わかっていた。わかっていたことじゃない。
計算ミスしていたので数字を変更しました
魔術大会。どうやらフレイが来ているらしい。気になって遠目に見たけど、なんだか髪も伸びて綺麗になってた。
いやだからなんだっていうの。はいはい気にしない気にしない!
トーナメントを見ると、私はB、リオはAブロックだった。決勝まで対戦はなし、しかも私はB16回戦。気長に待とう。
そうして私はAブロック第一回戦を見た。リオとフレイがいた。
のんびり観戦して、自分の試合の参考にするだけのつもりでいた。
結果を見て、頭に血が上った。フレイあなた、どうしてそこまで……!?
彼女は確かに魔術大会の規定どおり全力で戦った、戦ったよ。でもね、やりすぎじゃない……!
「彼の高速発動したマジックシールドがかなり厚かったからこの程度で済んでいるものの、彼が防御でなく攻撃に出ていたら今頃即死です」
……。
ヒーラーに運ばれるリオ。小声で「流血がひどい」「息があるか」「壁が溶けてる」「炭になってないのが奇跡だ」という断片的な言葉が聞こえる。
頭が熱を持つ。何も考えられない。ちかちか光る赤い絨毯が目の前に広がったと思ったら、視界に暗幕が降りたようになった。
—————————。
頭の中から鮮明に声が聞こえたのに、何を言っていたのか分からなかった。どうやら私は気を失ったらしい。
リオは面会謝絶だった。そこから病院に移送されたと聞き、もちろん病院にも面会に行った。全身包帯の、それが誰か分からない状態の少年は、病院の個室でずっと眠っていた。
私は毎日会いに行った。でも、一度も起きている姿は見られなかった。病院の人も、ずっと眠っていると言っていた。呼吸も浅く、このまま生きていけるか心配とも言われていた。
会いに行くたび、目の奥から赤いカーテンが視界に降りてきた。これ、血が上っているんだな、とどこか他人事のように感じていた。
私は試合で、勝った。順調に勝った。リオに教えて貰った水魔術を、その場で初めて披露した。教師は初めて私が水魔術を使う姿を見て私に話しかけようとしていたが、私の顔を見るなり何も言わずにその場を離れた。仲の良かった女生徒も、試合後の私の顔を見て、声をかけずにそそくさと立ち去った。よほどひどい顔をしていたのだろう。水魔術だけを使って決勝まで進んだ。
決勝で正面のフレイを見てからのことは覚えていない。
結果から言うと、優勝していた。
……フレイが同じように医療室に運ばれたと聞いて、冷静になった。そのまま表彰台で愛想笑いをしながら、頭は別のことを考えていた。
私の。私のツケを全部彼が払ったんだ。
初等部の彼と彼女なら、全力でやりあって、全力の一撃をぶつけて、そしてお互いの全力を防いでいた。きっと彼らはそうした。3年前、そうだったから。
でも彼は、彼は違う。この3年間、私は、私だけは知ってる。3年間を。私が教えて貰っている間は練習していない3年間。
もちろんフレイは知らない、それは彼女の責任じゃない。
決勝は、怒り任せの八つ当たりだった。自業自得なんて声もあったけど彼女は何も悪くない、この結果は自分が招いたのだ。
私は、フレイが期待していた彼の3年分の練習を、実力を奪った。そして7年分の彼の指導でついた力で、2年分の彼の指導を受けたフレイを叩きのめしたのだ。
どこか上の空で教師や友人の優勝おめでとうを聞き流すと、走って病院に行った。包帯だらけの彼は、まだ眠ったままだった。やがてフレイが別の病室に入る音が聞こえてきた。優勝の喜びなんてものは全く湧かなかった。
二人が羨ましかった。だから彼の時間を独り占めした。それをずっと黙ってきた。
その結果がこれ。
わかっていた。わかっていたことじゃない。
そのまま家に帰り、部屋のベッドに潜り込んで自分の体を抱きしめた。
———彼の寵愛で彼女を叩きのめすのは気持ちよかったでしょう?
頭の声を否定しようとして、喉の奥の痛みが大きくなった。鼻の奥だろうか。それから自分は泣いているのだとようやく気付いた。
-
リオは起きているらしかった。何を言うか考えてなかった。
「へへへ、仇は取ってやったぜ。安らかに眠りなボーイ」
「いやいや死んでないから」
「あはは」
……拒絶される可能性を考えている自分をごまかすように、ただ明るく茶化すように話しかけてみた。軽く返ってきた。安心した。
例えば、女の子が怖いとか、魔術師が怖いとか……
……自分の教え子が怖い、とか。
そういうことはなかったようだった。少し緊張がほぐれた。改めて思うと、それはフレイへのあてつけのようであり、その実完全に自分のための確認だった。
「ていうかフレイあんな無茶苦茶やる子だと思わなかった……明らかにやりすぎだったし!」
「あれは、その、僕が悪いというか」
「いやなんでそうなるの!?」
急にフレイを擁護したので頭に来た。でも、彼の言っていることは私自身が分かっている。それなのに頭に来た。頭に来た自分に、頭に来た。
「多分……あいつ、僕ならこれぐらい受けられるだろうというつもりで撃ったんだと思うよ。当時の拮抗した実力だと、順当に成長してそれぐらいにはなってるかなって」
「……」
……やっぱりそうなんだ。
「だからそれに関しては、あいつは」
「ねえ」
自分で思ったより強い声が出た。
「それ……わたしのせいだよね……?」
やっと言えた。遅すぎた。
「な、なんでだよ?」
「だって、君っていつも、私の魔術を教えてたじゃない」
「まあ、そうだね」
「ねえ……その間さ、君って魔術の練習してた?」
「してはないよ。知ってるでしょ」
それは教えている時間は自分のことをしていないのだから当然のことだった。そしてそれは魔術の練習を教えていた彼が一番知っている。
後悔した。やっぱり彼は、初等部相当の力のまま挑む羽目になったんだ。そしてリオは、勝てるはずだった試合でこうなってしまった。
胸から溢れた黒いヘドロが、口から出るようだった。
「やっぱり、私に教えていたから、だからっ……!」
———そうだ、フローラが、リオをやがて殺すのだ。
心臓が圧縮され、黒い涙が出てきそうだった。
だけど、
「ううん、違うよ」
「え?」
今度は彼から、はっきりとした声が聞こえてきて思わず聞き返した。リオがまっすぐ私を見ている。こんなに力強い目は初めてかもしれない。
彼の本気の気持ちが伝わる。
「僕が教えたかったんだ。本当に、君がどこまでいけるか見たくなったというか、いやそれも言い訳かな、もうフローラと一緒に放課後練習するのは僕にとって日常の一部というか、あの時間のない毎日なんて退屈すぎて考えられないというか、一緒にいたいだけなのかもというか……ええと何言ってるかわからなくなってしまった、とにかく、そんなかんじ、です」
そんな彼が。こんなになるまでボロボロになった彼が、あまりにも迷いなく答えるから。
澄んだ眼で私を見るから。
———。
彼に、何もかも許されているようで。
——。
9年分のヘドロが、さらさらと空気に溶けていくのを幻視して。
—……。
「う…………あう…………あうあうあうあう…………」
自分のことながら呆れるしかないんだけど。
現金な私は、そんな彼の本気を感じる声に、すっかり心を救われた。
救われたっていうか、ほとんど後ろを向いて真っ赤な顔を隠すのに必死になっていただけだったけど。
思えば、救ってもらってばかりだった。
初等部で彼に声をかけて貰ったことから私たちの関係は始まっている。
それから彼に正しい道を教えてもらった。
新しい道もたくさん教えてもらった。
今日は……半ばやけになり傷つけるつもりで傷ついたら、傷だらけの彼に癒やしてもらった……。
私は、何を返せるだろう。
「将来どうするの?」
それは突然ひらめいた質問だった。
「突然だね?」
ほんとだね。
私はまた。本当のことと、少しの嘘をついた。ちょっと調子にも乗った。でも、今度は声は聞こえなかった。
濁った泥水は、体の中で黒い宝石になっているようだった。