はぁーっホント、ホント私って……
アクアドラゴンの討伐はあっさり終わった。ドラゴンスレイヤーの称号だけど、ちょっと私がもらうのは気が引けちゃうかな? それぐらいフレイの活躍で終わった。
そのことを伝えると、
「ファイアードラゴンが出たらアタシはお手上げなんだから、その時に堂々としてたらいいわよ」
なんて言ってくれた。名誉を求めているかと思ったけど、意外とそういうところに気が配れるのが彼女の特徴だった。これも話して分かったことだった。力と爵位には驕らず、等身大で戦えない人のために義務を全うしたいと言っていた。うおおかっこいい、さすが男爵様の娘、『伸び伸び帽ベージュ』ってやつだね!
「まさかそれ、『ノブレス・オブリージュ』のつもり?」
そうそうそれそれ。
「ってリオ!?」
「めっちゃ頭の中の声が漏れてたよ……」
「は、はずかしい……」
「教養のなさは知っていたけど、Sランク間近の大魔術師が伸び伸び帽ベージュとかイメージ完全崩壊だから外でソレはやめてね?」
「ふぁい……」
とほほ、ぐうのねもでません。我ながらぽんこつ具合がすごい。ていうかフレイの方が絶対頭いいよね。いやまって、フレイより頭が悪いってあっこれやばい超ショックだ。
「あんた言うこと欠いてそれ!?」
「ひえーっまた声がもれてたー!? ごめんなさーい!」
そして私は二人の前から退散した。逃げるが勝ちってね!
そんなわけで仲良く(?)討伐任務を終わらせていった。なんかすっごい怖い顔したトレントしかいない森と、水属性とか絶対意味なさそうなブラックスライムとかいう強そうなやつ。フレイがどっちもさくっと片付けてしまった。
露骨に平民見下しているムカっときた依頼主も、貴族かつ魔術剣士のフレイを見ると面白いぐらい態度を軟化させた。
どれも報告に行くと、いつもの受付さんに、リーダーの私の功績のように褒められた。
えっと、私、ほんとに役立ってます……?
ま、まあ次があるさ! 大丈夫!
-
「エルダーリッチ2体以上か……」
「えるだーりっち」
「どーしたのよフローラ、固まっちゃって」
こ、今度こそ活躍できると思ったんですけど……死霊系ですか……。
「エルダーリッチって……私の闇魔術じゃダメだよねー。フレイの火魔術とかで燃やせないかな?」
「むしろ剣で切れないかしら?」
「ダメに決まってるでしょ」
リオがすっごい呆れた顔でフレイを見た。あっフレイも脳筋ぽんこっつだ! やったね!
心の声を読まれたのが、ものすっごい鋭い目で睨まれた。あわてて目を逸らした。
-
その場で、その日の討伐任務への会議はお開きとなった。これが終わればSランク間違いないと言っていただけに、なんとか打開策を探すと行って、そうしてリオは部屋で一人になった。
そして、いくつか軽い任務をこなしていると、リオがフレイを連れ出した。何を始めるんだろう、何か打開策でも思いついたのかな。新しい火魔術とか
「ホーリーランス!」
フレイの声が聞こえたと同時に、窓が光り、轟音と共に地面に大きな穴を空けていた。
……え?
-
エルダーリッチの討伐は、Sランクへの昇格の条件だと取り付けて依頼を受けた。そして実際に任務を行うのだけれど……だけれど!
「セイントビーム! ッ! …ッ! ッ! ハッ!」
目を眩ませるような光の線の数々が無詠唱で放たれると、エルダーリッチの体に吸い込まれたり、突き抜けたり、頭を削ったりする。周りの下位とはいえ強力なリッチの大群も、光で出来た大槍、大量の光の矢の数々になすすべなく滅んでいった。
あのあの、これ、私、いる意味なくないですかッ!?
「いやーもー期待の新人さんにおまかせするっすわー」
「私はどーせダークメテオとかカオスフレアとか効かない魔術しか使えませんよーだ」
いじいじ。
「ふ、フローラ! 今回たまたまだから!」
「やっほー後輩任せのリオくーん。それもうずーっと聞いてる気がしまーす。フレイちゃんにおまかせしまーす。いっしょにのの字ゲームしよー」
「ああもう! 配下の火炎を纏ったヘルハウンドとケルベロスの大群がフレイのところに行くよ!?」
そう言われて敵の方を見ると、明らかに火属性では倒せそうにない黒くてデカイ狼の大群がフレイに狙いを定めていた。
「えっうっわマジだ! フローラ援護します! ダイヤモンドアローレイン!」
そう宣言して、氷の矢でできた豪雨を降らせて敵を蜂の巣にしていく。蜂の巣! また蜂蜜のお菓子たべたいなー。あれどこの討伐任務に行った時だっけ、報酬の銀貨よりめっちゃ嬉しかったやつ。近所になかったから南かなー。
「……フローラ、また心の声が漏れてるよ……」
……ええっ!?
「やっぱこいつはリーダーよ、肝の据わり方が違うわね……おまけにちゃんと強いし、頼りになるわね」
フレイはこちらを見て苦笑していた。見てみたらもはやリッチの大群はいなくなっており、残るは火属性の魔物だけだった。
ちょっとふてくされながらも、最後にリーダーっぽいことが出来てなんだかんだ満足なのでしたっ。
-
エルダーリッチの討伐を報告したら、ギルドの職員さんから昇級が言い渡され、周りからたくさん祝福された。ついにやった……! 私の憧れ、王国のヒーローSランク!
ギルドで揉まれつつも、今日はパーティの家で祝賀会をしたかったので、3人で戻った。
「Sランク昇格……しましたーっ!」
「イエーーイ! やったね! 私たち本当にSランクなんだ!」
「うんうんやったじゃん。よかったわね!」
「いや君もだよ?」
「ほとんど二人の功績だから実感わかないわねー」
あっ最後の方のAAAランクほとんどこなしちゃった子がなんか言ってるぞ。
これはイヤミってやつだね! ママが言ってた! わたしはくわしいのだ!
とまあすっかり始める前から飲んでいた私は、フレイと一緒にできあがっていた。リオは追加のお酒を買いに行ったらしいけど、いつ行ったかあんまり覚えてない。ごめーん!
「で、さ」
「はい?」
「あんたら、付き合ってないの?」
「ぶフゥーーーーっ!」
「うっわバッチ! あんたの顔でやっちゃいけない行為よそれ!」
「つ、つ、つきつき! つきつき!? きつつきつっつき!?」
ななななななにいってるの!
いや私がなにいってるの!
今なにいったの!?
「アッハッハハハ今のフローラすっごいおもしろいわ! 男どもも幻滅するわー、いやファン増えっかな……?」
笑ったと思ったら急に神妙な面持ちになったけど私はそんな場合じゃない。めっちゃ動揺していた。
「きつつき? きつつきちがう」
「いやーウブな反応しちゃってまあ。てっきりなんかあるかと思ってたのにさ?」
「な……ないですから! やらしいこととかないですから!」
ないですからーっ!
「取られちゃうぞ?」
「っ!」
……! 取ら、れ……?
フレイが耳元で囁いた一言に、一気に目が覚める。
「あははやっぱ意識してんじゃん」
「……う〜っ、今日のフレイ格別にイジワルです……」
「酔ってるからね!」
グラスを持ち上げて人なつっこい満面の笑みを浮かべる。
「そういうフレイはどうなんですか〜?」
「ん、何? アタシ?」
「聞きたいで〜す。コイバナききたいで〜す」
反撃してやろ。そういえばあまりこういう話ってしたことないんだけど、どうなのかな?
「騎士学校ではなんもなかったというか、男を返り討ちにしちゃったというか」
「わあ、フレイらしい」
「いやアタシらしいってあんたアタシのこと何だと思ってるのよ」
「すっごい脳筋」
「……もう否定しないわ、まあぶっちゃけ自分より弱い男とは付き合わないって言ってたし……」
その姿はすごく目に浮かぶ。きっと魔術学園の頃と何も変わらなかったはずだね、フレイだし。
「ってわけでなんもなかったんだけどさ。うーん、いやさ、言っちゃうと……」
「うんうん!」
「あんたたちに遠慮してるっていうか」
「うんうん……え?」
私、たち? に遠慮している?
「いや、二人付き合ってるもんかとばかり思ってたけど……なにこの流れ、私がアタックしちゃっていいの?」
「え……それ……って…………」
それに該当するのは……もちろん一人しかいない。
「アタシの人生で見ていた男って彼だからさ。だから、やっぱ一番頼りになると思うし、一番かっこいいとも思え……は言い過ぎか。でもま、わかるでしょ」
「そ、そう……なんだ……あはは」
理解している。どうしようもなく理解しているし、彼女がそうなるのは当然だった。だって私と同じなんだ。私と同じ。
だめ、だめ、今日はフレイのおかげで憧れのSランクになれた祝賀会。
明るく、明るく返さないと。あかるく……。
「そう、そうだよね! フレイってば最近ずっと一緒にいるもんね。よく、喋ってる、し。最近も魔術とかリオはフレイにつきっきりだったし、すごく、強いし。顔も、いいし。スタイル、いいし……」
明るく言おう言おうと思っても、段々声が弱くなっていく。なんて言ったらいいのかわからない。次の言葉が続かず目を伏せる。
「しないよ」
「……え?」
「アタックしないってば。ていうかあんたってば世界の終わりみたいな顔しちゃってさー、もー」
「うあ、う」
彼女が頭をガシッとつかみ、地の底から出たような声で言う。
「……ずっと一緒にいて? よく喋ってて?」
「う」
「クラス一かわいくておっぱい超でかくておまけに大会で優勝しちゃって?」
「ああ、あの、あのあの」
「イヤミかあんたってやつわーーーーっ!」
「わーん! ごめんなさーーうっうおおお!?」
頭をグリグリしてきた痛い痛い! いやっあのちょっとまってマジやばいこれ中身出る! ふおお今絶対乙女がやっていい顔じゃない見せられないヤバイ!
「はぁ……もうっほんとマジでアイツが横取りされたら廃人なっちゃうんじゃないのあんた。アタシそんなの嫌よ」
「……う、はい……」
開放された。本格的に天使のお出迎えが見えかけていたけど……頭がチカチカする。うん、次はもう言わない。本気で怒ってたアレ。
なんてこった、イヤミはやはり言っちゃダメなのだ。ママは正しかった。イヤミのつもりはなかったけど。……とはさすがに口が裂けても言えない。次あのSランク騎士の腕から放たれる必殺のグリグリが来たら絶対中身出ちゃう。
「ていうかなんなのよ、アタシが泣きたいわよ、負けず嫌いで通してきたつもりだけどアタシがあんたに勝てそうな要素ないじゃないの」
「そんなことは……」
「はー。なんか酔い醒めちゃったなー」
フレイはおもむろに立ち上がると、「じゃ上行ってるわ」と席を立った。
「あでも、あんまり遅いと取っちゃうかもよ?」
え?
「アタシの欲しいモノは、いつも決闘で取ってきたから。ね?」
と、猫のような気まぐれな顔をして「また明日ね」と階段を上っていった。
そのフレイに笑顔で返したつもりだったけど。私の顔は緊張と恐怖で固まっていた。
そんなやりとりをして階段を見ながらぼーっとしていたら、リオが帰ってきた。人の気も知らないでしらふ同然! 今度こそ一緒に酔うぞ—!
「酔いは醒めた! なのでもう一度酔おう!」
「いや飲まないよ!?」
「おまえのせいだぞー!」
フレイとの会話を忘れるように、帰ってきたリオに酒を突っ込んだら一瞬で酔いつぶれてソファに倒れた。えっリオまじでめっちゃ弱い……。というか腕力も意外とないですね? あれひょっとして討伐任務で変な筋力ついちゃった? やっぱりゴリラ女? ていうか無理矢理押し倒したら私の方が勝ちそうですね?
…………いやいや! な、何考えてるの! 無理矢理押し倒すとか!
「すう……すう……」
「…………」
……ああもう、人の気も知らないで、無防備だなあ……。
そんなリオの顔を近くで見ようと私は顔を近づけて、至近距離で寝顔を見て。口から漏れる寝息を聞いて、口を見て、ああちょっと唇かさついてるな、とか思って。自分の唇が乾燥してないか触って、あっ柔らかいなーなんて確かめて。……そして…………私は…………
…………もちろん何もしませんでした。はぁーっホント、ホント私って…………。
-
「き、昨日はごめんね」
朝起きてすぐ、リオには昨日のことを謝った。さすがに悪い気がしたのだ。
リオは笑って許してくれたけど、何をしようとしたか知ったらどんな反応になるだろう。
……どんな反応になるだろうなんて、そんなことを気にして10年以上経ってしまった。
「今日ね、久々に二人きりで話をしたいんだ」
「二人きりで?」
「うん」
そして顔を洗ってくると言って、少し外に出た。
-
もしも、彼に出会わなかったらどうなっていただろう。
私は今でも火魔術をつかっていただろうか。右手に杖を持って、学園教員の直感という言葉を信じて。
右手に杖を持ち、頭に苦手な属性を思い浮かべる。
「これをやるのも久々だね。……ファイアボール!」
今ではそれこそこんなやり方でもそこそこの威力は使える。そこそこ。Sランクの魔術師が使う、12歳のリオ程度のそこそこ。
魔術大会なんて、予選落ちだっただろう。私は、リオとフレイの試合を見て、何をしただろう。いや……何も出来なかっただろうな。
だって私は、本当に普通の女の子だったのだ。冒険者物語の英雄なんて夢のまた夢。パパとママに、入学式で第一組に入ったことを自慢して、それだけ。
そしてすっかり馴染んだ左手に杖を持ち替え、小さなウォーターボールを出す。その水を私は自分の顔にぶっかけた。彼の風魔術で、塗れた顔を乾燥させた。
よし、行こう。
-
戻ってくると、フレイは既に外に出ていたようだった。話を通してないけど、きっとフレイのことだ、気を利かせてくれたんだろう。パーティの先輩なのに、いろいろ後輩に助けられまくりだなあ。
正面にはいつもどおりの彼。すっかり見慣れた顔。そして私にとって……
私は、私が溜め込んでいた10年以上の嘘と隠蔽を告白する。
その上で、許してもらえるなら……許してもらえるかな……。
いけない、気を奮い立たせないと。
と思っていたけど。
「わ、私を……私を、見捨てないでぇ〜……ふえぇぇ〜ん……」
だ、だだダメでしたー! 完全にただの愚痴になっちゃいました!
ごめんなさ〜〜〜い!!