ユグドラ花祭り2
ユグドラの樹、中層階の会議室内は、いつもよりも人数が多く、人で溢れかえっていた。
ユグドラの花祭りは、ユグドラの管理者が勢揃いするだけでなく、祭りの運営係も会議に参加しているからだ。
「レイ、すっごくかわいいよ! 花の妖精さんみたいだ! ついでに僕のお嫁さんにならない?」
レイたちが会議室に入ると、アイザックがサファイアブルー色の目を輝かせて、レイを抱き上げた。
すかさず、べしんっと平手打ちのいい音がする——ウィルフレッドが、アイザックの頭を叩いたのだ。
「何を言ってるんだ、お前は。レイ、かわいくしてもらったな」
「はい!」
ウィルフレッドが、いつものようにレイの頭にポンッと手を載せようとして、止まった。嫌な予感がしたのだ。
彼がふと見ると、ミランダとシェリーがこちらを睨んでいた。「そのヘアスタイルを崩すな」と二人の目が物語っている。
「あ、はい。すみません」とウィルフレッドは思わず手を引っ込めた。
「レイ、こっちにおいで」
フェリクスが会議室の奥の方の席から、手招きをしている。
今日は聖鳳教会の大司教の服装ではなく、白いシャツにグレーの細身のパンツというシンプルな服装だ。
レイがフェリクスの側に寄ると、サッと捕獲されて膝の上に座らされた。
降りる! とレイがジタバタしていると、
「今日は人が多くて座りきらないから、ここにいなさい」
とフェリクスに膝の上に固定された。
(……そこまで子供じゃないのに!)
むう、とレイがむくれてフェリクスを見上げると、
「せっかくかわいくしてもらったのに、そんなにむくれてたらもったいないよ」
と耳元で囁かれ、膨れた頬をつつかれた。
レイが別の方向を向くと、今度はフェリクスの隣に座ったウィルフレッドにも頬をつつかれ、余計にレイはむくれた。
「じゃあ、そろそろ花祭りの打ち合わせを始めようか」
フェリクスの一声で、がやがやとしていた会議室は静かになった。
会議室内の雰囲気が一気にピシリと引き締まり、特に魔物たちの中には、先代魔王の前のため、緊張の面持ちでいる者が多い。
「みんな久しぶりだね。この会議に僕が出るのも久しぶりかな。花祭りの祝祭についてだけど、今年はかなり荒れてるからね、いつやろうか?」
祝祭は花祭りの最も大事な儀式だ。
ユグドラの樹の東西南北から祝いの魔術詠唱——祝詞上げをし、ユグドラの樹を通じて世界の魔力を調整していくのだ。
ユグドラの花祭りは毎回、この荒れ狂う花の中でも祝祭を執り行いたい強行派と、一旦荒れが収まってから祝祭を執り行いたい保守派に別れる。
強行派は、荒れてる花もある種祭りの醍醐味と、魔物や血の気の多い者が支持している。
どうやら花の荒れ飛び具合に比例して、テンションが上がるらしい。
モーガンも普段は強行派だが、今年はドワーフ酒を大量に仕込みたいらしく、保守派に回ってる。
保守派は安全第一だ。
目も開けていられないほどの猛花吹雪の中で祝祭を執り行うのは危険だ、という主張だ。
こんな荒れ狂う花吹雪の中、外に出て花や花粉にまみれるのが単に嫌だというのもある。
インドア派のアイザックや、めんどくさがり屋のエルネストは保守派だ。
今年は荒れの酷さから保守派が多く、祝祭は花吹雪が収まってからということになった。
それでも暴れたい強行派は、花が荒れた年にしかできないという花合戦を行うことになった。
魔力で固めたユグドラの花を投げ付け合うという、雪合戦の酷いバージョンだ。血の気の多い魔物たちや防御壁部隊の筋肉たちが、甘く爽やかな香りを靡かせて外ではしゃぐのだ。この時ばかりは訓練場も自主的な賑わいを見せるそうだ。
「おそらく、明日も丸一日は花も荒れてるだろうから、祝祭の儀式は明後日だね。陣描き担当は早朝から準備で、可能なら昼過ぎから祝詞上げだね」
フェリクスの言葉に、祝祭担当者たちは頷いてた。
「防御壁部隊は、魔術師と飛行系魔物メインでいく。この花の荒れようだ、通常よりも妖精や精霊、魔物たちの暴走飛行や迷惑行為の可能性が高い。念のため、見慣れない奴や酒気帯び飛行なんかにも目を光らせる予定だ。臨時の詰所もユグドラの樹の低層階に設置したから、そこも利用可能だ」
防御壁部隊隊長のエイドリアンの言葉に、全員が気を引き締めた。
花祭りでは毎回、テンションが上がった妖精や精霊の暴走飛行や、血の気が騒いだ魔物たちの迷惑行為などが確認されている。それで建物や備品が壊されたり、酷い時には住民に怪我などの被害も出たりしている。大抵はユグドラの街ではなく、森に住んでいる者たちが騒動を起こしていることが多い。
その他、屋台や店舗の営業についての諸注意、祝祭についての最終確認や後夜祭の花火についての話がなされた。
「……では、本日の打ち合わせは以上だ。これだけの荒れ模様だ、みんなくれぐれも気をつけてくれ」
ウィルフレッドの一言で打ち合わせは終了した。
打ち合わせが終わると、特に役目の無い者たちは花見の宴会に突入だ。
ユグドラの樹のバルコニースペースに、ドーム状の結界が張られ、宴席が設けられた。
ドワーフ酒が振る舞われ、祝いの料理がどんどんと運ばれてくる。
ドームの外は、飛び交うユグドラの花で黄色一色となっている。
時々、枝葉層で花蜜の採集作業をしている妖精や精霊達がふらりとやって来てはつまみ食いをし、また作業へ戻って行く。
「レイはダメだぞ。この前も匂いだけで酔っ払ったじゃないか」
フェリクスに付いて行ったレイは、早々に会場前でウィルフレッドに止められた。
「おや? そんなことがあったのかい?」
「ドワーフ酒の匂いで、次の日にレイの具合が悪くなったんだ」
ウィルフレッドは簡単にフェリクスに説明をした。
「せめてご飯だけでも欲しいです!」
「食堂でも同じものを出してもらえるから、そっちに行きなさい」
「むう……宴会の雰囲気がいいのに」
ずっと宴会場にいたいわけではないが、祭りの雰囲気を少しでも味わいたかったレイはとても残念そうだ。しゅんと肩を落としている。
フェリクスとウィルフレッドは、やれやれといった表情で互いに見合わせた。
「僕も少しだけ顔を出したら戻って来るから、そしたら僕の部屋で一緒に花見をするかい?」
「義父さんの部屋で花見?」
レイは目をぱちくりさせた。
(義父さんの部屋ってあったっけ?)
ユグドラの樹の中層階には、管理者個人の部屋がある。
レイは順番に部屋とその主人を思い浮かべていったが、該当するような部屋は無かった。
「ああ、僕の部屋は高層階にあるんだ。普段使わないんだけど、いつでも飛び立てるように、ここほどは大きくないけどバルコニーもあるんだよ」
「そうなんですね! それじゃあ、もうちょっと待ってます!」
(高層階かあ……それじゃあ分からなかったかも……義父さんの部屋でお花見!!)
レイは高層階の個人部屋に入ったことが無かったので、わくわくしてきた。プライベートなバルコニーも、なんだか特別で素敵な感じがする。
機嫌を直したレイを見て、髪型を崩さないように丁寧に頭を撫でた後、フェリクスは「ちょっと行って来るね」と言い残して宴会場に入っていった。
レイもいってらっしゃい、と笑顔で手を振った。
***
「……ここ、どこ?」
数分後、レイは見知らぬ場所にぽつんと立っていた。




