目指せ!ダンジョン管理士!6
魔術師の技巧箱は、全部で地下百階層まである。
ただ、一般来場者は、九十階層までしか入れなくなっている。九十一階層から下は、ダンジョン魔物たちのプライベートゾーンとなっているからだ。
初級ダンジョン管理士の講習会が開かれるまで、レイは九十一階層から下の最最下層ですごしていた。
最最下層には宝物庫や温泉があり、レイはフェリクスの力を借りて、ダンジョンの模様替えをしていたのだ。
滅多にわがままを言わない義娘におねだりされ、気を良くしたフェリクスは、次々とダンジョンを作り変えていった。
温泉施設は、脱衣小屋をより豪華にし、男湯と女湯の仕切りの壁をより高く頑丈なものに変えた。そして、男湯と女湯の出入り口も、ハッキリ分けたのだ。
空いていた階層には、二階建ての木造コテージが七棟建った。
レイが、温泉に浸かって綺麗になった後に野宿をしたくなかったという理由もあるが、初級ダンジョン管理士の講習会受講後に、希望者が宿泊できるようにしたのだ。
──こうして、広々とした温泉付きのアウトドア宿泊施設が、最難関ダンジョン「魔術師の技巧箱」の最最下層にできあがったのだった。
コテージのウッドデッキでは、木製の丸テーブルを囲んで、レイと異形の階層ボスたちが、真剣な表情で額を突き合わせていた。
「……これで、あがりです!」
「ぎゃあああっ!!」
レイがジョーカーとスペードのクイーンのカードをその場に並べると、ブルドッグが手持ちのカードを上に放り投げて、叫び声をあげた。
「クックック。ブルドッグを倒したか。だがそやつは四天王でも最弱──」
ベルモントが、悪徳貴族のような悪い顔をして、ほくそ笑むように口ずさんだ。
「あっ! ずるい! そのセリフ、私も一度言ってみたかったのにー!」
ジンデイジーが、すぐさまベルモントをビシッと指差す。
「こういうものは、先に言ったもの勝ちでしょう」
ベルモントは、しれっと自分を正当化した。軽く肩をすくめる。
──最最下層の改装が終わった今、レイたちはカードの七並べに興じていた。
「お嬢様は広い知見をお持ちですね。まさか、カードにババ抜き以外の遊び方があるとは」
隣のテーブルでは、このダンジョンのラスボスであるギムレットが、執事のようにフェリクスの背後に控えていた。感心したように小さく頷いている。
「七並べは結構有名な遊び方だと思うけどね」
フェリクスは、ゆったりと優雅に紅茶を口に運んでいた。
空き階層は、コテージを建てた際に、青空が映える林と野原のフィールドに変えられていた。
木々の深い香りを含んだ風が、爽やかに吹き抜けていき、とても気持ちの良い気候だ。
清々しい晴天の下、カードに興じるレイと四天王たちの、キャッキャとはしゃぐ声だけが響いていた。
「そういえば、講習会の参加者はどのくらいだろうか?」
フェリクスがふと尋ねた。
すぐさま、ギムレットがキビキビと答える。
「はっ。欠席の連絡をいただいているのは、鉄竜王カタリーナ・バンデラス様と火竜王ガロン・イブリス様ですね。『ダンジョン管理士の称号を持っていては、ダンジョン攻略がつまらなくなる』との理由だそうです」
「彼ららしい理由だねぇ」
「その他の参加者は、今のところ全員出席の連絡をいただいております」
「おや? 全員が参加希望だなんて、嬉しいねぇ」
ギムレットの回答に、フェリクスは穏やかな笑みを浮かべた。
「会場の準備は大丈夫なのかい?」
「はっ。九十階層──私のボス部屋を会場として使用する予定です。私の領域ゆえ、一瞬で準備が可能です」
「いいねぇ。ボス部屋での講習会なんて、豪華だねぇ」
「フェリクス様の一千年ぶりの講習会に利用していただけるとは、身に余る光栄です」
ギムレットは、うやうやしく腰を折ってお辞儀した。
「ふふっ。明日の講習会が楽しみだね」
「左様ですね」
フェリクスが口ずさむと、ギムレットもつられたようにフッと口元を綻ばせた。
***
──翌日、九十階層ラスボスの間には、講習会の参加者が続々と集まり始めていた。招待状に添えられていた転移のスクロールを使って、やって来たのだ。
紫色に金の刺繍が施されたカーペットの上には、次々と転移の魔術陣が淡い光を放って広がり、そうそうたる参加者が、その場に降り立っていった。
ラスボスの間は、まるで魔王城にでもありそうな王の謁見の間のような内装だった。一つ違うのは、いつでも冒険者と戦闘できるように、非常に広々とした空間になっていることだ──ただ、今まで誰も訪れたことが無いため、使われたことはなかった。
ゴシック風の室内では、高い天井に向かって柱がすっくと伸び、柱頭にはいかめしい竜やガーゴイルなどの魔物の姿が彫られていた。
壁には非常に大きなステンドグラスがはめられ、時折、稲妻の光とともに魔物の影が映り込んでいた。
非常に荘厳で、物々しい雰囲気がそこには漂っていた。
奥に据えられた漆黒の玉座も、室内の装飾に負けず劣らず、ゴテゴテと厳つい飾りや彫りが施されていた──まさにラスボスに相応しい玉座だ。
そこには、フェリクスがゆったりと寛ぐように座り、参加者が集まるのを待っていた。
「みんな、よく来てくれたね」
フェリクスが穏やかに微笑んで、迎え入れた。
フェリクス自身は、普段と同じ聖職者らしい優しげな笑みを浮かべているつもりだった。
ただその笑みは、この場の恐ろしげな雰囲気もあってか、周りからは、魔王の貫禄と余裕を感じさせるものに見えていた。
「おぉ……」
「まさに魔王様……」
講習会の参加者たちは、誰ともなく感嘆の声を漏らした──まさに、先代魔王として相応しい姿だった。
(義父さんが、ものすごく魔王様してる……!)
レイは内心、とても驚いていた。いつもの穏やかで優しいフェリクスからは全く想像ができない、妖しく凄みのある雰囲気に、すっかりのまれていた。
「フェリクス様、この度はお招きいただきありがとうございます」
「ご無沙汰しております、フェリクス様。ご招待いただきありがとうございます」
ニールとハムレットが、早速、玉座に近づいてうやうやしく挨拶をした。
「うん、二人ともよく来たね。歓迎するよ」
フェリクスも鷹揚に頷く。
竜王二体の挨拶を皮切りに、玉座の前には、フェリクスへ挨拶するための長い行列ができた。どうやら、数百人近い魔物や精霊、妖精などの人外者が招待されていたようだった。
「おや? 三姉弟が揃うなんて珍しいね。何百年ぶりかい?」
フェリクスは、目の前に並んだ緑色の髪の面々に、目を丸くした。
「うふふっ。お久しぶりですわ、フェリクス様。私たち、案外ちょくちょく会ってますのよ?」
真ん中に立っている女性が、ふわりと微笑んで挨拶した。
ウェーブがかった柔らかそうな髪は肩下くらいで、パッチリと大きな瞳は、星々が煌めく黄金眼だ──癒しの精霊女王ユーフォリアだ。
弟のエルネストとユリシーズは、ユーフォリアの少し後ろに立っていた。
二人とも中性的に整った顔立ちで、双子のように瓜二つだ。兄の方のエルネストは、本日もトレードマークの白衣を羽織り、ユリシーズは癒しの大司教の服装ではなく、簡易な詰襟の神官服を着ていた。
一通りフェリクスへの挨拶が終わると、本来このラスボスの間の主人であるギムレットが、白い手袋に包まれた手をパンッと打った。
瞬きのうちに、フェリクスが座っている玉座の横にホワイトボードがあらわれ、玉座と向かい合うように、参加者用の長机とパイプ椅子が大量に用意された。
(……ものっすごい異様な光景なんだけど……!)
レイは思わずじと目になった。
魔王城らしいゴシックで荘厳な室内に、事務的で無機質な机や椅子が並ぶ姿は、とんでもなくミスマッチ感があった。
「それでは、講習会を始めるから、席に座ってもらえるかな?」
フェリクスが、玉座で穏やかに指示を出した。
「レイ、隣にいいかな?」
ハムレットはサッとレイの片手を取ると、その場で片膝をついてひざまづいた。じっと熱っぽい視線で、レイの目をまっすぐに見上げる。
「レイ。ハムレットがいると講習に集中できないだろう。それに、フェリクス様がレイのために開いてくださった講習会だ。最前列に行くぞ」
ニールはパシリとハムレットの手を跳ね除けると、レイの手を引いて、最前列ど真ん中の二人席に堂々と陣取った。
「ああっ! 待ってよ、ニール!」
ハムレットは渋々、通路を挟んでレイの隣の席に着いた。ただ、性懲りもなく、うっとりとレイの横顔を見つめていた。
(むぅ、なんか真横から視線を感じる……)
レイは、左頬にピリピリくるほど熱い視線を感じて、そっちの方を見ないよう視線を逸らした。
「ハムレット、他の受講者の邪魔をしてはいけないよ」
「……はい……」
見かねたフェリクスが注意すると、ハムレットはしょんぼりと視線を前に向けた。
講習会の内容は、思いの外、当たり障りのない普通のものだった。むしろ、何かの資格試験のように、理路整然とまとまったものだった。
初級ダンジョン管理士の称号の効果や、それによって何ができるのか。ダンジョン内でのルールや注意点のほか、ダンジョン管理士のみが使用できる専用魔道具の使い方や、情報の閲覧の仕方などなど──フェリクスは、穏やかでゆったりとした声のトーンで、一つ一つ丁寧に説明していった。
(……むぅ。義父さんの声が癒しすぎて、ちょっとヤバい……)
レイはフェリクスの前で、カクンと首を落としそうになった。
「レイ」
「む?」
「後ろを見てごらん」
隣の席のニールが、レイの耳元でささやいた。
(後ろ? ……ヒィッ!!?)
レイが横目でチラリと後ろを振り返ると、列の最後尾の席には、教会関係者らしき制服をまとった強者たちが腕を組み、ズラリと並んで座っていた。そして、爛々と獲物を狙うような視線で、参加者たちに睨みを利かせていた。
「グゴッ!?」
バタンッ!!
「「「「「!!?」」」」」
ちょうどその時、眠気に負けて船を漕いでいた参加者が、ものすごい勢いで机に突っ伏した。彼の後頭部から、ぽろりと小石が転がり落ちる──どうやら、後ろの席の誰かから、物理的に制裁を加えられたようだった。
彼の近くの席に座っていた参加者たちは、完全に顔色を青ざめさせ、怯えるようにフェリクスの方を振り向いた──自分も狙われたくはないからだ。
(とっ、義父さんの側近の方々が、お、おおお恐ろしすぎる!!!)
レイはぷるぷると小刻みに肩を震わせた。
「眠気が覚めただろう?」
「……ふわぃ……」
ニールに小声で訊かれ、レイは恐怖のあまり目をギンギンにさせて、しっかりと前を向いたのだった。
※今週は金・土に投稿予定です。




