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脈(5)

 食べて飲んでの行動は、移動する事を考えなければ、そのポテンシャルは跳ね上がる。家で飲むとは、そういう利点がある。

 裏を返せば太るのであるが、トイレと二人用テーブル、冷蔵庫を行き来する二人には、全く関係ない。そういう事にしたいという願望ではあるのだが。


 あれよあれよと、二人は、ポテトサラダを平らげた。途中、瞳は、忘れていた洗濯機を回しに行く。保は、ついでにスポーツタオルもお願いして、瞳は優しい顔でそれを持って行った。

 時計は午後10時45分。今度は、大根サラダが無くなった。喋りながら、飲んで食べていただけなのだが、気がついたら無くなっていたのだ。

 ただそれだけの事なのだが、素面(しらふ)だったら無理だろうと思えてしまう。他の事柄でも、似た様な風に感じる事はあるかもしれない。

 二人は、日本酒と酎ハイを飲みあげた。酎ハイの三缶は、殆んど瞳が消した。

 今は、ジンのサイダー割りを飲み始めている。保は氷を多めにして、作れる杯数を増やしていた。氷の音が、たまにする。


 洗濯機の音に反応して、瞳は、洗濯物を干しに行った。脱衣所にある、組み立て式スタンド物干しを取り出して、脱衣所の中で組み立てる。出来上がると、パラソル型のスタンド物干しに、衣類を掛けていった。Tシャツは、勿論、ハンガーに着せる。スタンドの一番上に引っ掛けた。


 ささっと終えると、瞳は、椅子には戻らずキッチンに立った。豚肉のロースで料理をする為だ。

 冷蔵庫から、下茹でしたスナックエンドウを取り出すと、半分に切った豚肉のロースを巻いていく。数にして二十個だろうか。爪楊枝を使って、8分位で巻き終わる。下味に、塩胡椒をするのは忘れない。フライパンを熱すると、ウィンナーで使った油が、じんわり溶けていく。

 瞳は、保とのお喋りにも熱心だった。喋りながら作業するのだ。女性は本当に器用である。

 フライパンの音が変わると、焼きの合図だった。瞳は、さっき準備した、豚ロースのスナックエンドウ巻きを入れる。巻いた方を下にして、全てを丁寧に並べた。ギリギリ(おさ)まった。

 焼きながらも、保との談笑も怠らない。別段、困らない距離ではあるのだが、作業中にも関わらず話が通じ合うのは、二人とも声が大きくなっているからでもあった。酒の力とは、怖い物である。


 瞳は話しながら、色が変わった物をひっくり返していった。丁度良い、茶色の焦げ目が付いている。

 焼き始めから、5分経つと、全て焼き終わった。それらを皿に移すと、瞳はフライパンに料理酒を入れてアルコールを飛ばす。醤油と砂糖も入れると、少しだけバターも入れた。照り焼き用のタレであるが、瞳は、いつもとは、少し味付けを変えたようである。

 少し煮詰めると、先ほど焼いた豚ロースのスナックエンドウ巻きを入れた。余ったスナックエンドウは、そのまま出す為に皿に盛られた。実際、軽く茹でるだけでも、スナックエンドウは甘みがあって美味しい。


 瞳は、バターを取り出す為に冷蔵庫を開けた時に、別皿の温キャベツの味噌和えを出し忘れていた事に気づいた。それも、スナックエンドウの皿の横に出しておいた。そして、さっとガスコンロ前に立つと、フライパンを軽く揺する。豚ロースのスナックエンドウ巻きに、タレが絡まっていった。全体的にあめ色になったら、皿へと移した。これで、初めてのワインを飲む準備が整ったのである。


「グラス変えますか?」


 瞳が聞くと、保は、手を横に振りながら断った。一人で飲む時はこだわるのだが、保は、こういう状況の時は、それを遠慮するのが良い事だと思っている。

 瞳が、二皿、料理を運んできた。茹でたスナックエンドウと温キャベツの味噌和えが、二人用のテーブルに乗る。そして、照り焼きの豚ロースのスナックエンドウ巻きと、ワイングラスが一つ、二人用のテーブルにやってきた。瞳は、急いでワインも取りに行く。その様子を、保は楽しそうに見ていた。父親の心境なのか。他人の初めてを見るのは、ワクワクするからなのか。

 ワインは、冷蔵庫の中に入れずに、ジンと一緒にキッチンの下に入れていた。瞳が、ワインを持って来ると、保に渡す。開けろという事らしい。お願いの仕方よりも、キラキラした目が、保には可笑しかった。

 保は、ワインをよく見た。コルク栓では無く、スクリューキャップの瓶だ。こちらの方が開けやすい。保は、右手に力を入れる。左手は、なるべく底の方を持つのがコツだ。音が鳴って、蓋が開いた。保の鼻にワインの香りが届く。そのまま、保が注いであげると、瞳は女の子のように喜ぶ。女性と女の子を上手く使える人は、多分、男性に人気がある。


 保は、入れ直したジン割りを持つと、瞳に乾杯を促した。瞳は、優しい顔でワイングラスを持つと、保と乾杯をする。そして、一口、ワインを口へと運んだ。

 どんな顔をするのだろう。渋い顔なのか、微妙な顔なのか、はたまた、艶やかな顔になるのか。

 保が様子を伺っていると、瞳は、美味しいという顔で、華やかに笑っている。


「こんな感じなんですね」


 瞳は(はしゃ)ぎ始めた。どうやら、あのフレッシュでいて、いやらしくない酸味が気に入ったらしい。フルボディを飲めば、また感想は変わるかもしれないが、取り敢えず、新たな飲兵衛の誕生である。保は、優しい顔でそれを見ていた。


 二杯ほど飲んだだろうか。二人は、(ようや)く料理に手を付けた。ワインに丁度良かったのか、瞳は箸が進む。保も、温キャベツの味噌和えが気に入っていたので、ジン割りと箸の両方が進んだ。


「これ、美味しいね。殆んどの料理が美味かったんだけど、小さい時からしてるの?」


「えっとですね・・・」


 この問いは、してはいけない物だったらしい。瞳が話始め、最初は良かったのだが、味付けについてになってくると、持論を展開し始めた。テーブルの上の例題も、一つ変えただけだったりするのだが、その違いを、保へ懸命に話してくる。

 好きな物を、たくさん話せる事は良い事である。聞いてくれる人の為なのか、自己満足なのか、わからない人も居る事は確かだが。

 時計は、午前0時を過ぎていた。


「スパゲッティ要ります?」


 瞳が、保に聞いた。ジャガイモを主食だと考えるなら、十分な食事になっている。保が、大丈夫である事を伝えると、瞳も頷いた。


「じゃあ、明日の朝ごはんにしましょう。あっ、もう今日でしたね」


 保は在り来たりな反応を見ながら、今日の寝床について悩み始めていた。


 時計が午前1時を廻ると、二人は、赤ワインの瓶を空にした。四分の三は瞳が飲んだのだが、四分の一は保も味わった。

 料理も、殆んどの皿が空になる。量を考えて、瞳が作ったのかもしれない。スパゲッティを、取り止める事になるとは思わなかっただろうが。

 瞳は、空になった皿を、プラスティックの洗い桶に水を張って浸けた。ワイングラスとワインの瓶にも水を入れて、作業台の上に乗せる。油の食器と、一緒にはしたくない。ピスタチオの袋を開けて、木の器にガガッと入れると、座卓へと持って行った。飲む場所を変えたのである。


 保は、先に、綿のコースターとグラス、ジンの瓶と氷にサイダーを移動させている。一通り終わると、氷の音をさせながら、煙草に火を付けた。瞳がピスタチオの皿を置くと、保はありがとうと声を掛ける。

 瞳は、それに反応しながら、またキッチンに戻った。今度は二人用のテーブルを拭くと、瞳は、寝室へと向かう。その音で、瞳の行き先を把握した保は、何故だろうと思った。

 暫くすると、瞳が着替えてやってくる。膝までのパジャマワンピース。ピンクのストライプ柄。この部屋のアイドルみたいだった。

 キッチンに立ったら、着替えるタイプなのだろうか。あの臭いを、寝床には持って行きたくは無いと。酒の暑さの所為か、七分丈の袖を、瞳は少しだけ捲っている。保は、素直に聞いた。


「油を使ったから着替えたの?」


「そうですね。元々、そのつもりでしたからね。それに、ゆるい感じで寝るのが好きなので。後は、保さんに任せれば良いし」


 そう言って、瞳は笑った。寝室の入口から、小走りで座椅子まで来ると、ふわっとさせて座る。チラ見せとは、こういう物なのだろう。保は、何かを隠す為に、六杯目のジン割りを飲み始めた。

 四分の一無くなったジンの瓶が、目の前で、部屋の明かりに輝いている

 既に作っておいたジン割りを、瞳が、保の隣で美味しそうに飲んでいた。少し短いのか。瞳の右足は、膝上半分まで見えている。椅子に座るより、地べたに座った方が、心臓の音が大きくなるのは何故だろう。隣り合わせの匂いは、二人きりである事を信じさせている。保は、何方かと言えば、冷静な酔っ払いなのだが。瞳の無防備が、CMみたいに流れる。


 二人は、話しながら、ジン割りを飲んだ。

 途中から、話の流れが、何故か下着の話になった。酔っ払いの話に脈絡は無い。面白いか、面白くないかである。子供みたいだなと、側から見れば思うのだが、内容は大人なのだ。このちぐはぐさが、酔っ払いの愛しい所である。関わり合いになりたく無いなら、基本的に素通りした方が良い。

 保のボクサーパンツ愛の話が終わると、瞳の頷き笑いと共に、瞳に話のバトンが渡る。


「私は、フロントホックのブラじゃないと、何か駄目なんですよね。背中に金属があるのがどうも。小学校からずっとなんですよね」


「観音開きのブラね」


 保が、ぼそっと言った。瞳は、それに笑い声で返した。ツボだったらしい。酒の所為で、浅くなっているのかもしれない。

 その後、瞳の下着談義が始まった。瞳曰く、できる女は拘るらしい。形や色、それを踏まえてのシチュエーションの話が、暫く続いた。


 時計は午前2時半を過ぎ、保は、最後に二杯のジン割りを作り、サイダーのペットボトルを空にした。二人は、乾杯をする。きっと、明日の為だろう。それから、また少し話をした。好きな音楽についてだった。

 瞳は、パンクも聴くらしい。瞳の雰囲気からは想像出来ないが、パンク好きな人の中には、たまに居るのかもしれない。予想外の事は、世の中に溢れている。

 時計が、秒針の音を少しだけ部屋に響かせるから、午前2時55分。


 カラン。


 保はグラスを空けた。片手には煙草があり、煙が少しだけ上に登る。グラスに、三分の一を残して、瞳は悩んでいた。飲み切れないのだ。


「飲もうか?」


 その様子を見て、保が聞いた。瞳は悩むのをやめると、煙草を消して一口だけ飲み、グラスを保に渡す。


「ありがとう。後は、お願いします。歯磨きしてきますね」


「うん、もちろん。片付けもするから」


 瞳は、一回蹴伸びをすると、笑顔を保に向けて、ふわっと立ち上がる。


「僕も、後で、歯磨きはするからね」


「はーい。分かりました」


 歩きながら、瞳が返事をする。保は、吸い終わった煙草を消すと、もう一本火を付けた。静かな部屋で、グラスの中身が一口づつ減っていく。

 遠くでドライヤーの音。瞳が使っているのだろう。煙草を半分まで吸うと、保は火を消した。座卓の上の物をキッチンの作業台へ運んで、あのグラス以外の全てに水を張った。ピスタチオの木の器には、ラップが上手く出来なかったから、器に一周ラップを回して掛けた。食品だが、外出しでも大丈夫な筈だ。


 保は、元の場所に戻ると、後、三口分あるグラスを、一気に飲み干した。それを持って、キッチンで同じ作業をする。後は、歯磨きをして寝るだけだ。気持ち良い酔いを感じながら、保は、ボストンバックから歯磨きセットを取り出すと、瞳の居る脱衣所へ向かった。


 コンコン。


 何故か、保はノックする。瞳が居るのだから、丁寧と言えば、丁寧である。


「はーい、入ってます」


 中から瞳の声。それだけだから、意味はわからないのだが、保は、扉を開けて入って行く。酔っ払いのおふざけだった。中で、瞳と目が合うと笑う。

 瞳は、ドライヤーのコードを整えて、引き出しへと入れた。保は、タオルキャップの無い、瞳の姿を見る。肩より少し長いが、背中までいかない髪。前髪の違いで、女性は、雰囲気が変わる。ただ単純に、綺麗だなと、今更ながら保は思った。

 保の視線に気づいて、瞳は少し照れる。が、寝る作業が先だなとも瞳は思い、歯ブラシを取り出す為に、小さな扉を開ける。


「取り敢えず、片付けて来たよ」


 保が言うと、歯ブラシを準備しながら、瞳が答える。


「ありがとうございます。早く、一緒に寝てしまいましょう。明日はじゃなくて、今日は11時ですよ、妹が来るの」


 保は、別段、普通に歯ブラシを準備していたのだが、瞳の言葉を反芻(はんすう)する内に固まる。11時に妹が来る事は構わない。その前である。


「一緒に寝るの?大丈夫?」


「はい。ダブルベッドなんで大丈夫ですよ」


 大丈夫の意味が、すれ違っている。これ以上、保は突っ込まない。どうにでもなれのスイッチが入っている。

 二人での歯磨きが終わると、二人は手ぶらで脱衣所を出た。保の歯磨きセットは、洗面台に置いてある。どうせ、明日も使うからだ。

 脱衣所を出る時に、浴室扉側に干されている洗濯物を、保は横目に見た。歳下なのに偉いなと、保は感じる。飲みながら出来る人は、あんまり居ない。たとえ、準備を前もってしていたとしてもである。

 脱衣所の扉が閉まると、瞳は寝室の明かりを付けて、今まで使っていた部屋の明かりを消した。暗がりで、保がぼうっと立っていると、寝室から瞳が手招きした。来いという事らしい。

 一瞬、部屋がツンと静まる。

 保は、ゆっくり歩いて行くと、初めて瞳の寝室に入る。お互いが、初めての反応を見る事になった。

 寝室の中は、ダブルベッドが部屋の殆んどを埋めていて、収納がギリギリ使えるという状態である。ぬいぐるみが、隅の棚の上に置かれていた。保は、それに興味を惹かれる。蛇のぬいぐるみなのだが、普通のぬいぐるみではない。

 ダブルベッドの掛け布団をめくると、瞳は、ベッドの上に割座で、保の様子を見ている。


「それ、気になるんですか?」


「そうだね。どうなってるの?これ」


 保は、立ったまま聞いた。


「じゃあ、ちょっと取って下さい」


 瞳が言うと、保は言われた通りに取って渡した。すると、瞳は、その蛇のぬいぐるみの頭を持って回転させ始める。絡まっていたのが外れて、一匹、一匹に分離した。


「面白いね。こうなってるんだ」


「でしょ。なんか、気に入っちゃって、買ったんです」


 瞳は、白と黒の蛇のぬいぐるみを持つと、少し振って、尾の部分を動かしている。保が、元に戻る所も見たいと言ったので、今度は、ぬいぐるみを回転させて戻していく。黒と白が折り重なる様を、保は何も考えずに見ている。

 元に戻ると、瞳は、どうですかという顔をした。保は、暫く、蛇のぬいぐるみと瞳を見た後、満足する。置いてあった場所に、蛇のぬいぐるみを戻した。置いた後、保が、ベッドに入ろうとすると、先に瞳が声を掛けた。


「あっ、ズボン脱いで下さいね」


 保は、そう言われて、もう不思議には思わなかった。油が付いたら着替える人なのだから、瞳にとっては、それが普通なのだろう。

 言われた通りにズボンを脱ぐと、綺麗に畳んで、保はベッドに入った。瞳は、もう仰向けになっている。保が入って来たのを見て、瞳は手元のリモコンで、部屋の照明を常夜灯にした。


「私は、仰向けでしか、寝れないんですよ」


「彼氏に甘える時は?」


「それはそれで。大丈夫ですよ。だって、そのまま寝ないでしょう」


 二人は、30センチの距離で喋っている。


「お酒臭いですね」


「お酒飲んだから、お酒臭いんですよ」


 二人は、それに軽く笑う。その所為で、足が触れる。このアパートで、二回目の接触。


 横を向く。

 顔の一部分が三回目。

 期待はしていた。

 だけど、そうなるとは思っていなかった。


 回転していく。

 上着は無い。

 白と黒と常夜灯。


 回転していく。

 温もりしかない。

 観音開きと視線と固さ。


 回転していく。

 本物しかない。

 必要と必然と本能。


 回転していく。

 欲しい物がある。

 昨日と明日と温もり。


 回転していく。

 手順が踏めない。

 白と黒とぬいぐるみ。


 回転していく。

 吐息、吐息、声。

 声、声、吐息。

 声、声、声。


 最初からそのつもりでは無かった二人は、束の間の優しさが欲しくて仕方なかった。相手の向こう側なんて、今はどうでもいい。

 一回、二回、三回。

 二匹の蛇は、そうやって絡まって眠る。

 今だけの温もりを取りこぼさぬように、夢の中で、ぬいぐるみにして置いていく。瞳は仰向けで、保が横を向いて、何かを守るみたいにくっついている。

 二人の優しい寝顔は、二人だけがわかれば、それで良かった。
























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