だから、それ以上の結末を求める。
私は、昔から自分が、何かちょっと、人とは違うのかなーって思うことがある。
ぼんやりと言うと。
ホントに人間なのかなー、とか。
私はね、昔っから英雄譚が大好き。かっこいいヒーローに憧れるのだ。パパも、ママも、かっこいい英雄が好きだったから、私もきっと、それが移ったのだと思う。
パパとママは、無理だと思うけど、できることならなれたらいいなって思って読んでたみたい。一度、自分は絶対に無理だと断言されたことがある。
なんでかはわからなかった。
私も憧れていた。なりたいって、思った。
私はそのことを伝えた。パパとママがダメなら、私が英雄譚の登場人物になる! って。そしたらパパとママは言ってくれたのだ。
「僕らは不可能でも、フローラちゃんなら」
「フローラちゃんはぁ、奇跡の娘だからねぇ」
「できるよ」「できるわよぉ」
その言葉を聞いた。
それからだ、なりたいと思うようになったのは。
私は、英雄譚が好き。
その主人公の、英雄の物語が好き。
フレイのことを、主人公タイプ、と言った。
主人公タイプの特徴はいろいろある。
誰かのピンチのタイミングで助けに入ることが出来る。
誰かにピンチにされたときに助けに来る仲間がいる。
負けても必ずリベンジのチャンスが来る。
成長物語がちゃんとしていて、ちゃんと弱者から強者になる。
他には。
異性の存在が必ずいるんだ。
具体的に言うと。
その異性を助けることが出来る。
その異性に助けられることがある。
そして。
異性の恋心になかなか気づけない。
異性に恋してるのか自分でも分かってない。
もうひとつ。
異性の好意の発言を聞き逃しやすい。
———俗称、難聴主人公属性。
私は、昔から特徴がある。
『うーん、彼女は強いかなと思って期待していましたけど、まあそこそこですかね』
本来は、絶対に生徒に聞こえちゃいけない声だ。
『しないしっていうかそもそも僕は君の魔術威力最初から知ってるし、…………ていうか君の見た目でそんなひどいあだ名つける男子とか絶対いないと思うよ』
リオからの好意が完璧に伝わってしまう声だ。
『「流血がひどい」「息があるか」「壁が溶けてる」「炭になってないのが奇跡だ」』
あの時は頭に血が上っていたから気付かなかったけど。
コロシアムの客席から聞こえた、試合場のヒーラーと審判の声だ。
「これはお嬢様もご執心なさるわけだ」
ソニアにとってのお嬢様はフレイ、そしてフレイの対象がリオ。あの時は、ただの協力者としてと思っていた。今はもちろん、恋の応援ということがわかる。
「孫に幸せにしてもらうと、やっぱ孫のこと、当然世界一……好きになるわな………………でも孫を応援したいのに……結局孫と同じぐらいフローラちゃんも世界一好きになってもうたな……」
かわいいソニア。これも、今思い出すと、フレイの恋を応援するか迷っている発言だ。
……。
……ここまでは、いいの。
まだ、小声を私が聞き取れたってだけで済む。
でも。
トレント討伐の時に、それに気付いた。
「ねーちゃんつよいんか?」
「うーん、強いと思うわよ」
「あんたも、あんたのパパも、まとめて守ってあげる」
…………。
……全て、聞こえた。
異常すぎた。明らかに、私の指より小さく見えるフレイと少年の声が全部聞こえていた。他の人達がどれぐらいで聞こえなくなるか、なんてわからないけど。
とても自分の耳が人間の耳とは思えない。フレイの心の温かさを求めてひっついたけど、心が不安で寒かったのが本音。
私は地獄耳。誰より高性能なスーパー地獄耳。
その名の通り、地獄の者の耳。
悪魔が、人の弱みにつけこむために習得した固有能力。
そのための、異常に発達した聴覚。
誰よりも沢山読んだ私だからわかる。
どう考えても。
私は英雄譚の主人公じゃなかった。
———でも。
だから。
そんな私だから。
「……ちょっと愛の告白を盗み聞きするつもりがとんでもない秘密を知ってしまった……ていうかこうやって聞くとこの3人のパーティの中だとアタシ地味よね……ちくしょーうらやましいなー……」
そんな……私、だから……!
「アタシ、どんな顔して付き合っていこうかな……またソロ……には、戻れるわけないわよね……」
私にしかできないことを、する……!
今更ソロになんてさせてあげない!
「……でも、これは、ソニアのお礼。等価交換。人生と人生の等価交換。巨大チョコケーキなんて割に合わないものじゃない、等価交換。ソニアの命の代わりに、お母様の笑顔の代わりに…………リオを、アタシの初恋を譲る、等価交換」
————この発言は。
私の中で、絶対に許せないものとなった。
「……これで、一緒だね……サーリア……」
そんなにサーリアと一緒がいいなら……
……私がまとめて二人ともなんとかしてみせる!
主人公タイプのフレイに、リオの姫の座を譲って貰った!
でも、私は英雄譚が好きなの!
英雄のフレイに……英雄譚の主人公に、恋を諦めさせる原因となるような、そんな女にはなりたくないの!
私は……この団の問題に向き合う!
私は……私は『雪花魔術団』のリーダー、フローラ!
主人公タイプじゃなくてもいい!
ヒロインタイプじゃなくてもいい!
でも、そんな二人のリーダーのフローラ!
Sランクの……人間! 人間のフローラ!
英雄譚に登場するにはあまりに過剰な能力を持った私が!
どんな手を使ってでも!
どんな手を使ってでもっ!
パーティメンバーの問題を、私が全部解決してみせるっ!
-
「ってわけでサーリアさん、すっごい権力者の友達とかいない? 例えば王様にぱぱっと大公にしてね、はーと。みたいな手紙を送っておしまいとか」
「できるわけないじゃないですか……」
完全に呆れられた。まあそうだよねー。
「フローラは、真面目なのか真面目じゃないのかわからないけど、でも雪花魔術団を解散させるというのは……」
「ねえリオ」
「うん?」
「もし私が、四人目のパーティメンバーの男、例えばマイルズと結婚してマイルズが団に入ったら、一緒の団で協力できる?」
「————それ、は……」
私は想像する。リオと、フレイ以外の女。例えば優しくて家事の上手いアマンダさんが結婚して団に入る。シェリーさんが紅茶仲間で結婚して、団に入る。私の目の前で紅茶談義でいちゃついて、私が蚊帳の外になる。
……うん、きつい。想像するだけできつい。
「無理だ、ちょっと心が耐えられないよ」
「あはは、私も同じだよ……そう、耐えられない。リオが、別の女性となんて耐えられない。でも、多分ね、フレイとリオだと耐えられるの私」
「……そうなの?」
「多分ね。……そして、耐え続けた結果そのまま闇魔術を暴走させるか団を自然に抜けるか、どっちかすると思う」
「……」
本音。多分ね、自分で思った以上に自分のことを冷静に保つことが出来ない。今そうなってないだけで、大丈夫なんて言い切れない。
「……言いたいことが分かったよ。つまりフレイは、今は大丈夫だけど、将来的に雪花を抜ける危険性があるんだね」
「そういうこと。だから解散する、じゃなくて自然解散してしまう、が正しい。遅ければ遅いほどまずい……だけど、まだ抜けない。フレイは「今更ソロは無理だよね」ってつぶやいたってところ」
「ねえ、フローラ」
「うん?」
私はリオがこちらを見て、少し考えるようにしているのを気にしていた。
「リオ、言いたいことがあるならなんでも言っていいよ」
「じゃあ言うけど、つぶやいた……って、いつ聞いたの?」
「告白直後の窓の外の声を、部屋の中から」
リオは驚いたようだった。そりゃそうだよね。
「……フローラは、フレイが窓の外からこっそり聞いていたのに気付いていたのか……でも、どうして聞こえたの?」
「ねえ、昔私がゴリラ女とか言った時、私の見た目でゴリラ女と呼ぶ男とかいないと思うよって呟いたの、覚えてる?」
「お、覚えてるかな……ああ、あった気がする……。でも、そんなこと、聞かれるはずが…………あっ」
さすがのリオは、その能力に思い当たったみたいだ。
「耳が、いい……地獄耳系の能力?」
「はい当たりー! リオは話が早くて助かるよ」
「……なるほど……じゃあサーリアさんと一緒というのも」
「なんだかそんなつぶやきしてたから、きっと英雄譚におけるキーキャラがサーリアさんなんだろうなって思って」
私はリオに一通り話すと、隣で聞いていたサーリアさんが驚いていた。
「……窓の外の小声を全部聞いた、ですか……」
「ソニアちゃんとか、自分のことを幸せにしてもらったら孫のことが世界一好きになるって言った後に、フローラのことも一番好きになっちゃったとか言ったんだよ、やっぱりかわいいよねー」
「……あ、あのソニアさんのボソボソしたつぶやき全部聞こえてたんですか……? ああ、だからフィリスちゃんの耳触ってたのに、ソニアさんの耳を触りに行ったんですね……なんで急にと思ったら……」
「そのとおり!」
うーん、みんな記憶力いいね! それ言ってる私も超いいけどね! でも学園の勉強はまっったくダメダメだったけどねー!
「まあそんなわけで、サーリアさん、何かアテあります?」
「そう、ですね……もう一度私が頼るのは心苦しいですが。こういう時は、やはり、あの御方に頼るしかありません」
「あの御方! 誰かな!」
「それはもちろん」
サーリアさんは、立ち止まって私とリオの顔を見た。
「エルヴァーンの危機を救った我らが英雄であり、フレイの最初の友達、フレイはマルガと呼ぶ方。……マルガレータ・グランドフォレスト公爵令嬢です」
-
グランドフォレストの屋敷に来ると、門番さんがいて、人づてにメイドさんが門まで来た。
「突然の訪問申し訳ございません。マルガレータ様へ、フレイの専属メイド、サーリアと……フレイの冒険者パーティが来たとお伝えできませんか?」
「かしこまりました、少々お待ち下さい」
……。
……メイドが入ってからしばらくして……その屋敷の門までヒールでなんとか走ってくる紫の髪の美女が、息を切らせて現れた。
「はー、はー、ああもうのろまなメイドね、なにをのんびりと私の部屋まで歩いてきていたのよ!」
「も、申し訳ありません!」
「まあいいわ、さすがにこの客人は予想外だものね……さて」
その、すっげー背が高くてめちゃんこかっちょいい、フレイより迫力のある御方が、フレイのお友達らしい。
「ひょえーかっちょいい! めっちゃお嬢様感すごい、この人おともだちって、ほんとに貴族なんだなーフレイって」
「……もしかして、あなたがフローラさんでいらっしゃいますか?」
「えっ!? あっ私のこと知ってます?」
「ええ、今飛ぶ鳥を落とす勢いと評判の、フローラさんと、レナードさんと、フレイの三人といえば、フレイの友達であればもちろんのこと、多少情報を収集していると耳に入るものですわ。AAAでいらっしゃるとか」
なんてこった、ほんもののやり手って感じの貴族様だった。まさかただのメンバーである私たちまで含めて、そこまで情報収集をしているとは。
でも、ちょーっと違うね!
「ふっふっふ、公爵様でもやっぱり情報は一日では伝わらないみたいですね!」
「……あら、何か私の知らない情報でも?」
「雪花魔術団は! 昨日付でSランクでっす!」
私は自信満々に胸を張る! 正面のスーパー美人さんに負けないように! でも背丈と独特の貴族様オーラでちょっと迫力負けしちゃう!
「……S、Sということは、フレイも、Sですか……?」
「もちろん!」
堂々宣言すると、マルガレータさんも口元を緩めた。
「……なるほど、本当のようですね。とりあえず中へお入り下さい。そこのあなた、客人は私がサロンまで案内します。長くなりそうですので紅茶と、茶菓子の準備をなさい」
「かしこまりました、お嬢様」
「お待たせしました、それではサーリアさん、フローラさん、レナード様、こちらへ」
「僕はリオと呼んで下さい、そちらの方が呼ばれ慣れていますから」
「わかりました、ではリオ様」
「はい」
そうして私たちは門をくぐって公爵様の敷地内に入ったのだった。
えーと。一言言いますね。
ひろーーーーーーーい!
えっ、この中に私の家何個入っちゃうんだろ。敷地がもう、庭園というか、門から既に新しい国が始まったみたい! やっばい! ちょっと待ってこれホントに自宅!?
「まったく、大きいばかりで客人を待たせてしまう厄介な屋敷ですわ。屋敷に入ってからサロンまではすぐなので安心してくださいね」
「いえいえ! なんかもー楽しいです! グラフォレ屋敷めっちゃ綺麗!」
「ふふふ……話には聞いていましたが、本当に可愛らしい方ですね、これがSランクのリーダーだというのだから驚きます。……あなたも、これでは大変でしょう?」
「いやあお恥ずかしながら……僕としては、指示がしやすくはあるので助かってはいますが……ちょっと暴走しやすいというか……」
マルガレータさんは、リオに話しかけていた。なんだか、本当に話す姿全てがかっこいいって感じで、フレイの友人と言われても、まーったくぴんとこない。かっこよすぎるんだもん。
「ちなみにここから屋敷までが一部で、屋敷の向こうに見える山が全部私の自宅の敷地ですわ」
「え」
えええええ〜〜〜〜〜っ!?
-
「さて、お話を聞きましょう」
屋敷に入った。エルヴァーンより数倍大きいけど、庭ほどではなくて安心した……っていうかでかすぎた……さすがほんものの公爵様……。
「えーっと、じゃあ単刀直入に言いますね」
「ええ」
「さくっと私たち伯爵らあたりにしてくれません?」
左のサーリアと、右のリオが、ものすっごい勢いで首を向けて目を見開いた。そんな顔で見ても止めないよ、なぜなら今の私はスーパーリーダーの、スーパーフローラちゃんだからね!
「……明るいだけでなく破天荒とは聞いておりましたが、なんというか……このわたくしがここまで圧されてしまうなんて思っていませんでした」
「えへへ、ダメかなー?」
「功績から言って不可能ではないと思いますが、理由を聞いても?」
「———フレイがこのままでは初恋を諦めた上で冒険者を辞めます。私が、彼女に初恋を譲ってもらったからです」
私は、そのことは真顔で言った。マルガレータさんは、一瞬目を見開くと……少しずつ目を険しくした。隣でリオが、少し顔を顰めている。あっサーリアさんも。……どうしたんだろ。
「———……。……?」
あれ。マルガレータさんが、少し首をかしげた。と思ったらリオが「っはぁ! はぁ……」と息を切らせた。サーリアさんも額から汗を出していた。
「どったのリオ?」
「……今の……今の『威圧』が、フローラは何も感じなかったの……?」
「いあつ? 威圧感ある睨みだったけど……」
今度は私が首をかしげていると、正面のマルガレータさんが逆方向に首をかしげた。私もくいくい首を左右に傾ける。ちょっとたのしい!
「……ふふ、参りました。これはバカではない、本物の大物ですね……」
「えへへーそれほどでもー」
「ええ、褒めていますよ、その反応でいいです。しかし……何故あなたがその話を私に?」
「えっと、伯爵にしてほしいって言った時点で分かりませんか?」
マルガレータさんは、「ああ」と呟いて、格好を崩した。
「それをあなたから言うということは、あなたの中でもう整理がついていると」
「ぶっちゃけ隣のリオの整理がついてないと思います!」
「……本当に苦労なさってそうですね、リオ様は……」
「ははは……この上で酒癖の悪さが重なって大変です……でも、フローラのことは信じているし、たまには彼女に決定権を譲りたいんです」
「……。……本当に、二人の仲はよろしいのですね。その上で勝手に卑屈に諦めているフレイのバカを救ってあげたい。なるほど——
———いいでしょう、このマルガレータ、あなたの突き抜けたバカすぎるお人好し加減に付き合ってさしあげましょう!」
さすがフレイの友達! マルガレータさん、めーっちゃいい人! やったね!
「それでは、話を詰めていきましょう———」
……。
……。
「————なるほど、あなたのお話わかりました」
マルガレータさんは、少し余裕を持った笑みをしつつ、リオを見た。
「それにしても……あなた」
「え、僕ですか?」
「あなた、頭はいいけど、平民なのにノブレス・オブリージュが染みついててバカですわねー」
「……え、え?」
すごい、リオをバカ呼ばわりした人、初めて見た。
「まあいいですわ」
「はあ……」
「この話、私が独断で動いてもいいですが……もっと強固にするためには持っていく先があります。本来ならば難しいですが……ここのサーリアさんがいれば確実です」
「え、え、私ですか?」
「はい。それでは今日はもう遅いので明日、この4人で向かいます」
「向かうって、どこへです?」
「それはもちろん、私より上です」
マルガレータさんは、上を指差した。
「ルナ王女です。無理矢理にでも時間を作ってもらいましょう」
-
公爵の屋敷、ちょーすごかった! ちょーすごかった! ディナーがもうすっごい! あとお酒! 頼んだらいくらでも出てきたの! しかもめっちゃいいやつ!
公爵様めっちゃいいひと!
「お父様がコレクションしてらっしゃるけれど、私含めて子供が飲まないのでちょっといじけていましたから、フローラさんがあれだけ楽しく飲んで下さってよかったですわ」
「わーい! 飲ませてもらった上にお礼まで言ってもらえるなんて幸せすぎー!」
「ふふ……これから王女と会うのに、緊張感がなさ過ぎて微笑ましいですわ。いいですわね、あなた」
そう言うマルガレータさんも、馬車の中で優雅に笑ってらっしゃる。うわーっ扇子使ってフフフってやる人始めてみた! これが貴族だよ、フレイも見習って!
……フレイで想像したけど、やっぱ全然似合わないからナシだね!
公爵の門の時よりいかつそうな門番さんが、ぴりぴりっとした雰囲気を出していた。
「昨日話を通したマルガレータ・グランドフォレストですわ。ルナ王女と会う約束をしています」
「はい、了解しました。門の中へ」
さすがマルガレータさん、さくさくっとお城の中に入れてもらえた。うおお憧れのお城! 隣を見ると、リオもサーリアさんも緊張している。
「フローラは終始楽しそうでいいね……僕は緊張で胃が痛いよ」
「だってだって! すっごい綺麗なんだもん! きゃーっあのシャンデリアめっちゃきれい!」
「ああ、もっと静かに……!」
指差してぴょんぴょんしてると、周りで歩いている人からちょっと注目浴びちゃった。これは……あっ、これはしまった、おっぱい見られてる!
私はいそいそと大人しいフローラちゃんへ戻った。すぐに待機用の部屋に入れられて、謁見まで待つことになった。
「えーっと、それで……どうすればいいかな? 私たち」
「ああ、別に何もしなくていいですわ」
「……何もしなくても?」
「いるだけで問題ございません。あとは……わたくしひとりで立ち回れば全てが上手くいくと思いますわ」
リオも目を白黒させている。えっと、相手は王女様なんだよね……?
そう思っていると、サーリアさんがこちらを見て言った。
「あ、大丈夫だと思いますよ」
「……そーなの?」
「マルガレータ様は、なんというか……凄い、ですから」
慎重派っぽいサーリアさんがそこまで言うのなら……信じてみよう! マルガレータ・グランドフォレストさんのスーパー公爵令嬢パワーを!
……と思っていたら、ドアが開いた。お呼びのメイドが……。
「マルガレータ、お待たせしたわね。この年齢になると政略結婚のための貴族の話がねちっこくて」
「いいですわルナ様、我々も先ほど着いたところですの。その辺の話も、また今度聞きますわね」
……え?
「今……ルナ様って……」
「そうです、こちらの方がルナ王女ですわ」
「……えーーーっ!」
る、ルナ王女! 本物のルナ王女だ! うっわめっちゃ美人! 金髪青目の美人さん、もう20越えてるって話だけど全然、もうかわいい系なの!
「か、かわいいーーっ! ルナ様めっちゃかわいい!」
「まあまあ……今日の元気なお客人は…………お客人の方も、物凄い美人というか、とてつもなく可愛いですね……それに、でかロールより大きい……」
「えへん! でかいです!」
私は胸を張って揺らした! ……あっ、ルナ王女、両手を口に当てた。そうだよね、そうだよね。これを聞こえてるはずないからちょっと顔青くしちゃうよね。
私は近寄って小声で言った。
「ちょっと耳がいいので。言いませんから」
「……すみません、そうしていただけると……」
マルガレータさんが首を傾げたけど、これは秘密だよ! でも、でかロールってどういう意味だろ、確かに体も胸もおっきいけど……。
「さて、ルナ様。今日はお願いに上がりました」
「あなたが急いで来たということは緊急の案件でしょう、謁見の間はとても使えません。父上や宰相には悪いですが……私が個人的に聞きに来ました」
「あっあっ、えーっといいですか?」
「おや、お客人……」
「フローラです!」
「ではフローラさん、何か?」
「ドアに聞き耳を立てている年上っぽい人と、そっちの裏にいる護衛っぽい二人は聞かせちゃってオッケーなの?」
…………。あっ、まずったかな。王女の顔が真顔になった。
「……お伝えいただきありがとうございます。あまり聞かれたくはないですね……」
「でしたら、この部屋の声を外に漏らさないようにする隠密系の風魔術を使いましょう。それでいかがでしょうか」
「あなたは……」
「レナード……皆はリオと呼びます」
「ではリオさん、お願いできるかしら」
「はい」
「あっランス家のとこでやったやつ?」
「そうだよフローラ」
「……ロールの護衛なの……? 優秀、ね……」
リオの魔術、これマイルズさんの時以来だね! あと王女は小声、全部聞こえちゃってるよ!
「……さて。それではマルガレータ、話を」
「ええ、二人の仲むつまじい相思相愛の優秀な冒険者さん二人のことはひとまず置いておくとして——
———ルナ王女……もとい、のろまルナが今日も愚鈍なのを見に来ましたわ」
ぴしり。
空気が凍ったのを感じた。さすがに私も今の発言がヤバイことはわかる。リオとサーリアさんは真っ青で震えていた。
「……なんなのでかロール、あなた私に喧嘩売りに、わざわざここまで来たの? 私が、その呼び名、嫌っているのは知っていて、だよね?」
マルガレータさんより背の低いルナ王女がマルガレータさんに歩み寄る。背が低いのに、それだけで迫力がすごい。
リオとサーリアさんは、なんか膝ついてた。ちょっとリアクション大げさじゃない?
……あ、ルナ王女がこっち向いた。
「……?」
ルナ王女が首を傾けた。これマルガレータさんともやったやつだ! 私も首を横にカクカク揺らす! たのしくなってきちゃって笑っちゃう。
「……この、客人……私の威圧が……? なんなの何者なの、普通じゃない……どこか別の国の王女……?」
「ええ、その客人が……あのユリウス討伐を成し遂げた『雪花魔術団』のリーダーですわ」
ルナ王女が目を見開いて私のところに駆け寄る。
「あ、あなたがあの憎きユリウスの討伐を!」
「え? 百合? 誰?」
「違いますわよルナ、実際に手を下したのはエルヴァーンの第三夫人ソニア様。しかしその人が、死にかけたソニア様の命を救ったのです」
「まあ……それは……! ありがとうございます、この場でお礼を」
「えーっと、どういたしまして!」
急な態度の変化にびっくりするけど、話を区切ってマルガレータさんが続く。
「で、ルナ。今その雪花魔術団が解散の危機なのをご存じない?」
「……どういうこと?」
「その前に。あなた、王国の外で延々ケルベロスとヘルハウンドを召喚し続けるエルダーリッチ複数体を、AAA任務扱いで冒険者ギルドに丸投げしたってご存じ?」
「ま、待って、待ってマルガレータ。エルダーリッチなんて王国の聖騎士動員しないといけないじゃない!」
「そうですわねー」
マルガレータさんが、口元に扇子を当てて楽しそうに笑いながら歩く。あまりにも危機感のないその姿に、ルナ王女が再び怒りの形相に変わる。
「今日のあなた、ほんとになんなの? 何がしたいの?」
「だから……のろまルナのことをのろまと罵りに来たのですわ!」
不機嫌な顔を露わにした王女を、今度は上からマルガレータさんが一喝した。
ここから、マルガレータさんの舞台が始まったのだ。
「いいですこと、そんな王国の騎士団が何人死ぬか分からないような任務、こちらのパーティの三人がとっくに解決したのです!」
「な……!?」
「しかも、エルダーリッチを討伐したのは、あの! あのエルヴァーン男爵のご息女、フレイ・エルヴァーンです。雪花魔術団のフレイです!
それだけではありません、あのあなたが大切にしているエルヴァーン領地を襲った黒粘菌毒、エルフの森まで毒が入り、ハーフでない森の中の面々が死にかけている時も、あなたたちは暢気に王国騎士団を待機させて冒険者ギルドへ丸投げしましたわね!?」
「そ、そんな……」
「明らかに強すぎて誰も手を出さなかったそのブラックスライム討伐も、フレイ・エルヴァーンが達成しましたわ! おまけに王国にお礼を言いに来たハイエルフの長を、暢気にあの日新作のケーキを食べていたあなたが代わりにお礼を受け取ったそうじゃないですかあ!?」
「うっ……」
「王国に急に現れたドラゴンも! 帝国領との貴族の争いも! 全部フレイが片付けてしまいました! 未だに男爵令嬢という扱いのフレイがね!」
マルガレータさんは、部屋を動き回りサーリアさんの隣に立った。
「しかもあなたは、絶対にフレイに恩を返さなくてはいけない立場にあるのです!」
「……私、が?」
「サーリアさん! そのヘッドドレスを外しなさい! ……これで分からなければ、あなたの名前は今日からのろまルナではなくクズルナに改名ですわ!」
サーリアさんは、「あ、そっか……」とつぶやくと、居心地が悪そうに、その大きくて特徴的なヘッドドレスを外した。
中から、ハーフエルフの耳が出てきた。
王女様は、何かものすごいものを見ちゃったって感じで、目を開いて震えだした。
「……ああ、ああ……! あなたは……!」
「はい……お久しぶりです、あの時は怪我人だらけだったので、その他大勢のように治療してしまって、今思うと……かなり不敬だったなと……結構雑な対応しちゃって申し訳ありませんでした」
「いえ、いえそんな……! 私が生きているのはあなたのおかげです! のろまな私は、父上の言いつけを守らずお忍びで外に出て、挙げ句に逃げ遅れて……! ずっとあなたにお礼を言いたかったのです!」
「そうですか、よかった……安心しました。どういたしまして、ルナ王女」
なんと、命の恩人だったんだ。サーリアさんすごい!
サーリアさんとルナ王女が穏やかな雰囲気になろうとしていたところで、「はい!」と叫んでマルガレータさんが手を叩いて割り込んだ。
「この子は『エルフの家』のサーリア! 初恋を諦めた女の子ですわ!」
「……初恋、を?」
「想い人がワンエイスエルフと結婚して、クォーター以下の地位を固めるために、自ら身を割かれる思いで身を引いたのです! そしてエルヴァーンの娘に託した!」
「……まさか……」
「そう、あなたの恩人は、フレイ・エルヴァーンの産まれた時からの専属メイド! 主人も従者も揃ってあなたの恩人です!」
「あ……あ……」
「そのフレイは、何て呼ばれているかご存じですか!? 勇者! 光の攻撃魔術を使うSランクの勇者でドラゴンスレイヤーです! ああ、私の友達はなんと誇らしい! 自力で英雄の世界に入っていきました!」
「……」
「ここまで! ここまで頑張って! 友人としてあの子のことが誇らしい上に、わたくし、悔しいぐらいです!」
「だというのに! そのわたくしの友達は! 王国一の勇者で英雄のフレイは! そこの想い人が一緒にSランクになったのに!
自分の貴族の父親に三人の仲睦まじい妻がいるというのに!
その父親が老け込む前に、あなたの命の恩人の初恋を実現するため17歳でSランクになるまで何度も死にかけたというのに!
自分がそれだけ他者に身を捧げたというのに!
あなたの理想に命を捧げたというのに!
未だに! 男が!
平ッ! 民ッ!
だという理由だけで恋人の座をそこの女性に譲って今も部屋に一人きりで泣いているのです! 仲の良い二人を見ていられず団を抜けるかもしれないと、解散の危機にあるのです!
ああもう……喋っていて腹が立ちすぎて、今すぐあなたと陛下をぶん殴りたいですわ!
———さあ、のろまルナ! 私にまだ言い返す気はあるかしら!?」
「…………。……ない、です……」
———圧勝。
マルガレータさんの圧勝だった。
フレイの友達、めっちゃつよい。超かっこいい。王女様がかわいそうになるぐらい、舌戦では全く手も足も出ない感じだった。
ルナ王女は、リオと私の前に来ると……な、なんと! 膝をついてしまった!
「申し訳ありません。まさかここ最近の私の悩みの種を、そして私が悩んで判断を下さなくてはいけないものをあなたたちが解決していたのに、こんな」
「わーっ待って待って! さすがに膝はつかないで! 私めっちゃ居心地悪いよ! かえって迷惑だよ!」
「……はい、わかりました」
ルナ王女は、立ち上がってくれた。さすがに心臓止まるかと思った。
「私の独断で冒険者伯の手続きをします。とてもではないですが、ここまで功績を挙げて爵位も持てなければ、完全に王室そのものが信用されません。冒険者もやる気を無くしてしまいます」
「ってことは、えっと」
「あなたたち三人とも冒険者伯……つまり伯爵という扱いとします。エルヴァーンに関しても、夫人の方にユリウスの討伐をしていただいたのであれば、男爵とはさすがにいきません。本来なら18年前にするべきだった伯爵という扱いにしようと思います」
王女様に、貴族の地位を取り付けた……!
私が、私が伯爵様! Sランクパーティのリーダーで伯爵様!
……やった。やった……!
「やったー! ありがとうルナ様! 大好き!」
私はたまらず王女様に抱きついた。
「わ、わっ! もう、明るくて可愛らしい方ですね……っていうかでっか……」
ルナ王女、ちょっと素の声が出ちゃってるのも、かわいい。私が綺麗でかわいらしいルナ様のこと大好きになったのは当然だよね。
「はいはいフローラさん、ここで結末ではないでしょう?」
「あっそうだね!」
私は、王女様から離れて、マルガレータさんのところまで行った。
「それではルナ王女、今日は突然で失礼いたしました。少し気が乗りすぎてしまいましたが、わたくし、あなたのことはやはり気に入っていますから」
「ええ、もちろんですマルガレータ。ていうか、ほんと来てくれてありがとう。このこと後から知ってたら後悔してたよ私、ほんとにのろまだった。いろいろ教えてくれてありがとね」
「それが言えるのなら、まだあなたは大丈夫です。フレイと同様、あなたも私の友達ですから、あなたのためならそれなりに大立ち回りして差し上げますわ」
「……ねえ」
「何です?」
「私とフレイだとどっちが大事?」
「フレイですわね!」
思いっきり王女に向かって言い放って笑顔を作るマルガレータさん。王女様もそれを見て、「でしょうねー」と笑っていた。
私たちはそのまま、マルガレータさんの馬車で、パーティーハウスまで向かうことになった。馬車の中ではリオとサーリアさんと「マルガレータさんすごい……」「前もあんなでした……」「すごい……」と呟いていた。
マルガレータさんは、「フレイの友達ですから当然ですわ」と言っていた。
ちょっと気が抜けて馬車に揺られて長い間おしゃべりして、日も落ちてきたところでようやく私たちのパーティハウスに着いた。
「では……ここからは、あなたの手腕です。わたくしも沢山言いたいことはありますが、最後は最高の結果を、期待しておりますわ」
「うん、まかせて!」
私は、今からフレイの前に立つ。
フレイに……まずは……
……まずは、間違っていることを訂正してもらう。
そして—————
私はフローラ。
英雄譚が好きなフローラ。
ライバルに勝った英雄も。
恋を成就した英雄も。
家族に恩返しをできた英雄も。
いろんな英雄譚を見てきた。
英雄譚は綺麗にまとまったお話だった。
きちんとバランスがよくなるようになっていた。
私はフローラ。
英雄譚が好きなフローラ。
挫折を経験した英雄も。
悲恋の英雄も。
家族の死を乗り越えた英雄も。
いろんな英雄譚を見てきた。
私は英雄譚の主人公じゃない。
私は主人公じゃない。
私は英雄じゃない。
私は。
私はただの冒険者リーダー。
だから
だから、それ以上の結末を求める。
私はフローラ!
英雄譚が好きなフローラ!
一度も敗北の経験がないフローラ!
恋人のために王女様を振り回すフローラ!
家族の死の運命を無理矢理ねじ曲げるフローラ!
全部手に入れる!
バランスなんて考えない!
全部手に入れる!
———私は、英雄譚を超える!