二人の話
「はは……そうか、じゃあ僕は君をずっと見ていて」
「うん」
「君の才能を羨ましいと思っていて」
「うんうん」
「僕だけが芝生の青さを見れているつもりが、何も見えていなかったんだね」
「見えていたよ。私が隠していたのが悪いの」
「うん」
「初めて会った君の芝生は憧れで、青くて、綺麗で」
「うん」
「私に、芝生の広げ方を教えてくれて」
「うん」
「……だんだん……君のは私より狭くなっていって……」
「……うん」
「でも、私は、本当はリオの後ろにあるユグドラシルを見ていた」
フローラが首を上に上げる。そこに幻の大樹があるように。僕も読んだことがある。恵みを与える世界樹のことだ。
「リオの、今は狭い庭に生えた、リオには見えないユグドラシルの泉から栄養を貰えた」
「……」
「リオが、自分の庭の狭さに一杯一杯で。苦しんでいるのを見て。知っていながら栄養を貰い続けることを選んだ」
「……」
「それを独り占めしようと、誰にも取らせないぞって。周りの庭は9年かけてようやく生い茂るのに、私の庭はいつも芝生を超えた年中お花畑。どこまでもどんどん大きくなっていく快感がやめられず、いつ言おう、明日言おう。……だめだった、リオが取られるのが怖くて、言えなかった。ずっと負い目を感じてた」
「……」
「他の人に栄養を与えなくてごめんなさい、あなたに栄養を与えなくてごめんなさい。私が独占してごめんなさい———
———っていう話をするつもりでいたんだけれど」
フローラは、なんとも居心地が悪そうにぽりぽりを頬を掻くと、
「えーっと、なんか、話聞いてたら、その泉の栄養、私にしか作用しない上に、リオが使えるわけでもなさそうだね?」
そう言って、肩をすくめてはにかんだ。
そうだ。最初に彼女に声をかけたのは、たまたまではなく、見た目がいいからではなく……いやあるかな……? ああもうそうじゃなくて。
「うん。フローラにしか作用しない。だって最初から僕には君だけが特別に見えたから、だからフローラにだけ教えてきた。他の子に教えても意味はなかったよ」
「フレイには教えたけどね?」
「うっ! いや、まあ彼女も、かなり特別だったから。ほんとだよ、滅多に見ない」
「ふふ、怒ってない怒ってない」
「ほんと?」
「ほんとほんと。助けてもらってるもんね」
「あはは……私たち、長い、長いすれ違いだったなー」
「そう、だね。ちょっと言葉が足らなかっただけで、端から見たら僕らすごいバカだね」
そう言って笑い合った。
ようやく溝が埋まった……と言いたいところだけど、最後に一つ。どうしても、どうしても聞いておかなければならないことを聞こうと決意した。さっきの発言、気になっていることがある。
「あー……ところでですね」
「うん、なにかな?」
フローラに、一体自分がさっき何を言ったのか教えることにした。
「その、一緒にいるだけでいいって、そういう意味、なのかなって」
「うん。あっはい、えっ、あっ! はい!? ……あっ、あ、あああああぁーーーっ!?」
自分でようやく何を言ったか気付いたようだった。
「……落ち着いて、落ち着いて。いや、僕もあまり落ち着けてないけど」
「ふ、ふぁい……」
フローラの顔はすっかり真っ赤だった。いや、きっと僕も真っ赤だろう。
「でも、その……前も、言ったからなあ。あの時勢いでまくしたてちゃったし、結局なあなあになっちゃったけど、さっきのフローラも似たような感じだったよね」
「え?」
「覚えてないかな、病院で」
「病院のことは覚えてるよ、その時……あっ!」
覚えてくれていたようだった。その顔がさっきよりも一層赤くなっていく。思い出してそうなってしまうということは、やはり僕が言ったことをしっかり覚えているようだ。
なら……
「今の反応を見て確信した。僕もそろそろ腹をくくるよ。覚悟してくれ」
「えっ、あの、はいっ」
姿勢を直したフローラと目が合う。緊張してすぐに目を外しそうになった。
でも、このチャンスを逃したらもうずっと巡ってこないだろう。このチャンスとは、つまり、彼女からそういうことを言ってくれたということだ。アプローチがお互いに下手なのは分かっているし、今言ったことは勢いで言ってしまったことなんだろう。
でも、今日僕にとって初めて、フローラのその口から明確な意思が聞けたことが大きかった。少しは期待していたし、脈がないとはさすがに思っていなかった。それでも恋心も意識しない年齢からの幼なじみとして、この関係が終わるのが怖かったのだ。
もう大丈夫。
「……ぼ、僕は、フローラ、最初に見た時から綺麗だなあと思ってて、話してみると楽しくて、教えるのも楽しくて、それからずっと一番で」
「う、う、」
「一番のまま。うん、フローラは、全部一番。教え子として一番優秀で。友達としても一番最初。付き合いの長さも一番」
「う」
「そして、恋愛感情とか、うん。そういう気持ちもずっと。多分意識するよりずっと前から。今も一番のままだよ。
なので今日、初めて言います。ずっと好きだったから一緒にいました、これからも一緒にいたい、です……」
「う、うおお……」
「い、言った……!」
ぐっと両手を握ってにやにやするフローラ。
「あ、ありがとね」
そしてフローラも、にやつく口を揉んで、頭を抱えて振って、「あ〜っ、あ〜っ、これやばい! やばいやつだ!」ともぞもぞ喋っていたけど、やがて頬を叩いて、「……よし!」と小さく気合を入れて、改めて座り直した。
「私も。リオのこと一番頼りになるというか、安心するというか……もういなくなったらダメになるってぐらいリオは日常です。
独占したくてちょっと自分の知らないような腹黒い部分が出ちゃったり、怪我したら暴走して相手を叩きのめしたことさえ忘れちゃうぐらい、もうどうしようもないぐらい、その……好き、です……」
「……な、なるほど……て、照れるなこれ……。でも、うん、ありがとう、っちょっと待ってなるほど顔見れない」
「よし見せろ!」
「や、やだよ!」
「さっき絶対私の顔めっちゃ見てたよね? ね? というわけで見せるのはおあいこです!」
そう笑って、お互い赤い顔をしながらもいつも通りの関係に戻れそうだな、と安心していた。
隣の芝生は青い。これは他人のものの方がよく見えるという意味で使われると同時に、自分がちゃんと見えていないという意味と表裏一体だ。
多分これからも、嫉妬したり、勘違いしたり、必要ない劣等感に苛まれたりするのかもしれない。
でも、相手もそうだと知ると、お互いのことがよくわかるのかもしれない。
そう思いながら、僕は自分の憧れた青い草原に、狭い芝生から日光と水を与えて見守っていこうと思う。
ありがとう、フローラ。
僕の隣の、眩しい眩しい青い芝生。
これからも、よろしく。
「……ちょっと愛の告白を盗み聞きするつもりがとんでもない秘密を知ってしまった……ていうかこうやって聞くとこの3人のパーティの中だとアタシ地味よね……ちくしょーうらやましいなー……」
一方その頃、このSランクパーティに足りないものを一人で埋められるだけの能力から、二人に「一番持っている」と評されている赤い髪の女は、そんなことはつゆ知らず、パーティハウスの青い芝生に座り込んで首を上げてぼやいていたのだった。
どこまでも続く青い空が広がっていた。
読んでいただきありがとうございました! 思いついて書きたくなったので一気に書き上げちゃいました。
初めて物語を作ってみると楽しいけど難しい……! みなさんのバイタリティ尊敬する良い経験でした。
一応これにて完結のつもりですが、せっかくなので番外的なのか、もう一人の子の話も書くかもしれませんので、もし面白いと思っていただければ評価、ブクマいただけるとうれしいです……!