案外そんなものなのかもしれない。
「ただいまー」
「あんたの家じゃなくてアタシの家よ!」
「まーまーそのうち住むかもだしお堅いことは言わないのっ」
「なんでよ……?」
アタシとフローラは、結局その巨大チョコケーキをエルヴァーンの屋敷に戻ってから食べることにした。リオには悪いけど、一度こういうこと……してみたかったのよね。
「ま、今回の功労者なんだからゆっくりくつろいでちょうだい」
「フレイってほんとにお嬢様だったんだ……」
「なんか引っかかる言い方ね」
「だって、私の中でフレイって、いきなり喧嘩売りまくった初等部のでっかい女の子なんだもん」
「……ごめん、そうだったわね……」
アタシはフローラに、自分の黒歴史が掘り起こされて自分でダメージを受けた。正にその通りだ、アタシはあの頃一番調子に乗っていた。
リオに出会わなかったら今頃……ううっ想像するだけで怖い!
チョコケーキはみんなで食べた。みんなというか……具体的にはフローラとアタシと、フィリスお母様とソニアお婆様とサーリアだ。
そう、これは……エルヴァーン女子会!
本日のお客様はフローラ。サーリアが紅茶を入れて、自分も席につく。メイドと言ってもパーティでは先輩だったようだし、アタシとしても友達として一緒にいたい。
「しかし……時間操作して、超級魔術で回復ですか……話には聞いていましたけど、ほんとすごい方ですね」
「えへへぇ〜それほどでもぉ〜」
「あんた褒め……まあ褒めてるわね」
「? 今のなんのやりとり?」
「まあ……いつものよ……サーリアは気にしないでいいわ」
サーリアは普段のボケツッコミフローラを見てないので、今のやり取りに疑問を持ったようだったけど、すぐにその化けの皮が外……れてたわね。いきなりソニアの耳を触りまくったもんね。
折角のかっこいい第一印象が台無しの、ソニア復活直後のフローラを見て、サーリアもフローラに対して苦手意識はなくなっていた。
「サーリアさん! ね、ね、サーリアさん!」
「な、なんでしょうか!」
突然フローラが、サーリアを呼ぶ。
「サーリアさんがハーフエルフって本当ですかっ!?」
「あ、えと、はい」
「見たい! 見たいです!」
サーリアはソニアの方を向くと「例の子やで」と一言返ってきた。するとサーリアは顔を明るくして、ヘッドドレスを外した。
「きゃーっほんとにハーフエルフだーっ!」
「あ、あの、あんまり激しいのは……」
「かーわいいー!」
フローラは、遠慮無く耳を揉みに言っていた。サーリアから「……んっ……やぁ……」と、ちょっと聞いたことないような声が漏れる。……アタシは聞こえてない。アタシは何も聞こえてないわ!
それにしても……今のやりとり、何だったの?
「何疑問みたいな顔してん、フレイはおったやろ」
「え?」
「ほら、ハーフエルフがかわいいとかお得とか」
「あ」
そうか、あの話メイドのみんなにやったって言ってたっけ。じゃあフローラがどういう子なのかみんな知っているというわけだ。
どうも話を聞くとその時の反応はすごかったらしい。みんな興味津々に聞いていて、サーリアもその一人だったとか。
ここでお母様がフローラの方をつつく。
「ふふっ、フローラちゃん」
「あっ、はい! なんでしょうか!」
「ソニアの娘の私はねー、八分の一なんだよー?」
———お母様が。
なんと、あのワンエイスの耳を。
自分から見せた。
さすがのソニアもサーリアも驚いた。
「———わ……わ……わあーっ! すごい! 八分の一! 見たことも聞いたこともないです!」
「やんっ、触られるのちょっと気持ちいいかもっ」
「わー、わー……人間サイズで尖ってるー……」
そして当たり前のように触りに行ったフローラ。お母様も、触られて嫌がっていない。むしろ楽しそうだ。
それは、とても愉快な光景で。
アタシは優しい気持ちになって、お母様とフローラを見ていた。ソニアも、サーリアも、その二人をとても穏やかな目で見ていた。
お母様の目がアタシと合った。
「ね、フレイ」
「うん」
「私、貴族になってから貴族としてのことであまりいい思い出ってなかったの」
「……」
「でも今日は、サロンにお客様を呼んで、紅茶を飲みながら、ケーキを食べて」
「うん」
「他愛ない……本当に他愛ないお喋りをして」
「うん」
「初めて夫人っぽいお茶会してるなーって思うけど……」
「うん」
「……こういうの、いい、ね……」
「……うん」
お母様にとっての、母と、娘と、友人と、娘の友人。
ずっと求めていた、自分が求めていたことすら忘れていた。
男爵夫人として誰も欠けることのない女子の憩いの時間。
お母様は、今までになく幸せそうだった……。
アタシは、この時間を作ってくれたフローラのこと、本当に感謝した。正直、一生に一度のお願いを女神様に叶えてもらって、人間のアタシにはお返しできなさすぎな感じだなーと思いながら。
その女神様は、ご希望のケーキを食べて満足しちゃったわけだけど。
「それにしても……」
「ん?」
「ソニアってアタシのお婆様ってことなんだよね」
「そだよ。孫が超立派に成長し過ぎちゃってびっくりしたよ。あ、できればお婆様は嫌なのでそのままソニアって呼んでくれると嬉しいな」
ニコニコ言ってるけど、アタシからしたら全く老けていないソニアのエルフの血の方がびっくりだ。
「そっくりそのまま返したいわ。その全身筋肉の鎧でおばあちゃんって衝撃的過ぎよ」
「若々しいでしょ、まだまだ現役のギルドのエンフォーサーには負けないよ」
そのまま自分の腕を持ち上げて、マッチョポーズを取る。……半端無く迫力ある。フローラも「うおっ!」とか言って驚いてる。
今のソニアは、普通にお母様と同じワンピースを着ていた。お嬢様の普段着って感じだけど……まあ、忌憚なく言うわ。ぜんっぜん似合ってないわね! アタシがドレスを着るぐらい似合ってないわ! ……最後の自虐は余計だったわね、自分へのダメージで瀕死だわ……。
ソニアは持ち上げた腕の右側を見ながら、少し物思いにふけっているようだった。
「……諦めてたのになあ、ほんま、時間遡行とか反則ですわ。こうなったらもうなるべくお肌は大切にしたいわなあ……」
「うんうん! ママはすっごい頑張ったんだし、私が今までの分全部許すから、その今まで苦労を被った部分を丸々幸せになる方向に使うべきだよ!」
「はは……まだ夢見てるようやわ……孫に幸せにしてもらうと、やっぱ孫のこと、当然世界一……好きになるわな……」
ソニアは優しく目を開いてアタシを見た。そういえば、お母様と同じ目の色をしていた。ようやく気付いた。
「…………でも孫を応援したいのに……結局孫と同じぐらいフローラちゃんも世界一好きになってもうたな……」
なんだかボソボソとソニアが小声で喋ったけど、アタシも周りも聞き取れていなかったようだった。フローラはまたソニアの耳を触りに行った。
……アタシは、ソニアがすっかり救われたようで嬉しくて、安心しつつも……
「……でも不満だなー」
「えっ……この状況で何が不満なの?」
アタシがぼやいたので、サーリアが当然の疑問を聞いてくる。この状況で不満なんて、なかなか言えた事じゃない。だけどアタシは不満だった。
「……結局エルヴァーンの問題って、ドルガンを倒したのはマルガで、ユリウスを倒したのはソニアで、ソニアを生き返らせたのはフローラでしょ?」
「そうだね」
「……ねえ……アタシ、直接はあんまり活躍できてない?」
「……そう、だねー……」
サーリアも思い当たったようで、ちょっと言いづらそうにしながら頭を掻いていた。アタシ、大抵助けてもらって、自分は肝心なところで無力なのだ。ほんとこれで英雄とか大丈夫かなアタシ。
「違うよ」
「え?」
その問いにハッキリと返答したのは……最も意外な存在、フローラだった。
「違うよ、フレイちゃん」
「フローラ?」
「フレイちゃんは、主人公タイプなんだよ!」
……は? 何を言っているのこの子は。
なんて顔を、みんなでしている中、フローラはその理由を語り始めた。
「私のね、大好きな英雄譚の数々はね。大抵こう、主人公がピンチになると、誰かが助けてくれるの。それがなんていうか、救世主の星の下に産まれるとか、勇者の血に決定づけられた運命とか、そういうのが多いの」
「誰かが、助けてくれる……」
「そう、だからフレイちゃんが助けて欲しい人を呼べる力は、多分お父さん……アレスさん? からもらったんじゃないかな」
「あ————」
———そうだ。いつもピンチを救う英雄アレスは、アタシが産まれてからあまり活躍しなくなった。もしかすると……アタシがその力をもらっているんじゃないだろうか。
「じゃあ、助けてくれる人と関係を築けることを含めて、アタシの力って事?」
「そういうこと! 少なくとも私が見てきた英雄のお話って、わりと大体そんなもんだよ」
なるほど……確かに言われてみると、英雄というのはなにも一人で全部やるわけではない。必ず大切な仲間がいる。
それが、マルガやフローラのような、規格外の能力者であることは、英雄にとって何もおかしいことではないということか。
……なんか、自分で自分のこと英雄と定義づけるってちょっと痛々しいというか、恥ずかしいわね。
「フローラちゃんええこというなー!」
「えっへへへぇ〜ほめられちったー!」
「もうワタシを治してくれたことも含めて、フローラちゃんのお嫁さんに永久就職しようかなー!」
「そ、それはアレスさんに悪いよー! っていうか話聞いちゃったけど、ソニアさんももっと幸せになるべきだって!」
そうだ、ソニアの話を忘れていた。
何か、今までこの人のマイナス分をチャラにできるほどのアイデアはないかしら。
……残念だけど、あまりにもマイナス成分が大きすぎて、とてもソニアの業を帳消しに出来るほどのものはないわね……。
「いやいや、今のままで十分やって。これ以上何かもらうと、また罪悪感出てしまいそうやし」
「そんなあ……」
「じゅーぶん。もらいすぎたから」
「えーっ、具体的にどれとか?」
「例えばそこの孫かな」
孫? アタシ?
その回答に皆の注目が集まり、無言で自分の方を指差し驚いていると、ソニアは頷いた。
「なかなかね、こういう年齢になると、孫ってものとこういう関係自体できないんよ。疎遠になったりするし、エルフはエルフ自体が数増えないし、人間は孫と共闘できる年齢の限界が早い」
「年齢って、いくつなのよソニアは」
「63ぐらいかな」
……思った以上に、年上だった。
「なるほど……ベテランなわけね。じゃああのユリウスっていうのも」
「当時でも10歳年下だったよ」
「君付けで呼ぶわけだわ」
「そゆこと」
ソニアは、空になった紅茶のカップを眺めながら、ゆっくり呟いた。
「娘を産んで、自分のやるべき事を他人に全部やってもらって。
罪悪感でこの世の全ての罪を背負える気になって。自分から散々な生活しておいて。
こんなヤツ今更幸せになれるはずない思ってたのに。
娘が生きてるだけでも幸せなのに、孫まで出来てな。
その孫と冒険者として戦って、しかも助けてもらう。
娘の命を助けて、孫の友人に自分のヘマを全部治してもらう。
娘に母親として呼んでもらうと同時に、孫に友達のように呼んでもらう。
そして今は娘と孫とお茶会や。
なかなかこんな恵まれた結末ないし、
こんな幸せで楽しい婆さんおらんで。
だから……確かに———」
ソニアは言葉を切って、耳を触っていたフローラの頭をわしゃわしゃと撫でながら、
「———クォーターは……お得やな!」
そう言って、太陽のように笑った。
-
「もう帰るん?」
「リオに面倒なこと押しつけて、ここでくつろいでるだけでも罪悪感ちょっとね」
「ああ、そらそうか……」
アタシは、日も傾き始めた頃にフローラとともに雪花魔術団へ帰ることにした。
「ま、アタシら戻るっつっても近所だし。ソニアも場所知ってるから来たかったらすぐ来ていいわよ」
「かわいいソニアちゃんなら大歓迎だよ〜!」
「アッハハハ! 孫と同い年の美少女ちゃんにかわいいちゃん付けで呼ばれるなんて、ほんまええ気分やなあ!」
フローラとソニアはすっかり打ち解けきって友達同士って感じになった。フローラにとっては混血がどうとか、ほんとどうでもいい問題だったわね。知った上でも年齢の壁もない感じだし。
……そしてもう一人、フローラと非常に近いというか……そういう人がいた。
「フローラちゃん、もう帰っちゃうの?」
「あっフィリスちゃん! うん、リオにも迷惑かけたし」
「そっか……また、会いたいな」
「おいしいケーキの新作が出たらすぐ来るよ!」
「うん、絶対だからね?」
……お母様だった。ソニアの娘となったお母様は、ソニアのことを必ず「ママ」と呼び、なんだかひとまわり幼くなったようだった。これでアタシと会話する時はお母様の顔になるんだから器用なもんだと思う。
フローラが完全に同い年の友達扱いする上に、それで全く違和感がないんだからもう完全にアタシの妹みたいな感じになってた。二人とも当然アタシの年上なんですけど……。
まあ、フローラだし、こういう所は今更か……
……っていうか、ハグ! ハグがやばい! ここにきて近い身の丈の、4つに増えた悪魔の実がすごいことになる。そうだったこの二人がこうするとそうなって当然だ。
ソニアとサーリアが「どうやったらあんなのがつくんやろ……」「わかります……」「ほんまにワタシの娘なんかなあれ……」と死んだ魚の目で呟いていた。ちょっとその会話アタシも混ぜなさいよ。
「私もリオさんともうちょっとお喋りしてみたかったな」
「そ、それはだめだよ!」
リオと会いたいというごくごく普通の希望を言ったお母様に対して、まさかのフローラ全拒否にアタシは驚いた。
「えっ、な、なんで?」
「あの……えっとそのうち! そのうち時間ができたら! ね!」
「むう、仕方ないわね……約束よ?」
「うん!」
お母様はしぶしぶ引き下がることにしたらしい。……まだ若干不満顔だけど。
「それじゃ、アタシら行くわね」
「またねー!」
アタシ達は、エルヴァーンの屋敷を去った。……今日は本当にいい一日だった。ここしばらくの大変だったことを、全部チャラにして有り余るほど幸せだった。
「……ところで」
「ん、なーに?」
フローラに、今さっきの疑問をぶつけることにした。
「……なんで、お母様……フィリスに、リオと会うことをあんなに拒否したの?」
「ああー……それは、ねー……」
珍しく言いづらそうにしていた。アタシがじーっと見ていると、こちらをチラチラ見ながら、言いづらそうに口を開いた。
「……リオの…………だから……」
「は?」
「だから、その……フィリスちゃんめっちゃかわいいし色っぽいから、リオの好みだったらやだって思ったの……」
顔を真っ赤にして言うフローラ。
……ああ……なんか、すごくわかる……アタシのお母様って言わなければ、十分すぎるぐらいアタシより女の魅力あるもんねお母様……。人妻だからリオが手を出すとは思わないけど、それとこれとは別問題だわ。
やばい、そう考えるとアタシが一番希望薄い。かなりつらい。
「な、ないしょだよ、リオにもフィリスちゃんにも」
「いいわよ、黙っておいてあげる」
「よかったぁ……」
……この子、リオへの恋心、アタシが全く気付いてないつもりなのかな?
あと、アタシが……その、リオにってのを、この子は……。
……いや、やめよう。今日は何もかもフローラのおかげだった日なんだし。こういうこと考えるのは、後回しにしよう。
なんだかアタシ、いっつも後回しにしている気がするわね……。
-
「帰ったわよ」
「イエーイ!」
「おかえり、遅かったね」
リオは当然やることを終えており、部屋で本を読みながらくつろいでいた。紅茶のいい香りがする。
アタシの視線に気付くと、リオはポットに手を置いて立ち上がろうとした。
「あ、飲む?」
「ううん、いいわ。エルヴァーンの屋敷でくつろいできたから」
「おや……そうだったんだね」
「悪いわね、女子だけで集まってたから、リオは呼ばなかったのよ」
「それは確かに、僕が混ざっても居づらいね」
軽く笑うと、再びソファに腰を落ち着けて本を開く。
……そうね、今日も本を開いている。何の本を読んでいるのかしら。
そういえばフローラは、リオから神級魔術を教えてもらったと聞いた。そしてリオは、神級どころか超級も、魔術によっちゃ上級も使えない。浅く広く使える。
だけど、教えた。なんといってもアタシにも雷魔術を教えた。
少し、聞いてみようかしら。
「ねえリオ」
「うん?」
「フローラ、神級魔術使ったわよ」
リオが、ぴくり、と反応する。そうして本を閉じて、机に置いた。
……そういえばフローラはどこに行ったのかしら。
「そうか……あれを見た人は?」
「アタシと、お母様と、サーリア……ソニアも知っているし、お父様も知ることになると思うわ」
「なるほど、じゃあまあ……いいかな」
ぼんやりとした答えをするリオ。いまひとつぴんとこないアタシは、リオに少し責めるように質問をする。ちょっとずるいやり方だ。
「……ふん、結局何も教えてくれないのね……」
「えっ……! ああっ、ごめん! そういうつもりじゃなかったんだ。気を悪くしないでくれ……」
「い、いいわよ別に怒ってないから! 言ってくれればいいの!」
「そう……ならよかった……」
あ、危ない。まるでリオを置き去りにしたような、本気で悲しそうな顔をされた。今のリオはナシだ。ナシナシ。もう二度と見たくない、心臓が止まりかける。
「フローラの魔術はね……ちょっと反則的な強さというか」
「まあ、それはわかるわ」
「万能ではないとはいえ、死者の蘇生だからね……教会でも使える人はいないだろうし、いるのがばれたら……フローラ一人を求めて争いが起こりかねない」
「……そう、ね」
「フローラもさすがにそれは分かっているからか、信頼している人の前でしかやらないはずだよ」
「じゃ、アタシの家族は合格なわけね。安心した」
「それは間違いないよ」
アタシは、リオから解答をもらってひと安心したところで、更に質問を投げかけた。
「あれ、リオが教えたんだよね」
「ん? もちろんそうだよ。古い書物に載っていた現代の魔術師では使えないってレベルのもので、使わせてみたら……まあ普通に使えたと」
「……使えるもんなの?」
「まさか……僕もさすがに、目の前で混ざった紅茶が戻った時は恐怖を感じたよ」
「恐怖?」
「この魔術ってどこまで影響するのかなって」
…………確かに、その影響下に入るのは、怖いわね。ソニアの体の治り方は、ヒールの範疇をあまりにも超えていたし。皮膚だけに影響を絞ったのは、やはりフローラの能力の高さってところかしら。
……折角だし、もうちょっとリオと喋っていこう。
「ところで」
「ん?」
「リオってさ、そういうすごい本とか、今読んでる本とか。どうしてそんなに本を読んでるの?」
それは、前から聞いてみたい質問だった。
リオは、本当にいつも本を読んでいる。そしてその莫大な知識は、アタシとフローラにとってもはやなくてはならないというより、ないと途端にパーティが成り立たなくなるであろうレベルだった。
使えない魔術も含めて、どうしてそこまでしているのか。
「ううん、そうだなあ。知る、ということが楽しい、もしくは読むだけで楽しいからかな……」
「知ることが楽しい……それで今のような知識を?」
「そうだね……」
興味があったリオの内面の話だ。ちょっとアタシは姿勢を正してリオの対面のソファに腰を落ち着ける。
「最初はね、冒険者としての知識を集めるという目的のためにやった。フレイには話したけど12歳頃には頭打ちだったからね、魔力」
「……」
「でもね、手段のための読書が、いつの間にか目的になったんだよ」
「手段が目的に……?」
「うん」
リオは、そう言って書物を手にとって、表紙を撫でた。
その表紙……題は『エルネスト王子の選択Ⅱ』と書かれている。舞台の台本のようなものだった。
アタシが驚いたのは、リオが舞台でもやるのかとか、そういうのではなかった。……アタシは、このタイトルを知っている。その内容は——
———王子と、姫と、女騎士の演劇。
これ、リオも知ってるんだ……。
「本が目的となったから、とにかく読書が面白かった。きっと冒険者のための勉強ってだけなら、ここまで詳しくはならなかっただろうね」
「……」
「極端な話、冒険者になれなくても読んでいたかった。結果的に、料理はフローラが出来なかったためパーティでは必須だったし、使うかわからない趣味で読んだ神級魔術の知識はフローラが使えて、巡り巡ってソニアさんを助けることもできたりと、こうやって役に立った。
でも、助けるために準備して知識を集めたんじゃなくて、役に立ったものは全てただの好奇心だった。学園を卒業しても、何か読んでい続けたいってね」
リオは、手元の本の表紙を見せる。
「こんな台本も、この知識で重要な人と話が合えば、そこから何か成功に繋がるかもしれない。でも僕は、そんなことは何も考えず趣味で読んでるんだ。
……いざ本当に役に立つ、自分を助けるものって、案外そんなものなのかもしれない。何がどう影響するかわからないからね」
……そういえば、ソニアも言っていたわね。
耳は、恐怖に駆られて切り落としただけだって。その結果、クォーターってばれなかったって。
アタシ自身マルガを助けたのも、何の打算もなく助けたけど、結果的にアタシが助けられたし。本当に、友達が欲しかっただけだった。
騎士学校は剣術目的で入ったけど全然だった。
……そういえば、乗馬は面白かったわ。
まだ、役にも立ってない、目的もない、そんな乗馬。
もしかしたら、今後大切な場面で使うかもしれない。
使わないかもしれない。
でも、とりあえず……使える。
なるほど、本当に役に立つものって、わからないんだ。
リオは、その知識の幅が「極端に広い」のね。
それを、苦に思わず習得する元の性格がある。
やっぱり……すごいな。
「おいしいおいしい……」
フローラが、チーズを手にもっちゅもっちゅ噛みながら出てきた。ほんっと、酒探して徘徊してた時といい、この子の家でのキャラ、完全にダメダメぽんこつ残念美人よね……。
ていうか……あんたあんだけケーキ食ってまだ食うの? よく太らないわね……と思ったけど、そうよね、あんたの脂肪は絶対無条件で全部胸にいくような仕組みになってるわよねチクショー!
「ねーリオ」
「なに?」
「その舞台って前みたやつ?」
え? 舞台ってフローラも見に行ったの?
「そうだよ、一緒に見に行ったやつ」
「台本とか読んでるんだ、別に演じるわけじゃないよね」
「そりゃもちろん」
まあ、そりゃ演じるわけないわよね、ちょっと安心した。ちょっとがっかりもしたかしら?
でも、『王選』人気だったけど続編出てるんだ、知らなかった。
……ていうか今、一緒に見に行ったって言ったわよね? そうか……2人で2年も冒険者やってたら、一緒に舞台を見に行ったり、美術品を見に行ったり、楽団を見に行ったりも、するわよね……。
アタシが一抹の寂しさを感じつつも、その劇が気になったので聞いてみる。
「リオ」
「ん?」
「その劇だけど……アタシ見てないんだよね、面白い?」
「うん、今ある中だとやっぱり『王選』が一番かな」
「じゃあ、さ———」
———お姫様と女騎士は、どっちが好き?
……それはあまりにも直接的過ぎて、質問の意図が分かりやすすぎて言えるわけないわね……。しかもフローラの前で……!
ああ、どうしよ、言っちゃったし、今の流れで話しかけておいて何も聞かないのも、変、よね……。
えーっと、えーっと……。……そうだ!
「そ、その舞台、1と2だとどっちが好きかしら?」
リオは、アタシの質問を聞くと、頭を掻きながら「うーん……」と唸りながら……部屋の外へ出て行こうとした……。
ちょ、ちょっと! 答えをもらってないんだけど!
「難しいけど、どちらもいいよ……でも、敢えて言うなら…………好きなのは、2……かな?」
リオは、最後にぽつりとつぶやくと、そのまま出て行ってしまった。
……なんか、機嫌損ねちゃったかしら……?
「言うの嫌だったのかな……どうなの? フローラ」
「……」
「どうしたの?」
「あっ、ううん、チーズなくなっちゃったなって」
「あんたね……」
「えへへ」
そんなフローラの脳天気さに呆れつつも、とりあえず応接間にリオもいなくなったし、木剣でも持って素振りすることにした。
「熱心だねー」
「そんなんじゃないわよ、毎日振ってるのが楽しいからやってるだけよ」
「楽しくて強いんだね!」
「よくわかんない言葉使わないでよ……」
アタシは曖昧に会話を済ませ、外に出た。
素振りをする。昔は両手でやってたけど、最近は左手で杖を持っていることが多いので、片手の素振りだ。
強くなるためとかじゃなくて、ただ、この剣を持つ感触が好きなんだろうと思う。
片手でもお父様に勝つために振ってる気もするけど、そうでなくてもお父様と戦うイメージをしながら振るだけで楽しい。
ふと、そこでリオのことを思い出した。
そうか、これってもう目的のために振ってるわけじゃないわね。アタシにとって、剣を持って振るという行為自体が目的なんだ。
フローラのことも思い出した。
なるほど、剣を振るだけで楽しいから、強くなりたいと思わなくても強くなることが強みだってことか。ちょっと言い方が不自由だったけど、なんだかんだあの子もちゃんと本質分かってるってことなのね。
このパーティで剣を持つのは現在アタシだけ。
さっきリオのこと……すごいって、羨ましい才能って、思ったけれど。二人にとってアタシの剣を持つのが好きなだけってのも、羨ましいって思えるぐらい特異な才能、なのかしら。
……自分のことって、わからないわ。
ま、気にしてもしょうがないわね。
それじゃ今日も楽しく素振りさせてもらうわね。アタシは栄養が胸じゃなくてお腹に行きそうだし。
……最後の最後に、自分の心を抉るのいい加減にしたいわね、アタシ……。