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鈴蘭の魔女の代替り  作者: 拝詩ルルー


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ユグドラ花祭り1

「前が見えないんですが……」

「二百年前の臨時調整の時よりもマシだ。外に出るならゴーグルとマスクをしっかりしろよ」


 窓の外を覗いたレイに、ウィルフレッドが注意事項を伝えた。


 本日、ユグドラは猛花吹雪に見舞われていた。


(……花粉症の人からしたら、拷問以外の何物でもないかも……)


 満開の桜のような花祭りのイメージで期待していたレイは、裏切られた気分だ。

 もはや満開を通り越して、黄砂で目の前が見えない警報レベルで散った花が空を飛び交い、ユグドラ全体を黄色く包み込むほどの荒れ模様だ。これが一日二日続くらしい。

 しかも原因が自分なので、レイは大変いたたまれない気持ちでもあった。


 ユグドラの樹の花は、世界の魔力調整のために大体四、五年に一回のペースで秋に咲く。前回は二年前に咲いたが、今年はレイがこちらの世界に召喚されたことに伴い、魔力の臨時調整のために咲いている。


 臨時調整の年は、花の咲き具合がかなり荒れるらしい——今年のように……



***



 レイが窓から外をぼーっと眺めていると、ミランダとシェリーにこっちおいでと手招きされた。

 二人は髪の毛にユグドラの花をバレッタのようにあしらっていて、ヘアアレンジしている。


 ユグドラの花は、ジャスミンの花のような形をした五枚花弁の直径三センチメートルほどの花だ。甘くて爽やかな香りがする。


 ミランダは豊かな金髪を緩やかな三つ編みをまとめたシニヨンにして、左サイドから後ろにかけてユグドラの花をつけている。すっきりとまとめつつも華やかだ。


 シェリーは小麦色の髪の上部を捻ってまとめたハーフアップを、ユグドラの花で留めている。珍しく毛先を緩やかに巻いて、清楚で女性らしい雰囲気だ。


 二人とも、とてもおしゃれでかわいらしい。


「なになに?」とレイが近寄って行くと、サッと確保され、鏡の前の椅子に座らされた。


 レイはユグドラの花をヘアアクセサリーに、複雑なヘアアレンジをされた。ロングの黒髪を緩く捻って数箇所留めた後、所々に散りばめるようにユグドラの花や蕾を編み込まれ、左前へと流した。

 本日のすとんとしたIラインの白いワンピースに映える出来栄えだ。

 ワンピースの後ろ側には深いタックが入っていて、その溝部分は黄色い生地になっており、タック上部は大きなサテンの淡いクリーム色のリボンで留められている——さながら花の妖精のようだ。


「「かわいい〜!!」」


 女性は髪や服にユグドラの花をつけるのが、この祭りの習わしだ。

 琥珀もリボンにユグドラの花を付けてもらって、ご機嫌だ。ぶんぶんと大きくゆったり尻尾を振っている。


「花祭りの時は特別なスイーツが食べられるの。行かない?」

「特別なスイーツ!? 行きます!」


 シェリーのお誘いに、レイは目を煌めかせて二つ返事で頷いた。



 ユグドラの樹、低層階にある食堂は女性で溢れかえっていた。甘い香りが扉の外まで漏れ出ている。


 食堂の主人アニータは、忙しそうに調理場と食堂の大テーブルを行き来していて、両手のトレイの上にはショートケーキとパンケーキが載っている。

 彼女はエプロンの胸元に、ブローチのようにユグドラの花をあしらっていた。


「おや、いらっしゃい。みんな綺麗だね。ちょうどケーキが焼けたから食べていきな」


 アニータが満面の笑顔で迎え入れてくれた。



 花祭り限定のスイーツは、花ケーキとパンケーキの二種類がある。


 花ケーキは、ユグドラの花をあしらったショートケーキだ。スポンジの間にはユグドラ周辺で採れた季節のフルーツがたっぷり入っている。今回のフルーツは、葡萄といちじくだ。スポンジの間だけでなく、ケーキのトップ部分にも色鮮やかにフルーツが飾られている。

 なお、ユグドラの花も一緒に食べられる。


 パンケーキは、シンプルにユグドラの花蜜を楽しむためのものだ。

 ユグドラの花蜜は、数年に一度の花が咲いている時にしか採れないうえ、上級魔術薬の材料としても使われるため、パンケーキにたっぷりかけて食べるのはとても贅沢な楽しみ方だ。

 花祭りの間だけの限定メニューとして、ユグドラの住民たちに愛されている。


「花蜜、お届けにあがりましたー!」


 花の妖精たちが、採れたてのユグドラの花蜜を届けに来た。


 ユグドラの花蜜は、特殊な魔道具で妖精や精霊たちが採集している。

 ユグドラの樹の枝葉層でしか採れないので、レイは見に行くことができないのが残念だ。


 今年は大豊作なので、ユグドラ中の妖精や精霊がかき集められて採集している——ある種、別の祭りがユグドラの樹の枝葉層では開催されていた。

 今年の花蜜は濃厚で質が良いため、妖精や精霊たちは「十年分ぐらいのストックは作るぞ!」と張り切っているらしい。


「妖精や精霊たちはこんな大荒れな花模様でも大丈夫なのでしょうか?」

「妖精や精霊は元々、自然から派生している子が多いから、今日みたいな状態でもあまり気にしてないみたいなの。むしろテンションが上がるらしいわ」


 レイの素朴な疑問に、ミランダが答えた。二人とも採れたての花蜜に目が釘付けだ。


「この花蜜がいい薬の元になるんだよな」

「今年のは質がいいね。ちょっといつもと配分変えないとかもね。それとも、もっと上級の作っちゃう?」


 食堂の端の方では、ヴェロニカとポリーがパンケーキを頬張りつつ、魔術薬の話をしている。研究者の彼女たちにブレはない。


 レイたちもケーキを貰って食堂の席に着いた。

 もちろん女子だもの、花ケーキもパンケーキも両方お皿に載っている。


「「「おいし〜!!!」」」


 花ケーキはふわふわのスポンジに、甘いクリームと少し酸味のあるフルーツのバランスが良い。ほんのりユグドラの花の甘くて爽やかな香りもする。


 パンケーキはシンプルなおいしさだ。焼きたてのパンケーキに、とろけたバターの塩味と花蜜の甘さで、何枚でも食べられそうだ。



「おら、お前ら、祭りの打ち合わせするぞ!」


 レイたちが花祭り限定のスイーツを食べ終わって紅茶を飲んでいると、防御壁部隊隊長で管理者のエイドリアンが食堂を覗き込んで声をかけてきた。


 その声を合図に、花祭り関係者たちはぞろぞろと会議室へと移動して行った。




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