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隣の芝生は青いなんて生易しいものじゃない!

 アタシは二人が出て行ったのを見送った。


 ……フローラ、うまくいったのね。……でも……何かしら、今日のフローラは、ちょっと違ったわね。今まで見たことがないフローラだった。

 リオを連れて、どこへ行ったのかわからないけど。


 ま、悪いことはしないでしょ。なんだかんだ信頼してるわよ。


 ……それにしても……。


 ……。


 …………ほんっとーに酒のツマミしか買い込んでないわねあの女っ!






 一日経過した。


 リオの料理がおいしいから、お金もあるのにパーティハウスの中でばかり食べていたけど、昨日は久々に王都の食事を食べた。

 でもなんていうか、おいしくてガッツリって感じで、落ち着かないわよね。


 はあ……暇ね。自宅待機任務。

 でも、逆らったらあの暴走フローラの水攻撃魔術を受けることになる。……うん、絶対無理。逆らえない。


 ま、難しい任務じゃないからいいわ。たまにはのんびり待ちますか。


 -


 ドアが開けられたのは、日も大分落ちてからだった。

 応接間を開けると、玄関から一日ぶりのフローラの顔が現れた。リオも一緒だ。リオは疲れた顔をしていたけど、フローラは満面の笑顔。……ああ、これは振り回したわ……ね……?


 ……え?


「待って、なんでサーリアとマルガがいるの?」

「もちろん、いる必要があるからだよ」

「まったく……友人ながら呆れますわね」


 え、ええ? アタシ、この展開全くもって意味不明なんだけど……。


 アタシが狼狽していると、フローラが満面の笑顔でアタシの近くにやってきた。


「フレイ」

「……な、何よ」

「フレイも、覚悟を決めてね」

「……はあ……わかったわ」


 うーん……アタシ、そんなに覚悟を決める必要があるようなこと、あったかしら。




 とりあえず、みんなで応接室に座る。正面にフローラとリオ。フローラの横に、サーリアがいて、リオの近くにマルガがいる。こうやって見るとマルガもリオより背丈でかいわね。


「……で、これだけのメンツが集まったんだから、ちゃんと話があるんでしょうね」

「もちろんだよ」


 フローラは、少し息を落ち着けて……やがて、アタシの目を正面に見据えながら、話し始めた。


「フレイってさ、結構私のことバカにしてない?」

「……ほんと突然ね。バカだとは思うけど、そんなに頭悪いとは思ってないわよ」

「ううん」


「フレイ、私はね。ソニアを助けたことのお礼は、本当に、ケーキ一個で十分だったんだよ」


 ……?


「等価交換、だよ」

「とうか、こうかん」


—————それ、は……。


 それは。

 アタシが言ったセリフ。

 絶対聞かれるはずがない、家の外の小さな小さな独り言。


「フレイ、私のことバカにしてるでしょ! 私はね! 神級魔法を使っても! 一日寝れば魔力なんて回復するの! だから、ボロ宿一泊程度のお金がもらえればよかったの!

 フレイだって、自分の力を使って仲間を助けても、友達を助けても、そんなお金なんて要求しないでしょ!」

「それは……」

「本当に、私にとっては、命を助けたお礼のつもりじゃないの! ちょっと火傷を治すのに手間取っただけのことなの! 蘇生させるだけなら、私はお礼なんていらなかったの!

 だって……仲間でしょ! 友達でしょ! 友達を助けるのは当たり前でしょ!? マルガレータさんは友達だから助けたのに、私だってフレイのこと友達だから助けたのに……!

 フレイのこと……友達だって……そう思っていたのは私だけだったの……!?」

「そんな、こと、ない……」


 アタシがフローラの独白に、震える声で必死に答えると、フローラは涙をこらえるような顔をして、再び感情を爆発させた。


「でも……でも!」


「リオは。リオとの関係は、一日寝ただけじゃ回復しない、一生分のお礼になってしまう。こんなの……こんなの!

 こんなの全然等価交換じゃない! 私の一番好きなもの! 私の一番大切なもの!

 そして! フレイの一番大切なもの!

 もらってしまったら、もう対等ではいられない!」


「だったら……」


「だったら、どうしろっていうのよ!」


 言われて、アタシだって……アタシだって言いたい!


「フローラは、ずっとリオのことが好きだったんでしょ、なんで、なんで今更そんなこと言うのよ! アタシだって、諦めたくなかったわよ! でも、アタシにとっては本当に恩を感じて、必要なお礼だと思ってやったのよ!」

「どうして、どうしてそこで諦めるの!」

「なんなのよ……なんなのよあんた!」


 この子は、何を言っているんだ。

 リオと結ばれて。相思相愛で。

 今更アタシに諦めるなって言うの!?


「私は! 羨ましいと思ったの!」

「何がよ!」

「フィリスちゃんだよ!」

「な……」


 フローラが、出した名前は……まさかここで出るとは思わなかった、お母様だった。


「正妻でありながら、たくさんの側室といて、みんな仲良くて……私、エリゼさんともお話たくさんしたよ、ソニアちゃんともたくさんしたよ、ダニー君ともたくさん遊んだよ……」


「私の家、パパもママも仲がいいけど、いつも二人きり。それは、いいの。でも、それが当たり前だと思っていたから……」


「私、私ね。こんなだから、女の子の友達、だんだん減っていってたの。一度言われたよ、男子に比べられるからって。

 あと、猫かぶってるとか。気に入られるために作ってるとか。対等って言える、最後まで仲の良かった友達はいなくて、魔術大会で暴走して、今はもう……魔術学園の知り合いはリオだけ。

 だから、うらやましかった。フィリスちゃんみたいに、起きたら仲のいい女の子の友達同士でお喋りできる生活。フィリスちゃんに憧れたの。

 私、そういう女の子の友達、初めて見つけることができたって……そう……思って、いたの……。平民だから、世間知らずで頭の悪い子だから……こんな楽しい世界があるなんてことさえ、知らなかったの……。


 なのに、なのに……! なんでフレイが、それを求めようとしてないの!?」


 ……フローラは。

 フローラの言いたいことは、わかる。

 分かるけど……。


「……リオは、平民なのよ……」

「違いますわ」


 急に話にマルガが加わってきた。


「ごめんなさいねフローラさん。さすがに隣で聞いてるとこのくっそバカの卑屈で間抜けな筋肉女のこと、腹が立ってボロクソ言いたくなりましたわ」

「はは……マルガレータさん、私もまだ喋るから、手加減してあげてね……」

「嫌です」


 すっごい罵倒が入っていたけど。なんといってもマルガだ、そこいらの奴らとは違う。アタシは……覚悟した。


「ねえフレイ、あなた言いましたわよね。友達なら本音を言ってくれると」

「……言ったわね」

「あなたの本音って結局なんですの? その明らかに片思いを諦めて悲劇のヒロイン気取っているクッソむかつくその顔をしたくて冒険者をやってたんですの? 大して好きでもないんですのねぇ?」

「—————」


———今のは、キた。

 今のはダメだ、アタシは一気に頭に血が上った。


「そんなわけないでしょ……! マルガ、あんたでも言っていいことと悪」

「言ってもいいことですわこのバカ! あなたは何のために冒険者になったんです!? 何のためにSランクの英雄を目指したんです!? お行儀よくパパとママの言いつけを守るためですの!?」

「違う!」

「そう、違う! ここのサーリアのためになったのでしょう!?」

「———な……! ……その話、もう皆知っているの……?」

「ええ、もちろんですわ」


 ……サーリア、この話を、マルガにも話したなんて……。


「なんで話したか、まさかわからないんですの」

「わ、わからない、わ……」

「そういうところが! わたくしが怒っているところなのです!」


 マルガが、アタシの答えに対して更に怒りを強くする。どうしよう、アタシ、本当にサーリアの今の気持ちがわからない。


「あなたの前にいるわたくしは誰です!? マルガレータ・グランドフォレスト! 王家に顔の利く公爵令嬢です! そして、あなたの友達マルガです!


 あなたは、あなたはずっとあの仲の良い両親を見てきて、しかもわたくしがエリゼさんとの仲も取り持ってあげて! その仲睦まじい姿を見てきたではないですか!

 その爵位! 側室を持つ爵位など、わたくしの手にかかればあなたに差し上げることなど、もっと早くできたのに!

 どうして! どうしてわたくしを頼ってくださらないのですか!」

「ま、マルガ……」

「私は……私は! あなたの役に立ちたい! あなたの友達として、あなたに頼って欲しいのです! ずっと、助けてと言ってもらいたかったのです!


 わたくしは……あなたにとって本音を聞かせてもらえるような友達ではないのですか!?」


 …………。


 ……そうか。アタシは……全部自分でやればいいと、思っていた。


 確かに。マルガを助けた時、お母様から言われたからとか、言いつけを守れたとか、そういうんじゃなくて。

 ただ助けたかった。そして誰かを助けるのは気持ちよかった。


 友達なら、特にそうだった。


「マルガ……ごめん、アタシ確かにすんげーバカだわ。助けてってずっと言いたかったことにも気づけなかった。アタシのこの状況、助けて欲しいよ、マルガ……」

「よろしいです! ちなみにもう終わってますわ!」

「……は?」


 終わってるって、どういうことよ? まるで………………ん? リオとフローラが頭を掻いて、サーリアが苦笑いしている。


 ……もしかして……!


「ま、マルガ! さてはあんた! アタシに確認する前に爵位とりつけちゃったわね!」

「ええ! のろまルナもといルナ王女に、ドルガン以上に言葉を畳みかけて伯爵の地位をエルヴァーン家含めて取り付けてきましたわ」

「の、のろま……ていうかドルガン以上って……」


 アタシは、サーリアを見た。サーリアは…………目を逸らした。ま、マルガ……! あんたマジで言ったの!?


「ちなみにボロクソに罵った結果、そっちのリオ様とフローラさんに王女を跪かせることに成功しましたわ! 見てて最高の気分でしたわぁオーッホッホッホ!」

「はああああああーーーー!? あんた、ほんっと滅茶苦茶ね! 下手したら死ぬところじゃない!」

「無茶苦茶! 当ッ然ですわ! なんといってもッ! バカで間抜けで脳みそまで筋肉で出来ていて! 下手したら死ぬようなことを! 私の、わたくしの心配をよそに! 何度も! 何度も! 何度も何度も何度もやってきたあなたの友人なんですから!」

「……」


 ……うん、ダメだ。こいつに舌戦を挑むのは、ただの馬鹿だ。

 勝てない。


「……はぁ。つまりもうアタシも、そっちのみんなも、爵位持ちと……」

「そういうことです」

「……えっ、と、じゃあ、その……サーリアの事情を知っているというのは」

「はい。それがわからないということですので、もう一度わたくしがあなたのことをボロクソに怒鳴り散らして叩いて差し上げます」

「……手加減してくれると嬉しいわ……」

「善処します」


 ……手加減、されないなこれ。マジで覚悟しよう。


「あなた、もしルナ王女に会った時に、わたくしが跪くので、あなたは腕組んで立ってろって言われたら、やります?」

「いやいや、絶対やらないっていうかやりたくないわよ……」

「そうですわよね」


 うんうんとマルガが頷いて……青筋を立てて威圧を放った。


「……ッ!」

「あなた、サーリアさんの何を見てきましたの?」

「なに……って……」

「あなた、サーリアさんはあなたにとって、何ですの?」

「……メイド、よ……専属の……」

「そう! メイド!」


 マルガは叫んで立ち上がった。


「あなたがどんなに友達感覚でも! サーリアさんが友達感覚でも! メイドです! 部下です下働きです主人と従者です!

 しかも、あなたはその命の恩人の娘であり、あなた自身も恩人なのです!


 サーリアさんともあろう方が! 王女も平民も文字通り分け隔て無く治してしまうような心優しいサーリアさんが! 恩人の娘であるあなたに初恋を叶えてもらったとして! あなたがメソメソ卑屈に泣いている姿の世話をしながら夜はアレス殿に抱かれるような心臓に毛が生えたクズ女だと思っているのですかああ!?」

「……あ……」

「あなたはサーリアさんのことを考えているようで! その実サーリアさんの気持ちになど全ッ然寄り添えてなどいない! そんなことも! わからないから! ばかフレイは、ばかフレイなのです!

 サーリアさんを幸せにしたいなら! 心から幸せにしたいなら! サーリアさんの心にしこりが残るようではいけない!


 まずは! あなたが! 先に幸せにならなければ!

 サーリアさんは一生心から幸せになれないのはよっぽどの馬鹿でもないかぎり分かりますわ!

 ここにその馬鹿がいますけどね!」


 マルガは、そう言い終わり、威圧を外して再び座った……。


 ……。


 ……。ダメだ。今のは、マジで効いた……。……アタシ、ちょっと泣いてる……。


「……ごめん……ごめんマルガ」

「謝るのはわたくしではないでしょう!?」

「……サーリア……アタシ……」


 アタシは、サーリアを見た。サーリアも少し涙目になりながらも、ちょっと頭を掻いていた。


「ええっと……うん、そういうこと……なんだけど、ほんとマルガレータ様容赦ないから、私からは何も言わないよ」

「うん……ありがと……」


 はぁ……アタシ、まいったな……ほんと何もわかってなかった。さすが、最高の友達だよ。完全にやられた、ようやくサーリアの気持ちがわかった。




「ひょえーすごい、マルガレータ様すっごいかっちょいい……フレイちゃんが形無しだあ……」


 フローラの暢気な声が届く。


「あ、そんじゃ次は私が言っていいよね」

「ええ、どうぞ」

「はい。それじゃフレイ」


 アタシは、再び会話相手がフローラになったのを確認する。


「私はね、リオと恋仲にしてくれたフレイのこと、すっごいすっごい好きだよ」

「ん、ありがと。アタシもフローラのことマジで頼りにしてるわ」

「えっへへへ。そんでね、私はね」




「私はね、ずっとフレイに嫉妬してたの」




 ……。


 ……は? フローラが?


 この、女性が理想とする要素、男の願望を全部詰め込んだようなフローラが、アタシに嫉妬?


「何かの間違いなんじゃないの?」

「ううん、私は、フレイに嫉妬した。フレイだけに嫉妬した」


 フローラは、真剣な顔になった。


「アタシに……どうして?」

「本当は、気付かれる危険性があったの」

「気付かれる、って何に?」

「リオがフローラではなくフレイの方を求めている可能性」


——————え?


 リオが、フローラより、アタシを?


 リオを見る。リオは驚いた顔でフローラを見て、そしてアタシを見て……首を傾げた。……リオ自身が、否定している。

 そりゃそうよね。


「リオ、否定してるわよ」

「理性はね」

「……は?」

「本能は、フレイが欲しくてたまらない」


 意味が分からない。


「ヒントは、ネトさん」


 ……ここにきて、知らない名前が出てきたんですけど……。




「私は、結構いろんなこと、リオと一緒にやったの。おいしいもの食べたり、お酒……は一緒にはダメだったけど、装飾品を見て回り、ペンダントを買ってもらったり、新しい杖を買ってもらったり」

「……」


 分かってはいたけど。

 改めて表明されるとキツイわね、アタシのいなかった二人だけの時間。


「二人でね、ばーんと敵を倒して、ぱーっと稼いで、そしていろんなところへ行った。リオはたくさんの本を買った」

「……」

「順調に成績を伸ばして、ちょっと遊んで。そんな時間が2年ほど続いた」


 ……。


「そして、嵌ったものといえば、演劇を見に行ったりもしたわけだよ」

「うん」

「いろんな舞台の中でリオが気に入った舞台があってね。台本での略称ネトさん……エルネスト王子の劇」

「……それは……」


 忘れもしない。

 王子様と、お姫様と、女騎士。

 リオと、フローラと、アタシ。


 お姫様と結ばれる、劇。


 なんなのよ。

 なんなのよ……!


「なんで、今その話をアタシにするの……! お姫様と結ばれてハッピーエンドじゃない! アタシは、アタシはその劇を見て、自分は女騎士だと思ったわよ! 二人の後ろを最後までついていく悲恋の女騎士でもいいって!」


 アタシは頭に来て叫んだ。叫んだら……フローラは。


 フローラは、怒っている顔になった。


「……な……によ……」

「フレイ、私は今嫉妬で暴走してしまいそうなの。お願い、黙って聞いて」

「……わかったわ……」


 フローラのあまりの迫力に、アタシは座った。


「……。……『エルネスト王子の選択』。その演劇内容は基本的な恋愛ものとは違い、二人の間で揺れ動くも、その対象が貴族ではなく王子より強い女騎士という先進的なところが、脚光を浴びた。戦う女性が恋愛対象になるお話。まあお話も敵役も、役者さんもよかったからの人気だけどね」


 もちろん、知っている。人気だから両親はたまの外出で見に行ったのだ。

 演劇を見に行ったのは、あれが最初で最後。


「……でも、ね。作者は先進的だった。本当に、あまりに先進的だった『エルネスト王子の選択Ⅱ』が来て、前評判は一気に議論の大荒れと変わった」

「議論の、大荒れ?」

「そう。劇の話は素晴らしく、役者は上手く、劇伴も極上。……にもかかわらず、賛否両論の出来となった。でもね、好みが真っ二つに分かれるのは当然なんだよ。だって————




————エルネスト王子は、女騎士と結ばれるから」




 ……。


 …………。


 あの時、リオは、何と言った?




————どちらもいいよ。


————でも、敢えて言うなら。


————好きなのは、2。




 ああ、ああ……! そういうことだったの……!


 最初から。最初からフローラはこの答えを知っていた。




「私は! 私は世界一の美形のパパと世界一の美人のママの娘! 私は、私は自分が世界一かわいいと、世界一美人に産んでくれたとパパとママに感謝してる!」


「世界一の魔力を持って産んでもらった! 英雄譚に出てくるような剣士は諦めてでも、世界一の魔術師になろうとした!」


「そしてかわいい女の子になった! 可愛い女の子として頑張った!」


「猫かぶり扱いで友達がいなくなっても! リオ一人を選んだ!」


「でも、でも……!」




「……好きな、男の子の……好み、じゃ……なかったなんて…………好みの女の子が、また現れて…………こんなに、強くて、いい子で……リオの理想通りなんて……怖かったんだよぉ〜っ…………ふえぇぇ〜ん……」




 フローラは、子供のように泣き出してしまった。


 ……。アタシは。

 アタシは、なんて。

 なんて馬鹿で、愚かなんだ。


 世界一の美少女フローラ。

 世界一の魔力を持って、アタシより先に努力を始めて。

 ずっとリオに寄り添って、努力してきた女の子。


 アタシは。

 産まれた時から貴族だった。

 お父様から剣を教えてもらった。

 お母様から魔術を教えてもらった。

 公爵令嬢の友達ができた。

 魔術を教えてもらった。


 家の危機はマルガに救ってもらった。

 殺しかけたのに、許してもらえた。

 殺しかけたのに、殺されず助けられた。


 剣術は、パーティにぴったりはまった。

 魔術は、団の穴を埋めるようにはまった。

 祖母の命は、生き返らせてもらった。

 母の心も救ってもらった。


 フローラが恋人になれたと思ったら。

 この子は独占したいなんて言っておいて、

 アタシのために王女まで会いに行った。

 爵位を無理矢理にでも取り付けて。

 側室をアタシに勧めている。


 そしてアタシは。

 何も自分を選ばなくても。

 最初からリオの好みのタイプだった。

 それを。

 フローラから伝えられた。




 なんてこった。

 だせえ。

 くそだせえ!


 こんなの、隣の芝生は青いなんて生易しいものじゃない!




 アタシはずっと……最初から! 一番恵まれていた……!




 そんなことにも気付かず、フローラを羨ましい羨ましいと! 勝てないと馬鹿みたいに泣き叫んで敵わないと勝手に悲嘆に暮れて!

 そして、今のアタシは、そのリオを勝ち取ったフローラが頑張って、リオが、アタシの一番が、向こうからやってきたのを待っていただけ……!


 涙が出るほど恵まれた人生。

 穴があったら入りたいほど受け身な恋愛。

 どこまでもお人好しすぎる恵まれた友人達。




 もう、黙っているなんて耐えられない。


「リオ!」

「うん」

「アタシこんなにやってもらって、まだ待つなんて、できない! できるはずない! 聞いてリオ!」

「わかった」


「アタシは、12歳の頃から、あんたが王子様だった! ずっとずっと好きだった! 好きだったのを絶対言わないなんて自分の中で気取って!

 でも結局、諦めきれていないのも完全に読まれちゃって! しかも自分のメイドの気持ちにまで気づけない始末! もう、自分がダサすぎて、かっこ悪すぎて、嫌になるけど! でも、もう逃げない!

 アタシ、リオと結ばれない人生なんて耐えられないぐらい今もリオが好きなの!


 ガサツででかくて筋肉質な女だけど! アタシ、あなたをアタシのものにしたい!」


 ……。


 あれ? みんなこっちを向いて驚いて……。


————あっ!?


「あっ、違、あなたのものになりたいって意味で……」

「……は、はは……まいったな、最後の最後に、フレイって感じだ」

「わ、笑わないでよ!」

「いや、嬉しいよ。僕もやっぱり……フレイは誰にも渡したくない」


 ……!


「ホントに……アタシで、いいの?」

「言われて気付いたけど確かにフレイってタイプなんだ。普通の女の子より、強くてかっこいい女の子の方が好きなんだろうね」

「フローラは……」

「逆に、フローラが決してタイプの方じゃなかったとして、好きにならない男がいるかどうか聞いてみたいんだけど」

「……そのとおりだわ……」

「でもフローラもやっぱり僕のタイプというか。何かフローラも勘違いしちゃってるけど、別に女騎士だけ好きってわけじゃないからね」

「アタシもそう思う。でも、ま……自分の体って好きじゃなかったけど、今生まれて一番自分の体が好きになったわ」

「よかった。正直……こんなにわがままなこと、生まれて初めてだけど。フレイが他の人のところへ行ってしまうなんて、やっぱり耐えられないんだ。いつも一緒だったから、こんなに好きだったことにも気づけないなんてね」

「それは、アタシが気づかせないようにがんばってたから」

「ははっ、フレイらしいね」


 ……。


 ……ああ、どうしよ、今普通に会話しちゃってるけど。

 アタシ、リオと両思いになった。なっちゃったのよね。


 ああ……ああ…………!

 もう、もう言葉が、なんて表現したらいいのか、わからない。

 ただただ嬉しい。

 ただただ幸せ。

 幸せで。

 ずっと望んでいて。

 アタシでは絶対無理だと思っていて————


———フローラが、アタシのそばにきて、抱きついて胸に顔を埋めてきた。


「やっとてにいれた……」

「フローラ……?」

「やっと、ずっと一緒にいていい友達を手に入れた」

「あ……」


「怖かったの。離れるのが、ずっと怖くて……フレイがソロに戻ったら、また一緒にケーキを買いに行ってくれる女の子がいない。一緒に女子だけで集まれるエルヴァーンのみんなとも会えない」

「フローラ、あんたは……」

「男の子のことで争って私を嫌ったりしない女の子。私の力に引け目を感じないほど強い女の子。私を頼りにしてくれて、対等に私が頼れるほど強い女の子。

 初恋を譲る決断をしちゃうぐらい優しい女の子。

 友達。女の子の友達。ずっといっしょにいていい友達。

 何年も、何年もずっと欲しかった。

 離れるかと思った……でも」


 フローラの、晴れやかな顔がアタシの目で花開く。


「もう、どこにもいかないよね」

「ん」

「フレイ、私からのお願い。ずっと一緒にいて」

「アタシからもそうお願いするわ。ありがとね、幸せすぎてアタシ、まだ現実感ないわ、さすがアタシらのリーダーよ」


 アタシは、フローラの髪を優しく梳いた。「えへへ……」とフローラは目を細めて、アタシの手に身をゆだねていた。




「はいはい」


 パン、と手を叩いてこういう空気を切り替えちゃうのは、やはりこの女。


「なによマルガ、今めっちゃいいとこじゃん」

「終わりではないですわ!」

「なにがよ」

「ちょっとせっかくですので、わたくしが立ち回りたいのです」

「どういうことよ」

「秘密ですわ!」


 なんだか、急に曖昧なことを言い出すマルガ。


「わたくし、これから少し用事ができましたので、また後ほど依頼いたします。ああ、サーリアさんはもう遅い上に一日空けたのですぐエルヴァーンの屋敷へお帰りになってくださいませ」

「そうですね、フレイのこと、安心できましたし。わかりました。それではフローラさん、今回は本当にありがとうございました」

「ううん、私の方こそ! 今めっちゃ幸せだよ!」

「よかった、大団円ですね!」


 サーリアは、席を立ってマルガと一緒に外へ出た。馬車へ乗ってすぐ帰るらしい。


 ……。




 ……と思ったら、マルガだけさらりと帰ってきた。


「というわけで」

「……なによ」

「わかりませんの?」

「わかんないわよ!」

「では……」


 マルガは、アタシたちの前で、それを宣言した。




「これより、サーリアさんの結婚式の計画を立てます」

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