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世界で一番嫌いになるぐらい

〆終わったのでまた更新していきたい!

 リオがソニアに情報収集を頼んでから、そのすぐに報告は上がってきた。


「リオさん超お久しぶりっす! 本年もよろしくお願いします!」

「ほんの数日ぶりですよね!? 今年会ったばかりですよね!?」


 相も変わらず軽いノリで現れた。今日のフローラは、しばらく家にゆっくり帰っているということらしく留守だった。本当になんというか、アタシが入ったらいなくても割と大丈夫なリーダーね……。


「結論から言うと……いませんでしたわ、バンガルド」

「あれ……いなかったんですか?」

「シロというか、かなり怯えた生活してたっすね」


 アタシはちょっと驚いた。珍しくリオの予想が外れてしまったわね。


「そうなのですか?」

「ええ、その様子だとドルガンがまだ来ていたと考えていたようっすね?」

「仰るとおりです。必ず何か仕掛けてくると思ったので、動く前に監視できればと思ったのですが……」


 バンガルドは子爵家としての地位を失った。それに対してまた行動を起こそうとする前に監視を……監視……あれ…………?


———あっ!


「ごめん言い忘れてたわ」

「ん、何が?」

「アタシとマルガの会話、さすがに外に漏れてはなかったのよね」

「マルガとの……会話?」


 ソニアも思い当たってないようなので、その時起こったことを言った——




「—————というわけで、マルガがドルガンを追い出した最後に、『失脚後も監視する』みたいなことを言ったのよね。それなんじゃないかしら」


 一通り聞き終えて、ソニアがぐったりしていた。


「ええー……もうー完全に調べ損じゃないぃー、あのすんげー怖い公爵令嬢が睨み利かせてたら動けるわけないってー」

「ごめんごめん、普通に知ってるもんかと思ってたのよ」

「あの時ワタシはドルガンに目ぇつけられて追い出されてたんだから当然じゃないのー」

「……。……ふーん、そっか。ドルガンに目をつけられていたから第三婦人でありながら家から追い出されていたんだ」

「———げっ!」


 しまった、という顔をするソニア。アタシはしてやったりだ。


「ようやく話してくれたわね」

「ううっ……やられました。まさかフレイちゃんがこんなに上手く策を弄するなんて」

「あんたが勝手に自爆しただけでしょ」

「言い返せない……やるようになったねフレイちゃん……」


 そこまで話を聞いてリオが、少し考えたような顔をして……やがて決心したのか、体を乗り出してソニアに聞く。


「……すみません、あまり踏み行ったことは聞かないようにしようと思ったのですが、やはりある程度情報共有がしたいです。男爵婦人であることも含めてですが……差し支えなければある程度教えていただけるとと思います。

 現状では、言いにくいのですが、どこまで信用して良いのか困ると言いますか……心情的にはあなたを信頼したいので、お教えいただけませんか?」

「……ぐ……そう、ですね……はい、まったくもってその通りっすわ。確かにワタシがワタシを見てもとても信用できないすね。……わかりました。

 ただ……ワタシもあなた達を、特に聡明なリオさんがドン引きしないであろうことを全面的に信頼してお見せします」


 観念したのか、ソニアは覚悟を決めてフードに手をかけた。フードの下から少し覗かせていた明るい髪の毛が露わになり、さらさらのショートカットの、やや厚めで綺麗な髪が現れた。

 そのままソニアは、少し深呼吸をして、髪の毛に手をかけて耳を見せた。




 ソニアの耳は、人間の耳だった。

———ただし、表面がグズグズに潰れていた。




 アタシがそのあまりに酷い状態の耳を見て絶句しているうちに、リオは悲痛な顔をしながらも、その耳に対して既にどうしてそうなっているのか思い当たっているようで、そのことを聞いた。


「……まさか、まさかあなたは……混血で諜報員をやるために、自分の耳を切って焼いたんですか……!?」

「さすがっすわ、一発でわかりますか」


 なっ……!? じ、自分で自分の耳を、切った!?


「ねえリオ、どういうことなの、教えてよ!」

「……単純な話だよ。エルフの混血だとばれずに人間として活動するために、混血とばれないようフードなしでも人間だと思わせるために……エルフだと入れない場所……つまり『人類主義』への潜入などのために、自分の耳を『エルフの家』へ捧げたんだ」

「そ、そんな……」


 ハーフエルフを守るために、エルフの特徴を捨てて人間のフリをすることを選んだソニア。

 アタシが……気軽に聞いていい話じゃなかった。教えたがらないわけだ、こんなの見られたいわけないじゃない……。

 自分の軽率さを恥じた。


「……ごめんなさい、アタシこんな、そんなつもりで聞いたんじゃなかったの……」

「フレイちゃんは優しく育ってくれたね、うんうんいいよ、どのみち彼にはいずれ知られるだろうと思ってたからね。ここでフレイちゃんに見せる羽目になったのはワタシの落ち度だ」


 ソニアは気にする様子もなく、アタシに微笑みかけてくれた。少し、心が軽くなった。


「しかし、それだとフードをかけている必要はないのではないですか?」

「……心理的なもんです。耳が見えてなくても、耳が見えない髪であっても、耳に当たる部分を見せたくないんです。昔はショートカットで耳ギリギリまでの短髪で動いてたんですけどね。心が弱くなったんですわ、ワタシ」


 頭を掻きながら「お仕事はこの耳に誓ってちゃんとしますよ」と言った。リオもソニアを見ながら、信用に足る人物だと思ったのか真剣な顔で頷いた。

 到底真似できない、『エルフの家』への忠誠心。アタシはこの人のこと、表面だけ見て侮っていた。


 ソニアは、やはりアタシ達にも見せたくないのか再びフードを頭から被った。


「フローラさんに……見られなくてよかったです。ほんとに。……あんな真正面からエルフの耳を階級関係なく可愛いと言って貰えて、本当に嬉しかったっす」


 そう言って、穏やかに部屋の上を見上げながらつぶやいた。


「笑顔てね、なんかこー、作ってるだけで、笑顔なるんですわ。……分かりにくいっすね。うーん……。

 ……それが偽物だったとしても、仮面が下の顔を押しつぶすように入って、いずれ本物の笑顔になる。ワタシはそう思てます。……フィリスは、まだ若いしちょっと下手だったけど。偽物でも、だんだんそれが元の顔を上書きしていくようになっていくというかね。その前にあの子が素顔に戻ってくれてよかったですわ。

 半分お仕事のため、半分は自分のためですわ。でもなかなか外からの刺激でそうさせてくれる人には出会えません。ワタシ自身が付き合ってきた人間結構みんな後ろ暗いですし、最近まで『家』にも戻れてなかったすからね。だから、あんなに本気で笑わせてくれる可愛くて面白い……そして()()()子、ワタシみたいな日陰もの、笑顔をくれる人が回りにいないモンにとっては、とても、とても。……本当に、とても貴重な子、なんです」


 そしてリオの方を向いて、


「だから、このこと、フローラちゃんには黙っておいてください」


 頭を下げた。


「もちろん、お約束します。わざわざ僕の不躾な質問に誠実に答えて下さってありがとうございました」


 リオは、ソニアのそれを受けて深く長く頭を下げた。

 ソニアはその長い礼の、つむじの辺りを見ながら「……ほんと、ワタシは勿体なさ過ぎてアカンって位パーティ運ええなあ」と優しい顔で呟いた。


 少し話しづらい空気になってしまったのを気にしてか、ソニアは手を叩いて「さ、そんなことより!」と明るく切り替えてきた。ソニアからそうやってくれて助かった、アタシもリオも体の力を抜いた。


「今後の話しましょか」

「ええ、ハーフエルフへの危険が及ぶ前に、残りのメンバーも調べましょう」

「じゃあ早速いってくるっすわ」

「それなんですが、今度は僕らも一緒に行動させてもらえませんか?」

「……は?」


 急な打診にソニアが驚いた。

 リオが言うには、実際に諜報活動の様子を見ておきたいということと、やはり自分の目で人類主義の人間に遠目でもいいから会っておきたいと考えているようだった。

 ソニアはそれを聞いて悩んでいたが、やがて目を開くと、リオを正面から、あの真剣な目で射貫いた。


「依頼主を危険にさらすわけにはいかないんですが……なるべく連れて行きたくはないですね。ってわけで引いてもらえません?」


「………………」

「………………」


「…………。…………はぁぁーーー仕方ない、わかりました。少しペースは落ちますが一緒に行くことを許可しましょう」

「ありがとうございます」


 リオは再び頭を下げたが、今度は「ええて」とソニアが礼をやめさせて立ち上がった。


「動くなら早めに。あとこちらの命令は厳守。いいですね」

「はい」

「よろしい」


 リオがソニアの後ろについていく様子を見て、アタシも立ち上がった。


「……フレイちゃんも来るん? 危ないで?」

「ひょっとしてアタシがリオより弱いなんて思ってるんじゃないでしょうね」

「そういえば相当強いとは聞いてたね、でもあのフレイちゃんがそんなに強いん? ちょっと信じられないんだけど」

「あのって何よ……」

「5歳の、世の中全てが嫌いって感じのすんごいむっつりした赤いお人形さんみたいなあの女の子」


 ……そうか、ソニアはもうそのあたりからいなかったから、アタシの直接戦う姿というか、家で魔術や剣術を披露している姿を見ていないのか。


「……お父様に剣術で勝てるようになったわ。お父様が技術的な部分で全盛期が今なのでなかなか取らせてもらえないけど」

「アレスさんより? 信じがたいっすね。リオさんこの子ホラふいてません?」


 ソニアはどうもアタシの剣術とか、そういうものをあまり信用してないようだった。まあ当然か、まだ剣持つ前だと喧嘩もしない子だったものね。


「フレイは、僕とフローラの目の前で城下の汎用ロングソードでアクアドラゴンの両目を潰した本物のドラゴンスレイヤーですよ。正直僕もフローラも、フレイの剣があそこまで強いなんて知りませんでした。ハッキリ言って僕ではフレイ相手には策ナシじゃ何をやっても勝てないと思います」

「……マジすか……」


 アタシは「ね?」と軽く返しながらも、リオが手放しでベタ褒めしてくれて内心小躍りしていた。「何をやっても勝てない」ですって、ですって! んふふ……!

 でも「策ナシじゃ」って怖いわね、策とか言われて何も思いつかないけど、その策があるとアタシはリオに勝てなさそうじゃないの。……いや、勝てなさそうね。だってリオだし……。


「フレイちゃん、強いのは分かったけどあんまり油断しないでね?」

「それは努力するわ。そこまで天狗になれるほど安全じゃなかったもの」

「フローラには書き置きしておこう。もともと連れて行く予定もなかったし」


 油断できないというのは本心だった。実際ドラゴン討伐もフローラがいないとどう逆立ちしても勝てなかっただろうし。……しかしそうか、今回はフローラなしか。ちょっと心許ないわね……。


 -


 ソニアが向かったのは、山道だった。


「木が多くて道がよくわからなくなってますんで気つけてくださいね」

「はい」

「こないだ雪山登ったから大丈夫よ」


 アタシは自信満々に歩き始めた。

 そして見事に落ち葉で滑った。


「……」

「……」

「……はい、すんません、油断しないで行きます」


 うわーだせえ……言った矢先にこれである。なんていうか、アタシほんとお父様の呪いなんじゃない? ってぐらいめっちゃ油断する。うーんばかフレイとは呼ばれたくないぞ……?


 ソニアは小さく「キルサウンド」と呟き、山道を歩き始めた。音が完全に隠れている。リオがそれを見て「なるほどなあ……キルサウンド」と言った。……まあ、使えるわよね、リオだし。ソニアはちょっと驚いていた。ふふん、どうよ。ってなんでアタシが自慢気にする必要あんのよ。


「ええとですね、ここから先、隠密でもありますんで、誰かと遭遇しそうになったらワタシは横に避けますんでその際はついてきてください。それとは別で、途中から横の山道にわざと逸れて行きます」

「横道に逸れていく、ということは目的地を利用するのは中心の道にいるのですか?」

「お察しの通り。山道のかなり奥から連中は横に入って行きますので、そこの前の時点で横に入って行きます。ちょっと魔物が多いので、注意して下さいね」


 なるほど、そうやって相手とかち会わないようにするわけね。さすがにこんな山を普通の人は登らないだろうし、出会ったら怪しすぎるもの。


 ……道中は、本当に人がいなかった。なるほど隠れ家には最適ね。


 そのまましばらく歩いて山の途中まで入ってくると、木が増えて道が細くなり、辺りが木々の影で暗くなってきた。


「ふむ……この辺で横に行きます。足下の落ち葉が増えますので特に注意して下さいませ。ああ、ゆっくりでいいですよ」


 ソニアはある程度踏み固められた轍から、直角に山を登っていくように横を登っていった。ヒョイッ、ヒョイッと飛ぶように登っていき、一瞬でソニアのシルエットの背景が空になってしまうほど山の上まで行ってしまった。速い……!

 アタシとリオは顔を見合わせると頷き合い、ゆっくりと山道を登っていった。あのペースで一緒に行こうとはさすがに思えない。ソニアが言っていた「少しペースが落ちる」という意味がようやくわかる。これは圧倒的に、一人の方が速い。比較するのも烏滸(おこ)がましい、少しだなんて修飾語をつけたのはこちらに遠慮してだと思えるほど。


 アタシとリオは、10倍ぐらいの時間をかけて、やがて今まで通っていた山道が見えなくなる場所まで来た。ここから先は、右を向いても左を向いても、全く同じ光景がただただ広がるのみだった。


「ふー、これで相手に気取られることはないっすわ。この辺はまず使っている気配はないんで、後はもう魔物だけ警戒してりゃいいです」


 緊張した顔を緩めて、山道をゆっくり登っていくソニア。アタシとリオはソニアの後ろについていくが……ソニアが懐に手を入れると、そこそこの長さの短剣が出てきた。

 アタシも剣に手をかける。


「多い……リオさん、どうやらその魔物が———」

「Bマウンテンダークウルフ。フレイ、火は厳禁。サンダースフィア、残りは剣で」

「っ! サンダースフィア!」

「右を。僕は左」


 アタシはいつかフローラがやったみたいな指示がリオから飛んできて驚いたが、すぐに言われたとおりに動いた。

 剣を抜いた瞬間、2匹の大きめの狼が右から突っ込んできて、やがて電気の球にあたって体の半分を吹き飛ばして一匹は絶命した。もう一匹はその威力に一瞬足が止まったようだったけど、アタシはその隙をついてすぐに頭を刺した。


「ストーンランス、サンダーアロー」


 リオの声が後ろから聞こえてきたので振り返ると、リオも二体の魔物を仕留めていた。ソニアの方には一匹も行ってなかった。

 ……これがリオの指示を受ける感覚なのね……。リオを信頼して指示を任せる安心感と、リオに自分の力が信頼されている幸福感。そしてリオ自身の明らかにサポートの枠に収まらない優等生魔術師としての強さ。こりゃフローラもああなっちゃうわけだ……ものすっごい、イイわ、これ。

 こんな超幸せな信頼関係Eから築いてたら、一人じゃ絶対冒険者やりたくなくなるわね。


「……お、お見事……フレイちゃん今の雷魔術? サーリアちゃんとまではいかなくとも……まあフィリスみたいなレベルかなと思ったけど、『家』の誰も比較になんないぐらいメチャメチャ強いやん……」

「でしょ? だからアタシ強いっていったじゃないの。信じてもらえた?」

「もう二度と疑わないよ! ……そしてリオさん。若くて優秀な()()()サポートメンバーだなんて思って失礼しました。恐ろしく的確な指示と同時にまさか自身が上位魔術使いだなんて、こりゃワタシ完全にナメくさった認識でしたわ。

 体を張ってでもお守りするつもりが、まさか刃物を抜いたことに警戒して左右に全部割れてしまうとは……ワタシも戦闘はソロか指示待ちだったんでさっぱり判断ダメでしたわ。依頼主に助けてもらった上に……()()に守ってもらうの、ちょっといいなーって思っちゃうなんて先輩としてダメダメっすなあ……」


 ソニアはアハハと困ったように照れ笑いして頭を掻いていた。そっか、ソニアもお父様の話を聞く限り、サポートコマンダーの指示を聞いて戦っていたのよね。


「アタシもリオの指示聞いて動いただけだし、安心して守られてなさいよソニアお母様。まあそういうわけで全面的に信頼してるのよリオのこと。実際フローラもこうやってリオの指示を受け取るだけって感じみたいだから」

「うん、納得だね。リオさんこの辺の魔物とか事前に調べて置いてくれたんすね」

「学生時代にある程度近隣のものは読み込みましたから、元々知ってましたよ」

「なんちゃっての真似じゃないサポーター…………これで上位魔術師とか、3人程度でパーティが伸びるわけだ。他のA連中との差は完全にこの人やな……」


 最後のセリフは、考え込むように小声で呟かれたので聞き取れなかった。そうやって話していると、視界の隅に、何か動いたものが……


 ……!? まずい、保護色! さっきの魔物が山に完全に隠れていて、ゆっくりした動作では気付かなかった!

 アタシが目線を向けた瞬間、そいつは隠密行動を解除して高速移動してきた。剣を抜く前のアタシに、魔物が襲いかかる! 喰われる……!




———ソニアの右腕が、魔物の口の中に入っていた。


「え? は?」


 アタシが間抜けな声を上げている間に、ソニアは右腕をそのままぐるりと回すと、魔物の喉をバッサリと切った。

 そのまま腕を引き抜き、血まみれの右腕が現れると、魔物が地面に沈んだ。


「……これはいい。これはいい痛みだ……」

「あ、アンタ、その腕……!」


 なんだかニヤニヤしながらやばそうなことを呟いているソニアの腕を掴んで無理矢理服をまくりあげる。ソニアはアタシの急な行動に反応が遅れた。


「っ、しまっ——!」


———なに、これ?


 ソニアの右腕は、余さず切り傷らしきものの跡ででこぼこになっていた。火傷の跡もあり、その途中に魔物のあの歯形が付いて血が流れていた。


「見られてしまったかー……」

「あ、んた……これ……」

「まあ、昔の傷だよ。左側は多少は綺麗なんだけどねー。でも今日の傷は念願のフレイちゃんの痛みの肩代わりができたから嬉しいね」

「嬉しいってあんた……」


 あっけらかんと言い放つ様子にちょっと飲まれながらも、リオがすぐ近くまでいき腕を見ながら「ヒール」と回復魔術をかける。


「おや、治してしまいましたか……」

「なにがっかりしてんのよ!」

「あっ、これは失礼、ありがとうございました」

「なんなのよあんたは……」

「ただのマゾっす!」


 ソニアは右腕を触って感触を確かめながら、服を下ろした。その姿を見て、リオはふと湧いた疑問を呟いた。


「……第三婦人なんですよね」

「ええ、まあ」

「こういうことを聞くのは失礼だと思うのですが、あなたは……その、跡継ぎのために第三婦人になったのですか?」

「……」

「いえ、失礼しました。やはり不躾でしたね」


 リオは答えを聞かずにすぐに話を切り上げて、山の方へ向かって歩みを進めた。


「……違います」

「え?」

「第三婦人というのは、形だけ。バンガルドがエルヴァーンに接触したのを見て、元々情報を報告していたのが、情報報告要員として堂々と報告しづらくなったので、敢えて第三婦人という他者が入り込みにくい場所を作ったんですわ。誰も情報屋やなんて思いませんから。まあ、直後追い出されたんで結果的には少し先送りできた程度のモノでしたが……」

「では……その腕などは」

「ええ、アレスさんはワタシが体に怪我をしていること自体知りません」

「他の夫人は」

「エリゼさんはもちろん……フィリスも知りませんね」


 あっさりと白状した。アタシがずいぶん喋ったなと疑問に思ってソニアのほうを見ると「ぶっちゃけ言わなくてもとっくにばれとったよ、ほんと頭ええねあの人」と軽く笑った。アタシは全く予想できてなかったわけだけど……聞いてよかったんだろうか。


「ま、遅くならないうちにさっさと参りましょ」


 結局深いところは聞けず、ソニアは再びアタシやリオでは追いつけないペースで遠くまで行き、そして手を振った。


「フレイ」

「ん、何? リオ」

「ソニアさんは、信用できすぎるってぐらい、信用できるよ」

「うん……なんか狂信的だよね」

「信用できはする……けど———


———まだ紐解いてない秘密があるね」


 リオは難しい顔をしながら、ソニアの方まで歩みを進めた。アタシはリオに言われたことを頭の中で反芻しながら、彼の後を追った。


 -


「さて、目的地前なのでみんなでたのしいキャンプしましょー」


 ソニアが明るく言うと、「アイテム」と呟き道具をいくつか出した。野営用のテントと、調理用具だ。


「そんじゃま確認すけど、火とか使って料理は一応明日までアリです。かったいパンとか買い込んでるんで明日はそれ食べましょ。この先にもう連中は空いてる小屋使った隠れ家使ってますんで、そこに人が来るまで待ちます」

「人が来るまで、ですか?」

「基本はそっすね。今すっからかんですが今回はすぐのところ調べてるんで、明日には帰れると思いますし大丈夫ですわ」


 どうやら元々合流するよう調べが付いているところを選んでいるようで、事前に調査が済んでいるようだった。


「あ、テントは1人用1つだけど、一緒に寝るわけだけどええよね?」

「はい、僕は構いませんがあなたが嫌でなければ……」

「ああいや、ワタシの体見て襲おうだなんて思うヤツおらんからリオさんとワタシに言うてるんじゃないですよ」

「……そんなことはないと思うけどな……」

「———。………リオさん、あんたね、フレイちゃんの前でそういう天然なこというたらダメですよ……」

「ん? アタシがどうかした?」

「いやいや! 聞こえてなかったんならええよ! ……はぁ〜……この二人ほんと大丈夫かいな……はぁ〜っ……」


 なんだかソニアはしゃがみ込んでぶつぶつ呟いていた。


「どったのリオ」

「んー、余計なこと言うなみたいな感じ」

「何言ったのよあんた……」


 ま、気にしなければいいか。


「ていうかアタシも別にソニアのテントに寝るの気にしないけど」

「フレイちゃんでもないというか……いやわかんないかな?」

「え?」




「テント超狭いし、この山、夜、マジで死ぬほど寒いんですけど……リオさんはフレイちゃんに、抱きしめられて寝たりするの大丈夫です?」




————あっ。




 ……あああああーーーっ!?


「り、リオ! どうしよう! これかなりまずい状況なんじゃない!?」

「おおお落ち着いて! いやかなりまずい状況だと思うけど!」

「あ、アタシはダメってわけじゃないけどね! リオはほら、どう考えてもアタシみたいなムキムキなのダメでしょ! いつものようにフローラの方がいいでしょ!」

「それは全く悪くないというか、じゃなくてフローラとはそういうのじゃないから! 全く何もないから! 本当に! 何も! ないから!」


「アーッハッハハッハッハハハッハハハ!」


 アタシとリオがテンパってると、ものすごい勢いで笑い声が飛んできた。


「いやーやっぱ笑うのはいいっすな! 最高!」

「あ、あんたもしかして……!」

「テントはそんなに狭くないし夜はテントの中は暖かいっす!」

「あ、あ、あ、あんたねぇ〜〜〜!」


 アタシは顔真っ赤でカンカンだ。リオも顔真っ赤で困りつつ「……えと、調理の準備しにいってきます……」とそそくさと逃げていった。あれ、もしかして……アタシに照れてる? このリオは……いいわね!

 しかし恥ずかしすぎたしあまりにもあんまりなノリだったので、このいたずらっ子第三婦人のことをジロリと睨む。


「全く……ほんとあらゆる意味で距離が測りづらいわこの人……」

「よかったねーフレイちゃん!」

「何がよ!」

「これでも情報やさんだからね、フローラとの関係どうなってるか気になって調べたつもりなんだけど」

「……あっ」

「更に、わざと、おっきいおっきいフレイちゃんのために「抱きしめられる」って表現したんだけど、リオさんはムキムキの子に抱きしめられるの、「全く悪くない」んだねー?」

「——————ッ!」


 そ、そうだ……確かにそう言った……!

 ソニアはアタシの顔が真っ赤になっているのを確認すると、ぴょんと飛んで食事の準備の手伝いに行こうとした。

 振り向きざまに、


「いい顔見れたから、貸しにはしないでおいてあげるよん」


 そう言って笑いながら調味料の袋を出してリオのところへ行った。


「ううっちくしょう、やっぱ全くかなわないわアレ……」


 アタシは負けを認めて悔しがりつつも、ソニアが確認してくれたことの意味を頭の中で噛みしめながら、口元が緩むのを抑えられなかった。だってこのことは、アタシの中で5年間ずっと最大の懸念事項だったのだ。絶対確認出来ない難題と思っていたのに……解答されてしまった。一番いい返答で。顔も真っ赤だ。どうしようこれ収まりそうにない。


 ごめんリオ、アタシ調理の手伝いできそうにないわ……。


 -


「ふぃ〜食った食った! ほんとに楽しいキャンプっすね!」

「リオの料理ってほんとにおいしいわよね……ちょっとフローラの気持ちもわかるわ。あの子あんなになったのあんた甘やかしすぎなんじゃない?」

「ありがとう、フローラに関しては否定はしないよ……」


 アタシはあの天然おっぱい怠け女がリオに頼りっきりな理由を確認しながら、食器と調理器具を片付けに行くことにした。結局手伝いできなかったものね!


「それじゃ明日は朝早いし、寝不足は慣れてないとパフォーマンス自分が想定してる程度の比ではないぐらいものすげー落ちますんで、すぐに寝る方向で行きましょう」

「わかりました、明日に備えて睡眠するのも大事な仕事ですね」

「うんうん、さすがわかってらっしゃる!」


 アタシはテントを見ながら、「ホントに一人用?」と呟きつつテントの中へ入っていった。テントは、控えめに言ってもかなりの大きさだった。


「これ1人用?」

「5人用だよ?」

「いや、何当たり前のように言ってるの」

「当たり前だからだよ。だって、ワタシ一人が隠密行動するわけじゃないからね。『家』のメンバーと組んでテント張ったり、当然するよ。もっと大きいのも持ってるのも当たり前だよ」

「……確かに、当たり前だったわ……」


 そう言って、アタシを中心として、川の字で横になった。


 ……。


 …………。


 ………………やはり早いのか、まだ寝付けない。

 アタシはソニアって人のこと、まだ全然よくわかんないし、何考えてるのかいまひとつ見えてこないけど……第三婦人という立場を考えて、アタシはどうしても確認したいことがあった。


「ソニア、聞きたいことがあるわ」

「ん、どったのフレイちゃん改まって」

「あんた、お父様は好きなの? そうでもないの?」

「えっ?」

「いや、だって、その……子供を作るためじゃなくて、情報のためにやってたんでしょ。じゃあ、お父様に対してはそうでないのかなって」


 ソニアは、少し黙って考えていた。


「……そう、だねえ……嫌いじゃないけど、好きという感情は……リーダーとして好き、かな……。男としては、ワタシは好きになっちゃだめだと思うし」

「は? なんでよ」

「ふふふ女のヒミツだよ」

「はぐらかさないで」


 アタシが少し怒った声で言うと、リオが後ろで「ううん……」と寝言を言って寝返りをうった。ソニアは暫く考えていたが、やがて決意したのか、話した。


「……うーん、関係持つと考えたくないからかな? あっ男としてはもちろんすげー好きだよ。今も35だっけ? かっこいいよね。エルフとかにはあの雰囲気よっぽどのエルダーエルフでないと出ないから、結構心くすぐる年齢だよ今のアレス。ただ、今はそう思えないだけ」

「……そう、ちゃんと嫌いじゃないなら、まあいいわ」

「あれ、もっと聞いてこないんだね」

「またあんたの耳みたいな、掘り起こしてアタシにダメージがくるだけの秘密だったら嫌なだけよ」

「……いい子だね〜フレイちゃん。ヒントをあげるとまさにそうなんだ。だから聞かれなくてほっとしてるよ」

「アンタも、ね。ちゃんとそう事前に言ってくれるなら、まあ悪い気はしないわ。……急に悪かったわね、おやすみ」

「はーいおやすみぃ〜」


 アタシは、目を閉じた。


 -


—————。


———静かな山。


 夜……目が覚めた。目が覚めたと言うより、やはり寝が浅かった。まだちょっと寝付けそうにない。

 右のリオを確認すると、寝息が聞こえてきた。……無防備ね。当たり前か、寝てるんだし……アタシが何もしないって信頼してくれているわけだし。大人になっても、頼りになっても、ずっと優しい顔。このリオも……いいわね……。

 なんか、じーっと寝顔見てるのもいいけど、ちょっと自分でやってて恥ずかしいわね。なんかやらかすとか見られてないわよね!?


 そこで、ソニアがいないことに気付いた。


「……ソニア?」


 アタシは、少し不安になり、音を殺して外に出た。






 肌寒い夜の、青く影を落とした山と、星の光が見えない曇り空。

 月はその中で唯一人の孤高さで、墨染の天体に姿を現していた。


 すぐ近くで、ソニアは月を見上げていた。

 フードを外して月を見上げるソニアは綺麗で、両手を握りしめて修道女のように祈りを捧げていた。

 開いた目が月の光を浴びて金色に光っていた。


 その目は……月を睨みつけるようだった。




「月の女神、ワタシに苦しみを与えてください。


 エルヴァーンの無理難題の全てを。

 できることなら混血種の悩みの全てを。

 ワタシ一人に与えて下さい。


 苦しみを、苦しみを、苦しみを。


 それより多くの痛みも、与えて下さい。

 今日の痛みは、よいものでした。

 あの子の痛みも、ワタシに下さい。


 痛みを、痛みを、痛みを、痛みを———」




—————は?


 ……何を……言って……?




 あまりにも昼間と様子が違いすぎるソニアに、アタシは迂闊にも、その迫力に気圧されて後ずさってしまった。


 小石の擦れる音が、静かな夜の山に大きく響く。


「———ッ! フ、フレイちゃ、ん……!」

「あ……その、ごめん……」

「……その様子だと、聞かれちゃったか……」


 すっかり様子が戻ったソニア。

 聞くつもりじゃなかったんだけど……聞いちゃった以上は、どうしても……その真意を確認しておかなくてはならないという気持ちになる。


「さっきのあれ……どういうつもり?」

「どう……って、言葉の通り、マゾなだけだよ」

「嘘。今の嘘はヘッタクソね。エルヴァーンと混血種だけの悩みを引き受ける理由にならない」

「……まったくもってそのとーりだねー……」


 言いづらそうにしているが、少しずつ彼女の言った内容を理解してきて……どうやらアタシはちょっと頭に来ているようだった。今の言い回し、エルヴァーンと言った。つまりそれは、アタシも含んでいるということだ。

 アタシの苦しみも痛みも、肩代わりしようというの、この人は。


 ……じわじわと怒りが大きくなってきた。なんなんだこの人は。アタシが……アタシがそんな苦しみの上に積み上がった幸せを享受して、本気でそれであんたは満足なのか。

 アタシが救われさえすれればあんたは満足なのか。あんたは誰が救ってくれるんだ。

 怒りが際限なく大きくなって———


———アタシはキレた。


「許さないわ」

「へ?」

「あんた一人が苦しむなんて許さないって言ってんの!」


 アタシは、夜中だろうが、人のいない敵陣の真ん中だろうが、おかまいなしにキレた。


「アンタね! 過去にどういうことがあったか! 知らないけど! そういうの絶対許さないから!」

「フ、フレイちゃん……?」


「一人で影で活躍して、他人を幸せにして、その後ろ暗い部分を誰にも知られずに今までやってきたんでしょうけどね!」


「そんな自分の耳を切り落としてまで誰かを助けるなんて姿勢、やっぱりアタシ絶対認めないから! そんなやり方もう次しようもんなら許さないから!」


「きっとアタシが聞いたところでどうしようもないし、アタシに関わらないところでいろいろ助けてもらっているんだろうけどね! あんたは失敗した!」




「ソニア! あんたはアタシに知られた!」




「アタシはね! アタシに関わった人が不幸になって、それでアタシ一人が幸せになって気にしないでいれるほど人間できてないの! 後ろめたいしめっちゃしんどいのよ! アタシからは聞かないわ! でもね、あんたから言うまで絶対諦めない!」


「人知れず活躍して人知れず難題を解いて誰にも褒められずにきてそれで今まで満足してきたってんだろうけどお生憎(あいにく)様アタシはそういうふうに助けてもらうの後から知るなんてメッッチャ嫌いなの! 今までもお母様の教えのとおり助ける側でやってきたの!」


「だから! だから……!」




「意地でもあんたの苦しみを無くしてやるわ! アタシのことを恨むぐらい痛みも無くしてやる! アタシのこと世界で一番嫌いになるぐらい幸せにしてやるから! 覚悟しなさい!」




「……ハァ……ハァ…………フン……それだけよ……」

「……」


 ソニアは間抜けにも口をあけてぽかんとした顔をしていたけど、アタシは言いたいことを言った。アタシは好きなようにやらせてもらうわ。

 ……具体的にどうするとかないけど。


「……まったく、どうやってここまで育ったのやら……」

「お父様に似ているだけよ」

「似てないよ……熱さは近いけど、アレスさんより生真面目だね」

「じゃあお母様に似たのよ」

「……そうかな……?」


 ソニアは少し考える様子を見せると、やがて腕を組んでアタシを見た。


「よし、ワタシその挑戦受けてやろうじゃない」

「は?」

「ワタシは今後も全力で不幸になりにいくんで、フレイちゃんはがんばってワタシを幸せにしてみせてね!」

「はあ? ……この世のどこに、自分で不幸になろうとしながら他人に幸せを求めるヤツいるのよ……」

「ここだね! そして他人じゃないよ!」

「……改めて思うけど、あんたとの距離感、ほんっと測れないわ……」


 アタシはなんだか、言いたい放題言って疲れたのと、やっぱりこの人との距離感が測れないのと、そしてなんといってもこの人……ソニアがまだよくわからないこともあって、叫んだけどかえって眠くなってきた。


「……寝るわ、あんたも寝なさい」

「フレイちゃんに抱かれて寝たら幸せかなー? 離ればなれだと不幸かなー?」

「言ってくれるわねこの……」

「ん? ん?」

「いいわよ」

「……え、ほんとに?」

「こうなったら意地でも抱き枕にしてやるわ」

「やった、言ってみるもんだね!」


 アタシは結局、ソニアを抱きしめて寝た。ソニアは「すっげーまじでムキムキじゃん……」とやかましかったので、頭を小突いて黙らせた。

 ソニアも、かなり筋肉質だった。胸はなく、腹筋も割れていて、文字通り戦うためだけの体だった。体もあまり洗えてない、目の前の綺麗な色の髪も枝毛もひどい。アタシの比ではないぐらいオンナを捨てた体だった。

 その体を抱きしめると、ちょうど右手の所に腕が来た。筋肉質な二の腕と、その近くに切り傷の段差があるのが分かった。

 アタシは、その感触にも、少し悲しくなった。




 ソニア、あんたがどういうヤツなのかまだわかんないけど。

 このアタシが関わった以上、絶対に幸せになってもらうから。


 覚悟しなさい。

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