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あんたの人生肯定してやる!

本編省略パート第三弾

 その討伐内容は、とても不可解なものだった。


「スライム?」


 誰でも知っている弱いモンスター代表、スライム。剣で核を刺せば終わり。


 ただ、その任務は。

 AAAとなっていた。


「確かに……おかしいわね」

「うん、調べてみたんだけどね。Dが負けて、Cが負けて、この辺はまだ笑い話程度で済んでいた。Aが出向いて負けた辺りから、風向きが変わってきたね」

「Aランクでスライムに負けた?」

「そういうこと」


 にわかには信じられない。Aといえば、通常討伐任務でも高い成績だ。


「ちょーつよいスライムだ!」

「限界があるでしょ……スライムじゃないんじゃない?」

「それが本当にスライムらしくて、しかも一匹だけらしいよ?」


 ふうん……?


「そして……AAが負けたことにより、こいつはAAAへと昇格したというわけだ」

「不気味すぎる任務ね……」

「AAの敗北から、AAAもSも、ちょっと手が出せないみたいだね。……当たり前だ、S手前のヤツがスライムに負けたなんて記録が残ったら、一生Sは無理なんじゃないかと思う。近い意味でSにとっても恐怖の任務だよ」

「じゃあ……これは」

「情報が出るまで保留、かな」


 珍しくリオは、任務をパスすることにしたようだ。




 今ある任務の話を一通り聞き終えると、玄関の呼び鈴が鳴らされた。アタシが出迎えに行くと……パーティのハウスには、珍しい人が来ていた。


「失礼します、こちらに……お嬢様でしたか」

「あ……うちのメイド長? ……えっと、あ、あ」

「アマンダですわ、お嬢様」

「わ、忘れてないわよ!」

「いえ、顔だけ覚えて下さっただけでも十分です」


 やってきたのは……エルヴァーン家のメイド長であり、あの屋敷でお父様とエリゼ様親子を除いた唯一の人間、アマンダだった。

 金髪で眼鏡をかけた、年上の女性だ。結構いい年齢だったと思うが、まだ見た目は若い。

 住み込みではない上、メイド長と言ってもサーリア達の指導がメインのため、アタシと会うこと自体まずない人だ。


「えーっとアマンダさん」

「アマンダと呼び捨てていただければと思います」

「じゃあアマンダ、あなたがここにわざわざ来るなんて珍しいわね」

「はい、その件も含めてお嬢様にご連絡があります」


 上がらせて戴いても? と確認をしてきたので、アタシは応接間へと案内した。

 リオはお客様が来たということで紅茶を淹れに行ったので、アタシは茶請けを用意することにした。アマンダはお客様として応対してもらうことに慌てて手伝おうとしていたけど……ま、たまにはいいでしょ。

 フローラがつまんでちょっと減ったクッキーを持ってきて少し待つと、リオがポットに紅茶を淹れてやってきた。


「主人とメイドという関係は、その家、その二人に限ったものです。例えば王国の王が大陸の外に行っても王とは認識されません、力が全ての世界になると王個人が強いかどうか以外、生まれはあまり意味はないのです」

「はあ……」

「逆に、奴隷の人間でも他国に行けば平民として扱われることも普通になります。それがエルヴァーンのいいところですね」

「ああ……そう、ですね」


 自分の部下達のことを思い出しているんだろう。アマンダは、まだハーフエルフが不遇だった時代を知っている年齢だ。


「だから、今日のあなたの普段の立場は、僕には関係ありません。家に来たお客様なんですから、ご令嬢のようにおもてなしするのは当然です。僕がそうしたいだけですから、お気になさらず」


 そう優しい声で言いながら、紅茶をカップに注いでいった。当たり前のようにスコーンも追加していた。アマンダはなかなかされない対応だからなのか、顔を少し赤くして緊張していた。

 ……リオ、格好いいけど、その……ナチュラルにうちのメイド長を落としにいかないでもらえるかしら……かっこいいけど、かっこいいけど!

 いや、リオにとっての普通の対応がこうなだけなのよね……そりゃしょっちゅうアタシも落ちるわ。……ちょっと自分で言ってて恥ずかしいけど……。


「おいしそうなにおいがする……」


 緩いセリフとともに、我らがリーダーが応接間にようやく現れた。……リオ、あんたもしかしなくてもフローラ呼ぶためにこのスコーンを? なんだか、ほんと慣れた対応ね……。


「あ、お客様だ。どーもどーも、『雪花魔術団』の一応リーダーっぽい肩書きのフローラです」

「初めましてフローラ様、エルヴァーンのメイド長アマンダと申します。よろしくお願いします」


 フローラのボケた挨拶に対して、アマンダは綺麗に立ち上がり腰を折って礼をした。フローラは「めっちょかっこいい……あこがれる……」とか呟いていたけど、あんたにアマンダは逆立ちしても無理だから諦めなさい。


「紅茶を飲もう! 冷めちゃうともったいないからねー」

「ああ、確かにそうですね。それではいただきます」


 アマンダも飲み始めたので、アタシもいただくわね。


「……それにしても、いつもリオに淹れてもらうのも悪いわね。うちのメイドから誰か連れてこようかしら」

「フレイちゃんのハーフエルフのメイドさんください!」

「サーリアはあげないわよ!」


 フローラの要求にチョップで応える。「あいてっ!」と頭を押さえるフローラを横に、リオが軽く笑う。


「僕が趣味でやっているようなものだから気にしないでいいよ。読書と同じ」

「一応信じるけど……ちょっと心苦しいわね」

「これはこれでやってみると楽しいんだよ、茶葉選びも、淹れるのもね。今度一緒にやってみない?」

「や、やってみようかしら……! 今度は誘ってくれると嬉しいわ!」


 二人で買い物! そして二人で台所! 男と令嬢が一緒になんて屋敷じゃ絶対経験できないし、いかにも共同作業って感じで……いいわね!

 と、アタシが一人でテンションアップしている中、なぜかアマンダが妙に落ち込んでいた。


「どうしたのアマンダ、なんか嫌なことでもあったの?」

「いえ、あったといえばあったんですが、それとは別に落ち込んでいるというか」

「?」

「……リオ様は、あの……お嬢様に魔術をお教えになった、あのリオ様でいらっしゃいますか?」

「え、ええまあ……」

「…………はぁ……」


 なんだか本格的にアマンダの様子がおかしい。


「どったのよ」

「……おいしいんです、紅茶」

「ふふん、リオの紅茶はおいしいわよね」

「サーリアよりも」

「うっ……」

「私が教えた13年間って……」


 ……うん、確かに……。リオの選んで淹れた紅茶って、サーリアには、ほんと、ほんっとーに悪いんだけど、一番おいしい。

 あんたのこだわり癖、ほんと特殊すぎるというか……まあ、あんたにとっての「読書みたいなもの」と言われると、ああつまりそのレベルね、なんて思うけど。


「非常に心苦しいですが、こんな紅茶を出されてしまっては指導者としての立場がないので、メイドを貸し出せないですね……」

「ええー、かわいいハーフエルフさんならお皿を割ってくれてもいいのになー」

「ふふっ、うちの部下達にも伝えておきますね」




 和やかになってきたところで、本題に移ろう。


「で、なんでわざわざメイド長のアマンダが来たの?」

「はい。単刀直入に申し上げますと、アレス様とエリゼ様以外が全員倒れました」


 ……。


「ええーーっ!?」

「倒れた、と言っても風邪みたいなもので、すぐに収まるとは思うのですが……なにぶん体調が優れないので、そのことを報告に来たのです。フィリス様とソニア様は軽い感じで、ソニア様が来たそうにしていたのですが無理矢理お休みさせました」

「あらら、私もソニアちゃん会いたかったなー」

「そ、ソニアちゃん、ですか……」


 あの祖母のことだ、風邪ぐらいでは平気って感じだろう。そしてアマンダ、あんたの反応は正しい。あれをちゃん付けで呼べるのなんてフローラぐらいよ。


 それにしても、屋敷みんなでか……。


「ちょっと普通じゃないわね。症状が大人しいなら安心だけれど」

「いや、待ってくれ」

「リオ?」


 急に話を止めて、身を乗り出してアマンダに聞き出す。


「エリゼ様には息子がいたはずですよね」

「あっ……はい、ダニエル様ですね」

「その子に症状は?」

「いえ、報告に上がってないので、確かに無事なようですが」

「なるほど、原因がわかりました」

「……はい?」


 リオがあっさり答えを出してしまったようで、アマンダは驚いていた。もちろんアタシもフローラも驚いて、リオの発言に注目する。


「黒粘菌毒ですね」

「黒、粘菌……」

「簡単に言うと、エルフに悪影響を与える病気です」

「あっ……!」


 そうか、だから子供でもダニー君は無事で、お母様は症状が軽いんだ。ソニア様も血が薄いし、なにより本人が元気だからというのもあるのだろう。


「そっか……でも、よくわかったわね」

「言われる前から予想が立てられていたからね」

「……は?」


 いやいや、リオ、いきなりそんな予知まがいのことを言われてもさすがにちょっと信じられないわよ。

 でもリオなら、それぐらいやってしまえる……? いや、さすがにないわね。


 アタシがそう思っていると、リオは机の上に紙を出した。




 スライム討伐任務。

 何故かAAA。

 生息地は、王都付近からエルヴァーン領近くの森の中。


 それは、リオが先ほどパスした任務だ。


「正体が確定した。ブラックスライム討伐、次はこの任務を受けよう」


 -


 その任務を受けると言った時の受付さんは、「もう『雪花』だけが頼りなんですよぉ〜っ!」と泣きついてきて大変だった。

 まあ無理もないわね、こんな不気味な任務貼り続けるのも嫌だし、スライムを誰も討伐できないってギルドとしてはあまりに格好悪いもの。

 リオは、先日言い過ぎた負い目もあるのか、優しく対応していた。




 エルヴァーンの近くの森は、エルフが住んでいる森で知られている。エルフは普段あまり交流をしないので、この森に人間が入ること自体少ない。


「それにしてもリオ、よくこの任務引き受けたわね」

「フレイにはあまり言いたくはないけど、この毒は長く続くと危険なんだ」

「……え?」

「ハーフエルフなのでまだ影響は薄いけど、サーリアさんの病気は重くなる。長い目で見れば、来年にはお母様の命も危ないだろう」

「なッ———!」

「でも大丈夫。ここで討伐すればすぐによくなるはずだ」


 リオは、そこまで言うと立ち止まってアタシの方を見て優しく微笑んだ。至近距離でその顔はアタシの心臓がすぐに跳ね上がるから反則だ。


「以前にソニアが倒れているところを見た時も思ったけど、フレイは本当に家族を大切にしているね」

「え、ええ……まあ……」

「だから、家族が倒れるとフレイがパーティを離れてしまうんじゃないかと、ちょっと怖くなってね……もう3人で任務やっていると、2人には戻れないよ」


 り、リオ、あんたそこまでアタシのこと買ってくれてるし、理解してくれてるのね……! ……そう、アタシ、家族は何より大切であり、ある意味弱点よね。

 そっか、アタシの家族のために受ける気になったんだ。なんだか、アタシのためにやってくれるよりずっと嬉しいな。


「……僕もそろそろ帰って報告をしようかな。文が来ないということが良い文である、なんていうけど、さすがに心配だろうし、愛着がないわけじゃないからね」


 そう、か。リオも当然、両親いるわよね。ちょっとこの浮世離れしちゃった、達観した男の両親って、どんななのかしら。挨拶に行くこともあるかしら。

 ……。

 …………なななに考えてるのよ! ああ挨拶に行くって! どういうのを想定したのよアタシは!


 い、いけないいけない。普通にお会いしたいってだけでいいわよね。


「ねえリオ」

「ん?」

「リオの家族って、どんななの?」

「んん…………そうだね、魔術を教えてくれたってぐらいしか特徴がない、田舎に二人でいる夫婦だよ。仲が良くて、外とはあまり交流がない人」

「へえ……リオとは似ているのかしら」

「……多分、似てる、と思う。自分だとよくわからないけどね。ああでもこんなに外を歩く人じゃないので、そこは似てないかな」

「ふうん……」




 家族の影響ってやっぱり大きい。アタシは自分のお父様とお母様から、いろんな影響を受けて育った。

 血縁関係だけじゃない。もちろん、サーリアからも。そして何といっても、アタシの人生を変えてしまったリオからは、今まさに理想の英雄を学んでいる最中だ。

 フローラ……は、うーん……まあ、フローラ自身にとても助かってるわ。


 自分を形成する、ってどういうことなのかしらね。

 リオを見ていると、こんな奇跡的なまでに完成された、強くて賢くて優しい男ってものを体現した存在を作れる両親のこと、ちょっと気になる。

 ちょっとじゃないわね、すごく気になるわ。いつか、会いに行きたい。


 アタシ自身は見た目も性格もお父様に似ていると思っていたし、周りもそう思っていたけど……。ソニアは、アタシのことお父様に似ていないと言った。

 反面、お母様には、あまり似ているとは言われていない。でもソニアは、多分お母様に似ているところがあると思っていたんだと思う。その通りにお母様は、まるでアタシと同じ事をソニアに言った。

 一番の年長者であり、血縁関係であるソニアにしか見えてないものって、きっとあるんだろうなって思う。


 そういえば……ソニアから、お婆様からは、何かを受け取れていないな……。




 ……血縁関係といえば。


「フローラの両親も……まあ、気になるわね」

「おお? フレイちゃんパパとママに興味ある?」

「どうやったらこんな愉快に育つのかって意味でね。あと見た目も気になるわね」

「んとね、二人とも性格は私に似てるかなー? パパは2m手前ある金髪青目のすっごい美形な人で、ママは私に似てるけど目が赤くて、私より背が低くて私より胸が大きいすっごい美人さんだよ。どっちもぜんぜん老けないの」


 何その神の造型と神の造型みたいなの。


 ていうかこいつ何て言った。

 フローラより背が低くて胸が大きくて老けない?

 この完璧レベルの美少女フローラの上位互換?

 どんな凶悪なヤツよそれ。


「……」

「……」


 アタシはリオと目が合うと、黙って眉を上げたり肩を上げたりしてお互いに呆れた感じのジェスチャーを取り合った。

 うん、言いたいことは分かる。


「な、なんで黙ってるの!?」

「フローラはやっぱり可愛いわねって思っただけよ」

「え、ええっ急にどうしたの!? まあ嬉しいけど!」


 ……ふと、アタシのお母様と喋った時のフローラを思い出す。

 聞かれたくないだろうし小声で聞こう。


「ところで」

「うん?」

「リオとフローラのお母様を会わせたいと思う?」

「絶対嫌」


 即答だった。まあそうよねー。


 -


「ふよふよしてるのいた!」


 フローラが指差したところに、スライムがいた。

 件のスライムっぽいわね……妙にあっさりと見つかった。他のパーティでも、見つけるまではやっていたので、ここまでは大変ではないのだろう。

 だけど……ここから。ここからAAランクが失敗する。


 スライム……確かに少しだけ、黒い気がする。あと、ちょっとだけ大きい。アタシの腰ぐらいかしら。普通に核がある。


「……こいつ……!」


 暢気に見てると、リオが、珍しく魔物に対して怒りを露わにした。


「どうしたの、珍しいわね」

「エルフの森は広い。水源地まで行って、エルヴァーンへ流れている毒物を止めるために移動するつもりだったけど、あまりにも遭遇が早い」

「……どういうことよ」

「他のパーティの時にも思ったんだけど、よく遭遇するなって思ったんだよ。こんな小さい個体にさ。……つまりこいつは——


————わざわざ人間の前に来ている」


 ……は?


「……つまり、アタシ達、煽られてるってこと?」

「そう。どうせ倒せないだろうと、そういう感じでね」

「そんなに知能があるの、こいつは」

「あるんだよ。だから……こちらが武器を抜くまで待ってる」

「————!」


 アタシも気付いた。こいつはわざわざやってきて、攻撃してきていない。

 これは、つまり————舐められている。

 アタシは集中して、戦う意識に切り替えた。


「……リオ。何か、戦い方とかある?」

「炎は多少嫌がる。ただしエルフの森を焼くとその後が大変なので、あくまで剣に纏う程度。いいね」

「わかったわ」


 アタシはあいつの情報全く知らないし、リオがそう言うのなら、きっとそうだろう。

 エルフの森は、もちろん焼きたくないわね。お父様やお母様に対しても大きな迷惑がかかる。


「あと雷がね、効かないんだ」

「……は?」

「雷は……あいつが出してくる」

「スライムが?」

「そう。雷魔術の初級ぐらいの攻撃を連射してくる。高威力の麻痺つき高速攻撃。これに対策が取れないと勝てないだろうね」

「……」


 話だけ聞くと、本当に規格外ね。そりゃ、AAでも討伐失敗するわけだわ。


「リオ。対策はあるのよね」

「一応ね。フレイは僕とスライムを挟み撃ちする形に持っていった時に、剣で戦って。腕が伸びるらしいので気をつけて。僕がサポートする」

「わかったわ」

「ねーねー私は?」

「フローラは……水も闇も効かないし風は危ないので、フレイの後ろで回復魔術を使ってくれ。怪我で剣の動きが鈍ったら負ける」

「おっけー!」


 アタシはスライムを睨みつけながらリオが反対側に回るのを待った。


 リオが、対角線上に来た。よし……!

 アタシは剣を抜いて構えた。すると、少しずつスライムが前に来た。……へえ、本当にこっちを見て動いてる。


「ファイアーエンチャント!」


 アタシは剣に炎を纏わせた。スライムは驚いたようにぴたっと止まって固まると、そこから今までの緩慢な動きが嘘のように距離を詰めてきた。なるほど、今のは危機感を覚えたってことね。いいじゃない、戦闘開始よ……!




 アタシはスライムに対して突きを放った。するとスライムは寸前で体全体を後ろに下がって攻撃を避け、その瞬間に黒い線が伸びてきた。なるほどこれが、「腕」ね。

 アタシはそれを切り払うと、本体から分離したスライムは、そのままバシャッと落ちて動かなくなった。あの核から離れると無害のようね。


 斬られたことに余裕がなくなったのか、スライムが黄色く光った。これは……雷魔術!

 アタシはバックステップをしたけど、こんなので避けられるわけない! アタシは深呼吸をして体に魔力を溜めた……来る!


 ……と思った雷攻撃は、発動した瞬間に横に外れた。不発……?

 そこで、アタシは横に生えていたものを見た。剣? のようなものが伸びてスライムへ攻撃している。


「自慢の雷魔術が不発だった気分はどうかな、ブラックスライム」


 リオが言った……ということは、これはリオの魔術!? まさか、金属の属性!? 初めて見た、上位の金魔術……すごい! まさかこんなことができるようになっていたなんて。さすがリオね……!

 とアタシが興奮しているうちに、ヤバイことが起こった。




 スライムの腕が、アタシに、10本ぐらい伸びた。




 まずい! と思った瞬間、体の中心を狙った攻撃に剣を振るも、体中が切られて、直接叩き込まれた電撃がアタシの魔力と打ち消しあいつつも少し火傷する。きっつ……!

 そう思っていると、フローラが後ろから回復魔術をかけてくれた。この辺りは安定感のあるフローラ、距離が離れていても無詠唱で完全回復まで一瞬、助かる!

 アタシは後ろのフローラを信頼して再び腕を伸ばしてくるスライムと対峙した。


 相手もそれだけ焦って本気ということかしら。細い腕が再び何度も伸びではアタシの体の外側を切っていく。

 アタシはそれから一進一退の攻防をしばらく続けていく。


「……しかし、体が少し重いわね」


 これだけ切られてると、ダメージが蓄積するのかしら。相手もアタシが切る度にべしゃべしゃ汚い水っぽいもの地面にぶちまけてるからお互い様だと思うけれど。


「そうか……」


 リオがスライムの向こうで呟いた。


「フレイ、君にも、エルフの血が入っているんだったね」

「ん……まあ、そうね」

「そいつの攻撃を受けると、同じ病気が蓄積されていっているのかもしれない」


 ああ……なるほど。ちょっと水に混ざったものを飲む程度で熱が出るなら、十六分の一でも血が入っていると、直接やられるとそうなるわね。


「すまない、雷魔術さえ対策を取れば勝てると思っていたのに、まさか本体だけでもここまで強いとは」

「何言ってるのよリオ、それだけやってくれただけでも十分すぎるわよ」


 アタシは本心から、リオの雷魔術対策に感謝していた。というかそれがないとまず勝負にならなかっただろう。

 それに、どっちにしろエルヴァーンにとってはこいつを倒すのが遅れるという事態は何が何でも避けたい。

 だけど、これは……この状況は。

 剣を使えるのがアタシだけの状況は。

 ピンチ、かしら……。




 こういう膠着状況のとき、どうすればいいのか。

 アタシはそう考えていると……突然それこそ電撃のように、頭の中に映像が流れた。


 ソニアだ。

 ユリウスと対峙した、お母様のピンチを救ったソニアだった。




 ……よく、大人の背中を見て子は育つって言うわね。

 アタシは、あんまり見なかった。

 偽物の仮面家族が嫌いで、木剣を持った日に全てが変わった。

 そして、アタシ達は家族になった。


 剣術も、魔術も、正面から教えてもらった。

 アタシが前を歩いて頑張りたかった。

 家族を引っ張っていけたらなって思ってる。


 でも。

 お母様を助けたのは、ソニアだった。


 死が確定している中で、お母様に振り下ろされる剣を気にして、ソニアは右手を切って指を飛ばした。いつの間にかお母様のロープを切っていた。並大抵の意思の力ではなかった。

 あの時、ソニアの背中を見た。

 背中越しに、ソニアの顔を見た。


———不敵に笑っていた。


 絶体絶命のピンチでもニヤリとしていたあのソニアは、今思えば、アタシは「かっこいいな」なんて思っていたと思う。




 そう、かっこよかった。

 祖母と判明した今なら分かる。

 初めて見た、戦う家族の背中は。

 アタシには、あまりにかっこよかったのだ。




『笑顔てね、なんかこー、作ってるだけで、笑顔なるんですわ』


 あの時の言葉……。今なら分かる。単に笑顔の形に固まるって意味じゃない、心がそうなるということだ。

 だからソニアは、お母様があの仮面で心まで固まることを恐れていた。アタシよりもうちょっと先のことまで読んでいた。

 恐がりだなんて自分で言っておいて、あそこまで体を張って娘を守ったソニア。それは、きっとあのどんな苦境も吹き飛ばす顔が、心の方にも染み込んでいるんだろう。

 ……本当は、ずっとアタシより怖かったんだ。

 でも、笑っていた。


 ソニア、アタシは……あんたから()()を受け取るわ。


 あんたの病気……

 今度こそアタシが、アタシの手であんたを救う。


 あんたは、刃を持った人生のこと

 後ろ暗いと言っていたけど……


 あんたの重い過去も、

 あんたの培った能力も、

 あんたの背中から受け取る。


 ソニアの戦ってきた過去を、

 ソニアが戦わなくなっても、

 アタシが引き継ぐ。


 全部まとめて孫のアタシが————




———あんたの人生肯定してやる!




「フローラ! 信頼してるからね!」

「へっ!? あっはい!」

「———バーニングウォール!」


 アタシは勝った気になっていそうなスライムに向かって、獰猛に笑った。一瞬スライムが震えたような気がする。……案外こいつ、こっちの感情も読み取れてるのかしらね。

 毒が回る前に、短期決戦で決める。アタシはスライムに突っ込んだ。


 体の中心に腕が来る。切る。右腕を狙ってくる。切る。また複数の腕で同時攻撃をしてくる。体の中心以外は切る。フローラが回復する。再び腕を伸ばしてくる。切る。


「随分小さくなってんじゃない?」


 アタシはその間、ずっとニヤリと笑っていた。

 ああ、なるほど。これは心の方から「大丈夫」って声が聞こえてくるようだ。実際なんだか、さっきまでピンチだと思っていたのが馬鹿らしくなってくるようだった。

 無謀ってんじゃなくて、本心から大丈夫だって思える感じかしら。


 スライムは、再び太い一本をアタシの中心に出してきた。それは、今までから考えるとかなりヤケの一撃で、今のアタシには「こいつ本当に感情あるわねー」なんて余裕を持ちながら切り落とせるぐらい甘い攻撃だった。


 そして、気がついたらもう目の前だった。アタシはそのまま本当に、あっさりと、核を刺した。

 バキっと核が割れると、ばしゃっと固まっていた水が地面に溶けた。


 これで倒した、のよね。




「勝ったわよ」


 アタシは、対角線上……つまり正面にいるリオに向かって、軽く笑った。


「何か、吹っ切れたみたいだね」


 リオも、アタシを見て笑った。


「そういうんじゃないんだけどね」

「ん?」

「これは、新しく受け取れた、って感じかしらね」

「そう、よかったね」


 なんだか、分かってくれてるって感じの会話で、アタシは嬉しくなった。

 フローラは、無言でこっちについてきた。あんたもありがとね、正直あんたナシだと絶対やりたくないけど、あんたアリだとアタシの剣はもう負ける気がしないから。


 あとソニアも、ありがと。


 -


「『雪花魔術団』スライム討伐完了しましたーやっほー」

「フローラさん、お疲れ様です! この謎の任務もやはり討伐してくれましたか。まだまだ無敗伝説は続きますね」

「まだまだ続きまーす。まかせてくれたまえ〜はっはっは」




 フローラは空元気で報告してギルドを出て……めっちゃテンションダウンした。


「あ〜〜〜。活躍してない〜〜〜〜」

「何言ってんのよ、あんたの回復魔術ありきで勝てたって位活躍したわよ」

「ほんとかなー。私も攻撃魔術ばーん! って撃ちたいなー」


 フローラって怠け者っぽいイメージあるけど、かなり活躍したがりというか、アクティブな子よね。


「ところでフレイ」

「ん、何? リオ」

「体調、よくないよね」

「……!」


 リオは……当然、お見通しよね。アタシの体調は、あのスライムの攻撃を受けて黒なんとか毒ってのが入ってるのか、あまりよくなかった。かなり捨て身の戦い方だったけど、結果的には長期戦になるよりはよっぽど症状がマシだった……と思いたい。


「えっ! そうなのフレイちゃん!」

「なんかね、普通の回復じゃダメというか、まああのスライムの風邪っぽい毒が妙に高性能みたいで」

「フレイちゃんの体の中をまるっと逆行させよう」

「怖いから止めて! ほっときゃ治るって言ってたでしょ!」


 さすがにフローラのその魔術は、受けるのが怖い。紅茶からミルクが分離される魔術がアタシの体内の血をどうするかとか考えたくない。

 多分大丈夫なんだろうけど。気分的な問題で。


「じゃあ、そうだな……回復するまで僕が看病しよう」

「え、えええっ!?」

「やっぱ嫌かな、女同士の方が安心だろうか……」

「リ、リオがいい! というかフローラに看病されるとか怖い!」

「はは……手加減してあげて」


 フローラはアタシの追い打ちでかなり落ち込んでいたけど、アタシはもうそれどころじゃなかった。

 リオの看病! リオの看病ってどんなのかしら……! 絶対料理上手いわよね、扱いとかも優しいわよね、リオだし、リオだし……!




 今日のアタシは、病人のくせに、トレントの時より足を踊らせてパーティハウスへ帰った。

 途中で「もしかして元気?」とリオにつっこまれて自重したけど。

 うーん、現金ね、アタシ!

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