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急に雰囲気変えるのずるいと思う。

ちょっとずつ本編になかった話もはさんでいきたい

 パーティハウスに慣れ始めてきた頃、その人は現れた。


「どうもっす、フローラさんいらっしゃいま……あらま、お嬢様に会ってしまいましたか」


 地味な黄土色の全身を隠すようなフード付きコート、オレンジの髪、狐目。いつぞやかの、お父様の隣にいた人だ。

 ……この人、どこかであったような気がするんだけど、思い出せない……誰だっけな……?


「ねえ、あなた名前は?」

「いや、そんなワタシのことはお気になさらずー」

「……そういう言い方されるとね。意地でも知りたくなるのよ!」


 さすがにはぐらかれすぎてちょっと腹が立った。こういうふうに気にしないでって言われると、気になるわよね。押すなって言われるとすっごい押したくなっちゃうみたいなの。

 というか、名乗るぐらいいいじゃないのよ。


「あーでもですねぇ」

「言うまで通さないから!」

「ええ……まいりましたねー……こういう時のお嬢様は強いっすからね……」


 フードの女は、「まったく誰に似たのやら……」とそのフードの上から頭をポリポリ掻いていたが、やがて観念したように名乗った。


「……ソニアっす」

「ソニア……」


 ソニア。


 ソニア……ソニア…………聞いたこと……

 ……この髪……




 …………あああああっ!?


「第三婦人のソニアお母様!?」

「やっぱおぼえてますよねぇ……」


 覚えてるというか、なんでアタシ今まで忘れてたんだろうというか。

 いや、そもそも……


「なんで隠そうとしてたわけよ」

「あはは……まあ、なんといいますか、ちょっとワタシの存在って今更すぎるかなーと」


 今更だったら言わなくてもいいってわけじゃないと思うんだけど……ただ、確かにそのことは気になった。


「話したくないならいいけど……しばらく見なかったわよね、何でかしら」

「話したくないっす」


 あっ下手した……思いっきりはぐらかされた。


「やっぱり言いなさいよ」

「あーもーそんなこといいじゃないっすか、それより約束っすよお嬢様、通らせていただきますよ」

「ああもうソニア様!」


 ソニア様は強引にパーティハウスの中へ入っていくと、アタシの声に反応してか、玄関入ってすぐの場所でぴたっと一旦止まって、くるっとこちらを向いた。


「あとソニア様なんて他人行儀すぎっすよ、ソニアと呼び捨ててくださいな。丁寧な言葉も聞きたくないので不要っす」

「エリゼ様と同じようにと思ったけれど、随分と距離感の独特な方ね…………。……わかったわ、ソニア。じゃあアタシも、フレイって呼び捨てで、その独特な丁寧語もいいわよ」

「……いいんすか?」

「自分から言い出したのになんで聞き返すのよ……アタシがそうしろっつってんの。年上のしかもお父様の奥様だけ一方的に呼び捨てなんてやりづらいわよ」

「やった! じゃあよろしくね、フレイちゃん! はいギュ〜っ」

「ほんっとあんたの距離感どうなってんのよ!」


 アタシは、いきなりタメ語でちゃん付けされてハグまでやってきたことに驚いたけど、……まあそんなに悪い気もしなかったので特に訂正することもなくそのまま呼ばせた。

 そういえば、キライなものだらけのあの家で、この人はあまり苦手ではなかったな。すっかり記憶の彼方だけど当時からこんな感じだったんだろう。


「フレイちゃん。フレイちゃんフレイちゃん! ふふふ!」

「今まで喋ったことなかったけど、これがお父様の奥様? なんつか……変わった人ね……まあお父様もお母様もちょっと変わってるし今更か……」


 アタシの目の前で楽しそうに笑ったその人は、なんとも不思議な雰囲気でペースをすっかり乱された。呆れながらも、応接間にソニアを招き入れた。


 -


 応接間には、フローラ……ではなくリオがいた。


「リオ、フローラは?」

「昨日遅くまで飲んでまだ寝てるよ」

「……今更だけど、フローラって自由人よね……」

「そろそろ控えて欲しいよ……おや」


 そこでリオも、ソニアに気付いた。


「おや、あなたが件の青年……お初にお目にかかります、ソニアっす」

「ソニア、さん。ああもしかして例の」

「ハイ! それはもうバリバリ働かせていただきますよ」

「それはよかった、そういうことならよろしく頼みます」


 なんだかリオとソニアは話がついているらしい。


「リオ、ソニアはアンタが呼んだの?」

「そうだよ……って、いきなり呼び捨て?」

「呼び捨てにしろって言われたのよ。ていうかこの人、お父様の第三婦人だから」

「うん、……うん!?」


 リオが驚いてソニアのほうを向く。


「……そんな話は、一言も……」

「言わなくていっかなーと思いましてねぇ、フレイちゃんと会う予定もなかったですし」

「まあ……調査してもらうだけなので不要ですが、メンバーにいるのは分かってますよね?」


 リオの問いに対して「まぁまぁ」と軽く切り上げてリオの正面ソファに座るソニア。そして話をぶった切るように手短に言った。


「要件を聞くっす」

「……確かに話したくないのなら踏み込む話ではなかったですね、失礼しました。……事前にお伝えしましたが———


———『人類主義』の件でして」


 アタシは、リオの口からその名前が出てきて、どくん、と心臓が鳴った。

 人類主義。忘れもしない、エルヴァーンの屋敷からアレスお父様以外の家族を追い出そうとしたドルガン。その寸前まで行きそうだったこと、マルガに助けられたこと。

 でも、なぜリオの口から……?


 アタシが思考の海に潜っていると、リオが鞄の中から紙切れを出した。


「———これ、巡り巡って王室からっすか、じゃあマジで王女さまブチ切れ案件っすね」

「でしょうね。まさかまだ活動する気だとは思いませんでした」

「信念は宗教っすからね」


 ソニアが身を乗り出して、リオがさっき取り出してテーブルに置いた紙を見る。

 ……そこには、名前がたくさん書いてあった。もしかして、これ全部……


「人類主義のリスト……こんなに」

「そうだよ、エルヴァーンにとっては懸念事項だろうし、フレイは当事者だし。一緒に行動するにあたって、僕自身も家を取りつぶした程度で全員が一斉に諦めるものだろうかと思っていたところ、ギルドにちょうど依頼が来たから少し動いてみようかと思ってね」


 リオ、あんたってほんと頭の回転も行動も速いわね……でもさすが、マルガが進言してあれだけの騒ぎになったのだ、アタシの事情なんて当然事情通のリオが知ってるわね。

 しかし……アタシはリオがアタシのために動いてくれるというだけで、とても嬉しかった。顔がにやける。


「………………じーっ」

「——!? なっ、あ、あんた……!」


 ソニア! み……見てた! 今、すっごい見られてた!


「なるほどなるほど、いいものを見させてもらったよぅ……!」


 赤くなってるアタシをよそに、再び首を机に戻してしまうソニア。

 ぐ、ぐぬぬ……!


「ところで……」


 ふとそれまでの陽気な雰囲気を引っ込めて神妙な顔つきになる。


「この中で一番強いのって誰すかね」


 ソニアが、リストアップされた名前を見ながら聞く。


「一番上、ユリウスという男ですね」

「ユリウス……特徴を」

「はい。過激派急先鋒で、人類主義の組織の中心人物というか、拠り所みたいな感じですね。裏では手を出したことも少なくないという話です。体が大きく、髪が水色で、風魔術の非常に強力な使い手です。王国もギルドも、相手が神出鬼没かつ強力なため手を出し損ねています」


 それを聞くと、ソニアは「ユリウス……ユリウス……」と呟きながら、目線を鋭く開いた。

 ……目、開くと金色なんだ。なんだかいつも閉じてるから初めて見た。それぐらい、ソニアの目は見たことがなかった。

 開いた目の迫力は半端ではなく、マルガが家に来た時のような独特の緊張感が漂う。正面のリオも、その目を見て息を呑んでいた。人類主義のトップに対して強い敵対心を持っているのを感じる。

 ……当然か。アタシたちエルヴァーンの敵だものね。話を聞く限り、どうやらエルフ殺しもやっているようだし……。

 でもさすがに息苦しいわ。


「ソニア……ちょっと緩めて」

「ん? ああ失礼しました! ちょっと集中しちゃってたね」


 アタシが声をかけると、ソニアは張り詰めた雰囲気を軟化させた。そのままリオに向き直って、


「で、ええと雇っていただけるんですかね? リーダーさんに聞かないことには決められないと思いますが」

「ん? いや、リーダーのフローラはあまりそういうことをしないんです、僕の一存で大丈夫だと思いますよ」

「じゃあ……」

「そうですね、もうフレイの関係者って時点で信用はしていますし、大体実力もわかりますが、とりあえず調査はもちろん大丈夫で、あとのお願いもその後を少し見て、というのでいいでしょうか」

「わかりましたっす」


 一通り話が済んだ———


———と、そこへ暢気にあくびをしながら我らがリーダーがやってきた。


「ふぁ〜……ん? なになにどったの?」


 我らがリーダーことフローラは、すっごい眠そうな顔をして現れた。


「遅いわよ、お客様との話がもう済んでしまったわよ」

「え? え!? どうしようリーダーなしで大丈夫だった!?」

「……普段リーダーってこういう会議に出てる?」

「ぜんぜん!」


 あっけらかんと笑顔で言い放つフローラに、ちょっとめまいを覚える。でもコイツはこれで超強いっつーか頼りになるから憎めないのよね。

 特に魔術の中でもフローラの回復と防御は格別だ。この二つがあるだけで、冒険者パーティとしては安心感が全く違う。

 恐らく回復は……サーリア以上、だろう。あのバカ魔力で弱いなんてことはあり得ないし、なんといってもリオが育てているのだ。弱いはずがない。回復以上のこともできてしまうかもしれない。


「どうも、おじゃましてるっす、ソニアと申します。あなたがフローラさん?」

「はい、フローラです! 見ての通りの形だけリーダーやってまーす! えへん」

「威張る所じゃないわよ」

「そこは「えへんなんて口で言う人初めて見た」でしょ!」


 それから「そんな打ち合わせしてないわよ!」「約束したのに!」「いつ!?」「昨日酒飲んだ時」「夢の中!?」……と延々言い合っていると、隣でくつくつとソニアが笑っていた。


「くっくっく……これはおかしい……完全にお嬢様がコメディアンになってらっしゃる」

「ほらもうソニアに笑われちゃったじゃないの!」

「いやぁ〜話には聞いてたけど見た目と全然違うっすねフローラさん! フレイちゃんとコンビでいこう!」

「フローラはリオとやってもコントになっちゃうわよ」

「もうコメディトリオ結成とは! 本格的にやる気だねフレイ!」

「やらないわよ!?」


 ソニアがアタシの肩をバシバシ叩くのをフローラがちょっと驚いた顔で見ている。


「めっちゃタメだねフレイ……一応仕事の関係なんだよね? この人」

「来た目的はね。でもアタシのお父様の第三婦人なのよ、来た時この人黙ってたけど! アタシも久々だから名前さっき知ったぐらいだし。だから正確にはソニア・エルヴァーンよ」

「お、お母様でいらっしゃいますか!?」

「アタシのじゃないわよ、アタシ正室第一夫人の娘だし。だからなんていうか……まあちょっと距離感掴みにくいけど、呼び捨ててくれって言われたから呼び捨ててるわ」

「な、なるほどー……」


 フローラはそれを聞くと「どーもどーも」とぺこぺこ頭を下げた。ソニアは手を振って気楽そうに応対していた。うん、なんかこっちの二人は軽いし、普通に気が合いそうね。


「ところでリオ、何の話してたの?」

「『人類主義』の暗躍の話だよ」

「『瓶類趣味』の悪役? 樽のウィスキーより瓶入りの方が好きな人が瓶を独占することかな? それで瓶ウィスキーの値段が上がったらやだなー」

「全然違うよ!?」


 二人のコントを見て「なるほど、ほんとっすね」と笑いながらつぶやくソニア。アタシはその二人に苦笑しながらも……他のことを考えていた。




 ……当たり前のようにあった王国のハーフエルフへの差別認識。エルヴァーンと『エルフの家』の活躍で少しずつ変わっていったけど、それが明確に禁止と急に大きなショックを与えたのがエルヴァーンとバンガルドの騒動だ。それでも人間は急には変わらないわけで。そして、アタシ自身は自分のことをさすがにまだ話していない。

 エルフの混ざりモノ、ハーフエルフ未満の存在。


少し怖いけど……聞いてみることにした。


「ねえ、折角だからこの機会に聞きたいの」

「ん? なんだいフレイ改まって」

「みんなはさ、ハーフエルフとか、『人類主義』とか、どう思う?」


 アタシの質問の意図にリオはすぐ思い当たったようで、答えた。


「そもそもフレイの家族がハーフエルフで、しかも王国の危機を救った英雄なんでしょ。そりゃあその人達は一般の人間より誇り高いと思うよ。種族はあまり関係ないというか、ハイエルフでも犯罪したら犯罪者だし、ハーフエルフでも国を救ったら英雄。そしてもちろんハーフエルフが犯罪をやったら犯罪者だと思うよ、人間の犯罪者と同じようにね」


—————。

 ……うん、分かってはいたけど、ここまではっきりとニュートラルな立場を宣言されると気持ちがいい。全く差別せず、同時に……全く優遇せず。本当に「人間と同じ」という視点で見ている。立場が保証された今こそ王国中のハーフエルフに聞かせたいわね。隣のソニアも「……これがリオさんですか……なるほど……」と真面目な顔で聞いている。


 さて、フローラは……


「エルフの耳ってかわいいよね!」


 全く問題がわかってなさそう!


「いやあんたね……アタシが聞きたいのはそういうんじゃなくて、っていうかリオの話聞いてた? エルフに関連した差別とかする人間をどう思うかとか、そういうのよ」

「エルフってあの耳ぶつけて不便そうだよね!」

「あんたアタシの話聞いてる? いやまあ不便だろうけど、そうじゃなくてハーフエルフとかハイエルフとか、そういうのよ」

「ハーフが短いやつだよね! 私ハイエルフとかに生まれなくてよかったよ絶対酔っ払って耳ボッキボキ折りまくるもん!」

「聞けよ……」




「ていうかハーフエルフ可愛い子多くない!? かわいくて動きやすい耳! ハーフエルフはお得だね! クォーターだともっとかわいくてお得なのかな!」

「——————」




 ああ。そうだった。

 すっかり忘れていた。

 この子は、こういう子だった。


 リオが視界の隅で頭を抑えているのを見ながら、アタシがあまりにも右ナナメ上な回答にどう説明したものか間抜けにも口をぱくぱくさせてると———


「———ッハーッハッハッハッハッハ!」


 ソニアが、すっごいウケていた。


「お、お得って……! お得っておま、そんな考え方するヤツ初めて会ったわ! アッハッハそうかクォーターがかわいくてお得か! はぁーマジか、この子マジか。……すごいなあ、世の中こないな子ばっかりやったらアレスさんは速攻サーリアちゃんと結ばれてたやろなあ。あでもフレイちゃんが生まれないのは惜しいなぁ」


 ソニアはフローラの回答を聞いてひとしきり笑うと、やがて少し感じ入るように静かになり……そしてアタシの方を見て、その金色の眼を今度は優しく開いた。




「……フレイちゃん、いいお友達に出会えたね」




———……。


 ……そういう、お母様でもないのに急に雰囲気変えるのずるいと思う。まあお母様っちゃお母様なんだけど。


「……うん」


 アタシは、こう、うまく返せなかったので、とりあえずその一言だけ言った。その一言を聞いて、歯を見せて狐目でニンマリと子供のように嬉しそうに笑った。なんか隣でフローラが「え、何、なに私へんなこといっちゃった?」とか言ってたので「ううんフローラはそれでオッケーよ」と言っておいた。


「んじゃ次の質問! ダークエルフはどうっすか?」


 リオは淡々と即答した。


「よく盗むとか(たぶら)かすとか言いますが、盗んだら盗んだダークエルフが悪いし、盗まなかったらそれはまだ犯罪者でもなんでもないし、基本的にはハーフエルフ……というか人間と全く同じ印象ですね。

 会話したことはないのですが……きっと話してみると、いい意味で予想を裏切られると信じています。先入観は持ちたくないので、どこかで大規模な交流ができるとお互いのためにいいでしょうね」


 さすが優等生……というの通り越して、もうリオセンセは道徳授業もセンセできるんじゃない? 隣のソニアも嬉しそうだけど真剣な顔をして「これはお嬢様もご執心なさるわけだ」と小声で呟……ちょっと、余計なこと喋るんじゃないわよ!


 そしてソニアを見ていた我らが問題児のフローラはというと……


「ダークエルフって一族まとめて全員なんかめちゃくちゃ色っぽくない!? なんなのあれ! 私の正反対な感じというか! あっでもおっぱいの大きさなら負けませんっ!」


 そう宣言して、大きく胸を張って自慢の頭ぐらいありそうなそれをぶるんっ!と揺らした。リオは頭を抱えて赤面していた……このリオの顔もいいわね! じゃなかった。ちなみにソニアは案の定やっぱりウケていた。


「アーッハッハッハ! フローラさんめっちゃでかいっすね! いやあこんな強力なヤツが隣にいるとさすがのダークエルフも裸足で逃げますわ、リオさんも誑かされませんね! 安心っすわ! アッハッハ!」


 リオはあまりにもあんまりな扱いに「なんでこんな目に……」と言わんばかりにちょっと涙目だ。このリオも……もちろん、いいわね! でもさすがにかわいそうになってきたので切り上げよう。


「ま、あんたたちのことだから心配してなかったけど安心したわよ。ほらウチってハーフエルフめっちゃ多いし、アタシのお付きのメイドさんもそうだから偏見とかあったら心配だったけど」


 それを聞くとフローラが身を乗り出した。


「お、お付き!? 専属メイド!? ハーフエルフの専属メイド!?」

「そうよ、サーリアっていうよく出来た友達よ」

「これが貴族と平民の差なのね……!」


 フローラは、「かわいいハーフエルフさんがずっと一緒なんて……」と茫然自失でつぶやいた直後、二階に走って行ったと思ったら、遠くの方で「うらやましいぞーっ!」と叫んだ声が聞こえてきた……あいつ外に向かって叫んだわね!?


 ソニアはそんなフローラを見て、やっぱり、言うまでもなく、「うらやましい! ハーフエルフと一緒がうらやましいておま!」とめっちゃウケていた。


 -


「あーたのしかった! それじゃそろそろ行きますわ!」


 ソニアは身軽に飛び上がり、扉の方まで移動した。もう出て行くつもりだろうか。


「もうちょっとゆっくりしていっても……」

「ううん、すぐに調べたいので出るよー、それに今日はいいことたくさんだったから帰ってメイドのみんなにもお話したいからね! それじゃまたねーフレイちゃん!」


 アタシの返事を聞かずに、ソニアは出て行ってしまった。リオは頭を掻きながら、ちょっと苦笑していた。


「第三婦人と聞いたけど、ほんとフランクな人だね……」

「アタシも実際に話すの自体は初めてなんだけど、思った以上に話しやすい人ね」

「情報の調査の仕事とかアレで大丈夫かな?」

「全然知らないからわかんないわ……」


 アタシは、出て行った扉を見ながらつぶやいた。 


「ほんと、謎の人ね……」


 -


 アタシは、出て行くソニアの姿を思い出していた。久々に会った姿は、以前と変わりない若々しいものだった。……きっとあの人は……。

 アタシがそのことを考えていると、リオが口を開いた。


「……あの明るさの裏では、いろんなものを見てきたんだろうね」


 ぽつりと、つぶやいた。……アタシが考えてること、やっぱりお見通しか……。


「ねえ、リオ。アタシってやっぱあんたほど頭良くないからさ、何か考えていることあったら教えてよ」

「ん……おだててもあくまで想像しかできないけどね。

 ……第三婦人で連絡が暫く途絶えていたということ、今回の向こうから接触してきての協力あったこと、どちらも人類主義……もしかするとバンガルド元子爵とか、その辺が関わっているんじゃないかなと思う」

「なるほど……」

「あとは第三婦人にしては若いからハーフエルフであることを隠しているのと、『そういう職』についているということぐらいは想像つくかな」

「そういう職って?」

「情報収集能力はもちろんだけれど……あの肌が見えないレベルの服装と、僅かに鳴った音、布の膨らみ方なら……暗殺、とかかな」

「———」


 ……考えなかったわけじゃない、けど……あの明るい人がそうだと言われると、少し怖い。あの目、憎しみと怒りの威圧感のある目。狙われたら、助からないと思えるほどの迫力———


「———味方だよ」

「……え?」

「あの人は、味方。それだけははっきり分かる」


 リオは、そう言って優しく笑った。……ほんっと、アンタって重ねて言うけど何もかもお見通しよね……アタシもリオに笑い返した。二人で笑うと一気に心が軽くなった、リオがそう言ってくれるのなら大丈夫だ。


「それに……」

「ん?」

「フローラがいたから。きっと彼女にとって、フローラのハーフエルフの認識は特別だったはずだ。差別されない、じゃなくて、うらやましがられる。しかもあんな可愛い子から可愛いと言われてね」

「あ……」


 そういえば、あの子は、全く気にしていなかった。なんというか、そもそも差別という概念自体が知識にまるっとない感じだった。

 アタシ、さすがに「ハーフエルフの方が人間よりいい」は言えないわね。


「きっとね、ああいう明るさって、悪い方にも起こりえるんだけど、基本的にいい方に向いていくんだよ。フローラはね、なんかそういう子だから。その辺が一緒にいて面白いんだよね」

「———なるほど、ね……」


 なるほど言われたとおり、確かにソニアはフローラの底抜けの明るさを心から楽しんでいるように見えた。あの笑顔は、普段の笑顔の薄膜みたいな透明の仮面の下にある、底抜けに明るい素顔の方に見えた。今日はきっと、ソニアは久々か、それか初めてかわからないけど。笑っただろう。

 アタシも改めて思うと、あの明るさにいつも勇気づけられているし、実際救われているなと思う。

 …………。

 ……同時、に……隣の……。

 ………………好きな男の子、が……。……リオが、一緒にいる()()()()()()()理由を語ったことに。温かいスープに小さい砂粒がひとつ入っていたような。温かい食事に、すぐ飲み込める小骨が一瞬刺さったような。そういう感覚があった。

 ……こういうところが、アタシのダメなところ、なのよね。きっと、本当の意味でフローラに敵わない場所。


———あと。

 さっき何気なくさらっとフローラのこと可愛い子って言ったけど……アタシに言ってくれる日、来るかな……?







「おさけ〜」


 …………その原因たる緊張感のない声が広間にやってきた。


「おさけなくなっちった。また買ってよー」


 ……あんた途中からいなくなったと思ったら、朝っぱらから酒瓶探して家ん中徘徊してたわけ!?


「さすがに今日みたいなことがあると困るから、昇級までは控えてもらうよ」

「ええーっ、次もうSじゃん……」

「無理かい?」

「ぶっちゃけリオと一緒だとちょー余裕だと思う」


 フローラはアタシの届かなさそうな目標に対してあっさり言い放ち、「それに……」と言ってこちらに顔を向けると


「フレイちゃんがいるからね!」


 そう言って、その誰をも虜にする美貌で、子供のように歯を見せて笑った。完全にアタシの力でSランクが取れるのを確信している顔だった。

 うん、この強さと底抜けな明るさが、フローラの魅力、よね。


 やっぱり……かなわないな。




 アタシの目的、ちゃんと思い出した。その目的、達成したい。

 勝手に小骨を喉に刺さらせて。勝手に後ろ向いている場合じゃない。

 なんだかんだ、こうやって元気よく信頼を向けられると。やっぱリオと同じように、アタシもフローラと一緒にいたいな、なんて思いながら。


「じゃ、S目指してアタシたちも今日の討伐いきますか」

「えっ二日酔いなんですけどー」

「元気に大声で喋ってたし嘘だよね?」

「ううっ……今日のリオは容赦ない……」


 だから、アタシはその子を引っ張って、外に出るのだった。

 空は晴れていたけれど、天気は午後から崩れそうだ。気をつけていこう。


「『雪花魔術団』出陣!」

「あ〜っ! 私のセリフなのにぃ〜!」

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