人生は、一筆書きの奇跡だから。
遂に……遂にこの日がやってきたわ。
「ほ、ほんとに行くの?」
「今更ダメとか言い出したら絶交ね」
「……い、言わないよう……」
そう。
今日は、フローラの両親に会いに行く日だ。
アタシの両親っていうか家族フルメンバーとは言わずもがな、すっかり仲良く暮らしてしまっているのでみんな知っている。
リオのご両親とは会えた。本当に魔力視持ちで、あんな田舎に住んでいる見た目穏やかそうなおじさんおばさんに、あっさりアタシの魔力と属性を看過されて、しかもそんな二人がこの国の王族の師匠で、英雄の物語の登場人物ご本人達ってんだからもう傑作だ。
かっこよすぎでしょあんなの。
リオの両親は、やっぱりリオの両親だった。
そして、次はフローラ。これはもう約束通りだ。
「果たしてどんな人なのか、楽しみだね」
「そうね」
「う〜っ、う〜〜っ……」
それにしても……さっきからこんな調子である。
アタシはリオと仲良く喋れているからいいけど。フローラって、そんなに両親に会わせたくないのかしら。
「だいじょうぶかなあ……」
フローラの不安は、よく分からないわね。でもまあ……そんなに変なこともないでしょ。すっごい美男美女カップルってことぐらいはわかるわよ。
だって、リオの両親が、リオの両親って感じだったもの。フローラの両親も、いかにもフローラの両親ですって感じに違いない。
……思えば、アタシの両親はアタシの両親って感じなのかしら?
と思って思い出したけど、お父様はともかくお母様は絶対そんな感じないわよね。今だから分かるけど、パーティでもそこまで強くなかったみたいだし、なんといっても見た目も性格もまるで正反対。
でも、お父様と何もかもそっくりに生まれた私に、リオと出会うための魔力の泉をこの体に授けてくれたのが、お母様だ。
それだけでアタシにとっては、世界一のお母様よね。
-
ってわけで、フローラの自宅らしきところにやってきたわけなんだけど……。
「……これまた、とんでもなく北の方に来たものね」
「遠いとは聞いていたけど……」
アタシとリオは顔を見合わせる。周りは一面銀世界、正面には積雪を落とすような、三角の屋根の、標準的な普通の家があった。
本当に、遥かに北側の人だった。
ちなみにフローラ、いつぞやかのようにコートを着込んでガクガク震えていた。真っ白な雪景色に、フローラの服装が溶け込み、油断すると本当に見えなくなってしまう。
「フローラは寒がりなのに、よくこんな寒いところで暮らせていたわね」
「前も言ったけどね、寒いところは寒くないところよりも暖房設備がしっかりしてるんだよー」
確かに、言われてみたら寒くないところに暖房設備なんてあるわけないわね。
「それで……家の人、呼んでくれるのよね」
「うーっ……」
「……呼んでくれるのよね?」
「わ、わかったよ……そんなに睨まないでよう……」
ドアの前で、フローラを中心に、左にリオ、右にアタシが少し離れて構える。さすがにリオも緊張しているようだわ。
フローラがドアノブを叩いて家の人を呼ぶ。さて……どんな人が出てくるかしら。
「パパー! ママー! お客さん連れてきたよー!」
フローラが元気いっぱいって感じで声を上げると……ドタドタと音がして、それに気づいたフローラが一歩離れると、ドアが勢い良く開いた。
「ふ、フローラちゃん! っていうかフローラちゃんが誰か連れてきたの!?」
「……もおっ、いい年なんだからちょっとは落ち着きを持ってよ!」
「やだもぉ年のことは言わないでって言ったのにぃ〜」
「言ってないよね!」
「もちろん!」
……ドアが開いた先には、なんだかすんごいテンションの高い女の子がいた。しかもノリがフローラにそっくりだ。
女の子。そう言う他ないぐらい、幼い。背の低めなフローラから、更に低い身長をしている、見た感じ中等部を終えた程度の見た目の女の子だ。
しかし……妹ではないわよね。
胸。
胸が……すごいことになってる。フローラも大概こいつよりでかいヤツ見たことないってぐらいめちゃくちゃでかいんだけど、正面の少女は、厚着してるにも関わらず、ぱっと見てフローラより胸があるって分かる。それはもう不自然なぐらいだ。太ってるんじゃないかと一瞬思ったぐらいだ。
頭より大幅に大きいわよねアレ。生物としての不条理感を感じる。
あの容赦のない巨乳っぷりは、お母様の能天気スマイルと、王都でのあんまりな呼び名が思い出されるぐらい。
お母様。
そうだ、この人が……
「あのさ、フローラ。仲良く漫才やってくれてるのはいいんだけど、そろそろ紹介してくれない?」
「ああっそうだった! えーっとね、ママ、今日連れてきたのは、パーティメンバーのリオとフレイだよ! 前にちょっと話を……したっけ?」
「あらあらまあまあ! ……聞いてないよ?」
「そっかー」
「そっかー。じゃないわよぅ、もうちょっと頻繁に帰ってきてくれてもよくない?」
「やだ、寒い」
漫才をやってるけど、正面の人が……リオを見た。
「……あらぁ……」
その目が細められた瞬間……リオは、アタシの隣に飛んで来て、急に指と腕を絡めた。……って、いやいや! えっ、どうしたのリオ、この状況で恋人繋ぎなの!?
慌ててリオの方を見ると……苦しそうな顔で、女を睨んでいた。
「フレイ……」
「ど、どうしたのよ、リオ……」
「……あの人、チャームの魔術を使ったぞ……しかもかなり強力だ、油断していて完全に防ぎきれなかった……今は何とかフレイの感触で意識を繋ぎ止めてる」
――――チャーム?
こいつ、リオを、籠絡しようとしたの?
……アタシは、無言で空いている右手で剣を抜いた。
「あ、あら……?」
「――――ママ」
その会話に。
背骨に絶対零度の氷の槍が刺さるような、恐ろしく冷たい声が聞こえた。
アタシと、手を組んでいるリオも、あまりの恐怖にぶるりと震えた。
今のは……フローラ、なの……?
「リオを取ったら、本気で何するかわからないからやめて」
ああ……怒ってる。
一度対峙したから分かるけど、これは怒ってる。
数年ぶりの、アタシのトラウマである真っ黒フローラだわ……。
「……ご、ごめんね、冗談……というより、自動で発動しちゃうのよ……ママちゃんと抑えるから……許してほしいなって……」
「……」
「……あれ……ねえ、待って。フローラちゃんが男に対してその反応って、もしかして……」
「あっ」
その指摘に、息苦しい空気が一瞬で緩んだ。
「まあ……まあまあ! そうなのね!? どんな男の子も全部フってきたフローラちゃん、同性にしか興味ないのかと思ってたけど……よかった、ちゃんとママの娘だったわね!」
「その言い方だと私がママから受け継げる要素、男好きぐらいしかないみたいだよ!?」
「そうよぉ! 私の心も体も男が好きって要素しかないもの」
「自分で言ってて虚しくならないのそれ」
「むしろ誇りよね!」
空気がゆるんだと思ったら、なんだか変な方向に話が進んでいきそうだ。あのボケかましてリオがツッコミ役にならざるをえないフローラが、完全にツッコミ役に回るぐらいのボケ漫才っぷりだ。
……アタシはとりあえず剣をしまうと、フローラに声をかけた。
「あのさ、それでそろそろアタシら中に入りたいんだけど」
「あっ、そだね!」
「その前に……」
アタシは、その爆乳エロサキュバスの赤い目を見ながら、確信を持って言った。
「フローラのお母様、で間違いないのですよね?」
アタシの言葉を聞いて、その正面の人は子供のようににこりと笑った。
「まあ、かっこいい女の子! はい、フローラちゃんのママでーす!」
……うーん、全く母親っぽくないのに、フローラの母親だと言われると、納得するしかないわね……。完全に、うちの母親より幼いわ。
-
部屋の中に入ると、確かに暖房設備が見事に整っていた。
「服脱がないと暑いぐらいじゃない」
「でしょ? だから案外大丈夫なもんなんだよー」
なるほどね、こりゃ家の中にいれば冬は王都よりも暖かいぐらいだわ。
「ところで、ええっと……お父様は?」
「パパはどったの?」
「買い物よぉ。……それにしても、ええと、リオさんでしたね。先程は初対面であるにも関わらず、失礼を働いてしまってごめんなさい」
先程の出来事を気にかけていたようで、フローラのお母様は姿勢を正して深く礼をする。……コート脱いでから、フルーツとも形容できないようなソレが礼とともに重力に引っ張られ、奈落のような谷間が伸びる。
「あの、いえ……未然でしたし、それに僕自身が油断していたのも悪いと思いますし……気になさらないで下さい」
「そう? そう言ってもらえると助かるわぁ……」
「ええ。……ところで、失礼返しと言っては何ですが」
「……あら?」
リオは、少し言い淀んでから……声を出した。
「あなたは……『何者』ですか?」
えっ……?
失礼返しとは言ったけど、初対面でいきなり「何者」はいくらなんでも失礼にもほどがある。しかも……しかもフローラの母親だ。
「……ど、どうしちゃったのよ、リオ……あんたらしくもない……」
「そうだね、確かに……ずっと好いていた女の子の親に対して、初めて会話するにしてはあまりにもひどい質問だ。だけど……『視える』んだよ」
視える―――それは、間違いなく、魔力のことだ。
フローラも、隣で緊張した顔をしている。
「何が……視えたのよ……」
リオは、目を閉じて……呼吸を整えると、はっきりと言った。
「―――闇。ただ一色の、闇魔術の魔力。しかもかなり大きい。ハッキリ言って……闇魔術しか使えないのに強力な使い手になれるなんて、少なくとも学園など普通の教育で育った場合は……絶対に有り得ない」
闇、魔術……! それは、もちろんフローラの使っている、あの闇魔術のことだろう。それを、この朗らかな母親が専門にしている……!
「ど、どうしてそのことを……」
「ああ、僕は魔力が見える『魔力視』という人間なんですよ。あっ……と、フローラも闇魔術が、恐らくあなたよりも使えると思いますので、闇魔術のエキスパートだからといって、あなたに敵対するつもりは全くありません」
「……そう、そうなのね」
正面の女の人は、目を閉じると――――
――――バサリ、と、白いコウモリの羽を広げた。
「な……!」
「いずれ、言う日が来るとは思っていたけれど……」
「えっ……ママ……?」
……どうやら、見た限り、フローラも初めて見る姿のようだ。
「ごめんね、フローラちゃん。予め言っておくけど、ママはフローラちゃんの、本物のママで間違いないからね」
「う、うん。そりゃもう見た目そっくりだし、疑ってないよ」
「ふふっ、ありがと。愛してるわ、私のかわいいフローラ」
そして、コウモリの羽を広げたまま、リオの方を向いた。
「改めまして、お二人ともよくぞいらっしゃいました。私は……はぐれ上級淫魔のシンシアと言います」
……凶悪フルーツ二個つきのクソアホサキュバスの母親、やたら色っぽいと思ったけど、マジでリアルにサキュバスだったわ。
リオもあまりの衝撃に、目を見開き口を開けて固まってる。あのリオがあっけにとられるなんてレアショットね、こんなリオもちょっとかわいくて……もちろん、いいわね!
じゃなかった、シンシアさんね。
「なるほど、男の理想の魔族……そりゃフローラも、美少女になっちゃうわけですね」
「あなたみたいな優しくて頭の良さそうなだけじゃなく、本当に優秀な子をフローラちゃんが選んでくれて、ママ嬉しいわぁ。ちゃんと両思いみたいだし、可愛く産んだ甲斐があったものね」
リオとフローラはお互いの顔を見て、ちょっと下を向いて顔を赤くしている。……むぅ、疎外感あるわ。
アタシはリオの手を強く握る。振り向くと同時に、ちょっと気まずそうなリオの顔が見られる。今日はいろんなリオが見られて面白いわね。
そんな時。
部屋のドアが開いた。
「これは……どういう状況なんだ?」
そこには、金髪のすんごい背の高いイケメンがいた。
……そのイケメンは、シンシアさんの姿を見ると……黙って隣りに座った。
「フローラも帰っていたんだ。経緯を、話してもらってもいいかな」
「えーっとねパパ、簡潔に言うね。私はSランクパーティ『雪華魔術団』のリーダーとしてルナ王女様に直接会って冒険者伯にしてもらって、隣のレナードことリオと結婚するつもりで、その隣のフレイと一緒に結婚するんだけど、今は英雄エルヴァーン伯爵の名字を継いで『エルフの家』元リーダーで『アレスとサーリア』のアレスさん家族と一緒に住んでて、あとフィアンセのリオは『魔術王伝説』のラリー君とローリちゃんこと本物の魔力視人間ローレンス様とドロテア様の息子ご本人で、当然のように『魔力視』を受け継いだリオがママの闇魔術の魔力を看破して今ちょうどママのカミングアウトが終わった所です!」
「まってねえ待ってフローラ情報量多すぎヤバイ」
「そ、そうよぉフローラちゃん、さっきの話、今私も初めて聞いたわよぉ!?」
「初めて言ったからね!」
……うん。暫く帰ってなかったんだから、一気に話すと情報量多すぎるわよねコレ。
アタシはご両親に同情した。
「……とりあえず、ママ……シンシアが羽を見せた以上、僕も見せたほうがいいだろうね」
「え」
フローラが反応する前に――――正面のイケメンから、黒い羽が広がった。こちらは……カラスの羽かしら?当然のように、フローラが驚いていた。
「え、ええーっ!?」
「ちゃんと本物のパパだから安心していいよ。……そして、初めまして、お二方。フローラの父、堕天使のヴィクターです」
堕天使。堕天使っつったの今。
「え、じゃあフローラって」
「正確には、人間ではないはずだよ」
「そうなんですか……」
「……そんなことより」
堕天使カミングアウトをそんなことって言っちゃったよこの人。ヴィクターさん……めっちゃ背の高い超イケメンの堕天使が、ぐいっと身を乗り出す。リオの前で申し訳ないけど、人生の美男子ランキングを余裕でぶっちぎって一位のルックスだから、かなりドキドキするわねこれ。まあ……リオもシンシアさんに完全無関心とか絶対無理だろうし、おあいこってことで!
「今話にあってピンときたのだけれど……あなた、もしかして、あの英雄フレイ・エルヴァーン伯爵令嬢なのでは……?」
「え、ええっと、多分ソレであってます」
―――アタシが言った瞬間。
正面の二人は、めっっちゃテンションアップした。
「わーっ! うわーっ! ま、ママ、本物だよ! 本物のフレイだよこれ!」
「かっこいい子だと思ってたけどまさか英雄本人だったなんて! まあ、まあまあどうしましょう家の中に英雄をお呼びしちゃった! いいお茶菓子あったかしら」
「もぉ〜〜っ! パパ、ママ、恥ずかしいからやめてよぉ〜っ!」
「何言ってるんだフローラ、これが落ち着いていられるわけないだろ!」
……な、なんか、すっごい歓迎されてる。アタシ、こんなに歓迎されたの初めてかも。さ……さすがに照れるわね!
いやーアタシ有名人だなー! こんな美男美女を夢中にさせちゃうなんて、もぉ調子乗っちゃうなー!
「し、しかも、『まじゅでん』のノームの息子!」
「ノームじゃないよ、初版だよ! リオの両親、魔術王様のことマット君って呼んだもん、思いっきり人間だよ!」
「きゃ〜っ! 可愛いだけじゃなくって才能もステキぃ〜っ! こんなステキな二人が私達の家族の一員になっちゃうなんて、こんな幸せ、いいのかしらっ!?」
今度はリオに白羽の矢が立った。リオは急に話を振られて、アタシと目を合わせていたけど、やっぱり慣れないのか恥ずかしそうだ。
「ええっと、その、ありがとうございます」
「いえいえそんな! フローラを選んでくれてありがとう、いやあまいったなあ、夢だったフローラの英雄譚入りだ!」
「ええ、これで私達がフローラを産んだ目的も達せられたというものねぇ」
……ん?
「今、フローラを産んだ目的って言いました?」
「うんうん、親としてフローラには自由に生きてほしいと思っていたけれど、やってもらいたかったことは『英雄譚の登場人物になってほしい』ということだったからね」
英雄譚の、登場人物になりたかった……?
「そうか、そういうことなのか……」
「リオは知ってたの?」
「話は聞いてたよ、フローラは昔から、Sランクになりたいとか、英雄になりたいとか、ずっと言ってたから」
そうなのね。……しかしそうなると、気になるのはそれが……
「……両親の影響で、そうなったってことなのかしら」
「あっフレイ、一応私も自分で考えて英雄になりたいって思ってたからね! まあ英雄はフレイなんだけどね!」
「フローラはそれでよかったの?」
「もっちろん! 英雄には……英雄譚の主人公にはなれないだろうなって思ってたけど、英雄がメンバーで私がリーダーなんて、コレ以上望んだら我儘だよ」
確かに、フローラの立場はアタシのリーダー……つまり、英雄の上位の存在だ。フローラがそれで満足してるのなら……それでいいんだろう。
リオが、フローラの頭を撫でて、そしてヴィクターさんを見て、口を開いた。
「折角ですし、もしよろしければ教えてくれませんか?―――どうして堕天使と上級淫魔がフローラを産んだのか」
「そう……だね。うん、伝説のローリちゃんの産んだ子だ、僕の話を出し惜しみするつもりはないよ」
ヴィクターさんは、昔の記憶を思い出すように……懐かしそうに視線を上げた。
「かつて天使だった僕は、もちろん天界にいてね。そこの中だけで生活をしていたんだ。だけど、人間に興味を持ってね。特に……同じ生まれであるのに個人が活躍するという形態に、興味を持ったんだ」
「個人が活躍すること、に興味ですか?」
「そうだよ。君たち人間ではピンと来ないだろうね」
「僕たちはね、生まれの力の差を覆すことが、ほぼできないんだ。力天使には敵わないし、メタトロン様にも、かなわない。そして、下級天使同士では、力量差なんてそうそう現れないんだ」
ヴィクターさんの羽が揺れる。
「……だけど、人間は違った」
その羽が、折りたたまれる。
「僕は、そういう天使未満の能力でありながら、個人がのし上がって大天使以上の力を得るという人間に興味を持った。そして……人間に興味を持つと、その瞬間にもう堕天していた。僕は……喜んだね」
「喜んだんですか?」
「ああ。だってこれで、英雄の物語が読めるじゃないか!」
それはもう、心底嬉しそうな顔で語った。
「僕はそれはもう、世界中の英雄譚を買い漁るために、人間の社会で働いたよ。そして色んなものを見てきた」
生まれを選べない人間。
決して平等ではない人間。
そこから始まる、人間たちの話には、アタシにとって重いものだった。
アタシは……アタシは、最初から恵まれていた。
そして、成長も、お父様がいて、お母様がいて、リオがいて。
負けるはずだった恋も、フローラがいて叶ってしまった。
「そして僕は、ママに……シンシアに出会った。シンシアは、僕が堕天使だということを一目で見抜いてくれてね」
「ふふっ、とってもいい男だったものぉ……人間とは思えないほど、ね」
「そんなシンシアも、英雄譚が好きでね」
今度は、シンシアさんが話を継いだ。
「でもね……読めば読むほど分かってしまった。やっぱり私もヴィクターも……英雄に憧れても、英雄になれはしない。登場人物になることさえ出来やしない」
「属性が、最初から闇だからね。人間の光に憧れてしまえば、近づくほどに闇の形は消えてしまう」
光。アタシの、英雄の光属性。お母様も憧れた光属性。
……話を聞けば聞くほど、欲しくても手に入らなかった二人と、望むでもなくリオが教えてくれたら使えたアタシ……恵まれた自分の恵まれっぷりに、表現しづらい気持ちになるわね。
ほんっと、アタシって幸せ者だわ。
「だから、ヴィクターさんとシンシアさんは。賭けたんですね。掛け合わせることに」
「……! そこまで、分かるのかい」
「フローラの、サポートコマンダーですから。頭を回すのが僕の仕事です。英雄譚を読んだあなた達は……マイナスとマイナスを掛け合わせたんですね」
「す……すごいわぁ、リオさん。今日一番びっくりしちゃったぁ……」
マイナスとマイナスの掛け算。
「……うまくいくかはわからなかったけど。でも……そんな言葉遊びの言霊の力で英雄譚は出来ているって、誰よりも沢山読んだ自負のある私たちは分かっていたから」
「それに、もしもダメだったとしても、精一杯の愛情を注いで育てようと決めていた」
二人が、フローラを見る。
「そして、奇跡が起こった!」
「人間が、産まれたのよぉ!」
シンシアさんが、フローラの近くに腰を下ろして、頭を撫でる。くすぐったそうにしてたけど、フローラは少し嬉しそうに、撫でられるままになっていた。
「だから、フローラは本当に僕達の宝物でね。きっとシンシアに似て、ちょっとお転婆で、すっごい美少女でも、元気のいい子になると思っていたんだよ」
「見事に、英雄譚大好きの女の子になったわね!」
「なるほど……それで、堕天使と上級魔族の、多めのマイナスを『掛け算でプラスに振り切った』人間を産んでしまったんですね」
「ふ、振り切ったって、今はどれぐらいなのかい? フローラの実力は、僕たちは最近のことは知らないんだ」
「もう思いっきり言いますね。……恐らくこの世界唯一の神級魔術使いで、魔術王の遙か上の魔力を行く本物の最強の魔術師ですよ。それは魔術を教えた僕が保証します」
リオが断じて、二人は驚愕の表情をする。もちろん、その評価はアタシも同意だ。
「アタシ、フレイ・エルヴァーンから見ても、フローラの魔術はその域にあると言って差し支えないです。……喜んでいいですよ、フローラは文句なしに、アタシが出会った中でも最も優秀な魔術師です。アタシの光上級魔術でも、フローラには勝てないと思いますし。……正直、世界で一番敵に回したくないですね」
アタシからの評価も聞いて……二人は、嬉しそうな顔になる。
「や、やった……! 二人のお話、信じるよ! そうか、フローラってほんとに、僕達の想像の遥か上を行っちゃったんだなあ」
「もう興奮が抑えられないっ! ふ、二人目! 二人目作りましょ! 子供百人ぐらい作りましょ!」
ええっ!? なんだか暴走お母様、興奮しすぎて話が変なところに飛んで行っちゃってる!
「も〜っ、二人目生んでも、魔術王マシュー様みたいに、私にとってのリオみたいな、魔力視の同年代を引き当てないと無理だと思うよ!」
「そ、そうだったわね、フローラちゃんはもちろん、リオさんがすごいのよね」
「そういうこと! リオが私に教えてくれて……そう、私を最初に教えてくれて、私の我儘で独り占めしちゃって……そして、リオの指導に私とフレイだけが、魔力が足りて、はじめて私が出来上がったんだよ」
そう。
アタシも、産まれたときから魔力が沢山あった。
暴発して、お母様に心配をかけるぐらいあった。
リオが教えてくれて……初等部の、喧嘩を売られても優しく教えてくれる、優しい男の子がいてくれて。
自分の教え子に、殺されかけても、相手の心情を心配して謝ってきてしまう、どうしようもないお人好しの男がいてくれて。
そうして、英雄のフレイが……光属性の魔術剣士、勇者フレイが完成した。
人生は、一筆書きの奇跡だから。
その今が、綺麗に嵌まった結果だから輝いている。
でも……英雄フレイの伝説なんて、それこそフローラが……そう、アタシのできないことを全部やってしまえる超絶魔術師のフローラがいて、なんとか英雄の仕事を完遂できたようなものなのよね。
そう考えると……アタシは、この二人にも、お礼をしたいなって気持ちが出てくる。
アタシの、だけじゃない。
お母様を助けたかったお父様。
お父様を諦めなかったサーリア。
それに……過去の全てを出鱈目すぎる道筋で克服してしまったソニア。
みんなの恩人だ。
「あの、ヴィクターさん、シンシアさん。フローラを産んでくれてありがとうございます」
「えっ!? どうしたしまして! 英雄のフレイに感謝されるなんて嬉しいね!」
「その英雄フレイは、フローラがいなかったら英雄になれなかったから。だから、本当に感謝しているんです。そうですね……」
アタシにとって、本当に大した労力じゃないけど……それでも、きっと、これがお礼になるはずだ。
「また、エルヴァーンの屋敷に来て下さい。アタシの自叙伝……英雄譚が出たら、必ずお二人のお名前を書きます。こんなことしか出来ないけど、それで、アタシからお二人へのお礼になれば……」
言い終わる前に、二人は身を乗り出して、アタシの手を両手で握った。
「ほ、本当に!? お、お願いします! ああ、僕の名前が……英雄譚に書かれる日が来るなんて!」
「私も……私なんて、悪属性として生まれて、その他大勢のように消えていかないようにするだけで必死だった、何にもなれないはずの産まれだったのに……」
「そんなことないですよ」
アタシは、シンシアさんの綺麗な顔を見て言った。
「何にもなれない人なんていません。誰かに関わった時点で、誰かにとっての何かになっているんです。シンシアさんは、ただの魔物をやめて、英雄に憧れて、こんなアタシみたいな人に憧れてくれて、人間の道を選んだんですよね」
シンシアさんの手を、今度はアタシが両手で握り込む。
「今の結果を引き当てたシンシアさんは……間違いなく、アタシにとって十本の指に入れてもいいレベルの恩人なんです」
話を終えると、シンシアさんは、その世界中の男を虜にする涙に濡れた顔を見せて、アタシの手に頬を寄せた。
-
「喋り足りない! 泊まっていこう!」
「リオの時も帰ったじゃない……用事も終わったし、もう帰るわよ」
「じゃあ私のふかふかダブルベッドで一緒に寝るのと、私の闇神級魔術の被験者になるのとどっちか選んでね!」
「最近とんでもなく我儘ねリーダー!?」
闇神級魔術ってなんなの!? 想像もつかないけど、蘇生と時間遡行みたいなクラスの魔術なわけよね!?
「っていうか、外めっちゃ吹雪いてるよ、今帰ったら危ないよー」
「……それを先に言ってよ。別に意地でも帰りたいわけじゃないんだから、そういうことなら帰らないわよ」
「えっへへへー」
フローラは、猫のように擦り寄ってくる。……ホント、我儘で物騒で気分屋だけど、大抵いい結果引き当てちゃうから憎めないわよねー。
「……私ね、生まれがあんなだったなんて知らなかったんだ」
「そう、よね。アタシもびっくりしたわ。リアル堕天使とか初めて見た」
「でも……それ以上に気になったのが、ママとパパがあんなに喜んでくれたこと」
フローラは、ぴょんとはなれて、アタシの前でぶるんと揺らしながら着地すると、両手を後ろに組んでアタシの方を見た。
「私と一緒にいるときは二人共機嫌が良さそうなんだけど、でも……私自身の力だけで何かしてあげられたわけじゃなかったから」
「フローラ……あんた」
「だから、フレイには、もっとお話してほしいんだ。私が連れてきたんだよって、自慢したいんだ。フレイは……フレイは、私の一番の自慢だから。一番の友達だから。一番好きな女の子だから。
フレイは――――
――――私の、一番だから」
……。
なによ、もう。
そういうの、ずるいじゃない。
「……わかったわよ、喋ればいいんでしょ喋れば。飽きるまで喋ってあげなくないこともないわよ」
「やった! やっぱりフレイは優しいね」
「あんたは頼み方が年々容赦なくなるわね」
アタシは、フローラを連れて再びご両親のところへ行く。
「あ、ちなみに今はリオがママに捕まってるよー。チャームの魔術なんて使わなくても魅了しちゃうから急いでね」
「ギャーッ! あんたも急げ!」
「私はママに対抗できるおっぱいあるからいいよ」
「チクショー覚えてろよ!」
ああもう、ちょっとでも嬉しがっていた、アタシも好きとか言いかけていたほんの一分前のアタシをぶん殴りたい!
リオ! アタシが今から助けに行くから待ってて!
ちなみに、リオはヴィクターさんと話していて、シンシアさんは夕食を作るために台所に行っていた。
……ああああんたってやつはああああ!
あーっ! もーっ!
やっぱり、あんたは、キライ!
久々投稿、フローラの両親回でした!
シリアスの合間に書いていたゆるい作品がシリアス気味になりつつあるので、めっちゃゆるいのを並行して書いてます!
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