アタシもそう呼ばせてもらうわ!
本編で省いていた冒険者パート
アタシは、一通り雪花魔術団の活動の話、そして今後の予定の話をして、とりあえずその報告のため屋敷に帰ってきた。
「ふんふふんふんふ〜ん」
鼻歌を歌いながら、応接間……サロンの扉をバーンと開ける。
「あらフレイちゃんおかえりー」
「フレイ、おかえりなさいま……あれ?」
「んふふ……」
部屋の中にはお母様とサーリアがいた。
アタシはお母様と一緒に紅茶を楽しんでいて、飲み終えたサーリアの近くまで行くと、後ろからがばっとハグした。
「ふふ……ダメもうにやけがとまらない……」
「フ、フレイ? もう確認するまでもないぐらい、なんかいいことあったって顔してるね?」
「わかる? わかるよねー?」
「ちょっとキャラ変わりすぎてない!?」
サーリアの体を抱きしめながら、今日あったことを思い出して、再び頬が緩む。
「あらあら、よかったわねー」
お母様は、ニコニコしながらアタシを見ている。なんだかすっかりお見通しって感じの顔だ。そしてその予想は間違いなく当たっている。
「最近任務も失敗続きだったので、成功したとか……いやでも、初任務の時でもこんなに顔を緩めることはなかったのに……」
「んふ。……ああ、でも……その、サーリアにはあんだけ言っちゃった手前ちょっと申し訳ないなーなんて思っちゃうんだけど、ね」
「私に申し訳ない? あっ、ひょっとして」
サーリアも思い当たったようだ。
「リオのパーティに誘われたので、入ることになったわ」
アタシは、自分で言って、そして再び「んふ」と頬が緩んでしまった。なんだかもうアタシじゃないみたい。頬が緩むのを抑えられない。
「いやあ、やっぱりあの白い子……フローラっていうんだけどね、その子はそのパーティにいたんだけど。次からは味方として戦うのよ」
「あっ……じゃあフレイが杖を持てなかった理由」
「うん。アタシ、杖に触れる度に恐怖ですくんでたんだけど。大丈夫になったよ」
「よかった……! これでまた活躍できるね!」
「当然!」
と、そこまで話した後に、少し話しづらいこともあるのを伝えなければならない。
「えっと、それで……アタシ、暫くその二人の『雪花魔術団』のパーティメンバーとして、家を離れることになるの」
「あっ……」
「そう、なんだ」
アタシが急に家からいなくなってしまうという話に、二人ともかなり寂しそうな顔をしてしまったので、慌てて自分の発言の補遺をした。
「あっでもね! そこってぶっちゃけここの領地っていうか! すっごい近所だったのよ! だから、なんていうか、すぐ来れるって言うか!」
「えっ、じゃあエルヴァーン領なの?」
「そうそう! むしろあの二人をこっちの屋敷にそのうち呼びたいわね!」
そう言うと、二人とも安心した、というより楽しみな顔をしてくれた。
「ふふっ……そうかあ、私のフレイちゃんをこーんなに女のコにしちゃう男の子に私も会えるんだぁ〜」
「お、お母様?」
「確かに……私やフィリスでは絶対に引き出せなかったこのフレイの顔を自然に作っちゃう男の子のこと、ちょっと、メイドとしてはもちろん……女として、興味あるかな?」
「さっ、サーリア!?」
なんだか予想外の事態に陥りそうだったので、アタシは慌てて二人の話を切り上げた。
「そっ、そういうわけだから! まあとにかく近所でよろしくやって、ちょいちょい帰ってくるから! そういうこと!」
「ふふっ、わかったわ」
「はい、お屋敷は少し寂しくなっちゃうけど、いってらっしゃい」
そう言って二人はアタシを送り出してくれた。
さて……次は、すっかりダニー君を通じて仲良くなった、エリゼ様のところだ。ダニー君にも会いに行こう。
「エリゼ様、いらっしゃいますか」
「フレイ? ええ、いますよ」
部屋に入ると、そこには……ちょうどお父様もいた。あと、糸目のオレンジの髪でフードを被った女性がいた。どこかで会ったかな……?
「あっお父様、ちょうどよかったです」
「どうしたんだ」
「そちらの方は?」
「あーあーお嬢様、ワタシのことは気にしないでいいっすよぉー」
アタシはちょっと疑問に思いつつも、とてとて歩いてきたダニー君が「ふれえ、ふれえ」と喋ってくれるのをニコニコしながら頭をなでて癒されたので、そのまま気にしないことにしてお父様とエリゼ様のほうを向いた。
「AAランクパーティに誘われちゃってね、ちょっと家を離れます」
「まあまあ……大出世ね、フレイ。でもダニー君もフレイのこと気に入ってたから寂しくなるわね……」
「ほお、いきなり高位のところに誘われるなんて、やるじゃないか。行ってこい行ってこい」
二人はしっかり祝ってくれるようだった。エリゼ様に比べて意外とお父様はあっさり送り出してくれるようでちょっと拍子抜けだ。
「お父様、反対とか止めるとか、ないのね」
「冒険者になるときもそうだったが、いずれそうなるだろうなとは思っていたからな」
「そっか。ちなみにエルヴァーン領だから頻繁に帰ってくる予定よ」
「なんだ、じゃあ大差ねえな」
お父様はカラッと笑った。あいもかわらず、さすがに冒険者の先輩であるお父様はある程度アタシのことを分かっているようだった。
「お前、そういえばずっとソロだったけど大丈夫か? そもそもソロつっても普通は任務によって手伝いとか入れるモンだが、お前完全にソロつったら一人でやっちまうだろ」
「えっ? ソロって全部一人で任務をこなすわけじゃないの?」
「……お前、Sに上がるのに必要な敵が、剣と火魔術だけ効かない相手だったらどうするつもりだったんだ?」
……それは、考えたことなかった。
むしろ、なんで考えたことなかったのかがアタシのダメなところだ。基本的に考えるのが苦手な上に、今の任務で一杯一杯で、そんな余裕なかったのだ。
……ファイアードラゴンとか出てきたらどうするんだ、アタシが勝てる要素万に一つもないじゃん……。
「そういう時、雇うんだよ。だからすっかり『エルフの家』のメンバーから誰か借りていくとか、サーリア連れ回すとか、するかと思ってたぜ」
「でも、それだとパーティメンバーがサーリアってことになんない」
「専属ってんなら当然そうだが、お前知らない街でガイドもなくいきなり討伐任務に出向いたりしないだろ? ガイドの人間はパーティメンバーか?」
「戦わなかったらメンバーじゃないでしょ?」
「ガイドはメンバーじゃない……だが」
お父様は姿勢を正してアタシを見た。きっと重要な話だ……アタシも真剣に聞く姿勢になる。
「戦わなくても、専属ならパーティメンバーだ。ガイドやサポートの人間を侮るなよ、俺もそうだが剣だけに生きてる荒くれ者の冒険者の知識量なんてのはたかが知れてる、それをどんな敵が来ても補助できる知識のあるヤツは当然需要も高い。だから、サポートってのはすげえ重要なんだ」
「サポート……」
なるほど……確かに、剣だけとか魔術だけとかに力の全てを注いでいたら、そういう勉強に時間をかける時間は訓練よりは少ない。
世の中の魔物の数々の特徴を覚える……というより、事前に何が来ても覚えているという人員が重要になる。
アタシ、何も知らなかったな……。
「特に、指揮官型のサポートってのはリーダーっぽいけど弱いんで信頼関係がないと舐められるし地味だし、更に自分の身を守る剣術魔術もありゃしねえのに前線に出なくちゃ指示できねえ。
オマケに必要な勉強量つったら剣術と魔術の知識に、それらの訓練全部合わせたのと同等以上の書物読破、更にその書物を購入する金額が重なる」
「書物?」
「そうだ。書物ってのはそもそも学がないと読めねえしアレ貴重なモンは知識の重要度からモノによっちゃ対価が金貨とかの世界だ。しかも金を出したからって数が出てないから目的のものが手に入るかわからん」
「金貨……って……」
王国金貨。基本的に宝石や屋敷などの取引に使われるレベルのものだ。持っていても釣りが出せないので城下では取引すらされない。
それが、書物一冊で……。
「それらの金貨を使ってまで得た知識が豊富な奴なんて、それこそSの剣士より少ないだろう。なんてったって「危険職」かつ「最弱職」だからな。しかも、他の実践組んだ冒険者より知識が少ないとすぐに除名だ。なりたがる奴は少ない」
「確かに……」
「……エルフの家のメンバーにはサーリアやフィリスをはじめとしてクォーター、ハーフ、標準の奴の他に、一人ハイエルフがいてな……こいつがそのサポートつうか『コマンダー』だった。俺の理想に同意してくれたヤツだ。
血筋が上で、腰が低く、知識が豊富という皆が信頼した奴。ハッキリ言ってこいつナシだとAAにも満たなかったんじゃないかと今も思うぜ」
「そんな人がいたんだ……」
そこまで、重要だったなんて。お父様のパーティ『エルフの家』のメンバーの数と、その戦闘力。なんといってもお父様自身の剣術のレベルを知っているので、そのお父様がそこまで言い切るサポートコマンダーの重要性を強く感じる。
「もっと早く教えて欲しかったんだけど……」
「普通に手伝い雇ってるもんかと思ってたぜ」
「サポートの話ぐらいは……」
「そっちはすまねえ、確かにこれは気付きにくいから話しておけばよかったな。それにサポートが重要なのはまさにそこなんだ」
「え?」
お父様が、真剣な顔をしてアタシを見る。
「……なあ、「剣術と魔術の勉強と訓練」を、お前は学生時代何年やった? その時間を学園の武芸指南書じゃなく冒険者知識の書物に回す奴って、サポートの重要性に学生時代に既に気付いて最弱で危険な人生選んだ奴だよな? だから普通は冒険者引退後に前線から離れてでもサポートで冒険者を続けようと思ったヤツしかいない」
「あっ……!」
「そして後者は、完成した頃にはハードワークに向かない年齢だし、そもそも貯金を切り崩してやるもんじゃない。……それでもサポートやってるヤツはいるんだ、だから貴重なわけだな。
冒険者としてサポートコマンダーの重要性に気付いた雇う奴はベテラン、当然やる奴もベテランだ。見つけたら捕まえておけ」
なるほど、じゃあその条件で一番いいのは当然……
「戦える若いサポートが一番いい条件ね」
「お、お前な……現実を見ろ。お前それ、初等部中等部で試験が満点取れる上で、自分が活躍できないって思ってるような奴だぞ。そんな優秀かつジジむさいガキとかいるわけねーだろ、お前学園の試験で満点取りながら自分が才能ナシだとか思うか?」
「ごめんお父様、めっちゃ納得した。確かにそんな奴存在しないわ」
「だから、あのハイエルフが本当に王国一の貴重なメンバーだった。……ハーフエルフ活躍の演出のための協力者だ、秘中の秘だぜ、この話」
貴重な話だった……よくわかったわ。
「そうそう、次はドラゴンなのよ」
「じゃあ倒せたらドラゴンスレイヤーか、それはなかなか誇っていいな」
「お父様の剣で倒したって言いふらすわ!」
「はは、飛んでるドラゴンが剣で倒せるかな? ……ところでお前、一時期Aまで上がったが、どの任務をやってAまで上がったんだ?」
「Bだとワイバーンの討伐をこなしていたわね」
お父様が、珍しく驚いた顔をして凍る。部屋に沈黙が訪れ…………ダニー君がきゃっきゃ言ってアタシの手に遊ばれているのでそういう緊張感なかった。
「杖なしでワイバーンの討伐やったのか? 地面に止まっていた瞬間を狙う感じか?」
「いつも空を飛んでるヤツを倒してたけど」
「……それ、後でパーティメンバーにも喋っておけ」
「? まあお父様がそう言うなら、わかったわ」
なんだかお父様は、それだけ言うと「はいはい出て行け」と言わんばかりにエリゼ様といちゃつきはじめた。エリゼ様は「もう……!」なんて言いつつダニー君をアタシから預かると、お父様の所に行った。
アタシは内心頭の中に疑問符を沢山並べながら、その場を後にするのだった。
あ、結局オレンジの髪の人の名前聞きそびれちゃったな。
-
「ってわけで、小さいけどここがうちのパーティハウスだよ」
「あ、フレイちゃんきた! やっほー!」
「へえ、確かに小さいけど、いい場所じゃない。うちに近いし」
「あれ、うちに近いって」
「ちょっと、アタシがエルヴァーンの男爵令嬢って忘れてないでしょうね」
フローラがぴたっと止まる。あ、これ完全に忘れられてるな? まあアタシのお父様、そういう管理とか税とかあんまり興味ないっていうか、マジでサーリアに丸投げしてたもんね……。サーリアと、あと手伝いの人がいたって聞いたけど。
「そういえば領主の方にもお会いしないとね」
「ええと、フレイのお父様だよね? ね? どうしよリオめっちゃ緊張してきた」
「二人に失礼働いたらアタシがぶっ叩くから安心していいわよ」
「はははそれは頼もしいね……」
まあそのうち一緒に挨拶に行こうかしらね。一通りの話を終え、アタシはとにかく、準備完了だ。
「それじゃ、さ。雷だっけ? 教えてよ」
「わかった。それじゃあフローラ、適当に時間潰しておいてくれる?」
「はーい、ねてまーす!」
ええ……? フローラ、あんた結構なぐーたらね……。
-
本当にアタシのトラウマはフローラに出会って克服されたようで、久々に杖を持ってみると何も感じなかった。
多分、思ったよりもフローラが明るい子だったのが大きいんだと思う。話してみると、見た目の神秘的で近寄りがたい感じとは全く違って、本当に普通の女の子だった。
まああの子も、自分で選んであんな容姿に生まれたわけじゃないものね。きっと、その容姿が原因で嫌なこともあっただろうし。可愛い子は可愛い子で悩みが多いと聞く。
そう……生まれは選べないのだ。だから、アタシは等身大のあの子と付き合っていこうと決めた。
「それじゃ、雷魔術をやってもらうわけなんだけど……今回は僕が教える必要は全くないね」
「は? どういうことよ」
「練習、毎日やってくれていたんだね」
リオがアタシを見て言う。
「なんかあんたって感知魔術でもあんのかホントよくわかんないわよね。……まあそうよ、毎日やってたわ」
「地味な訓練、続けてくれていてありがとう。それじゃあもう僕から言うことは簡単だ。訓練を思い出して、雷をイメージして……まずは「サンダーアロー」を撃ってみてくれ」
「任せなさい!」
アタシはリオに言われたとおり、毎日の訓練を思い出す。
足から……そして、体全体から頭のてっぺんに向かって、魔力を上げて……そしてゆっくり押し出すイメージ……。ここで、魔力を放出させずに、杖を前に!
「サンダーアロー!」
瞬間、アタシの手からものすごいスピードで正面の空間に青白い光が飛んでいき、地面の一部がふっとんだ。びっくりした。
「……いきなり、結構な威力だね……」
「そりゃもう、お母様から受け継いだ魔力の泉だからね! 5年もやってりゃこれぐらいなるわよ!」
「それにしても……2年前ではここまででは……すごいな……」
リオが珍しく呆然としている。めっちゃ気分いい。久々に杖を使って魔術を使えたのもそうだけど、なんといってもずっと追いかけていた彼が呆然とするほどの威力を撃てたのだ。
アタシもすっかり調子に乗ってきた。すぐ調子に乗るのは悪い癖だけど、今日ぐらいはいいわよね!
「ふふん、すっかりアタシの方が上になっちゃったわね、セーンセっ」
「まったくもって優秀な生徒で、先生肩身が狭いよ……でもなるほど、ああなっていたのか雷魔術……」
リオが困ったように頭を掻いていて、ちょっと言い過ぎちゃったかなと反省する。まあ、それでもアタシなんてリオがいないと使えることも分からなかったし———
「……サンダーアロー!」
———リオが叫んだと同時に、光が右手から走った。地面がびりびりとなった跡が少し見えたけど、特に削れてはないみたい。アタシより大幅に小さい、見たことないけど多分基本的な感じのサンダーアローだった。
…………。……いや、いやいやいや! なに当たり前のように上位属性魔術撃ってるの!?
「なるほどなあ、全然威力が出ないや。同級生の女の子の足下にも及ばないってさすがに凹むな……」
「待って。ねえ待ってなんで普通に撃ってんの?」
「いや、まあフレイの撃っている姿を見ると撃てるかなって思って」
「撃てないわよ普通!? ねえアタシほんとに入る必要あったの!?」
ちょっと焦るアタシに対して、リオは少し消沈したようにつぶやいた。
「……今のサンダーアローじゃ、アクアドラゴンにダメージを与えられずに怒らせて、返り討ちにあっておしまいだよ……。ちなみに前任のAAランクパーティの討伐失敗理由がその「弱すぎる雷魔術」だね。
使えるってだけで強いから大丈夫だと思ったんだろう……。僕も、これで討伐しようだなんて驕った考えで挑むときっとフローラに迷惑をかけただろうね」
なるほど……それで、雷魔術かつ高威力のメンバーが必要だったってわけね。
「……よし! 取り敢えず当面の懸念点はフレイのおかげで吹っ飛ばせた。この調子で、初級のサンダーアローだけじゃなく、他の雷魔術がどこまで使えるかやってもらうけど、いいかな?」
「もちろん! むしろ楽しみで仕方がないわ!」
「それは頼もしい! 5年振りだけど今度は放課後だけでなく一日中付き合えるからね! ……はぁ……フローラにももうちょっとフレイぐらいの真面目さがあればなぁ……」
やった……! 今度はリオを一日中独占できる! しかも期間もなく……! こんなの、毎日リオとの繋がりを確かめるために地味な呼吸訓練してたアタシにとって娯楽よ娯楽! だって、5年前の放課後も、最後の頃は終わるの寂しかったんだから! 絶ッ対言わないけどね!
そしてフローラ……アタシも、あの子に対する苦手意識とか全くなくなったというのを通り越して、なんか今までビビってたのがバカらしくなってきてるわ。学園の同級生がアタシ達二人の現状を見たらイメージひっくり返りそうね!
……ま、そのおかげでこうやって杖持って復帰するのもすぐ出来たから、あの子の性格の可愛さにも感謝しないとね。
「それじゃ次はサンダースフィアだ。バーニングウォールの雷版、これが使えると強いよ」
「よし、任せなさい!」
そうしてアタシは、リオから魔術の訓練を、今までの分を取り返すようにずっと一緒に練習した。
不慣れだったけど、それでも上位属性の中級魔術まで一気に手が伸びた。連発していて多少疲れたけど、もう実戦で使えそうだ。ここまで使ってこの程度って、ホントお母様からもらった魔力の泉、意味不明なレベルですごいわね。ホントにお母様何者なのかしら、ド普通なんだけど。……今度リオに見てもらおうかな……?
-
アクアドラゴン討伐。Bでギリギリだったアタシにとっては当然初めてのAAA任務であり、そしてリオやフローラとの初めての任務だった。
緊張しながらその山に足を踏み入れる。
「それじゃ、フレイはまず温存しておいて欲しいから……道中は全部フローラに任せるよ」
「おっけー! ばりばり活躍しちゃうよ! まあ結局最後は活躍できないわけだけどね!」
「自分で言って空しくない?」
「ちょうむなしい……やるきーなくなってきたー、ぶーぶー」
「帰ったらチョコチップクッキーを作ろうかな」
「不肖フローラ寝ずに働く所存であります!」
なんかこの二人すっごいおもしろいんだけど。見てて飽きない。
……アタシ、一人で冒険者やってきてたけど、こういう余裕みたいなのがなかったのかもしれないわね。
「チョコチップクッキーって、リオが作るの?」
「うん、中等部時代には本を読んでたから、そこで一通り読み終えると料理とかお菓子作りの方に手が伸びてね」
「すっごいおいしいんだよリオの料理! 冒険者稼業終わったら王都でお店だそう!」
「あんた、フローラは作れないわけ?」
「フレイちゃん……私が料理とか出来ると思う!?」
「ごめん聞いたアタシがバカだったわ」
「えへへそれほどでもぉ〜」
褒めてない、と突っ込もうと思った瞬間、前方にでかい狼系?の魔物の群れが現れた。アタシは杖を温存し、剣を抜こうと構えたけど、
「フローラ、アイスシェルター」
「あいさっ!」
「Bシルバーデモンタイガー。ダークソード準備………………今!」
「ダークソード! えいっえいっ、えいえいえーい! もひとつえいやっ!」
リオの指示が素早く飛び、フローラがそれに合わせて魔術を発動した。
まずフローラが無詠唱でドーム型の透明の防御魔術を張り、地面から一瞬で生えた黒くて半透明な剣が銀の魔物を上空に吹き飛ばす。吹き飛んだ時には魔物は絶命しているようだった。
こちらに突っ込みながら打ち上げられた勢いそのままで落下した魔物が、シェルターの屋根に当たるが、よっぽど厚いのかシェルターにヒビが入るも、音と衝撃がまるでなかった。七体の魔物が落ちた後、シェルターが解除された。無傷で一撃、一瞬の出来事だった。
強い……! 分かってはいたけど、隣のこの子、フローラは普段はとぼけているけどやっぱりとんでもない魔術師だ。
改めて思う。フローラが、味方でいることの頼もしさ。この魔術師が隣で自分のために魔術を使っていることの安心感、いるだけで負ける気がしない。
そしてさっきのは……黒と紫、見たことないけど多分闇魔術ってやつね……? ていうかアタシ、闇魔術とか初めて見た。問答無用で敵を倒す攻撃威力、射程距離、発動速度、とにかく欠点がない。これが最上位属性の一翼、闇属性の力……!
「……ね、ね、フレイ……だいじょうぶ?」
「えっ、ええ……大丈夫よ」
フローラは心配そうにアタシの顔を覗き込んでいた。リオは、あまり気にしていないようだった。……そうか、フローラのそれを見たのは、アタシだけだ。きっと今の闇魔術もあれに打ち勝って使えるようになったのだろう。……じゃあ、その時のことを思い出したアタシを心配してくれているのね、フローラ……やっぱり良い子だ。
「その……そういえば、あの……」
そのフローラが急に顔を曇らせる。……今の闇魔術のことを気にして言ってくれたということは、言いづらそうにしているのも当然、彼女の心の闇のことだろう。
「決勝のアンタのアレでしょ? 知られたくないだろうし、喋ってないから。魔術で倒されたってことしか話してないわ、安心していいわよ」
「フレイ……やっぱり優しいね、ありがと」
ふわっと笑ってリオの元に戻ったフローラを見て、アタシも言わなくてよかったなと思う。……そうよね、あんたも、そういうのは知られたくないわよね。
……特に、好きな男の子にはさ。
-
山の中腹部に、そいつはいた。
アクアドラゴン。分かってはいたけどでかいわね。
緊張の中、リオの説明が入る。
「さて、普段は寒いところにいないはずのアクアドラゴンだけど、迷ったのかなんなのかここにいて、まあ近くにまで出向いて荒らして帰ってくるわけだ。こいつを討伐する。
事前に説明したと思うけど、とにかく強力で、遠距離攻撃を使い、頭がいい。
まずはフローラ、防御を固めてくれ。恐らくフローラの魔力ならダイヤモンドシェルターで受けられるはず。ある程度近づくと、フレイが撃ってくれ」
「おっけー! ダイヤモンドシェルター!」
「分かったわ」
聞いてすぐにシェルターを発動する。その魔力を感知してか、ドラゴンがこちらを向く。そのまま……口から水の刃を出す。口からウォーターカッターか……しかも雪が少し積もった地面と石が抉れるというなかなかヤバイ威力。
「気付いたわね、やはりこちらから接近しないと倒せないか……」
「よーし、どんどん動かしていくよ!」
フローラが明るくシェルターを維持しながら移動させていく。明るく言っているが、やはりドラゴンとなると緊張しているのか、今までより真剣な顔だった。
なるほど相手の攻撃より確かにフローラの方が若干上回っているようだった。リオはこれに勝算を見出していたんだろう。
っといけない、ここからはお膳立てしてもらったアタシの出番だ。威力の射程圏内に入ったので、左手を前に出し、シェルターの穴から相手を狙う!
「ライトニングラッシュ!」
アタシは渾身の、雷上級魔術をヤツの足に向かって撃つ! 手から放たれた、まるで横に落ちる落雷の連続は、容赦なくアクアドラゴンの足と腹を狙っていく。
「グガアァァァァ!」
当たった箇所の体が斑に変色して、一部の足は削れていてドラゴンが痛みに暴れている……効いている! アタシの魔術、ドラゴンに通じている!
「いける! フレイ、もう一度だ! フローラはシェルターを切らさないように!」
「よっしゃ任せなさい!」
「う、うん……早めに決めてね! ダイヤモンドシェルター!」
そう思っていると、しびれを切らしたのかドラゴンが向かってきた。その足が勢いよくシェルターに踏み落とされる!
「ひゃあっ! ダイヤモンドシェルター! むりむりやっぱ無理〜!」
さすがにあの巨体の一撃でヒビが入ったのか、フローラは急いで防御魔術を更に上に追加で張った。……いやしかし、直接攻撃耐えるってだけで相当よアンタの防御魔術……。
「ライトニングラッシュ!」
もう一度撃つ! 次は腹、首、尻尾に羽の根本を少し削り取った! これならいける……!
アタシはもう一度左手に力を溜めた。しかし飛び上がったドラゴンが、その全体重をかけてシェルターに攻撃をしてきた! やはり命の危険があると、向こうも本気みたいね……!
「ま、まずいよリオ! 今ので二枚抜かれた! 間に合わないかもしれない!」
「くっ、少し侮りすぎたか……いや、この個体が強い! こちらもマジックシールドを追加しつつ風魔術で相手の動きを抑えていく! シェルター維持!」
「了解!」
「まずいな……」
……よくない流れね、アタシが短期決戦で仕留めないといけないところ、まだ威力が足らなかったみたい。さすがにドラゴンね……こりゃ普通に雷魔術使えるだけじゃ勝てないわけだ。
仕方ない。覚悟を決めるか!
「アタシ、ちょっと出て片付けてくるわ!」
「え、は? は!? はああ!?」
後ろからリオのこれまた珍しく間抜けな声が聞こえてきたけどアタシはお構いなしだ。ドラゴンに……接近戦を挑む!
お母様の魔術は誇りだし、それで十分に活躍できた。だけどね、ドラゴンスレイヤーになるにあたって、お父様からの誇りを使わずに達成したくはないの。
じゃあ、やることはただ一つ。剣でも斬る! 大丈夫、でっかいワイバーンみたいなもんだって、いけるいける!
「フローラ! シェルター解除して一旦距離を取りつつ遠距離攻撃で陽動!」
「えええ!? どうしたの!?」
「フレイのやつ、こちらのシェルターが耐えられないことを気にしてドラゴンに接近戦挑むつもりだ!」
「え、ええええ!? まさかあの城下でフツーに売ってるロングソードで!?」
「そのまさかだよ!」
なんだかごちゃごちゃいってるけど、アタシはこいつに剣で勝つと決めた!
「アタシがあんたに雷魔術を撃ったフレイよ! ワイバーンと大差なさそうだから遊びに来たわ水色トカゲ! かかってきなさい!」
まずは剣を仕舞って、両手を叩いて挑発する。怒りに轟音で怒鳴り散らすドラゴンを見て、頭がいいのも考え物ね、なんて思う。
「サンダースフィア! ……ライトニングエンチャント!」
急接近して近づいたところを……躱す! その瞬間に体の近くの雷撃が大きく皮膚を弱らせ、電撃を帯びた剣の一撃を入れる!
……入った! 大きく切れ目が入り、足が中程まで裂ける。そのダメージに「ガァァァァ!」と叫び声を上げたドラゴンは、そのまま上空で……あっやば、口からも攻撃できたわねこいつ。
まずったな……と頭の隅で思う。
振り上げた直後だから回避行動を取れるだろうか、あの石をも削る威力が正中線に来たら、雷と火のアタシとかマジで見せられない状態になるわね……。
……こういうすぐに突っ走る考えナシところが昔からダメなんだけど、これが自分の個性ってぐらいいつになっても直らないな、アタシ。ああ……なるほどまさに『ばかアレス』の娘だわ。
アクアドラゴンの大きく開いた口が見える。さすがに覚悟した方がいいわね———
———突如ドラゴンの首が黒い物体の衝撃で大きく弾かれ、アタシに撃つつもりだった水の刃が上空に吹き飛ばされた。ダメージは受けていないようだけど、その顔は予想外の方向からの衝撃に苛つきが見られる。
あの色、速度、威力……闇魔術!
「えーっとリオ! 次は!?」
「尻尾の先端は脆い。回避されることを考えて広範囲にダークスプラッシュ」
「ていっ! 次っ!」
「羽の付け根、フレイがつけたところ。あそこにダークキャノンを当てて、次はウィンドトルネード」
「よっしゃ落とす!」
「おっと数秒後また口から撃つ気だ」
「させないっ!」
「あいつ連射速いな……口撃っててくれ、こっちで雷と風出す」
「まかせて! って雷撃てるの!?」
リオの指示を受けて、フローラが攻撃魔術を連発していく。更にその後の指示と行動も、非常に速い。絶望的だった状況が一気に優勢になっていく。じわじわと自分の命が助かった実感が湧いてきた……アタシ助かったんだ。これが仲間、なんて頼もしい……!
アタシはリオとフローラの連携を見て、なんて的確なサポートなんだろうと場違いにも暢気に関心していた。
ふと、あの再会の時の言葉を思い出される。
———本当は中等部入ってすぐの頃に頭打ちでね
———ずっと冒険者としての知識を集めてたよ
そうか……リオ、あんたは、アタシが転校した直後から既に自分の需要を完璧に読み切っていたのね……。さっきちらっと言ったけど、料理の本の前に一通り読み終えたって、それ冒険者用の本全部読破したってことだったのね。
やっぱすごいわ、アタシみたいな考えナシのバカとは大違いよ。
負けナシパーティの雪花魔術団、アタシはフローラが強いからそれだけで成り上がってるものかと思ったけど、あのぽんこつ白魔術師を見た後だとはっきり分かる。間違いなく、リオとの組み合わせのおかげだわ。全属性の魔術を扱いながら知識が豊富なサポートコマンダー。
いたわよ、お父様。成績一位で自分のことを才能ナシだと思った少年。
ジジむさいどころかアタシの一番好きな人だけど。
……お父様にリオを紹介する時、娘はやらんって感じの現象起こったりしないわよね? まあリオを害そうものならアタシがお父様ぶっ叩きゃいっか。
って違う! なにナチュラルにお父様に紹介しようとしてるの! そりゃリオはアタシの王子様だけどお姫様がいるから! 今元気にお姫様の方が頑張ってるから! 姫より働かない騎士がどこにいるっていうの第一リオはそういうんじゃないからってコレ今考えてる場合じゃないわ!
———よし、ドラゴン落ちてきた!
「フレイ! そのまま魔術ってえええ!?」
ここまでリオとフローラがお膳立てしてくれたんだ。もう飛ぶ力も残ってない、しかも遠距離攻撃はフローラに防がれるそいつは、アタシにとってワイバーンよりも弱いヤツに見えた。アタシはその顔に向かって飛び上がり、目を刺す!
「ギャィィィァァァァ!」
その叫び声を聞きながら尻尾を少し切る。先端が弱点だったわね。素早いけど油断してるのか捉えられるわ!
斬った瞬間に再びやかましい叫び声が聞こえてきたので、とっくにアタシがいなくなっている場所に尻尾を打ち付けているドラゴンの死角に回り、首が振り向いた瞬間に剣を投げる。投げた剣は綺麗に目に刺さった! よし、これでヤツはもう両目が見えない!
最後にアタシは、ロングソードの鞘を顔の痛みで首を振り回して尻尾が止まっている隙を突いて、尻尾の先端に投げつけた。誰もいない場所に向かって尻尾を叩きつけまくるドラゴン。鞘が粉々にはじけ飛ぶが、きっとあいつには倒した感触があるんだろう。
その慢心が……命取りよ!
「ライトニングラッシュ!」
アタシは、尻尾を叩きつけて満足していて動いていない首の傷が付いた地点に向かって、その雷撃を集中させた。そうして、首の骨に切れ目が見えたと思ったら、ドラゴンはやがてゆっくりと体から力を無くしていった。
「アンタは……図体ばかりで全っ然ダメね!」
アタシはその最後を見届ける前に、リオとフローラの方に歩いて行く。
「Bランク、フレイ。水色の空飛ぶトカゲ、討伐完了よ!」
満面の笑みと共に、親指を立てる。直後、後ろからアクアドラゴンの体が地面に沈む音が聞こえてきた。
「……フローラ」
「……うん」
「魔術大会、剣が禁止でよかったね……」
「ホントそれ……」
唖然としている二人の首を両腕に抱く。いや、アンタ達もいい活躍だったわよ。仲間が援護してくれるって、こんなに頼もしいものなのね。
-
「ワイバーンをソロで討伐していた? 剣で?」
「そうよ。だからあのでかい水色ワイバーンことアクアドラゴンもなんとかなるんじゃないかなって。二人のおかげでワイバーンより弱かったわ」
後日、パーティハウスでお父様に言われたことを思い出して、そのことを報告していた。
「ワイバーンよりって……」
「いや、二人が空飛んでる敵を落としてくれたから」
「じゃあワイバーンは空飛んでる状態で倒してるみたいじゃない? でも届かないよね相手飛んでるし」
「いや、剣を持ってたら警戒されるから、剣を鞘に仕舞って相手に背を向けて、攻撃される瞬間に剣を抜いて足とか羽とか斬って倒す感じで」
「バカなの!? ねえフレイってバカなの!?」
「はあ!? バカってなによバカって! アタシは普通に討伐していただけよ!」
「そんな無謀な戦い方してたら命がいくつあっても足らないよ!」
「もう10体以上は倒したわよ!」
それを聞くと、リオとフローラは頭を抱えた。
「……ねえ、もしかして、ワイバーンって普通剣士一人が空飛んでるところを倒す敵じゃない? お父様との剣術訓練よりは難易度低いからずっとやってたけど」
「どんな普通なんだよそれ……」
「ねえリオ……私たちとんでもないもの引き入れちゃったのかも……」
ううん、完全に呆れられてしまった。まあ、お父様に言われたとおり報告できたし、いっか。
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フローラが、ギルドの扉を勢いよく開けて堂々と入って行く。アタシとリオは、その後ろ姿を見ながら並んで一緒に入る。開口一番、
「『雪花魔術団』アクアドラゴン討伐完了しましたーっイッエーイ! フゥー!」
リーダーのフローラは、明るく大声で受付に報告した。
「……まさか無傷でドラゴン討伐なんて信じられないですよ。もうこれAAA昇格は間違いないです」
「ってわけで、アタシもおこぼれにあずかっちゃうわ」
「フレイさん! ご無事でしたか、『雪花魔術団』とドラゴン討伐なんて聞いた時には心配してましたよ」
「二人が強いからなんとかなったわ」
そう受付さんと喋っていると、リオが口を挟んできた。
「とんでもない、ほとんどフレイが一人で討伐したようなもんじゃないか!」
「アンタそんな嘘、受付さんが信じると思う?」
「えっフレイ、どうしたのさ」
「あんたのサポート指示が的確だったから勝てたのよ、アタシ絶対無理だしあんな判断。あんた自分のサポートコマンダーとしての重要性もうちょっと認識した方がいいわよ」
それを聞いたフローラが急に飛び出してきた。
「そう! そうなの! リオはね! スーパージョブの最強のサポートさんなのだ! アタシもうリオなしだったらBも受けたくないもん! ほんとフレイちゃんってばわかってる! やっぱりフレイちゃんめっちゃいい子! きゃ〜っ好き好き〜!」
「ああこらこら、人前でその凶悪な物体歪ませるんじゃないわよ、男の嫉妬の視線でアタシが刺し殺されそうよ!」
アタシはフローラに勢いよくハグされながらも、照れ笑いしながらその抱擁を受けていた。二つの悪魔の実がアタシの腕を挟んで歪む。
ギルドにいる他の男の注目を浴びる中、リオが頭を掻きながらやってくる。顔は困ったように赤面している……このリオもいいわね!
「……僕その呼び方やめてって言ったよね?」
「やなこったって言ったよね!」
「じゃあアタシも最強のサポートさんって呼ぼうかしら」
「ホントにやめてよ!?」
ギルドの受付さんも、どうやらいつものやり取りのようで苦笑していた。フローラはその名前をアタシに伝えてずっと満面の笑みだ。
そうよね、アンタもちゃんと分かってるわよね、リオがいるからうちのパーティなんとかなってるの。
その当人は呼ばれ方を結構本気で止めて欲しそうな、だけどフローラ相手には強引には出れない、って感じの顔をしているわね。
じゃ、当然———
———アタシもそう呼ばせてもらうわ!
よろしく頼むわね、最強のサポートさん!