リリスとティーパーティー
人生には最高な日があるのだ、とリリスはここ毎日実感している。
なんて幸せなのだろう。
ここには好きなだけ研究する設備も、時間もそろっている。
さらには、王城なのでリリスの研究成果を試す『人体』もたくさんそろっている。
ぎっくり腰も、手荒れも、肩こりも。
治癒のしがいがあるというものだ。
治癒師冥利に尽きる。
「リリス様……」
頭の中には、長年あたためてきた研究の骨子が渦巻いていた。
例えば不眠のためのハーブティー。
そこに効果を加速させるハーブを湿布にして治療すればどうなるのか。
腰痛を改善する精油を塗って、さらにマッサージで施術をすれば、いや、リンパ液を流すことで慢性的な疲労が消えるのでは。
これまで頭にあった考えを実行できる、環境が整っている。
なんて恵まれているのだろう。
羊皮紙も潤沢に揃っている。
ペンのインクを自費で用意して、金欠になることもない。
「リリス様ッ」
精油の調合が終わったら、化粧水の調合にも取り掛かろう。
タンケ―の王城におろしていたようなものならばできるはずだ。乾燥に悩んでいる人間ならばたくさんいそうだ。
現在使っているドグマの物も悪くはない。
悪くはないのだが、もっと改良を加えたらさらに保湿力があがる気がする。
例えば、ローズ水を煮詰めて――。
「リ・リ・ス・さ・まぁぁッ!」
「わっ!」
「わっじゃありませんよ、わっ、じゃ! 何度お呼びしたと思っているんです!?」
「あー、キャサリン。ごめんね」
キャサリンはくっきりした眉をぎゅっと寄せ、プリプリしていた。
「今日はティーパーティーと言いましたよね!? ええ、ご起床なさってから上の空でしたが、私はちゃんと申し上げました」
そういえば、そんなことを言われたような。
「昼からは、あの! 冬の宮殿のティーパーティーにご招待されているのですよ!? 分かりますか? それがどんなに名誉なことか。私は昨日は興奮で眠れませんでした」
不眠改善のハーブを勧めたら怒られるだろうか。
いや、きっと怒られるに違いない。
今ではない。
リリスは喉まで出かかったが根性で引っ込めた。
親代わりで恩人の修道女直伝の抜群によく効くハーブティーがあるのだが、おそらくキャサリンは不眠というよりは、イベントの前の子どものような感じだろう。
「セシリア様のパーティーって、珍しいの?」
リリスがそう言うと、キャサリンは信じられないものを見る目をしていた。
「セシリア様の私的なティーパーティー『白銀の茶話会』ですよ!?」
そんなことを言われても知らない。
「今はまだ夏の終わりよ、キャシー」
「そういうことを言っているのではありませんわ! 冬の宮殿だからです! あの……永久凍土の美女と呼ばれるセシリア様……あの美貌! あのスタイル! そして才覚に秀でた政治への活動の数々! 全貴族令嬢の憧れですわ! 巷にはセシリア様御用達のグッズの専門店までできていますわ。ほら、わたくしのこの髪飾りもセシリア様の贔屓にされている細工師と同じ作で……」
やけに詳しい。
リリスがじいっと見ているのに気が付いて、キャサリンはンッと咳払いをした。
「ともあれ、侯爵であれ、公爵令嬢であれ、セシリア様のお気に召さなければ招待状は貰えませんの。ごくごく私的な催しなのです。『白銀の茶話会』では、多芸に秀でた選ばれし令嬢のみが集うことを許されるのです!」
「へぇ」
「貴族の娘ならば、一度は憧れるものですわ。至宝とも呼ばれる才女たちの集い。優美な音楽や詩吟、美しい菓子やティーカップ。そこで何が話されているのかは、参加者以外は誰も知りません。王宮の秘密、ささやかな噂話? いいえ、セシリア様はそのような俗なことはお喋りにならないはず。それなら何を……ああ、謎に包まれた甘美なティー・パーティ……ああ……なんて美しく、ミステリアスなのでしょう……」
すごく良く喋る。
リリスは目の前のローズオイルの抽出に神経を割いていた。
「あのう。ごめんなさい、キャシー。お話に水をさして。あの、それって、その……行かなきゃだめ?」
その瞬間、化粧を施したキャシーの陶器のような皮膚がパリッと割れたのではないか、とリリスは思った。
欠席する、という選択肢は無さそうだ。
「だめに決まってるわよね! うん、もちろん」
リリスはパタパタと胸の前で手を振った。
取ってつけたように微笑む。
「楽しみよ、ええ。本当に」
こうなったら、最終手段だ。
リリスはなるべく目を開いて、まばたきをしないようにした。
乾燥に負けた粘膜から、じんわりと涙がにじむ。
キャサリンが、ウッとひるんだ。
「そ、そんな顔をしてもだめですからね! うるっと上目遣いをしないでください! だめです!」
「あのね、でもね、キャシー。明け方に完璧ともいえる不眠改善薬湿布バージョンのレシピを考えついたの……そんな日に、他のことを考えられる?」
長い睫毛を震わせたキャサリンは、うっすら目を閉じてフーッと息を吐ききっていた。
何かを諦められている気がしないでもない。
どうせなら、すんなりと仮病でも使って欠席の方向にもっていったほうが良かったかもしれない。
リリスは諦めずに口を開いた。
「あらっ、なんだかお腹が痛いような……」
「きっと空腹のせいですわ!」
キャサリンはひときわ大きな声で言った。
「リリス様は小食ですからね。ティーパーティーにはリリス様の気に入るような素晴らしいお菓子がたくさんございますよ! さあ、お召し物を着替えて、すぐにでも冬の宮殿へ参りましょう。すぐにでも!」
作戦は見事に失敗した。
玉砕したリリスはげんなりしながら、キャサリンに腕をひかれて研究室を後にした。
シロガネだかクロガネだか知らないが、茶話会は研究トークができる場ではなさそうである。
そんな中、ふとリリスは気付いた。
「ん? あら、キャシー。それって、ご令嬢がいらっしゃるということ? それも何人も?」
「ええ。私などは挨拶さえ憚られるような、由緒正しい伝統的な貴族の家々の方です」
「ふむ」
「王女セシリア様を筆頭に、騎士よりも強いという麗人アナスタシア様、音楽の才なら他を圧倒するリュートの名手リゼット様、女神も裸足で逃げ出すという美貌のフローラ様、この世の粋を究めた生きる辞書ベルナディット様」
リリスは考え込んで、パッと顔をあげた。
小さな顎の細い童顔に、大きな目がらんらんと輝いた。
が、キャサリンが何も言わないうちから、リリスが研究室の中へ駆け戻り、ガチャガチャと音をたてて、両手に袋を抱えて戻ってきた。
またこの女主人は何かよからぬことを考えているに違いない。
キャサリンは本日何度目かになるため息を吐ききった。




