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アタシが強くさえなれれば

続き……三人目を書いてしまいました。フレイ編、よろしくお願いします!

 フレイ・エルヴァーン。


 エルヴァーン家の正室第一子女。男爵令嬢。


 それがアタシ。


 -


 物心ついた頃には、自分が屋敷で居場所がないような、そんな感覚を味わっていた。お付きのメイドはなぜかいつもアタシのことを不憫なものを見る目で見ていた。キライ。


 若くてツンツンした頭のパパは、家では笑うことがなかった。でも、笑わないというわけではないらしい。氷の仮面のママがおしえてくれた。—————アタシはママの、なんだか表情を型に嵌めて作ったようなつまらない笑顔がキライだった。だから氷の仮面。アタシが名付けた。優しいけど、冷たい人。

 でもアタシの前でパパが笑ったことがないということを話すと、ママは困ったような、でも今すぐ泣き出してしまいそうな、ふしぎな顔をしたのだ。その顔は、仮面の顔じゃないけど、なんだか見ていて悲しくて、もっとキライだった。だからこの話はもうしない。キライ。


 アタシに対して笑わなかったのだ。だからパパは、アタシの中で、笑わない人だった。あんまり自分のパパって気はしなかった。どこか遠くのえらい人。

 まだアタシに挨拶しにきたらニコニコしてた、パパよりえらい子爵さまのほうが、近しい人に見えた。アタシが無理矢理えくぼつくって子爵さまに挨拶しているときも、パパは子爵さまに笑顔で答えながらも、こちらには目線をちょっと向けるだけだった。あれは、見えてるだけ。見てない顔。

 子爵さまは、陰でママを見下している。キライ。パパも、子爵さまに笑ってなんかいない。あれはママとおなじ顔。キライな顔。どうせママもあれを笑った顔と言っているのだろう。だから他の貴族にも会って欲しくない。キライ。


 キライキライ。


 -


 メイドが言ったのだ。

 また、言ったのだ。

 もう何度目かわからないことを言ったのだ。

「でもご息女さん、女だからね……」

 って。


 アタシはそのメイドを呼びつけた。メイドは自分が呼ばれた理由が分かっていないようだったので、言ってやった。


「おまえさ、アタシに向かってまた女だからとか言ったわよね」


 その瞬間、顔が引きつるのが見えた。


「前からしょっちゅう言ってるわよね、あれどういう意味?」

「それは……フレイ様が、旦那様から、本当は、男の子であったらと」


 眉間に皺が寄る。


「女じゃ、なんか悪いの?」

「その……エルヴァーン家の跡取りとして……女では……」

「……なんなのよ……さっきから女だから、なんなのよ!」


 あまりにも煮え切らない上にどうしようもない要求に激高した。


「なんで主人のアタシが女じゃダメで、メイドのお前が女だったらいいのよ!? わかんないわ! 女だからどうしろっていうのよ! そんなにイヤならアタシを男にでもしてよ! わかんない! なんなの、あんたたちの言ってること、なんにもわかんない!」


 子供心にその要求は無理があると分かっていても、イラついて癇癪をおこして叫んだ。アタシに怒鳴りつけられて、完全にメイドは青ざめて震えていた。その姿を見て、平民には丁寧に接しなさいと言っていたパパを思い出して、少しずつ怒りを和らげた。


「……でも、あんたも、好きで女に生まれたわけでないし、好きでメイドやるように生まれているわけじゃないものね……いいわ、パパには、黙っておいてあげる」


 メイドはほっとした顔をしていた、だけどこれで返すわけにはいかない。


「でもね! いい、約束しなさい? ……ママの前では、絶対言わないで!」


 これは、絶対だ。


「ママはね、あんたが、アタシのこと女だからって言うと、いつもつらそうな顔をするの! 泣きそうな顔をするの! あの顔! パパがアタシを見て笑ったことがないって伝えたときと! 同じ顔するの!

 ママはいっつも無表情だけど、でもあの顔! あんな顔! もう見たくないの! だからやめて! やめて…………やめて……グスッ…………もう……やめてよぉ…………」


 アタシは自分で言いながらまたあのママの顔を思い出してしまい、悲しくて、悲しくて、泣いてしまった。

 メイドは膝をついて、目を見開いて大粒の涙をこぼすと、「お許しください、浅はかでした、申し訳ありませんでした」と絨毯に額をつけて謝っていた。

 見ているともっとかなしくなったので、頭を撫でて「もういいよ、ごめんね」と一言かけて立たせた。


「アタシの言ったこと、他のメイドみんなに、一人残らず伝えて」

「ぐすっ……はい、お嬢様……」

「それ……信じるから。信じてるからね」

「ありがとうございます、絶対にお約束はお守りおいたします……!」


 涙声ながらも、メイドははっきり答えてくれた。メイドが部屋から出て行った後、自分が言われたことを改めて思い返した。


———女だからね……。


 そして、やっぱりちょっと泣いてしまった。


 -


 ある日、パパは庭で木の直剣を持って、素振りしていた。アタシはそれを、じーっと見ていた。


 目が合った。びくっと震えた。パパは無表情で、もう一本木剣を持った。


「……するか?」


 恐る恐る、頷いた。パパより短い木剣を渡された。両手で持って、なんとなく、パパの剣にこつん、とぶつけてみた。

 パパは無表情で、軽くアタシの剣を叩いて弾いて、その反動を利用して首を狙った横からの攻撃に繋げた。

 アタシは、ほんとに、なんとなく。それを目で追って、両手持ちグリップの片手を剣身に添えた両手持ちに素早く切り替え、押し出すように、パパの剣を弾いた。


 きっと、これが、()()()()()()()()()()()()()()瞬間。


 パパは、目を見開いて止まっていた。アタシは、そんなパパの目を見ていた。どうしたのかな、と思っていたら、パパは何も言わず上段からの振り下ろしをしてきた。さっきと同じ持ち方のまま両手を上げるようにして剣を天高く横に寝かせた形で受け止めると、パパは十字に重なった木剣を素早く引き、突きの構えをした。それが動いたと思った瞬間、びっくりしてしゃがんで避けた。腕は縮こまってしまい、剣を下にしてしまっていた。頭にやさしく、こつん、と木が触れた感触がした。


 しゃがんだまま片目を開けて、ちらりとパパを下から覗き込む。じっと見ていた。アタシも立ち上がって正面から見た。しばらくパパは考え事をするように黙っていると、やがて口を開いた。


「フレイ。今までに剣を持ったことは?」

「……? 今日、初めて……」

「……では、喧嘩をしたことは?」

「パパが、貴族は誇り高く平民に手を出すなって言ってたから、してない……」

「そうか……!」




 その瞬間。パパは、口の端を、片方、上げた。


 口角を、上げた。


 アタシを見て、


 笑った。




 笑った……!




 パパが!


 パパが! パパが!




 パパが笑った!


 あのパパが!

 笑った!

 アタシを見て!






—————アタシを見てパパが笑った……!






 目の前で起こったことを組み立てて理解した瞬間、頭の中であの晴れた日に見た教会のでっかい鐘が鳴った音が聞こえてきて、うれしいって感情が体の中でわーっと踊った。もちろんその瞬間こっちも大きな口を開けて笑顔になっていた。思えばパパの前でアタシが笑ったのも初めてかもしれない。


 パパは、見たこともないほど好戦的で若々しい顔でニイッと笑って、


「俺の体にその剣当ててみな、もし当たったらお前の言うこと何でも言うことを聞いてやるぜ」


 聞いたこともないような好戦的で若々しい口調でそう言った。




 アタシは剣先をパパに向けて言った。


「じゃあ、えっと……ママにも! ママにも、パパのその顔! 一度も見せたことないでしょ! ママにも笑ってあげて!」


 そう言うと、目を見開いた後、目を細めて困ったような、少し目線を逸らして恥ずかしがってるような———これも見たことない表情だ———顔をしたと思ったら、すぐ目を閉じて、次に目を開いた時は獰猛な狼の顔をしていた。


「———いいぜ、やってみろ!」




 アタシは剣先をまっすぐに突いた。それをパパの木剣の根本で左に払われると、すぐに反対側右斜め上段に切先が上がるのが見えたと思ったら、アタシの首めがけて袈裟に降りかかってきた。それを大きく後ろに跳んで避け、休む間なくパパの左斜め下に伸びきっている腕に向かって垂直になるように同じ袈裟斬りをした! しかしパパは伸びた腕を引き戻して、それを下から受け止めた。———カァン!と音が鳴り、剣が重なる。押し通せるかと思ったけど、まるで屋敷の壁を押しているみたいに動かない。


「いっちょまえに力押しってか。しかし俺の攻撃が全部見えているってのは驚くしかねえ、まさかあの袈裟斬りが目で避けられるとはな?」


 パパは楽しそうに独り言を言いながら、再び腰を低くすると、両手で持った剣で突き攻撃をしてきた。今度はアタシは両手で木剣の端と端を持ってぐっとしゃがみ、パパの木剣の切っ先が髪をかすめたと同時に、両腕両脚の力を精一杯使って一気に跳ね上げた。

 パパはアタシの全力で大きく跳ね上げられたのに驚いていたが、打ち上げられた両手持ちの木剣をそのまま上段からに下ろしてきた。アタシはそのまま両手持ちの剣で、受け止め———


———ようと思ったら、着地に失敗して滑った。すっごい勢いでパパの真向斬りが脳天に炸裂した。目の前でお星様が見えた。あれ、もう夜だっけ—————


 パパがまた見たこともない慌てた顔をした。そのまま両腕を伸ばしてで剣を持ったポーズのまま、木剣ごとパパのお腹に倒れ込んで、気を失った———。




「———はは、最後にそのポーズで当てたじゃねぇか。マジかよ、約束守らねーとな。……ま、言われなくても、今日はフィリスのヤツには言うこと沢山あるから呼びつけるつもりだったけどよ。あーあ久々に強敵に出会えたのに落ち着かねェーわ———」


 なんだか声が聞こえた。ママの名前だ……。


 -


 ひりひりする頭とひんやりする感覚に目を覚ましたら、メイドがアタシの頭に氷枕を当てていた。いつぞやかのメイドだ。あれ以来アタシに対してああいったことを言うヤツはいなくなったから、ちゃんと言ってくれたんだ。信用できるメイドだ。

 メイドはアタシを確認すると、「起きましたか」と思ったより心配してないような小声で言うと、アタシじゃなくて、チラチラと横を盗み見ていた。なによアタシよりそっちの方が気になるの?—————


—————そっちを見た。見たことない光景が広がっていた。


 ママがパパに呼びつけられていた。パパの腕の中に抱えられて恥ずかしがっている—————恥ずかしがっている? あの仮面のママが? ママが照れているのだ。いつものへたくそな氷の仮面をつけたようなキライな笑顔じゃない、人間の顔だった。


「フレイが起きたぜフィリス。でも今日はお前と喋りてぇ気分なんだわ!」

「だ、旦那様……? なんだか今日は昔一緒だった頃みたいで、その、わたくし……」

「そんな他人行儀にすんじゃねーよフィリス、俺とお前の仲じゃんかよ。あと今日はお前の気分なんだ、夜はお前が来い」

「そ、そんな、今日は前から順番通りに第三婦人ですよ旦那様」

「嫌がったら俺からお前の部屋に行くからな? それに旦那様じゃねえよ、『アレス』だろ?」

「—————ああ……っ!」


 なんだか聞いてるだけでドキドキするような、聞いちゃいけないものを聞いちゃったような、すんごいえっちな吐息がママの口から出た。と思ったら、見つめ合って、パパと、き、き、ききキスした! ちゅーしたああ!


「だ、旦那様ぁっ! もうっ、フレイ様の前ですよっ! めっ、です!」

 メイドが顔を真っ赤にして抗議した。ていうかこのメイドもこうやっておちゃらけてパパに反論するような立場じゃなかったはずだ。

「うるせえサーリア、お前もフィリスの横に並べるぞ!」

「ちょっとアレス?」

「あだっあだだ! ごめんフィリスお前が一番だよ!」

「……もうっ! 知らない!」


 そう言ってママは素直になれない初恋の女の子のように頬を膨らませてぷいっと横を向いた。かわいい。見たこともないぐらいかわいい。

 というか目の前で起こっている寸劇が意味不明だ。なんだこれ、どこの家なの?


 そっちを見て目を白黒させていると、ママと目があった。子供のように歯を見せて猫のような目でニッ、っと悪戯っぽく笑った。ドキっとする。これ知らない顔だ。は、はじめまして。

 パパの腕の中から抜け出して、アタシの近くに座った。楽しそうな顔をした見たことない顔のママがいる。違う、これは見たことない人じゃない。ママだ。ほんもののママだ。

 本物のママが喜んでいる。


「……フレイ、ありがとう。私たちの止まっていた時間が、なんだかあなたのおかげで再び動き出したようなの。あの人ったら急に呼び出したと思ったら、なんだか昔みたいになっちゃって、驚いちゃった」


 その顔が、優しい笑顔になる。これも……知らない顔だ。いつもと形は似ているけど、全然違う顔だ。これは、スキ、な顔だ。

 ママは自分の耳を撫でながら、パパの方を見る。


「でもどうして? ねえアレス、あなたフレイに何されたの?」

「ああ。フレイに剣持たせたら妙にいい動きしやがるからよ、いい手応えで思わずにやついちまった。気がついたらフレイもなんかすげー見たこともないような笑顔でよ。俺に模擬戦で勝てたら、何でも言うこと聞くぞって言ったら、そこの天使ちゃんのお願い事は何だったと思う?」

「何でも? フレイちゃん何か欲しいもの言ってきたことってないものね。うーん、ドレスかな、ケーキかな、新しい人形かな、でもアレスがそんなに喜ぶなら剣術学校に行きたいとか?

 情けないことに自分の娘の望みがわからないわね……」


 ママがいろいろ出している答えを聞きながら、パパは、目を横に逸らして言い出しづらそうに頭をぽりぽり掻いていたけど、やがて観念したようにママの方を向いて苦笑した。


「俺に一番してほしい事の答えはな……」

「ええ」

「———『ママにも笑ってあげて』だってさ?」

「……! まあ、まあまあ……!」


 それを聞いたママは目の端が光ったと思うと、花開いた満面の笑顔で本当に嬉しそうに、アタシの方に来て両腕で抱きしめた。「笑顔なんて昔は沢山見せてくれたのにねー」なんて声が聞こえてくる。ほっぺのやわらかい部分がママのおっぱいのやわらかい部分と押し合う。恥ずかしいのに、なんだか、なつかしいという思いが強い。いいにおい。安心する……。


「……ん? ちょっとまってよアレス。模擬戦で負けたら私に笑顔を見せる? それじゃあまるで———」

「ああ。フレイは偶然で剣を当てたんだが、ぶっちゃけ俺もフレイに剣を当てたのはフレイが足を滑らせたからだ。何合打ち合ったかな……ああ打ち合わなかった場合は完全に見切られてたな、視界に入ってた攻撃、全部避けやがった」

「う、嘘でしょ? 私だってアレスの強さは知ってるわよ?」

「そりゃそこまで本気じゃねーが、実際やってみてそうなっちまったんだからしゃーねーだろが。つーか剣持つのも初めて、喧嘩もしたことない、オマケにひょろい筋肉のこんなチビであんだけ強かったら、後5年から……まあ確実に10年ぐらいか? 体のデカさにもよるが、全盛期の俺より強くなるな」

「驚くしかないんだけど」

「ああ、俺も驚いてる」


 パパとママが仲良くしてる。


「なあフィリス、こいつお前の魔術の才能もあるんじゃねーか?」

「それがあると凄いことになるわね」


 なんだか楽しそうに喋ってる今がチャンスだ。聞きたいことを聞かなくちゃ。


「ねえ、パパ、ママ」


 パパが、厳格な男爵ではなく、冒険者みたいな顔をしてこっちを向く。

 ママが、お飾り夫人ではなく、恋する女の子の顔をしてこっちを向く。


「おう、なんだ?」

「パパとママがなかよしさんになったのって、アタシが強かったから?」

「ああそうだぜ」

「んー、そういうことになるかしらね?」


 ニコニコしながら言っている。


「そっか……! うん! じゃあパパ! 今度はホントにアタシのお願い! これから毎日アタシと剣術訓練して!」

「ハッハッハ! いいぜ、こんな堅っ苦しい貴族らしさなんてやっぱ合ってねえわ、明日から用事がない日はいくらでも遊んでやる!」

「だ、旦那様〜! ちゃんとお仕事もしてくださいよ?」

「サーリアのほうが向いてるだろ、全部やってくれ」

「もーっこのばかアレスはやっぱかわってないーっ!」


 パパはすごくうれしそうだ。

 ママもすごくうれしそうだ。

 メイドさんが友達みたいな顔して楽しそうだ。


 アタシが……


 アタシが、強くなっただけでこんなに……




 アタシが、アタシが強くさえなれれば—————


—————この家族は、こんなにいい家族になれるんだ!

会話の流れでちょっと登場人物増やしてしまいましたが、

パパ=アレス

ママ=フィリス

メイド=サーリア

です。

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