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優等生魔術師は隣の芝生の青さに目が眩む  作者: まさみティー
続・三人の優等生魔術師
49/50

あなたの選択は間違いじゃない(中編)

 こんな、上位になる魔族の討伐の機会を見逃してしまった……私は取り返しのつかないことをしてしまった。


 赤い瞳があまりに美しくて、恐ろしくて……私は自分の心が凍りつくような恐怖に襲われて、シンシアから逃げて宿の部屋に転がり込んだ。

 息切れしながら顔を上げると……既にシンシアは部屋の中にいた。


 ……いつ……の、間に……。


「もう、逃げなくてもいいじゃない。上位種になったからって、性格が変わる訳じゃないのよ?」

「……あ」

「そうよ、今もあなたがミスリルナイフでも持っていたら黙って殺されちゃう、そういう魔族なんだから」


 シンシア……さんが、可憐に首を傾げる。

 ……確かに、魔物を自分の代わりに仕留めてもらって、さっきの逃げ方はあんまりだったように思う。


「……あなたは選んだ。刺し殺せばよかった私を、刺し殺さなかった。それがあなたの選択」


 違う。

 私は……シンシアさんを、刺し殺す覚悟がなかっただけだ。


「……優柔不断だっただけです……」

「でも、結果としてあなたは刺さなかった。それは、あなたが私を殺すことを迷ったということ。さっきもね、刺される覚悟してたの。……正直な気持ちを言うと……私、嬉しかったのよ?」


 シンシアさんは、私の頭をその手で優しく撫でる。その優しい感触にどういった感情を持てばいいか、私は迷っていた。

 ……迷ってばかりだ、自分……。




「お嬢ちゃんの名前は?」

「……ティナ。冒険者見習いのティナ」

「覚えておきましょう」


 そして、シンシアさんは私に目線を合わせ、頬に手を当てて話す。

 彼女は、私を写し鏡にしたであろう、辛そうな表情をしていた。


「あなたはきっと、今日のことを忘れられない。でも、今日の選択を後悔してほしくないの。だから———あなたの選択は間違いじゃないって、そう思えるように私もティナちゃんのことを心に刻んで生きるわ」


 今も後悔しているのに、難しい注文だと思った。




 ……それから私は、人間の姿になってコートを着込んだシンシアに連れられて、街まで戻ってきた。お互い無言で……門の付近に来たと思ったら、彼女はいつの間にかいなくなっていた。


 ギルドに戻ると捜索依頼を出していたパーティのみんなが集まって、私の無事を喜んだ。私はそのリーダーの顔に表面上は笑顔を作って、魔物は一度宿を襲ったけど、山へ帰ったと嘘をついた。


 聞かれるだろうなと思っていたけど、案の定私の安否の次はお手伝いさんの質問が来た。……普通は宿屋の主の方を先に聞くでしょう、女二人とも不審そうな顔してますよ。


 私は、八人の表情を注視した。


「宿屋の年配の男主人さんにしっかり抱きしめられながら、街と反対方面に避難したから怪我はありません。行き先は分かりません」


 安堵した二人。顔を顰めた六人。


 今ので、腹が据わった。

 私は、選択することにした。


 後日、女性の魔術師と弓術士を呼んで、ある程度まで何があったかを話した。……シンシアさんの種族のことは伏せて。

 当然パーティは大荒れ。六人全員がそうだったため男達は言い逃れできるはずもなく、私含めた三人は脱退することとなった。

 ……まあ、正直にサキュバスに男全員やられていたなんて知られたら、罵詈雑言は今の比じゃなかっただろうと思う。そのことは自分一人の力で追求したかったけど、弱い私には彼らの前に立つ自信はなかった。


 男達六名は、別の国に移った。




 私は『双頭の竜』にいた二人の女性と一緒に、女性だけの三人組パーティ『乙女の大槌』を作った。二人は幼い私に、本当に良くしてくれた。後から聞いた話だけど、やはり私に対して後ろめたい気持ちもあったらしい。

 ……気にしなくていいのに。未だに二人に隠していて、後ろめたい気持ちがあるのは私もなのだから。


 まずは弓と魔術の二人だけでできる任務のみを受けて、私はその間に前衛を目指して体を鍛えた。

 最初はナイフを持っていたけど、私に合っていたのは意外にも手斧だった。そういえばパーティの名前の大槌って何ですかと聞いてみたら、弓術士の姉さんが店の前で無骨なグレートクラブや綺麗な大鉄槌を指差した。これなら……あのイビルスレイプニルも倒せる。


 やがて二人を守るように、任務でもハンマーを持って立つようになって、二人がいない時でも十分に活躍できるようになった。その頃から魔術もエルフの姉さんに教えてもらい、意外な適性もあって私は順調に強くなっていった。

 年齢とともに期待通りに体も大きくなり、鎧を着てパーティの名前のような鉄の大きなハンマーを使うようになった。銀色の狼に襲われようと、黒色の狼に襲われようと、私たちの敵ではない。


 ナイフを持って震えていた女の子は、もういないのだ。


 とある日、再びあの街の近くに行く機会があり、その日私たちはイビルスレイプニルの討伐を担当することとなった。リベンジマッチ、気合は十分だ。

 ……強かった。

 怪我もなく倒すことは出来たけれど、改めて自分一人だけだとどうしようもなかった相手だと知った。


 無事に討伐して……私は、シンシアさんに命を救ってもらっておいて、結局お礼を最後まで言わなかったことに気がついた。

 門の前で言おうと思っていた。でも、手遅れだったのだ。

 早く決められないと、やはり後悔することになってしまう。


 最終的に『乙女の大槌』のメンバーもそれなりに増えて『双頭の竜』を超えるAAランクになった。ここで魔術師のエルフのお姉さんが教員になりたいと宣言して引退することとなり、パーティは私の「このランクまで来られたならいいよね」という一言に二人が頷いて、初期メンバーの脱退という形で解散することとなった。

 その後ソロで少し他国を回り、ある程度満足すると引退を決意。


 私は、自分が主人公としての人生のクライマックスを終えたと思った。


 それでも、裏方としてでも引退後も冒険者と関わっていたかった。

 以前よりギルドの受付さんが新人にちょっかい出す荒くれ者をねじ伏せる姿を見て憧れていて、私もギルド職員になろうと決めていた。ギルドの人も私の能力を知っていたので、ティナならいざというトラブルでも大丈夫だろうと採用してくれた。


 ギルド員としての毎日は退屈かなーと思いきや、さすが冒険者パーティなんてものを組むだけあって個性派揃い。人間観察するだけでもそれなりに面白くて、結構この仕事を楽しめた。天職だった。




 翌年、私にとって最大の転機が訪れた。

 冒険者ギルドという荒くれ者も多い場所。その日、扉の鈴を鳴らして入ってきたのは、全身真っ白な可愛らしい女の子だった。最初は、あまりにも場違いすぎるレベルの美少女に、妖精でも紛れ込んできたのかと驚いた。

 ちょうどギルドの受付は私以外男ばっかりで、しかも冒険者も男ばっかりだった屋内に足を踏み入れた女の子は、男の視線を一身に浴びて不安そうな顔で視線を彷徨わせていた。澄んだ音色なのに下品に感じる口笛の音が聞こえた。

 少女が後ろを向くと、優しそうな顔の少年がいた。その少年が微笑んで少し話すと、女の子の緊張が少し解けているのが分かった。今度は音も意図も下品な舌打ちの音が聞こえてきた。

 私はその子を見て……昔の記憶が浮上してきた。


「こちらへどうぞ!」


 こういう時こそ、同じ女子の出番だ。私たち女ギルド職員は……目の保養ぐらいなら許してあげるけど、別に男のためにいるんじゃない。こういうギルドで、見知らぬ男との会話がやりづらい人のためにいる。こういった配慮をできずに優秀な人材を逃す支部も多い。

 手を挙げて、女の子と視線を合わせる。その日その場にいた唯一の女性だった私に、少女は目に見えて安堵した様子で小走りにやってきた。ああもう落ち着いて、揺れてる揺れてる。いつも私に集まっている男達の視線は、今日は完全に目の前の子が独り占めしていた。

 ……むう、いつもは下卑た視線が集まると嫌な気持ちになっているのに、いざ視線が取られるとモヤモヤしちゃうね……。


 しかし開口一番、彼女のセリフに思考を全部持っていかれた。


「冒険者パーティを作ってSランクになりたいです!」


 元気よく発言したその女の子に、周りは失笑していた。正直に告白すると……私もどこかの貴族の令嬢がお遊戯にでも来て、隣の男は付き添いの若い執事みたいなものかと思っていた。

 Sランクの価値ってのは他国の相場と比較して廉売ダンピングできるほど安くないんだ、そうそう王国から出せるものじゃない。目指した私だって、どれだけ大変かは一番分かっている。

 だからすぐに音を上げると思っていた。


———この時は誰も知らなかったのだ。

 この明るく世間知らずな女の子が、魔術師の頂点だったなんて。




 最初に違和感を覚えたのは、Bランク任務だった。


「難しくなかったですか?」

「ううん全然! 真ん中をすぱっとやったらおしまいだったから簡単だったよー」

「……討伐したのはフォレストグランドアントで間違いないですよね?」

「リオが言うにはそうみたいだよ。こう、ウォーターカッターで一発!」


 ありえない。

 固い殻に覆われた一メートルほどの魔物で、関節を狙ったりハンマーで叩いたりして倒す魔物だ。真ん中から切れはしないし、ましてやそんな水魔術で傷が付くような相手ならBなんて難易度にしていない。

 前々からフローラさんは任務達成するのが早いと思っていたけど、それにしてもゴブリンを魔術で切るのと巨大蟻を切るのは全然事情が違ってくる。


「リオさん、事実なのですか?」

「事実ですよ。ああ素材も取ってあるのでどうぞ」


 ……使える部位の回収素材を見た限り、本当に当該討伐対象で、報告通り綺麗に真っ二つだった。この断面を、水魔術で……?

 それともう一つ。提出されたリオさんの報告はとても詳細で、ギルド員としては感心するしかない。この少年、ギルドの調査団員になってくれないかな……? なんて思ったけど、隣の女の子と組んでいる時点で報告に来る前に済ませてしまいそうだ。


 私がそんなことを考えていると、リオさんは次の調査対象を選ぶ。


「それじゃ次はこれを受けますね」

「ええ、どうぞ……って、Aですか!?」


 この国では、ある程度上のランクまで討伐に参加できるようになっている。その任務をリオさんは選ぶ。

 私が止めようとするもすぐ出て行き、結局このAランクも討伐完了した。そんな事件を数度繰り返して二人組の『雪花魔術団』は満場一致でAランクとなった。

 そんな冗談みたいなやり取りが途切れることなく続いた。




「討伐完了しましたーやっほー」


 担当して二年、いつの間にか彼らはAAランクだ。

 一体どれだけ強いのかあまりにも未知数だけれど、後日魔術大会では圧倒的な実力で全試合瞬殺して優勝したと聞かされた。ちなみに魔術大会、解散後も交流のある『大槌』のエルフの姉さんは二回戦敗退したらしいんだけど、あんまりいい成績じゃなかったんだねってぽろっと言ったら『出られるだけですっごく狭い門なの!』と本気で怒られた。沢山あるクラスの最上位である第一クラスから更に選抜された代表が、他の学園も含めて戦うらしい。

 確かにこのエルフの魔術師の姉さんは、ほぼリーダー代わりでとても強かったのだ。弱いはずがなかった。


 じゃあ優勝者ってどれぐらい強い? 卒業後はSランクぐらい? って聞くと、あきれ顔で『冒険者育ちだと真っ先に思うのはそっちよね、……私の元クラスメイトも先輩もその上の先輩も、優勝者はみんな高給取りの王属魔術師サマよ』と言われた。

 私は、フローラという存在がどれほど希少なケースなのかようやく知った。そして、彼女を担当させてもらっていることが、とんでもない幸運だということも。




 私にはもう一人、気にかけている人がいた。

 フローラさんを担当するようになってすぐ後のことだ。


「本当にソロでやるのですか? 従者などは……」

「お父様もアタシ一人で大丈夫って言ってたから、一人でいくわ」


 それは、領主の一人娘であるフレイ・エルヴァーン様。魔術より剣を選ぶというのももちろん、騎士より冒険者を選ぶというのは何か目的があるのか、それとももっと自由を謳歌したいのか……深い事情は聞かないけど、ソロで冒険者として登録した。

 領主の娘ということで緊張していたけど、貴族らしい鼻につく感じがなくて私にも気楽に接していいと言ってくれた。


 フレイさんも優秀だった。優秀だったけど……。

 周りはBランクで杖を持たずに魔術を使うフレイさんのことを『本気を出していない』と言っていた。でも、私にはどうにも焦ってるように見える。その受付に来る表情は、とても遊びに来ているだけの貴族令嬢には見えなかった。

 だけど……やはり杖を持たず誰とも組まないフレイさんは、本気を出していないようにも見えるのも事実だった。フレイさん……あなたの実力は、きっとこんなものじゃないですよね?


 そんなフレイさんが、まさかあの『雪花』のリオさんに指名されて合流することになるとは思わなかったけど。大丈夫かな? 前衛用の囮として雇ったとしか思えなくて心配になってくる。それにしても剣を持った火の魔術師……フレイさんを魔術師か。リオさんほどの人が認識ミスをしているとは思えない。少し気になる話……だけど、まあ様子見ね。


 フレイさんがリオさんのパーティに二つ返事で加入して、そこから二度とソロでは活動しなくなった。更に驚いたことに、二年間頑なに持たなかった杖を持つようになった。

 その表情は余裕があり、フレイさんは一つ壁を乗り越えたんだろうなということが分かる。焦りや不安みたいなものは感じられなくなったのはよかったけど、また『雪花』に関して知らない要素が増えてしまった。




 私の心配をよそに、三人組となった『雪花魔術団』は強かった。どんな任務だろうと必ず完璧に仕事を成し遂げてして帰ってくるのだ。

 しかもフローラさんは、いつも明るく笑いながら、無傷で。


 冒険者をやっていると苦労自慢をしたくなるし、実際に命を賭けているので想定より大変だったら文句の一つ二つも言いたくなる。酒場で飲んだら依頼主の愚痴大会になったり、魔物への文句になったりね。『大槌』でもよくやってた。

 だというのにフローラさん、未だに難しそうな顔をしたことがない。BからAになっても、AAになっても、AAAになっても。……そう、AAAランク扱いのドラゴンを倒しても。

 ドラゴンを討伐した『雪花魔術団』のリーダーは、ゴブリンを討伐した日と同じ笑顔だった。私は未だに、この人の本当の実力が全く分からない。


 ただ、先日のトレントは完全に失敗した。調査が杜撰で後ろの青年が怒ったのだ。ギルドの荒くれ者をあしらうなんて目じゃないぐらい、彼の怒りは生きた心地がしなかったね。彼は私が一番やられたくないことを完璧に把握している。……優しい人を怒らせちゃ駄目、私は学んだ。


 まあ、その埋め合わせということで彼から個人的に二人で会いたいと言われたのは驚いたけど……。

 ……はっ! ま、まさか年上好み? あんな素敵な両手に華の美少女ハーレムパーティにいて、私みたいな下手したら親の年齢に近いぐらいの女性の方が好みですか? いえ、私はリオさんみたいな方ならもちろんオッケーですがっ!

 ……と思っていたら、昔の冒険者時代の話を聞かれただけだった。そりゃ冒険者で知識豊富な彼なんだから、こういう調査もするし、あの子達より私の方が好みとか世界がひっくり返ってもありえませんよね。

 一回り年下の男の子に勝手に舞い上がって、勝手に落胆するの、我ながらかっこ悪すぎる……ええい、こうなったら私の全部を話してあげようじゃない!




 そんな先日のことを思い出しながら、今日の報告は調査以前の段階で情報が少なくて失敗続き、一体誰が請け負うんだって話題になっていたAAランクの正体不明任務。なんだけど、当然のようにこの子は無傷で帰ってきた。


「まだまだ無敗伝説は続きますね」

「まだまだ続きまーす。まかせてくれたまえ〜はっはっは」


 でも、今日はいつもに比べて空元気かな? 活躍するのが好きな子だから、あまり出番がなかったのかもしれない。


 次の貴族の男のちょっと嫌な感じの任務も、フレイさんがいい感じに受けてくれた。あのタイプの依頼ならきっと、あの頭のいいリオさんがまとめた感じかな? 活躍できなかったのか失礼なことをされたのか、フローラさんはいつもより空元気って感じだった。それでも文句らしい文句は一切なかった。

 これだけ活躍していて、この子は等身大。偉ぶることもなくずっと明るいままだった。

 フローラさんの顔を見れば、悪い夢を見て落ち込んだ気分も明るくなるよ。


 -


 今日の業務を終えて、部屋に帰る。


 最近私は、まるで子供のように寝るのが怖い。

 理由は……あの赤い瞳だ。




 私の選択は正しかったのか。

 今は後悔がないのか。


 まだ答えは出なかった。




(……シンシアさん……私は………)


 少し緊張しながらも、私は抗えない睡魔に身を委ねた。

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