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あたしたちが「おでん」です。  作者: 千葉あんず
13/30

第13話、表世界から裏世界から


 ――さてさて、時は瞬く間に過ぎちゃって……


「あっ! 美少年女装男子美少女の秋ちゃん生徒会長だ! おはようございます」


「美少年なのに美少女みたいで今日も可愛いー! 秋ちゃん生徒会長、おはよぉーございます」


「みんな、おはようございます。今日も寒いね。みんな、風邪とかひかないでね」


「イイなあー、秋ちゃん生徒会長と薫子副会長、今朝もラブラブ二人で登校とか……うらやましいなあー」


「あはは! そんな、朝からひやかさないでよ」


「わぁー、照れた顔の秋ちゃん生徒会長も可愛いー」


 ――おでん生徒会発足から幾久しい日々が過ぎ去り、今は地面に落ちた枯葉達が木枯らしに舞う季節になっていて……


 日増しに寒さを招きゆく北風が吹き抜ける朝を迎えていたりする。


「ラブラブ薫子副会長、おはようございまぁーす」


「薫子副会長、今日もポニーテール美少女でステキ……おはようございます」


「いやん、えへへ! みんな、おはようございます」


 ――もう生徒会長になって何ヶ月が過ぎたんだろう……


「おでん生徒会のボク達、もう何ヶ月もイジメ撲滅運動を頑張ってるからさ、日増しに校内のイジメも減り続けてるし……おるこちゃん、今日もさ、とってものどかな冬晴れの朝になったね」


「うん、秋ちゃん。毎年12月恒例の冬将軍が暴れだして体は寒いけど……でも、イジメ激減したし、とってものどかな冬晴れの朝で心はポカポカ温かよね」


 そういえば、いつの間にか『秋ちゃん生徒会長』という呼び名が全校生徒の間で定着してしまっていたりする。


 ――んでさ、おるこちゃんは『薫子副会長』って全校生徒の皆さんたちから呼ばれてるみたいな……


 そんな河鹿薫子とボク、いつもどおりに昇降口で上履きに履き替えると、いつもどおりに2年2組の教室へ入って行ったのだった。



「みんな、おはよー」


 ――いつもどおりにクラスメイト全員へ向けて朝の挨拶を投げ掛けたボクみたいな……


「っていうか、あれ? 何で、どうして? まだチャイムも鳴ってないのに?」


 ――そう、まだショートホームルーム開始の予鈴すら鳴ってないんだってのにさ……


 なぜだか、クラスメイト全員は大人しく各自の席に着いていたりする。


 ――は? どうして? いつもならさ、勝手気ままに雑談かましまくりでヤカマシイ位に賑やかな教室内なのに?


「あれ? 人一倍ヤカマシイくらい賑やかなおるこちゃんまで大人しくなっちゃったみたいな?」


「秋ちゃん、だって、ベランダに怖い人が居座ってるんだもん。のどかな冬晴れの朝じゃなくなっちゃったんだもん」


 河鹿薫子、教室の南側にあるベランダの掃き出し窓を指差しつつ言ったのだった。


「怖い人? 居座ってる?」


 ――ああ、分かったよ。特攻服みたいな制服を着ちゃってさ、教室に背中を向けてヤンキー座りしている金髪のお姉さんのことか……


「キクリん、おはよう。朝からボクのクラスに来ちゃってさ、キクリん? そんな隅っこで何してるの?」


 ボクは掃き出し窓の方へ歩きながらヤンキー座りする金髪のお姉さんへ声を掛けた。


 すると、なぜだか、クラスメイトたちは動揺を顕にしつつ、

「ざわざわ! ザワザワ」

と、ヒソヒソ話を始めてしまったのだった。


 ――あれ? 聞こえなかったのかな? んじゃ、もう一度……


「キクリん、おはよう!」


 元々地声が小さいボクは、少し大き目な声で、今一度、掃き出し窓にヤンキー座りするキクリお姉さんへ挨拶を投げ掛けていた。


 すると、唐突にキクリお姉さんは立ち上がり、

「おでんの秋子ちゃん大ファンです! 美少年女装男子美少女の秋ちゃん生徒会長、お願いします! あたしをハグしてください!」

と、半ば叫ぶように声を張り上げ言いつつ、ボクの方へ振り向いたのだった。


「はい? キクリん? 木枯らし吹き抜ける寒空の朝っぱらからさ、何を言っちゃってんの?」


 ――っていうか……うわぁ、キクリんがボクを真正面にして立ったらさ、ザワザワしていた教室内がシーンと静まり返っちゃったし……


 そう、教室内へ背中を向けていたキクリお姉さんが教室内に顔を向けた瞬間、あたかも教室内の空気は凍りついたかの様相になってしまったのだった。


 ――ちなみにさ、キクリんは三年生の先輩でさ、泣く子も黙る、我が中学校で一番の不良炸裂真っ盛りなお姉さんなんだよ……


「いやん……目を見ると石になっちゃう……」


 ――ボクの母さん曰く、金髪キクリお姉さんは五代目総長なんだとか……んでさ、ボクの母さんは初代総長だったとか……


「は? おるこちゃん?」


 ――我が校の初代総長とか五代目総長とか、そんなこと言われてもさ、ボクには何のことだか、その実像はワカンナイんだけどさ……


「だって、だって、だって……どうしてウチの学校で一番の不良がウチの教室に居るの?」


 河鹿薫子、ボクへ静かに寄り添うと、キクリお姉さんに聞こえない様に、ボクの右耳へヒソヒソと内緒ばなしをしたのだった。


 ――そっと自然体でボクに寄り添うおるこちゃんを見た瞬間、キクリんは……


「あたしゃ馬鹿だな。いきなり他人様の教室に押し込み入り込んで、馬鹿な期待さらけ出して……秋ちゃん生徒会長の最愛の彼女を目前にしてハグしてください? あたしゃ何やってんだろな、ははは……」


 ――なんて、ガッカリしまくりな表情をボクに見せながら言ったんだけどさ……


「っていうか、キクリん?」


「あたしの憧れの秋ちゃんよ、さあ、こんな与太郎さらけ出しまくりなあたしを笑っとくれ」


 ――っていうか、あれ? キクリん、急に悲しそうにうつむいちゃったみたいな?


「おでんのアイドル秋子ちゃんが登校するの待ちわびてたのに……秋ちゃん生徒会長が登校するの待ちわびてたのに……」


「へ? キクリん?」


「秋ちゃん生徒会長には惚れた女が居ることは分かってるさ。もちろん、ラブラブ相思相愛なのも……それなのにさ、あたしゃさ、滑稽な与太郎みたいに待ちわびて……」


「えっと……え? キクリん?」


「憧れの男からハグされて慰められたい与太で哀れなあたしを晒しちゃったよ……すまない、邪魔したな。あたしゃ身の程を知りオトトイ来やがることにして、尻尾丸めて潔く帰ることにするよ」


 ――2年2組の教室は一階にあるんだけど……


 教室の掃き出し窓からベランダに出ると、その面前には無駄に広い校庭が広がっていたりする。


「キクリん! 帰るよって、せっかく登校したのにさ、自分の教室へ帰るんじゃなくて、どこに帰ろうとしてるの?」


「与太な恥晒しちまったんだからさ、見るともありゃしなくてさ、オメオメと学校なんかにゃ居られやしないじゃないか」


 ボクは慌てて掃き出し窓から校庭へ出てゆこうとしているキクリお姉さんを背後から抱きしめてしまった。


「ねえ、キクリん? ボクと約束してくれたよね?」

「嘘だろ? あたしの憧れのカリスマアイドルおでんの秋子ちゃんがさ、こんな恥さらしなあたしを?」


「ねえ、キクリん? 我が校のイジメ撲滅を裏の世界からサポートしてくれるって約束してくれたよね?」


「嘘だろ? みんなの憧れのアイドル秋ちゃん生徒会長が嫌われモンのあたしをハグしてくれてんのかい?」


「え? 嫌われもんって? ボクはキクリんを嫌ってなんかいないよ。だってさ、ボクはキクリんをすっごく頼りにしてるし」


 ――っていうか、うわっ! キクリん震えてるし! 確かに思わず震えちゃう位に寒さひとしおな今朝だけど、でも、キクリん、寒さに震えてるんじゃないみたいな……


「あたしゃ嬉しくて身震いどころか、もう、目眩がしそうだよ」


 ――ええー? もしかして、キクリん、ボクから抱きしめられてるのが嬉しくて震えてんの? 嬉しさ余って震えだしちゃったの?


「あいや、秋ちゃん、おうともさ。あたしゃ、秋ちゃん生徒会長様に誓ったわさ。今だって、改めて誓わせてもらうわさ」


「へ? キクリん?」


「秋ちゃん生徒会長様は表世界から我が校のイジメ撲滅。あたしゃ裏世界からイジメ撲滅。憧れの秋ちゃんからの願い、あたしゃ全力で体当たりしてみせるわさ」


「わぁー! キクリん、ありがとう!」


 ――教室内に居るクラスメイト達は、目をパチクリさせつつ……


 目の前で何が起きているのだか分からないと言わんばかりの面持ちで、2年2組のクラスメイト全員、キクリお姉さんを抱きしめるボクを凝視している。


「っていうか、キクリん? 慰めてほしいって、何か落ち込むこととかあったの? ボクに出来ることならキクリんの助太刀とかしたいよ。ねえ、教えてよ」


「いや、そんなことはココじゃ言えやしないさ。あたしゃさ、とてつもなく恥ずかしい相談を持ってきちまったんだからさ……」


 ――キクリんの背後から抱きしめるボク、いつもの豪快なキクリんらしからぬ様子に、思わず抱きしめる両腕に力が入っちゃったんだけど……


 いやはや、なぜなのか、キクリお姉さんは物悲しくうつむいたまま、いつもの彼女からは程遠い有り様の意気消沈して脱力した姿をさらけ出しているのだった。


「キクリんはココじゃ言えない位に恥ずかしい相談を……うん、分かったよ。んじゃさ、放課後に生徒会室へ来てよ。んでさ、人払いして二人切りにするからさ、そこでボクに全てを話してよ」


「嘘だろ? あたしの憧れのアイドルと二人切りになれるのかい?」


「でも、その代わり条件があるよ」


「あ? 二人切りになる条件かい?」


「そう、二人切りになる条件だよ。それはね、今日の全ての授業をシッカリ受けることだよ。それをこなしたならさ、無条件でボクはキクリんと二人切りになって、ボクはキクリんと……」


「合点、承知したぞ! そういうことなら、もう、御安い御用さ! シッカリ一部始終の授業を受けてくるから、だから、だから……」


「うん、キクリん。それならイイよ」


「よぉーしっ! さっそく、あたしゃ教室に戻るよ!」


「うん。いってらっしゃい、キクリん。頑張って全ての授業を受けてね」


「おう、秋ちゃん、任せとけ!」


 ――キクリんを抱きしめる手をボクが放すと……


 さっきまで逃げ帰ろうとしていたキクリお姉さん、進路を180度も激変させ、彼女は一目散に自分の教室へ向けて走って行ってしまったのだった。



 ――さてさて……ボクとキクリお姉さん、放課後になった今、ボクと二人で生徒会室に居たりするみたいな……


「あ、その問題……キクリん、惜しいよ」


「あたしゃ、また間違えたのかい? ほんと、我ながら情けないったらありゃしないねぇー」


 ――キクリんは一生懸命になってボクから勉強を教わってるみたいな……


「キクリん、大丈夫だよ。どんどん間違えて学びとってゆけばでイイんだし、要は、テストの時に間違わなきゃイイんだし」


 ――今朝、キクリんはボクに『とてつもなく恥ずかしい相談を持ってきちまったんだからさ』って言ってたんだけど……


 実は、その相談とは、ボクから勉強を教わりたいというものだったりする。


「あたしゃ情けないよ。中学一年の生易しい数学すら解けやしないなんてさ」


「キクリん、そんなこと、全然気にしなくて大丈夫だよ。なんてったって、ボクもさ、中学一年生の基礎から復習をし始めたばっかりだし……偉そうにキクリんに四の五のと宣ってるボクだけどさ、ボクだって間違いだらけな有り様なんだし」


 ――キクリんってばさ、今朝、『恥ずかしくてココじゃ言えやしないよ』なんて言っちゃってたからさ……


「やった! そっちの答えは正解だよ」


「秋ちゃん生徒会長、本当かい?」


 ――どんな赤裸々に恥ずかしい相談をされちゃうんだかドキドキしちゃってたボクだった……なんてことは内緒ばなしだよ……


 ボクは問題集の冊子とは別冊としてある解答集の小冊子を見ながら、

「うん、キクリん、大正解だよ。解答集にあるとおりさ、途中式も含めてね、導き出した答えもバッチリ合ってるし」

と、キクリお姉さんに向かって声を弾ませて言っていた。


 ――でもさ、蓋を開けてみたら、ボクから勉強を教わりたいって相談だったからさ、ボクは内心ホっとしちゃった……なんてのも内緒ばなしだよ……


「ああー、正解すると嬉しいもんだねぇー」


 キクリお姉さんは満面の笑みをボクに向けながら言ってくれていた。


「キクリん、だよね。今まで間違ってばっかりいた問題が解ける様になると嬉しいもんだよね」


「ああ、嬉しいもんだわさ。でも、この嬉しさ……今更さらさら、手遅れな嬉しさにも感じなくもないあたしなんだけどさ……」


「え? キクリん? 手遅れな嬉しさとかって、ボク、意味ワカンナイんだけど?」


 ――あれ? 満面の笑み花盛りのキクリん、なぜだか急に無表情になっちゃった?


「秋ちゃん……あの、あたしさ……」


「え? キクリん?」


 ――っていうか、無表情なんだけどさ……その表情の中に切なさが見え隠れしてる様相のキクリんみたいな……


「あたしゃさ、卒業までに卒業できるもんなんだろうか?」


「へ? キクリん? 質問の意味が行方不明なまんまなんだけど? ってかさ、そんな禅問答みたいな言い方なんてキクリんらしくないよ」


 キクリお姉さんは右手に鉛筆を持ったまま、その鉛筆の先にある尖った黒い芯を見つめつつ、とてつもなく彼女らしくない弱々しい口調で言葉を紡いでいる。


「いつの間にか不良なんて恐がられる様になって、恐がるヤツラをひれ伏させては快感を得ながら、調子こんで暴れまくる不良三昧のままココまで来たあたしなんだけどさ……」


「えっと、えっと? キクリん?」


「気がつきゃ中学三年の秋も終わって、もう、すっかり、毎朝冷たい霜柱が立ち上がる冬が到来しててさ……もうすぐ二学期は終わるし、そうしたら、あたしに残されたのはメチャクチャ短い三学期だけなんだわさ」


 ――あ、キクリんがボクにしてる質問の真意、やっとこさっとこ解ったかもだよ!


「あたしゃ、この学校を卒業するまでにさ、馬鹿な与太さらけ出した不良を卒業できるもんだろうか?」


 ――うん、やっぱりボクが思ったとおりの質問内容だったよ……


「ボクはさ、いつの間にかイジメられっ子になってたけどさ……」


「あ? 秋ちゃん生徒会長?」


「ボクはさ、この中学校を卒業するまでにイジメられっ子を卒業するつもりだよ」


「そりゃ、秋ちゃん生徒会長は特別だから……間違いなく秋ちゃん生徒会長はイジメられっ子を卒業できるに決まってるわさ」


 ――は? ボクが特別だって? キクリんはボクが特別だとか言ってくれちゃった?


「あたしゃさ、秋ちゃん生徒会長みたいに特別じゃないから……だからさ、こんな馬鹿げた質問を与太与太と秋ちゃんに……」


 ――ボクは特別? ボクの何が特別だって?


「あはは……訊くだけ野暮ってな、とてつもなく与太さらけ出しな質問をヤラカシたわな、あたしゃさ」


 キクリお姉さん、その言葉を言うや否や、ガックリと双肩を落としつつ、右手に持っていた鉛筆を机の上に放り投げながらうつむいてしまった。


「あのさ、キクリん、この際だから、はっきりキッパリ断言しちゃうよ」


「あ? 秋ちゃん生徒会長?」


「ボクは特別なんかじゃないよ。万が一、ボクが特別な存在ってやつなんだとしたらさ、世界中の全ての人々が特別な存在じゃなきゃオカシイことになるよ」


「は? 秋ちゃん生徒会長?」


「だってさ、ボクは特別に雲の上なんかに居る存在じゃないもん。逆にさ、特別から程遠く地べたを這いつくばって生きてるのが関の山な存在なんだしさ」


「あ? 何を言ってるんだい? 秋ちゃんは全校生徒たちのアイドルじゃないかさ。特別じゃなきゃアイドルなんかにゃなれやしないもんじゃないかさ」


「いや、あのさ……ボクがアイドルだって言うなら、ボクは全校生徒達から創られた、実体なんてありもしない、まるで幽霊みたいな虚像でしかないアイドルであって、ハリボテで中身スカスカでガランドウなアイドルだって言い返すしかないよ」


 キクリお姉さん、鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情をしてフリーズしつつボクの話を聞いている。


「っていうかさ、キクリんは知り尽くしてるはずじゃん。ボクがさ、どんだけ凄まじいイジメをされてたんだかさ」


 その言葉を聞くや、キクリお姉さんは怒りに満ちた表情に豹変した。


 ――心優しいキクリん……ボクをイジメた輩達に対して怒りの感情を顕にしてるみたいな……


「今だって影でコソコソとボクにイジメをやらかす暇人がいるんだし……確かにさ、生徒会長になってからイジメの数は激減したよ。でも、まだ少数の馬鹿な暇人達からイジメられているボクなんだし」


「あたしゃさ、秋ちゃんへのイジメは目の当たりにしたこともあるし……あたしゃよくよく知ってるさ」


 ――どわっ! キクリんから怒りオーラがビシバシ伝わってきてるし!


「さしものあたしでさえ、あんな陰湿なイジメを方々からされたら堪えられないってな位に、もう、目も当てらんないイジメの数々だったじゃないかさ」


 キクリお姉さんは怒りに満ち満ちた顔つきでボクを真正面から見据え始めた。


「あたしならさ、間違いなく半殺しにしてやってるさね」


 ――うひゃあ……キクリんなら絶対やってる! 間違いなく半殺しにしまくってるはずだし!


「このあたしに非道なイジメをしやがった面々にゃ、あたしゃ、情け容赦なく足腰立たなくさせてやってるはずさぁーね」


 キクリお姉さん、右手で拳を作ると、その拳をギュっと握りしめていた。


「キクリんが言ってること分かるよ。でも、ボクは気が小さいから……」


「まあ、秋ちゃん生徒会長は人として情け深いし、困ってる人を見たら知らん顔できやしない位に懐が深い人だからな」


「でもさ、人として間違ってることには毅然としなきゃなのも人としての行いだよ。なのにさ、気が小さいボクはキクリんみたいに情け容赦なく毅然とできなかった……」


「よし、分かった。あたしに任せときな」


「へ? キクリん?」


「今から秋ちゃんの代わりにあたしが足腰立たなくしてやってくるわさ」

「どっひゃあー! キクリん! そんな乱暴なことしちゃダメだし!」


「未だに馬鹿なイジメをやらかしてるのはどいつなんだい? 遠慮なく教えとくれよ」


「だから、キクリん……」


「なぁーに、大丈夫さね。死なない程度に締め上げてやるだけさぁーね」


「ああ、もう、キクリん! だから、そんなことしちゃダメだってばさ!」


「水くさいことなんて言いっこなしだよ。誰も信用できなくなってる今のあたしがさ……」


「ほえ? キクリん?」


「唯一信用できる秋ちゃんからの言いつけとあらば、あたしゃ力の限り役に立ちたいってなもんだわさ」


 ――ボクはキクリお姉さんの拳を両手で握りしめながら……


「キクリんは優しいよね。ボクは一人っ子だからさ、キクリんみたいなお姉ちゃんが欲しくて堪らないよ」


「あ! 秋ちゃん! ちょっと、ちょっと!」


「でも、あのね、もうケンカなんかしちゃ嫌だよ。ましてや、イジメをする人をイジメ返すのもダメだよ」


 ――なんて、机の上にボクは上半身を乗り上げさせつつ……


 無意識に彼女の鼻先へボクの顔を近づけつつ宣ってしまっていた。


「あ! 秋ちゃん! 近い近い! そんなに近づいたら……あたしの唇に秋ちゃんの唇が!」


 キクリお姉さんは真っ赤に熟れたイチゴの実に負けないくらいに顔を紅潮させつつ叫ぶように言葉を発していた。


「キクリん、一緒に卒業するよ」


「秋ちゃん! だから、近過ぎるって! それ以上近づいたら……唇が合わさっちゃう!」


「うん、分かった。顔を離すよ」


 ボクはキクリお姉さんの頭を抱きしめ、

「キクリん、一緒に卒業するよ……ね、キクリん? 一緒に卒業するよ」

と、言葉を繰り返し言っていた。


「秋ちゃんこそ優しいじゃないか。秋ちゃんの気持ちは嬉しいさね。でも、今更さらさら、あたしなんかが真っ当になれやしないさ」


 ――抱きしめていたキクリお姉さんの頭から両手を離したボク……今度はキクリお姉さんの頬に両手を当てて……


「ボクはこの学校を卒業するまでにイジメられっ子を卒業する。キクリんはこの学校を卒業するまでに不良を卒業する。一緒に卒業するって誓わないと、ボク、このままキクリんにキスしちゃうよ」


 ――なんて、キクリんの顔をボクの顔に引き寄せつつ囁きかけちゃったりしたりして……


「秋ちゃんからのキスは欲しいけど……いや、そんなのダメだ! だって、秋ちゃんには惚れた女が居るじゃないかさ! だから、惚れた女を悲しませることしたら絶対にダメだ! 秋ちゃんは惚れた女を裏切っちゃダメなんだ!」


「大丈夫だよ。一緒に卒業するってキクリんが誓えば、ボク、おるこちゃんを裏切るキスなんてキクリんにしないよ。でも、誓わないならさ……」


「ち、誓わないなら?」


「うん。キクリんが誓わないならさ、ボクはキクリんにキス以上の気持ちイイことしちゃうよ。んでさ、ボクはおるこちゃんの面前で潔く切腹するよ」


 ――キクリんは不良なんて全校生徒たちから呼ばれてるけどさ……


「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ! 秋ちゃんの目はマジだ! 眼光鋭くマジな目付きになってる! 分かった! 分かりました! 誓う誓う、誓います!」


 ――でもさ、キクリんほど真っ直ぐな生徒は我が校に居ないって位に、スコブル、シコタマ、とてつもなくキクリんは人の道を重んじてる女の子なんだよ……


「ああ、有り難い……」


「え? キクリん?」


「いや、だって、表の世界なら全校生徒の頂点が生徒会長様だわさ。そんな頂点に君臨する御方様が裏の世界のパンクス愚連隊一味でしかないあたしなんかを愛でてくれているなんて……ああ、こんな有り難い話はないよ」


 ――ええー!? ウソでしょ? キクリんが泣きだしちゃったし!!


「キクリん! ボクの大切なお姉ちゃん! お願いだから泣かないで!」


 キクリお姉さんの涙を見るや否や、ボクは反射的に彼女を背後から抱きしめてしまっていた。


「あたしゃ不思議だよ。意地張って親にすら見せやしない泣きっ面をさ、秋ちゃんには素直に見せられるってんだからさ。秋ちゃんにだけは素直なあたしを見せずにはいられないってんだからさ」


「キクリお姉ちゃん……ねぇ、泣いちゃイヤだよ」


「あたしゃさ、今だからよくよく解るんだわさ」


「え? キクリん?」


「だからさ、あたしゃ、今だからこそさ、薫子副会長が必死に秋ちゃんを口説き落とした気持ちが解るってのさ」


 キクリお姉さん、背後から抱きしめているボクの腕をギュっと握りしめてきた。


「どんなに頑張っても、人間、独りぼっちじゃ無理なんだわな」


 ――独りぼっちじゃ無理……ボク、それ、日常的に染々と、もう、よくよく実感してるからリアルに解るし……


「心ってのは不思議なんだわな。どんなに満たそうともさ、不思議とどこかに隙間があるもんなんだわな」


 ――小刻みに震えながら話を続けているキクリん……


 ボクはそんな彼女を背後からギュっと抱きしめ続けている。


「満たしに満たして満ちているはずの心……なのに、隙間風が吹きこんで、フっとした拍子に寂しくなっちまう……やるせなくなって挫けちまうんだよな」


 ――ボクの腕を握りしめていたキクリお姉さんの右手は力を失い……


 彼女の右腕は床に向けてダランとぶら下がる様相になってしまった。


 ――実はさ、キクリんの家庭、あんまり上手く行ってなかったりするんだけど……


「そういえば、秋ちゃん生徒会長は自分自身のことを険しい顔して言ってたわな」


「へ? キクリん?」


 ――いや、あんまりどころか……ハッキリ言ってさ、キクリんの家庭、全然上手く行ってないみたいな……


「だから、さっき秋ちゃんは言ってたじゃないか……自分自身を創られたハリボテなアイドルだって」


「え? あ、うん。ボク、そう言ったよ。だってさ、ボクは創られた虚像のハリボテなアイドルそのものだし」


 ――キクリんの親兄弟の人間関係ってさ、てんでバラバラで家族崩壊寸前だったりするんだよ……


「その言葉を聞いたあたしゃさ……秋ちゃんとあたしゃ、丸っきり同じ刹那さを抱えてるって思い知らされたよ」


「ほえ? 同じセツナさって、何が?」


「あたしも創られた虚像のハリボテだって刹那さ……」


「はい? キクリんが創られた虚像のハリボテ?」


「そうさ。あたしゃ、創られた虚像のハリボテ総長なんだわさ」


 ――ボクは意外な言葉をキクリんから聞いちゃったよ。だってさ、いつも自信満々で威風堂々としているキクリお姉さんなのに……


 まさか、そんなセルフイメージの中にいるだなんて、意外や意外で堪らないボクだったりする。


「秋ちゃんは同士だな。表世界と裏世界で畑は全く違えども、あたしと同じ境遇にいる同士だったんだな」


「そっかあ……キクリんとボク、表の世界と裏の世界っていう、もう、全く違う立場のトップのポストをやらかしてるけど……」


 ――二人して同じ様な案配のセルフイメージを抱えて頂点に立っている者同士だったのかぁ……



 キクリお姉さん、唐突に、彼女の体重をボクに預けるかのように、彼女は背後から抱きしめているボクへ寄りかかってきた。


「うふふ……あたしゃ秋ちゃんから『お姉ちゃん』なんて、親しみをこめて呼ばれるとは思ってもみなかったよ」


「へ? キクリん?」


「ああ……あたしだってさ、秋ちゃんみたいな弟が欲しいさね」


「キクリん?」


「いやさ、もし秋ちゃんがウチの家族だったら、ウチは家族円満だったはずだわさ」


「あ……キクリん……」


 抱きしめるボクの手にキクリお姉さんの涙がポツリポツリと落ちてきた。


「キクリお姉ちゃん……だから、泣いちゃイヤだってば」


「不良って呼ばれるようになって、調子こんで、いつの間にか方々から嫌われ……家族たちからも嫌われ……」


「キクリん、泣かないでよぉ……」


「そんな嫌われ者のあたしなのにさ、無邪気に甘えてきてくれて、お姉ちゃんってなついてきてくれる可愛い弟……」


 ――キクリんの心の内を全て聞きたくなったボクは言葉を発しない様に我慢することにした……


「荒れ果てたあたしの心に潤いをくれて癒してくれる可愛い弟……」


 ――ボクさ、キクリんの話に無言で頷くだけにして、時々さ、どうしてもクチバシを突っ込みたくなる気持ちを最大限に振り絞って我慢してる……


「あたしゃ、今や、どこかしこに行っても煙たがわれる存在に落ちちまったんだわさ……」


 ――だってさ、クチバシを挟んだならキクリお姉ちゃんは話をヤメてしまうような気がして……


「そんな落ちぶれたあたしなんかへ心を開いて接してくれるのは……」


 ――だから、ボクはボクの言葉でキクリお姉ちゃんを邪魔しないように頑張ってる……


「今や秋ちゃんだけなんだわさ」


 ――頬を流れる涙を拭こうとしないまま、キクリんは……


 抱きしめるボクの手に、恐る恐る、彼女の両手を添えてきたのだった。


「あたしゃさ、屈託なく心開いてくれる秋ちゃんに、嬉しさ通り越して、心の底から感謝せずにはいらんないんだわさ」


 ――ボクは恐る恐る添えてきたキクリんの掌を……


 思わずボクの右手でギュっと握りしめていた。


「きっと、薫子副会長もあたしと同じなんだわさ」


「え? キクリお姉ちゃん?」


 ――って、しまった! 我慢してるソバから、ボク、言葉を発しちゃったし!


「今のあたしと同じことを秋ちゃんから感じさせられたんだと思うのさ」


「えっと、えっと……キクリお姉ちゃん?」


「そうさね。だからこそ、薫子副会長は必死になって秋ちゃんを……口説いて口説いて口説き落としたんだと思うんだわさ」



 ――と、そこまで情熱的に語ったキクリお姉ちゃんだったんだけど……


 なぜだか、唐突にキクリお姉さんは、

「な? 薫子副会長、そうなんだろ?」

と、掃除用具入れのロッカーに向かって話しかけたのだった。


「って、はい? 『そうだろ?』って、キクリお姉ちゃん? 掃除用具ロッカーに話しかけてもさ、鉄のカタマリなロッカーは返事しないよ」


 ――って、アンビリバボぉー!! おるこちゃん、生徒会室にある掃除用具入れロッカーの中から姿を現しちゃったみたいな!?


「うん、あたし、そうだもん……キクリさんが言うとおりなんだもん」


「っていうか、おるこちゃん? どっから出て来ちゃってんのさ!?」


 キクリお姉さんを抱きしめていたボクの両腕を振り払いつつ、キクリお姉さんは音もなくユラリと椅子から立ち上がった。


 ――不味い、まずい、ヤバイよ! キクリお姉ちゃんはボクに内緒ばなしをしていたのに……


「あの、あたし……キクリさんから秋ちゃんが怖い目に合わされるんじゃないかしらって、いても立ってもいられなくって……」


 ――なのにさ、コソコソ隠れて盗み聞きしていたおるこちゃんだし……


「狭くて変なニオイだけど、我慢して臭いモップとかと一緒にロッカーの中に……」


 ――盗み聞きなんて非道をしたおるこちゃんにキクリお姉ちゃんはブチ切れちゃうかもだし!!


「あはは! あたしゃ鼻から分かってたさ」


「え? キクリん?」


「薫子副会長がロッカーの中に隠れていることなんてさ」


 キクリお姉さんは座っていた椅子から立ち上がると、ゆっくりユラユラと河鹿薫子が棒立ちをしているロッカーの前まで歩んで行ったのだった。


「秋ちゃん生徒会長が君臨している世界は理詰めの世界なんだわな。理路整然と理屈まみれな世界なんだわな」


 ――ヤバイ、やばい、ヤバイ!! キクリお姉ちゃんの背中からさ、ユラユラ激しい感情のオーラが垣間見えちゃってるし!!


「あのな、あたしが生きてるヤンキーな世界は勘だけが頼りな世界なんだわな」


 ――どわわぁー!! キクリんがおるこちゃんを羽交い締めにしちゃったし!!


「いつだって研ぎ澄ました勘を張りつめてなきゃ……いつ何時、意図しない奇襲に苛まれるか分かりゃしない世界なんだわさ」


 ――あぁーあ……The end of おるこちゃん……みたいな?


「だてに何年も不良をやっちゃいないあたしだよ。はたまた、人一倍も勘が鋭くなきゃさ、この世界の頂点なんて出来やしないもんなんだしさ」


 ――あぁーあ、キクリん、おるこちゃんを力任せに羽交い締めしまくりみたいな……おるこちゃん骨ポッキンみたいな……


「秋ちゃん生徒会長とあたしが生徒会室に入ってきた時、既に誰かがロッカーの中に隠れ潜んでいたことはお見通しだったよ」


 ――おるこちゃん、ゴメン……ブチ切れたキクリんを止めるなんて無理だから……


「でも、ロッカーに隠れ潜んでたのが薫子副会長で嬉しいあたしさ」


 ――って、あれ? キクリん怒ってないみたいな? キクリん喜んでるみたいな?


「薫子副会長、絶対にな、何が何でも惚れた秋ちゃんを手放しちゃダメだぞ。こんなに人として人間的にスゴイ男は滅多に居やしない……こんなにスゴイ秋ちゃんを手放しちゃ勿体無いんだからな」


 ――あれれれ? よぉーく見たらさ……


「キクリお姉ちゃん、おるこちゃんを愛情たっぷりに抱きしめてるみたいな?」


「あたし、生きてる限り秋ちゃんから離れらんないし、死んでも秋ちゃんから離れらんないもん!! だって、あたしから秋ちゃん居なくなったら、あたし、生きてる意味なくなっちゃうんだもん!! あたし、秋ちゃんを誰にも渡さないもん!!」


「よしよし、良く言った。それでこそ薫子副会長だわさ」


 ――あれれれ? おるこちゃんを愛しげに抱きしめるキクリお姉ちゃんの優しい顔ときたらさ……


「何だか……二人は血の繋がった姉妹に見えてきちゃったみたいな……あれぇー?」


 河鹿薫子はキクリお姉さんの胸に顔を埋もれさせつつ、まるで愛情を注いでくれる姉に形振り構わず甘える様相になっている。


「あたしもキクリさんみたいなお姉ちゃん欲しいかも……あの、あたし、激鬼バリ間違ってました。だって、キクリお姉さんは怖い不良なんかじゃなかったし……」


 ――キクリんは全校生徒から不良と恐れられているイジメっ子。おるこちゃんは全校生徒のアイドルでイジメっ子……


「そういえば、薫子副会長は長女なんだっけな。実は、あたしも長女なんだわさ。だから、薫子副会長の思いがヒシヒシと分かるあたしなんだわさ」


 ――そっかあ、イジメっ子っていうのは……


「秋ちゃんはあたしのお兄ちゃん……キクリさんはあたしのお姉ちゃん……」


 ――イジメっ子にならざるを得ない背景が見えないところにあって……


「薫子副会長もさ、こんな嫌われ者のあたしをお姉ちゃんだって慕ってくれるのかい?」


 ――もしかして、もしかしたら……ならざるを得ない背景からイジメっ子になるべくしてなっているみたいな?


 河鹿薫子、キクリお姉さんに甘える幼子の様相になりつつ、

「ごめんなさい。あたしみたいなのが……そんなの迷惑ですよね?」

と、囁くように言葉を発しながら、背の高いキクリお姉さんを親しげに見上げている。


「薫子副会長、馬鹿をお言いでないよ」


「え? キクリさん?」


「あたしゃさ、この上なく嬉しいさね」


 ――そう言ったキクリん、おるこちゃんの顔を瞬きもしないで見つめていて……


 キクリお姉さんは照れくさそうでいて恥ずかしそうな笑顔になっているのだった。


「あたし、母親が大っ嫌いだし! 父親は仕事ばっかり一生懸命で、ちっとも家庭には一生懸命じゃないから……やっぱり大嫌い!!」


 ――ちなみにさ、ボクは母親が大好き。んで、残念ながらさ、父親は誰なんだか知らないボクなんだけどさ……


「ああ、分かるよ。薫子副会長の気持ちが手に取るように分かるあたしだわさ」


 ――ボクの父親が誰なんだか、ボクの母さんは教えてくれないから……だから、ボクは自分の父親が誰なんだか知りようがないし……


「あたしの母親は遊びに出かけて家に居ないことばっかりで、ちっとも妹や弟の面倒みないし」


 ――残念ながら、ボクが赤ん坊の頃に離婚しちゃってたからさ、ボクの記憶には父親の面影の微塵すら残ってないし……


「薫子副会長、分かるよ。あたしんとこも、母親は遊び呆けて家に寄りつかない有り様だ。父親はエリートなんて呼ばれて天狗になっててな、会社には一生懸命なんだが、ビタ一文たりとも家庭には一生懸命じゃありゃしない有り様なんだわさ」


 ――そっか。そうだったんだ。どちらか片親でもイイから愛情を分断なく注いでくれるなら……


「多分な、薫子副会長の母親はあたしの母親と同じ行いをしてんだと思う」


 ――愛情を注いでくれるからこそ、愛を知ってるからこそ……


「え? キクリさん?」


 ――それだからさ、イジメっ子にはならないもんなんだ!!


「あたしんちはな、母親は父親が稼いできたモノを散財しながら遊び呆けていて……滅多に家にゃ居やしないときたもんなんだわさ」


「あ、それ! あたしんちも同じだわ! キクリさんちとあたしんち、ビックリする位に同じかも」


「たまに家に居ると思ったら、掃除ができてないとか、洗濯できてないとか、ロクに晩御飯も作れないのかとか……まるであたしは家に飼われた奴隷みたいな扱いで……」


 ――あれ? イジメっ子にならざるを得ない背景は解ったんだけどさ……


「なるほど、その話を聞いて確信したわさ。薫子副会長とあたしんち、まるで同じ様な有り様だわさ」 ――イジメられっ子にならざるを得ない背景って……


「キクリお姉さん? そうなんですか?」


 ――えっと? あれ? それって何なんだろう?


「薫子副会長、アレだろ? たまに家に居ると思ったら、ほっぺたひっ叩かれたり、邪険に足蹴にされたり……そんな毎日なんだろ? まるでタダ働きの家政婦みたいな扱いされながらさ」


 ――げげっ!! 母親からタダ働きの家政婦扱いされる家庭環境なんて!!


「ウソ? キクリお姉さんも?」


 ――ボクには未体験ゾーンで、そんなの有り得ない家庭環境みたいな……


「やっぱり、薫子副会長もか?」


 ――っていうか、掃除、洗濯、御飯の用意……そんなことは毎日ボクもやってるけど……だってさ、ウチは母子家庭だし、母さんが仕事で忙しいなら、ボクが家事やるの当たり前だし……


「あたし、家出しちゃいたいんだけど……でも、あたしが居なくなったら妹も弟も飢え死にしちゃうから……」


「だよな。あたしんトコも同じだわさ。あたしんトコの弟に妹、まだまだ一人じゃ何もできない幼い子達なんだわさ」


「うん。キクリお姉さん、分かります。あたしの弟は幼稚園児だし、妹だって小学校の低学年だし……まだ一人じゃ何もできない幼子だし」


 ――ボクは一人っ子。兄弟姉妹はいないから、幼い兄弟姉妹の面倒をみる苦労はワカラナイかも……


「でも、あたしの場合はラッキーで、あたしんちの隣におじいちゃんの家があるから……あたしが居ない時は、おじいちゃんとおばあちゃん、弟とか妹とかの面倒みてくれてるから……」


「何だ、何だ、あたしもおんなじだわさ。ジイサンバアサンが面倒みてくれてるソレ、おんなじだわさ。でもさ、アレだろ?」


「え? キクリさん?」


「何だかんだの挙げ句の果てにさ、学校からの通知表見て、学校の成績が悪いって、殴る蹴るされるんだろ?」


「ウソ? キクリさんの家も?」


「やっぱり、薫子副会長の家でもかい?」


「うん、ウチは……そんな訳ワカンナイ家庭だもん」


「同じだな。ウチもさ、そんな訳ワカンナイ家庭なんだわさ」


 ――うわぁ……何て凄まじいストレスに晒されてるんだろ……そのストレス発散にイジメをやらかす、現代社会のイジメ発生システム真っ只中に居る二人みたいな……


「あたしゃさ、ホトホト参っちまってさ、思わずグレちまって……気がつきゃ不良なんて呼ばれて嫌われ者の暴れん坊になってたさ」


 ――そっかぁ……キクリんはさ、そういう経緯で不良になっちゃったんだ。ボクは初めて知ったよ……


「あたしは不良になる度胸なんてなかったから……得意な演劇で母親を見返してやりたかったんだけど……」


「うんうん。あたしゃ知ってるぞ。演劇部で大活躍しててさ、すっかり演劇の分野じゃ有名人になってる薫子副会長だもんな」


 ――そう、おるこちゃんはアッチコッチの劇団から青田買いの声をかけまくりな位に演劇の世界じゃ有名人だし……


「才能は自ら育てるもんさね。薫子副会長は苦労に苦労を重ねて演劇の才能を育て上げた……情けないかな、あたしには真似できない努力と根性だわさ」


 ――キクリんが言ってること分かるよ。だってさ、ボクは美術の世界で釈迦力んなって自らを育んでるけど、長期間をも努力を続けるのってハンパな根性じゃ無理だし……


「でもね、ダメだったの。得意な演劇で母親を見返してやりたかったんだけど……」


 ――解り易いとこで言えばさ、学校の勉強だよ。秀才って呼ばれる位に成績優秀な優等生になんて生半可な根性じゃなれっこないみたいなアレみたいな……


「あたし、頑張っても頑張っても、『所詮は子供のお遊び』だって、ウチの母親は全否定するばかりだもん」


「嘘だろ? それだけ実力を方々から認められてて、この学校にすらスカウトの人間がやって来ちまう位なのにか?」


「うん、全然ダメなんです。母親は中学生の子供のお遊び程度にしか捉えてくれないんです」


「嘘だろ? 『南習志野の天才少女』って関係者から呼ばれてるのをさ、演劇に疎いあたしですら知ってる位に薫子副会長は有名人なのにか?」


「うん……キクリさん、今のあたしじゃ全然足りないんです」


「おるこちゃんが言う『足りない』っていうの……うん、ボクには分かるよ」


「え? 秋ちゃん?」


 ――あ、しまった! おるこちゃんとキクリんの会話を邪魔しないように気をつけてたのに……思わずクチバシを挟んじゃったし!


「っていうかさ、ボクだって美術部で釈迦力んなって自らを育んでるけどさ……ボクだって全然足りないし」


「は? 秋ちゃん生徒会長? この前、秋ちゃん生徒会長は文部科学大臣賞の表彰状を全校集会で渡されてたのにか?」


「キクリん、あんなのまぐれ当たりだよ」


「おやおや……あたしゃさ、マグレでもイイから、文部科学大臣賞作品を描いてみたいもんさぁーね」


「秋ちゃんが言ったまぐれ当たり……あたし、よぉーく分かるもん。だって、あたし、まぐれ当たりが続いてるだけのハリボテだもん」


「は? 薫子副会長? 何度も繰り返してマグレ当たりやらかせるならさ、そりゃ、薫子副会長に実力があればこそなんじゃないのか?」


「でも、さっき、キクリお姉さんはハリボテの総長だって言ってたもん」


「あ……薫子副会長の今の言葉を聞いて納得しちまったよ。タイマンで勝ち続けてようとさ、自分自身がハリボテなら、そりゃマグレ勝利でしかないわな」


「キクリん、大丈夫だよ。ボクだってハリボテなんだし」


「うん。あたしもハリボテだもん」


「ハリボテな自分自身か……ああ、解り易す過ぎるじゃないか」



「ボクは気が小さいから暴れん坊になれないし、足りないものを抱えて内向的になりまくりだった。その姿はキモイ雰囲気かましまくりで……だから、ボクはイジメられる対象になったみたいな」


「あたしゃ秋ちゃん生徒会長とは逆さまだわな。内向的に我慢するくらいなら暴れまくってスッキリしたかったんだわな。まあ、あたしの場合はイジメするってよりさ、無差別な暴力ヤラカシまくって発散してただけなんだけどな」


「あたしはキクリお姉さんみたいに豪快なのは無理だけど……でも、秋ちゃんみたいに忍耐強く我慢するのも無理。だから、あたし、チマチマとイジメする側になってのかも」


「イジメる側、暴力ふるう側……イジメられる側、暴力ふるわれる側……ボク達三人、成るべくして成った両極端だよね」


「なるほど、秋ちゃん生徒会長……成るべくして成った両極端とは言いえて妙だわさ」


「そっか、あたしと秋ちゃん、成るべくして成った両極端だったのね」


「でもさ、そんな両極にある三人がイジメ撲滅っていう同じ目的を持てたよ」

「うん。あたし、秋ちゃんの考えに大賛成だし……あたしはイジメ撲滅するの頑張って手伝って……あたしは秋ちゃんに償いたいもん」


「薫子副会長に同じなあたしだよ。あたしゃさ、秋ちゃん生徒会長から洗脳されたし、あたしも世間様に償いってぇーのをしたくて堪らなくなっちまったんだしさ」


「どわっ! キクリん! ボクは洗脳なんてしてないし!」


「そんなことないもん。あたしだって秋ちゃんから洗脳されまくりだもん」


「うわぁ……おるこちゃんまで? ブルータスお前もか?」


 ――成るべくして成った両極端なボク達三人……


 だからこそ、イジメをする人の気持ちが分かるし、イジメをされる人の気持ちも分かるボク達三人。


「さて、んじゃさ、イジメ撲滅の目標に向かって頑張ってゆこうね」


「うん、秋ちゃん。あたし、頑張っちゃうもん」


「もちろんさぁーね。あたしも釈迦力になって頑張るさ」


 ボクたち三人は手を握りしめ合い、大々的な目的を達成すべく、大きくそびえ立つ壁に体当たりすることを違い合ったのだった


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