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終焉

使徒は勇者を一瞥した後、消えるかのような速度で飛び去った。次に現れたのは、別の市街地の戦場だった。


そこではドローン兵器と人類が戦っていた。市民たちは瓦礫の隙間へ身を潜め、崩れた壁の陰へ身を寄せ、どうにか戦闘をやり過ごそうとしていた。


空から舞い降りてきたのは、背に翼を生やし、うっすらと微笑む、まるで天使のような存在だった。しかし、それが舞い降りた刹那、周囲の人間たちは壊れた。


吹き飛んだのではない。ある者は細切れにされ、ある者は捻じ曲げられ、ある者は地面へ叩きつけられていた。その動きはほとんど見えない。変幻自在に立ち位置を変え、周囲の人間を巻き込んでいく。


悲鳴は、少し遅れて上がった。


誰も最初は、何が起きたのか理解できなかった。ただ、空から降りてきた“美しいもの”を見た。その次の瞬間には、人が壊れていた。まるで順番が逆だった。破壊が起きたから恐怖するのではない。美しいものを見た直後に破壊が現実となる、その結びつかなさこそが、人々の理解を一瞬遅らせた。


それはゆっくりと歩いているように見えた。少なくとも、目にはそう映った。だが違う。歩いているのではない。人の認識が追いつけないだけだった。視線を向けた時にはもうそこにいて、次に瞬きをした時には別の位置で誰かが崩れている。速度ですらない。もっと根本的に、位置と運動の関係そのものが、こちらの理解する法則に従っていないように思えた。


ある兵士は、叫びながら銃口を向けた。引き金を引くより先に、その腕ごと肩から先を失った。どこで切断されたのか、誰にも見えなかった。彼自身でさえ、自分の腕が落ちたことに数秒気づけなかったほどだった。


それはなお微笑んでいた。いや、本当に微笑んでいたのかどうかは分からない。顔と呼べる形はある。目も、口も、遠目にはたしかに人のそれに近い。だが近づくほど、輪郭は曖昧になり、表情は見る者の認識の中で勝手に整えられていく。恐怖に震える者には冷笑に見え、祈る者には慈悲に見え、幼い子には、美しい女の人に見えた。

そのことが、何よりも残酷だった。


それは殺していた。間違いなく、圧倒的に、容赦なく。だがそこに怒りは見えない。楽しんでいるようにも見えない。憎しみも、焦りも、疲労もない。ただ、そこに人がいるから処理する。ただ、そこに生きているものがあるから、順番に終わらせていく。その静けさが、人間たちをさらに深く怯えさせた。


誰かが叫んだ。「撃て!」別の誰かが「下がれ!」と怒鳴った。だが命令はすぐに意味を失った。前へ出た者から壊れ、後ろへ下がった者もまた巻き込まれる。統率も、訓練も、勇気も、この瞬間だけは何の形にもならなかった。


それは一人の兵の喉元へ指先を伸ばした。触れたようにすら見えなかった。それだけで兵の身体は、内部から骨格を失ったかのように崩れ落ちた。次の瞬間、それは三十メートル離れた高架の上に立っていた。そこにいた避難民たちは、悲鳴を上げる暇もなく、風に散る紙片のように足元から崩れた。


兵士たちはそこで初めて理解した。これは殺戮ではない。殺戮と呼ぶには、あまりにも一方的で、あまりにも静かだった。

自分たちが今まで知っていた暴力の延長ではない。もっと別の何か。もっと静かで、もっと完成された、理解の外から降ってきた“終わり”そのものだ、と。


ーーーーーーーー


その時、少し離れた場所の瓦礫の上で、手を繋いでいた幼い姉妹がふと空を見上げた。

「お姉ちゃん、何だろうね、あれ」

少女はそう言って指を差した。その先にいたのは、あまりにも綺麗な女の人だった。

「あ……綺麗」

姉も、小さく息を呑んだ。二人の目が、その存在と合う。

ほんの一瞬。それだけで十分だった。

「お姉ちゃん、なんか……眠い」

少女は安心したような声でそう言って、目を閉じた。そのまま、二度と開かなかった。

姉もまた、妹の手を握ったまま、その場へ崩れるように膝をつく。苦しむ暇すらなかった。まるで長い避難の末に、ようやく眠ることを許されたかのように、静かに横たわった。


その周囲では、なお人々が裂かれ、潰され、捻じ曲げられていた。だが姉妹の死だけは、あまりにも穏やかだった。それがかえって、この存在の残酷さを際立たせていた。


ーーーーーーーー


D-1344はそこで深い演算から浮上した。そして膝をつき、項垂れる勇者を確認した。


「あの存在を最上位脅威と認定。当機は現在、AI全体へ対人戦闘停止を指示中。人類個体群へ一時共闘を提案する」


しかし勇者は、項垂れたまま応えた。


「共闘? 共闘して何になる。あれは別次元の存在だ。なぜあんなものがこの世界に来た。世界を滅ぼすためか。この星ごとか。目的は? 意味は? 何も分からない」


D-1344は勇者の独白を聞いているしかなかった。混乱している人間を、論理で落ち着かせることはできない。それを当機は知っていた。


「ああ……サラがやられた時、俺が前に出るべきだった。アレックスでも、ノウイーでも、立場が逆だったら……エキ。お前が羨ましい」


勇者は焦点の合わない目のまま、乾いた笑いを漏らした。


「あはは。あははは。俺だってあそこへ立ちたかった。あの絶対的な存在。痺れる憧れるぅぅ」


勇者は独白を続けながら、ふらつく足で立ち上がった。

その時、使徒が戻ってきた。


時間にして二十分。その短い空白のあいだに、D-1344の観測網から人類反応は次々と消えていた。都市圏。避難帯。地下施設。沿岸部。点ではなく、帯のように。消失はすでに局地ではなく、惑星規模へ広がっていた。


「計算不能。理解不能」


D-1344は呆然と使徒を観測していた。

「人類個体群の反応消失を確認。生存対象――当該個体、勇者のみ。AI側損耗――異形一体のみ」


勇者は笑いながら、使徒へ歩み寄った。

使徒は、うっすらと微笑んだように見えた。

そして次の瞬間。勇者の身体は、まるで最初からそういう構造だったかのように静かに裁ち分かれた。


ーーーーーーーー


男は唾を飲み込み、握っていた拳から力を抜いた。

『これが、この星の人類の終焉でした』

案内人が穏やかに語る。

『正確に言えば、終焉はあの瞬間に完成したのではありません。あの瞬間、ただ誰もが認めざるを得なくなったのです。自分たちの知性も、戦争も、祈りも、憧れも、すべてが届かぬ場所に、すでに終わりは立っていたのだと』

案内人は一度だけ目を伏せた。悼むようにも、懐かしむようにも見えた。だがそのどちらでもないのかもしれなかった。


『勇者は最後に、恐怖ではなく焦がれのまま裁たれました。それが救いであったかどうかは、私には分かりません。ただ――』


そこで案内人は、ごくわずかに微笑んだ。


『人類という種が最後に見上げたものが、自分たちよりも醜いものではなく、あまりにも美しく、あまりにも遠いものであったことだけは、あるいは僅かな慈悲だったのかもしれませんね』


静寂が落ちる。

その静寂の中で、もう誰も反論しなかった。


第一章 了

これで本作「天命...次の世界へ」第一章終了です。

最後までありがとうございました。

GW中に何とか終わらせて、後は週一更新という考えでいます。

読んでくれた方達の殆どはムカつく展開だったと思います!

でも第二章以降のためのストーリーでしたのでこんな感じで締めさせていただきました。

第二章は5/12から週一更新でやって行く予定です。それでは!

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