……今から命を賭けて王国の危機を救うつもりなのだ。
「あなたたち『雪花』にばかり戦わせていないで、私も上と戦ってきます。最悪暴れてでも取り付けてきます。……年下の後輩達に命を張らせて、先輩の私が首の一つもかけられないようじゃ、あまりにもふがいないですから」
「ふふ、あまり無茶はしないで下さいね」
どの口が言うのか。
「一番無茶な人には言われたくないです」
私は軽く受け流しつつも、少し緊張していた。あのギルマス相手なら本気で自分の首を賭けてまで殴り込むしかないだろう。
そんな状況に身を強ばらせていると、あの頃と全く同じ、明るい声が聞こえてきた。
「そいじゃねー、いってきまーす」
いってらっしゃい、と返事をする前に、フローラさんは出て行った。それはまるで王国の危機という認識がなく、城下の新作ケーキを食べに行くようだった。
こんな任務でも、フローラさんはフローラさんだった。
……ふふ、いってきまーす、か。
よし!
「じゃ、私も行ってくる」
私は騒然としているギルド内を尻目に、ギルマスの部屋へ行った。
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「君の言う『雪花魔術団』は、ついこの間AAAランクになったばかりじゃないか。Sランクなんて、急すぎるのでは?」
ギルマス、早速不満そうに腕を組んだ。
「いいえ、『雪花』の功績を考えればとてもSでは収まらないものです」
「何を意地になっているのか……とにかくSに今すぐ上げるつもりはない」
意地になっているのはそっちだろう、という言葉を呑み込む。
しかし結局のところ相手の立場は上、これ以上話したところで覆らないことは分かる。
昔の私なら、ここで引き下がっていたと思う。
でも、今日は引き下がらない。
ナイフを持って震えていた女の子は、もういない。
助けを求めて震えていた女の子は、もういない。
優柔不断だった女の子は、もういないのだ。
「———ティナ怒りの大鉄槌ッ!」
私は、後付でパーティの代名詞となった鉄製の巨大ハンマーを出した。私たちをAAランクに押し上げてくれた、自慢の金魔術だ。
ギルマスは「ヒィッ!?」と叫んで椅子を引いた。
「……ここからは、個人的な見解です」
私は、今まで見てきた彼らの功績を語った。
アクアドラゴンが、持ってこられた竜骨の素材の大きさから、個体としては最大レベルだったことを知っている。あの任務はS相当だった。いきなり巻き込まれたフレイさんにはワイバーンの件といい、苦労をかけっぱなしで頭が上がらない。
最初アクアドラゴンを討伐した時点でSに上げるべきだと進言したこともあったけど、当然のように却下された。
トレントの件は、完全にギルド側のミスだ。雪花以外に依頼をして怪我人なしなどという結果が可能だっただろうか。Sほどではないとリオさんは言っていた。住人の無傷を条件にしたら、余裕でS案件だ。
今登録しているパーティの中でも、元々メンバーが多いパーティじゃないと無理だろう。それを雪花は三人で、住人を全員守ってトレントを全て討伐した。彼らがこの調査不足の件を外に漏らせば、私やギルマスの首も替わっていた可能性がある。
ブラックスライムも調べて、お世話になったエルフの一族から王国へ直接お礼があったことも後から知った。そのエルフの一族と交友が深いのが、あの陛下が最も可愛がっていらっしゃる我らが全王国民の憧れのルナ王女なのだ。
……ここからは話さなかったけど、エルフの姉さんに会った時に黒粘菌毒の話題が出て、その時に『雪花』が自分の担当だと話した。その時の興奮は半端なものではなかった。エルフの森は、全滅の危機にあったのだ。
私は更にフレイさんの担当であることも話すと、エルヴァーン家とハーフエルフの事情も詳しく話されて、最後にはもう大袈裟なぐらい感謝された。
ずっとずっと何かでお礼をしたいと思っていた、エルフの先輩どころか一族全員知らずのうちに救っていた。『雪花』は恩人の恩人なのだ、最早足を向けて寝られない。
私が把握しているだけでも『雪花』の功績は、とてもAAAで収まるものではない。
「今でさえ、あまりにも功績が大きすぎて、多すぎて……こんな何でもない、何者にもなれなかった私をどうして信頼してくれているのかわからないぐらいで。そんな彼女たちが、今王国の危機に立ち向かっているんです。……十七歳が、たったの三人で……! ……それを知って、尚……あんたがその功績もわからないというのならッ!」
ギルマスの机とは別にある、応接用の部屋の中心の机を……ブッ叩く!
轟音とともに机が粉々に壊れる! これが、私の怒りの鉄槌だ!
ペンしか持てないのに他人を見下すギルマスの、ガタガタ震えている姿が大槌の先端の向こうに見える。
「世界が裁かなくても、私が裁く!
今日の結果次第で、自分がお世話になった知人に狙われるような賞金首になったとしても構わない!」
構わないなんてことはない!
だけど……この選択を後悔はしない!
「そんな状況、今任務を遂行しようとしているあの三人に比べたら大したことはない!」
「ほ、本気なのか!」
「本気だ! そもそも『雪花』が負けた時点でこのギルドにはあの任務を完遂できるような人材はもういない! そして……この任務は、恐らく陛下の聖騎士と聖女クリス様が組んでも、勝てない可能性さえ……」
「おい、今のはふけ」
「不敬なものかッ!」
もう一度鉄槌を地面に叩きつけて部屋が揺れる。
震えるギルマスを再び睨みつける。
「今この国は、滅亡の危機にさえある! そしてSランクに昇格出来なかった場合、王国を唯一救える『雪花』が別の国に行く可能性だってある!」
「ばかな、男爵令嬢だぞ」
「そう、もう人間の側室から男児が生まれた男爵家の令嬢だ!」
「な……」
「根無し草を侮るなッ! 選択権はこちらにないんだ!」
あの人達が失望したら……リオさんが失望したら、きっとフローラさんはもう私の受付には来ない。フレイさんともお別れだ。
自分の道を迷いなく進むフローラさんの顔を思い出す。
迷ったあの時……シンシアさんの顔を……言葉を思い出す。
———後悔してほしくない。
あの時、後悔しないと決めた。
だから、私はもう迷わない。
私の選択した道が、正しい道だ!
私は、机を壊して地面に叩きつけられていた鉄槌を、真っ直ぐギルマスに向けるように持ち上げる。
「もう一度問います。討伐任務完了後、『雪花魔術団』をSランクに昇格してください」
「……わ、かった……」
「ご理解感謝します。……破損した机は私の給与から引いてください」
私は礼をして、ギルドマスターの部屋を出た。
ちなみに受付に戻ったらちょっと声が漏れていたらしく……ってあんだけハンマーで建物揺らしてたら誰だって何事かって思うよね。
終業後はみんなにエールを奢られまくって、酔っ払いながらのギルマスへの愚痴大会になった。
やっぱり他の人も、思うところあったみたいだ。みんな同じ気持ちだったことが分かって嬉しい。
あと私の現役時代の戦い方の話題にも飛んで、ちょーっと恥ずかしかった……のだけど、嫌な気分じゃなかった。
……私、ちゃんと選択したよ、シンシアさん。
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私の不安を余所に、『雪花魔術団』は帰ってきた。フローラさんが、明るく討伐完了の報告をした。
「『雪花魔術団』帰りましたー! なーんか最近の任務だと一番簡単だった気がしまーす! イエーイ余裕ー!」
冗談みたいな話だけど、本当に倒したらしい。エルダーリッチの持ち物と、馬車に積まれた魔物の素材を見る。……何が驚くって、明らかに調査したより魔物の数が多かったこと。
調査結果より敵が弱くて無傷なのかと思った。調査結果より遥かに強くて多くて尚無傷だった。……このパーティ、S程度で済ませていいのかな……?
そんなことを考えていると、フローラさんがとんでもないことを言った。フレイさんが、火、雷、光の攻撃魔術を使う剣士だというのだ。
そしてあの、過大な評価を嫌う控えめなフレイさんが、特に否定もせずに恥ずかしそうに頭を掻いている。
「……ど、どうも……」
え、まさか本当に……!?
「あなたが……あなたが勇者だったんですね!」
私はもうその凄さをまくし立てた。フレイさんのことは、同じ魔術使いの女戦士として応援していたのだ。
そんなフレイさんに対して、私はずっと『どうしてフレイさんが『雪花』に呼ばれたのか、パーティではどんな活躍をしているのか』という疑問があった。
答えは簡単、全力のフレイさんはギルド内最強ってぐらい超強かった。
まさかあの貴族令嬢がこんなに凄すぎる人だったなんて思いもしなかった。今はもうハッキリ断言できる。『雪花魔術団』は三人全員がそのジョブでトップの、過不足のない完璧な三人組だ。
まくし立てている途中で、フローラさんが声を挟む。
「今、「今回与えるSランク」って言いました!?」
言いました!
「はい! ギルドマスターに怒鳴り込んで取り付けてきました!」
私はずっと、明るくて可愛くて元気をくれるあなたに、これを宣言して喜んでいただける日を楽しみにしていました!
「『雪花魔術団』は、今日からSランクパーティです!」
……それからはすごかった。もう誰が何を喋っているのか認識できなくなるような大歓声で揉みくちゃにされる三人。
周りのみんな祝福していたし、ようやくとか、遅いとか、そういうこと言ってる人も沢山いた。やっぱりみんなそう思ってたよね。
フローラさんと目が合った。笑顔だった。
口で、ありがとうと言っているのが分かる。
いい選択をできた、思い切ってよかった。
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冒険者ギルドから現れたスーパースター三人組は、ルナ王女と聖女クリス様とともにアレス様とサーリア様の結婚式に並び、一躍有名人となった。話はすぐに王国中へ広まった。
ギルドマスターは、その功績から王国の管理職へ栄転することとなった。
私は「本部でも冒険者を大切にして下さいねぇ〜」と笑顔で釘を刺した。元ギルマスは青い顔をして何度も頷いていた。もう、可愛い乙女の対応にしてはおっかなびっくりしすぎです、最後まで失礼ですね。
立ち上げ当初からの『雪花魔術団』専属ギルド員。
第一回任務からSランクまでお世話。
次のギルドマスターは私という話さえ持ち上がっている。
たった三年。雪花に出会って僅か二年の大出世だ。
私の人生の中で、恐らく一番となるイベントが終わった。
今日まではそう思っていた。
「やっほー! フローラでーす! イエーイ!」
その明るい声を聞けば、みんなが振り向く。
王国最強のSランク魔術師にして、一度見たら誰も忘れられない美少女、我らがエルヴァーン支部のアイドル、『白の大魔術師』フローラさんだ。
そのフローラさんは、今日も迷いなく私の方に歩いてきてくれる。
私にも、ギルマス出世からの空席ギルマス席への話が来た。しかし私は即蹴った。
理由はもちろん、これ。
フローラさんが明るい顔をして、私のところまでやってきてくれるのだ。
一日の元気をもらえる彼女とこんなに頻繁に会えるんだから、今のポジションに比べたら二階の椅子なんて何の魅力も感じない。
「やっほー受付さん!」
「もう、いつも言ってますけど私の名前は受付さんじゃなくて……」
「え、ティナちゃん……?」
私は、自分で名前を言おうとしたタイミングで呼ばれて、声の方に首を向けた。
そこには……!
「まさか……シンシアさんなの!?」
十八年前と全く変わらない、真っ白な魔族がいた。
「あらあらまあまあ! ホントにティナちゃんなのねぇ! すっかり素敵な大人のレディになっちゃって嬉しいわぁ!」
「本当にシンシアさんだった……っていうかシンシアさん、よく私のこと分かったね?」
「だって私、ティナちゃんのこと忘れたことなんて片時もないもの。すぐに分かって当然よぉ〜!」
「えっ、その……ど、どーも……。でも、どうして今日突然ここへ? 会うの自体十八年ぶりだよ、何か用事でも?」
「用事がないけど付き添いできちゃった」
ニコニコとしながら、あの頃より余裕のある感じで……フローラさんに後ろから抱きついて肩に顎を乗せる。こうやって見ると、初めてフローラさんを見たときに、シンシアさんを思い浮かべたほど……そっくり……で……。
……付き、添い……?
「へ? ママって受付さん……じゃなかった、ティナさんと知り合いなの?」
「そうよぉ、昔お世話になった恩人なの」
「わーっそうだったんだ! 私はティナさん最初に一目見ていい人そう! って思ってね、ずーっとずーっと、パーティー立ち上げからSランク昇格まで、途中からは専属契約でお世話してもらったんだよ!」
「まあまあ……! なんて素敵な関係なんでしょう!」
二人で盛り上がっているところ悪いけど、私は頭の中が完全にパニックだ。だって……だって今までお世話してきた私の一番の相手が、まさかあのシンシアさんの娘だったなんて……!
こんだけ明るい子が闇魔術を使いこなしてしかも強いはずだよ! 長年の疑問が一発解決だよ!
あとね、シンシアさん以前に比べて前髪切って顔をしっかり出してるけど、ほんっと人間社会にいてはいけないぐらい美人! しかもよりによってあのフローラさんの母親ということで、注目度は半端ではなかった。
そして極めつけは……!
「あら? みんなからの視線が熱いわぁ。フローラちゃんは有名人だって聞いたし、私も挨拶していいわよね? はぁい、みんなぁ! フローラちゃんのママで、ティナちゃんのお友達の、シンシアで〜す!」
フローラさんは長い間、男の視線に困って厚手のコートを着ていた。
対して、今のシンシアさんは薄着で胸の上半分丸出しだった。
シンシアさんが受付テーブルの上に立って両手を振りながら、腰を左右に踊らせながらウィンクをみんなに送った。うわすご……ゆっさゆっさって本当に布が擦れた音で出るんだ……ってオープンすぎるでしょうがっ! いやこの人が淫乱で奔放な理由はこの中で私が一番知っているけどさあ!?
あのフローラさんを差し置いて、男の視線、一つ残らず奪っていった。パーティに女のいる男達はつねられていたけど、今日ばかりは君たちに同情したい。その目の前のママさんは、そんじょそこいらのAランク冒険者程度の精神力で抗える魅了じゃない。
そんなことを思っていると、ギルド内部に新たな男性の声が響いた。
「はいはい、目立つとフローラちゃんに迷惑がかかるからやめようね」
「あぁん、分かったわぁ」
扉を見ると……なんか……周りの人達から頭一つ大きいとんでもない美男子が出てきたんですけど。さっきまで男をつねっていた周りの女達みんな、ぽかーんとその男を見上げて同じ顔だ。いや、私もそうだろう。イケメン見てるというより動く美術品見てる感覚。
再びフローラさんが呆れたように言った。
「言っておくけど、パパもめちゃくちゃ目立つからね?」
……あれがパパさんですか。
この二人の娘がフローラさんですか……。
ギルドの空気、見事にフローラさんのご両親に持って行かれた。でもね、この両親は仕方ないと思う。いつもならみんなが寄ってくるリオさんとフレイさん、今日はギルドの入り口で苦笑しながら二人で立っている。
……あっ、フレイさんはこのタイミングでリオさんをちらちら見ながら腕を組もうとしてるわ。でも顔真っ赤。意外とグイグイがっつかない辺りがあの人かわいいのよね、傍目に見たらリオさんも結構フレイさん意識してるの分かるのだけれど。
すっかり賑やかになった昼のギルド。私はわいわい言ってるみんなを眺めていると、ふとシンシアさんと目が合った。シンシアさんがちょっと遠慮がちにこちらにやってくる。
近くに来たシンシアさんとは、すっかり身長が逆転していた。
「ティナちゃんにもう一度会えたら、どうしても聞きたかったことがあるの」
「うん、何かな」
「……ねえ」
シンシアさんの手が、いつかのように私の頬に触れる。
その目は不安そうに揺れていた。
「あなたの選択、『正しかった』って今も言える?」
今更な質問だった。
フローラさんに救われた人達は、この王国の民全員だ。
フローラさんが生まれていなければ、今頃この国は……。
フィナーレ閉幕後のアンコール。
自分の選択は正しかったか?
あの時。
ナイフを持って震えていた。
優柔不断で決められなかった。
大人になった。
弱かった女の子は、もういない。
決められなかった女の子は、もういない。
……でも。
何度もあの赤い瞳を夢に見た。
そして。
何度もこの青い眼に助けられた。
今日、分かった。
私の運命は、ずっと繋がっていたのだ。
赤い瞳と、青い瞳は、繋がっていた。
私はずっと、見守られていたのだ。
私の中で、最後の氷が溶けた———
———自分の過去を後悔していた女の子は、もういないのだ!
「私の選んだ道は、間違いじゃなかった!」
あの時と同じ構図。
だけど表情は全く違う。
シンシアさんは、少し潤んだ目で「よかった……」と優しく微笑んだ。
-
私はシンシアさんを、十八年前のお礼として王都のお気に入りのお店に誘った。当然のようにイケメンパパさんもついてきて、もちろん『雪花魔術団』の三人もやってきた。
本当にお礼のつもりなんだけど、どう考えても状況からして私が羨ましがられるやつだこれ。自分で客観的に見ても職権濫用してるって思うし、実際それぐらい私自身が楽しませてもらってる気分。
ま、今日ぐらいはいいよね?
人生のクライマックス、先に取っておこう。
こんなに素敵な出会いがまだ残っていたのだ。
きっと、生きていたら、もっといいことがある。
私は今日の、フローラさんの瞳のような透き通った青空から、そんな不確定な未来にさえ確信を持って胸を躍らせていた。
というわけで、以前より書こうと思っていた久々追加シナリオの受付さん回でした!
もし面白いと思っていただけましたら、下側より評価いただけると嬉しいです!
後これとは別にお知らせ、私が連載している
『勇者の村の村人は魔族の女に懐かれる』
https://ncode.syosetu.com/n3922ek/
が、この度書籍化することとなりました!
これも応援いただいた方のおかげです、ありがとうございます!
また詳細は後日となりますが、いくつか変更して来年頭に出版を目指していますので、もしよろしければ読んでいただけると嬉しいです!




