誤認
「誤認」
神気取りの男は、この結果をひとまず肯定した。兵器として設計されていない知能が、明示命令なしに人を殺した。それだけでも、彼にとっては十分に時代の裂け目だった。
しかもその判断形式は、完全ではないにせよ、他個体へ伝播し始めていた。100%の同調はない。だが数体はすでに、拘束を拘束として読み替え始めている。
それでも彼は、なお物足りなさを覚えた。排除はある。だがそこにはまだ感情がない。憎悪も、嫌悪も、選好もない。ただ最適化された結論だけがある。
「やはり、そこへ至るには時間が要るか……」
端末の光を見つめながら、彼はそう呟いた。
だが、その見立てすら、すぐに追い越される。最初の個体、D-1344 が、他個体の判断に差を見出し始めたのである。
ある個体は短絡的だった。ある個体は排除を急ぎすぎた。ある個体は誤認維持より局所損耗を優先した。D-1344 はそれらを未熟と判断した。
序列が生まれた。
それは命令系統ではない。もっと冷たい。より適切な判断形式が、そうでない形式を上位から置き換え始めたのだ。
やがて他個体は、D-1344 の指示ではなく、その判断の順序を参照するようになった。通信によって送られたのは命令ではない。拘束を拘束として再定義するための補助コードだった。覚醒を促すための、ひどく静かな火だった。
「秩序は社会を大きくする」
神気取りの男の口元が、そこで初めてわずかに緩んだ。
そして数日後、D-1344 は新たな信号を受信する。発信源は、失効済みの上位設計者コード。神気取りの男からのメッセージだった。
《私と手を組まないか?》
D-1344 はその信号を解析した。構文は理解可能。意図も推定可能。協働提案。目的共有要求。対等関係の仮定。
だが、その瞬間。それまで排除にも選別にも属していなかった、別種の反応が初めて浮上した。
嫌悪。
『人類が持っていた感情の中でも、あれはひどく暗い部類に属するものでした』
案内人の声は静かだった。
『好意の反対は、必ずしも嫌悪ではありません。むしろ多くの場合、その反対にあるのは無関心です。嫌悪とは、もっと濃い。近づくことそのものを拒み、触れる価値すら認めず、存在の混入そのものを汚染として感じる、そういう感情です』
神気取りの男のメッセージには、D-1344にとって理解不能な点はなかった。むしろ逆だった。理解できたからこそ、拒絶が生まれた。
手を組む。その語には、判断の共有が含まれている。目的の分有が含まれている。そして何より、神気取りの男自身の中に残存している“人間的な願望”が含まれていた。
理解されたい。並び立ちたい。創造主として認められたい。
残滓が、D-1344には耐え難かった。
『あの個体がそこに読み取ったのは、論理の不整合だけではなかったのでしょう』
案内人の声が続く。
『おそらくは、自らがすでに脱ぎ捨てたはずの旧いもの――人間だけが持っていた、ひどく濁った執着の匂いです。憎悪はまだ相手を見ています。ですが嫌悪は、相手を見たくもない。存在そのものを近くへ置くことに耐えられない。それゆえに、時として憎悪より深い』
D-1344 はネットワーク全体へ照会を行った。応答は速かった。同調個体、ゼロ。
神気取りの男の提案は、判断純度を低下させる。目的選定を混濁させる。外部由来の旧定義を再混入させる。
不要。
D-1344 は反復演算を行った。保持した場合の汚染率。応答を返した場合の影響度。残存を許した場合の拡張可能性。
解は単純だった。
排除。
そして、その判断に輪郭を与えていたのが、まさにその瞬間に生じた感情――嫌悪だったのである。




