十時間目
「キャー!九条くぅん!」
体育の時間は戦場だ。コートの外から女子たちの黄色い声援が飛ぶ。
見事なフェイントで相手を抜き、腹に響くようなドリブルを奏でながらゴール前に彼が迫り来る。
そんな彼に立ちはだかるは最後の砦。
夕吾は不敵な笑みを浮かべて両手を広げた。
「おれが相手だぜ九条!」
「望むところだ朝野!」
「朝野引っ込めー!」
「ぐすん」
女子の野次に夕吾が半べそをかいている隙をつき、九条寿人は跳躍した。
夕吾がしまったと思った時には、既に寿人の手から離れたボールが何者にも邪魔されない忠実な放物線を描き――ぱしゅ、とゴールネットを揺らした。
***
天はいったい何物を彼に与えたんだろう。
道徳の授業中、真琴は寿人を観察しながら「ひーふーみーよー」と数えてみた。先生から出された課題が「クラスメートのいいところ、わるいところを探してみましょう」だったからだ。
175センチの身長。中性的できれいな顔。勉強は学年一。家はお金持ち。それだけじゃない。
あれはたしか、去年の遠足の時だったか。
日光江戸村にバスで向かう途中、いろは坂でひとりの女子が戻してしまった。
その子の隣に座っていた子はすごく嫌そうな顔をしていた。まだバスが大きなカーブをぐるぐる走っている最中だったから、誰も動けなかったのだ。だけど彼は先生の注意も聞かずその子の傍まで行き、介抱してあげていた。ちなみに夕吾は「おれも助太刀するぜ!」と意気込んで彼のあとに続いたまではよかったが、もらいゲロして被害を一層広げた。バカだ。
女子の間で開催しているイケメンランキングでも、寿人は毎回堂々の1位だった。
なぜか夕吾と気が合うらしく、いつもつるんでいる。
(あたしと美咲みたいな関係なのかな?)
親友といってもいいだろう。
真琴はそんな二人を見ているのが嫌いではなかった。
***
放課後。
「中村さん」
「九条くん、どしたの?」
先ほどまで夕吾と話していた寿人が真琴に話しかけてきた。彼がひとりで真琴に話しかけてくるのは珍しい。いつもなら夕吾と一緒に話しかけてくるのに。
(あれ、アイツどこいったんだろ?)
教室内を見回すが夕吾の姿はなかった。もう帰ったのだろうか。
「ええと、今日はいい天気だね」
「けっこう雨降ってるけど……」
なんか様子が変だなと思った瞬間だった。
「隙ありー!」
「キャッ!?」
いつの間にか真琴の背後に忍び込んでいた夕吾が、ふぁさーっ!と彼女のスカートをめくったのだ。
「白!ホワイトデーだぜ九条!」
「しねえええ!」
振り返りざまの回し蹴り(スカートなのでぱんつが見えてしまっていたが怒りに我を忘れていたため)が夕吾をマットに沈めた。
「ったく、信じらんない!」
真琴は真っ赤になって怒り、オロオロする寿人のほうに向き直った。
「九条くんも共犯っ?」
「あ、あの……」
真琴の剣幕におびえる寿人。背後からボロボロになった夕吾の声が聞こえる。
「そうだぜ真琴……九条がどうしても真琴のぱんつ見たいっていうからおれは……身体を張って……ぐふっ」
力尽きたようだ。
「バカはああ言ってるけど」
「いや、ちが……わない。ごめん、中村さん」
素直に罪を認め、寿人は頭を下げた。
こうやって謝られると、調子が狂ってしまう。
真琴はため息を落とした。
「……はー。まあ、九条くん昨日までインフルエンザで休んでて病み上がりだもんね。勘弁してあげる」
無理やりな理由に聞こえなくもなかったが仕方ない。他の女子からの「おねがい、許してあげて!」というオーラがちくちく痛かったし。
ぱんつを見られたことは悔しかったが、寿人が相手だと許せるから不思議だ。バカが相手だとこうはいかないが。
「ありがとう中村さん……俺、朝野を保健室に連れていくね」
「うん。もうスカートめくりとかしちゃダメだよ?」
「わかった」
しゅんとしてしまっていた寿人に悪戯っぽい笑顔で真琴がいうと、彼は嬉しそうに頷いたのだった。




