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優等生魔術師は隣の芝生の青さに目が眩む  作者: まさみティー
続・三人の優等生魔術師
45/50

自分の運命の道を迷い無く歩くようで。

 朝から酒瓶を持って部屋でくつろいでいたフローラは、急に叫んだ。


「家だーっ! 私はやっぱりエルヴァーン!」


 ……いつも何を考えているか分からないフローラなだけあって、唐突さもいつものことなんだけど……今日はまた本当に意味不明な発言だった。


「どうどう、おちついてね。あんた今日はなんなの?」

「だってフレイはやっぱりエルヴァーン! だよね?」

「……返事を考える前に、あたしはどうして酔ったこいつと会話しようと思ったんだろうっていう疑問から考え始めてしまうわ……何て答えりゃいいのよ」


 フレイが呆れ気味に返したけど、そりゃそうだろう。何を聞かれているのかすらわからないんじゃ、答えようがない。

 僕も聞いてみよう。


「フローラ、どうしたんだい?」

「リオ! この家も思い出がたくさんあるけど、私はエルヴァーン! だってフレイはエルヴァーンなんだよ!」


 ……ダメだ、完全に酔っ払っている。こうなった時のフローラはもう思いついたことをひたすら喋る感じの、常識の範疇を超えた女の子になる。

 しかし……エルヴァーン? フレイの家のことをしゃべり出すというのは、不思議だった。


「みんなにも、確認してくる!」


 僕が考えを巡らせるより先に、フローラは酒瓶片手に外に飛び出してしまった。……いやいやいや、あの状態で外に出ちゃって大丈夫なのか?

 そう思っていると、フレイもどうやら同じ事を思ったようだった。


「……ねえリオ、あれ止めなくていいの?」

「一応心配だから追いかけてはみるよ」

「そうね。……じゃあ、アタシもついてくわ」


 目的地不明のフローラの追跡に、フレイがついてきてくれるのはありがたかった。安全になったとはいえ、何があるかわからない。フレイは間違いなく王国最強の魔術剣士であり、勇者であり、国民の憧れの英雄だ。

 そんなフレイを護衛として使えるなんて、贅沢の極みだと思う。


「フレイが一緒に居てくれるのは何よりも心強いよ、ありがとう」

「うっ、あう、えっとその……ちょっとリオを独り占めできる時間を楽しむだけよ、気にしないで!」


 そんな好意を前面に押し出した発言をしつつも、僕にぷいっと横顔を見せて照れ隠しをするフレイ。以前よりぐっと距離が縮んでいても、そういう反応は本当にフレイらしくて……隣の僕も赤面してしまう。

 そんな僕に「あ、あんたまで照れてどうすんのよぉ!」と理不尽に思いっきり叩かれて背中がヒリヒリする。

 でも、そんな痛みも……僕とフレイの仲の良さの証のようで、幸せに感じた。


 -


 フローラは思いの外しっかりとした足取りで町の方に歩いて行っていた。最近はそのグラマラスな体をあまり見せないよう、外では厚手の白いローブをつけて歩いていた。トレードマークの白いとんがり帽は目立つので外していたけど、その下の髪も雪のように真っ白だ。

 つまり、いつもどおりの全身真っ白。どこから見ても見つけやすい子だった。その姿を見失わないように、僕とフレイは尾行していく。

 かなり遠目に、そして遠くの声を聞こえるようにする魔術を併用して酔っ払いフローラが何かしでかさないか様子を観察する。


「あっハーフエルフちゃん一人目発見っ! こんにちわーっ! イエーイ!」


 フローラはその明るさそのままに、ハーフエルフの……恐らく初めて会うであろう女の子に声をかけていた。


「えっ、あの、こんにち……わわあっ!」

「こんにちわわーっだって! かーわいいっ!」


 女の子がフローラの顔を見た瞬間に驚いたようだったので、どうやらあのハーフエルフの子はフローラを知っているようだった。


「まさか、えっ、フローラ様!? 白のフローラ様ですよね!?」

「あれ? 私のこと知ってたんだね! 見ての通りの真っ白フローラでっす!」

「え、ええもちろんです! 白の大魔術師フローラといえば知らないものなどこの街に……特に我々のような混血には一人もいません……!」


 ハーフエルフの女の子は、完全に恐縮しきっていた。

 彼女が言った『白の大魔術師』の二つ名は、演劇の際にくっついた、この王国の冒険者の中ではすっかり有名な二つ名だ。なんといっても王城のバルコニーで演説した英雄フレイのパーティリーダーということと、元々『雪花魔術団』が有名だったこともあって、その名はすぐに広まった。

 そして……フローラはハーフエルフなどの混血にとっては、差別撤廃のために動いた純血の人間の中では、父親のアレス様に並んでフレイを支えた最大の功労者である。

 フローラ自身は目立ててハッピーぐらいであまり自覚がないけれど。


「フローラ様ともあろう御方が、わ、私に何かご用でしょうか?」

「いやいやそんなかしこまんなくたっていいっていいってー。ちょっとおしゃべりしたくておしゃべりにきましたっ!」

「は、はあ……」


 いまひとつ自分が王国内でどれほどの立場なのか分かっていないフローラ主導のペースで、二人の会話は進んでいった。


「エルヴァーンって名前、かっこよくない!?」

「エルヴァーン伯爵様ですね。はい、王都でこんなに自由に暮らせるようになった私たちにとって、切っても切り離せない名前です」

「じゃあさ、じゃあさ、フレイはどうかな!」

「勇者フレイ様、かっこいいですよね。女性から見ても、あの男を凌駕する剣術と、体格と、光の魔術の数々。……憧れてしまいます」


 女の子、うっとりしながらフレイべた褒め。案の定だけどフレイ、恥ずかしいからって僕の背中をばしばし叩かないで。照れ隠しの手加減のなさに、そろそろ幸せレベルを痛みレベルが超えそう。


「じゃあさ、じゃあさ、フレイ・エルヴァーンになると?」

「えと、フルネームになると、という意味ですか?」

「そう! かっこいいよね!」

「そうですね、やはりフレイ様といえばエルヴァーン家のアレス様の意思を受け継ぎ、それを完遂させたということを誇りにできる、かっこいい名前だと思いますし、私たちにとっても誇らしい名前です」

「オッケー! ありがとね!」


 フローラは、それまで喋っていた子にひょいっと離れ、ぐびっと酒瓶を飲んで「イエーイ!」と叫ぶと、すぐにたたたっと軽快に走って行った。


「……って、行動の判断がフローラらしいっちゃらしいけど早すぎる! 見失う前に追いかけよう!」

「え、ええ! わかったわ!」


 フローラを追いかける途中、そのハーフエルフの子と目が合った。僕が自分の口に人差し指を当てるとその子は口を両手で押さえてくれた。そのまま通り過ぎようとすると、隣のフレイが「ありがと」と言って軽く頭を撫でた。……女の子は目を見開いて固まっていたけど、そりゃそうだろう。

 フレイもフレイで、ちょっと自覚のない子だった。




 そのままフローラを追跡していると、今度は戦士という雰囲気のハーフエルフの女性に声をかけていた。


「再びかわいいハーフエルフちゃん発見っ!」

「……え、あの、私?」

「こんにちわーっ! イェイッ!」


 フローラが満面の笑みで両手の親指をグッと上に上げて、腰をクイッと曲げる。本当に見ているだけで賑やかな子だ。


「えっ……え、もしかして、フローラ!? アレサーのフローラ、え、本物!?」

「ありゃ、再び知ってる人だった。まいっか、フローラでっす!」

「知って、って……そりゃ有名人ですし、あっすんませんメッチャ呼び捨てしてた失礼しました」

「よいぞよよいぞよ、ハーフエルフのかわいい子にはすべてをゆるすのだー! わっはっは!」


 アレサーとは、舞台『アレスとサーリア』のことだ。その登場人物で、全身白一色で絶世の美少女と紹介される登場人物と同じ見た目、それはフローラしかいない。

 白いロングヘア自体が珍しいこともあり、特徴が特徴なだけに一目で見て誰でも分かるのがフローラだった。


「っていうか、え、あの、フローラさんが私に用事ですか!?」

「違います! おしゃべりです! あっおしゃべりが用事だった」

「お、おしゃべりですか……?」


 戸惑っているその子を片目に、フローラのおしゃべりの内容は、先ほどのハーフエルフの子とも喋ったエルヴァーンの話だった。


「エルヴァーンって、どうかな?」

「どう……って、何かあたしから語るのも烏滸がましいというか、とにかく、あたしたちみたいなのにとっての今を作ってくれたすごい人達ですね」

「じゃあフレイは?」

「ふ、フレイ様は、あたしの憧れで……あたし最近になって冒険者やるようになって、それで、あんな混血で王国の男の人間より強いだなんてもうかっこよすぎて……! 特に、リオを助けるシーンなんて最高ですね!」


 背中! 背中痛い! 照れ隠ししてるのは分かるんだけど、木箱ぐらい壊しかねないパワーで照れ隠しはやめて!

 ちなみに件のシーンは、フレイが僕をトレントから救ったシーンだ。劇中でのフレイ役はものすごい美声で告白レベルの演説をしながら剣を一振り、周りを囲むAランクのトレントが一度に吹き飛ぶというとんでもない演出である。

 初演時、フレイは頭から毛布を被って「あんな人知らない知らない知らない」と恥ずかしさで半泣きだった。……僕も完全にお姫様扱いで、見ながら頭を抱えたけど。


「じゃあじゃあ、フレイ・エルヴァーンはどうかな!」

「フレイ・エルヴァーン……って、フルネームだったらどうかってことですよね。フルネームでこそフレイ様です。その名前がその人生を表していて、かっこいいですよね。アレサーでも自分の名前を叫ぶシーンが、一つのセリフで父親からの流れを全部思い出して涙出ちゃうぐらい大好きで……!」


「ぐぇっ、フレイ、さすがに背中痛すぎ」

「ご、ごめんリオ……で、でもあああたし、これもう恥ずかしすぎて無理……!」


 憧れの女性ことフレイ、実際はそんな叫びも全くなかったし、本人はこんなに褒められ慣れてない恥ずかしがり屋なんです。

 そしてその登場人物の一人の僕は、主に魔物からのダメージよりフレイの照れ隠しのダメージの方が遥かに多いです。

 ……世の中には知らなくていいことがたくさんあるね……。


「うんうん! やっぱフレイ・エルヴァーンってそうだよね! ありがとね!」


 そしてフローラは、当然のように話は済んだという勢いで、一瞬でぴゅーんと走っていってしまった。


「フレイ」

「わかってるわ、リオ」


 フローラの気まぐれ離脱を見失わないように、僕はフレイと一緒に追いかけていく。その際に細い一本道で向こうに行ったフローラを追いかけると、やはりフローラと喋っていたハーフエルフの女性の隣を通ってしまうので、その女性にも同じように声をあげないようジェスチャーをした。


「本物はあんなに格好良くないんだけど……でも、アリガト」


 と、フレイは女性の頭をぽんぽんと軽く叩いた。その女性は目を見開いて呆然としたまま、腰を抜かしてへたり込んだ。

 ……大丈夫かな、アレ……。


 -


 こういう尾行って、どこで切り上げたらいいものだろうか。

 昼食の時間、フローラはそのまま外食のために店に腰を掛けたので、僕とフレイは近くでサンドイッチを買うと、フローラの動向を観察しようと再び遠くに陣取った。


 フローラが話しかけたのは、今度は店で食べている……ハーフではない、長い耳のエルフの男だった。サラダを食べているその美形の青年の向かいの席が空いているので、フローラは遠慮無く突撃していく。


「こんちわーはじめまして! エルフさんだ! えっほんとにエルフさん? このひとめっちゃ耳ながい!」

「ん? 随分と元気でかわいらしい子だ……おや? あなたは……もしかして、エルヴァーン令嬢のところのリーダーですか?」

「あれ? また知られてた」

「フレイ・エルヴァーンのリーダーの特徴は有名ですから。知人曰く『白の大魔術師はとにかく全身まっしろの美少女なので、一目見た瞬間に分かる』と」

「美少女までセットで広まっちゃってるの? いやーまいったなー!」


 フローラは店の中で頭をぼりぼり掻きながら笑っていた。その目立ちすぎる容姿は店内の他の客席でも噂になっているのか、ちらちらと見られているようにも感じる。


「じゃあえっと質問。エルヴァーン家ってどう思う?」

「どう思うか、ですか。それはもう良い家ですね。もう少し感想を言うと……そう、ですね……。……やはり、面倒事は見て見ぬ振りしたのは人間だけではなく我々も、ですので……アレス殿ほど真摯な男性はなかなかいないでしょう。エルヴァーン家というのはその名前だけで誇り高く感じます」

「いいねー。じゃあフレイは?」

「彼女は、若いながらも度胸のある娘だと感じますね。……エルフの中でも誰もが尊敬する有名人で、知らない人はいないほどでして。彼女を見てエルフの里の男達には、どうして自分たちは動き始めることができなかったのかと悩む者もいたほど影響力が強いのですよ」


 フレイ、再び「うあーっ! まじかー!」と言いながら僕の背中を叩く。まあ……そりゃあ、まさかエルフの里みんな知ってるというのは初耳だろう。


「じゃあじゃあ、フレイ・エルヴァーンは?」

「ん? 先ほどの質問と違うのですよね。……そうですね、ファミリーネームはセットで覚えられるものであり、人間にとって、貴族にとって家の名は自身の誇りとなります、フレイさん自身も親と同じエルヴァーンの名を誇りに思っているなら、嬉しいですね」

「とってもいい回答!」


 フローラは満面の笑顔で、注文していたソーセージを食べ出した。まあそうだろうなとおもっていたけど、当たり前のようにエールも飲んでいた。

 元気よくそのグラスを傾けながらフローラは、そこで先ほどの二人とは違う質問をした。


「んぐっ、んぐっ……ぷはぁ〜! もひとつ質問! 私のことと、多分リオのことも知ってると思うけど、どこで知ったかな?」

「それはもちろん、エルヴァーン家の協力者として知りました。フレイ殿一人では為し得るのが難しいのではないかと思っていた者は多かったのです。今でも「だったら三人ならできるものだろうか」と劇内容に半信半疑なものもいるぐらいですが……」

「あ、そんな実力あるように見えない的な?」

「正直に言いますと……」

「正直でよろしい! ちなみに演劇は台詞とかが嘘で、倒した魔物の種類は本物だよ! たくさん答えてくれたあなたにごはんはおごっちゃうよー! それじゃさよなら!」


 フローラぽぽんと銀貨を置くとすぐに立ち上がり、そのまま酒瓶の中身を、今度は結構な量飲んで出ていってしまった。

 そんなフローラを片手を上げて男性は止めようとしていたけど、当然フローラという子は止めて止まるような人ではなく、結局机の上にある銀貨を困ったように眺めていた。


 ……もしかして、フローラは———


「フレイ、どうする? 彼にも挨拶しとく?」

「なんで? わざわざ会いに入るのも変じゃない?」

「だよね」


———いや、すぐに答えが出るだろう。

 僕はフレイと、再びフローラの追跡に向かった。


 -


 そこからフローラは、何人もハーフエルフを視界に収めて、似たような質問をして、そしてすぐに次の人をターゲットにしていた。

 隣のフレイはというと、褒められ慣れてないのか「あ〜っ、もぉ〜……なんでアタシがこんな恥ずかしい思いしなくちゃなんないのかしら……」と、会話相手に褒められる度に顔を真っ赤にしていた。

 最後の方は、結局僕は背中に防御魔術を使った。恐らく今までで最もバカバカしい防御魔術の使い方だったと思う。でもね、僕としては死活問題なんです。


 そしてその度に、ハーフエルフの人々とすれ違うことになった。僕が目を合わせて、フレイが少し声をかける。反応はまちまちだけど、驚いて固まるというのが一番多かった。

 当たり前だ、フレイはエルフの血を持つ者の中で最も有名な人間なんだから。




 短針が二つは進んだという頃、フローラは人の少ない公園の真ん中で立ち止まった。そして……僕とフレイの方を見ると、両腕を振って笑った。


「ちょ、ちょっとリオ!? あれ完全にばれてるわよ!?」

「やっぱりばれてたか」

「……え、リオ?」


 僕は、そのまま立ち上がりフローラの方に歩いて行った。


「やっほ! わかったかな?」

「分かったよ。今日こういうことをするって……もしかしてずっと前からこういうことをしようと考えてた?」

「…………あ、あはは〜……、……っはぁ〜、まあリオだもんね、私の考えなんてすぐに見通せちゃうよねー」


 どうやら予想が当たったらしい。フローラは、僕の発言を認めた。


「ちょっとリオ、アタシにも分かるように説明しなさいよ」

「つまりこういうことだよ」


 僕は、フローラから酒瓶を受け取った。フローラは「そこまでばれちゃってたかー」と後ろで呟いていたけど、むしろ気付けばどうして分からないのかという話だ。

 僕はその茶色いウィスキーの酒瓶を、フレイに差し出した。


「飲んでみて」

「……あたしはそこの酒豪ぽんこつと違って外でウィスキーの趣味無いわよ」

「そうか、それじゃあ」


 僕が、その酒瓶を自分に傾ける。フレイはもちろん唖然とした顔だ、だって僕がすぐ気絶するほど酒精に弱いのを知っているんだから。

 僕はそのまま、フレイに酒瓶を無言で出す。……フレイは怪訝な顔をしつつも、その酒瓶の中身を飲んだ。


「……あ、れ……? これ、水じゃない」

「そうだよ」

「リオ、あんたこれいつから気付いて……」

「茶髪の小さくて可愛い感じのハーフエルフの時」

「最初っからじゃん!?」


 僕はフレイから酒瓶……改め、ただの水瓶を受け取り、もう一度軽く飲んでフローラに返す。フローラは……なんか、ぺろぺろしてた。口元をにまっとさせると、ぼそっと「一度こういう間接キスってやってみたかったよね」と呟き、フレイが瞬間湯沸かしされた。

 ……しまった、僕も思いっきり二人分やってしまった……。


「え、ええと、とにかく! フローラは最初から、水を飲みながらハーフエルフ中心に、どう思われているかを……僕とフレイに見せたかったんだよね」

「あっははは……もうリオに頭の中隠すとか意味ないなー。うん、そういうこと!」


 僕の指摘にフローラはあっさり認めた。やっぱりそういうことだった。


「いやいやいや! あたし一人おいてけぼりなんですけど! そもそもどうして最初の段階で水だって分かったのよ!?」

「なんだか水飲んでるところ、見せつけられてるなーって思って。……だってさあフレイ、フローラなんだよ? ウィスキーなんてちまちま飲まずに、家で全部一気にラッパ飲みして空瓶にしてから出ちゃうでしょ。それに飲んでて一本で間に合うわけがない」

「……ああー…………」

「むぅ〜〜っ! そんないっつも飲んでないもん! たぶん! たぶん!」


 僕の説明は非常に雑だけど、同時に非常にフローラらしい理由だ。フレイは納得していて、フローラは納得していないという様子だったけれど。


「極めつけが、あの店でエールを飲んだ後だ。何故か酒の後の酒だけそれまでより多く飲んだのを見て、以前フローラに「悪酔いしないためにエールの後に同量の水を飲んでおくといい」と言ったから、それだなと思い当たった」

「あちゃー、やっぱりお昼我慢できなくて飲んだけど、失敗だったなー」

「その時思ったんだ。————今日やったこれは、フローラにとってはよっぽど大事なことなんだなって」


 ずっと明るく笑っていたフローラが、今の一言で目を見開くと……やがて穏やかな顔になった。

 やっぱり……そういうことか。


「いつも好きに酔うフローラが、わざわざ酔い覚ましを使ってまでやったこと。フローラ、今日は僕達が追跡していたというより、僕達に()()()()()ためにやったんだね」

「……うん、そのとおりだよ」


 その内容を認めて、フレイが横で息を呑む。


「ね、ね。フレイはさ、今日みんなを見てどうだった?」

「どうだった……って、そりゃあ……」


 今日会った人たちは、みんなフレイのことを慕っていた。王国の英雄であり、自分たちの英雄であり、

 そして……エルヴァーンの娘としての功績を称えていた。


「めっちゃ照れたわよ、アタシって思ってた以上にみんなからいい評価もらっちゃってるのね。フローラが見せたかったのはそれよね」

「あってるけど、ちょっと違うよ」

「……は?」


 フレイが、それが答えだったというように答えようと思ったら、あっさりフローラからハシゴを外されていた。


「じゃあ、えーっと、なんなのよ」

「フレイはやっぱりエルヴァーンだったってことだよ」

「……やっぱり酔ってる?」

「フレイはさ、結婚したらさ、自分の名前どうするの?」

「————あっ」


 自分の名前。

 今の流れから、つまりエルヴァーンの名前をどうするかということだった。


 質問は、必ず最後に「フレイ」と「フレイ・エルヴァーン」を聞いていた。そして皆、口を揃えて「フレイ・エルヴァーン」という名前の持つ意味を、ちゃんと理解していた。


「……そう、よね。普通は男の人の家の名前に合わせちゃうよね。当然だけど、リオとフローラが同じ名字になって、あたしだけ変わらないままなんてそんなのは嫌。嫌、だけど……」

「というわけで! 今日の本当の目的でっす!」

「え?」


 フローラは、あっけにとられているフレイを置いて僕の方を向いた。僕の方を向いたフローラは……今度は、恐る恐る聞いてきた。

 ……本当の目的。フローラが言いたいことは、もちろん僕にもわかる。


「えっと……ど、どうかな? リオは」

「うん。やっぱり僕もエルヴァーンかな」

「……! ほ、ほんとに! ほんとにリオもエルヴァーンなんだね!」

「もちろん。だってフローラだってエルヴァーンなんでしょ?」

「うん! よ、よかったぁ……! 一番心配していたから……」


 僕とフレイがお互いに合意していたら、フレイが頭を抱えていた。


「どうしよう……リオの会話パターンがフローラと同じになってしまった、もうあたしの人生おしまいだわ……」

「あはは……フレイ、ここからは単純な話だよ。分かりやすく言うとね……今すぐじゃあないけど、僕は、フレイの名字を使わせて貰いたいなってこと」

「……え? え?」


 フローラが、僕の横に立った。そして二人で目を合わせて頷き合った。……きっとフローラも、同じ気持ちだ。


「また手続きは必要だけど……つまり、フレイの味方として活躍した僕達は、それぞれレナード・エルヴァーンと、フローラ・エルヴァーンを名乗りたいんだ」

「……! い、いいの、リオ? 自分の家を、自分だけの貴族の名前を持って、後世に自分だけの名を残せるチャンスなのよ」

「比べると僕にとって価値のないことだよ」

「え?」


 爵位を持ち、自分の家の名前を持ち、貴族として自分の領地を持って領主となる。それは間違いなく、Sランク冒険者の成功物語だ。

 ……だけど、何かを犠牲にしてまでその成功の枠組みに入りたいとは思わない。特にそれが、フレイやフローラに影響することなら。


 ちょっと恥ずかしいけど……でもしっかりフレイに気持ちを伝えよう。




「僕にとって自分だけの伯爵家の重みは決して小さくない。だけど……フレイの気持ちに寄り添うことに比べたら、考慮する必要もないぐらい軽い———


———僕はフレイのこと、それぐらい大事だから」




「……! あ、ああ……うあ……」


 フレイは顔を真っ赤にして、何か言おうとして言えないみたいな感じでふらふらしながら、僕に近づいて抱きしめてきた。

 ……柔らかい、筋肉質だけど女性らしい暖かい体が僕を包んで……僕も緊張しつつも、フレイの背中に腕を回した。顔を見せないように、僕の顔の横に、自身の顔を寄せている。


「……あ、あんたって……時々ほんと、反則ってぐらい王子様よ……。……う、ううん……あたしにとってリオは、いつだって王子様だったわ。でもね、でもね……今のはずるいわよぉ……」


 フレイの腕の力が強くなる。……い、いやいや、ただのハグなのに僕がフレイにつぶされそうなぐらい、本当に力が強い……! 潰れる前になんとか喋って伝えようと思った矢先———もう一対の腕が、僕の背中に回り、体の締め付けが緩んだ。


「これで、ほんとに全部手に入れた……」

「———え?」


 フローラが、フレイの背中に顔を預けて呟いていた。


「フレイがパーティから離れると、フレイだけじゃなくて、フィリスちゃんやソニアちゃんとも絶対もう会えないだろうと思った。フレイ一人を失うことは、私にとってみんなを失うことだったの。友達の欲しかった私は、だから必死だった。

 ……みんな手に入った。だけど……こないだのチョコ作り、ホントに楽しかったの。みんなステキで、格好良くて。それでね、また私のわがままが出ちゃったんだ。やっぱりもっと、いつも一緒にいたいんだーって」


 いつも一緒にいたい。それは、つまり……


「毎日エルヴァーンの屋敷で、みんなと過ごしたいんだ」


 やっぱり、そういうことだった。

 同時に思うんだけど……。


「退路、そもそも塞いだよね?」

「えっへへへ」


 今日はすっかり、フローラの手の中だった。


「ちょっとリオ、二人だけに通じるようなんじゃなくてアタシにも教えなさいよ」

「今日さ、いろんなハーフエルフをはじめとして初対面の人と、なんだかんだ言って僕とフレイも会ったよね」

「まあ、そうね」

「……そう、会ったんだよ。フローラからわざわざエルヴァーンの名前の質問をされた直後にね。じゃあ、それだけ印象づけられたフレイが自分のファミリーネームを変えたり、扱いを小さくしてしまったら……?」

「あっ……!」


 がっかりする、なんて生易しいものじゃないだろう。

 フレイが生きていたとしても、フレイの名前があったとしても、「フレイ・エルヴァーン」であることは彼らにとって、きっと僕達が思っている以上に大きいものだ。

 今日はそれを認識させられた。


「そう、今日はそのエルヴァーンの名前を、結果的に僕とフレイの手で強固なものにしていたんだよ」

「なるほど……完全にやられたわね」

「そういうこと。ま、最初からフレイにはエルヴァーンの名前は変えたくないと僕も思っていたから、改めてエルヴァーンがどれだけ愛されているか知るいい切っ掛けになったと思うよ」


 僕はそう言ってフローラの頭を撫でた。


「えへへへへ……みんな一緒。みんな。今度は、フレイも、フィリスちゃんも、ソニアちゃんも、サーリアちゃんも、みんな私の家族」

「そうね。あんたがみんな一緒がいいと言うなら、アタシもそうなるよう頑張るわ。お父様と、ダニー君やエリゼ様も……そして、り、リオも。みんな家族、よね」

「もちろん。これから賑やかになるね」


 -


「ただいまーっ!」

「あんたの家じゃ……あっ」

「私の家でーっす!」

「マジかよ……」


 フローラは開口一番いきなりエルヴァーンの屋敷に入るや否や自分の家みたいに言い、フレイはそれに対してごくごく当たり前のツッコミを入れようとして止めて、謎の呟きをした。


「あんた……ここまで予言していた訳じゃないでしょうね……?」

「まっさかー! そうなったらいいなって思っただけだよ!」

「……本当に、欲しいもの何でも手に入れちゃうというか、英雄譚の主人公属性とかいうもんらしいアタシから見ても、あんたって時々本当に神様の類なんじゃないかとさえ思うわ……」


 ……なんだか、二人の会話内容が全く思い当たらない。どうやらこれは僕の知らない話のようだった。


「フレイは一体、何の話をしているの?」

「あー……。以前ね、女だけでここに集まったときに、フローラがただいまーって叫んで、アタシの家だって言い返したらさ、そのうち住むかもなんて言い出したことがあったのよ。言ったとおりになったわね」

「そりゃ驚くね……」


 僕はフレイの話を聞きながら、堂々と屋敷の中に入っていくフローラを、フレイと一緒についていった。




 フローラは、まるでずっと住むことを予定していたかのように、勝手知ったるエルヴァーンの屋敷を迷うことなく歩いていた。


 それは、自分の運命の道を迷い無く歩くようで。

 この子についていったら、きっと安心だと思えて。


————これが僕達のリーダーなんだ。

 そう思うと、格好良く、そして頼もしく思えた。




 ……台所の料理用のチーズをあまりに自然に堂々とつまみ食いしたところで、フレイのげんこつもらって涙目になっていなければ、だけどね……。

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