わかっていた。わかっていたことじゃないか。
中等部3年。この学年にはこれまでの実技の能力を見て、同年代と競うために王国中から優秀な魔術師が集められるトーナメント形式の大会、その名も『魔術大会』がある。もちろんこの魔術学園も出場の例外ではなく、上位の人間が抽選されて試合に出ることになっていた。
僕も出場することになったが、意外にもここで直前に実技で火魔術を本気で使い上位に食い込んだフローラも出るようだった。教員は最後の最後となる彼女の実技の実力に驚いていた。
試合当日、大きなコロシアム形式の建造物に魔術学園の団体生徒で移動していった。男子生徒などは「優勝いけると思う?」「魔術学園で1位のやつが優勝じゃなかったらやばくね?」「いえてる!」という感じの会話していた。まあ……確かにその通りだなあと他人事のように思いながら、そのクラスメイトを見た。フレイに初日から絡まれたやつだっけ。そういえばフレイはどうしてるのかな……。
僕は第一回戦だっため、別行動で待合室まで歩くことになった。
「あっ……!」
待合室に入る直線、そこでついさっき考えていた顔が現れて驚いた。
「リオ!? リオだよね、久しぶりじゃない! 背伸びたわねー。そっかーあんたも出るの? って当然出るわよね!」
「その声、フレイか! 髪型違うから分からなかったよ。そうか、魔術が使えたら騎士学校からの出場者もいてもおかしくないか……。ていうかどう見ても君の方が伸びたよね、僕より高くない?」
フレイだった。久々に見た彼女は短かった髪を伸ばしてポニーテールにして、快活で女の子らしい感じになっていた。すらっとして足の長い、かわいいというよりかっこいい感じだろうか。
どうやら彼女も一回戦のようで……つまり僕との試合だった。
「まさか因縁の対決がこんな序盤になるとはね」
「因縁って……」
「因縁なの! 編入先でも負けナシだった、アタシの人生唯一の黒星! アタシはあんたに勝つためにここまで来たんだから!」
「あ、相も変わらずだなあ……あぁでも、今の僕にそんな実力は———」
「と・に・か・く! 開始から全力でいくからね! あんたも開始から全力で来なさい!」
そう行ってニッと笑って走り去っていった。僕は去っていく彼女に対して「また不思議な魔力の色をしているなー」なんて暢気なことを思いながら、楽しそうに揺れるポニーテールを見ていた。
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フレイには学園を去る前に、魔術の自主練習メニューを組んでいた。正直あれから3年となると、フレイがどれほどになっているか、というかやってるかどうか全くわからない。僕の練習メニュー地味だしなあ……。ただ自分の魔力が上がってないため彼女の期待に応えられる自信はないけど、全力でと言ってくれた手前、頑張って勝負しないとな。
少なくともフレイはこの試合を楽しみにしているようだった。その気持ちは無碍にしたくないし、僕自身もきっと同じ気持ちだ。
正面に彼女が立つ。開始を告げる鐘が鳴る。
それと同時に、
「ファイアウェイブ!」
彼女の叫びと共に右手から蜃気楼が現れ、波のように広がり……いや球状!?
「っ! マジックシールド!」
肌を焼くような熱さが防御の薄い側面や背面から一気に襲ってきて痛みを伴う。なんだこれは、あまりに威力が高い……! 確かファイアウェイブは、ある程度は前面足下への牽制や、レベルを上げても燃えやすい環境を燃やして戦術に組み込む程度の魔術である。この魔術が、まさか単体でここまで———
「———がアァァァッ!!」
それは、一瞬の出来事だった。
赤い魔力が視界に映ったと同時に、目の前に広げていた厚めの魔術障壁が溶けるように一瞬で削られ、全身を強烈な熱が覆った。それに顔を顰める間もなく、衝撃で会場の壁まで吹き飛ばされて体の背面を勢いよく打ち付けた。前方に集中しすぎて魔術障壁が薄かった後頭部に特に大きな痛みが走る。
い、今のは……上級魔術……より上? まさかフレア系の魔術を重ねて高速詠唱したのか……? だめだ、考える頭が……。
「中止! 中止! 勝者、フレイ・エルヴァーン! いえ、確認します、勝者保留! お待ちください」
はは……どんなもんかと思ったら滅茶苦茶強いじゃないか……。
フレイは審判を見て、呆然とした様子だった。
「あ、あの、アタシ……」
狼狽える彼女に、審判の男が言った。
「……全力でやるのがこの場での伝統であり、生徒自身にもある程度防御魔術をかけて両者試合を行わせているため、もちろん本気が出た場合の多少の怪我も問題ありません。
ですが、殺人までは許されていません。確かに全力ではありますが、あんな防御魔術で受けられない超級魔術を撃って相手を殺したら、あなたの反則負けですよ」
「そ、んなつもり、じゃ……」
震える彼女の声に、なおも畳みかける声が聞こえる。
「彼の高速発動したマジックシールドがかなり厚かったからこの程度で済んでいるものの、彼が防御でなく攻撃に出ていたら今頃即死です。……ああ、ヒーラーさん、彼は後頭部のダメージが中心と、はい、はい、なるほど、」
「……そく、し?」
フレイが光の映らない目でこちらを見て、僕の方に歩き出した。
足が近づいてくる。反射的に……びくりと身をこわばらせた。
「え……?」
「待って! 彼もショックを受けている可能性があり危険です! 彼も命には別状ないようです。……勝ったんですから、ね。控え室に戻って下さい」
「…………っ、は……い……」
視界の端で、彼女の、泣いているような、寂しがっているような、そんな顔を見て、意識を手放した。
———そんな目をしないでくれ……ごめんな……。
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「あっ目を覚ましましたね」
コロシアム内部の簡素な医務室で目を覚ました。気絶する直前に見た、確かヒーラーの女性だったはずだ。
「大丈夫……そうですね? 念のため確認ですが、精神的ショック症状などもあるでしょうか?」
「ええ……負けたのはまあ……その、ショックですが、ある程度こんなもんかなあと分かっていたので」
声は無事に出るようでよかった。ただ全く体は動かなかった。
「そうですか……ではこれは?」
そう言ってヒーラーの女性は小さな火を出す。その瞬間僕の顔が無意識にこわばるのを感じた。
「……やはり、苦手意識があるようですね」
「…………はい」
ここで嘘をついてもいけないと思い、正直に話した。
「体は動きますか?」
「すみません、正直全く……」
「そうですか……少しこの魔術大会から離れたところで治療をしましょう。体も心も、ってところですかね」
そう言う彼女に「はい……」と弱々しく返事をして、再び視界が暗転した。
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コロシアムから離れた病院に移送された僕は、知らない天井を見ながら目を覚ました。外はすっかり暗くなっていた。
そのコロシアムの医療室で見たヒーラーの人がまだ看病してくれていた。
「ああっ目を覚ましましたか! よかった、息をしているもののいつ起きるか分からず心配していましたよ」
「……ここは、ああ病院ですか。……そんなに、寝ていたんですか……あ、体が動く。———そうだ、大会はどうなりましたか?」
「はい、もう大会は終わりましたよ」
終わった? そんなに長い間倒れていたのか……? 普通もっとかかるはずだけど、その間まるまる寝ていたということか。
「はい。あなたの一回戦の相手も決勝まで進みましたし、あなた以外の対戦相手はマジックシールドの一つも使えないまま手加減したその子に負けたので、君は本当にくじ運が悪かったですね」
ということは、やはりフレイが勝ったのだろうか。そう思ったが、確かこの人はさっき「決勝まで進みました」と言った。優勝した人をそう呼ぶことはない。つまり……
「……フレイ、負けたんですか?」
「一回戦の選手ですね、そうなんです。しかも決勝自体は一瞬で終わりました」
「……? 一瞬、で……?」
「優勝者の子、すごいですね。とても綺麗な方かなと思ったんですが怖いぐらい強くて」
「綺麗、な?」
「ふふっ、興味あります? 白くて長い髪に白い服、白い魔術師のとんがり帽子、そして白い杖を持っている全身真っ白な方ですよ」
それだけ聞いて、優勝者が誰なのかすぐに分かった。
「———そう、そうかあ」
「あら。綺麗な子チェックしてました? 知ってる子ですか?」
「その子……フローラ……。……一緒に学んだ幼なじみで……そうか、そんなに強くなっているなんて……」
「———……。そう、そうなのね」
ヒーラーの先生はそうつぶやいて、何かを察して気を利かせたのか、
「……私、ちょっと外出ていますから」
「はい」
「何かあったら呼んで下さいね」
「はい。……ありがとうございます」
そのまま立ち上がって部屋を出た。
そうか、僕が教えた二人目の女子に僕は一回戦一瞬で負けて、あれだけ強かった女子も僕が教えた一人目の女子に一瞬で負けたのか……。
当時は僕が上で、それでも競い合ってて、いずれこういう日は来るとはわかっていたけど……
隣の芝生が青かった。そして自分の芝生も青かったのだ。
自分はハリボテ優等生で、でも実際はとても普通で。中ぐらいの存在で。でも最初は優秀だったんだ。それはとても気持ちのよいことだった。
でも、しばらくしてから青く見せるのに必死で。いや、自慢したくてやってたんだろうか。なぜ青く見せるのに必死だったんだろう。そんなに豊かな土地でもなかったのに。そんなに見せたいわけではなかったのに。
初めて目にした彼女たちは非常に眩しかった。
彼女たちは楽しそうにこちらを向いていて、僕の、年齢にしては立派な芝生を見ていて。
自分たちの後ろに広がる地平線のような青々とした牧草地を知らなかった。うらやましいと思ったし、もったいないなと思った。
後ろに歩く方法を教えると、視界に入る芝生が広くなったと言った。だからどこまで自分たちの芝生が広いか、教えてみたくなった。
その結果がこれだ。
わかっていた。わかっていたことじゃないか。
「…………うう……っ……」
頭の理解と、心の納得の違いを感じながら、僕はベッドのシーツを頭から被った。窓に叩きつける雨が、僕の声を誰にも伝えず消してくれていた。僕の代わりに泣いてくれているようだった。