一生に一度のお願いを使っていいのなら。
R15じゃないままはじめて本編完結させたため、どこまで書いていいのかすごくこまる……。このぐらいなら大丈夫かな……?
朝起きると、リオが既に支度を済ませていた。
「……そんなに寒かった?」
……アタシは、自分の胸の中でスヤスヤ寝息を立てているソニアを見て、嘆息した。
「まあ……事情があって……ちょっとね……」
「ふうん……まあいいけど……………………ほんとに抱いて寝るんだな……」
「ん? 何か言った?」
「いや、何でもないよ」
何かリオが呟いたけど、聞き取れなかった。
「……………ふむ、脈ありますな……」
「!? あんた寝てないわね! 起きろ!」
「ああんっ寒いっ!」
ソニアは思いっきり起きて会話を聞いていた。なんだか猛烈に恥ずかしい情報収集されてる気がして、アタシは蹴って起こした。
……確かにちょっと、いなくなると寒いわね。
-
「こっから大声厳禁ね……キルサウンド」
アタシたちは、まだ太陽が昇ってないうちから、行動を開始した。
「てわけでそろそろ行動を開始する可能性があります。それでは見に行きましょう」
「う〜っなんだかんださむいわね〜、まあいいわ、見に行きましょ」
「いえ、フレイちゃんはおやすみです」
……は?
「ちょっと、ここまできてどういうことよ」
「……あんま言いたくないんだけどね、フレイちゃん……激昂して飛び出したりしません?」
「うっ……」
「昨日のアレ見ると、正直言って勝算なくなるんだよねフレイちゃん。だから、ナシ。そもそもリオさんの護衛のために来たんだから。もしもこれでリオさんが危険になると、多分フレイちゃん立ち直れないよ」
「ぐ……そう、ね……まあアタシはドルガンのやつを見ているから今更だし……」
「てわけでね、おまちくださいな。悪く思わないでね」
ソニアはすいすいと先に行ってしまう。その姿を見て少し落胆……いや、自分の未熟さを感じて結構落胆していると、近くで会話を聞いていたリオがやってきた。
「ソニアさんと昨日何かあったようだけど……まあ家族のことだから深くは聞かないよ。というかソニアさんもフレイに対して妙に秘密主義だから僕も珍しく熱くなっちゃったけど」
「え? そうなの?」
「第三婦人の世継ぎがどうとか、気にしないよ。……でもね、なんだかフレイにまで秘密にしているというのを見てると、昨日はちょっと頭に来たというか……余計だったかもしれないけど」
……リオ……昨日のあんた、確かにすっごいグイグイ行ってたから驚いたけど、アタシのためにそこまでやってくれてたの……? ていうか、そんなことのために頭に来てたって、もう、もう……!
「リ、リオがアタシのためにそこまでやってくれるなんてもちろん嬉しいわよ、余計なんかじゃない、その、あ、あーまあ感謝、するわ」
「ん、よかった、どういたしまして。それとさ、なんだかんだフレイがついてきてくれて安心なんだ」
「え?」
「フローラが圧倒的に強いから、本当に戦闘は任せっきりでね。でも我慢があまりきかないから……今日みたいに相手の監視をする時、相手を見ずに反対の方向だけを見続けられる真面目で真っ当でフローラ同様に強い人って、本当に貴重なんだ。だから、このパーティではフレイをそういう所で頼りにしたいんだ」
リオが、フローラと同じレベルで、アタシの力を評価して……フローラ以上にアタシを頼りにしてくれている……!
その事実は、アタシの心を躍らせるのに十分すぎる破壊力だった。
「任せなさい。アタシがあんたの背後、ちゃんと守ってあげる」
「よかった、これで安心できるよ」
リオが本当に安心したように目を閉じて笑って、「キルサウンド」と自分とアタシに二回音を消す魔術を使いソニアの方へ行った。
「……リオさん、うまいっすなあ……ワタシはああいうのてんでダメですわ……」
「ん、何です? フレイは信頼できますし、安心ですね。連れてきてよかった」
「うわーこいつ天然かーまじかー……。…………。……ほんま……おにあい、なんやけどなあ……応援したいのになあ……」
「え?」
「いや、ワタシがフローラちゃんのこともフレイちゃん並に好きだって話です、気にしないで下さい」
「はあ……」
なんだか曖昧な会話を聞きつつアタシもついていく。信頼できる、安心、連れてきてよかった。ああもう、今回これだけで報酬十分だわ……。
「……すぐそこです」
「なるほど」
二人は岩肌と草の境目の崖から、下側を見ているようだった。
アタシは、二人の後ろ姿を確認すると、二人に背を向けて、茂みに身を潜めて二人を護衛する姿勢を取った。
「……あれは……」
「……はい…………で……」
「…………ほど………………したね」
二人の会話から察するに、来たんだろう。アタシは少し気合を入れ直す。
「……………………」
「……」
「…………!」
「……?」
「…………。……………………」
「…………」
気になる……気になるけど、ここで後ろを気にしたらアタシはぽんこつフローラと同じレベルの信頼度になってしまう。
リオの信頼を無碍にするわけにはいかない……!
でも、本当に、長いわね。
一体何を見ているのかしら。
……。
…………。
そろそろ、戻る頃かしら。……そう思っていた矢先、
「…………」
「…………」
「——!」「……ッ!」
二人の様子が明らかにおかしい。何か、動きがあったようだ。
アタシが気にしようとした矢先——
———人間の男を視界に捕らえた。
アタシはリオに声をかけた。
「リオ」
「ん、何?」
「人間の男、二人」
「わかった。……ソニアさん、僕が行きますので引き続き」
「ええ、見ときますよ」
アタシはリオと草陰に隠れて、男二人を見る。やる気は無さそうで、少しこちらを見たかと思うと、「あ〜だりぃ〜」「こんな山に人いねーって」と言い合いながら、近くまで来た。
「ていうか魔物強いしアホでもないとこねえよ」
「ユリウスさんもきびしいよなー」
「昔は女遊びすげー人だったらしいけど、よくわかんねーけどよ、突然世の女全員嫌いになったらしいぜ」
「エルフやドワーフみたいな汚い血や混ざりモンとかならわかるけどよ、もう人間の女も信用してないってわけかい」
「人類主義の後は男主義になったりしてなー」
「あの人なら王国中の女殺すまでやりそうだわ」
「どうすっかなー俺女は好きだしなー」
「俺もだよ、今度の仕事成功したら抜けるか?」
「誘拐だっけ、ああ成功したらもう抜けるわ」
「帝国でも行くか?」
「そうだなー」
そう言いながら去っていった。……よくばれなかったわね、というか、すっごい会話丸聞こえだったんだけど……。
そう思って足下を動かす。小石が擦れる感触と……無音だった。そうだ、アタシたち、無音の魔術使ってたわね。相手が喋ってさえいれば、草木が多いこの山の中じゃ圧倒的にこっちの方が有利だったわけね。
「……行ったようだね」
「さすがに緊張したわ」
「勝てても接触はしたくなかったし、どうやら……向こうはやる気自体なさそうだね」
「娘を9年通わせた狂気のバンガルドしか見たことなかったけど……末端はあんなもんなのね」
「正直『まあそうなればいいかな』程度の願望で入ってるって人も多いと思うよ。誰かがやってくれる、ここにいたら何もしなくてもそれだけで実行メンバーになれる、そういう感じでね。……脅しただけで逃げそうな気もする」
何もしないけどメンバーでいたい? アタシにはそういう感覚ってわかんないけど、リオがそう言うならそう言うもんなのかしらね。
何にせよ……今の話、ちょっと気になるわね。
「ねえ、リオ、今の話だけど」
「誘拐だね」
「そう。アタシ、連中が誘拐するって言われても誰が誘拐されるかとかピンと来ないんだけど」
「本当に?」
「なによ、その驚いた顔。アタシが呆けてるみたいな」
「いや、確かに当事者なら……そんなものかもしれないな」
「……どういうことよ」
「人類主義にとって邪魔な存在、それは———
——ルナ王女、マルガレータ公爵令嬢、そして……先日の事件の中心人物であるエルヴァーン男爵令嬢……つまりフレイ及びその周囲だと思う」
——————。
そうか、そうだ、当たり前だ。何を言われるまでアタシはボケていたんだ。
奴らにとって最も邪魔な存在。
あのハーフエルフとバンガルドの騒動の中心。
それは、アタシだ。
「ごめん、リオ。完全にアタシ呆けてたわ。そうね、アタシよね」
「そういうこと。だから、フレイは気をつけて欲しいんだ」
「もちろんよ。っていうかまあアタシは大丈夫だと思うし、お父様を暗殺しようとは思わないし……王女様とマルガはどう考えても手を出せないわよね」
「……」
「……ねえ……リオ……」
「ごめん、君にあんだけ言っておいて、僕も何を呆けてたんだ。もう一人しか残っていないじゃないか……」
リオは、真剣な顔をして、アタシに告げた。
「人類主義の誘拐対象は……恐らく、フィリス・エルヴァーン……つまり、フレイの母だ」
アタシは頭が一瞬真っ白になって、それからリオに、口元に指を置かれていることに気がついた。
「———ッ!」
「大きな声を、出さないでね……僕は今からソニアを呼んでくる」
アタシが黙って頷くと、リオはそのままソニアを呼びに行った。こういうときのあんた、本当に助かるわ……確かにアタシじゃ、激昂して大声上げておしまいね。
「…………」
「なん……」
「……つい……。……は…………」
「……。…………」
「…………」
「……」
ソニアは、リオと少し喋ると、ゆっくりこちらに戻ってきた。
「……まずいっすな、もしかしたら……」
「もしかしたら?」
「我々がココにいるのがばれている可能性があるんですわ」
「……は?」
「だからフレイちゃん、うちらがここにいるの、最初から分かってるっぽいのよ。元々」
「……ソニアさん、まさか」
「ええ、リオさんほんま話が早い。すぐ降りましょう」
「はい」
「ちょっと、どういうことよ……!」
アタシは大声を出しそうになるところを何とか必死に抑え、ソニアとリオを追って下山していく。二人は急いでいるようで、リオももう滑るのお構いなしでついていく。ああもう危なっかしい……! 怪我しないでよね!
「アタシにも説明しなさいよ!」
「……人類主義の様子、見ていたよ。結論から言うと、フレイに見せなくて正解で、見ても意味はなかった、ということだ」
「リオさん、すんません、まさかここまで裏をかかれるとは……」
「いえ、あなたができなかったのなら誰がやっても同じ結果だったでしょう。むしろ屋敷からあなたを離してしまった僕のミスです」
「説明しろっつってんのよあんたら! ぶん殴るわよ!」
二人がどんどん先に先に話を進めているので、いまいち話についていけないアタシは頭に来た。
「ああっごめんフレイ。僕から説明するよ。……取引の内容はね、会話の内容までは詳細には分からなかったけど……エルフの耳の、切ったものを見せびらかすように持ち上げていたよ」
「なっ……!?」
「だからフレイに見せなくて正解。見せていたら飛び出していただろうね。……でもさ、それって何の意味もないよね? ただ僕にとっては、もう人類主義を絶対に許せない十分な理由にはなったから、来た意味はあったけどね……」
「…………」
リオが、珍しく本気で怒っている顔をしている。このリオも、もちろん……。
……ううん、いいとは……言えないわね。
アタシ、怒りに燃えるかっこいいリオも好きだけど。やっぱり、賢くて冷静でかっこいいリオや、照れたり恥ずかしがったりする可愛いリオや、他の男にはないやさしくて笑顔の綺麗なリオが一番好き。こういう顔は、あまり、させたくない。特にアタシが関わってる以上は。
……さっさとこんな騒動、終わらせてやるわ。
「あと、ユリウスってやつ、いなかったけど……それも気になるんだよね」
「どういう、こと?」
「あまり言いたくはないけど、誘拐犯の実行メンバーなら実力が高い人間が集まってた方がいいよなってこと」
「——————あっ……!」
そうか、そりゃ当然だ。誘拐が戦力を最も投入しなければならない場所なら、もちろんそうする。
「それに……」
「まだあるの?」
「意味がないんだよ。そういうエルフの耳とか見せびらかすのも、そこまでがあまりに長かったのも」
「……え?」
「目的は……激昂させる。そして……その場に繋ぎ止める……とか、ね……」
「は!? それじゃ、アタシたちは……」
リオが悔しそうな顔をして下山する中、先に行っていたソニアが、呆然として、少し泣きそうな顔で、こちらを見上げていた。
「……リオさん……」
「どうかしましたか?」
「すみません……本当にすみません……」
「ソニアさん……?」
「完全に、これは、ワタシの失敗です。やられました」
「まさか……」
視線の先に、杖を持って息を切らせた、サーリアがいた。
この様子は……もしかして…………そんな……!
「……完全に、ワタシがいないところを狙われてしまったようです」
-
アタシはサーリアに詰め寄る。
「どういうことなのよ……!」
「フードつきの男が現れて……買い物帰りのフィリスを連れ去りました……」
「サーリアがいながら、どうして!」
「ごめん、なさい……! 私は、いつも誰か護衛がいることに頼ってばかり、で……こういう時、本当に、だめで……」
サーリアがアタシを見て、悔しそうに唇を噛んで膝をついた。……無力さに関して一番気にしているのはサーリアだろうし、悔しいけど……アタシはサーリアを責める気にはなれなかった。
「いいわ……護衛、つまりやっぱりソニアのことだったのね」
「あ……っ! 申し訳ありませんソニア様、私が迂闊に口を滑らせたばかりに」
「ええよサーリアちゃん、もう一通り話している、というかばれましたわ。ここのリオさんは頭ええし信頼できるから、話しても問題ない」
「リオ、さん?」
そこでサーリアは、初めてリオを見る。そうだ……リオを見るのは初めてだったわね。
「あなたが、リオさんですか?」
「はい。レナード……と呼ばれることはもうあまりないので、リオと呼んでください。『雪花魔術団』のサポートをやっています」
「はい、お嬢様……フレイからお話を伺っています、よろしくお願いします」
リオは少し考えた後、二人の様子を見て、
「もしかしてヒーラーですか?」
「えっ……ええ、そうです」
「まだアレス様には救援は?」
「あっ……急いで追ってきてしまったため……」
そうか、お父様はなしか……。仕方ないわね。
リオはそれを聞くと、次の指示に移った。
「ではこちらはフローラ……パーティのリーダーが帰ってきていないか確認しようと思います。彼女がいれば確実ですから」
「フローラさん、ですか。わかりました」
サーリアは、フローラに対して……思うことがないわけではないと思うけど、今はそれどころではない。その救援に頷いた。
リオは、ソニアの方へ向く。
「ソニアさんは、聞きませんが恐らく誘拐した相手を一刻も早く追いたいでしょうからフレイとともに山の上へ」
「……了解っす」
……ん? 何だろ、今の言い方……。
「サーリアさん、水色の髪の男、相手のフードの色は?」
「えっ……? あ、あの、赤くて、きらきらしていました」
「サラマンダーの鱗ですね。フレイ、火魔術は相手が風だろうと効きづらいはずだ、雷メインで戦うように」
「わかったわ」
「それでは早めに行動しよう。幸運を!」
リオは、サーリアに確認後アタシに手短に告げると走って下山した。
その様子を見ながらサーリアとソニアを見……あれ、二人ともリオのほうを見ている。
……ちょっと、急がないとダメなんじゃないの!?
「行くわよ!」
「あっと、そうだね!」
「よし、行こか」
走りながらも、サーリアもソニアも考え込んでいるようだった。
「どうしたのよ、サーリア。急いでるんでしょ」
「あっ、うんもちろん。……あれが、リオさん、ですか」
「……なによ、まさかあんたもリオを狙って……!」
「ち、ちちちちがうよ! そんなわけないでしょ!」
「そんなにリオが対象に入らないぐらいダメだったわけ!?」
「そうじゃなくて!」
なんなの!? サーリア、あんた、やっぱりリオのこと狙ってるんじゃ……あいたっ!
頭を押さえて後ろを向くと、ソニアが少し笑いながらげんこつを作っていた。
「アホウ、いくらリオさんが好きやからって暴走しすぎだよフレイちゃん」
「な、なによ!? なんなのよ!」
「つーかあんたらの団はリオを信用しすぎやし頼りすぎ。ま、あの人がずっとあそこにいる以上それでええけどな」
「なによ急に……どうしたのよ」
「……サーリアちゃんが気にしたのは、サポート能力やろ」
ソニアの指摘に、サーリアが、真剣な顔をして頷いた。
「フレイちゃん、本当に気付かなかったの?」
「何よ」
「私、コートの男って言ったんだよ。なんで「水色の髪の男」って言ってきたの?」
「……あっ!」
アタシがそのことに気付くと、ソニアも重ねてきた。
「せやでフレイちゃん、あれ確実にユリウスと確信した上で、質問が手短になるようにローブのことだけ聞いた」
「……そして、ローブから火魔術が効かない、つまりアタシ対策をしているということを聞いたと」
「そういうこと。……限りなく少ない会話回数でな」
……ぜんっぜん気付かなかった。ていうかアタシはリオの指示受けてるだけでいつでも大丈夫だったから、気にしたこと自体全くなかった。
言われてみれば、確かに二人が感心するのも分かる。判断が半端なく速い。
「しかも、サーリアがヒーラーだと会話だけで見抜いたし、……未だにワタシが言ってない……本当に誰にも、エルヴァーンでも知られてない、ユリウスとの確執のことも勘づいとる……」
「ソニア様と……ユリウスとの、確執ですか?」
「そう。まだ話さないけど……多分あれ、初日には予想立てられとったな。『家』では20年近く隠し通したのになー油断したわ……」
ソニアの言葉に驚いた。あの、リオとソニアがいて、フローラが寝坊してきたあの日、既に……?
「初日って……いつよ」
「ユリウスの名前を呟いた瞬間の変化に疑問持たれたんだろね、その後人類主義の誰に会っても大した顔しなかったんでほぼ確信持たれて……さっき罠かけられて、ワンテンポ返事に遅れたところで確定、かなあ……。
……まったく……フレイちゃんにワタシのこと秘密にしてたからいうんで、完全に情報狙われとる。ほんと、やり手やなあ……」
「…………」
アタシはもちろん、サーリアも絶句していた。……当然だろう、アタシが生まれる前から隠されてきた秘密に、いきなり触れられたんだから。
しかも、リオは初日で勘づいたと言った。20年間気付かなかったサーリアの衝撃は相当だろう。
「……フレイがリオのこと信頼してるというのも、わかったよ。正直、フレイがリオの友達で……というより、フレイがリオの敵じゃなくて感謝するしかないよ」
「ふふん、すごいでしょ。あれでアタシの魔術の先生なのよ。アタシも圧倒的に魔力が勝った今でも絶対敵対したくないわ」
「そこがすごいよ……それに」
「ん?」
「なんだか本当に綺麗な青年というか、あまり見ないタイプだね」
「……うん。リオって、やっぱりアタシの中で唯一というか。いないのよね、ああいう頼りになるけど優しい男って」
「直接会えて良かったよ……フィリスちゃんにも、話したいな」
「ん……」
アタシはサーリアとの会話をお母様の話で終えて、再びその小屋付近に向かって山道を走った。
お母様、無事でいて……!
-
小屋の周りには男がいたけど、どっちみちアタシたちが来ることは想定しているのか、ずらずらと外に出ていた。
さっきのやるきのない男が目につく。
リオに言われたことをふと思い出して、男に声をかける。
「ね、あんた」
「ああ? なんだ?」
「あんた、ぶっちゃけやる気ないっしょ」
「……なんだいきなり」
「さっき上巡回してた時に、アタシ近くまでいたのよ」
「なっ……!」
やっぱり。さっき近くにまで来ていた二人組だった。
「厳しそうなリーダーじゃない。アタシが進言したら処刑されちゃいそうねー」
「……」
「尻尾巻いて逃げるんなら追いかけないけど? ちなみにアタシ自身本物のドラゴンスレイヤーだし、敵対するならアクアドラゴンの肉体削った雷上級魔術と同じもの容赦なくぶつけるからね」
アタシがそう言うと、急に青くなった男達は……本当にあっさり武器を捨てた。まさかこんなにすぐ放棄するとは思わなかった。
「割にあわねえ! 俺はもう抜けるぜ!」
「あっテメ、俺もやめだ!」
男達は次々と武器を捨てて走って下山した。
「……ほんとにリオの言ったとおりだったわね」
「魔物も出るのに武器捨てていいのかなー」
「……まあ、やられたらやられたで自業自得でしょ」
アタシはもうあいつらには同情しないことにした。まあ誘拐のことを教えてくれたという意味では感謝してあげてもいいけど。
小屋の前で、ソニアが真剣な顔をする。
「……フレイちゃん」
「ん」
「ここからは……フレイちゃんが行って。ワタシは横から助けに入れないか見てくる」
「わかったわ」
「サーリアちゃんは、回復待機ね」
「はい、お任せ下さい」
アタシは、警戒しながら、その小屋のドアを開けた。
小屋の中には、家具も何もなく、ただひたすらだだっ広い木で出来た空間があった。
左右に男が一人ずつ。その中心に、赤くて妙にギラギラしたコートを着た、水色の髪の男と、体をロープで縛られた——
———お母様……!
「フレイ!?」
「お母様ッ!」
よかった、無事だった……!
アタシが入ってきたことで、コートの男がアタシに声をかける。
「なっ、エルヴァーンの娘!? 外の奴らはどうした、もうやられてしまったのか! 我らが優れた一団は神に選ばれている、負けるほど弱くはないはずだ!」
「はん、神に選ばれた一団ですって。お前が頼りにしていた男どもはちゃっちゃと尻尾巻いて逃げたわよ」
「ばかな、私の正しい理想に賛同する男達が……!」
「ぜんぜん人類主義の理想に身を捧げる気なさそうだったし、お前が女嫌いって分かった瞬間、とっくに逃げるつもりだったみたいよ」
「なんだと……! おのれ、私の崇高な理想を理解できない俗物どもめ!」
俗物みたいな男がなんか言ってる。つーか、見てみるとこの水色の髪の男、50か60ぐらいのおっさんつーか老人みたいな年齢ね……体はデカイけど、大した身体能力には見えない。
「ようやく、ようやくこの私の最大の屈辱、人生最大の失敗作を葬れる機会だというのに! その真意を分からぬ者どもめ……!」
……失敗作?
「仕方ない、この女だけでも先に正義のもと粛正する!」
……ッ! お母様!
アタシは左手に持っていた杖を振り上げて、やってきた左右の男を剣で切り払う。腕はあまりよくないようで、突っ込んできた突きを払って渾身の一撃を頭に叩き込み気絶させながら、左の男も雷魔術を顔に当ててすぐに気絶させた……こんな奴に邪魔されている場合じゃない!
しかし、アタシがユリウスの方を見たと同時に……杖を強力な風魔術で壁まではじき飛ばされた。
「なッ——!」
「本番の経験が薄いなエルヴァーン!」
ヤツは……ユリウスは、右手で剣を振り上げながら、左手で無詠唱風魔術を撃っていた。アタシが二人を倒すその一瞬の隙をついてだった……つまり、二人は元々使い捨てだった。対人戦での実戦の経験が違う、駆け引きが狡い……! しかも、杖は粉々に砕けている。威力も並大抵のものではない。
最近まで討伐、捕縛の命令が出ていなかったことに加え、まだギルドの他の連中が任務に手を出していないわけだ。こいつは、強い……!
せっかくリオにヒントをもらったのに、実行するアタシが無碍にしてしまった……!
「お母様……っ!」
「あっ……」
アタシは必死に右手の剣を準備し、足に力を込めてその剣筋を見た。
お母様が、斬られる……?
そんな、そんなの……! 絶対、ダメ……!
アタシの目が、相手の剣筋をゆっくりと動かす。アタシの体も、剣も、鉛のように重い。世界が、ゆっくりに見える……。
お母様……お母様……。
その、剣が———
———ソニアの、肩に、入り込んだ。
「———え?」
目の前で、起こっていることが、わからない。
ソニアは。
窓から侵入して。
お母様の代わりに肩から剣を受け……
……体の中心を、完全に斬られていた。
「へへっユリウスくん……マトモな人はね、自分の娘ぐらい大切に思うもんだよ?」
「なっ、まさか貴様ァァァ!」
「やだなーもー、久々に会った妻には愛のハグとかしてくれるもんだよ? ワタシの右半身も疼いちゃうよ」
「誰が貴様なぞ汚い血とォ!」
アタシが呆然として動けない中、ユリウスの風魔術を受けてコートが弾け飛び、筋肉と切り傷でできた本来の姿を晒したソニアは、血まみれになりながらもユリウスの体の中心をナイフで抉っていた。
ソニアはそれを引き抜くと、ユリウスの右手を素早く切り、指を切られたユリウスは剣を手から離した。
「毒だよ。治し方はわかんない速効のやつね」
「ぐ……おの、れ……神罰が……」
「下るのはてめーだよバーカ」
ソニアは、倒れるユリウスを見て……そして自分も倒れた。
「ッ! ソニア!」
アタシは、ようやく動き出した情けない自分の足に苛立ちながら、仰向けに倒れたソニアに向かって駆け出した。
叫び声を聞いたサーリアが、小屋の中に入ってくる。ソニアを見て、顔を蒼白にして杖を掲げ、回復魔術を使う。
「ソニア、ソニア!」
「……あの子……この子の、痛み……いい痛みだ……感謝します……」
「な、何を言ってるのよ、こんな時に……!」
「命を賭けた、命の救済……これを、これを求めていたんです……」
アタシはわけわかんないソニアを見ていると……いつの間にかソニアにロープを切られていたお母様が、ソニアに近づいた……。
「……ママ?」
……え?
「……ねえ、ソニア様、は……ママ、なの?」
アタシとサーリアは、フィリスの言葉を、頭の中で何度も確認した。ソニアが……お母様の、お母様……?
じゃあ、私の、祖母……?
「ああ……まさか、そう呼ばれる日が来るなんてなあ……」
「ママ……本当に……ママだ……」
フィリスは、呆然と呟きながらソニアを見ていた。本当に……私の、祖母。おばあちゃん、なんだ……。
……その隣の、サーリアの、様子がおかしい。
っていうかサーリア、何ぼーっとしてんのよ。治しなさいよ。
「あ……ああ……そんな……そんな……」
サーリアが震えていた。
「……ねえ、どうしたの……?」
「治らない……治らないんです……」
「………………え……?」
「この、ひと……もう……」
「……もう、死んでるんです……」
……え?
「ちょっと、待ってよサーリア! 生きてるでしょ!? いつものように回復魔術を使えば治るでしょう!?」
「なおらない……なおらないんです……ああ……完全に、命の核の部分が、やられてる……もう、表面上の治療以外、何も……
そんな……そんな……フィリスちゃんの……ずっと探して…………そんな…………私のせいで……」
フィリス……お母様の……ずっと探して……?
アタシはそこで気付いた
お母様は何を求めていた?
「家族愛」だった。
それは、お父様に出会う前から、家族愛を求めていた。
そして、お父様と一緒に、家族愛で満たされた。
じゃあ、その前は、何を求めていた?
自分の母親だ。
「あ……ああ…………あああアアアアアアア!」
アタシの思考に潜っていた意識がその声に一気に引き揚げられた、お母様が、自分のこめかみに爪を立て、耳に爪を立て、ガリガリと頭をかきむしっていた。
ソニアは……目を開けたまま、全く身動きをとっていなかった。
……死んで……いる……。
「こんなの! こんなの認めない! 私こんなの認めない! こんなの! こんなの! ママ! どうして! 私! こんなの認めない! 認めない認めない認めない!」
……お母様が。
お母様が、壊れかかっていた。
フィリス・エルヴァーン。もとい、ただのフィリス。
一人っ子のフィリス。
誰が生んだか分からないフィリス。
……ずっと、家族愛を求めていた。
自分が母親になって満たされた、家族愛。
でも一番欲しかった家族愛は。
一番欲しかった母親は、ずっと見つからなかった。諦めていた。
その母親が、見つかった。
見つかった瞬間に、自分のせいで死んだ。
自分の探し求めていたものが、自分が知った瞬間に消えた。
心が、耐えられるわけがなかった。
頭をかきむしりながら、頭から血を流しても気にする様子もなく一心不乱に目の前の出来事を否定するお母様を、サーリアが青い顔をしながら回復魔術をかけようとすると……お母様は、サーリアの杖を、はじき飛ばした。
「私じゃなくてママをなおしてよ! サーリアならできるでしょ!」
「あ……ああ……ごめ、んなさ……」
「はやくしてよ! はやくしてよ治せるでしょ!」
「……あ…………ああ…………」
サーリアは、お母様……フィリスを治すことも許されず、自分の回復魔術で死人の蘇生を強要されることで、心が折れかかっていた。
「なんでよ! なんで治してくれないの! サーリアなら! いつもやってるでしょ!」
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
一番助けたい人を、一番大切なところで、結局助けられない無力さに、目を見開いて膝を突きながら茫然自失と謝り続けるサーリア。
サーリアも、壊れかかっていた。
あれだけ大見栄切って助けると言っておいて。
結局ソニアを激痛の中で死なせて。
太陽みたいな、明るくて子供っぽいお母様が。
怒りと絶望で当たり散らしていて。
いつも優しくて頼りになるサーリアが。
無力感で壊れた人形のようになっていて。
この二人が。
ずっと一緒にいたこの二人が。
壊れたら
つぎは
アタシが
こわ
れ
-
初等部の男子が、よく何かをお願いする時に、気軽に。
「一生に一度のお願い!」なんて言い方をすることがあった。
アタシはそれを聞いて、それ昨日も言ったでしょ、なんて思ってバカにしてた。
あんたの一生って何度あんのよ、随分安いお願いね。
そういうのはね、ここぞという時に使わないと。
意味がないのよ。
他にはね、アタシ、神様がやってくれるとか、あんまり信じてなかった。
あっ、教会を信じてないってわけじゃなくてね?
自分でやりたかったし、いざというとき助けてくれるとは思えなかったのだ。
神様はいつも見守って下さるけれど。
月の女神様にお祈りなんてしても、女神は地上にはいない。意味はないのだ。
アタシは、ずっと自分でやってきた。
助けを自分から求めるなんて、大きな声で言ったりはしなかった。
お母様も、誰かを助ける人間になれればいいと言ってくれた。
だからずっと、まずは助ける側でやってきた。
それが誇りだった。
だけど。
だけど。
もし、一生に一度のお願いを使っていいのなら。
もし、神様が一度奇跡を起こしてくれるのなら。
もし—————————
-
————その小屋に、足を踏み入れる新たな音を聞いて。
その驚愕に目を見開く顔を見て。
アタシは、一生に一度のお願いを、その女神に託した。
「助けてフローラああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
フローラは、アタシの声を聞くと真剣な顔をしてソニアの元へと走った。そこからソニアの体を見て一瞬怯むも、迷い無く魔術を使い出した。
瞬間、莫大な魔力を感じて、体が地面に押しつけられるような圧迫感を受ける。初めて見る、フローラの真剣な顔の迫力に、アタシは本物の女神を見た。
これが……フローラの、本気……!
「ソウル……ん………………ネクロ……は、ナシで…………リザレクション…………
…………え、まだなの?……………………タイムアクセス…………ぐ、きっつ……エクストラヒール……ヒール……ヒール……」
フローラは、聞いたことない魔術と、明らかに尋常ではない膨大な魔力を使って、ソニアに魔術をかけた。
その魔術は複雑で、光る魔方陣が現れては消え、現れては消え……更に複数の魔方陣が、折り重なるようにして現れては消えた。
……。
…………どれほどやっていたか、その長い魔術もやがて魔方陣の消滅とともに完了したようだった。フローラは……全身から汗を拭きだして気絶した。
「フローラ! ……え?」
アタシはフローラを介抱しながらも、目の前にある光景が、信じられなかった……。
「ソニア……?」
-
屋敷に帰ってきて、ソニアは目を覚ました。お母様は、ずっとソニアにしがみついていた。その様子を、アタシは腕を組みながらジロリと睨んでいた。隣にはサーリアが控えていた。
リオとは、事後処理とかで既にギルドの方に行っているようだった。
「……あちゃ、こりゃあやっちゃいましたな……」
「やったもやったわよ! あんたね! お母様はずっと家族愛を求めてたのよ! あんたがさっさと死んだらお母様が後追って死んじゃうでしょバカじゃないのっていうかお母様が死んだら私も死ぬわよバカじゃないのバカじゃないのもうほんとバッッカじゃないの!?」
「……はは……まったく……返す言葉もない……完全にワタシが二人とも殺しちゃうところでしたね……」
怒りにまかせてまくしたてたアタシに、ソニアはすっかり反省したようだった。やがて、お母様も顔を上げた。
「……本当に、ソニア様が、私の?」
「もう様とかええよ、さすがに今更やしね。……ねえ、勝手に一人っ子にしたこと、恨んでない?」
「恨んでるもん」
「生んだことは?」
「恨んでないもん。アレスにも出会えたし、フレイはいい子だし。でも、ずっとママがいなかったのが寂しかったんだもん……」
「そうかそうか……ワタシは、ずっと、怖かったから……後ろ暗すぎて、何もかもが……」
お母様は、時間を取り戻すようにすっかり娘になっていた。その姿を見て、ソニアは、ようやく自分のことをぽつりぽつりと語り出した。
「……あまり声に出せないやり方やけど……まあ、昔な……裏で随分あくどい奴隷商売やってた裏の世界の名前の知らん若い男、ユリウスを暗殺しようとしたんよ。本当に、ここは省略させてもらうけど……女遊びの多かった男の暗殺でな……」
「……」
「よりによって、失敗して半身魔術で切り刻まれた上に、身ごもってしまった。クォーターが身ごもるなんて、なかなかないことで……十年か百年に一人ぐらいなんかな……。
……下ろせばよかったのに、流せば良かったのに……自分の血では諦めていた出産が出来ると思うと、欲に負けて産んでしまった」
「それが……私?」
「そうやフィリス。その娘を愛しようと思ったのに……」
ソニアは、お母様の髪を見た。
「……あの男の色を、半分以上受けついどった。残忍で才覚のある十代の人間、ユリウス。ワタシは怖くて仕方なかった。だから、ワタシの色に染まらなかったその髪の色が怖くて、フィリスを、一人にした」
「……もしかして、食料が、あったのって」
「そうなあ……ワタシが置いてった。さすがにワンエイスが一人で生きていけるとは思わなかったからさ……ずっとそれで何年もやってきて、やがてフィリスが一人で生活できるようになって、放置した」
「……」
「でも、そんな生活もアレスが来て変わった」
「アレス……」
「アレスは、ワタシが渡せなかったものを渡した。フィリスを救った。オマケに……クォーターも救うなんて言い出して。ワタシは、自分の後ろめたさと罪悪感で、もう毎日死にたいぐらいの気持ちと、死ぬのが怖いという気持ちが混ざってしまって……誰かに責められてるような気がして、恐怖に駆り立てられて自分の耳を切り落とした。……だから、かっこいい理由じゃない……そんなもんだよ。
まあおかげで、みんなハーフと思い込んだから絶対ばれんかったけどな」
そう、か……アタシも、リオも、ハーフだと思い込んでいた。切ってしまえば、ハーフと、クォーターの差は、わからない。
「それから、罪悪感を自分の痛みでごまかしながら……本当に、ごまかしながらやね、意味ないのにね。……まあ、今の今まで、生きとったわけよ。アレスさんに協力して、この理想に自分の罪と身を捧げよう。だから全ての痛みと苦しみを自分が肩代わりして、自分で自分を許そう。そう思ってな」
「許さないもん」
「……え?」
「自分で自分の体を傷つけるとか、次やったら許さないもん! 絶対認めないもん!」
「あ————」
それは、いつかアタシが、言った言葉。
「——ああ……確かに、これは、フレイのママやなあ……」
ソニアは、優しい顔で、フィリスの頭を撫でようと手を伸ばした。
「でも……こんな汚い体でも、娘に生きていることを望まれるのなら——
———は?」
ソニアは、フィリスの髪を撫でて。
ようやく気付いた。
「はあああああ!? え!? ワタシの右腕!? あれ、ていうか体、え、えっあれ!? あっ耳! えっうっそ……うそや……な、なんで……?」
ソニアの体は、完全に回復していた。
素肌も、耳も。文字通りの完全回復。
全く怪我の跡のない体だった。
ま、言うまでもなく、それは女神様の奇跡だった。
……その女神様が、ドアを開けるなり、
「おっはよ……あっソニアさん! えっソニアさん耳エルフ!? うっそこれクォーター!? めっちゃかわいい!」
寝ているソニアに飛びついて、耳をものすっごい勢いで触りまくっていた。
「ちょっとフローラちゃん、くすぐっ、あん胸が当たっ…………うっわすっげ……なんじゃこれやべぇ……マジか、この子マジか……」
ソニアはフローラの規格外の胸の、魔性の柔らかさに挟まれてものすごい真顔になっていた。なんだかその……
あまりにもいつも通りで。
初日に会ったような。
ソニアの様子がおかしくて、おかしくて……
「———アハハハハハ!」
今度はアタシはウケた。笑って、笑って……。
「アハッアハハハ……ハハハ……ホントに……グスッ……よかった……」
「うん、うん……!」
……みんなで、無事に帰ってこられて、よかった。サーリアが肩を貸してくれたけど、サーリアもやっぱり泣いていた。
サーリア、前は悲しみを共有したけど……今日は喜びを共有できるね。
ほんとに……ほんとによかった……。
-
「えーっ、あの火傷跡とか、昔っからのやつであの場で受けたやつじゃないの!?」
「そうよ」
「どーりで治りにくいわけだよぉ〜」
フローラは、どうもあの全身の傷が全て致命傷に繋がったと思って、治してしまったらしい。
「……あのさ、どういう魔術を使ったの?」
アタシの質問に、フローラは答えた。
「えーっとね、ネクロマンサーの反魂魔術の応用と、水蘇生魔術の同時使用に、闇時間操作魔術と水完全回復魔術を同時使用して重ねたんだよ」
「……それ、どんなのよ……」
「なんだっけ、超級魔術……あ、時間と蘇生は神級魔術? リオに教えてもらったけどよくわかんないやつ」
「え?」
しれっと言った。神の力使ったって言った。
神級魔術で時間を操ったとか言った。
なるほど、あそこから完全回復するわけだわ。
フローラのこと、まだまだ侮ってたわね……。
女神様みたいって思ったけど、マジで女神じゃないでしょうねこいつ。
……この酒豪のぽんこつが?
ないない。
そんなこと言おうものなら神父様でもダッシュで殴りに来るわ。
「ウーンでも聞く限り前もって言ってくれたら使わなくても良かったよね」
「そりゃね」
「めっちゃつかれたんだから! 貸し一つね!」
「……その貸し、どうやって返すの?」
「じゃあ城下の新作巨大チョコケーキで!」
「—————」
……あんた。
その王国白金貨と銅貨10枚が等価交換みたいなアホな取引、どう考えても割に合ってないわよ。
……まあいっか、フローラだし。
「いいわよ、今すぐ行く?」
「えっほんとに? やったー! ついでにお酒も買おう」
「それはリオに怒られるから却下」
「ぶーぶー!」
フローラ、この貸し。
あんたが忘れても……アタシは覚えておくから。
返す日まで待ってなさいよ。
ソニア編でした、ソニア気に入ってくれるとうれしいです。
29から読み直すと、また少し楽しめるように書きました。