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最初は、何から始まったかしら……

 ……今日は、アタシの運命の日だ。


 アタシは、たくさんのものを見てきた。他の人より、濃い人生だなあなんて思うわ。だけど、終わってみればその全てが今への道になっていると思うから、その全てに後悔していない。


 アタシは今、王城のテラスで、王女様の隣に並んでいる。ちょっと前までは、隣に立つなんて想像さえできなかったような相手よね。

 他には、マルガと、聖女様。……こっちはフローラが呼んだらしいわ。当然のようにフローラもいる。……ほんとアタシ、こんな美人に囲まれて場違いじゃない? 大丈夫?


 眼下には、王国中から集まった人間。

 段取りは、みんながやってくれた。


 後は、アタシが頑張るだけ。

 ……なんだけど、さすがにちょっと気が引けるわね。


 そう思っていると、アタシの左手を握る感触があった。隣を見ると、リオが笑顔で立っていた。


「僕は大丈夫だって信じてるから。ま、気楽に行っておいで」


 そういうこと言われると、余計緊張しちゃうんだけど! っていうかこんな至近距離で、そんなこと言われたら、思いっきり照れちゃうんですけど!

 ……ああ、でもそのおかげか、アタシ、今王国中の人よりもリオ一人に緊張しちゃってる。……うん、そうよね。アタシが乗り越えるもの、乗り越えられたもの、こうして手に入れられたものに対する緊張に比べたら、眼下の今から心を掌握しなくちゃダメな人、そんなに緊張しなくていいわよね。

 ……よしよし、大丈夫。


「ん、ありがと。かっこいい所見せてあげるわ」

「それは楽しみだね」


 リオがそう言って手を離……そうとしたので、絶対離さないように握り込んだ。ちょっと驚いた感触があったけど、アタシはおかまいなしに離さないようにした。

 ふと、突然右手にまた感触があった。


「前日まで私とリオですっごくすっごく頑張ったんだよ、ほめて!」

「いきなり要求から入る辺りがあんたらしいわ……ま、正直ほんとに感謝してるわ。アタシのために大変だったみたいじゃない、ありがと」

「もっとほめてもいいんですよ! えへん!」

「はいはいえらいえらい」


 フローラはどこまでいってもいつもどおりって感じだった。……アタシはこいつのこと、最初は明るいだけの子だなーなんて思ってたけど、ようやく相当の大物だなーって思えるようになった。リオだって緊張してないわけないんだけど、フローラは多分、全く緊張してない。この子は、ずっとこういう子だ。そして……おちゃらけているようで、ちゃんとアタシの緊張を和らげるためにやってるんだというのも、今だと分かる。


 ほんと、アタシにはもったいないぐらいよく出来た友達よ。




「みなさん、本日は私ルナの呼びかけに集まっていただき、ありがとうございます」


 考え事をしていると、王女様の話が始まった。いけない、集中集中。拡声魔術なのか、声が大きく遠くまで通る声で眼下に広がる。


「私は、本日皆さんに、たくさんのことを伝えなければなりません。


 ……かつて私は、ハーフエルフの差別撤廃を掲げて、王国民に向かってハーフエルフの差別をやめるように命令を出しました。その話を、しようと思います。


 私は、昔お忍びで城下町に出歩く、すこしお転婆な子供だったのです。……ふふ、そうです。パン屋さんの……ええ、今は足が悪くなったその人のデニッシュロールも、娘に代替わりした果物市場も、ちゃんと覚えています」


 にわかにざわつく人々。王女様、思った以上に思い切ったこと喋っちゃうわね。


「ここからが、大切な話です、静かに聞いて下さいね。……はい、ありがとうございます。ある日、王都は多数のトロルの襲撃を受けました。覚えていらっしゃる方も多いと思います。攻撃しても傷が回復していくトロルは、城下町に入るまでに抑えきることができなかったのですね、かなりの数が街を荒らしました。


 ……私は、その日、そこにいました」


 ざわりと声が上がるのを、再び王女様が声を出して抑える。


「落ち着いて、落ち着いて。無事だからこうしてみなさんの前にいるのです。……はい、ご協力ありがとうございます。ヒーラーの回復魔術は一定以上の能力を習得するには非常に難易度が上がります。当時の私は年端もいかない足の遅い女の子、聖女クリスもまだ幼く習得している回復魔術も大きな能力がなかった。私は、あの日本当に死にかけました。

 ……ではなぜ今こうして生きているのか、それはもちろん、回復魔術を使っていただいたからです。

 その方の回復魔術により死の淵から一瞬で回復した私を見て、周りのお忍びでのお付きの人たちが感謝を受け取ってほしいと言ったら、なんと言い返されたと思いますか?『そんなのどうでもいいから次の怪我人を連れてきて』って。あっけにとられながらも、せめてお礼の金貨をと必死になった私たちは、再び言い返されました。『それは全額北の孤児院に入れて。あと他の人の治療の邪魔なのでもう話しかけないで』って。

 ……幼いながら、その人をなんと誇り高い人なのだろうと思いました。同時に、たまたま父親が国王だったというだけで王女としてちやほやされて育った、何も出来ない私の、なんと格好悪いこと……。もう私には名前を聞くために声をかけることもできませんでした。


 その方の名前を先日ようやく初めて知る機会がありました。サーリア様……ハーフエルフの、しかもエルヴァーン男爵家の、ただのメイドだったのです。

 ええ、かつてのような差別のまだ根深い状態で王女の私自らがハーフエルフに直接会いに行くということは混乱を招く上に相手にも迷惑をかけます。ですが、2年前、そのサーリア様に再び危機が訪れます。貴族の方は思い当たるでしょう……バンガルド家です」


 その名前を出した瞬間、テラスから見て手前側に居る人達が反応した。逆に奥の平民の方はあまり関心がないみたいだった。

 まあそうよね、子爵家が家ごと取り潰しになったんだもの。


「こちらのマルガレータ・グランドフォレスト様……グランドフォレスト公爵令嬢の方より連絡をいただいて、ようやくその全貌を知ることが出来ました。『人類主義』……ええ、まだ人間が一番偉いと主張するような組織があったのです。だから、私は命の恩人への恩返しとして、多少強権を行使してでも彼らを滅ぼそうと思ったのです。

 でも……恥ずかしいことにエルヴァーンは、はるか昔から、既に私が考えるよりもっと先を見据えていました。クォーターエルフ未満を含めた、全ての救済。その計画を実行しようとしていたのです。

 今日は、その成果……既に行われたことについて皆様にご報告します」


 既に行われたこと。

 その意味するところは、もちろん自分たちが既に救われていたという意味だ。やはりそのインパクトは大きく、声があちこちで再び上がる。今度は王女様は止めずに、暫く国民に喋らせていた。


 王女様が、こちらを向く。


「さて、それではここからは、フレイ様に喋っていただきますけど、よろしいでしょうか?」

「……ええ……わかり、ました……。……少し、緊張します、が……お役目……果たさせて、いただき、ます……」

「ふふ、もっと破天荒な方だと聞き及んでいます。あなたは私にとって命の恩人の主人。もっと気楽に接していただける方が嬉しいです。マルガレータ様など、今でも私のこと平気で詰りますからね」

「アタシをあのデタラメ紫縦ロールと一緒にしないでくれる?」

「そうそう、そんな感じよ」

「―――あっ!」


 ……まいったわね、王女様もなかなかやってくれるわ。でも……マルガってやっぱ凄いというか、とんでもないやつよね、アタシさすがにこの美人の王女様詰るとか良心の呵責が大変なことになっちゃって無理よ。


 アタシがそんなことを考えていると、王女様は再び拡声魔術を使って、


「みなさん、それでは紹介します。私達王国民の英雄、フレイ・エルヴァーンです」


 アタシを紹介した。

 うわー、ほんとに喋るのね、今から。改めてすごいことになっちゃったと思うわ。……左手を握られる感触がある。アタシはそれを握り返しながら、右手も握る。握り返す感触がある。


 ……よし。


「王女様から紹介いただきました、フレイ・エルヴァーンです。アタシはエルヴァーン家の娘として生まれました。ここまでの経緯は大まかな部分は省略しますが……令嬢といっても、5歳で剣を持って、魔術を始めた、戦士肌の子供でした。そのまま17歳となった今もそういう生活をしています」


 ひそひそと声が聞こえてくる。まあ……好意的な声では、ないでしょうね。


「……でも、後悔はしていないわ」


 アタシはハッキリ言った。それで、眼下の声は止んだ。


「自分の助けたいものを自分の意志で助けることが出来る力があること、それは何よりも幸福なことだと思えたわ。……先日、エルダーリッチっていうやつがこの街を襲おうとしていたのよ。沢山の魔物を召喚しながら、ずっと待機していたの。それをアタシと……アタシのパーティである『雪華魔術団』が全部倒したの。アタシはこのことで冒険者パーティとしてSランクの……ええと、なんだっけリオ……勇者? そう、勇者ね。光の攻撃魔術を扱えるアタシが勇者で英雄ということになったの。

 あんまり恩着せがましいのってやりたくないけど今日は必要だから言うわ。みんなのことはアタシが救ったから、安心していいわよ」


 一旦区切ると、やがて小さな音が膨らみ、割れんばかりの拍手となった。……さすがに、これは照れるわね……。


「ありがとう。……うん、それでね、アタシが今日どうしてこういう話をすることになったかというと。……お母様」


 お母様が、アタシの隣にまでやってくる。さすがにかなり緊張しているようで、なんとか照れて頭を掻くことによって照れをごまかしているみたい。でもお母様、それ却って余裕あるように見えるわよ。

 お母様はアタシと目を合わせると、覚悟をした顔をして、耳にかかっている髪を外した。


 手前側の貴族には見える、混血の耳だった。


「私のお母様は、八分の一……ワンエイスエルフなの。……ええ、だから私は十六分の一。ワンシクスティーンスエルフよ」


 周りからの声が大きくなる。聞いたこともないような混血の名前、その親子がこうして立っている。……アタシにとっては珍しいものだとは思えなかったけど、やっぱりまだこれぐらい騒ぐ程度には難しい認識なのね。

 アタシはおかまいなしに話を続けた。


「アタシはね、情けないことに自分の境遇なんて全然知らなくてね。だから自分が混血だったなんてこと、最近まで何も知らなかったし考えることもなかったのよ。でも、アタシは知った。アタシは見た目が人間なだけの混血だって知ったわ。

 でもね、だからどうってこともないのよ。多分そんなこと知らなくてもアタシは王国を救おうとしたし、知っていても誰かを見捨てたりしなかったわ。

 要するにね、結局多少見た目が違うとか、その程度の差がどうとか、そんなの最初から関係ないのよ。みんなも、自分がどういう生まれであっても、自分の意志は誰にも変えられないってこと、ちゃんと分かってほしいし、王女様もそう思っているからこうしてみんなを呼んだんだと思うわ。


 ……だから、さ。人類がどうとか、エルフがどうとか、混血だったからどうだとか。……そういうのはもう終わりにしない?

 アタシの考えに賛同してくれても、いきなりは無理なら今してくれなくてもいい。アタシは、ワンシクスティーンスエルフの貴族フレイ・エルヴァーンとして以前に、ただのちょっと強い冒険者フレイとして、あなたたちを何度も救うわ」


 アタシの訴えかけに、王国民は静かになっていた。……さすがに、緊張するわね。途中から随分砕けて喋っちゃったし。


 そう思っていると、後ろから拍手が聞こえてきた。マルガと、王女様と、聖女様だ。はっとしているうちに、リオとフローラが手を離して拍手していた。

 アタシがその豪華メンツの拍手にまごついていると、後ろから音が聞こえてきた……と思った瞬間に、もう割れんばかりの歓声が鳴り響いていた。


 …………。

 ……すごい、光景。


 これ、アタシが目指してきたもの、なのよね。

 ようやくアタシが、王女様の前で王国民全員に大見得切って演説したという実感が湧いてきた。再び、左手と右手が握られる。


 ……うん、アタシ一人だけだったら、絶対ここまで来れなかった。来れなかったというか、こんなデタラメな飛び級スピードで英雄になっちゃうなんてありえなかった。




 不真面目で喧嘩っ早い嫌味な男爵令嬢を救った、優しすぎる少年。

 アタシの大切なものを何度も救って与えてくれた、何でもありの少女。


 賞賛の声は、この二人の優等生魔術師に贈るわ。




 アタシは、すっかり緊張が解けたところで、王女様に目配せした。王女様はその年上とは思えない可愛らしい美貌でウィンクすると、再びテラスの手すりに手をかけ王国民に呼びかけた。


「はい、みなさん! ありがとうございます! そしてフレイ様、本当にありがとうございました! あなたに救ってもらった命の数、もしもの世界を数えだしたらキリがないほどでしょう。

 王国民のみなさん、この感謝は、いわば当たり前のものです。私たちは混血に命を救ってもらっていました、私も含めてそうだったのです。ですが……もう施しを受けるだけで黙っている時間は終わりました! だから、私は当然のお礼としてこの機会を作りました。


 ……でも、このままでは、私、納得いきませんからね! ええ、ええ! なんといっても皆さん知ってるちょっとわがままな王女です。それにみなさんも、知らずのうちに救ってもらっててお礼ができないなんて、誇り高い我が王国民ならやられる側としては納得いかないでしょう! この機会にお礼返しを畳み掛けてしまおうと思っています。だから、みんな、私に協力してくれますかー!?」


 眼下の王国民の歓声が更に大きくなる。これが王女様のカリスマ……! やっぱり、半端ないわね!


「そもそもこの話、ハーフエルフをエルヴァーン家の男爵アレス様が救った所から話が始まっているのです。そのときに最初に救ったのが……ええ、なんと私の命の恩人、サーリア様です!

 ところが、まだクォーターエルフの差別が残っていました。全ての混血を救うには、ハーフエルフだけではだめだと、ワンエイスエルフの第一夫人の方にその立場を譲ったのです。ああ、サーリア様! 私の命の恩人、なんと、なんと心清らかな方なのでしょう!」


 後ろで聞いていたサーリアが、まさか自分の話に矛先が向いてくるとは思っていなかったようで、「え、え?」ときょろきょろ周りを見ている。


「ですが! 今日文字通り、その混血十六分の一、フレイ様が英雄になったことで、彼女より濃い血のエルフを差別するなどということはもう起こらないでしょう。よって! これから私は、20年前のお礼を、今ここで行おうと思います!」


 そう言ってルナ様は、その場を下がった。サーリア一人が状況をわかっていない中で、アタシは、サーリアの顔を見た。


 それは、いつか交わした言葉。


「サーリア」

「な、なに?」




「初恋、返しに来たよ」




 サーリアは、はっとなってアタシを見た。アタシはその場を横にずれる。……後ろには、お父様がいた。


「あ……」

「本当は、言い訳が欲しかっただけなのかもしれない」

「アレス……」

「俺は28年前から一目惚れだった」

「―――ああ……!」




「もはや難しい話も必要ない。すべての障害はなくなった」


「サーリア、俺と結婚してくれ」




 お父様は、サーリアの薬指に指輪を嵌めた。

 サーリアは、指輪を眺めると……溢れてくる涙をお父様の服で拭うように、その胸に飛び込んだ。


「二人の婚礼をここに認め、聖女クリスが二人の誓いを祝福します!」


 それまで黙っていた聖女クリス様が、手に持っていた大きい鐘のような杖を掲げて、大魔術を発動する。その魔術は周りの環境を金の光と光の羽、春の暖かさで包み込み、二人を中心にテラスをきらきらと光り輝かせていた。

 歓声はそれまでの全ての声の記録を塗り変えようといわんばかりの轟音となり、この祝福の規模の大きさを物語っていた。


 お父様とサーリアは、その光景を夢を見ているようにぼんやり眺めていた。やがて王女様がひょこっと首を横から出した。


「ってわけで、私からのサプライズプレゼント。どうかな、気に入ってもらえた?」

「き、気に入ったというか、なんといいますか、恐れ多すぎて何が起こっているのかさっぱり……」

「ふふっ、20年経ってもあなたは可愛いままだから、安心しちゃいます。クリスさん、マルガレータさん、フローラさん、リオさん、そしてフレイさんが沢山頑張ってくれました」

「……ほんとに、私、結婚して王女様と聖女様に祝ってもらったんですね」

「はい、その通りです!」


 王女様の隣に、聖女様がニコニコしながらやってくる。剛毅なお父様も、さすがに王国を代表する目上の美女二人が相手となると気まずそうに頭を掻いていた。


「あー、サーリア、なんだ」

「ん?」

「改めて、俺の娘ってすげー女になっちまったなって思うよ」

「ふふ、今更なの? ほんっと、ばかアレスはいつまで経ってもばかなんだから」

「おう、いつまで経っても自分の娘のことどころか、自分自身のこともできないぐらい馬鹿だからよ。もう17年も娘に貸し出しちまった分、また俺の世話もしてくれよな」

「仕方ないわね、今日からまた、つきっきりで一緒にいてあげるわ」


 そう言い合って、二人は仲良く顔を寄せ合った。その瞬間の……城下からの声、声、声! すっかり王城テラスからタメ語でいちゃいちゃしていた貴族主人と混血メイドの夫婦は、見事にその姿を王国の主要貴族を含めた全員に見られた。自分たちが何をやったのかようやく分かった二人は、さすがに顔を真っ赤にして隠れてしまった。お父様の赤面顔とか、生まれて初めて見ちゃったわ。




 ふと、サーリアと目が合った。


 お父様を中心とした、サーリアの長い戦い。

 その終着点。


 サーリアは、優しく微笑んだ。

 アタシも笑い返した。


 お話の最後は、ハッピーエンド。

 そのために、頑張ってきた。

 終わってみればその全てが今への道になっていた。だから、その全てに後悔なんてするはずがなかった。




 両手を再び、リオとフローラが握ってきた。アタシ達も、笑い合った。

 全部、全部手に入れることが出来た。


 アタシは、今日のこの最高の一日を忘れることはないだろう。


 -


 サーリア・エルヴァーン。


 28年間という長い期間、片想いを諦めなかった女。

 28年間という短期間で、奴隷から貴族夫人となった女。


 非常に厳しい人生でありながら、最初にやってきてくれたアレス少年の分、他のハーフエルフより圧倒的に恵まれていた、幸運な人生だったと本人は語る。

 ある日奴隷商を何者かが仕留めて開放されたサーリア。スラムで出会った彼の一声が、サーリアの運命を変えた。




 サーリアの話は、瞬く間に王国中を駆け巡った。


 曰く、最も純愛を貫き通した女。

 曰く、最も心優しき女。

 サーリアの純粋さは、王国中の男の憧れの的となった。


 しかも男だけではない。

 奴隷の身分にパンを与える少年。このピンチのときに助けに来てくれる王子様は、王国中の女の憧れとなった。


 その上で……それだけでは、済まなかった。


 アレス・エルヴァーン、35歳。

 サーリア・エルヴァーン、40歳。

 まさかの年上婚だった。

 確かに年齢は聞いたことがなかった。アタシ、すっかり二人は同じぐらいの年齢だと思いこんでいたわ。


 これに色めき立ったのが、貴族の中でも特に力を持つ、もう孫がいる年代の夫人たちだった。自分たちと同じ年代の女の、子供が二世代に渡りかねないような長い長い間、片想いを続けていたサーリアの話。そのロマンチックさは、その年代の夫人たちの話題を見事に攫った。


 結果。

 多数の貴族の出資により出来上がった。出来上がってしまったのである。




『アレスとサーリア』という直球すぎるタイトルの舞台が!




 もちろん、アタシも思いっきり出てくる。無駄に活躍しまくる。一度見に行ったけど、もう半分以上は頭に毛布をかぶって顔真っ赤にしながら震えて見ていたわ。

 だって、だって! あんなんどうしろっていうのよ! なんなのよあの掛け声! 演出! 実際はもっとぱぱーっと倒しておしまいだったわよ!?

 ちなみにリオも顔真っ赤にして見てて、フローラはやっぱり笑いながら余裕で見ていた。

 しかもその舞台ね、あの王選こと『エルネスト王子の選択』の人が作ったらしいのよ。なんでも、噂によると、続編の『Ⅲ』の制作をほっぽりだしてこっちの舞台作っちゃったの。舞台研究家によると、その作品でようやく王子は二人共選んでハッピーエンドを迎えるらしいのよね。

 ちょっとあんた! 未だに作者名も知らないけど! こんな家族のプライベート演劇作ってる暇があるんだったらさっさとそっちを完成させなさいよぉ〜っ!


 ま、そんなわけで。

 サーリア・エルヴァーンは、『一大ジャンル』となった。

 舞台は作られ、本は作られ、吟遊詩人はすぐに歌にした。

 王国紙での男の好きな女ランキングは今、ルナ、クリス、サーリアだ。

 女の好きな女ランキングは、2位を全く寄せ付けずサーリア独走だ。




 サーリアは、王国民中の憧れの的となったのだ。


 -


 そんな王国中の憧れの的のサーリアが。

 今アタシの目の前で土下座している。

 言い間違いじゃないわよ。


 サーリアが土下座している。




「ま、確かにね? これハッピーエンドよ」

「……」

「アタシの目的でもあったし? エルヴァーン家の目的でもあったし?」

「……」

「全部解決して、何もかも丸く収まって、こうなるのが必然って感じだったわよ」

「……」

「でもね……でもね!」




「なんでアタシのお母様が王国を代表する泥棒猫ポジションになってるのよーーーーーっ!?」

「も、申し訳ございませんーーーーーっ!」




 そう、サーリアは人気が出た。

 人気が()()()()


 その人生のクライマックス、誰もが期待した結婚の瞬間。もうこれはいけるんじゃないのか、と思った矢先に訪れる、フィリスという緑の髪のものすっごい可愛くて巨乳の美少女。話を知らずに見に行った観客の肩透かしは半端なかったに違いない。

 しかし、お父様の、クォーターエルフを救うという宣言と、お母様のワンエイスエルフという血は、あまりにも目的が合致しすぎた。そのため、誰もその流れに文句を言えなかったのである。

 ここで身を引き、その18年後に結ばれたサーリアにもちろん人気は集中した。そして……


「『魔性の美貌』『男を惑わす巨乳』『可愛い顔した最も(したた)かな女』これ全部お母様の王都での評価よ! どうなってんのよ!?」

「ま、まさかこんなことになるなんて……」


 ……そのもやもやした感情は、お母様に向いた。

 いや……アタシだって、観客の気持ちもわかる。だって、サーリアは本当に、作品タイトルであり最初の登場人物なのだ。普通、最初の登場人物を物語のヒロインだと思うのは当然だし、ここまで長い間片想いだったら当たり前のように結ばれると思うはずなのだ。

 しかし……しかし、『可愛い顔した最も(したた)かな女』はあんまりだ。お母様の普段のあのちょっと抜けている可愛らしさと全く一致していない。


「はー、どうしたもんかしらねえ……」

「そう言われましても……」


 そうアタシがソファに座り込んで頭を抱えていると、話を聞いていたリオが横から口を挟んだ。


「そりゃもちろん、いかに仲がいいかを王国中にアピールするしかないね」

「どうすればいいの?」

「二人で仲良く手を組んで街を歩くしかないんじゃないかな」

「……今のサーリアの人気で、街の人たちが通してくれるかしら……」

「それだけ人が集まれば、道を通れなくてもいいんだよ。二人で立ち止まって、最初に会った話とか、仲の良さを見せればそれだけで目的が達成できる」

「あ、そっか」


 すっかりアタシ、二人が凱旋するってこと自体を目的にしてたわ。


「そう、残りの話は、手前で仲のいい二人の話を見ていた王国民達に広めてもらうんだ。そうやって広がっていく過程を何度か繰り返せば、すぐに今の評価は変わって、正しいフィリス様の姿が広まる」

「なるほどね」


 リオはやっぱりこういう時でも、頼りになるわね。


「じゃあさっそくいってみよう!」


 そこへフローラが、何故か音頭を取ってサーリアを立ち上がらせて部屋を出ていこうとする。


「いやいや、ちょっと待ってよ。あんた今の話聞いてた?」

「フィリスちゃんに新作ケーキおごってもらう約束してたんだ!」

「ねえほんとに今の話聞いてたの? そうじゃなくてこれはお母様とサーリアが」

「フレイの分も買うから安心していいよ!」

「聞けよ!」


 アタシが怒るとフローラはケラケラ笑った。そうよね、アタシが怒鳴ったぐらいでビビるようなヤツじゃないわよねあんたは……。


「でも、すぐにしないと絶対忘れるよ?」

「え?」

「明日でもいっかなーとか言ってるとね、気がついたら1年後なの」


 急に真顔になったフローラに、アタシの方がビビる。


「いいかなー、フレイ。

 明日でもいいというのは、一生しなくていい扱いになってるってこと。今日やらないと結局予定なんてなんの意味もなくてね、後悔したときになんとか言い訳考えても、もう間に合わないんだよ。

 あと、2番でいいとか思うと、気がついたら最下位になってたとか。

 他には、全部をやるのは無理だと思っていても、全部をやろうと思った人より一つをやろうと思っていた人のほうができなかったりするのも、蓋を開けてみたらそもそも注力する選択をまだ始めていなかったからだったりもするんだよ。もちろん、早い段階で選択できた人は強いけどね」


 そう真面目に語り出すフローラの迫力と説得力に気圧される。


「だから、サーリアちゃんがハッピーエンド迎えて全部手に入れたつもりなのにその弊害が出ちゃったら、悪評のほうが固まる前にそっちの明るい評価を手に入れにいかなくちゃ! 全部1番の結果を手に入れるんだよ! そのためには、すぐやらないとね!」


 アタシはあっけにとられながら、部屋を出て行くフローラを見ているしかできなかった。リオがアタシの隣に歩いてきて笑いかける。


「やられたねー」

「……まったくだわ、あの子あんだけぽんこつって感じのオーラ出しているのに、時々妙に核心ついてくるから怖いのよね」

「昔からだよ」

「……昔から?」

「そう、人の機微には敏い。だから、あっけらかんとしているようだけど、あれで自分で抱え込んじゃって、時々爆発しちゃうんだ」

「……アタシとリオとの、3年前ね」

「そういうこと。だからフローラのこと、僕が言うのもなんだけどさ。支えてくれるかな」

「はー、なに今更言ってんのよ、アタシの大事な物全部漏れなく寄越してくる一番大事な友達なんだから、意地でも大切にするに決まってるでしょ」

「それはよかった」


 アタシとリオはお互いに軽くそんな言葉を交わし、フローラの後を追った。

 全部手に入れる、か。……でもね、フローラ。やっぱり全部1番で許されるのは、あんただけだと思うわ。


 アタシ、1番が昔から好きだったけど。

そのアタシが認めてあげる。




フローラ、あんたは世界一『1番』が似合う女よ。




 -


 フローラは玄関で、お母様とサーリアを連れて一緒に出ていくところだった。


「あらフレイ、私これからフローラちゃんと城下町まで服とか甘いものとかたくさんお買い物しに行くんだけど、一緒に来る?」

「アタシがそういう女の子みたいな趣味してないの知ってるでしょ」

「ふふ、そうかなー? 隣のリオ様に女の子らしい姿、見てほしいんじゃない?」

「なななななにいってんのよ目の前でもうやめてよ!」


 アタシはお母様の余裕の切り返しに顔を真っ赤にしていると、横からリオの支援攻撃……と思ったらお母様の支援攻撃みたいな発言を受けた。


「いえ、フレイは元々この姿が一番似合っていますから。僕は変に女の子らしくないフレイが何よりも一番色っぽいと思います」

「あ……あああ……もぉ……」


 そういうの……不意打ち、やめて……ねえ、もしかしなくても、リオもアタシが恥ずかしがるの分かっててやってるわよね……?


「むう、フレイがライバル力アップしている。これは私も負けてられない! 正面から見れないような派手な衣装で襲いかかるしかないっ!」

「頑張ってフローラちゃん! フローラちゃんはどんな男もイチコロにできちゃう世界一の美少女よ!」

「あんたアタシの母親よね!? どっちの味方なのよ!」


 ああもうなんだかわけがわからなくなってきた……。サーリアを見ると、この場のテンションについていけないもの同士なのか、なんともいえない苦笑をされた。


 ……でも、長い間こうやってきて、今こうして形になっている時間が本当に愛おしい。やってきてよかったと思えて、こうやって再び出てきた問題も、みんなで解決していける。

 アタシは、これまでの道のりを一つ一つ思い出していた。最初は、何から始まったかしら……




 ……ふと、リオが突然お母様の姿を凝視し始めた。


 え? え!? ちょ、ちょっと待ってよ! まさかフローラが心配していたその事案、フィリスお母様がリオのタイプだった説が浮上しちゃうわけ!?

 フローラを見ると、フローラも珍しく真剣な顔をして戦慄していた。あのフローラが真顔で危機感を覚える女、フィリス・エルヴァーン……! やっぱり魔性の美貌ってそのまんまの意味なのかしら!?




 そんなことを思っていると。

 突然リオが一言発した。


 その発言は意味不明なのに。


 フローラがとてもうれしそうな顔をしていて。

 アタシもその意図に何となく思い当たったけど。


 きっとこれは、アタシの知らないリオとフローラのエピソードなんだろう。そんなものがまだあったという事実にアタシはちょっと不満顔だった。




 リオが言った台詞はこうだ。


「フィリス様は左利きですね」

最初の目標だったフレイとサーリアのハッピーエンドまで終わらせることができました、改めまして長い追加シナリオ分読んでいただきまして、ありがとうございました!

なんとか自分にとっての区切りのいいところまで完結させることができましたので、非常に満足しています。

本編を沢山の方に見ていただいて本当に感謝感謝で。その後フレイ編を始めたら、どんどん筆が乗って大変なことになってしまいました。なかなか大変な日々でしたが、終わってみると最初の頃に比べて文章を書くのも手慣れてきて、満足のいく出来になったと思います。


まだまだ他にも書きたい内容もありますし、気まぐれで遠い日かすぐか、再開するかもしれませんので、もし気に入っていただければ評価・ブックマークいただけると嬉しいです!


https://ncode.syosetu.com/n3922ek/

並行してこちらのちょっと違った感じの作品も更新しています、ぜひ見ていってくださいね!

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