魔術付与
空色の戦斧亭はセルバの街、北側の城壁近くにある。
亭主のゴードンはセルバでも有名なBランクの斧使いだったが、怪我で冒険者を続けることが難しくなったため、現在は宿屋を開いている。
時々請われては、ギルドで後輩の冒険者に指導をしたり、セルバ周辺の魔物や薬草や地形など、冒険者にとって必要な情報を教えている。
元冒険者らしく、豪快で人懐こい男だ。
銀の不死鳥は、空色の戦斧亭では、ライとレヴィの男部屋と、レイと琥珀の女部屋用の二部屋をとっている。
メンバーは、朝食は一階の食堂でとることに決めていた。そこで朝食をとりつつ、本日の予定を話し合うのだ。
今朝のメニューは、パンとサラダ、ベーコンエッグ、スープというシンプルなものだ。そこそこボリュームもあって、体を動かす冒険者の朝食にはちょうど良い分量だ。
「今日は装備品の調達と情報収集がメインだな。新しい街ではいきなり冒険には出るなよ。情報収集は大事だ。知っていれば避けられることなんて山程ある」
「そうなんですね」
ライの冒険者講義を聴きつつ、朝食だ。かなり大柄でがっしりしたライの前の席には、レイとレヴィが並んで座っている。朝日がライの見事な金髪を照らして、眩く光っている。
「あんた、随分慎重だな。だが、冒険者には大事なことだ」
カウンター越しに、銀色の短髪の大男が声をかけてきた。この宿の亭主のゴードンだ。少しだけ足を引きずっているようで、移動が少しぎこちない。
「ああ、亭主さん」
「ゴードンでいいぜ。初心者講習かい?」
「そんな所だ。そうだ、こいつらの装備を整えたいんだが、セルバでいい店を知らないか?」
「そうだな……全く新しい武器を買うなら、大通りにあるゾルド武器防具店だ。あそこの店主は目利きでしっかりした武器防具を仕入れてる。使ってる武器の手入れなら工房街にあるマーズ工房がいいぞ。工房主のオヤジが頑固だが、腕はいいし、気に入られればおまけしてくれることもある。中古で装備を買うなら、市場裏にあるマーシーズという青い看板の店だ。あそこは品揃えがいい」
ゴードンが丁寧に紹介してくれた。元冒険者なだけあり、冒険者にとって必要な店の特徴もしっかり把握している。
「ありがとう、助かる。そうなると、まずは中古装備を見てから、武器は大通りの店だな。下手にケチって、戦闘中に折れたりしたら大変だからな、武器は新品を買うぞ。魔術師のレイはともかく、剣士のレヴィはしっかり揃えないとな」
ライの提案に、レイとレヴィはこくりと頷いた。
「そういえば、レヴィはどんな剣を扱えるんだ? 一応、俺とお前で前衛をやる予定だ」
「剣であれば一通りいけます。大剣も双剣もナイフでも大丈夫です。魔剣や聖剣は相性があるので、難しいです」
「……お前、どこかで傭兵とかやってたのか? 魔剣や聖剣は滅多にお目にかかれないから心配しなくていいぞ」
朝食をとりつつ淡々と告げるレヴィに、ライは訝しげだ。
レイはフッと目線を逸らした。
レヴィ自身が、その滅多にお目にかかれない聖剣だ。しかも歴代剣聖の剣技を完全コピーできる——おそらく、歴代剣聖には、大剣使いも双剣使いもナイフ使いもいたのだろう。
ライにはレイが剣聖であることと、レヴィの正体が聖剣レーヴァテインであることは秘密なのだ。少々後ろめたいが、レイは黙々と朝食を食べることにした。
***
セルバの市場を一本裏に入った所に、青い看板が目印のマーシーズがある。ここでは主に防具やキャンプ用品の不足品を買い入れる予定だ。
レイたちが出入り口の青いのれんをくぐると、所狭しと品物が置いてあった。
「レイ、魔術式は見れるか?」
「見方は習いました。劣化防止とか防水みたいな基本的な術式は分かるのですが、高度なものになってくると、まだ分からないです」
「いや、それだけできれば十分だ。レヴィはできるか?」
「レイと同じことができます」
レヴィは歴代剣聖の剣技やスキルを使える——魔術もそうだ。ただし、魔術は持ち主である剣聖の魔力を消費するので、今までの剣聖では魔術を使ってこなかった。
当代剣聖のレイは、魔力量無限の三大魔女だ。レヴィも、レイが扱える魔術であれば使い放題だ。
「中古品は魔術付与があるか見てくれ。もし複雑なものがあったら、要相談だ……もし魔術付与ができるなら、魔術付与の無い物を安く買ってきて、自分たちで付与してもいいな」
「魔術付与ならできるので、付与できる素材でしたら、後で付与しましょうか? 劣化・傷つき防止、防水、落下逓減、衝撃吸収、強度アップ、切れ味アップ、魔術効率アップ、各種耐性付与、各種属性付与、平凡擬態……あと仕込めるなら癒しの魔術陣もいけます」
レイは指折り数えて、自分ができる魔術付与をライに伝えた。
「……なんでそんなに魔術付与できるんだ?」
「ドワーフのモーガンに教えてもらいました。一緒にキャットタワーとキャットウォークを作ったんです。『いろいろ付与できると便利だし、お得だぞ』って基本的なものは一通り教えてもらいました」
「防具の巨匠モーガンか……キャットタワー???」
ライは驚いて目を丸くした。「基本的なものって、ドワーフ基準じゃねぇか」と頭を抱えて呟いている。
そこへ琥珀がレイのローブのフードから顔を出して「な〜ん」と鳴いた。
「ああ、そういうもんなんだな……」
ライは、琥珀の一鳴きで何やら納得したようだった。琥珀の頭をガシガシと撫でている。
「? どうしたんですか?」
「猫語だ。琥珀がキャットタワーとキャットウォークの説明をしてくれたんだ。なかなか気に入っているらしいぞ」
「猫語!」
レイは聞いただけでもかわいらしい言語に目を煌めかせた。
さすがの召喚特典も、猫語は対象外だったようで、非常に残念に思った。
「そうなると、元の魔術付与は関係なく、品質がいいやつを選んだ方がいいな。後で宿に帰ったら付与してくれ。下手な魔術師が付与したものよりも、レイが付与した方がいい効果がのるだろ」
「了解です!」
結局、マーシーズでは、レヴィ用の新古品の革鎧と丸盾を買った。魔術付与は付いていないため、後でレイが付与する。
レヴィは革鎧をその場で装備して、丸盾は背中に背負った。
次に、レイたちは大通りにあるゾルド武器防具店にやって来た。
ブラウンの煉瓦造りの建物に入ると、「いらっしゃい!」と店主が声を掛けてきた。赤みのブラウンの髪をなでつけた、眼鏡の男性だ。
「剣を見たいんだが……」
「それなら、奥の壁際にある」
「ああ、ありがとう」
レイたちは、店の奥の剣がたくさん置いてある一角にたどり着いた。
「それで、レヴィはどんな武器にするんだ?」
「どれにしましょうか……」
レヴィはざっと剣を見渡し、気になるものを一つ手に取った。
「シンプルな剣だな。丸盾も使うならちょうどいいだろう」
ライオネルもうんうんと頷いた。
「レイ、この剣なら、何を付与できる?」
ライが小さな声でこっそりレイに尋ねた。
「強度と切れ味アップぐらいです。さらに追加できても、平凡擬態ぐらいです……それ以上は剣の素材の方がもたないです」
「まあ、十分だな。レヴィ、それにしようか」
「そうしましょう」
ライもレヴィも、こくりと頷いた。
「レイはどうする? 魔術師用の杖か?」
「護身用にショートソードの方がいいです」
ライの質問に、レイは首を横に振った。魔術師用の杖は使ったことが無いからだ。
「レイなら、これでしょう」
レヴィがさも当たり前のように、一本のショートソードをずいっと差し出した。
レイがそのショートソードを受け取ると、いつも使っているものと握り具合も重さも同じような感じだった。
(聖剣って、他の剣のことも分かるのかな……?)
「ありがとう、私はこれにするね」
「どういたしまして」
レイはにこりと笑うと、レヴィも茶色の瞳をふわりと三日月型にして微笑んだ。
***
空色の戦斧亭に戻って来ると、女部屋に集合して、新しく買い入れた装備の魔術付与だ。
武器には強度と切れ味アップを、防具には衝撃吸収と強度アップを付与し、どちらも仕上げに平凡擬態の魔術をかける。
「……平凡擬態があって良かったな……」
ライオネルが頭痛を堪えるように、片手で額を抑えている。随分と渋い表情だ。
「? どうしたんですか?」
「……魔術付与すると、いつもこうなのか?」
「ユグドラの樹の団欒室にある、キャットタワーとキャットウォークはもっと凄いです!」
ライの苦々しい声での質問に、レイは弾んだ声で答えた。
「モーガンに教えてもらった通りに付与したんですが……どこかおかしいですか?」
「そこもドワーフ仕込みか!?」
レイはいつも通り、ユグドラ基準で魔術付与をした。
キャットタワーやキャットウォーク作りの手伝いをした時のように、丁寧にしっかりと付与したのだ。
結果、本日買い入れた一般的な下級装備品は、全て上級装備にレベルアップした——一般的な魔術師による魔術付与では、ここまで効果が載ることはない……
「……一国の騎士団長が使ってるような装備品レベルだな。絶対に、他の奴らに使わせるなよ。盗まれるぞ」
「はーい!」
「分かりました」
ライの忠告に、レイもレヴィも素直に頷いた。
ライは、この調子では先が思いやられるなと、遠い目をした。




