じゃあ……約束も、これでナシってことで!
翌日、朝早く来た教室に、同じく朝早くやってきて教室で座っていたフローラは立ち上がり、僕の所に来て昨日のことを聞いてきた。
「ど、どうだったの!? ほら、フレイと出て行っちゃったから! だいじょうぶだった!?」
「うん、僕が勝ったよ」
「わあわあさすが! やったね!」
そう言って自分のことのように喜んでくれた。そんな嬉しそうなフローラを見てこちらも頬が緩む。しかし、フローラには自主練習のメニューを組んで、しばらく一緒に練習できないということを伝えた。それを聞いて、フローラは驚いた顔になった後、必死になって聞いてきた。
「えっと、どうして? もうアタシといっしょにいるの飽きちゃった?」
「そ、そんなことないよ! 絶対ない! ない、けど……フレイも一緒になっちゃうんだけどいいかな。」
それを聞いて、びくっと体を揺らして、動揺した姿を見られないよう顔を逸らした。
「な……なんで?」
「実はね、フレイに魔術を教える代わりに、勝負するのを控えて貰うようにしたんだ。あ、もちろんアレのことは内緒にはしてるよ」
それを聞くと、もともとそういった争い事みたいなのや、悪目立ちするのが好きではないフローラはうーんうーんと唸って、
「それは……うーん………………仕方ない、かなあ。私もね、正直言っちゃうといつ勝負もちかけられるかちょーっと怖かったんだよねー……」
そう言って窓の外を見ながら、
「でも……フレイかあ……。ううん、でも、仕方ない、かな……?」
と、小さな声でつぶやいた。
「大丈夫、しばらく教えることはないから必ずこれを繰り返せば強くなるよ」
「えーっと……あっうんうん、じゃあしばらくがんばってみるよ。次会う時はすっごいつよくなっちゃうから!」
「ははは、それは楽しみだね。」
そう言って彼女は「じゃね」と手を振って、やってきたクラスメイトの女子のところへ行った。
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フレイにはそれから2年、ずっと練習につきっきり……というよりは、フレイから積極的に引っ張ってきて、練習に付き合わされた。最近では体内の魔力をかなり強力に操れるようになったフレイに教えることはほとんどなかったけど、
「教えるのやめたらもう一度他の奴らはったおしに行くから」
と脅迫されてしまってはついていくしかなかった。脅迫も何も僕から持ちかけた約束なものだから、文句は言えないのだった。
ある日の放課後、日が傾いた教室に残っていたフレイは、机に座って外を見ていた。今日も引っ張られるかと思ったけど、夕日を浴びて輪郭を浮き上がらせながら、ずっと外を見ている。赤い光を浴びて彩度を上げた赤い髪のコントラストが強くなり、彼女の後頭部に暗く青い影を落としていた。
なんだかその姿に胸騒ぎを覚え、フレイに声をかけたのだけど、
「……アタシ、別の学校いくから」
一瞬彼女の言ったことが分からなかった。数拍置いて「ああ。そう、なんだ……?」と返した。
「騎士学校。マ……お母様からの希望で魔術学園に通っていたけれど、来年からはお父様の希望で剣を学ぶの。魔術が強くなったから、お母様もその成果を見て満足したみたい。……せいせいするでしょ、アタシにもう構う必要もないんだし、もうちょっと喜んでも良いわよ」
そう言って振り向いたフレイだが、赤い逆光が眩しくて彼女の暗い顔はよく見えなかった。
「そんなことないって」
「……嘘よ」
「フレイが才能なくて変化のない2年ならそりゃ面白くなかっただろうけど、フレイめっちゃ強くなったじゃん。教えてて楽しかったし、まあ……そんなに悪い気はしなかったよ。大変だったけど、別れるのはちょっと寂しいかなって思うぐらい」
「———そう……」
そう言ってフレイは俯いたが、相も変わらず赤が眩しくて、彼女の表情も顔色もよく見えなかった。
「……あ、あのさ! これでその、終わるわけじゃん? じゃあ……約束も、これでナシってことで!」
急に彼女は立ち上がり、落陽を目のハイライトに精一杯吸収しながら、腕組みをしてこう叫んだ。
「アタシと、勝負しなさい!」
-
2年前と同じ場所で行き、二人で向かい合った。真剣勝負はどちらが何かを言い始めるでもなく始まり、魔術の応酬が始まった。気がついた頃には空はだんだん暗くなっており、それでもお互い止めない魔術の手に、月が山から顔を出す頃になっていた。
その実力は拮抗していた。
息切れしながらも放たれる地面を燃やす炎、それを吹き飛ばす絞りかすの魔力から出た竜巻。もう立っているのも大変という状態だったが、僕はこの最後の真剣勝負が終わってしまうのを惜しいと思っていた。もし彼女もそう思っていたら嬉しいな、なんて思いながら、僕はこの日初めて全力を出し、そして後ろに倒れ込んだ。フレイも僕を見て膝をついた。
「はぁ……はぁ……もーダメ……。……勝負はお預けってところかしら……!」
「……っは……ふぅ……僕とっ……しては……っはぁ…………もう挑んで……ほしくない……かなぁ……はぁ……」
すっかり息が上がってしまった。全力を出した疲労感を初めて味わったが、かなりきつい。
「……そうね……じゃあ勝負は……また会えたらというところ……かしら……」
「はぁ……はぁ……っはぁ…………ああ………………はぁ…………」
そんな曖昧な約束で、その日の勝負は終わった。すっかり真っ暗闇となった夜の中、僕とフレイは何か言おうにも何も言えず、月の隠れた曇り空の下で無言で帰路についた。