反動にしては大きすぎると思う。
急に転入とはいかないため、しばらく期間を空けることになった。まあ要するに、中等部からの編入になるってわけね。といってもすぐだった。アタシはその間、ゆっくりしたり、魔術の練習をしたりした。もうちょっと、転出後ろにずらしてもよかったかな? なんて。
騎士学校は、剣術学校かと思ったけど、騎士としての心構えとか、あと乗馬などの練習だった。文字通り騎士になる学校って意味ね。
っていうかアタシ、どちらかというと男爵令嬢なんだから騎士に守られる側よね? ……まあ守られるだけだとか絶対イヤだけど! きっとこういう女も珍しいのよね。
でもやっぱり、お父様と剣で打ち合うのはアタシにとってのスタートラインだったし、なんだかんだすっごい楽しいし、アタシは剣を持つ方が好きなの。
やっぱ男ばっかりというか、女の人は少なかったけど、結構キリっとした感じの女の子いるものね。ちょっと似たものがいるというのはやっぱり浮いてなくて安心。魔術学校では基本的にみんな細くてかわいい感じだったからねー。
でもまあ。背丈はアタシが一番高かったけど……。
-
アタシは、放課後知らない男に呼び出された。
アタシも随分やったことあるからこういうのってわかるわ。
放課後の呼び出しとくれば———
———決闘よね!
「エルヴァーン! 俺と交際しろ!」
全然違った。
「エルヴァーンってアタシよね?」
「もちろんだ」
「へ、へええ……」
「俺がお前を守ってやる」
へええって返事としてはどうなの? というかアタシの常識が世間一般の常識とあまりにかけ離れていすぎて悲しくなってきた。放課後の男女の呼び出しはそりゃ告白でしょ、なんで真っ先に決闘になんのよ。
……いや待ってアタシ、告白? これ愛の告白ってやつ!?
二重の意味で全く想定していなかった。自分にそんなの来るとは思ってなかった。まあ貴族の女性のマスカレイドで時間潰した後は、初日から魔術の決闘しかしてこなかったものね。自分で言っててまた悲しくなってきた。もうやめよう。
っていうかこいつ、よりにもよってなんでアタシなわけ? もうちょっとナイト様ならお姫様っぽいのを選びなさい!
背丈があって胸がなくて筋肉質な剣士! こんなののナイトになりたがるなんてほんっと見る目がないわね! ……自分で自分の心を抉るの好きねアタシ……。
あでもセリフはなかなかときめいたわ。あのヘナヘナのセンセも、もうちょっとこうやってお父様みたいなキリっとした感じをですね———
———いや待って、なんでこのタイミングでリオを思い出すの! 心当たりが! ……まあ、あるわね。
うーん、どうしようかしら。
「ううん、ごめんなさい。なんか守られるってのちょっと、いや悪くはないんだけどアタシはピンとこないのよ」
「そうか? 女は守られるもんだと思うが」
「へえ、グイグイくるわねー。もうちょっと別の女性にしたら?」
「いや、お前がいい」
「うーん、アタシのどこがいいんだか……」
結構くるわね。ま、まあ悪い気はしないけど……でも、うーん、グイグイ来るのと、マウント取りたがるのとは、全然違うのよね。
強かったらまだいいんだけど。
ん……? 強かったら?
「そうだ、アタシと勝負して勝ったら守られてあげる。なかなかいい条件だと思わない?」
「なるほど、確かにそれなら理にかなっているな。……よし、落としたぜ……」
なんか小声で喋ってたけどまあいいわ、折角なので騎士学校でもこうやって魔術学園と同じようにバンバン決闘してしまいましょう。
-
「ふう……さすが騎士学校。ここまで強い男がいるなんてアタシ嬉しいわ」
「こ……こんな……俺が……ありえねえだろ……」
「負けたら負けたってカラっと認める方が男らしいわよ」
騎士学校の生徒はさすがになかなかの剣技で、結構ヒヤっとしたことも多かった。木剣だって、当たると痛いものね。ただ彼はお父様ほどではなかった。でもま、あんたもなかなか悪くなかったわよ。
……いや、多分、これお父様が妙に強いだけなんだろう。そう思うとちょっと嬉しくなった。
お父様は、アタシがレベルアップする度にきっちり速度を合わせて上げてくるので、未だに一本も取れていない。
お母様の底も、お母様より強いリオの底も見えたけど、お父様だけはダメだ。届きそうだけどまだ足らない。あと勝つには技術以上に背丈が欲しいので、まだ先かしらね。
「ぐ……調子が悪かっただけだ!」
「ええ……? そこで言い訳はかっこ悪いわよ……」
「いや、こんなこと有り得ない! 貴様が何か細工をしたんだろう!」
「は?」
「俺が負けるように剣に細工を——」
「———。ふん、やっぱお前、男としてナシだわ。だせえ」
「なんだと……!」
激高した男は……驚いたことに、木剣を置いたアタシに向かって木剣で殴りかかってきやがった。マジかよこいつ……どこが女を守る、なんだよ。
魔術学園の男子どもは、可愛い女子にいたずらしたりもしてたけど、勝負で悪態ついてもここまで粗暴なやつはいなかった。
だから。仕方なかったわけよ。目の前の男の、今まで出会った中でもあまりにもあんまりな人間のレベルの低さに———アタシが切れたことは。
「———バーニングウォール!」
「……は……?」
素手のアタシから、高い炎の壁が立ち上る。
「アタシは魔術学園からの編入生よ」
「ば……ばかな……」
「……次アタシに喧嘩を売るなら、サーベルで手足切って左手で燃やすぞ?」
アタシは低い声で脅すと、その場を離れた。
……自分が不利になるようなこと教えて、それで実際に不利になっても。それを許容して不敵に笑えるぐらいの余裕が欲しいわよね。そこまではなかなか難しいかも知れないけど。
剣が強いから惚れるんじゃないの。潔く負けを認めて、アタシに教えを請うてでも強くなって守りたいぐらい言ってくれたら、弱くても付き合ったかもしれないけど……。
……お前は、何もかもダメダメね。
-
……信じられないことに、あれ騎士学校の初等部の優勝者らしいわよ。つまり、アタシは今、騎士学校で一番強いらしい。ヤツがリオポジション。ありえない。ないわ、マジで。一緒と考えるだけで八つ当たりしそうになるぐらいキレそう。
そして、最悪なことにあの決闘が結構見られていたらしく、アタシが「決闘で勝ったら付き合える女」であるという話と、アタシが「剣術だけで1位に勝ったのに杖なしで強力な火魔術を使う」という話がセットで広まってしまった。風の噂では「ゴリラ女」とか「怪力イフリータ」とか呼ばれてるらしい。
さよならアタシの恋愛児童書みたいな青春学園生活。こんなん絶対誰も寄ってこないわよ……!
後日、なんか騎士学校在学の他の僅かな女生徒からモテだした。
「アタシはそういうんじゃないっつーの! これでもちゃんと男が好きなのよ!」
めっちゃ頭にきて蹴って追い返した。
結局それ以来、アタシが1位というのが公然と周知されてしまったため、誰に決闘を持ちかけても断られてしまった。当たり前だ、そもそも強いヤツが弱いヤツに勝負を持ちかけるというのがダサいのだ。アタシがそのつもりがなくても、他の奴らはみんなそう思っている。
リオ……あたしのセンセ。
ねえ。リオはさ、剣術とかやってない? それで2位を引き離して圧倒的な差をつけてアタシを倒して、そんで新しい剣術とか、技とか、教えてくれない?
……やってるわけないわよね、2年間結局アタシより体ちっちゃかったし細いしヘナヘナだし。うん、アタシが一番よく分かってる。
でもね……。
……あまりに退屈なの。
-
アタシは、結局剣の授業は適当にやって、乗馬や基本的な勉強の方に集中することにした。
そして放課後は……さっさと帰るのだ。
……腹式呼吸……魔力を、まず、足の裏から、股、脊髄、首……頭頂部。ゆっくり吐く……ゆっくり……吸う時よりゆっくり……両手から出すように……。
アタシがリオに教えてもらった、最後の地味な練習。そして確実な練習。魔力を両手から出していく。
あの日、最後の日。限界まで使った魔力が、翌日には強くなっていた。アタシの魔力の泉ってば、アタシが生命のピンチになったもんだと思って、強くしてくれたみたい。
なんだかお母様が、あの慌てた顔で泉の横を必死に掘って広げているみたいで、ちょっと微笑ましいし、とても嬉しい。
リオの練習法。とても地味だから続けにくかったら続けなくてもいいよ、なんて言われたけど。
アタシがそんなこと言われて、続けないと思ってるわけ!?
2年間足止めしていたあんたがアタシから開放されて、一瞬でも気を抜いたらあんたがまた自分の練習に戻っていくんだから、こっちは気を抜けないのよ!
毎日続けているんだからね!
……まあ、それだけ、剣術で学ぶ部分が少ないということでもあった。失敗したかなー転校、騎馬は面白くはあるんだけど。
いろいろと幸先悪そー。
-
悪いことに悪いことは重なるもので。
アタシは、すっかり忘れていた。
本当に、この9年ぐらいは、急に好転しすぎた。その反動が来たんだろう。
でもね。
いくらなんでも。
これは。
反動にしては大きすぎると思う。
4歳の頃に、その姿を初めて見て、
そして10年。
子爵家からの、エルヴァーン家第二婦人。
新しいママ、と紹介した女。
エリゼ、懐妊。
翌年。
———男児出産。
家は、10年前に戻った。
-
エリゼ様の父親の子爵……ドルガン様とエリゼ様は、それ以来、エルヴァーンの屋敷に住むようになった。
「ドルガン様、お食事の時間です」
「今日はお前が調理したのか?」
「……いえ、メイド長です」
「ふん……なら食おう」
「……」
サーリアは、全く笑わなくなった。ドルガンは、サーリアに対してかなり冷たく当たっていた。そして、お母様に対してはもっと冷たく当たっていた。
「お前、こんなところにいるのか?」
「はい、私の家ですから」
「ふん、今に娘共々屋敷の隅に追いやってやる」
「……」
「なんだ」
「いえ何でもありません」
「……相変わらず汚らわしい女だ、ああにおうにおう」
「……」
アタシは、会う度にこの男に斬りかかろうかと思ったけど。お父様の迷惑になるし、何よりお母様が耐えているのだ。ここでアタシが飛びかかったら、お母様の苦労が台無しになる。
「おはよう〜! ダニーちゃ〜ん」
「ビエエエン」
「ふふっ、髪の毛ちょっと生えてきちゃったけど、私に似ちゃいまちたね〜ちょっと残念かな〜」
「ウェッ、ビエエエン」
「……この鳴き声聞くと真夜中でも起きちゃうのよね。元気なのはいいのだけれど……お父様は赤ん坊の泣き声聞いてもグースカ寝てるし、アレス様も暢気に寝てるし、わたくし、なかなか寝れないわねぇ〜……」
エリゼ様は、ずっと男の子ダニエルの世話をしていた。なんていうか……その姿は、やっぱり母親なんだな、って思えるものだった。
ただ、なんだろう。廊下ですれ違ったりするときアタシのことを時々見るんだけど、不思議と最近は何を考えているかわからなくなってしまった。
結構自慢の感情を読む目だったんだけど。勘が鈍ったんだろうか。
エリゼ様がお母様を見る時も、なんだか以前に比べて、ちょっとわからない感じだった。
思い切って、話しかけてみようか。
-
その日、エリゼ様はいつものように、部屋にいてダニエルの世話をしていた。ダニエルは、結構泣き虫で、今日も元気に泣いていた。
アタシは、遠慮気味に、部屋に入って声をかける。……実はちょっと前から、興味があるのだ。
「あの……」
「……なんでしょう、フレイ」
「その……アタシ……」
「……」
「……赤ん坊、かわいいし、アタシも抱きたいなって思った、のだけど……」
「———」
そう、赤ん坊を抱いてみたいと思ったのだ。やっぱり、赤ちゃんってかわいいので、近くで見てみたいし、触りたいし。
エリゼ様はちょっと驚いた顔をしていた。まあ、さすがに唐突すぎるわよね。
「いいわよ」
「え?」
「絶対怪我させないでよ」
「も、もちろん!」
意外にも、許可をもらえた。アタシは内心小躍りしながら、そーっと、そーっと……ダニエル君を抱き上げ、上下左右に揺らす。
ちょっと大きめに、あまり重力を与えすぎないように。
「……」
「あー、あー……きゃっきゃ」
あ、笑ってくれた。かわいい……アタシも笑顔になる。
いつかアタシも、こうやって自分の息子を抱けたりするのかな……?
灰色の産毛を優しく撫でる。細かい。気持ちいい。
「ああ……やっぱりかわいい、ですね……」
「……あなた、あやすの上手いわねえ」
「そう、かな……」
「……」
「……」
なんだか、その……ちょっと気まずい。
「ねえ」
「な、んですか?」
「こういう時、あやしにきてもらっても、いいかしら」
「……いいんですか?」
まさかの声がかかった。完全に予想外だ。
「わたくし、どうも下手で……あなたさえよければ」
「じゃあ、来ます。ダニエル君、触ってて気持ちいいですし」
「ダニーと呼んでいいわ」
「ダニー君」
更に驚いた。息子の愛称を呼ぶことを許された。その名前を復唱しながら、ダニー君の頭を撫でる。……あ、また笑った。
「意外なところから救いの手が来て助かりましたわ……フィリス様に手伝ってもらうわけにはまいりませんから。実はあまり眠れていなくて」
「お母様、言えば手伝ってくれるのでは」
「いえ、手伝うことは許されません」
「……」
何か、まだ、紐解いてない事情があるのだろう。心の錠前がいくつかあるような手応えがする。でも———
「それに、アレス様もお父様も、あまり頼りになりませんし……」
「ああ、意外とアレスお父様、私とフィリスお母様が喧嘩した時とかおろおろしちゃって頼りないですからね」
「あら、そうなの?」
「はい」
「そうなの。見てみたいわね」
「そのうち見れますよ」
———なんだか不思議な感覚だ。エリゼ様は、意外と話しやすかった。最後の方は、愁いを帯びた目をしつつも、口元は笑っていた。……最初からあまり嫌われてなかったのかと思ってしまうぐらいだった。
それからというもの、アタシはちょくちょくダニエル君を見に来た。
あとこれも不思議なんだけど、いつ赤ん坊をあやしに行っても、ドルガン様とそこで会うことはなかった。
孫、だよね? かわいくないの……?
-
「ねえ、サーリア」
「はい」
「今日も笑わないね」
「はい」
「サーリア」
「はい」
「笑ってよ」
「……」
「ねえ……」
「……」
「……」
「ねえ、サーリア」
「……はい」
「そろそろ、アタシに、お父様とお母様の話をしてくれてもいいんじゃない?」
「………………」
「………………」
「……そう、ですね。できれば、二人の口から言えれば良かったのですが。今となっては難しいでしょう」
「……」
「はぁ……まったく、面倒事はキライです。なんでまたあたしがこんな面倒な役目を押しつけられるんでしょう。どっかの誰かが向こう見ずなせいですね」
「サーリア……」
「いいです。覚悟を決めました。喋っちゃって怒られても首になってもいいです」
「どうして、話すと首になるの?」
「止められてますし、止める理由がわかりますから。でも、覚悟して下さいね」
「……わかったわ」
「———では、お話しします。アレス・エルヴァーン。いえ……向こう見ずの少年『ばかアレス』の話」
被差別種、ハーフエルフ。その認識は最近まで王国では一般的だった。最近まで、というのはもちろん最近はあまりそういう空気がないということだ。特に理由は考えたことなかった。
ただ、ハーフエルフを差別しないのは、王国では当たり前のことで、学園で習う話だった。
それまでは、何かにつけて虐げられてきたハーフエルフ。とにかく人数自体が少ないから擁護する人間もいないし、擁護する理由もない。なんとなくそうなってるから、なんとなくそうしている。皆面倒なことは嫌いだった。
エルフ側も、まあ……見て見ぬ振り。保護するために人数を割くほどのことでもないし、エルフ自身も人数が少ない種族。
まあ、親エルフは、無責任だ。そういう認識。だからエルフにとってハーフエルフはかわいそうな子。エルフにとってハーフエルフの親は子供以上に嫌われ者。
「そもそもハーフエルフはなんでそんなふうになってるんだろう」
「……ふふっ」
「あ、サーリア笑った!」
「あっ……! ……ああもう! もぉ〜こんなのダメ、我慢できない。嬉しくて笑ってしまいますよ」
「え、なんで?」
「———だって、やっぱりフレイってアレスと同じですもの」
「……えっ、お父様と?」
ある日、スラムでゴミから食べ物を漁っているハーフエルフに、赤い髪の少年が持っているパンを渡した。
『私がハーフエルフなのに、どうして助けてくれるの』
『いや、なんでハーフエルフだと助けないの』
『だって……』
『だからなんで?』
『……なんで、だろ』
『はぁ……とりあえず食べるだろ?』
『———うん』
それから、ハーフエルフの少女は、少年についていくことになった。
ハーフエルフの少女はヒーラーとして優秀で、少年はその子のことが気に入った。とりあえず髪とフードで耳を隠して、それで自分は堂々と短髪で一緒に歩いた。
だから街では人間のコンビに見えただろう。
「それからというもの、向こう見ずな赤い髪の少年がね。ハーフエルフのピンチとあらば、すぐに飛んでいって助けてしまうのです」
「赤い髪の、少年」
「そう。ものすごい勢いで助けに入ってしまう。どんなに危険でも誰かを助け、どんな苦境でも誰かを救おうとしてしまう星の下に生まれた誇り高い少年」
「……」
「そして、助けたハーフエルフと共に、人間を助けていきました。助けた瞬間に見せびらかすように優秀なハーフエルフ集団の耳を出してね。
その功績と人目につく活躍、更に王国が当時あまり中層の王国民を助ける手が足りてなかったことも重なり、街の人からは支持され、王国では、だんだん差別意識がなくなっていきました」
「……ハーフエルフと共に?」
「そう。命がいくらあっても足らないほど。足らないのよほんと。やんなっちゃうのよばかアレスと一緒にいると、ヒーラーなんて休む日ないんだから」
そう言って。サーリアは。
ふわふわの髪にかけてある、特徴的な大きめのヘッドドレスを外した。
その耳は……人間の2倍ぐらい横に長く尖っていた。
「サーリア……ハーフエルフだったんだ」
「ええ。王国ではそれでもまだ人の目があるので、少しでもアレスに迷惑にかからないように隠しています」
「王国の危機を数度ハーフエルフの集団が助ける。その功績を認められ、AAAランクのパーティ『エルフの家』のリーダーであるアレス少年は爵位をもらいました。
本来伯爵になるはずだったのですが、領地持ちのハーフエルフパーティという周りの目は厳しく、そこまでの爵位を与えるのはという意見もあり、しぶしぶ形だけでも男爵と……。そこで男爵家になるにあたって、当然家の名前が必要になりました」
「エルヴァーンのことだよね」
「そう。エルフの隣人でありたいと思ってつけたのですよ、エルヴァーン」
「だから、エルヴァーンっていうんだ」
アタシの家の名前、初めて知った。お父様の精神が息づいていて、誇り高い。
「でも、ここでアレスはもっと大変な問題に目をつけてしまいます。ハーフエルフの子供です」
「ハーフエルフの、子供……?」
「はい。クォーターエルフです」
それは、そこそこいるハーフエルフの、望まぬ扱いからの、望まぬ妊娠により生まれた種。
もうハーフエルフで奴隷の親に育てられもしないので、流れるか捨てられるか餓死するか。
その捨て子のうち、自分の力だけで生き残れたものが、クォーターエルフ。もちろん、そんな生き方をしたクォーターは、自分の血を限界まで隠す。
「いるのです。……そして、更に、そこから……」
「更に……」
「ただ一人の、一つの種が生まれました」
「まさか……」
「ワンエイスエルフです」
聞いたことがない。
「聞いたことあるはずがないですよ。ワンエイスの親も、当然不明なんです。誰が父親か、母親かもわからない。ただ、その娘ははっきりとワンエイスだった」
「……」
「ただでさえハーフエルフの差別撤廃でさえここまで大変だったのに、クォーターの差別撤廃など人間には寿命が持たないし、エルフは関心を持たない。だからワンエイスなんて公言できるはずがありません」
「……ねえ。じゃあ、なんで、そんな話を……?」
「……」
「……この話をするのは、本当に、私自身があなたに救って欲しいからなんでしょうね……」
「ど、どうしたの?」
「これから話すことは、たかが使用人風情が主人に助けを求める恥ずべき行為です。恐らく恨まれるでしょうね。ですが、フィリスに殺されることを覚悟で。今ここで言います」
「……サー、リア……どうして、そこまで……」
サーリアは、少し懐かしむように、下を向いて力なく笑った。
「英雄を作りたかったのです」
「えい、ゆう?」
「はい。誰からも文句が出ないほどの、圧倒的な英雄」
英雄。
「象徴として、力が強いこと。権力があること。そして活躍することなど」
「……」
「そこで、ワンエイスエルフを一気に英雄に、と考えましたが。そのワンエイスエルフはあまり強くなかったのです」
「……」
「だから、その次の世代に託しました。ですが、妊娠させることが段々困難になっていくエルフの混血種。正直ワンエイスが生まれた時点で、クォーターの妊娠でさえ前例一切ない、ありえない確率だったのです」
「……」
「でも、成功した。ワンエイスの妊娠。奇跡の一回。千年に一度の奇跡を喜びました」
「……」
「ですが、生まれた子供は剣の持てなさそうな、しかも魔力のあるエルフの方の要素を全く受け継いでなさそうな見た目の、普通の女の子でした」
「……あ、ああ……」
「……じゃあ……お母様は」
「はい。恐らく世界でただ一人のワンエイスエルフです」
「アタシ、は……」
「……体はもう完全に人間と言って差し支えないですが」
「フレイ様は、正確にはワンシクスティーンスエルフです」
長くなっちゃったので今回も前後分割
ちょこちょこ単語いじり