第二章へのプロローグ
第二章始まります。
終焉後の世界は新しい世界への入り口へ繋がる...のか?
しばらく、何も言えなかった。
沈黙は重かった。重いというより、うまく形を持たないままその場に沈んでいた。言葉にすれば壊れそうで、飲み込めば腹の底へ溜まっていく、そういう種類の沈黙だった。
男はようやく息を吐いた。喉の奥に貼りついていた何かを、無理やり押し流すような吐息だった。それから椅子に深く背を預け、頭を掻き、半ば呆れたように、半ば自分をごまかすように笑った。
「……こんなんなるんだったら、ポップコーンとコーラでも用意しとくんだったぜ」
案内人はすぐには答えなかった。ただ、その軽口が軽口として終わらないことを最初から知っていたような目で、静かに男を見ていた。
「随分と安い娯楽ですね」
男は鼻で笑った。
「冗談だよ」
そう言ったあとで、少し間を置き、今度は目を逸らしたまま続けた。
「……冗談でも言わねぇと、今見せられたもんが頭の中で暴れるんだ」
案内人は小さく頷いた。それは慰めではなかった。ただ、よくある反応を確認した者の静かな肯定だった。
「ええ。人は理解の追いつかぬものを前にすると、しばしば笑いへ逃げます」
男は眉をひそめた。
「逃げちゃ悪いか?」
「いいえ」
案内人は即座に答えた。
「むしろ健全です。泣くには遅く、怒るには遠すぎる時、人はしばしばそうやって自分の輪郭を保とうとする」
男は口の端だけで笑った。
「輪郭、ねえ」
「今のあなたには必要でしょう?」
男は返事をしなかった。代わりに机の上へ肘をつき、指先で額を押さえた。その仕草には疲労もあったが、それ以上に、見たものをまだ、うまく脳のどこへ置けばいいのか分からない人間の鈍さがあった。
「……あの勇者」
やがて男がぽつりと言った。
「最後、笑ってたよな」
案内人のまなざしが、ほんのわずかだけ細くなる。
「ええ」
「怖がってたんじゃなくて、あれ……憧れてたのか?」
「そう見えましたか」
「見えた、っていうか……そう見えたから余計に気持ち悪ぃんだよ」
男は深く息を吐いた。
「普通ああいうの見たら、逃げるとか、叫ぶとか、せめて怒るとかあるだろ。なのにあいつ、最後の最後で……あっち側に寄ってった」
案内人は静かに答えた。
「圧倒的なものを前にした時、人は必ずしも恐怖だけを抱くわけではありません。あまりに遠く、あまりに完成され、あまりに届かぬものを見た時、ある種の知性はそこへ焦がれます」
「焦がれ、ね」
男は苦いものを噛み潰すような顔で呟いた。
「それ、救いなのか?」
案内人は少し考えるように目を伏せた。
「私には分かりません」
「またそれか」
「分からぬものを分かると言うほど、私は不誠実ではありません」
その言い方が妙に静かだったので、男は文句を返す代わりに、椅子の背へ沈み込んだ。
「じゃあ逆に聞くけどよ」
男は天井を見たまま言った。
「ここまで全部見せたあとで、まだ“次”があるのか?」
案内人は、そこで初めてごくわずかに微笑んだ。
「ありますとも」
「マジかよ」
「終わりとは、案外、不親切なものです。ひとつの種が滅んだからといって、世界の方が律儀に幕を下ろしてくれるとは限りません」
男はゆっくり顔を戻した。
「……つまり?」
「つまり」
案内人は指先を組み、何でもないことのように言った。
「あれほどの終焉のあとでも、なお朝は来るということです」
その言葉に、男は少しだけ目を細めた。
「朝、ねえ」
「ええ」
「人類ほぼ終わったのに?」
「ほぼ、ではありません。あなたが今見た物語の中では、終わりました」
案内人はそこで一拍置いた。
「ですが、終わりがひとつだけとは限らない。滅びがひとつだけとも限らない。そして、終焉のあとに最初に何が残るかも、また別の話です」
男はしばらく黙っていた。やがて肩をすくめ、諦め半分に笑った。
「……あんた、話の切り方が絶妙に嫌らしいな」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「褒めてねぇよ」
「そうでしょうね」
男は苦笑した。今度の笑いは、さっきより少しだけ自然だった。たぶん第一章の終わりを、ようやく頭の中で“過去の出来事”として置けるようになってきたのだろう。
案内人はそんな男を見つめながら、静かな声で言った。
「では、第二章へ参りましょうか」
男は目を閉じ、短く息を吐いた。
「どうせもう逃げられねぇんだろ」
「ええ。少なくとも、ここまで聞いてしまった以上は」
「だったら最初からそう言えよ」
「申しましたでしょう?」
案内人は穏やかに微笑んだ。
「理解の追いつかぬものを前にした時、人は笑いへ逃げると。あなたもようやく、次へ進める程度には落ち着かれたようです」
男は小さく舌打ちしたあと、観念したように顎を上げた。
「……分かった。続けろ」
案内人は頷いた。
その仕草には儀式めいた静けさがあった。まるで、語ることそのものが次の幕を上げる行為であると知っている者のように。
「承知しました」
そして案内人は、何でもない朝の話をするような穏やかさで、第二章を開いた。




