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優等生魔術師は隣の芝生の青さに目が眩む  作者: まさみティー
続・三人の優等生魔術師
46/50

その顔を見ることができただけで良かった

 今日はね、ずーっと楽しみにしていたのよ。それはもう、先月から、ずーっと、ずーーーっとね。


 そう、ホワイトデー。


 もうね、期待していないなんてのは無理な話よね。だって、リオの料理技術というか、そういう細かい作業の凄さ、知識の幅は知っている。

 間違いなくね、エルヴァーン女子会全員でかかって敵うような生半可な技術じゃない。読んだ物は全部覚えちゃって何でもこだわっちゃうリオだもの。

 アタシはこんなだし、フローラはあんなだし、サーリアは意外と手先自体は不器用だし。お母様はのほほんとしてるし、エリゼ様は産まれた頃からお嬢様だし、あと残ったのは……元殺し屋のマッチョソニアにお菓子作りの才能を期待するのはさすがに酷ね。


 ……いやいや、エルヴァーン女子会やばいんじゃないの、コレそこら辺の一般女学生より女子力低いわ。あのリオに対抗するとか思い上がりも甚だしいっつーの。今度アマンダを無理矢理サロンのソファに押さえつけてでも女子会に引き入れねば……。


 まあ、そんなわけで、期待してるのよ。

 今日は、本気でお返しを作ってきてくれていると信じている。そして、誰かのために何かをするとなると、中途半端なことができないのがリオだ。

 そんなリオだから、アタシもフローラも好きになっちゃったのは仕方ないわね。


 あと、アタシたちのチョコレートがなかなかいい出来だったのもいい効果になっていると思う。

 リオは、かつてシェリーの紅茶の味には思いっきり衝撃を受けていた。

 アタシに魔術で負けても、まー多少卑屈になったりもしたけど、それでもからっとしてたのよ。でもね、シェリーの変わった味らしい紅茶は……絶ッ対、対抗意識燃やしてる。だって以前、一日中火魔術を使ったお湯の温度調節、そして横並びになった沢山のポットでの紅茶の種類と温度の飲み比べ、狂気のようにやってたもの。

 ……初めから天才なんじゃなくて、ああいうことを苦もなくやっているから、今のリオが出来上がってるのよね。一朝一夕で超えられるものじゃないし、まずそのこだわり方の才能がなくちゃ無理だ。


 そんなわけで、期待しているのだ。

 そう、普通はここで期待しておしまいなのだ。

 楽しみだなーって話で終わりな筈なのだけれど。




 ……アタシは、今、猛烈に未知の不安に襲われている。




 リオは菓子作りを、パーティハウスで行うと言ってたわ。だからアタシとフローラは、『雪花魔術団』のパーティハウスを離れて、みんなでエルヴァーンの屋敷でゆっくりしてるってわけなんだけど。

 というか今、エルヴァーンの女子一同が揃ってサロンにいるわけなんだけど。

 みんなアタシと同じ、何が起こるかわからないという顔をしてそわそわしている。……いや、一名ほどいつもどおりね。もちろんそれは、朝から酒飲んだ挙げ句ソファに沈んでグースカ昼の惰眠を貪っているフローラのことよ。


 ……そんな、神妙な面持ちをしている理由は一つ。

 リオのお菓子作りの、全く予想ができない不確定要素。

 それが今の状況を作っていた。


 リオが昨日言ったセリフはこれだ。


『フレイ、今日はアレス様にも手伝ってもらうから』


 =================


 さて、ホワイトデーがやってきた。基本的にお返しのための日なので、バレンタインデーに貰わないと特になんでもない日なのだ。


 ……以前フローラの独白を聞いた。それは、彼女が可愛くあろうと努めていたこと……そして、その結果友達が少なかったということだ。

 僕も、あまり友人はいない。それは今から思うと、きっとフローラと仲が良かったことも理由の一つにあるのだと思う。男子はみんなフローラにアタックしてたようだし、フローラはみんな断っていたし。

 僕自身が本ばかり読んで友達も少なかったし、ずっとフローラと一緒にいた関係で、ああいったイベントには他の女子達から声をかけられることはなかった。

 男子も女子も、離れる理由が十二分にあった。そして僕達は、学生時代からとっくに二人で完結していたんだ。


 ……あと、今だから分かるけど、学生時代のフローラにはバレンタインチョコを渡すような女子力が皆無だった。

 あれで中身は冒険譚大好きの少年みたいな女の子だからね。


 だから、そういうものを貰ったことも生まれて初めてだったし、フローラも生まれて初めて渡してきただろう。しかもあんな加工の難しいチョコレートを手作りで渡されたら……そりゃあもう、本気になってしまう。

 お菓子作りに対抗心が燃えていることも、僕のためにあそこまでやってくれたことも、今のやる気に繋がっている。


 間違いなく、本気のチョコレートだった。

 ならば僕も、本気のホワイトデーだ。


「……ところで、俺は何すりゃいいんだ? 呼ばれてきたはいいけどよ、まったくわかんねーぞ」

「アレス様、お待たせして申し訳ありません。すぐにやっていただきたい作業をご用意いたしますのでもう少々お待ち下されば……」

「いやいやいや! お前そりゃ硬すぎだ、もう名前も合わせてくれたし息子みたいなもんだろ? お前さんの性格出てるけどそこまでいくと嫌味だぞ。とりあえず、その『様』はありえないな」

「あっ、そうですね、確かに硬すぎました。……それじゃあアレスさん。えーとアレスさんにはですね、僕では難しい力仕事をやってもらいたいんです」

「おう! そりゃやり甲斐があるってもんだ!」


 僕は、今日のためにアレスさんを呼んだ。


 アレスさんには、先日名字を合わせるという話をさせてもらった時は、大いに驚かれた。

 そこで、フレイの名前をあの名前のまま変えたくなかった、自分もエルヴァーンを名乗りたいと伝えた。そのことを伝えたときは……目の前で男泣きされて、僕が今度は驚いたし、フレイも驚いていた。

 あんな姿は初めて見たと言っていた。


「いやあ、ありゃまいったな……。そもそもエルヴァーンの活動は俺にとっては自分の欲望に忠実にやっただけだったからよ。そんでやることの残りを娘に丸投げする父親の役目も、嫁に出しておしまいかと思ったら、娘は名前も住所もそのままで二人家族が増えやがった」

「自分の欲望、なのですか?」


 アレスさんは、自分の手元を優しそうな目で見て呟いた。


「おう、基本は気に入った女と大手を振るって一緒に居たいっていうだけだ。好き放題生きて来ただけなのに、ずいぶん恵まれてんなあって思ってな」


 アレスさんの言い分は、なるほどこの人を理解するに十分なものだった。

 僕は学生時代に社会活動をする学生を見てきたし、それをアピールポイントに魔術師で宮廷入りを将来的に目指そうとしていた生徒も見てきた。そんな社会派の人が、慈善活動で帳消しとばかりに悪事に手を染める姿も見てきた。

 そういう人に比べると、アレスさんは差別に反対する活動が「俺は人権派だ偉いぞ」ではなくて、「好き放題やっただけ」なのだ。この誇り高い運動に対する厭らしさ、鼻につく感じが全くない。


 ……きっとそんなアレスさんだから、みんな魅力を感じてついて来たんだろう。


 家名の話をした際に聞いた話によると、そんな慕ってくれる奧さん4人からバレンタインチョコをもらったらしい。

 そのお返しは考えていなかったようで、今回誘ってみたのだ。こういった逞しい男性で家長の人に菓子作りを誘うのは反応が未知数だったけど、アレスさんは楽しそうに乗ってきてくれて安心した。




 さて、調理開始だ。

 材料にチョコレートも利用するけど、さすがに一から用意するのは間に合わないので、出来あがったものもを利用して、もう少し発展させるものを作るつもりだ。

 誰が言い出した話か、本当の話か。さくっとした関係か、すぐに溶ける関係か、そういうお菓子と意味を合わせた考え方があるらしい。


 ……さて、まずは土台から作ろう。予め作ってあるメレンゲはあるものの、ここから追加で土台を作っていく。

 とにかくこのメレンゲを作るのは体力が要る。そのうち研究して魔術で作れるようになっておきたいけど、今はとにかく丁寧に作らなければ。


「アレスさんには、この卵白を、この泡立て器でずっとかき回し続けてほしいんです」

「これか?」

「はい。それを……そう、そうやって回し続けて下さい」


 アレスさんが器の中に入った卵白を回し始める。特に何かアドバイスを言うまでもなく、器を斜めに持って、空気を入れるように素早く混ぜ始めた。すぐに濁り出す卵白。

 ……あれ、この人上手くない?


「こういった作業は得意なんですか?」

「ん? いいや、全くやったことはねえな。どうなんだこれ」

「……正直かなり上手くて驚いています。持ち方とか指示しようと思ったんですが、それで合ってます」

「そうか、よかったわ。やりやすいように持ってみたけどこれで問題ないようだな。どんだけやりゃいいんだ?」

「ちょっと待って下さいね。少しずつ砂糖を入れていきますから。……はい、それでは再度よろしくお願いします」

「おう」


 アレスさん、どうやらなかなかの天才肌のようだ。体を使うこと全般、直感でコツでも掴んでしまうんだろうか。

 年齢から考えると、僕が初等部で小さいフローラと一緒に魔術を練習していた年齢で、既にサーリアさんを守るために手を差し伸べたことになる。それは並大抵のことではないだろう。

 僕は内側の甘めのチョコレートを溶かしてフルーツのソースと混ぜながら、アレスさんとの会話をしよう。




「アレスさんは、サーリアさんを助ける際に、何かその後の苦労みたいな……こう、今後大変になるぞということを考えたりしましたか?」

「全く考えてなかったというか、あの頃はそれこそ差別なんてもん本気でよく分かってなかったな。とりあえず耳隠したいってのだけ分かってたんでフード被せたし、派手な活動し出したのはもうちょっと後だ」


 なるほど、本当に直感的に動いた結果のエルヴァーンなのか。


「じゃあ途中で差別ということに気付いたと思うんですけど、どうしてそこまで苦労を買ってまで助けようと思ったんですか?」

「それも特に深い考えはなくてなあ……。ただその頃にはサーリアがいつでも治してくれるヒーラーだったんで仲は良くてな。で、その扱いも納得いかなかったんで、じゃあそういうもの全部なくすのを生きる目的にしようかって感じだったな」

「生きる目的、ですか?」

「おう」


 泡が随分綺麗になった器に砂糖を加えながら話の続きを聞いた。そこで僕は、この人の苛烈な人生を知ることになった。


「これは別に聞いたからって気負いして貰わなくてもいいんだが、さっさと両親が死んじまってなー。子供って親の期待に応えたがるもんだろ? そんなもんだからよ、今ひとつ何もやる気が起きなくてな」

「両親が……」

「そんな矢先にジジババども4人がな、俺がハーフエルフと仲がいいと知ると全員縁切りやがってよ、結果的にサーリアとか周りのハーフエルフの方が家族みたいなもんだったわけよ。やがてそんな欲望が、自分の目的になったって感じだな」


 初めて聞いた。だからエルヴァーンの屋敷には祖父母がいないのか。


「それ、フレイは……」

「知らないだろうな。話してもいいが、こういう苦労話は自慢話気分になっちまうからそうなるとうぜえ。俺はそういう親子関係めんどくさいの嫌だから、代わりにお前が娘のこと楽しい話で漬け込んでくれ」


 ……本当に、この人はなんというか……人が集まるべくして集まった人だな、と思う。同年代の冒険者だったら、僕も間違いなく惹かれただろう。


「ええ、約束します。持ちつ持たれつだったとはいえ、学生時代からずっと僕とフローラが振り回してしまいましたから。これからはとにかく何でも幸せを感じてもらおうと思います。今日のコレも、その一環ですから本気です」

「おう、そういうことならがんばらねえとな!」


 アレスさんはそう言って器の方を見た。そこには泡が縦に立つほどのメレンゲが完成していた。




「……本当に料理は初めてですか?」

「おう。上手いのかコレ?」

「文句なしに上手いです」

「そりゃよかった。で、どうすりゃいいんだ?」

「じゃあ、そのまま混ぜ続けていって下さい」


 僕はそこで、植物から採取した色素を加えていく。混ぜられた泡が、少しずつ……明るい桃色になっていく。


「お、おお……! おもしれえ! こんなに変わるものかよ!」

「それもこれも、メレンゲが綺麗に出来ている証拠です。そのままお願いします」

「おうよ!」


 初心者アレスさん、やや気まぐれで呼んでみたけど本当に筋がいい。器用な天才肌だ。これは僕も負けていられないな。

 僕は手元の、自分の担当分を少し味見する。


「……うん、いい味だ」

「おう、その茶色いもの、どんな味なんだ?」

「じゃあアレスさんも食べてみて下さい」


 僕はその、手元のガナッシュを少し取ってアレスさんに渡す。


「……。……! これ、なんだ……? 今まで食べたことない味だぞ……」

「この大陸では珍しいフルーツを混ぜています。その味がチョコレートと混ざっているわけですけど、どうでしょう」

「文句なしにうめえわ、話には聞いていたがすげーなお前。なるほどうちの不器用娘がベタ惚れするわけだ」

「良かった、この味は自分の中では大丈夫でしたが、実際に他の人が食べて大丈夫かどうかは未知数でしたから。こういった料理において一番怖い部分です」

「ん、どういう意味だ?」


 料理に関しては、いろいろなものを試して、いろいろ作れるようになっていったけど、最後の一手はどうしても自分ではできない範囲だった。


「このお菓子自体はあるものの、味は王国でもまだ作る人がいないであろう僕の創作レシピです。こういったものを独自に作るというのは、本当に楽しい」

「おう、なんだかそういうのわかるぜ」

「でも、自分の作品になると、競い合う職人でもない限りは採点基準が自分の中で甘くなってしまうんですよ。多少奇抜でも、この独創性はまあアリだろう、なんてね」


 僕は、二種類目のガナッシュに手をかけながら、いくつも並んだ材料を見た。


「でも、それって相手のことを全く考えていないんです。自分で自分のために作っているだけ。調理した人が凄いとか、苦労したとか、食べる人に感じてもらう必要は本来ないんです。……ただ、食べたときに自主的に作った人のことを考えたいと僕は思っていますけど、それを他の人に求めたりはしません」

「なるほどな」

「だから、僕の個性が立ってるとか、想像力が凄いとか、そういうんじゃなくて……とにかくフレイに驚いて欲しい。驚いた上で、絶対に好みであって欲しい。笑顔になって、幸せを感じて欲しい。……あと、欲を言ったら、感謝もされたいし……もっと距離とか……その、近づきたいです、ね。されなくても、何かしてあげたいんです。

 ……そうですね、結局僕も、自分の欲望に忠実にやった結果が今日のこれなんですよ。誰かのために何かをするのはそれそのものが娯楽みたいなものなんです。僕は自分のしたいことが読書ぐらいしかないから、誰かのために何かをすることが一番楽しい。感謝されても嬉しいし、されなくても幸せそうなら嬉しい。フレイに魔術を教えたのも、やっぱりそこに落ち着くと思います。本当に嬉しそうで、その顔を見ることができただけで良かった」


 なんだか、自分のことをすっかり語ってしまった。アレスさんはずっと黙っていたけど……やがて上を向いて……叫んだ。




「あーーー! ジュリウス! 今更分かったけどお前こういうやつだったかー!」




 それまで黙っていたのに急に大声を出したので驚いた。……ジュリウス? 初めて聞く名前……のはず。


「あの、そのジュリウスってのはどういう人なんですか?」

「一言で言うとな、ハイエルフのサポートコマンダー。うちの指揮官だった男だ」

「ハイエルフ……ハイエルフ!? ってことは、『エルフの家』のパーティは、実質のリーダーがハイエルフだったんですか!?」

「これは口の硬そうな家族のお前だから言う話だぜ」


 本当に初めて聞く話だ。優秀なハーフエルフの活躍というのが、表向きの『家』の活躍だ。その指揮官がハイエルフというのは、今更だけど少々事情が変わってくる。


「そうだ、頭の悪い剣しか脳がないガキが運営できるほどパーティは楽じゃねえし、まして作戦も指揮もできねえ。だから何もかもが優秀なハイエルフのジュリウスってやつが指揮していたんだが……俺はあいつのことが最後までわからなくてな」

「……」

「なーんも欲がないのに、高尚な感じもなんもねえ。いっつもニコニコしていて、エルフの森に帰る最後の最後まで何でここまでしてくれたのかわかんなかったんだわ」


 アレスさんは、長年のつかえが取れた顔をして言った。


「今お前の話を聞いて分かったわ。ジュリウスのヤツ、誰かに何かしてやりたかっただけだったんだな。それで俺らが活躍して、みんなで喜んで、そんでジュリウスも笑顔だった。ハーフエルフでもない上に前線にも立たない指揮官は、表では絶対に活躍しない。それで地位も物も感謝の言葉もなくても、輪の外でパーティが笑顔なのを見ているだけで、あいつにとっては報酬だったってことだ」

「無責任なことは言えませんけど、サポートになる人ならきっと近い感じの方のはずなので、そうだと思いますよ」

「いやあ、いいことを聞いた。今日一番の収穫だわ。……フレイがリオに関わると救われるって言ってたけど、まさか俺もとはな。久々に会いに行きてえ気分だわ」


 アレスさんは、器を置いた。……喋りながらでも作っていて、見事なメレンゲがそこにあった。


「僕もいろいろ話せてよかったです。手伝いとしても優秀ですし、来ていただいて本当に良かった」

「おう!」


 よし、作業を再開しよう。

 僕は材料の、アーモンドの粉を混ぜ合わせていく。


「これを丁寧に混ぜていって下さい」

「おう、任せな」




 誰かを救う、かあ。考えたことなかった。でもフレイがそう思ってくれていると思うと、とても嬉しい。

 そうだ、以前ちょろっと聞いた……というか聞いてしまった話をここで振ってみよう。もしかしたら、いい反応があるかもしれない。

 エルヴァーンでフレイを除いて最もお世話になった女性だ。


「エルヴァーンの屋敷に集まった女性の中でも、ソニアさんの活躍はすごかったみたいですよ」

「ほう、何をしたんだ」

「乳鉢で材料を砕くのに、ソニアさんの筋力が大きく活躍したそうです」


 あのソニアさんの体つきなら、その話も納得というものだ。フレイとソニアさん以外では、どうしても体力が必要な場面では苦労するだろう。メレンゲ作りなどもそうだけど、結構お菓子作りって体力が要る。


「なるほどな、そりゃ分かる話だ。こりゃ負けてられないな」

「あはは、勝ち負けじゃないですよ、それだけやってアレスさんのために頑張ってくれたということです」

「ああ、そうだな。まったく……最近まで影に隠れていたのに、すっかり第三夫人になっちまったな」

「……そのことなんですが」


 僕は手元を動かしながら、さりげなく聞いてみた。


「アレスさんって、ソニアさんはアリです?」

「アリって何がだ?」

「えーっと、奧さんとしてというか、好きな人的な視点というか……あ、生地がいい感じですね。それではお渡し下さい」


 僕はアレスさんの手で作られた生地のコックを並べ、板の下側から叩いて平坦にしていく。そして……風魔術と、火魔術と、水魔術を応用して乾燥させていく。

 さて、ソニアさんの話は自分の話じゃないけど、返事がどう返ってくるか緊張する……。


「面白い質問だな。……なかなかイイ女だと思うぜ、お姫様って感じの女じゃないが、これが肩書きだけの妻扱いだっていうのが勿体ないってぐらい色気がありやがる」

「色っぽい、ですか。じゃあ……えっと、その……妻にするようなことを、ソニアさんにもしたことは……」

「ん……? ああ、なるほどそういうことか。というか、一通り事情は知ってるようだな。……いや、そうだな。妻にするようなこと、今まで全くしたことがないな。第一夫人の母親って立場からして、自分から言い出すなんて事はまずないだろうし」


 ……やっぱり、そうか。


「じゃあ、折角なのでこの話も言ってしまいましょう」

「……ん?」

「盗み聞き同然だったのでこのことは黙っておいてほしいんですが……ソニアさん、エルダーエルフみたいなかなり年齢の高い壮年の男性が好みなんですが、なかなかエルフは長命だからそういう人がいなくて。だからちょうど今のアレスさんみたいな人、見た目の好みど真ん中らしいんですよ」

「……ほお……それは、いいことを聞いた」


 フレイとソニアさんの二人がテントで話をしていたのを盗み聞きしていた。そのことを話してしまっていいものか迷ったけれど、今この場で言ってしまうのが一番いいと判断した。

 アレスさんは人間だ。寿命はもちろん、今の見た目の、中年期が老年期になると好みじゃなくなってしまう可能性もある。

 後はアレスさん次第だけど……どうなるかな。


「それじゃ、仕上げにかかります。手伝いいただきありがとうございました、本当に大助かりでした。これだけできれば後は僕がやります」

「おう、任せたぜ」


 並べた土台を火魔術の……以前シェリーさんに完敗してから鍛え直した温度調整技術で焼きながら、三種類目のガナッシュの仕上げにかかる。

 三つ目の黒チョコレートソースに、フローラの好きそうなブランデーを入れて混ぜたものだ。


 あとは、乗せて、挟むだけ。


「一日寝かせると外側と内側がいい具合に馴染みます。それでは明日まで待ちましょう」

「おう。そうだな……折角だからもうちょっとお前の話を聞かせろ、まだまだ時間はあるだろう?」

「そうですね、それじゃあ僕も、アレスさんから見たフレイの話を聞きたいです。……せっかくですから、もう少し種類を増やしてみましょうか」

「まだ出せる種類があるのか!? ははっ、それはやり甲斐があるな! もちろんいくらでも付き合うぜ」


 そうして僕とアレスさんは、お菓子作りをしながらエルヴァーンの屋敷の数少ない男同士の会話を楽しんだ。……いずれダニエル君も加わって話が出来る日が来ると思うと楽しみだなあ……。


 =================


 ……! 屋敷の扉が開いた! みんなびくっと反応して扉の方を見ている。

 アタシは二人がサロンに来るまでの間に、フローラを起こすことにしたっていうか暢気に寝てんじゃないわよ!


 アタシがガクガクとフローラを揺らして、「ん〜? おはよ〜」とか言ってるこいつの頭をはたくと同時に、サロンの扉が開いた。


「おう帰ったぞ!」

「お待たせ」

「待ったわよ〜! ……そ、それでリオ、お父様はどうだった……?」

「正直言うとね、かなり器用で驚いたよ。生地は全部アレスさんが作ったって言い切っていいぐらい。僕は材料の分量と温度ぐらいしか見てないからね」


 き、器用だったんだ。リオ視点で手先が器用って、まさかアタシより器用なんてことないわよね……?


「今日はアレスさんにも沢山味見してもらったからね、自信を持って出せるよ」


 リオが袋の中から取りだしたのは……!


「マカロンじゃない!」


 それは王国で出たばかりのお菓子。発売と同時に女性陣、特に貴族令嬢が殺到して、値段は上がって品薄のものだった。

 ……しかも、なんだか種類が多い……。一番種類が多い店より、種類が多いんじゃないかしら……? っていうか、店より種類が多いってつまり……


「……まさかこれ、リオが考えたの……?」

「おう、そのまさかだぜフレイ。次から次へと面白いもん作るんだがよ、どれもとにかく味付けが美味い。だが土台と中身合わせたやつはまだ俺も食べてねえからよ、まあ食べてみてくれ」


 そ、それは否応なく期待が高まる……! 周りを見ると、女子一同食い入るように色とりどりのマカロンを見ていた。

 そこへ最高のタイミングで、アマンダとシェリーが紅茶を持って現れる。


「アマンダ! シェリー! あんたたちも食べなさい!」

「えっ!? で、ですがお嬢様、これはお返しであって我々が戴いたものでは」

「いいのよ、こういうのってあんたたちみたいな料理上手い人らも混ざって感想言った方が楽しいし、なんといっても人数多い方がいいでしょ。あんまりしつこく断ると怒るわよ」

「えっと、そ、そういうことでしたら……」


 アタシは有無を言わさず二人をサーリアの近くに座らせた。もちろんみんな、笑顔で歓迎していた。そうよね、この二人とももうちょっと交流したいってみんな思ってるわよね。


「それじゃ……えーと……ってぇ! フローラあんたねー!?」


 さっきまで寝ていたフローラが、堂々と先に食べ始めていた! そうよね、あんたってそういう女よね!


「おいし〜〜〜い! リオも、リオも一緒に食べようよぉ!」

「あんた、勝手に話進めてんじゃないわよ! ああもう、アタシ達も食べ始めるわよ!」


 このままフローラのペースに巻き込まれたら、間違いなくなくなるわ! アタシは急いでその目の前にあるマカロンを手にとって口に入れた。


——————!


 な、なにこれ。確かにチョコレートなのに、明らかに何か、何か違う味がする……! 生地と合わさって、こんなの……!


「おいしい……! いや、マカロンって確かにおいしいけど、食べたこと無いわよこんな種類。ど、どうなってるのよこれ?」

「チョコレートに、輸入されたフルーツを混ぜたものだよ。ちょっと挑戦してみた味だけど、気に入ってもらえてよかった」

「これを気に入らない女がいたら、そいつは甘いものが嫌いなだけよ!」


 アタシは満面の笑顔で言った。アタシの表情を見て、リオもほっとした表情で笑い返してくれた。

 断言していい。お店で買うよりおいしい。……本当に、アタシの愛しの旦那様、うちで独占してていいのかしら?

 この屋敷でお店開いた方がよくない?


「……本当に、独創的なのに不自然さがない。こちらはまさか、シナモンやバニラではなく、料理用のスパイスですか……? 合いますわね。しかしこうなると、紅茶もやはり……」

「ええ、お気づきで」

「お出ししたもの、甘さに合わせすぎましたか……」

「いえ、今日もおいしい紅茶を出していただき、作った側としても有難い限りです」


 ……そうだった、引き入れたはいいけど、アマンダとシェリーとの紅茶トークが始まると、リオとの会話に入っていけないんだった……うう、しまったわ……。

 ふと見ると、お母様のほうは新しいマカロンを食べながら、お父様に話しかけていた。


「アレスがこの生地作ったってホントなの? びっくりね」

「作るっつっても、用意されてたもの延々混ぜるだけだったぜ。体力勝負だったがあの程度大したことはねえ、いろいろ話もできてよかったな」

「ふふっ、一緒に何を話したのかしら」

「ま、いろいろだよ。またお前にも話せることは話すぜ。……っとそうだ。体力勝負と言えばソニア」

「……? はえ、ワタシですかい?」


 あら、珍しくお父様がソニアを指名した。ソニアも急に話を振られて驚いてる様子ね。


「チョコレートを作る際には随分と活躍したそうじゃないか」

「そりゃもう筋肉には自身ありますからね! ワタシにかかれば粉々にするとか余裕ですわ」

「体力も本当にありそうだし、それに……」


 ……な、何かしら、お父様がソニアに近づいている。ソニアも今までにない状況なのか、お母様と同じ金色の目を見開きながら、顔を赤くして後ずさっている。


「あ、あ、アレスさん? ちょっと近くないです?」

「何言ってるんだ、他の夫人はもっと近い距離になったことあるぞ。例えば……これぐらいだな」


———お、お父様が!?

 今お父様、その、ソニアにキスを!?

 ちょ、ちょっと待って何この状況、頭がおいつかない。

 お母様も驚いている。


「な、何考えとりますの! わ、ワタシは、フィリスの母親なんよ!? こ、こんなこと……」

「嫌だったか?」

「全く嫌じゃありませんとも! で、でも……」


 ソニアは、当然ながらお母様を恐る恐る見ていた。お母様はというと……まだちょっと状況についていけていない顔をしていた。


「ん、フィリスか? 俺はフィリスが、これぐらい否定するような心の狭い女じゃないって信じてるし、求められたらもちろんいくらでも応えていくつもりだ。それよりも俺は、お前が俺のことをどう思っているかのことが気になる」

「……うん、正直ね、みんなのこと羨ましいっておもっとったよ。でもワタシって、アリなんかなあって思っててなあ……」

「じゃあこの際だ、ハッキリ言っておく。……ずっと妙に色っぽい女だと気になってたんだぜ」

「……!」

「事情を聞いて納得だ。俺はお前の全部を受け入れるつもりだから、今度は俺だけのためにやってくれるな?」


 ソニア、お父様に我慢できずに抱きついた。よかったわね、ソニア。テントの中で聞いたけど、あんたの理想通りの男、あんたと両思いだったわ。

 そうよ、あんたはもうちょっと報われるべきなの。これからもっと幸せになるべきよ。


 ……アタシは、さっきから放心しているお母様が気になって近くに行った。


「……お母様、大丈夫?」

「え、ええ……でも驚いちゃったわ。アレスって、ママもアリなのね」

「それに関してはアタシも驚いた。でも両思いっぽいし、幸せそうだし、アタシは応援したいけど……その、お母様としてはどう?」

「そうね、もちろんママは、みんなの……私たちの知らない苦労も痛みを全部引き受けていたから。ずっと幸せになってほしかったから、応援したいわ。したいけど……」


 お母様、ソニアの背中側から抱きついていった。ソニアはびっくりして顔を向けたけど、お母様はいたずらに成功した娘みたいにニッコニコだ。


「ねえアレス、今日はソニアを呼ぶの?」

「そのつもりだぜ」

「じゃ、私も一緒に入るわね」

「おう、いいな!」


 二人で勝手に進んだ話に、ソニアは思いっきり驚いてうろたえていた。でも拒否する理由もないし、一緒にいたいと思ってるだろうし。

 ま。あんたたち親子も、あたしとお母様ぐらいもっと二人の時間を深めるべきよね。


 それにしても、お父様からソニアに近づくとは……

 ……ん? もしかして……。


「……ねえ、リオ」

「どうしたの」


 アタシは、その様子を離れて見ていたリオに小声で話しかけた。


「テントの中で、起きてた?」

「勘がいいね、そうだよ。その話を少ししたんだけど……まさかあそこまで思い切った行動をするなんて思ってなかったから、正直驚いてるよ」


 やっぱりそういうことだったのね。

 リオ、これはグッジョブよ。

 ……そっか、これでアタシがどうこうする前に、ソニアもリオに救ってもらっちゃったのね。


「ところでリオも食べてる?」

「ううん、食べてないよ」

「じゃ、一緒に食べましょ。やっぱり食べる人数たくさんの方が楽しいもの」

「そういうことなら……いただこうかな」


 そんなわけで、アタシは生まれて初めてのホワイトデーを堪能した。なんだかお父様に感化されちゃって、リオと触れ合うぐらいの距離で自然に話ができて、本当に幸せ満喫って感じだった。




 今日のこの日、リオはマカロンを出してきた。

 女子ならすぐにこういった話題には事欠かない、その意味。

 あれだけの種類を作れるリオが、クッキーなどを用意しなかった理由。

 マカロンだけの理由。


 言葉に出すのは野暮だけど、あのハートの型で作ったチョコレートの返事がこの色とりどりのマカロンオンリーのホワイトデーだ。


 その幸せの味を噛みしめながら、アタシは今日という日に感謝した。もちろんリオにも感謝した。




 ……ちなみにフローラは、ブランデー入りのマカロンが気に入っちゃってパクパク一人で食べて、そのまま満面の笑みのままソファで横になってるわ。あんたもあんたで幸せそうね。

 元々あんたがチョコレート渡すだなんて言い出したから、今日これだけ幸せな日になっちゃってるのよ。分かってる?


 後でお礼、言わせなさいよね。

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