リオの話
「フレイが雷魔術覚えて、それで決闘したらぁ……魔術大会、わ、わたし火魔術に水魔術でばーってやってぇ! 風だったぁ、じゃなくて次わたし、水魔術で雷魔術で、負けちゃうぅうぅ〜! 闇魔術が使えても、あんなすごい光なんてずるいよぉ〜〜! とられちゃうぅ〜っふぇぇ〜〜ん!」
「なにいってるの!? どういう話なのかさっぱりわからないよ!?」
「リオに捨てられたら私おしまいだよぉ〜っ!」
「本当にどうしたの!?」
———いや、そこじゃない。
今、なんて、言った?
「凡才? フローラが?」
とんでもないセリフだった。むしろ、フレイを教えた今でも、AAAランクで任務するにあたって他のSランクパーティの顔を見た後でも、フローラほど強い魔力は見つからなかった。
「だだだってぇ〜っ! わ、わ、わたしなんてぇ、たまたま教えて貰ったから強くなってぇ……」
「い、いやいやとんでもない誤解だよ」
「でもでもフレイはめっちゃつよくなっちゃったじゃない! 私に教えなくなってフレイに教えた途端に! フレイが! どーんって!」
「それは、そうだけど」
「あ〜ん! やっぱりリオは教えたら、誰でもめっちゃ強くしちゃうじゃない〜っ!」
「できないよ!?」
肩を掴んで大きく揺すりながら、有らん限りの大声で叫ぶ。
「フローラ以外に教えても誰も強くできないよ僕は!?」
「……ふぇ?」
それを聞いて、泣きはらした目を開いてフローラは固まった。
そこから、少し落ち着くまで時間を置いた。
やがて落ち着いたフローラは、赤面しながら、
「ええと……その、こんな話するつもりじゃなかったんだけど……ごめんなさぃ……」
そう言ってゆっくりソファに座った。
「いや、落ち着いてくれたのならいいよ……何か、根本的に勘違いをしてるようなので解説するとね。あのね、フローラはね、最初から他の生徒より魔力がたくさん見えたの」
「……最初から、たくさん?」
「……もしかして、僕のこと、誰に教えても同じぐらい魔術が使えるようになる先生みたいに思ってた?」
「……はい……」
ま、まいったな……そうか。でもそう考えると、確かに……。
「……ごめん」
「え?」
「確かにそのことを言わないと不安になるよね、僕が他の人間を教えたら誰でもフローラを超えるとフローラは思ってたんでしょ」
「そ、そうだよぉ……」
「なるほどなあ……それは違うよ。言ってなかったけどね。でもそれで君をこんなに苦しめていたなんて……本当になんと謝ればいいか……」
フローラにとって、僕が魔力視を隠しつつもフレイに魔術を教えて強くしていたというのは本当に不安だったはずだ。フレイが終われば、きっと次は別の子を強くする。何人も、簡単に。自主連している自分はもう置いて行かれるだけじゃないのかと。そう思い続けていた。
でも、そんなことは最初からできなかった。そういうことを理解したフローラは、少し安堵した表情をして口を開いた。
「うん、うん……わかったよ。今安心した。じゃあ……これ聞いていいのかずっと悩んでたんだけど、言うね。
そもそもリオは、どうして私に教えてくれるようになったの?」
「ああ…………それは、なんて言ったらいいかな……」
それは……
「そう、芝生だよ」
「芝、生……?」
そう、芝生だ。
「意味不明だよ?」
「ごめんごめん、説明するよ」
そう言って、ソファに体を沈める。
「隣の芝生は青いって言葉があるね?」
「え? うん、あるね」
それは、以前フローラに言われたこと。……本当に言われたっけ?
まあいいや。
「……僕はね、不満そうに右手から不得意な火魔術を、ほとんど魔力を出せずに無駄遣いしてるフローラがさ。自分の庭の端っこの方に立って、しかも外側を見ていて。
君が、「どうして他の子みたいに綺麗な庭じゃないの」って言ってるように聞こえて。そして、僕の庭を見てうらやましいって言ってね」
「あ、あはは、そんなこと言……いましたかね……?」
目が泳いでる。あれは覚えている顔かな。
「あんな広い庭を持ってるのに、もったいないなあって思っていたんだよ」
「私の庭が、広い? 初等部の頃から?」
「広い広い。まあつまり魔力総量と言ったらいいかな。圧倒的に大きく見えた」
「まりょく、そうりょう?」
難しい顔をして首を捻る。
「うん……。……はぁ。あまり話したくなかったから避けていたけど、覚悟を決めて一度は説明すればよかったかもなあ。それに練習続きだったからね、学生時代は……」
僕はソファから体を起こして、フローラをしっかりと見た。
「そう、魔力総量。フローラは他の子より圧倒的に魔力を持ってたからね。魔術を使う才能、その色、他の子が灰色の中で君だけに鮮やかなそれが見えただけ」
「……」
「だから君に教えたし、君は伸びた。『普通の子』では伸びなかっただろうね」
「……。……あ、れ?」
「……総量の平均的な灰色の魔力に教えても、それは『早熟』なだけ。実際にそれをやったとして、中等部どころか初等部で頭打ちになる性能を入学直後にも大体再現できる程度だったんだよ」
「っ! ま、待って、それって……!」
……だから言いたくなかったんだ。
「そう。……僕はね。魔力総量が平均以下だった。最初から未来のない凡才の優等生なんだ、だから最終的に半数以上に抜かれる神童。魔力視があるから……そう、下手に魔力視があるからそれを入園前から分かっていたんだよ」
「そ、んな……!」
フローラは目を見開いて、そしてまた泣きそうに目を細めて伏せた。
それは、彼女に対するあてつけのようで、あまりしたくない独白だった。
他人の才能が見えるから、自分の才能も客観的に分かる。良い方にも、悪い方にも。それが、魔力総量の少ない人間にとっての魔力視だった。
フローラは、成績は悪いけど、人間の機微には聡いから……これだけ喋れば僕がフローラより劣っていると分かっていた上で、いずれ追い抜かれることも分かっていてフローラに教え始めたということも理解してしまうだろう。
「君に教えて貰った、ちょっと珍しいけど、そこまで珍しくない。まあそんな魔力視でね。責めたいわけじゃないんだ、それだけは分かって欲しい。だから秘密にしていた。……こんなに君を悩ませるようなすれ違いになるとは思ってなかったけどね……」
そう言って再びソファに体を沈めた。