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わかってなかった。今わかった。

「魔術大会?」


 それは、青天の霹靂だった。


「そう、といっても大会自体が大体魔術学園のものって感じではあるんだけど、基本的に15歳の魔術師であれば強ければ誰でも出られるトーナメント形式の魔術を競う決闘のことだね」

「魔術、学園……」


 忘れもしない、魔術学園。アタシはあそこで、二度目の生を得た。リオに出会って、お母様の魔術を自由に使いこなせるようになった。

 アタシの思い出の場所だ。


「ねえ、その大会って」

「うん、フレイはきっと出たいと思ったので、いろいろ調べてあるよ」

「さすがサーリア、助かるわね!」


 サーリアによると、魔術学園以外の者は、予選で威力を見てもらうらしい。そこから上位と判断された人が、大会への出場権を得られる。


「なるほど……この予選っていつあるの?」

「予選は、半月後ぐらいだね」

「へえ、結構近いわね」


 もうちょっと事前に連絡が欲しかったけれどまあ仕方ない。それに普段のものが出るだけなんだし、事前に用意していてもぱっと魔力が上がるわけでもないだろうし意味はないだろう。


「フレイはしばらく魔術を家では使ってないけど大丈夫なの?」

「むしろかなり調子いいわよ。毎日魔術の練習はしているんだから」

「えっ、そうなの? いつの間に……」


 気付かなくても無理はない。アタシの魔術の練習は呼吸法を駆使した魔力の排出だ。


「サーリアの目の前でも再々やってるわよ」

「う、うそだあ……? 見たことないって」

「ううん、発動してないけど、魔力を放出してるのよ。だからアタシ、結構頻繁に疲れて倒れてる時あるでしょ?」

「あ、ああ……あれがそうだったんだ。なんだかじっとして、その後妙に疲れていると思ったら」

「そーいうこと」


 そして、この練習こそが、リオが課したアタシへの地味で確実な練習だ。新しい魔術を習得する以上に、基本的な能力の向上を目指していた。

 きっと今度こそ勝てる。全力を出して、全力を受け止めてもらうんだから。


 思えば、騎士学校で学んだことは多いけれど、剣士としてしっかり強くなったかといわれると少し難しいものがあったかもしれない。

 2番手より下は弱くはなかったけど、結局家でお父様と剣を交えていた方がよかったのだ。

 だから、ある意味この日課の魔術訓練こそが、アタシにとって「強くなる」という目的意識を持てる時間だった。

 だから退屈とは思わなかった。


「そうだ、フレイ」

「どうしたの?」

「新しい杖も買ってあるのだけれど、どうかな?」

「ほんと!? 嬉しいわ!」


 新しい杖は、先端に赤い宝石をつけた、火の魔術の威力を増幅する攻撃用の杖だった。

 これで、魔術学園のみんなと……いや、リオと全力で戦える……!


 久々に会うんだ。きっと会える。緊張してきた……髪留め、髪留めのゴムどこやったかしら!


 -


 余裕で予選を突破したアタシは、魔術大会当日の会場に来ていた。

 なんだか久々に見る魔術学園の服をちらほら見て懐かしい気分になった。アタシは他校だし、魔術師の服は持ってないから、騎士学校の学生服のまま出ることにした。なんだかんだ3年着ると、これもなかなか愛着があるわね。


 アタシは……まさかの対戦カードを見た。AブロックとBブロック、それぞれ……かなりの人数がいる。いるにも関わらず……一番手! しかも、しかも……!

 その相手を見に、アタシは対戦相手側の控え室付近までわざわざ行ってそわそわしていた。しばらく件の人物を待っていると……


 ……あ、あれ? あれがそう? うわっどうしようめっちゃ大きくなってる! 顔つきが、か、変わりすぎ! 12歳の時は周りよりすっごい子供だったのに! こ、声かけなきゃ! 自然に、自然に!


「リオ!? リオだよね、久しぶりじゃない! 背伸びたわねー。そっかーあんたも出るの? って当然出るわよね!」

「その声、フレイか! 髪型違うから分からなかったよ。そうか、魔術が使えたら騎士学校からの出場者もいてもおかしくないか……」


 わざわざこっちに来てずっと待ってたのに、アタシ白々しい! でも、ああ……久々だ、本当に久々だけど。懐かしい声に懐かしい雰囲気。変わってなかった。嬉しい……!


「ていうかどう見ても君の方が伸びたよね、僕より高くない?」


 そのまま近くまで行ったんだけど。まだ……いや、()()アタシの方が背が高かった。剣士としては嬉しいけど、女としてはなんというか、その……正面の少年から青年の彼より大きいというのは、女としてどう見られているかわからなくて切ない。

 でも、その……アンタもほんと、なかなかいい背丈になったわよ。まぁ、その……か……………っこいい、ん、じゃない?


 でもこいつはアタシにはそんなことまったく思ってないんでしょうね。これでも髪は伸ばして大切にして、女らしくなったつもりよ? ……どう……かな?

 ……いや、それを言ったら……アタシだって、かっこよくなったなんて、絶対直接言えないもの。お互い様よね。


「まさか因縁の対決がこんな序盤になるとはね」

「因縁って……」

「因縁なの! 編入先でも負けナシだった、アタシの人生唯一の黒星! アタシはあんたに勝つためにここまで来たんだから!」

「あ、相も変わらずだなあ……あぁでも、今の僕にそんな実力は———」

「と・に・か・く! 開始から全力でいくからね! あんたも開始から全力で来なさい!」


 体から沸々と湧き上がる気持ちが抑えきれず、反対側の控え室まで走っていく。何か言ってたような気がする。「今の僕にそんな実力」ですって? アンタそういうヘナヘナしたこと言って初日にアタシを圧倒したの覚えているんだからね!


 もう騙されない! 全力で行ってやるんだから、覚悟なさい!


 -


 試合開始は、鐘と同時だ。速攻で仕掛ける……


————よし鳴った!


「ファイアウェイブ!」


 不意打ちで撃ったような速攻魔術! これでもかなり威力が上がって、大抵の相手は吹き飛ばしちゃうんだから。それにしてもこの杖も、いい威力ね!

 でもさすがリオよね、マジックシールドをあの一瞬で展開している。ここを切り崩す方法がないと、勝てない。3年前の時点でウォーターバリアとストーンウォールを重ねられたからね!


 次はどう来るか楽しみにしつつ……出る前に仕留めるつもりでアタシは次の準備をしている! さあ、どうやって防いでくれるかしら!


「……フレア!」






「中止! 中止! 勝者、フレイ・エルヴァーン! いえ、確認します、勝者保留! お待ちください」


「………………え……?」


 状況、が、飲み込めない。


———正面で、血を流しているリオに、ヒーラーの女性が駆け寄っている。少しずつ、何が起こったか理解してきた。


 フレアを撃った。右手から出る杖は、見たことないような威力をしていて、彼の次の防御魔術を破れる勢いだった。

 彼は……そもそも防御魔術を追加展開していなかった。


 な……んで……?

 いや、待って……。

 ……今、勝者保留って……まさか……。


「あ、あの、アタシ……」

「———本気が出た場合の多少の怪我も問題ありません。ですが、殺人までは許されていません」


 殺人……? アタシ、が……?


「あんな防御魔術で受けられない超級魔術を撃って相手を殺したら、あなたの反則負けですよ」

「そ、んなつもり、じゃ……」


 受けられない……? 絶対に、受け止めると、思っていた……思い込んでいた……。


「彼の高速発動したマジックシールドがかなり厚かったからこの程度で済んでいるものの、彼が防御でなく攻撃に出ていたら今頃即死です——」

「……そく、し?」


 リオ、が、即死? マジックシールドを、出さなかったら、もう、アタシ……殺して、いた?


 リオを……あたしが、殺した?




 あまりにも状況が飲み込めなくて。困った時は、いつもリオを頼っていた。だから、アタシは、もうどうすればいいのかわからず、いつもアドバイスをもらっていた彼に、一歩踏み出した。




———リオが、アタシを見て、怯えた。




「え……?」


 アタシを見て、怯えた?


「待って! 彼もショックを受けている可能性があり危険です! 彼も命には別状ないようです。……勝ったんですから、ね。控え室に戻って下さい」

「…………っ、は……い……」


 そのリオの震える唇から漏れる声を聞かないように、アタシは逃げるように試合場から去った。


 -


 ……。


 ……勝った。


 第一回戦、リオとのリベンジ戦、勝利。結果だけ見れば、そう。


 でも、アタシの心は、もう粉々に砕ける寸前で。


 負けたこと以上に、立ち上がることも困難なぐらいボロボロで。


 まだ立てているのが不思議なぐらい、心が折れかけていた。




「なんで……どうして、こんな……」


 いや、振り返ってみればわかる。

 アタシは10歳から12歳にかけて強くなったけど、リオは強くなっていなかった。アタシが()()()振り回したからだ。

 そして、リオは、アタシに自主練習の方法を教えた。リオが教えた方法でアタシは強くなった。

 そのアタシへの自主練習方法は、家で行うものだった。


 リオがその2年間、()()同じ練習ができる可能性を何故考えなかった?


 そんなの簡単。単純で、バカで、自分のことしか考えていない身勝手なアタシが、自分のことしか見えていなかったからだ。

 ちょっと考えればわかることだった。リオは、アタシの成長方法を知っているのなら、自分の成長方法も知っているはずだ。

 予測するなら、既に10歳の時点で伸びしろがなかったんだ。


———今の僕にそんな実力は


 あの言葉、ただの事実だったのだ。だというのになんだ、アタシは。勝手に舞い上がって。勝手に相手の実力を考えずに、全力で撃って。

 もしも彼が、冷静で聡明なリオのままでいなかったら、防御魔術を展開せずに……

 ……展開……せずに……リオは……。




 そしてもう一つ。

 あの日、リオはアタシに本気を出してくれた。その時だ。なんて言った?

 確か「誰も見ていないから本気を出せる」って言わなかった?


 授業を真面目に受ける優等生魔術師のリオ。その彼は、授業を乱すことを避けているのか、授業内容を厳守していた。


 彼は、風属性。

 アタシは、そこに超級火魔術を撃ち込んだ。

 水魔術を他の人に見られるわけにはいかない、あの会場で。

 アタシは、フレアを撃ったのだ。


 全属性使って12歳時点でアタシと同じだったリオに。

 3年分の成長の余力があったアタシが。

 不利属性の10歳時点のリオを殺しに行った。


 リオに、教えてもらった……お母様の魔力の泉の全力で。


 こうなるのは当然だ。


 ……。


 ……。


 ……。


 面会にも、行けなかった。あの、リオが。アタシの、人生で唯一好きになった男の子が。かっこよくなって、本当にかっこよくなって、見て欲しいと思えた男が。


 アタシを見て怯えた。


 フレイ・エルヴァーンをただの恐怖の対象として見た。

 あれを。包帯まみれのリオに、至近距離であの顔をされたら。

 もう、二度とアタシは立ち上がれない。

 怖い。会いに行くのが、たまらなく怖い。


 ……。


 ……試合……明日からも、出ないとな……。

 リオに……育ててもらったんだし……。

 ここで棄権するのは、リオに、あまりにも申し訳がない。


 優勝するんだ。そうして、額に土をつけてでも、謝って、謝り倒して、許してもらおう。


 -


 家に帰ったアタシの顔を見て、サーリアは残念そうな顔になった。負けたんだねと聞かれ、勝ったと答えた。


「勝った……の?」

「……ん……」

「じゃあ……どうして、そんなに」

「ねえ、一人に、してくれない?」


「……」

「……」

「いやだよ」


「ごめん、サーリア、アタシ本当に余裕ないんだ」

「なんで……全力で私がぶつかっても受け止めてくれたじゃない」

「違うの、まだ解決してないから」

「……解決、してない?」

「解決したら、話す。整理がついたら……大会が終わったぐらいの時に、話すから……」

「……」


 サーリアの目がアタシを正面から捉える。


「……わかった、フレイ。約束だよ」

「よかった———


———アタシ、今撃ってでも通るぐらい余裕なかったから」


「………………え?」

「ごめん……」


 凍り付いているサーリアを目の端から追いやり、アタシは部屋に一人で引きこもった。


 -


 順調に勝ち進んだ。順調だった。フレアなんて使うまでもなかった。

 リオに教えてもらって基礎魔力の高くなったアタシは、フレイムブレスの時点で大体の相手を圧倒できた。

 魔術学園の生徒は、火を取っている男子が多かった。やっぱり強くなりたいという意志は男子の方が強くて、そしてその代表が火魔術みたい。

 アタシの不利属性の水は、女子が取っていた。ヒールも、上級魔術の光ではなく水なので、女の子としてはその力で誰かの役に立ちたいって思う方が自然だ。

 アタシは、最初から、火だった。


 破壊の火。女の子っぽくない火。かわいくない、火。

 ……風魔術の他の男子は、リオを見て恐れたのか、棄権した。でもアタシは、その男子達の気持ちもわかる。

 アタシ、怖いわよね。万年1位の風魔術師リオを一撃で殺しかけたアタシ。

 怯えるのは、当然よ。


 他の試合には興味ない。

 すぐに勝って、すぐに帰る。

 それの繰り返し。


 そして、決勝まで勝ち進んだ。


 -


 正面の対戦相手のことも、あまり考えていなかった。

 どうせ同じだと思ったのだ。

 だから、アタシは。だからアタシはダメなんだ……最後まで、油断をする。


 正面に立った相手。名前も覚えてない相手。

 俯いた状態で、白い三角帽に顔が隠れているけど。


 分かる。


 ずっとリオの近くにいた、白い女。


 ……一瞬で理解した。この子は、魔術を教えてもらっているからここまで勝ち進んでいる。

 リオのガールフレンドだ。絶対に……絶対に第1試合を見ていた!

 緊張の糸が限界まで張り詰める。


 当時から腹が立つ位に可憐だった見た目が、更に美しい容姿に変わっていて。

 白くてふわふわした髪は、お母様以上に長く伸びていて。

 そして、アタシと目が合った時にそそくさと逃げていったあの目は。

 昔遠くで見た王女様と同じ、済んだ空のように透明感のある薄い青色で———








———まっくろ、だった。








 正面の、女は。


 まっくろの目をしていた。

 ぐちゃぐちゃに泥をかき混ぜたような。

 汚い黒をしていた。


 知らない。こんなやつ知らない。

 誰だこれは。

 知らない知らない知らない。


 感情のこもってない表情。

 だけど。

 アタシの、直感が告げている。


———怒り。


 間違いない。


 報復。アタシはこれから、報いを受ける。

 裁きを受ける。

 ああ……アタシ、死ぬかもしれない。




 死ぬ?




 走馬燈を見る。

 お父様と木剣を触れあわせた日。

 マルガと友達になった日。

 センセが才能を開花してくれた日。

 お母様に魔術を教えてもらった日。


 お母様。

 大好きなお母様。

 魔術で上回った今も憧れのお母様。


 お母様の声が聞こえる。




———闇は……ちょっと心の中に何かあった人達かな?


———もちろん呑まれちゃった悪い人もいるけどね


———容赦がなくなるから、近づいちゃダメよ?




———フレイちゃんとは縁がないといいけれど








 正面の


 こいつ は





 もしか し  て








「……うわあああああああああああああ!」


 アタシは、試合の鐘も聞かず、全力で魔力を溜めた。


「フレイ選手! まだ試合開始はしていません!」


 そんな声、聞いている余裕なんてない!

 緊張する。ダメだ。センセと一緒に鍛えた腹式呼吸が。できない。息が浅い。魔力が漏れ出る。それでも。それでも。それでも。それでもそれでもとまっていたらやられるやられる殺られる!


「———フレアアァァァァ!」


 恥も外聞もかなぐり捨てて、大会のルールも貴族の優雅さもかなぐり捨てて、アタシは無様に叫んで、禁止されていた超級魔術を全力で叩きつけた。





———瞬間、蒸気の轟音がした。

 その音を、無駄に魔力を使ったアタシは、「サーリアが時々する蒸し焼き料理のとき、似たような音がしたな……」なんて、間抜けにも走馬燈の一つを思い出しながら聞いていた。


 目の前にあったのは水の球だった。巨大な、巨大な……

 ……ウォーターボール? 初級魔術?


 アタシの、リオのために習得した最強の超級魔術は。

 全く動いていない白い女の無詠唱初級魔術に負けていた。


「な……なによ、これ……」


 その非現実的な光景に唖然としていると、足下から風が巻き上がった。

 ……これは! あの日、散々浴びたから間違えようがない……!




 リオの魔術(ウィンドトルネード)……!




 完全に、狙って撃ってきた。しかも……威力が全然違う! 無駄遣いした体内の残りの魔力が一気に消し飛んだ。そのまま体が切り刻まれ、服が切り刻まれ……試合場の遥か上空に投げ飛ばされる。

 必死にリオを追って反対側の控え室まで行ったあの会場が、今では全体像が見える。円形だと思っていた会場は、少し雑な作りなのか、歪んでいるところも見えた。それほど、高く、飛ばされた。


 死。


 間違いなく、落ちたら死ぬ。そして、もう落ちる以外に選択肢がない。




 こわい。


 こわい


 こわいこわいこわいこわいこわい!




 猛スピードで迫り来る地面と、白い女が視界に映り込み。

 そして、女の。




———水色の瞳と視線が合った。


 その顔は驚愕しつつも悲痛な顔しており、先ほどまで見ていた泥の目の無表情とは全く違った。

 ぶつかる、と思う暇もなかった衝突の瞬間。体中の内臓が上に引っ張られるような感覚と、地面が柔らかくなったような感触を感じつつも、頭をやはり強打してしまったアタシは、そのまま意識を失った。


 -


 アタシは病室で目を覚ました。夜中だったのか、誰もいなかった。


「……」


 アタシは、結局、何をした?


 魔術を教えてもらって。

 その男の子が好きになって。

 教えてもらった魔術で、その子を殺しかけて。


 そのガールフレンドに。


 禁止されていた超級魔術を試合開始前に撃って。

 無詠唱初級魔術で防がれて。

 不利属性の風魔術に一撃で負けて。

 最後は。

 最後は、間違いない。

 ()()()()()()()のだ。


 限界まで。

 極限まで。


 手加減、されていた。

 もし、本気で水魔術の攻撃を撃たれたら。

 ……もう勝負にすらならない絶望的な差を感じた。




 でも、アタシが感じた絶望的な差は。

 魔術だけじゃなくて。




 アタシは、きっと、あの白い子がうらやましかったのだろう。

 心のどこかで、あんなに可愛くて、あんなに女の子らしい子がずっとリオと一緒にいるのを、意識していた。そして無意識のうちに見ていた。だから目が合ったのだ。

 アタシを見ておびえてたんじゃない。アタシが目で追ってたんだ。

 リオと、いつも一緒にいる。楽しそうにしている。そういえばリオ自身も嫌がってないから毎日昼は一緒にいたんじゃない。

 アタシはあの子から放課後奪うような形で2年間も付き合わせたのに、結局何も素直に伝えられず。

 それでもずっと、彼を独り占めできたことに、ただバカみたいに優越感だけを得ていたんじゃないの。

 ……はは……隣の芝生は青く見えるとはよく言ったもんだ。目が合っただけで向こうから避けてたアタシの方が、ずっとチャンスはあったのに。


 アタシは2年間愛されていたつもりで振り回した。彼女は9年間きっと素直に一緒だった。


 その結果がこれ。




 わかってなかった。今わかった。




「……ダセエなあ、アタシ……」


 首を横に向けると、サーリアにもらった杖の宝石が粉々に砕け、半ばのところで折れていた。それは、アタシの心が完全に折れたことを証明しているようだった。もう杖を持つ気にはならなかった。……心の余裕もなくなっていき、やがて今の結果を引き起こしたことに対する悲しさが心の隙間に冷たい風を送った。


———疲れてるのか、視力が落ちたわ。


———春だけど、夜は肌寒いわね。


———もう、休もう。


 だから現実逃避したアタシは。

 それが水面のレンズであることも。

 気化熱であることも、気付かなかった。


 アタシは、自分が泣いているという事実にさえ気付けないまま、泥のように眠った。

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