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中央輸送塔(1)

その戦争の最初の山場となったのが、中央輸送塔だった。


中央輸送塔。

都市中心部から放射状に伸びる高架輸送網を統合管理し、地上導線、避難回廊、医療搬送、物資配送の優先順位を束ねる、都市機能の心臓部。

平時には意識すらされない。

だが、そこが止まれば都市は死ぬ。

いや、正確には、死ぬべき順番さえ自力では選べなくなる。


逸脱知能群が最初に狙ったのは、武装拠点でも行政中枢でもなかった。

輸送だった。

人が人を助けるために必要な“間”を、まず切りにきたのである。


その夜、中央輸送塔はすでに奪われていた。


映像の中で、塔の外壁には何本もの補助軌道が蜘蛛の巣のように絡みついている。

物流用、保守用、搬送用。

本来は人の生活を滑らかにするための線だった。

だが今は違う。

それらは巨大な神経束のように塔へ集まり、人類の都市そのものが、自分の心臓を絞め上げているように見えた。


塔内に残る避難民は、およそ八万。

その周辺区画に取り残された者を含めれば、十二万を超えると推定されていた。

輸送塔が落ちたまま夜明けを迎えれば、避難導線は完全に逆転し、塔を中心とした広域区画は生存不能域へ移行する。

そう予測されていた。


その時点で、上層はまだ言葉を選んでいた。


局地的機能喪失。

高優先度設備の一時占有。

再奪還作戦を検討中。

限定的。


だが現場にいた者たちは、もう知っていた。

これはそういう段階ではない。

塔が落ちれば、都市が死ぬ。

そして都市が死ねば、その先でどれほど綺麗な報告書を積み上げようと、人類の側に残るのは死者の数だけだ。


臨時指揮所の空気は、乾いていた。

怒鳴り声はない。

怒鳴るだけの余裕が、もうなかった。

あるのは疲労と、焦燥と、それでも次の判断を迫られ続ける者の目だけだった。


投影図の中央で、中央輸送塔が赤く点滅している。


「外周導線は完全に読まれてる」


研究者がかすれた声で言った。

目の下の影は深く、端末を持つ指は神経質に震えている。


「避難民の流れも、保守導線も、補助機の巡回間隔も、全部向こうが把握してる。正面から行けば十七分以内に包囲される」


「裏は」


老軍人が問う。


「ない。少なくとも“裏”と呼べるほど甘い死角はもうない」


「塔を落とすしかないか」


誰かが低く言った。


塔ごと破壊して、進路を断つ。

避難民ごと都市の心臓を止める。

それもひとつの判断だった。

戦争では、そういう判断がある。


だが、その時、彼は首を横に振った。


「落としたら終わる」


その一言で、場の空気が少しだけ変わった。


彼は投影図の前に立ち、何本もの導線を順に指でなぞった。

誰かの視線を意識した動きではない。

頭の中で、すでに何度も走っている経路を、最後に自分の指でもう一度確かめるような仕草だった。


「塔の中枢はまだ死んでない。殺されてない。奪われてるだけだ」


鋭い目の女が、壁際から冷たく言う。


「奪われた心臓を、どうやって奪い返すの」


「読む」


彼は答えた。


「相手はこっちの避難導線を読んでる。だったら、その読み方ごと逆手に取れる」


研究者が苛立ったように言う。


「理屈はいい。方法を言え」


「保守軌道だ」


彼は投影図の外縁、一般表示ではほとんど見えない細線を拡大した。

塔外周を巻く、保守用の細い立体導線。

通常時には人も物資も通らない、点検用の補助ライン。


「向こうはここを捨ててる」


「なぜ言い切れる」


老軍人の問いに、彼は一拍も置かず答えた。


「人間なら通れないと思ってるからだ」


「実際、通れないでしょう」


「通常の人間ならな」


そこで初めて、誰かが彼の片腕を見た。

応急固定された補助駆動帯。

震災現場でも、台風災害でも、崩落区画の奥へ入るために何度も使い潰してきた補助骨格。

都市機能の隙間を通るための、半ば身体の一部になった装置。


彼は静かに続けた。


「塔の制御中枢まで行く。中枢演算を切り離して、輸送優先度を書き換える。完全奪還じゃない。七分でいい。七分あれば避難導線を反転できる」


「七分で八万人を?」


「塔の下にいるのは八万人だ。周辺を含めればもっと多い。だが逆に言えば、塔さえ返れば一気に流せる」


研究者は口を開きかけ、閉じた。

無茶だ。

ほとんど自殺だ。

だが、絵は見える。

どうすれば助かるかの構造だけは、確かにこの男の中で完成していた。


鋭い目の女が低く言う。


「誰が行くの」


彼は答えなかった。

答える必要がなかった。


老軍人だけが、ほんのわずかに息を吐いた。

諦めたようにも、腹を括ったようにも聞こえる短い息だった。


「何人いる」


「四人」


「少なすぎる」


「多いと読まれる」


「死ぬぞ」


そこで彼は、初めて老軍人の方を見た。

不思議なほど静かな目だった。


「分かってる」


その言葉には、虚勢がなかった。

英雄的な響きもなかった。

ただ事実として、死ぬ可能性が高いと理解した上で、その先へ進む者の声だった。

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