本音を言ってくれるのが友達でしょ!
6歳で王国の貴族の学園に入ったけれど、学園はそれはもうつまんなかった。理由は、前の頃の家と同じ空気がするからだ。
貴族の学園だから、先生も爵位がある人が選ばれてた。アタシの近くの先生は伯爵の人と子爵の人がいた。
その先生達は、クラスのなんだか偉そうな、紫の縦ロールが頭の後ろから四本伸びてる、目に入る情報がやかましすきる女に二人ともへーこらしていた。紫ロールは公爵令嬢だったはずだ。とにかく入学式から目立って目立って仕方なかった。いつもお付きの二人がいた。
その紫ロールに先生はどっちもニヘラニヘラと笑っていたけど、あれは知っている顔だ。昔まだ家の空気が悪かったときの、パパが子爵様にしていた顔だ。じゃあ内心バカにしているのかな。
だというのに、その伯爵の先生は、子爵の先生に向かってあの縦ロールと同じ顔をするのだ。子爵の先生は、またニヘラニヘラしていた。
努力とか才能とか、そんなものなにもない関係にみえた。
相手の爵位を見ながら、ごきげんようとママのあの氷の仮面で挨拶する生徒たち。アタシは男爵だから、相手の爵位を見ずにみんな同じように挨拶した。めんどくさくない分は楽だった。ママの仮面は死んでもつけたくなかった。だからいつもアタシだけブスっとした顔をしていた。ブスだな、って自分で思った。
———挨拶する顔は仮面。まるで人形の仮面舞踏会。仮面の下はわからない。
友達を作る気なんて起きなかった。
つまらない。
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子爵の先生と二人きりで会うことがあった。担当というか、担任というか、そんな感じだった。アタシを個別に見るという感じだった。
その子爵の先生は、無表情で私に向かって、「エルヴァーン男爵の娘か……」とつぶやいた。
きっと、パパとおんなじように、ニヘラニヘラしながらペコペコするのが正しいんだろう。
でもやなこった!
アタシは「先生って、伯爵の先生より教えるの上手いのに、なんだか意味なく言うこと聞いてて大変そう」と正直な感想を言った。
その顔が、驚いた顔になった。
「意味なく言うこと聞いてて大変そう?」
「うん、だってあの伯爵って言ってること基本的にものすっごい適当なんだもん」
「そういうこと言っていいものじゃないですよフレイ嬢」
「でも先生も意味ないって顔に書いてる」
先生は再び驚いた顔になって、「一体いつ……」とつぶやいた。
「いっつもじゃん。だって、先生、あの伯爵の先生といるときアタシのパパと同じ顔してる。アタシの男爵パパが子爵様と会ったときと同じ顔してるもん」
「どんな顔?」
「内心、「こいつバカだ!」っていう顔!」
アタシがニッと笑うと、子爵の先生に表情が初めてついた。
「……はは、ははははは。ただのワガママな男爵令嬢かと思いきや、とんでもない聡明な子ですね?」
アタシと同じように、ニィッと笑った。
「よし、私は君の味方です。でも君も、私のことは秘密にしていてくださいね?」
「もちろん!」
アタシはその先生と仲良くなった。その先生は、いろんな情報をくれたし、貴族っぽいことの話、貴族っぽくないことの話など、アタシに足らなかった話もたくさんしてくれた。
王国では貴族の主の跡取りが男がならなければならないという話も、そこで知った。エリゼママが家に来た目的はそれだ。そしてそれが実現すると、『子爵の長男』が生まれる。つまりパパとママは、家の立場が入れ替わる、それに縛られると陰になってしまう可能性の準備? それであんな無表情になっていたんだ。
その事実を知って、ますますエリゼママはこわいと思うようになった。
-
紫縦ロールが、お供を連れて正面から来た。
「あらあら、誰かと思えば野蛮な成り上がり男爵のおチビちゃんではありませんの」
紫縦ロールが、なんか喋った。
「あっ紫縦ロール」
「なんですのその名前は……ワタクシの名前はマルガレータですわ!」
「丸刈りーた?」
「わざとですわよね? ねえわざとですわよね!?」
後ろの二人の肩がちょっと震えてる。
「ええい男爵のくせに! ああもう気分悪いですわ! なんなんですの!?」
「でも楽しそうでいいじゃないの」
「どこがですの!? ちっとも楽しくありませんわ!」
「後ろの二人めっちゃ肩揺らしてたよ」
紫縦ロールの縦ロールがこっちを向く。「あなたたち?」と低い声が聞こえると、後ろの二人は目をそらした。あっ、片方はこっちを睨んでる。
「はぁ、まったく優雅さのかけらもありませんわね」
「うん、アタシこの学園きらい」
「……なんでこの学園入ったんですの?」
「パパとママのためかな、家に来る子爵さまと、ちょっとよくない関係だから」
丸刈り縦ロールは、それを聞くと「そう……」と少し考えるようにつぶやいて、そのまま歩いてきた。
「横に避けなさい」
「いいけど、言わずに自分から避けた方が楽じゃない?」
「嫌ですわ」
「まあ避けてもいいけど、こういうことして怪我したりしたら痛くても誰かのせいにできないよ」
「この場合はあなたのせいですわね」
そう言って、アタシの横を通っていった。お付きのおまけ一号はわざと肩を当てた。アタシが思いの外体幹しっかりさせてたので、自分からぶつかっておいてよろめいたオマケ一号は、逆恨みでアタシを睨んだ。
うん、脳内会議するまでもない。
———キライ!
-
「そうなの、それは嫌ーねぇー」
ママはアタシの話を聞いてくれた。貴族の愚痴はなかなかできる人がいなかったので、ママに聞いてもらうだけ聞いてもらうことにした。
「んー、そういうときは、やっぱり魔術よね!」
「ママまたそれー?」
……しかしママは、とにかく聞いているのか聞いていないのかなにかにつけて魔術の練習をさせた。
「ほらだって、そういうときに守ってくれるのは、やっぱり自分の力だけよ? それに、誰かを守ることも魔術が強ければできるの。そういうことを誰かと関わったときにすることができるとね、人間的に成長できるし、やがて自分のためになるのよ」
誰かを守れる。確かにその時に力がなかったらつらいな、なんて思いながら、結局今日もママと魔術の練習をすることになったのだった。
「ファイアボール! っはぁ……ううっ……」
魔術の練習は、あまりうまくいかなかった。いつまで経ってもアタシがばてるのが早いのだ。
「威力はあるけど、数回撃ったらやっぱり限界みたいね……」
「ごめんなさい……」
「いいのよ、ゆっくり上達しましょうね」
アタシの火魔術は、使えば使うほど威力が上がっていったが、一日に一回二回使える程度のものだった。使えば、再び気絶。その度にママはアタシを介抱してくれたけど、やっぱり普通に連射できる程度の能力が欲しかったみたい。
ママは心配な顔をしつつも、根気強く持続するように練習に付き合ってくれた。
だからアタシも、なんとか一緒に頑張った。3年ぐらいした結果、中級まで使えるようになった。だけどうまく魔力を逃がさないように頑張ったところで、1回か2回程度で意識を手放しかけるのは相も変わらずだった。やはりママは心配な顔をしていた。
魔術でママの期待に応えたい、という願いがとても強くなった。
———ちなみにパパとの木剣訓練は、順調に続いていた。
-
そのまま、三年ぐらいが経過した。
そこそこの成績だったけど、授業はおもしろくないし、体はなまるし、なんだかもうサボり気味だった。
「あらあなた……」
「あっマーガリンだ」
紫ロールがいた。いつの間にか、お付きの二人はいなくなっていた。
「マルガレータですわ……」
「あ、あれ……なんだか今日は突っかかってこないね?」
珍しく、紫ロールはしおらしく気の抜けた返事をした。いつもだったら、『マルガレータですわ!』と怒りの形相を向けるところだ。そんなやりとりも3年やり続けてすっかり慣れた。
「どったの?」
「……なんだか最近、お父様が不穏なのですわ」
「不穏?」
マルガレータが長くて分厚いまつげを儚げに下に向けて言う。ああこうやって見ると同い年のくせになんだかんだすんごい美人だな紫ロール。
「取引をしているようなのです」
「取引?」
「なんだか……黒いローブの男ですわ」
「黒いローブって……」
それは……怪しい。露骨に怪しすぎる。
「何もないといいのですけれど、そのいかにも怪しい男を、お父様が全面的に信頼していて会う度機嫌が良くなるのが、たまらなく怖いのですわ」
「そう、なんだ」
「ええ……」
何か、暗示でもかけられてるんだろうか。それとも、魔術?
とにかく不気味な話だった。
あと……聞いていいのかわからないけど、どうしても気になるので聞いてみようと思う。
「ねえ……いつも後ろにいた二人は?」
「……わたくしが家の危険を覚えつつも、意地を張って堂々としていると、二人とも公爵家の破滅の空気を察知したのか、気がついたら別の令嬢の後ろにいました。
結局……『マルガレータ』ではなく、『グランドフォレスト公爵令嬢』の取り巻きだったのです。そうでなくなれば、私の価値などありません」
「そんなこと……」
「あるのです……こんな意地を張るんじゃなかった」
「……なんかごめん」
「あなたは悪くありませんわ。『誰かのせいにできない』ですからね」
いつぞやかの廊下のことを思い出す。
「わたしくし、お父様のことは信頼しています。いつでもわたくしに優しいお父様」
「うん」
「でも、最近はなんだか以前よりわたくしを見ていませんの。その男が来ると、取り憑かれたように褒めるのですわ」
「うん」
「そして、彼は信頼できる、彼に任せておけば大丈夫と金貨を渡して……あんなお父様、見ていられなくて……!」
肩を震わせて、「お父様……」と小さくつぶやくマルガレータ。紫色の四本の髪が、風に揺れる花のように動く。
「……すみませんエルヴァーンさん。あなたに聞かせるような愚痴じゃなかったですわね」
「ううん、結構うれしかったよ」
「え?」
縦ロールが目を見開いてぽかんとした顔をした。こんな間抜けな表情でも顔綺麗だなちくしょう。
「なんだか、初めてあんたの声を聞けた気がする」
「あなた……」
「困ったことがあったら、あんたの爵位とか関係なく助けてあげる」
「ふふっ、年下男爵のくせに生意気ですわ、むしろ私が助けてあげます」
そう言って笑い合った。入園して3年、仮面舞踏会で最初にマスケラを外した最初のお友達は、紫縦ロールことマルガレータ公爵令嬢になった。
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「グランドフォレスト公爵家に、ちょっと暗雲が立ち上っているらしいですね」
翌年のある日。子爵の先生はそう言った。
「マルガレータのところだよね。暗雲って?」
「なんだか最近変な人が屋敷に出入りするって言ってた話なんですが、どうもその周りに山賊みたいな身なりの悪い男達がいるっていう話、どうも貴族の上の方には行ってなくて、どちらかというと町の方で目撃情報があるらしくてですね」
屋敷に出入りする……なんか、前に聞いたことがある気がする……。
「ってことは、マルガレータは?」
「マルガレータ嬢は、今は何かその身に危険が及ぶといけないからと、屋敷に幽閉されているらしいですね」
「大丈夫なの?」
「公爵様は所用で出ているはずですが、公爵様の知り合いに、信頼できる男がいると私も聞いたことがあります。その男が留守中の護衛でもつくんでしょうか……んーどうだかなあ……」
屋敷に出入りする怪しい黒いローブ。公爵様が全面的に信頼している、だけどマルガレータは信用していない————
「———わかった、話ありがとね先生! ちょっと気になるから助けにいってくる!」
急に焦燥感が募り、アタシは剣と杖を持って出る準備をした。
「助けにいく? 君はマルガレータ嬢のこと嫌っているものかと思ってましたよ」
「うーん、まあ基本的にはキライよ! キライだけど、そういうキライじゃないの! 友達になったの!」
先生は驚いたようだった。
「いつの間に、あの気難しい娘と……」
「いやいや、いつの間にって先生とも仲良くなったじゃない!」
「私ですか? それは……」
「先生ものわかりがいいような顔して、ぶっちゃけめっちゃ気難しいよ!」
アタシは先生に笑いかけた。先生は「まいったな」と苦笑していたが、アタシが「マルガレータの家に兵士集めて!」と叫ぶと表情を引き締めた。
アタシはマルガレータの元へ走っていった。
-
マルガレータ・グランドフォレスト公爵の屋敷は、森の中の大きくて目立つ場所にあって有名だった。アタシは、急いでその屋敷に近づいた。
なんだか、まっくらだ。夜はまだだというのに、屋敷を隠すように暗い。
「くっ、この……暴れてはいけませんよお嬢様……!」
「は、離しなさい! あんったこんなことやってタダで済むと……!」
「マルガレータ!」
声が聞こえた方を向くと、マルガレータが黒いフードの男に捕まれていた。
マルガレータが暴れて、男の黒いフードが外れる。そこで見た光景は、あまりにも驚くものだった。
「あ、あれ……先生!? 伯爵先生!?」
そこにいたのは、学校でマルガレータにヘーコラしていたまさかの伯爵の先生だった。
「エルヴァーンさん!?」
「エルヴァーンの娘だと!? なぜここに!」
「子爵先生に聞いちゃってね!」
「ぐ、あいつめぇ……!」
伯爵先生は、露骨に見下していた子爵先生に足下を掬われてかなり悔しそうな顔をしていた。これは子爵先生に見せたい。
「それにしてもあなた一人で何をしに来たのですかね?」
「それはもちろん、マルガレータを返しに来てもらいにきたからよ!」
「ほう……ずいぶん肩を持つのですね! 仲が悪かったと思っていましたが」
「そんなこともあったかもしれないわね!」
喋っているうちに、黒フード先生の前に、護衛っぽい男が現れる。その男がロングソードを抜くのを見て、マルガレータは顔を青くした。
「エ、エルヴァーンさん……! 逃げて! あなたを巻き込むわけには……!」
「はー!? それ本音!?」
他人行儀に今更被った仮面にイラっときた。アタシが欲しいのはそれじゃない。
「その貴族っぽい高潔さとかいうつまんない仮面なんて捨てて、さっさといつものようにわがまま言いなさいよ!」
「え……!?」
「ねえマルガレータ!」
アタシはマルガレータとしっかり目を合わせて叫んだ。
最初は正直ムカついたし、今でも偉そうな時はキライだし。でもね、あの誰も人間に会えないようなつまらない学園で、あんたはずっと人間だった。
弱音を喋ってくれて。自分のパパを心配する綺麗な顔は、アタシと同じパパ大好きな顔。あの日、誰もいない灰色の学園にラベンダーの花が一輪咲いた。
あんたは公爵令嬢、アタシなんて見てないかもしれない。それでも、アタシは、アタシは……
……少なくともアタシは、もうあんたのこと、こう思っている———
「———本音を言ってくれるのが友達でしょ!」
「……! あ、あ……!」
「———あたくしを助けて、フレイ!」
「よしきた!」
アタシは背中から鞘ごと剣を出す。
「ふっ、惜しかったですね。お付きの兵士が届くまでの時間はまだあります。私はこれで逃げられますからね」
「それはどうかしら、子爵先生がもう呼んでくれたからアタシが足止めしてるうちに結構早く着くんじゃない?」
「ふん……授業もまともに受けない、実技もやる気がない、そんなたかが男爵令嬢のあなたに何ができると?」
アタシは、パパから剣術の腕はあんまり強いとトラブルになるから避けるように言われていた。魔術の実技も、一回使えば倒れるからやらなかった。ママと同じ風魔術を取って、発動できずにおしまい。
だから、黒フードの……もう先生はいいや、フード男は完全に侮っている。
「相手してやるぜお嬢ちゃん」
護衛っぽいやつが舐めた口をしてかかってくる。
そこそこ素早い突き。でもパパに比べれば全然。それの距離を測りながら、首を後ろに、横に、そして胸に来たものを鍔付近で軽く受け流す。
何度突いても当たらない攻撃にイラついたのか、「この……!」と腕を上げ、力任せに、そして雑に振り下ろされた袈裟ともつかない一撃を、軽くサイドステップで躱しながらこちらも腕を振り上げる。その伸びきった腕に、アタシは左上から袈裟切りをする。狙うは……指!
「ガァッ……! なんだこのガキ……聞いてねえぞ!」
手から剣を取りこぼして自分の指を押さえている。こいつは弱い!
「パパより……ぜんっぜんダメね!」
そう言って後ろに回り込むと、防具のない膝裏を力の限り振り抜く!
「ッアアアアアア!?」
痛みに転んだ男に向かって、剣の鞘を首に当てる。
「動いたら次は、抜くから」
チャキっと音を立てて剣身を見せながらそう告げて、男の剣を蹴り飛ばして黒フードと対峙する。
「ば……ばかな……!」
「さあて、覚悟はできたかな?」
「おのれ、ここまで能力を隠していたとは……だがここで引き下がれはしねえぞ!」
もはや黒フードは、貴族らしさもかなぐりすてていた。なりふりかまってない夜盗みたいな顔と言葉遣い。というか夜盗同然だった。
「ガキ一人にこのまま舐められてたまるか! ウィンドカッター!」
「っ! こ、これは!」
これは、ママと同じ風魔法……攻撃の、優しくない風魔法が肌に刺さる!
「フレイ!」
マルガレータの悲痛な叫びが届く。返事をしようと思ったけど、風が強くてうまくできない。
学生服に軽くかかっている魔法防御の力があるけど、体の魔力を吸うそれはすぐ消耗するアタシには余計なものだった。パパと同じ色の髪がちぎれる感覚がある。
「近づかせはしねえ! ここで待ち合わせている山賊集団が来たら時間切れ、おしまいだな!」
「……それはどうかしらね!」
こうやっているうちにも立っているのがやっとになってくる。体の魔力がなくなる前に、賭けに出るしかない。
アタシは右手から剣を離すと、杖を取る。
そして乱れた紫縦ロールに向かって渾身の叫びをする。
「———マルガレータ!」
「っ!」
「アタシ、今からアンタを助けるから! そしたらすぐにアタシを助けて!」
返事を聞かずに黒フード夜盗のほうを向く。あの日。最初の日、ママは不利属性と言った。初日から娘に負ける、と言った。正面のこんな男が、ママより、ママより……!
———ママより強いはずなんてないんだ!
アタシは夜盗に向かって、杖を上げて叫んだ。
「フレイムブレス!」
アタシの、今最大の魔術! ママが本を調べて教えてくれた、過剰魔力の火炎中級魔法!
「な、お前こんなの授業でアアアアア!!!」
夜盗野郎はものすっごい勢いで火だるまになった。だけど、アタシはそれを見ている余裕はなかった。
魔力。すっからかん。もう立っていることもできない。きっといつもどおり、顔は汗まみれのげっそりしてるやつだ。
「フレイ、すごい……! ……!? ふ、フレイ!?」
「……あと……よろしく……」
そのまま気を失った。
-
屋敷で起きた。いつものソファだ。
「フレイちゃん!」
ママの声がする。
「あの……アタシ………………あっ! ママ! マルガレータは! グランドフォレスト公爵令嬢の!」
「大丈夫、大丈夫よ。そのマルガレータ様がフレイちゃんを守ってくださったの。そこから急いで私が出向いて、今帰ってきたのよ」
そうだったんだ。マルガレータ! 良かった……あんたってばやっぱ友達ね!
「すっかり立派になっちゃって……でもね、もうこんな危険なこと、やめて?」
「……ママ」
ママは心配そうにアタシに言ったけど、アタシはママの目をしっかり見て言ったのだ。「無理だよ」って。
「……え? え? ママの言うこと聞けない? 反抗期? ママ泣いちゃう……」
「ち、違うよ! そうじゃなくて……」
「友達が危険になったら、やっぱりアタシ、今回みたいに助けちゃうだろうなーってこと」
ママは、パパと相談していた。珍しく、かなり深刻な顔だった。泣きそうな顔だった。耳を塞ぐように頭を抱えている。
「私が教えてしまったから……魔術ができるといいと思ったから……この子は、使えるようになってしまった。一度歩けるようになった子が、二度と歩き方を覚えてない状態に戻れないように。自然に魔法を使ってしまう」
「……お前のせいじゃねえよ……」
「……ええ……でも、きっとこの子は、アレス……あなたのように、後先考えずに人を助けてしまう。正義の心でどんな苦境でも誰かを救おうとしてしまう。そういう星の下に生まれた子」
「だけど、それにはあまりに消耗が激しすぎる。俺でさえ一回攻撃する度に気絶してるんじゃ生き残れるわけがねえ」
「そうなの……このままではフレイちゃんはいずれ……ううっ……」
「フィリス……」
ママもパパも、アタシのせいで悲しんでいる。
アタシが……アタシが弱いせいだ。使いこなせない力で、ママが、パパが、悲しむ。ママが悲しみに泣いたところを初めて見た。あの強くてかっこいいパパがこんな弱った顔するなんて……。
どうしようもなく悔しくなった。強くなりたかった。魔術をもっと使えるようにならないと、今度はアタシのせいで、家が悪い雰囲気になってしまう……!
「なあ、どうすればいいんだ?」
「方法はただ一つ。魔術の調整を、どうにかして覚えてもらわなくちゃいけない」
ママは、アタシを見て、パパを見て、こう言った。
「フレイちゃんを、魔術学園に編入させましょう」