リオくんの……彼の能力が知られたら……
何かの冒険者物語に偶然にもそんなかんじのすごい目みたいな話があったのをパパの本のうちの一つから知っていたけど、ちょっとその子のことがなんとなく、ほんとになんとなくだよ? 気になった私は、パパに聞いてみた。「マイナーなの覚えてるねー、あれは魔力視のやつかなあ」と言ってた。魔力視! さっそく調査だ!
……ごめん、なんだっけ数十人に一人とか、すっごい適当なこと言った気がする。
王国に8人。公国に3人。魔術師の少ない帝国は0人だった。全然数十人に一人どころじゃないね。
そのことを伝えようと思ったけど、なんだか彼だけの秘密を知っているのが私だけというのが嬉しくて、秘密にしていたんだ。
更に気になった私は、先生に質問をした。
「魔力視……ですか?」
「そうです! 先生しってます?」
「面白い知識を知っていますね……ええ、王国にも何人かいますね。非常に珍しい上に彼ら自身が王属魔術師ですので、なかなかお会いすることもないと思います」
それを聞いて、リオくんのあまりの貴重さに、ちょっとくらっときた。
「……もしかして何か、魔力視に関して、知人でもいましたか?」
「あっいえ、そうじゃないです! 両親から冒険者物語で聞いて面白い話だから気になっちゃって! その、あっありがとうございました!」
「ふふ、そうですか。もし魔力視できる人がいたら教師としては最高峰です。教えてくださいね」
「はーい!」
……どうしよう。彼は、リオくんはかなり特別な存在だった。
左手。水の色。水魔術。確かにそう言った。そしてその通りにした、その通りに魔術が使えるようになった。
私は……その彼に、魔術を教えて貰っている。昨日も。今日も。
———教師としては最高峰です。
最高峰の教師。私はすっごいラッキーだった。たまたま、たまたまリオくんに見つけてもらった。そして指導を受けた。だから一瞬で上達した。おかげで今では私は火属性でさえ成績上位キープ組の優等生魔術師なのだ。
でも、でも、リオくんの……彼の能力が知られたら……。
———期待していましたけど、まあそこそこですかね。
彼が、私の教師が、取られちゃう。
私は、自分のために。
自分のためだけに。
リオくんを私だけの秘密にすることに決めた。その才能を羨ましいと思いながら、そして誰にも知られたくないと思いながら。いつばれるかわからないこの秘密を、隠し通すんだ。
———卑しい女だ。
———たまたま拾ってもらった凡才のくせに。
……? あれ? さっきのは前言われたことの回想? それとも……?
私の頭の中でそんな何かの声が聞こえた気がした。
-
彼女の来訪は突然だった。
「フレイ・エルヴァーンよ! うちは男爵家なの、よろしく!」
フレイ。ところかまわず喧嘩をふっかける女の子。男子は激高して挑むものの、彼女に返り討ちに遭う。に、苦手だなあ。
「あんた、なかなか強そうじゃない、アタシと勝負しなさい!」
「あんたも大したことないんじゃないの?」
「自分の方が強い? ならあんた、ちょっと実技で競ってみない?」
「見た目がいいのはガタイだけだったわね」
「———で、お前一番強いんだって?」
リオ君との決闘になるのは時間の問題だった。心配だった、なんといっても彼女は強いのだ。でもリオ君もつよいのだ。私は心の中でリオ君を応援した。
次の日、リオ君は勝ったと聞いた。きっとそうなると信じていたけど、だけど……すごいなあ。
でもそこで私の心をざわつかせることが起こる。リオが彼女に魔術を教えることになったのだ。
「な……なんで?」
「実はね、フレイに魔術を教える代わりに、勝負するのを控えて貰うようにしたんだ。あ、もちろんアレのことは内緒にはしてるよ」
違うの、そういうことが聞きたいんじゃなくて。
「それは……うーん………………仕方ない、かなあ。私もね、正直言っちゃうといつ勝負もちかけられるかちょーっと怖かったんだよねー……」
そういうことが言いたいんじゃなくて。……でも、それは当たり前のことでもあった。私だけが特別なわけじゃない。それはやっぱり……
「でも……フレイかあ……。ううん、でも、仕方ない、かな……?」
……仕方ないよね。
———仕方なくなんてない。納得してない。
……リオ君は私に自主練習を言い渡して、フレイの指導を始めた。私は彼の練習メニューをこなすと、順調に強くなった。
そして当たり前のように、フレイは私の成長速度より圧倒的に早いスピードでデタラメに強くなった。
2年の自主練習期間は長い。実際ちゃんと強くなった。だけど私は、その2年間、授業でリオ君を見ても、休憩時間に一緒に食堂に行っても、どこか空白めいた期間に感じていたのだった。
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ある日、フレイはいなくなっていた。急な転校だったと教師は言っていた。クラスではあれこれ言いたいことをいっているクラスメイトがいたけど、私はそれらのことばは全く頭に入ってこなかった。
彼女は転校した。私は安堵した。
……安堵した? 私は、フローラは、フレイが転校して、ほっとした?
よかった?
そのことを一日中考えていると放課後になった。リオ君はフレイの机を見ていた。私は彼の隣に座る。
「……寂しい?」
「うーん……そう、そうだなあ。賑やかだからねー彼女。確かに寂しいっちゃ寂しいかもしれない」
「そう……」
そうだよね、最近ずっと一緒にいたし。
私もリオ君に教えて貰った4年間が、突然自主連になった時はそんな気持ちになったんだよ。とは言えなかった。
「一緒にいた時間が長いからかな、あのやかましさが懐かしいね」
「……そうだよね」
フレイの席を見る。私も私なりに、フレイのことはうらやましいと思っていたし、なんだかんだ尊敬というか、強くてかっこいい女の子という意味では憧れていた部分もある。
パン、パンッ!
「ハイこの話ここでおしまい!」
はへ?
「それではフローラさん」
「はっ、はひっ!? なんでございましょうでしょうかっ!?」
逆光で彼の顔が見えない。さっきまでのノスタルジックなリオ君が急に元気いっぱいになって声をかけてくる。なんでしょうか、なんでしょうかございまあっさっきめっちゃ噛んでた!
「今日からまた、魔術を見せてね。」
「……あっ」
そうだ、フレイがいなくなったということは、つまり……!
……彼の指導が返ってくる!
———カエッテクル?
何か、喉の奥につっかえるようなものがあった。
気にしないようにしようとして、
———自分の持ち物みたいな言い方ね。
……。
———彼の一番じゃないから。
……やめて。
———あなたは彼だけだけど。
———彼はあなただけじゃない。
「っ!」
「だ、大丈夫?」
今のは……ううん、気にしないようにしよう。
「うん……えっと、それでね?」
「明日にしようか? なんだか」
「ううん! 今すぐがいい! 今すぐだね! やったね! もう一人は飽きちゃってリオ君欠乏症だよ〜! また私のこと見てね!」
そうやってさっきまでの頭の声を忘れるように必死に笑った。大丈夫、ちゃんと本心。本当にこれは本心。だから笑えてる。……笑えてるよね。
-
「じゃあ……いくね! ウォーターカッター! ヤッ! ハッ! フッ!」
彼の自主連メニューはさすがになかなかなもので、その通りにこなしていたら、いつの間にか結構な強さになっていた。すごくない? もう入学式の頃の私じゃないよ!
「……おどろいた。これ授業で隠してる、よね?」
「えへへ……いやぁ……お恥ずかしながら、目立つと私も決闘させられそうだなあって……」
「ええと、一応もう大丈夫だって確認したよね」
「うん。でもでも、やっぱりそれでもちょっと目立っちゃうのはあんまりなーって思っちゃって」
華々しく活躍したいという気持ちはあったけど、本音を言うと、そんなに急に上手くなったら、リオ君に教えて貰っているのがばれるんじゃないかと思ったのだ。
「それに、フレイと勝負をしたくなかったというより……男子軒並み倒してる女子を私が倒しちゃうのって、なんかこー、やだなーっていうか、へんなあだ名つけられそうというか悪目立ちしそうというか……。
君はどう……? 私がそんな、えーっと、ゴリラ女! とかでどん引きする?」
おちゃらけて言ったけど、内心かなりびくつきながら聞いた。男の子にはプライドがあるって知ってるし、リオ君が私に対してそういう引け目を感じてしまったら、それは、その……悲しい。うん悲しい。泣いちゃうかも。
「しないしっていうかそもそも僕は君の魔術威力最初から知ってるし、…………ていうか君の見た目でそんなひどいあだ名つける男子とか絶対いないと思うよ」
「えっ?」
「ああいや、なんでもないよ」
聞こえた! 聞こえたよいまの小声! そうですご存じ私は地獄耳なのです!
私の見た目であだ名ゴリラはリオ君的にありえないそうでーす! あっいけない私今顔にやけかけてるナシナシきこえませんでした! ……えへへへへ……。
「……ところで、さっきの魔術の発動見ていて思ったんだけど」
「うんうん! 何かあったかな!」
「体内の魔力から緑の光が出ている……たぶんフローラ、僕と同じ風魔術右手から出るよ」
「リオ君の!? や、やってみたいやってみたい!」
リオ君のあの風魔術を私も使える……! 憧れの男の子に近づくチャンスだ! 私はその提案にとびついた。
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中等部でも、彼は教えてくれた、でも彼は、自分の練習をしていない。
ある日、リオ君は1位ではなくなった。しかしそれを気にする様子もなく私の練習につきあっていた。そしてそれ以外の時間をずっと図書室で過ごしている。
大丈夫なの?
そう聞けない。教えてくれる間、どんどん魔力は伸びるから。魔術が強くなるから。
自分の練習はしないの?
そう聞いて、私の練習が止まるのが怖かった。
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「やっほ、今日も学食一緒に食べよ」
今日もいつものようにリオを誘った。これだけ一緒にいると他の女子からも噂されるけど、特に何もないのだ。彼も噂されているに違いない。でも何もないのだ。でも、こうなるとそれもいっかなーなんて思っちゃう。
噂といえばさすが私はママの子、私は中等部に入ってから男子からの告白が相次いだ。……けど、全てお断りした。
昔いじわるしてきた男子だったり、告白中におっぱい見てきたりしてた男子なのだ。うん、ごめん普通に無理。「やっぱり、レナードなのか?」と言われたけど、「うーん、違うかな?」と曖昧に返していた。
あまりにも長い間いすぎて自分でもまだ気持ちに整理がついてないのかも。というか告白直後にそんなこと聞くデリカシーのなさがナシです。
ていうかリオは他の子に告白とかされないのかな? 結構悪くない見た目と思うし、なんてったって成績上位だし……あっされてたらと思うとすっごい気になってきた! 聞いてみようかな。
……ん?
おや……?
……おやおやおやおや!? あっ目を逸らした!
「おおっ!?」
「あっ……。……ええっと、もしかしなくても、気付いてらっしゃるでしょうか……?」
もちろん気付きますとも! 女の子はその視線にメッチャ敏感なのだ! なんてったって女の子はずっと男の子の目見て喋ってるから目が合ってない瞬間ばっちり完璧わかるからね!
「んっふっふ〜、胸でしょ。いやーリオも興味あるようで安心したよ」
リオは顔を赤くして俯いている。これはいい反応いただきました!
「いいよいいよ、他の男子はもっと見るし……っていうか胸しか見てないし……なんか教師とかも会話してても目合わないし! アタシの口おっぱいについてないぞっ!」
「あははなにそれ」
軽く言ったけど、おっぱいジロジロ見ながら話しかけてくる教師はホント頭にきていた。こんな男からも女からも悪感情受けるモノなくていいのに。……とさっきまで思っていたけど。リオが興味あるというのなら、まあ、うん、これがでかくなった甲斐もあるというもの。いやむしろ、リオが私よりおっぱいでかい子ガン見だったらそれは……って、私何考えてるんだろ。
「じゃ、先に練習場行ってるね」
考えを振り切るように、彼にそう言った。
「分かった、図書室で書籍を交換したら後から行くよ」
やはりリオはどちらかというと魔術練習よりも書籍の方にお熱のようだった。冒険系? 物語系? 本のタイトルを盗み見たら……『世界樹の歴史とその能力』? 今度読んでみようかな。
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一人で魔術を練習し、そしてリオが後から来るという関係がそれから卒業間近まで続いた。
……彼の指導をもっと受けていたい。彼の実技を心配しているけど、彼の能力をふんだんに自分のために使いたい。憧れの最強魔術師さんになれる。彼のおかげで。彼の練習時間を犠牲にして。なったらなにをしよう。彼の役に立つことをしようかな。
何か私は、自己矛盾のようなことをやっている気がする。でも練習で魔力がなくなった頭はふらふらして、魔術は強くなっていて、種類は増えて、彼は笑って、それが嬉しくて……。
彼が使える風魔術は、いつの間にか私も全部使えるようになっていた。すると彼は自分の使えない風魔術も教えてくれた。それは、風属性のみのリオに比べて、水属性をメインに置きながら風属性でリオを上回るわけで……要するに私は確実にこれでリオより強くなったのだ。もちろんそんなこと、彼は分かっているはず。いや、もっと前から分かっているはずだ。
どうしてここまでしてくれるのか。いろいろ考える。
希望的観測。リオが私のことを好き。えへへ……っといけないいけない。そうじゃない場合。何か協力者? いや協力して欲しかったらそれでもいいよね。悪いこと考えてるようには見えないし。利用される? いや、利用されるならされるで、一緒についていけるならいい気もする。
———違うだろう? 渡したくないんだろう。彼を誰にも。
何か考えていた気がするけど、忘れてしまった。
リオは、長距離走者が少しずつ減速するように、上位から脱落していった。
それでも1組に入る程度には。そして魔術大会に出れる程度には。実力は高かった。
それがいけなかったのかもしれない。
———彼の指導を。彼の寵愛を。
———受けるのは自分だけ。
ごめんなさい。