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言い過ぎじゃないよ

ワンシクスティーンスエルフ。十六分の一エルフ。


 ……知らなかった。被差別階級ハーフエルフから見ても下の、生き残るのがやっとのクォーター更に下。そこから更に半分が、アタシ。

 しかも、アタシが作られた理由が、被差別階級をひっくり返すための英雄作り。


 お父様やお母様が、言うはずがない。

 言うことを、サーリアに許可するわけがない。


「ある日アレスの前に現れたのが、家族愛というものに憧れた、緑の髪の女の子。それがワンエイスエルフのフィリス」

「……」

「一人で狩猟し、一人で風魔術を地味に使い、一人で生活していたワンエイスエルフは、すぐにアレスのパーティ『エルフの家』に迎えられました。それはフィリスにとって今までにない家族のような幸せな時間です」

「家族のような……」

「フィリスはいつも家族愛とか、今の幸せとか、確認しようとするんです」

「……確認しようとする?」

「その様子は見たことがありますよね」


 見たこと、ある?


「耳を、触るんですよ。フィリスは」


 それは、見たことあるけど……。


「……照れ隠し、みたいなものじゃないの?」

「あれはね、自分の境遇と家族愛みたいなのを実感してたり心配したりする時に、自分の耳を触る癖があるんですよ」

「家族、愛」

「はい。耳たぶが少なくて、上が少し尖っているんです。人間と同じサイズなんですが、少し違うんですよね。ワンエイスの血がそこに、あの緑の長髪の下に隠されているんです。そこを触りながら、今の幸せを実感したり、心を落ち着けているみたいです。

 自分がワンエイスでありながら恵まれた環境なのを確認するみたいに、ね」


 ……知らなかった。アタシは単純なお母様の内面とか、全部知った気でいた。全然だった。


「恋人とか、家族とか。そういうのに憧れる、愛情を知らずに育ったのに話してみると明るい女の子。かわいくて、子供っぽくて、でもちょっと生意気に色っぽくて。アレスが一目惚れした女の子……」

「……」

「ばかアレスが、すぐに夢中になっちゃった子……」

「……」

「……アレスが、その出生を聞いて、その子と添い遂げることを決めた子……」


 ……。


「……ねえ、サーリアって、お父様のこと……」

「はい。私はアレスと添い遂げたいと思いました。最初の仲間は私でしたから。私の中ではアレスは王子様でした。ですが、アレスに戴いたものを、更に広い範囲に広げるためには、きっとこれが一番なんだろうと」

「そう、なんだ」

「それに、なんだかんだフィリスちゃんのこと、私も好きだったし、助けられてきましたから」

「フィリスちゃん?」

「年下なんですよ」


 ふふっ、とサーリアが懐かしそうに笑う。

——でも、その笑みは……お母様の仮面のようにアタシは思えて——


「すべてがうまくいった」

「……」

「アレスは、向こう見ずだけど何でも成し遂げてしまって」

「……」

「ああ、この人は全ての逆境をはねのける運命の人だって」

「……」

「でも、最後の一手で、アレスは失敗した」

「……」

「跡継ぎが生まれなかった」

「……」

「そこで、一度、夢が潰えたのです」


 今のアタシなら分かる。男の跡取りがいないことの大変さと、ワンエイスエルフの懐妊という針の穴を通すような奇跡が噛み合わなかったこと。

———まだ、気にしている———


「なるほどね、それでアタシに対してああいう態度を」

「はい。正直に話すと、初めてあなたが生まれた時、憎いとさえ」

「だろうね」

「あ……っ、すみません、出過ぎた口を……」


———……サーリア、やっぱりあんた……。




「いいよ、この際だからさ、もっとめちゃくちゃ言ってよ。今、すごく言いたいこと沢山ある顔してる」

「……」


「…………。いいん、ですか」

「いいよ、お母様の代わりにアタシにそれぶつけてよ。それでサーリアとの距離が縮まるなら、どんなに言ってくれてもいいよ」

「………………かなり、言いますよ、私」

「うん、アタシの心を折るつもりでアタシのこと、アタシの存在、全部否定していいよ」


 アタシね、専属メイドとして15年一緒にいたサーリアのこと、もっと、本気で知りたいんだ。




「……わかりました———」


 サーリアが……アタシの服の襟元を、両手で握りしめた。








「———なんであんたが女なんだよ!」




「私は、私はっ、ずっと、アレスに助けてもらって、初恋で、憧れてたのにっ! アレスに最初に助けてもらったのに! どんな場所でも一緒に行ったのに!」


「……」


「助けてもらったから! あたしだけじゃない! みんな助けてもらったから! 『エルフの家』は、みんな助けてもらったから!」


「……」


「クォーターに目をつけたアレスが! 全部助けるって、あんなこと聞いたら! ただのハーフの私は身を引くしかないじゃない!」


「……」


「八分の一で生まれたからって! 後から出てきて! 勝手に私のアレスを奪っていって!」


「……」


「でも、でもね! フィリスだって私にゴメンって言ったんだよ!」


「……」


「それでも! フラれてでも、下働きでもいいからとメイドになって! せっかく、せっかくうまくいくと思ったのに! 何もかもうまくいくと思ったのに!」




「なんであんたが女なんだよ!」




「もうワンエイスの二度目の妊娠なんてありえない、あと1000年は待たないとありえない!」


「……」


「エルヴァーン家のチャンスはもう来ない! お前が! お前のせいで!」


「……」


「だったら! 私は! なんの、ため、にっ……! 身を、引いたの……!」


「……」


「返してよ……! あたしの、初恋を! あたしの英雄を! 返してよ!」


「……」


「返してよ……あたしの、アレスを……返してよ……」


「……」


「………………っはぁ……はぁ……………………」


「……」


「………………あ……………………」


「……」


「……わ、私……命の恩人の、愛娘に……なんて、ことを——」






「サーリア」

「———…」

「ありがとう」

「……」

「ごめんね」

「…………」





「……ああ……かなわないなあ……やっぱこの子、女に生まれただけのアレスだ……私の好きな人だ……。理屈ではわかっていても、嫌いになれないなあ……」


 サーリアは泣いていた。

 アタシも泣いていた。




アタシはこの日初めて、サーリアと友達になった。


 -


 サーリアとひとしきり話して落ち着いていたら、扉のノックの音が聞こえた。


「フレイ、いるかしら」

「入っていいわよ」


 お母様だったので、アタシはそのまま軽く迎え入れた。


「えっ!?」


 あっ、サーリアがいるのを忘れていた。


 氷の仮面のお母様が、入ってきた。その顔が、少し驚きの顔をする。……こんな状況でも、殆ど変化がないのね……。

 お母様の視線の先には、ヘッドドレスを外したサーリアがいた。


「サー……リア……?」

「フィリスちゃん……」


 それは、昔の呼び方。だからお母様も察したのだろう。


「もしかして、あなた……」

「ごめんなさい。お嬢様から、聞かれてしまい。言ってしまいました」

「……どこまで」

「全て、です」




「すべて……まさか」

「はい。フィリスちゃんの、この世界で最も穢れた血のことも。フレイ自身がそれ以下の混ざりモノの血であることも。その生まれてきた理由も。更に———私がフレイを憎んでいたことも、全部」

「……」


 サーリアは、そう言って、膝をついて首を差し出した。




 その時、お母様がした表情。

 氷の夫人のお母様がした表情。

 片方の目尻を上げて、眉間に皺を寄せて、上唇の片側を上げる表情。

 ……それは()()だった。


 お母様。

 子供っぽいお母様。

 太陽みたいなお母様。

 草原の風みたいなお母様

 アタシの、憧れの、大好きなお母様。


 目の前の冷徹な男爵夫人が、それと同一とは思いたくなかった。


 だからアタシは、過剰に。

 それはもう過剰に。

 言ってしまったのだ。


「お母様!」

「っ……何かしら?」

「例えお母様でも、アタシの友達のサーリアを傷つけたら許さないから!」

「———な、」




「ここで自分が持つべき責任、自分が言うべきことをサーリアに押しつけた挙げ句に侮蔑するような最低な女なら———


———お前の顔面殴って親子の縁切って二度と口利かない!」




「……」

「……」

「……」




「……や……」


「やあああああぁあぁあぁだああああぁあぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」




「……お嬢様」

「……うん」

「オーバーキルです……さすがにかわいそうです……」

「アタシもね、そう思う……」


 アタシの炎の鉄拳で氷の仮面を粉砕蒸発させた結果、ダニー君より泣き叫ぶお母様をなだめるのは、いつかのときよりめっちゃ苦労した。


 -


「ねえ、ほんとに? ほんとに恨んでない?」

「うん」

「ほんとにほんと?」

「もう……本当だってば。それに強い存在を作ろうと思ってアタシを作ったんでしょ。それでアタシ実際かなり強い自覚あるし、何するにしてもかなり自分の能力に助けられてるもの」

「よかったぁ〜〜〜……」


 お母様が、本当にほっとしたという表情をした。


「そこなんですよ」


 サーリアが口を挟んだ。


「そこって?」

「エルフの象徴、エルヴァーン。その家から出たら、この家自体が乗っ取られてしまっても……フレイ一人が独立して英雄になれそうなんですよね」

「あ、そうか。お父様と同じ事を、えーっと十六分の一エルフのアタシがやっちゃえば、文句なしなわけね」

「はい。でもハーフエルフの集団戦と違い、フレイ一人で王国の危機を救うなんて、なかなかできないとは思いますが……」

「んー……まあ、その話はおいおい考えるとして」


 アタシは、とりあえず当面の問題を考えることにした。


「ごめん、本当に申し訳ないんだけど、やっぱアタシ、ハーフエルフの差別撤廃がどうとか、いまひとつまだぴんとこないのよ」

「フレイ……」

「それに……自分の家の危機も救えないのに、どうして他人を救えるのってハナシよね」

「……そう、ですね。フレイにするには、やはりわがままな話でした」

「ん、でも話してくれて嬉しかったよ。サーリアはもう友達、だから友達の頼みは聞きたいし、危機は助けたいよ。もっと気楽に話してきてね」

「はい……はい!」


 お母様はそれを見てニコニコ笑っていた。うん、やっぱりお母様にはこういう顔が似合う。


「よかったわねーサーリア」

「うん、フィリスちゃん。やっぱりフレイって、アレスの娘だったよ」

「あら、私の娘っぽくはない?」

「ないよね?」

「……うん、そうなのよね……背も高いし、もう腹違いの姉に感じるぐらいかっこいいからママ困っちゃう……」


 結局問題は後回しだけど。


 夫人。

 令嬢。

 使用人。


 ワンエイス。

 ワンシクスティーンス。

 ハーフ。


 アタシ達屋敷の立場の違う女3人組は。アタシ達エルフの混ざりモノ3人組は。まるで近い年齢の姉妹のように仲良くなった。

 それだけで今日はよかったなあって思えた。


……お母様が一番年下の妹っぽいのだけが納得いかないけど。


 -


 お母様が部屋から出て行き、再びサーリアと二人きりになった。


 アタシは、昔子爵先生から教えてもらった貴族の話、そして跡取りの話の中で、どうしても気になること聞いてみた。


「ドルガン・バンガルド子爵がずっと家にいる理由ですか?」

「うん、なんていうかお母様への追いやり方が執念深いというかさ」

「そうですね……確かに、普通は娘を送り出して側室入りしたらおしまいです」


 サーリアは少し考えていたけど、やがて結論に達した。


「多分事情を知っているのかもしれません」

「事情……を?」

「はい、貴族はこういった人間関係などの事情に聡いですから。ハーフエルフの差別撤廃を目的としたエルヴァーン家のやろうとしていることを察したのかもしれません」

「察したら、どうしてこっちの家に来るの?」


 ドルガンは、夫人と長男に家のことを任せてでもこちらの家に移り住んだ。


「ドルガン様のバンガルド家は、根っこの部分で合わないからです」

「根っこの部分で合わないのに来た?」

「合わないから来たのです。……ドルガン様は『人類主義』です」


 人類主義。聞いたことが……ないわけじゃない。


「獣人とか、エルフとか、自分たちより下に見るんです。そんな人達が更に下のハーフエルフに対してどういう考えを持つか、わかりますよね」

「うん」

「だから、そんな自分たちが一番最下層に置こうとしていたハーフエルフを、王国平民と同じレベルまで引き上げるエルヴァーンの理想を封殺するために、あらゆる手を尽くす。そのためにドルガン様はエリゼ様を送り出しました」

「そのために……ま、まさか」


「はい。人間のアレス・エルヴァーンに、人類の血エリゼ・バンガルドをぶつけて息子を跡継ぎにすることにより、今やハーフエルフの象徴であるエルヴァーンからエルフの血を絶やして、混血を家から追い出すのがバンガルド子爵の目的です」


 お父様と、真逆の主義のために娘を差し出した男。ドルガンのこと、イヤなやつと思ってたけど……そこまでの執念だったなんて。

 娘をそのためだけに9年も通わせるって……。


「……だからサーリアの食事を食べないんだ」

「汚れているとかにおうとか言いますね」

「あったまくるわねー……でもそっか、メイド長は人間なのよね」

「はい。ちなみにメイド長以外ハーフエルフです」

「えっ、そうなんだ!」

「そもそも男爵家にしては、かなりメイドが多いでしょう? あれはみんな志願して、アレス様のそばにいるんですよ」

「なるほどなあ……」

「まあ、仕事が不慣れなため結局人間の方にメイド長になってもらってますけど……あ、もちろんメイド長は差別意識とかはないですね」




「あ、そういえばさ」

「はい」

「あのドルガンは全く会話できそうにないヤツだけど、エリゼ様ってあんまりアタシのこと嫌ってないのよね」

「……そうなのですか?」

「最後の方もう普通に笑ってたし」

「……ふむ……」


「最近ね、ダニー君……あ、エリゼ様の息子のダニエル君ね。あやす許可もらってるんだ」

「えっ、私は触れることも許されていないのに」

「うーん、話を聞く限り、アタシが人間だからで、サーリアもお母様も人間じゃないから、ってところなのかな」

「ああ……どうでしょう。正確には違うので、単純に興味がないか、フレイには関わる気がないだけかもしれません。でも、いつの間に」

「それどころか、アタシがあやすの上手いと、来てくれて助かったって」

「……近づくことも許されてなかったので、知らなかった、です……でも、そうですか……ふむ……」


 なにやらサーリアは考えているようだった。


 -


 お父様は、部屋についてかなり食い下がっていたけど、ドルガンはその度にダニー君の存在をちらつかせていた。

 男子の跡取り。無碍には出来ないし、排除しようとしたらそれだけで一騒動だ。エルヴァーン自体の信用が失墜する。

 ……ドルガンは、孫のことなど大して大切に思ってないくせに。アタシは連日ダニー君をあやしながら辟易していた。

 するとダニー君はアタシの機嫌が悪いのを察知して大泣きしてしまった。いけないいけない、ダニー君は悪くないよ……!


 ただ、それを察知していたのはダニー君だけではなかったようで。

 隣のエリゼ様は、ドルガンのことで腹を立てているアタシに、息子をあやす仕事の大部分を手伝ってもらっていることを申し訳なく思っていると言った。

 エリゼ様はアタシのことを随分気にかけてくれた。ほぼ幽閉状態のエリゼ様だけど、ある日フィリスお母様とも話してみたいと、ふと本音が漏れ出た。

 慌てて否定しようとしたのを引き留め、「誰にも言いませんから、その気持ちは大切にしてください」と言った。エリゼ様は、少しはにかみながら頷いてくれた。

 ……今なら分かる。この人も、きっと、ドルガンの被害者なんだ。


 お母様の家の場所はどんどんなくなっていった。限界までエリゼ様から離れるよう、屋敷の隅に。サーリアの部屋の近くになった。

 廊下で出会う姿は仮面の女だったけれど。部屋に行くといつもの顔をしてくれた。

 時々同じ部屋にいたサーリアからは、エリゼに会いに行った時のことをいくつか聞かれた。ダニー君に興味があるのかな。

 一緒に部屋で喋るお母様は、気丈にも「サーリアと部屋が近いから楽しいわよ」なんて言ってたけれど、不安そうな陰はアタシには隠しきれなかった。


 このままでは本当に居場所がなくなってしまう。

 アタシと、お父様と、お母様のエルヴァーン家。

 このままでは、エルフを差別するエルヴァーン家になってしまう。


 -


 ところで。




 悪いことに悪いことは重なるとは言ったし、


 その時反動があるとは言った。




 そう、反動はすぐに来た。


 -


 騎士学校から帰ったある日。

 屋敷の廊下を歩いていると、サーリアがいた。


「ん、ようやく帰ってきたね。おかえり、フレイ」

「ただいまサーリア。……何かあったの? 珍しく緊張した顔して」


 サーリアとはすっかり打ち解けた。


「今日、決着つけるから。やっぱり恩人の娘に任せておけないから」

「……どう、したの?」

「でもね、結局これも助けてもらってるのよね」


 サーリアは、珍しく要領の得ない言い方をしていて、アタシを混乱させた。


「とにかく、うまくいけば、フレイが来客用の広間に入れば全てが終わるわ」

「……それ、良い意味だよね?」

「もちろん」


 なんだかわからないけど、サーリアは一世一代の賭けに出ているようだった。そのサーリアを信じて、アタシはサーリアと一緒に部屋に入った。




———その場には『君主』がいた。


 威圧感が……半端ではない。生まれながらにして、人の上に立つ存在。それを長年鍛え上げてきた、支配者という人種。

 天性のものに培ったものが重なった圧倒的存在。


 これがそういう()()なのかわからないけど。

 アタシは、部屋に入った瞬間、膝をついた。

 それは剣とか魔術とか、そういうんじゃなくて。

 何かこう、根本的に勝てないと思って、勝手に膝をついた。


 ああ、アタシ膝ついちゃったな、と思って。

 そこで、お父様とお母様も膝をついていることに気付いた。

 サーリアも当たり前のように膝をついていた。


 そこまで見渡して、部屋の真ん中で膝をついているのがドルガンとエリゼであることに気がついた。

 ドルガンの顔は、この世の終わりのような、処刑を待つ囚人のような、そんな絶望に染まっていた。

 エリゼ様は、白い顔を更に白くさせていた。




 高い身の丈に、高いヒールを履き。

 大きく長い閉じた日傘を杖のようにしている。

 そして腰まで伸びた、気取らない美しい紫のストレートヘア。


 部屋の中心の人物が、アタシを見て口を開く。


「グランドフォレスト公爵令嬢、改め———

———ただのフレイの友達マルガ、借りを返しに来ましたわ」


 マルガが、助けに来てくれた。




 マルガがゆっくり歩く。それだけで迫力が半端ない。アタシあんなのに学園で言い合ってたんだっけ……?

 マルガはドルガンの首に日傘の先端をかけて顎を上に向かせ、獰猛に睨みながら口角を上げる。

 ヤバイ。すっごい、怖い。


「わたくしの見ていないところで、随分……好き放題、やってくれたようですわね? ドルガン」

「は、はっ……」

「ふふ……これでもわたくし、怒っていますのよ」


 口元は笑っているが、目は完全に怒りに燃えている。その直視を浴びて、ドルガンは目に見えて汗を吹き出した。


「まさか、使用人や正室を、他家のものが押し込めているとはね」

「し、しかしエルヴァーンはエルフの、しかも混血などといウグェ……!」

「……ドルガン? 誰が、声を発して、いいと、許可しました……?」


 マルガはドルガンが混血の話を出した瞬間、日傘で容赦なく喉を突いた。


「フレイも水くさいわね、わたくしに言ってくだされば、他の人には興味ありませんが、フレイのためならすぐ喜んで助けに向かいますのに……」

「……い……つの間に……」

「ずっと、昔からですわ。どんな危機をも乗り越えて、窮地を救ってくれるエルヴァーン家の血筋の女の子。

 10歳で誘拐犯の大人を倒して、わたくしとお父様を救った女の子……それがフレイなのです。ただの友達ではありません、公爵のお父様公認です」

「……ハァッ、ハァッ……」

「お父様が膝をついてでも感謝を示した女の子、それがフレイです」

「……ハァッ……フゥーッ……」

「それが、今、まさか……こんなことに……なって、いる、とは、ねえ……!」


 マルガの声が怒りに震えながら低く濁り迫力を増す。遠くにいるはずのアタシでさえ体にかかる重圧が一気に増して、首を上げるのがやっとになる。

 その直撃を受けているドルガンは、もう呼吸も苦しくなっていた。


「今すぐ、この屋敷を出て行きなさい」

「……ぐ……」

「わたくしの言うこと、聞こえなかったかしら」

「……あと……少しで……」


 往生際の悪いドルガンに、マルガは呆れた。


「あなたって、結局自分が元々持っていたものに対して固執するあまり、何を成したかということに対して、全く関心を持っておりませんのね」

「な…………?」


「ハーフエルフの集団による王国の危機を救った話、その最後の三回目。その際に、第一王女がお忍びで街まで来ていたのを、そこの赤い髪の男が救ったのです」

「……それは、アレス殿が強かったからで」

「そして、王女も当然一般人と同じように魔物の襲撃を受けました。跡が残ると女性としての価値が大きく下がる王国の至宝である王女様の、美貌への大きな怪我。生きて帰れるか分からないほどの流血。

 誰もがもうダメだと思ったのに、そこの青い髪のハーフエルフがあっさり治したのです。AAAランクのヒーラーは伊達ではありませんわね、現役復帰していただきたいほどです」


 そうだったんだ……。マルガはサーリアを褒めたので、自分のことのように嬉しくなった。でもサーリアはそこまで教えてくれなかったので後で問いただそう。


「そ……そんな話は……」

「知らないでしょうね。公爵と王家の人しか知りません。だって、王女様が町中に出ていたなんて知れたら大変ですし、命の危険があったなんて知られたら関わった人全員に迷惑がかかります」

「……まさか……差別撤廃というのは……」

「ええ。陛下からではなく、王女様から陛下へのご意思ですわ。ですから、陛下は自分で決めたこと以上に、この宣言を大切に思っていらっしゃいます」

「……ハァッ、ハァッ……」

「他の家でも、多少は気付いている子爵家などもありましたが……あなたはあの救出劇を混血の活躍と気にかけすらしませんでしたね、それが敗因ですわ」


 そして、マルガが死刑宣告をする。


「……あなたのやろうとしていたこと……まあ既に失脚レベルですが。もし完遂すると、王国の……国王陛下の決定への反逆ですし、あの今は聡明で美しい王女様が知ったら何て言いますかしらね。これをわたくしから陛下にお伝えすると思うと……。……ふふ……あのわたくしを陥れようとした伯爵の人の末路を思い出して、笑ってしまいますわ……」

「……フゥーッ、フゥーッ……」

「ねえ、ドルガン」




「犯罪者として、平民より、ハーフエルフより下に堕ちるってどんな感じなのかしらねぇ」




「ヒ、ヒィィィィィィ!」


 ドルガンが、住み着いたアタシの屋敷から、腰を抜かせながらバタバタと手足で必死に這いつつ出ていく。

 マルガはその後ろに向かって、これまたどこからその声量が出ているのかというほどの、庭まで響きそうなよく通る声で、


「失脚後も監視して差し上げます、感謝なさい!」


 そう叫んだ。


 ドルガンが必死に屋敷の外に出て行く姿を、アタシはなんだか夢の中のことのように見ていた。

 最後の姿は、単純に惨めだなと思ったし、ざまあみろとも思った。

 お母様を見る目。嫌味をかけた声。アタシはずっと手を下したくても出来ないのを耐えてきたから、本当に胸がすっとした。




 座り込んだアタシの目とマルガの目が合う。

 マルガが笑った。その瞬間、体中にかかっていた重力が、一気になくなったように軽くなった。


「ふふっ、あなたってば友達にビビっちゃっててかわいいですわ」

「いやいや……久々に会ったらアンタ変わりすぎでしょ、もう勝てる気がしないわ……」

威圧(これ)をやった後はみんなかしこまってしまうのに、そう言いつつタメで話しかけてくれるあなたのこと気に入ってます」


 そうしてアタシの手を取って立たせて、


「久しぶりね、フレイ!」

「来てくれて嬉しいよ、マルガ!」


 アタシたちは、再会を喜び合った。


「もー、ほんっと、水くさいですわよ。あんな小物の子爵など、わたくしを呼んでいただければ、軽く息だけで吹き飛ばして上げますのに」

「さっきのマルガを見ると本当にやりそうだよ」


 と、ここで当然の疑問が浮かんできたけど……すぐに解決した。


「なんでこの事情を知ってきてくれたのって思ったけど、サーリアだよね」


 アタシは、自分の横で、まだ膝をついて座り込んでいる女の子を見た。


「うん、ずっとアレスに助けてもらおうとか、フレイに助けてもらおうとか、そんなことばかり考えてたけど。私自身が動いて助けようって思ったの」

「そっか……ホントすっごい助かっちゃったよ、あの逃げ出し方とか気分爽快だったね!」

「あははっ言えてる!」


 そう言って二人で笑い合う姿を見て、マルガが目を丸くした。


「あ、あなたメイドですわよね? 仲よろしいんですねえ……」

「———あっ! こ、これはお客様の前で失礼を」

「あぁいいですわよ。どうせこのフレイのことです、強引に垣根外されちゃったんでしょう」

「はは……まあ、そんな感じですね」

「わたくしにもタメで絡んでいいですわよ」

「さ、さすがにそれは勘弁してください〜!」


 軽く冗談を言ったつもりだろうけどね、マルガ。あんたのそれはマジでしゃれになってないからやめなさい。

 そこでふと、未だ沈黙して下を向いている人のことが気になり、アタシはその人の近くへ行って声をかけた。


「エリゼ様」

「……」

「エリゼ様?」

「……はい」


 エリゼ様は、ドルガン……自分の父親の末路を見て、震えていた。

 その姿を見て、マルガが近寄って来る。エリゼ様は身を竦めたけれど、その目線までマルガが腰を下ろした。


「エリゼさん、ですわね」

「は、はい……」

「緊張しなくて良いですわ」

「……え?」

「あなたは、『人類主義』ではないですわよね?」


 ストレートに聞いた。


「……はい」

「安心しました。あなたは……もうドルガンとは縁をお切りなさい。バンガルド家はどのみちおしまいです」

「はい……」


 マルガが立ち上がり、お父様を見る。そこでようやくお父様も会話に入ってきた。


「アレス殿」

「……はい」

「アレス殿は、エリゼさんのこと、気に入ってますか?」

「はい。気に入っています」

「フィリスさんとどちらが?」

「っ!? ど、どちらがなんて」

「はい結構」


 マルガはお父様の発言をばっさり打ち切ると、再びエリゼ様を見た。


「エリゼさん」

「は、はい」

「フィリスさんのことは、どう思いますか?」

「……正直、今まで申し訳ないことをしたなと思います」

「これからは?」

「今更、許されるはずがないのですが……ずっと気にかけておりました。話を聞きたいなと……」

「ふむ、あちらの確認は……まあいいでしょう」


 マルガがお母様を見て……お母様との会話を省略した。あれ、ちょっとマルガ、お母様の扱いかなり雑じゃないの?


「アレス殿は、フィリスさんとエリゼさんで、フィリスさんと即答できない程度にはあなたのことを気に入ってるようです、……好意を抱いていた男性に好かれて、よかったですわね」

「え……っ!」

「ちょっと考えればわかることです。『人類主義』みたいに主義や宗教に狂信していない貴族令嬢が、家の理想のために9年も通いませんわ。……お幸せに、エリゼ・エルヴァーン」

「っ……はい……!」

「あなたの息子、ちゃんとアレス殿と同じように育てるのですよ」

「はい、もちろんですマルガレータ様」




「ま、こんなものでしょう」


 そしてマルガは、手をパンパンと叩いて「はい、おしまい」と言った。

 そしてサーリアの方を向いた。


「フレイの友達メイドさん、これでよろしかったかしら?」

「は、はい! 完璧すぎて驚いています……!」

「公爵令嬢ですから、このくらい余裕ですわ」


 ホホホ、と軽く笑った。アタシは……なんかもう大興奮だ!


「マルガ、マルガすごい! めっちゃかっこよかったよ! 全部解決しちゃった! すごいすごい! 大好き!」

「あらあら、5年振りに会ったらあの風で暴れるバラみたいな棘だらけの女が、ずいぶん丸くかわいくなりましたわね」

「アタシそんなにきつかった!?」

「あなたほど当たりのきつい令嬢いなかったのに自覚ないんですの!?」

「マルガの方がきつかったのに自覚ないの!?」

「ああもう! まったくもってその通りだと思いますわ!」


 ああ、マルガだ。5年ぶりに会って、すっごい綺麗になっちゃったけど。やっぱマルガだ。めっちゃうれしいよアタシ。あの高飛車丸出しの髪がなくなって背の高い落ち着いた大人になっちゃったけど。中身はちゃんとアタシの大好きなマルガのままだ。アタシ達は言い合って、やっぱり二人で笑った。

 アタシがすっかり王子様になったつもりでいたけど。あんたも結構王子様みたいじゃない。


「ところで……」

「なんですの?」

「お母様の扱い、雑じゃない?」

「あら」


 そこで、みんなでお母様のほうを向いて。ここでようやく「へ?」と言葉を発するお母様。

 ……ちょっと間抜けだよお母様。


「いえ、あのかわいらしいお母上のこと、わたくしも喋ってみたいぐらいには思っていたのですけど、今の流れで会話する必要ないといいますか」

「えっ? エリゼ様の時に言うことあったよね」

「ないですわ、だって———」


「———()()()()()()なんですのよ。エリゼさんを拒否するほど心の狭い人である可能性など最初から考慮に入れてすらいなかったですわ」


 それは、最大の賛辞。

 お母様に対する絶対の信頼の証だった。


「マルガ〜っ! あんたってばいい奴ね〜!」

「ふふっ、今更ですし当然ですわ。あなたの友人ですからね!」


 結局そうやって、みんなで仲良くなったのだ。


 お母様とエリゼ様は、最初はぎこちない感じの会話していたけど、やっぱりお互い気にしていただけあって、やがて普通に喋るようになった。

 エリゼ様は、「もっと大人びた方かと思ってましたわ……」と言ってお母様は内心かなりショックを受けていたっぽいけど、アタシが「ダニー君の世話はこの妹みたいな人には譲りませんから」と言うと、なんだかおかしくて3人で笑い合った。


 夕食は、久々にサーリアが作った。マルガも含めて、その日初めて家族みんなで一緒に食べた。とても幸せだなと思った。

 サーリアのスープは薄味だけど、今日はちょっとしょっぱかった。


 -


 後日。アタシはサーリアと、部屋で二人きりになった。


「フレイ……結局のところね」

「うん?」

「ずっと、最初から、あなたに助けられていたの」

「え、え? どういうこと?」


 サーリアは、事の顛末を語った。


「……公爵令嬢が王家へ出向き、王女へ『人類主義』のバンガルド家の暗躍、そのエルヴァーン家で行った行為や発言の数々が伝わった。

 そして王女の、『人類主義』に対する苛烈な糾弾とバンガルド家の取り潰しは、衝撃と共に王国中へ伝わった。今ではハーフエルフの差別を口にすると家が飛ぶとさえいわれています」


 サーリアは、傾いた夕日を眺めながら言った。


「男が生まれていたら、こうはならなかった」

「えっ?」

「男が生まれていたら……貴族のあの女学園でマルガレータ様には出会わなかったでしょうね」

「それは、まあ……」

「でも、出会った。最も力のある人を命がけで救って、その人の力を頼れる環境を作ってしまった。だから、あなたは結局、エルヴァーンを救った」

「アタシは頼るの思いつかなかったけどね」

「ふふっ、そういうところがフレイのいいところだと思うよ」


 やがて、俯きながらぽつりぽつりと言葉を発した。


「……私、あの日……あなたにあれだけ言いたい放題言っておいて。どうして女に生まれたのかと言っておいて」

「……」

「女だから手に入ったもので助けられてしまった」

「……」

「男に生まれてきた場合より、もっと圧倒的に。エルヴァーンだけでは解決できない、王国中のハーフエルフを、救ってしまった」


 そうして、サーリアはアタシの方を向く。


「やっぱり、フレイはアレスの娘だよ。きっと5年前からこの結末を……ううん、15年前からこの逆転劇を引き当てるために生まれてきたんだ」

「ええー? それは言い過ぎじゃない?」


「———言い過ぎじゃないよ」


サーリアは、かなり強い口調で言ったので驚いた。


「言い過ぎじゃ、ないよ」

「サーリア……」




 やがて、何か決心したように、目を閉じて……


「ほんと、今更だし。厚顔もいいところすぎるし。調子がいいって自分で思うけど……でも、どうしても。言葉にして伝えたいの」


サーリアは、その大きなヘッドドレスを外して。

いつかのように耳を見せて。

そして瞼を開き、優しい目をした。




「女に生まれてきてくれてありがとう、フレイ」




 そう言って、出会ってからこれまでで一番の笑顔をするサーリアは、夕日を浴びてその表情を一層明るいものに見せていた。

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