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最後まで、何をやってでも。

省略パート第四弾

 リオの看病は……ええ、すごくよかったわ……。


 アタシは自分が思った以上に自分の体が弱っていることに、横になってようやく気付いた。気力で頑張っていたって感じかしら。

 リオは、アタシをベッドに寝かせて……その後、リゾットを作ってくれたわ。薄味で、でもとてもおいしいの。

 ただ……幸せすぎるというか————




———食べさせてもらったのよね。




 今思い出しても顔が熱くなる……!

 リオの看病は、それはもう、よかったのだ……。


 -


 部屋に入ってきたリオは、マグカップにスプーンを挿してやってきた。

 湯気が勢いよく上がっている。おいしそうなにおい……。


「リゾット、まだ熱かったな……」

「平気よ、食べたいわ」

「動かないで、ちゃんと休まないとだめだよ」


 リオのリゾット! もう絶対おいしい。

 アタシは起き上がろうとしたけど、リオは「そのまま」と起きるアタシを止めた。

 もう、早く食べたいのよ!


 ベッドから腰まで起き上がったアタシの近くに、リオが椅子を置いて座った。ベッドにくっつけているぐらい、とても近い。

 そしてリゾットをスプーンで掬って……い……息を……!

 息を吹きかけて冷ましている!


 これ、ふーふーだ……!

 アタシ、5歳まで家があんなだったから、お母様にもサーリアにもやってもらったこともない。これ、風邪の子供にやるやつだ……!


 ああ、どうしよ、めっちゃ照れる……。

 こればかりは、今が風邪の症状だったことに感謝するわ。赤面してるって絶対ばれてないわよね……。


「はい」

「……」


 アタシは、黙って口を開ける。

 リオの、スプーンが入ってくる。

 ……当たり前だけど、ずっと目がアタシの方を見ている……。

 そのまま口を閉じて、スプーンの中のものを、唇を使って口の中に(こそ)ぐように食べる。


 ……あっ、


「おいしい……」


 自然と笑顔になる、優しいおいしさ。

 薄味だけど、しっかり味が付いている。

 細かく刻んだ野菜と、肉と、米の感触が広がる。


「よかった」


 至近距離には、リオの嬉しそうな笑顔。

 そうして二口目を掬う。

 もう一度息をかけだす。

 こちらを見る。目が合う。

 微笑む。


 ……ああ……これは……。

 これは、ダメになるわ……。


 ごめんフローラ。

 アタシ、あんたのこと言えない。

 これね、無理。これはダメ、勝てない。

 ぽんこつ残念筋肉ばかフレイの誕生だわ。

 こんな癒しの王子様が隣にいたら。

 自分で頑張ろうなんて絶対思わない。


 ごめんフローラ……


「……ってうわっ!?」

「え? ……おおっ!?」


 フローラは、扉の隙間から、顔を半分出してじーーっと見ていた。

 それはもう。

 恨めしそうに、じーーーーーっと見ていた。


「うう……」


 ちょっと涙目にもなってた。


「ずるい……」

「フローラ、これは看病であってね……」

「ずるい! 私もふーふーしてほしい!」

「ええ……?」


 急な要求にリオは困惑していた。

 まあそりゃそうよね。ふーふーしてほしいって、いきなり17歳の女が言っていいセリフじゃない。


 だけど、フローラの言いたいことはわかる。ま、フローラにも世話になったし……アタシは助け船を出した。


「してあげたら?」

「え?」

「こうやって食べさせてもらうの、ほんと幸せなのよ。だから……あの子も功労者だし、やってあげて」

「フレイがそう言うなら、まあ僕もそんな大した労力じゃないし、いいよ」


 リオがそう言うと、扉の向こうでフローラが、ぱーっと明るい顔になっていた。


「やった! フレイちゃんありがと!」

「いいわよ、手間かけさせちゃうのはリオなんだし、なんだかアタシだけこんなことしてもらうの、ちょっと後ろめたいからね」


 アタシは正直に伝えて、フローラがウキウキで扉の前から去るのを見届けた。


「フレイは優しいね」

「何言ってるの、優しいのはリオよ」

「そうかな」

「そうよ」


 アタシは再びそのリゾットを食べさせて貰いながら、幸せな看病をゆっくり味わった。

 ……リオも、アタシを見て赤面しているのは、アタシの気のせいかしら……?


 -


「ん〜っ! 元気になったし、行きますか!」


 アタシはリオの看病ですっかりよくなった。

 応接間に入って行くと、リオと……アマンダとソニアがいた。


「おはよう!」

「おはようフレイ、よくなったようだね」

「当然!」

「へへっフレイちゃん、元気になったようだね」

「ソニアもその様子だとすっかりよくなったようね」

「まだ寝てる人もいるけど概ねみんな元気になったよ」


 そう……それはよかったわ。


「ソニア、ありがとね」

「え?」

「ううん、こっちの話よ」

「んー、まあよくわからんけどどういたしまして!」


 アタシは、ソニアの背中を見て戦い方を学んだことを自分の心にしまい込んだ。ま、もう少し自分の中で消化してから話すわ。


「アマンダも報告に来たのね」

「ええ、久しぶりに屋敷中の仕事をしましたわ」

「ってことは、前はやっていたのね」

「まだサーリア達が覚える前ですからね、屋敷の仕事を全てこなしながら皆に仕事を覚えてもらっていました」

「なるほどねー」


 アマンダも本当に長い間お世話になってるわね。アタシがまだ4つぐらいの時に来たと記憶してるけど。

 ハーフエルフの差別があった頃から、ずっと家にいるアマンダ。本当にアタシ、もうちょっと感謝しなくちゃなって思うわ。


「アマンダ、ありがとね」

「……どうかなさったのですか?」

「今日はお礼とかたくさん言いたい気分なのよ」

「ふふ、そうですか。では受け取っておきます」


 ちょっとおかしそうに、楽しそうに微笑むアマンダ。うん、お礼言うってやっぱりいいわね。こういうの、ちゃんとたまにはやらなくちゃ。


「そういえば、エリゼ様が会いたがっていましたわ」

「エリゼ様が?」

「ダニエル様が、ますます元気になって、メイド達に相手をさせていたのですが、体も大きくなってきましてアレス様以外に体力のある遊び相手が欲しいと」

「それはアタシの出番ね! ダニー君はかわいいし愛着あるし、会いに行きたいわ!」

「お伝えします。フレイ様の弟様で、次期当主様ですものね」

「あーでも当主としてダメそうなアタシやお父様じゃなくて、大人びて賢いエリゼ様に似て欲しいな」

「まあ、ふふっ」


 ダニー君、アタシの腹違いの弟。

 赤ん坊時代から、アタシが抱いたらエリゼ様に抱かれるよりも泣き止んでくれて、ちょっと戸惑っちゃったぐらい大好きな男の子。

 ダニー君は今やお母様やお父様やサーリアに並ぶぐらい、アタシの中では大切な子になっていた。

 ……アタシが20ぐらいになった時に、木剣、一緒に合わせてみようかしら……?


「それにしても」

「ん?」

「久々にこの一風変わった紅茶を飲みました。淹れ方も素晴らしくて、懐かしささえあります。私はこれが淹れたくて紅茶の勉強を始めたぐらいで……これもリオ様が?」

「そうだと思うわよ。アマンダも味が分かるぐらい、っていうかあのリオの紅茶の味の差が分かるぐらい詳しいんだから凄いわよ」

「ふふ、そうですか?」


 紅茶って、アタシ、とにかくリオのは抜群においしいってぐらいしかわかんないのよねー。アマンダ、あんたは自分の紅茶の指導が、うちの男魔術師以下って落ち込んでるかもしれないけど、アタシからすりゃ味覚リオ並って、マジで誇っていいと思うわよ。




「それじゃ、ワタシらはお嬢様も見れたんで帰りますかね」

「あらそうなの?」

「うん、無事なの報告するのと、フレイちゃんが元気かどうか見に来ただけだからね。っていうかこっちこそ言い忘れたけどありがとうなー、エルフにだけ影響ある風邪みたいなもんっての、後から聞いたわ」

「アタシもリオに言われるまで全く知らなかったわよ。倒したのはアタシだけど、リオの功績ね。あとフローラもいい仕事したわ」

「フローラちゃんは?」

「出て右の部屋よ、会いに行ってあげたら喜ぶわよ」

「よっし、それじゃあのおっぱい堪能しにいきますか!」


 意気揚々と向かうソニアを、「あの、失礼ないよう……」とちょっと慌てつつアマンダが追いかける。部屋はリオと二人になった。


「そしてリオも、ほんとありがとね」

「あれぐらいなら、いつも手伝ってもらっている分に比べたらおやすいご用さ」

「それじゃ、もっと頑張らないとね!」


 アタシが言ったのは、看病もだけど、エルヴァーンの危機を救ってくれたことに対してだけど……リオは、きっとそんなこと、恩を売ったとすら思っていなくて、思いついてもいないんでしょうね。でも……今度の今度は本当にアタシより大切なものを全部救ってもらったから、もう一度。

 ありがとね。


 そう心の中でお礼をしていると、ソニアと肩を組んだフローラが入ってきた。


「おはよー、あっフレイちゃん元気なったんだね」

「そうよ、あんたもありがとね、随分助かったわ」

「フレイちゃんの為なら今なら空も飛べるよ! まかせてくれたまえ!」


 フローラはリオの看病ごっこが大変ご満悦だったようで、アタシに対する好感度がかなりアップしていた。

 ソニアとアマンダは、「そいじゃねー」と軽く挨拶して帰って行った。


 3人になったところで、リオが立ち上がる。


「今日はね、めぼしい任務をまだ見ていなくてこれから確認しに行くんだ。折角だし行こうか」


 -


 なんだかこうやって見に来るのも久々ね。最近はリオに任せっきりだったし、AAAランクの難易度とか全く分からないし、そもそも……リオに任せてしまった方が確実というか、変なことにならないし。


「うーん、討伐系はAAAやSは今ないか……平和なのはいいことだけど、ちょっと困りものだね」


 リオが張り出されているものを見てつぶやく。まあ……そうよね、問題はないに越したことはないわ。でも今更A以下をやるというのもね……。他のパーティが避けたら手を出してもいいけれど、そんなに横取りする趣味もないし。




 と考えていると、ギルドの扉を荒々しく開けて、身なりのいい男が入ってきた。


「ふん……相も変わらず平民と荒くれ者のにおいがきつい場所だ……おい受付、オレの依頼を受けるヤツはいるんだろうな?」

「申し訳ございません。なにぶんまだその条件に見合うパーティの空きが見つからず……」

「折角金をかけてやっているというのに……おや?」


 その男がフローラに近寄る。


「お前も平民の冒険者か?」

「え、ええと、そうですが……」

「冒険者どもには勿体ないいい女だ、オレの妾にでもしてやろうか」

「へ……?」


 そこそこ整った金髪オールバックの30代ぐらいの貴族らしい男が下卑た顔でフローラをじろじろ見る。

 リオの眉間に皺が寄る。

 フローラは当然困っている。


 これは……よくないわね。




「ちょっとあんた」

「なんだこのごつい女」


 はいキライ。




「アタシはフレイ・エルヴァーン男爵令嬢。マルガレータ・グランドフォレスト公爵令嬢の友人って言えば分かるかしら?」


 頭の血管が1秒で沸騰して蒸気の噴水になるのを抑えつつ、アタシはこういう輩に一番効きそうな挨拶をする。マルガレータといえば、貴族の間ではバンガルド家を消し飛ばした人物として有名だ。逆らえばどうなるかわからない。

 喰らえ! マルガの威光パンチ!


 見事に正面の男も一撃で顔を青くした。

 ありがとうマルガ、勝手に名前遣ってごめん、今度お礼するわ。


「グランドフォレストの……」

「バンガルドのご令嬢エリゼ様は第二婦人として仲良くしてるわ。目の前でドルガン・バンガルドと縁を切るところも見られたから、今ではご子息のダニエル君とも仲いいのよー?」

「……」


 その言葉の意味はもちろん「気に入らなければお前の爵位も取り下げ」である。

 伝家の宝刀マルガの威光キック!

 あ、宝刀ってんなら威光スラッシュとかの方がいいかしら。


「……で、アタシが何だって?」

「いえ……何でもありません……」

「よろしい。で、あんた何か依頼でもしてんの?」


 アタシは受付とのやり取りを聞いて、もしかしてと思った。


「あ、ああ……爵位持ちで、AAランク以上の護衛を捜している」

「あら受付さんも人が悪い」


 やっぱり。アタシはそれを聞いていつもの受付の方を見た。


「ねえ、アタシがエルヴァーン男爵だってことちゃんと忘れてないわよね」

「もちろんですよ! この任務は、数日前から出てたんですが、フレイさんがしばらくお休みになっていたため保留でした」

「ほんとでしょうね……? まあいいわ、その条件、アタシたちなら受けられるわよね」

「はい、もちろんです。というか爵位持ちでAA以上なんてパーティはもうAAAとSのいくつかしか残ってない上に遠征してしまっているので困っていました」

「よし」


 アタシはリオに確認した。


「ってわけでどうかしら、リオ」

「ある程度詳細は知りたいけど、フレイがいるなら問題ないと思うよ」


 リオと確認している最中で、再び男がやってくる。




「なんだこのみずぼらしい男は」


 はい?—————




———聞いた瞬間男の首根っこを捕まえると、壁際に追い込んで襟首を渾身の片手の筋肉で締め上げなら低い声を出した。


「あれはうちのパーティの一番大事なメンバーよアタシ今もう今すぐ任務なんて放り出して今からあんたの爵位を落としに行きたい気分だわ今すぐ今」

「す、すまなかった」

「ああん?」

「すみませんでした」

「ちなみに、あっちの白いのもパーティーメンバーだから、ちょっとでも手を出そうものなら護衛任務中の不慮の事故に遭ってもらうわよ」

「わ……わかりました……」


 さっき我慢したアタシがそれはもう一瞬でキレたのは、仕方のないことだと思うわけよ。でもま、抑えた方よね、ほんと、マジで。

 ってわけでリオとフローラのもとへ戻っていく。二人ともアタシを見て半笑いだった。


「それじゃ、あなたの名前を聞きましょうか」

「う、うむ。オレはマイルズ・ランス子爵第二令息だ。厳しく貴族らしさを重んじるランス家の人間として、貴族の護衛を雇うために来ていた」

「護衛任務ってことは、狙われるアテはあるわけね」

「第三令息……父の側室の弟だな、兄上は狙う理由がないので問題ない」

「人間相手か……相手を殺さなくてもあんたさえ無傷なら大丈夫かしら」

「もちろんだ」


 アタシはリオとフローラの方を見る。


「あんたたち二人の防御魔術なら、それぐらい余裕よね」

「問題ないと思うよ」

「うーん、それぐらいならいいけど……私は後ろからでいい?」

「いいわよ…………でしょ?」


 マイルズの方を睨みながら確認する。「あ、ああ……」と言質を取ったわ。アタシはさっきのやり取りを見ているし、フローラが避けたがる気持ちは十分に分かる。こいつの前を歩いてジロジロ見られたくはないわよね。


「ふむ、フレイが前衛、フローラが後衛、僕がマイルズ様と並ぶ形が安全だろうか」

「それでいいわ。あとこんなヤツに敬称とか要らないわよ」

「なんだと!」

「あァン!?」

「……いえ、何でもありません……」


 アタシは、リオをみずぼらしい男呼ばわりしたこの男を許すつもりはなかった。フローラも後ろで深く頷いていた。

 リオだけ苦笑していた。


「はは、僕のために怒ってくれるのは嬉しいけど呼び捨てはかえってやりづらいからなあ……じゃあ、マイルズさんで」

「う、む……まあ、よいだろう」

「急に護衛をと思った理由などはありますか? 狙われるとしたらいつ、などは」

「……今日明日中だ。私の下で偵察を行う優秀な者が、暗殺の計画を聞いてな」

「なるほど、平民の客人の荒くれ者を招くと、家での立場が悪くなる。そうなってしまえば暗殺などしなくとも家での立場はなくなり家は継げない。しかし護衛を雇わないと確実に殺されるほど相手が自分の手の者より強い」

「ぬ……!」

「それで貴族として表向きあくまで客人を招いたという形で、あくまでその()()()()()であるという体裁で、我々に護衛をしてもらう。じゃあ今のうちに、リーダーはフローラではなくフレイ・エルヴァーンということにしておきましょう」

「———。そういう、ことだ。……先ほどは失礼をした、なるほど確かに、君は非常に優秀だな……名を何と?」

「……レナード、とお呼び捨てください」

「わかった、レナード。お前の頭脳を信用しよう」

「ありがとうございます」


 アタシはマイルズとリオの会話に、ふふんと鼻の高い気分になっていた。そうでしょうそうでしょう、爵位なんてお構いなしに、リオは一番優秀なのよ。

 それにしても、なんだかんだリオもちょっと頭に来てるわね。 愛称の「リオ」を呼ばせなかったのなんて、アタシが知ってる限り初めてじゃないかしら?




 アタシ達は、特に道中は問題なくランス家の屋敷に入れさせてもらった。かなり遠い場所だったので、夕方近くになってしまった。


「それじゃ、警戒しつつ後はゆっくりしてるわね」

「ああ、あくまで明日を乗り切れれば問題はない」

「明日には何があるの?」

「明日、兄上が伯爵家へ正式に婿として行く。そのため正確には明後日だが、兄上は爵位が上がり時期当主となり、オレが子爵家の当主となる」

「なるほどねー、三男はいいとこナシなわけだ」

「そういうことだ」


 アタシは、ありそうな話だなーなんて思いながら、のんびり時間をつぶした。特に話したいこともなかったのだけど、まあ近況報告みたいなもんで、貴族っぽい会話をした。なんだかこういうのも久しぶりね。




 …………。


 ……。


「夕食の時間になったわね」

「特に今のところは動きもないか……」


 なんだかんだ、ちょっと暇な任務よね。まあ楽な任務ではあるけど……。


 アタシがぼんやりエルヴァーン家より少し小さいかな、ってぐらいの天井を見ていると、扉が開いてメイドが現れた。


「お客様、私、メイドのシェリーと申します。短い付き合いですが、よろしくお願いします」


 アタシ達は、屋敷の者に客人として食事を出してもらった。どうやらこの子、シェリーが偵察のものらしかった。青い髪でセミロング、年齢的にはアマンダ位かしら。身のこなしも綺麗で、なかなか優秀そうだけど……今日の襲撃相手がこれ以上っていうことね。


 リオは、なぜかシェリーと紅茶談義をしていた。って、あんなに親しそうに……!? あ、アタシも混ざりたいんだけど……絶対無理よねアタシなんかじゃ。うう、なによ、あんなに優しそうな顔までしちゃって……!


 ……これは、本気で紅茶の勉強をしなくちゃいけないわね……!




 …………。


「就寝時刻、襲撃が来るとすればこの時間が一番確率が高い」

「そうね、リオ……お願いできるかしら」

「分かった」


 リオとマイルズが同じ部屋で、アタシとフローラは隣の部屋で寝る。今日の所は何もなかったけど、警戒はしておきたいわね。

 でも、寝ないで警護ってわけにもいかないし……。まあ、リオが何か……考えていないとは思えない。ここで連絡が来ないのは、何か意味があると思う。


 アタシは、フローラと共に寝た。少し緊張していたためか、すぐに睡魔がやってきた。


 ……。


 ……————。






————ッ!?


 アタシは、ベッドから落ちた。いや、落とされた。

 風魔術で、ベッドから吹き飛ばされたのだ。


「これは……リオ!」


 間違いない、やってきた時に起きれるようにしていたんだ!

 アタシは、襲撃者の存在を察知して、急いで隣の部屋まで走った。

 ……走ろうとした。ただし、体がほぼ痺れて動かなかった。


 なんで……!? と思った矢先、急に体が軽くなった。目の前にフローラの心配そうな顔があった。


「今の、フローラが?」

「うん、私も麻痺してた。急ごう!」

「ええ!」


 アタシ達は、今度こそ隣の部屋に入った。




 リオとマイルズのいた部屋には……ナイフを持った暗殺者がいた。麻痺した時点で予感はしてたけど……それは、アタシ達に夕食を出して来たメイド、シェリーだった。

 リオが魔術で抑えている。が、苦しそうだ。


「……早い!」

「リオ! こんのっ!」


 アタシはシェリーのナイフを弾いて、壁際に追い詰めた。


「……どういうことかしら」

「見ての通りです。私が暗殺者だった、それだけのことです」


 堂々と言い放つシェリー。


「……やはり……」

「……三男では、当主に、なれませんから」


 マイルズの呟きに、シェリーが反応する。……しかし、そこでリオが警戒を解いてシェリーの方……っていうかアタシの方へ来る。


「なるほど、そうですね。すぐに処分しましょう」

「……リオ?」


 リオが急に残酷なことを言ってアタシもフローラもマイルズも、もちろんシェリーも息を呑む。そして、ナイフを……


……壁に音を立てて突き立て、自分が派手に倒れる。


———は……?

 え、ええー……?

 ……と思っていると、リオは起き上がりながら魔術を使いシェリーの顔を見る。


「シークレットルーム。報告したのが君で、目的がマイルズの暗殺だよね。……なんで僕らが雇われるような報告をしたの?」

「……それ、は……」

「必要ないはずだ。あ、ちなみにさっきキルサウンドの上位シークレットルームの魔術をかけたから、この部屋の会話は外へは漏れないよ。ま、聞き耳を立てていた人がいたとしたら、君は間違いなく殺されたって思っただろうね」

「……! ほ、本当ですか!」


 シェリーは急に慌てて大声を出したので驚いた。先ほどまでの剣呑な雰囲気は全くなく、年齢より少し幼いぐらいに変わっていた。


「ドアの方を緑の膜が覆っているよね? あの範囲内の音を遮断する風魔術だから、喋って大丈夫だよ」

「あ、ありがとうございます!」


 そしてシェリーは、事件の内容を話し始めた。




「私は、長男の方に雇われているのです……」

「——なんだと……!」


 長男の名前を出して、急に顔色を変えるマイルズ。同時にリオが、フローラに何か指示を出していた。


「まずはお客様に謝罪をさせてください。三男の暗殺と偽装をする任務のため、こういった形を取らせて戴きました。そして……私は……私が雇われているのを止めるために、わざと失敗するような強い者を雇ってもらおうと思ったのです。

 食事の毒は……長男様からの指定でした。毒物暗殺まで行くと不自然だったので止めたのですが、ここまで早く治療されるとは思わず、今は雇われたのが皆様方でよかったと安堵しております」


 シェリーの内容は驚くべきものだった。なんと、護衛が強くなければならないと指示した理由は、シェリー自身に勝てる相手を探していたというわけね。

 爵位持ちってのは、じゃあマイルズの個人的な指定かしら。


「しかし……どうして」

「伯爵家の婚約相手に指示された長男様は、こちらの兄弟を殺すよう命じたのです」

「そんな、まさか兄上が……」


 なんだか不思議な話ね……そもそも上の爵位に行く長男さんなら、二人のどっちが当主になろうと知ったこっちゃないと思うんだけれど。


 そう思っていると、シェリーが続けた。


「……私もこの話は、正式にご報告するのは旦那様の話が確定してからと思っていたので、ご存じないとは思います。今回の目的は三男様なのです」

「……あいつが?」

「はい。三男様は、その伯爵家のライバルである帝国国境の侯爵家への縁談の話があります」

「なっ——!?」


 なるほど……伯爵と侯爵なら、当然侯爵の方が上だ。そして、その三男を疎ましく思うということは……


「つまり、ランス三兄弟が優秀ってわけね」

「メイドの私が言うのは些か僭越ですが、そうですね。伯爵家の下で実務をする子爵家の中でも、特に能力が高いのがランス三兄弟でした。

 三男様は特に政界の計略に優れていたので、伯爵令嬢はそれを嗅ぎつけて危機感を覚えて、いつでも首を切れるよう長男様に暗殺の指示を出したのです」

「同じ国の防衛貴族同士で何やってんだか……ホントくっだらないわね」

「私も、これはあまりにもひどいと思います」


「———そうだろうか」


 急に口を挟んだのがマイルズだ。


「争いに負けると、爵位がなくなる。兄上の考えは悪だが否定はできないな……」

「は?」

「派閥争いとはそういうものだ」

「兄弟よ?」

「兄弟だがライバルだ、普段の会話はない」

「—————」




 アタシ達貴族は、爵位を得るか、爵位を持って生まれてくる。

 前者は自分の力で、後者は産まれながらに。


 アタシは、お父様に育ててもらった。差別されているハーフエルフを救い、領地と男爵の爵位を得た。その土地と人を安定させるのが目的だから、基本は平民に優しいし、派閥争いに参加しない。そもそも平民より低い身分に優しいところがスタート地点なのだ、当然だ。


 ランス家は、力のある伯爵家のための子爵家という立場が大きいだろう。伯爵、侯爵ともなれば争いもあれば、領地の責任もあるだろう。結構血の気が多かったり、野心が強かったりも、まあするだろう。


 それでも。

 それでも……。




 アタシは、中等部の時に、弟が出来た。

 一人っ子だったアタシの、かわいい弟。

 その子のためなら、何だってできる。


 もしダニー君が、当主として不要になったら。

 そんなの決まっている。

 ダニー君を全力で助ける。

 だって、好きだから。


 もしダニー君が、アタシを追い落とそうとしたら。

 そんなの決まっている。

 平民になってでもダニー君に全部譲る。

 だって、好きだから。

 だって、アタシの弟だから。




 最後まで、何をやってでも。

 あの子を守りたいと思う。




「そんなに大事?」

「何がだ」

「爵位は、本当に、兄弟より大事?」

「……そうだ」

「兄弟の、命より、大事?」

「何が言いたい」


「アタシはね、家族が好きなの。エルヴァーン男爵家」

「……」

「でもね、メイドもみんな好きなの。サーリアも、アマンダも」

「……!」

「アタシにはね、弟がいるの」

「……」

「弟のためなら、何だって投げ出せる。お母様は悲しむけど、命だって張れると思う。だって大好きだから……!」

「……」




「ねえ、あなたはこんな結末でいいの!? 話の見えてこない伯爵令嬢と、全く関係のない侯爵令嬢と、そんなやつらと」

「いいわけ……いいわけないだろう!」




———マイルズの本音が出てきた。

 いいわけ、ないわよね……こんな結末!


「オレ達は、あんたみたいな仲良し家族で貴族やってるんじゃないんだ、伯爵にひっついてないと生きていけない子爵家だ!」


「姉上だって、平民を家に上げるだけで屋敷の格が下がる、獣人や混血の血を家に上げただけで人としての格が落ちるなどという、父の貴族らしさなんてものに愛想を尽かして出て行った!」

「……」


「だから上に上がるしかない! 誰かが生き残ってでもこのランスの血を絶やすわけにはいかない!」


「しかし……こうなってしまってはどうすることも……できない……! 兄上は暗殺に失敗した! そしてそのことは知られる……! もう……もう、どうすることも、できない……」






「できないことはないですね」


 え……?


 ……今の…………リオ?


「フローラ、追跡は?」

「まだ隣の部屋でじーっとしているね……逃げないのかな」

「……やっぱりメイドさんを殺させたのは後悔してるのかな、……キルサウンド。フレイ、隣の部屋の人を連れてきて」

「え、ええ……わかったわ」


 アタシはリオの指示通り、隣の部屋に行った。すると、マイルズさんに似た人がいた。


「あのー」


「……! な、なんだ君は、客人? ああ、エルヴァーンの客人か」

「えっと、詳細は省きますが、みんな助かる方法があるらしいので、来ていただけませんか」

「……は……?」


 アタシは、ちょっと無理矢理その人を引っ張ってきた。その人はマイルズとシェリーを見ると驚いた声を出した。


「マイルズ…………ん、んん!? ま、待て、シェリーが何故生きて……!」

「はいここで相談があります」


 リオが、声を切って場を取り仕切った。


「あなたが長男とお見受けします。三男さんの侯爵の縁談、破棄しましょう」

「な、なんだと!?」

「そしてシェリーさんは失敗しましたので、口を割らずに死にました」

「……」

「これで、僕もあなたも何もかもを見なかったことにします」


 リオが強引に話を進め、周りのみんなも息を呑む。その中、長男の人が真面目な顔になり、リオの言葉に問いかける。


「……そんなこと、できるのか?」

「できます。というか、できないといけないんです」

「……何故、そこまで言い切れる?」

「そう……ですね。ここで、言葉にしてしまうのは少し野暮ですが……敢えて言うならば……」


 リオは、シェリーの方を見た。


「……紅茶、でしょうか……」


 -


 シェリーは、とりあえずリオがパーティハウスに連れて行くらしい。ランス家はこれから少し大変かもしれないけど……アタシにはもう関係ない話だ。でも、きっと大丈夫……だよね。

 マイルズは、リオと少し会話すると、やがて感謝して依頼料を全額もらえることになった。


「アマンダさんを一人だけ、パーティハウスに呼んできてくれない? また紅茶を淹れて待っているって伝えて」

「へ? いいけれど……」


 アタシは、エルヴァーンの屋敷にアマンダを呼びに行った。アマンダは不思議がっていたけど、アタシはリオの考えている何か確信めいたものを信じて、パーティハウスへ戻った。




 ドアを開けてから、全てが分かった。


「————えっ……あ、アマンダ様……?」

「……シェリー、シェリーなの!? ああ……あなたを残したことだけが心残りで……ずっと、会いたかった……!」


 アマンダとシェリーは、知り合いだった。

 リオは、そのことを分かっていた。


 マイルズと同じ金髪の、シェリーと同じ年の女、アマンダ。

 その名も……アマンダ・ランス。


 貴族の、貴族らしさを。

 平民を見下す貴族らしさを。

 混血を見下す貴族らしさを。

 嫌って家を出たランス子爵令嬢。




 彼女が、自分のことを語り始めた。




「私は、とても裕福に育ちました。規律は厳しく、誇りは高く……驕りも高く」


「ある日、8歳のシェリーが寝込み、母が着替えもできずに怒鳴り散らしました」


「私は思いました。なんと美しくない、みっともない女だろうと」




「シェリーは、当時のメイド長に紅茶を習っていました」


「そのポットからお湯を注いだ香り、踊る茶葉、何よりシェリーの姿」


「私は思いました。なんと美しい、かっこいい女の子だろう」


「私の何も出来なく美しくない母に対して、娘である自分と同じ年齢の女の子の何でも出来る美しい姿は、やがて母と同じ道を辿る娘の私にはあまりにもショックで」


「私は、シェリーになりたいと憧れました」




「私は、部屋に呼びつけたシェリーに膝をついて頼み込んで、紅茶を学びました。やがて、シェリーより上手く淹れられるようになりました」


「そして、私が紅茶と、掃除と、料理を習ってると知るや否や、両親はみっともないと言って婚姻を取り付けようとしたのです」


「だから、絶縁状を叩きつけて、親子の縁を切りました」




「……エルヴァーンは、差別のない良い場所でした」


「フレイ様が剣を持って、家の雰囲気も明るくなり」


「混血のメイドは不器用だけどみんな真面目で」


「何より、家族が、みんな愛し合っていた……」




「私も……私も、こんな家族が……欲しかった……」


 アマンダは、最後は涙を流しながら呟いた……。


 -


 先日と同じ紅茶をおいしそうに飲みながら、アマンダが話す。


「リオ様、あなたの紅茶の腕前、まさに素晴らしいものでした」

「いやーははは……僕としては人生最大の赤っ恥ですよ、まさか子爵令嬢に対してご令嬢みたいにおもてなししますなんて堂々と言ってたんですからね!」

「ふふっとんでもない、令嬢と分かった上でもてなされるより、下働きでありながら令嬢としてもてなされる方が乙女はときめくんですよ?」

「そういうものですか?」

「そうだったんです」


 アマンダが、微笑みながらカップを回す。


「それにしても、今日もいいですね、この紅茶」

「自分とどっちが上手いと思います?」

「悔しいですが、リオ様ですよ」

「はい、ありがとうございます。それはシェリーさんが淹れました」

「……え?」


 アマンダが、シェリーの方を向く。


「……ほんとに? これをシェリーが?」

「はい。もう一度アマンダ様に淹れたいと思って、ずっとこの紅茶を練習し続けていました」


 アマンダはシェリーより上手く淹れられると言った。そしてリオだと思い込んだこの紅茶は、実はシェリーが淹れたものだった。

 リオが仕組んだシェリーによる渾身の再挑戦だった。


 種明かしが終わると同時に、リオは手を叩いて「ってなわけで」と言って話をまとめ始めた。


「この暗殺任務に失敗して死んだことにされちゃったシェリーさん、紅茶淹れるの上手すぎて僕が引き取りたくないんで、エルヴァーンで預かってくれません?」

「え?」

「はは、僕の出番がなくなっちゃうんですよ。それと——


——この買い過ぎちゃったものも貰ってくれると嬉しいです」


 リオは、軽く笑って、その大きな紅茶の缶を差し出す。




 それは、ここにある紅茶。

 一風変わった、珍しい紅茶。


 二人の、思い出の紅茶。




 アマンダは「ああ……ああ……!」と再び涙を流して、リオに


「ありがとうございます、このご恩は決して忘れません」


 と頭を下げた。

 シェリーも涙を流しながら、一緒に頭を下げていた。




 この日エルヴァーン家に、優秀な、二人目の人間のメイドが増えた。




———アマンダまで救ってもらうなんて。

 リオ……今日も、ほんとありがとね。


 アタシは心の中でそう呟きながら、アマンダとシェリーを乗せた馬車を見送った。まっすぐ伸びた道の澄んだ青空を、ふわりとした雲が優しく包んでいた。

ちょっとミステリっぽく、最初から読み直すと楽しめるように作りました。

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