ユグドラ魔術研究所
「これはまた珍しいな」
「私もはじめて見たー!」
スラリと背の高い美人な魔物と、体長二十センチメートル程の可愛らしい妖精が、禍々しい物を覗き込んでいた。
金属製のシンプルなデスクの上には、禍々しい呪いの気配をはらんだ護符と鉈、そして黒いオーラをまとった絵本が並べられている。
レイたちは今日は、魔動絵本の任務で手に入れた呪いの品を、ユグドラの工房街にある魔術研究所に解析依頼に来ていた。
魔術研究所では魔術や魔道具、魔術薬など、魔術関係の解析を行なっている。
また、その解析結果を元に、新たな魔道具や魔術薬を研究し、実用化できれば工房街で製作させている。
しばらく研究素材確保の旅に出ていた魔術研究所所属の管理者がユグドラに戻って来たため、はじめましての挨拶も兼ねて、レイも訪れたのだ。
アイザックは魔動絵本の調査任務の責任者として入手経緯を説明しに、ウィルフレッドはアイザックが暴走しないようお目付け役としてついて来ている。レヴィはレイの護衛だ。
「そういえば、レイとレヴィは初めましてだな」
「私たち、素材集めでしばらくユグドラの外に出てたからねー!」
ワタリガラスの魔物のヴェロニカは、黒髪青目のかっこいい美人だ。
ショートヘアで、青い一粒石のピアスをしている。すらりと細身の長身で、宝塚の男役のような雰囲気は、パンツスタイルがとても様になっていて、研究者らしい膝下丈の白衣も格好良くキマっている。
錬金鍋の妖精のポリーは、ライラック色の髪に桃色の瞳の可愛い妖精だ。
ふわふわのボブヘアをしていて、垂れ目でとても女の子らしい顔立ちだ。スカート部分がふんわりと広がったワンピースに、フリルのついた白いエプロンをしている。妖精の羽は、アゲハ蝶のようで華やかだ。
「ヴェロニカが魔術研究所の所長で、私が副所長なの!」
のんびりふわふわした口調で、ポリーが教えてくれた。
二人はユグドラに来る前からコンビを組んでいたらしい。
質の良い魔道具や魔術薬を作っては売っていたが、女性二人組なので舐めて見られることが多く、いちゃもんを付けられたり、「うちに来ないか」としつこく勧誘されたりしてきたそうだ。
ユグドラの管理者に誘われたのを機に、こちらに移ったそうだ。
「研究に集中したいから、そういうのが煩わしくて……ユグドラではそういうのが無いからありがたいな」
ヴェロニカが当時をほろ苦く回想した。
「ねぇ、レイは異世界から来たんでしょ。こっちの人間とどう違うのか、ちょっと気になる!」
ポリーがわくわくを抑えきれないといった目で、レイを見つめてきた。ヴェロニカもポリーの言葉を聞いて、ギラリと瞳を煌めかせて、レイを見つめ始めた。
二人とも手をわきわきとさせて、じりじりと距離を詰めて来る。
「はい、ストップ! 君たち、研究者の怖い目つきになってるからな。解析しようとして、レイを困らせるな! ギラギラしすぎだ!」
レイはなにやら悪寒を感じて、ウィルフレッドの後ろに隠れた。下手したら解剖されそうな勢いだ。
ウィルフレッドが防波堤になって、目をギラつかせた研究者たちを押しとどめてくれている。
「あーん、ちょっと魔術解析するだけだから!」
「ちょっとだけ! ほんのちょっと魔力を通させてもらうだけでいいんだ!」
「ダメだ! フェリクスに怒られるぞ!」
研究者二人は、ウィルフレッドの後ろに隠れたレイを覗きこもうと必死だ。
ウィルフレッドも両手を広げて、とうせんぼしている。
「……じゃあ、レヴィならいいかな?」
ぐりんと二人の頭が、レヴィの方に向き直った。標的が変わったようだ。
「聖剣が人型化したなんて初めて聞いたし、しかもレイの魔力を使って、レヴィが発動してるんでしょ? どうなってるのか気になるー!」
ポリーが瞳をギラつかせて、今度はレヴィとの距離を詰め始めた。手もわきわきと動かしている。
「レイとレヴィの間の魔術回路はどうなってるんだ? 距離によって不具合が出たりとかするのか?」
ヴェロニカもポリーと全く同じ表情をして、レヴィに迫って行く。
「!!?」
普段は淡々としているレヴィも「強敵ではありませんが、なにか背筋が凍るような感覚がします」とたじたじだ。
珍しく怯えて、レイの背中に隠れてしまった。
「何、レイの後ろに隠れてんの」
アイザックが、じと目でレヴィを見つめた。
ユークラスト地方の任務後、アイザックはレヴィに対して、割とズバズバ言うようになった。はじめは聖剣ということで戸惑っていたようだが、ユークラスト地方でいろいろあり、遠慮が無くなったのを通り越して、やや雑めに対応するようになった──ある意味、親しくはなっている。
「これは戦闘態勢の陣形の一つです。レイに私を装備してもらうなら、この位置が正しいです」
戦闘態勢という割には、若干ぷるぷる震えている。聖剣でも、殺気とは違うこの種のプレッシャーには弱いようだ。
「装備しないよ。今日は戦いに来たわけじゃないし」
レイが後ろを振り向いて、諭した。
「とにかく、魔動絵本の呪物について説明してもいい?」
アイザックが肩をすくめながら提案した。用事をさっさと終わらせることにしたようだ。
***
アイザックは入手経緯を簡単に説明した。鉈についてはレイが持って来たため、レイが補足した。
「ふーん。呪いで変質して、通常なら持って来れないような物を、持って来れちゃったと……」
「うわあ……確かに、結構入り組んでるね。呪いマニアからしたら垂涎の品かもね」
「こっちの本は、呪いの精霊で種を作って、寄生先で育てて開花させるのか。人間にしては珍しいが、植物系の妖精や魔物がよく使うタイプの呪いだな」
ヴェロニカとポリーが呪いの品を見ながら、ぶつぶつと呟きだした。
「そういえば、こっちの護符はどんな効果だったんですか?」
「ああ、魔物寄せだよ。あと、大蛇に位置がバレて追跡しやすいようにマークする魔術もかかってるね」
「大蛇を騙すのではなくて、逆に呼び寄せるんですね」
レイがふと気になって尋ねると、ヴェロニカが説明してくれた。
レイは、一人で絵本に引き摺り込まれてたら危なかったなと、今更ながらひやりとした。被害者をなぶるような内容の護符に、呪いをかけた者の悪意をひしひしと感じたのだった。
「では、こちらはお預かりして、後ほど解析結果をお伝えしますね!」
ポリーはにこにこと呪いの品を受け取って、呪いが外に漏れないように抑える特殊な箱に納めた。受付票のような用紙も記入している。
「ああ、そうだ。今年はユグドラの花祭りがありそうだから、描画薬の用意をしておいてもらえないか?」
「臨時調整か……祝祭の魔術陣用だから、結構な分量が必要になるな……」
ウィルフレッドの言葉に、ヴェロニカは小さく唸った。眉間を親指と人差し指で揉み込む。
「そんなに大変なんですか?」
「ユグドラの樹を囲むように祝福の魔術陣を描いて、特殊な祝いの魔術──祝詞を捧げて、世界の魔力を調整するんだ」
「それなら、かなりの分量が必要ですね」
ユグドラの樹は、管理者の部屋が何部屋も入る程に大きい。そこを囲むように魔術陣を描いくのだ。相当な分量の描画薬が必要になってくるだろう。
ポリーも話を聞いていたのか、「えーっ!」とめんどくさそうに遠くの方で呻いていた。
(……うう、申し訳ない……)
レイは、自分がこの世界に召喚された影響なので、居た堪れない気持ちでいっぱいだった。
レイが眉を下げてしょんぼりしていると、ウィルフレッドがポンッと手を頭に載せてきた。
「レイは無理矢理呼び出された方だからな。気にしなくていいぞ」
安心させるように、にかっと笑って気遣うウィルフレッドを見て、
「ウィルってあんなに面倒見良かったか?」
「ねー、はじめて見たー」
ヴェロニカとポリーがひそひそと話し合っていた。
***
呪いの品の解析は、だいたい一週間くらいで結果が出るそうだ。
描画薬の方は、花祭りに間に合うように準備を進めると、ヴェロニカが言っていた。
「お姉様方はパワフルですね……」
「あの子たちは魔術師らしい魔術師だよ。自分が興味のあることに貪欲で、時々行き過ぎるんだ……これでも一応、優秀な研究者なんだぞ……まあ、何か困ったことをされそうになったら、フェリクスか俺に言ってくれれば大丈夫だから」
少しぐったりしていたレイを気遣って、ウィルフレッドがフォローしてくれた。
「是非、お願いします!」
レイでは、あのお姉様方の暴走は止められそうにないので、丁重にお願いした。
「花祭りについては気にせず楽しめ。数年に一度だろうが、臨時調整だろうが、ユグドラの樹に花が咲くのはみんな楽しみにしてるんだ。この時ばかりは、ユグドラの管理者がほとんど集まるから、フェリクスも戻ってくるぞ」
「義父さんが!?」
レイの目がきらりと光った。
アクロバット飛行をしたがるのは困りものだが、レイは義父が大好きだ。
「出店も出るし、義親子水入らずで楽しむといい」
「はい!」
にっこり笑ったレイの頭を、ウィルフレッドがポンッと撫でた。
「フェリクス様、戻られるよなあ。レイを誘うのは無理か……」
一方で、アイザックはがっくりと肩を落としていた。




