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鈴蘭の魔女の代替り  作者: 拝詩ルルー


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目指せ!ダンジョン管理士!5

 レイたちはモニター室から出ると、近くにあった階段を、より下の階層へと下りて行った。


 洞窟内なので、淡い黄緑色の光をまとった魔蛍石(まけいせき)が壁や天井、地面にボコボコといくつも埋まっている──まるで、夜空の星々が瞬くトンネルの中を彷徨い歩いて行くような、どこか宇宙の果てへと吸い込まれていきそうな、不思議な感覚に陥りそうな景色だ。


 ブルドッグは、真ん中の頭は進行方向を向いていた。右側に付いてる狼頭は、陽気にスンスンフゴフゴと鼻歌を歌い、左側に付いてる狼頭は、ギョロギョロと警戒するように周囲を見回していた。


「こっちはダンジョンの魔物しか通れない裏の道っす」

「あれ? 私が通っていいんですか? 私、人間ですよ?」

「何言ってるんすか? お嬢はダンジョンの魔物扱いっすよ」

「え゛っ!?」


 レイはびっくりして、ぴょこんと跳ねた。


「ここは僕のダンジョンだからね。レイは僕と親子契約があるから、僕が創ったダンジョン内では魔物扱いになるよ」

「私が、魔物扱い……」


(なんか不思議な感じ……)


 レイはその場で立ち止まると、目をしぱしぱさせた。


 後ろを歩いていたフェリクスが、「ほら、行くよ」と、すり抜けざまにレイの頭をぽんと撫でて行った。



「着いたっす! ここが宝物庫っすよ! ここにはダンジョンのドロップアイテムが、全部納めてあるっす!」


 階段を下り切った行き止まりには、高さ十メートルはあろうかという巨大な扉が壁に埋め込まれていた。

 大扉には、防犯やら何やら複雑な魔術陣が彫られていて、淡い光を放っていた。


「私が入っちゃっても大丈夫なんですか?」

「お嬢なら、別にかまわないっすよ〜」


 ブルドッグは軽く返すと、空間収納から宝物庫の鍵を取り出して、サクサクと鍵を開けた。

 上腕に筋肉がもりもりと浮かんだ両腕を大扉に突き立てると、ゴゴゴ……と重たい音を立てて、押し開いていく。


 宝物庫の中は、宝の山……というわけでもなかった。

 ボロ切れや半分しか中身が入っていないポーション瓶のようなジャンク品から、武器防具などの装備品、異様な魔力を放つ呪いの品、宝石や金塊など本当の意味でのお宝まで、種々雑多な物が置かれていた。


「これは?」


 レイは、すぐ出入り口付近にあった大量の木箱に目を向けた。

 振り回すにはちょうどいい長さの木の棒が、ぎゅうぎゅうに突っ込んである。


「あっ、それは『ひのきの棒』っす! ただの棒切れっすね! 上層階のハズレドロップ品っす!」


 ブルドッグが、右の頭だけで軽く確認して、教えてくれた。


(この世界にもひのきの棒が……)


 レイは、元の世界でも聞いたことがある武器名に、思わずじと目になった。さりげなく鑑定してみると、やはり攻撃力は二だった。


「こっちの区画は呪物なんで、気をつけてくださいっすよ〜」


 ブルドッグが指差した先には、黒々とした魔力を発している棚の一群があった。


 剣も鎧も壺も謎の人形も、品物自体は欠けもひび割れも無い美品ばかりだが、どれもこれも呪い魔力をまとっていて、煤けたような色合いをしていた。


 ただ、レイは職場の黒の塔で慣れているせいか、なんだか馴染み深い感じがしていた。


「こっ、これはっ!?」


 レイは、とある棚に置かれた本に、一気に目が吸い寄せられた。


 表紙に書かれているのは、『わしのイチャコラ♡パラダイス』──どこかでタイトルだけは耳にしたことがある本だった。


 レイの脳裏を、巨大アフロがモサモサと通り過ぎていく。


(ヒィッ!! しかもサイン本!!?)


 思わず手に取って表紙を開いてみると、見返し部分には、著者ガイドルニウスの直筆サインが描かれていた──ケツあごの爺様らしい、サンドワームがのたくったような力強くて荒々しいサインだ。


(意外と達筆!?)


 レイは目を瞠った。

 ただ、そこから先は、なぜかこめかみのあたりがガンガン痛くなってきて、読み進めることはできなかった。


「ああ、これ、まだあったんだね」


 フェリクスが、珍しくなんとも言えない表情で、覗き込んできた。


「これはね、ガイドルニウスからもらったんだ。初版本だって。ただね、タイトルを一目見た時に、なぜか酷い頭痛がしたんだ。僕が頭痛を感じる程のデバフが付いたアイテムなんてなかなか無いからね。ダンジョンのハズレドロップアイテムにちょうどいいかと思って、ここに持って来たんだ」


 フェリクスが穏やかに教えてくれた。


「義父さんも、頭痛を……?」


 レイは内心慄いた──先代魔王にすら影響を及ぼす、とんでもない呪物だった。


「おや? それにしても、ずいぶん怨念を込めたんだね。いい呪物に育ってるよ」


 フェリクスは、子供からばっちい物を取り上げるように、レイからサッと本を奪うと、目を瞬かせた。


「ええ。外の世界を知れる貴重な書物ですから。ダンジョン内の魔物の間で、かなり回し読みしました。……ただ、内容が少し……その、ずいぶんと自慢くさ……いえ、自信満々な内容でしたので、反感を持つ者も多かったようです」


 フェリクスの後ろに控えていたギムレットが、スススと歩み出て、丁寧に説明してくれた。


「そうかい? ダンジョンの魔物たちの恨みや妬みも取り憑いたんだね……レイ、この本はもう手にしてはいけないよ。あとで手も浄化しておこうね」


 フェリクスが、今まで見たことがないほど真面目な顔で諭してきた。


「分かりました」


 レイもこれには素直に従った方がいいと感じ、こくりと頷いた。



***



「次は湯っす!」

「ゆ?」


 ブルドッグは、レイたちを次の場所へと案内してくれた。

 今度は階段を上って行く。


 何階か上ったところで、ブルドッグは木製扉を開けた。

 ほのかな硫黄の香り混じりの湯気が、もわもわと室内から廊下へと流れ込んでくる。


 だだっ広い空間には、ほこほことあたたかな湯気をあげる泉が、どどーんと湧いていた。

 その中を、ダンジョンの魔物たちが気持ちよさそうに泳いだり、目を細めてじっと湯に浸かったりしていた。


「わぁ〜! 温泉だぁ!!」


 レイはキラキラッと瞳を輝かせて、歓喜の声をあげた。


「私も入れますか!?」

「人間がこの湯に入るのは初めてっすけど、いけるんじゃないすか?」


 レイに訊かれ、ブルドッグは三つの首を全て傾げて、適当に答えた。


「あ、でも、ここには仕切りも壁も何も無いから、せめて女湯と男湯に分けてもらいたいかも」

「女湯? 男湯? 何すか、それ?」


 レイは年頃の乙女として、さすがに裸を見られたくないと、一生懸命説明した。


「つまり、メスとオスで入れる場所を分けるってことっすか?? でも、結局、浸かるのは同じ湯っすよね???」


 ブルドッグは心底不思議そうに、さらに首を右に左にぐにぐにと傾げた。


「私は見られたら恥ずかしいので、仕切りがあった方が安心して入れるんです!」


 レイもここは譲れないと、さらに主張する。


「う〜ん、こんな感じかな?」


 フェリクスは温泉の前まで歩いて行くと、地面に手を突いた。

 ゴゴゴゴ……と大きな水飛沫をあげて、温泉の底から板が迫り上がり、広かった温泉が、綺麗に真っ二つに寸断された。


「おぉ〜! あっ! あと、服を脱いで置いておける場所も欲しいです!」

「そうかい? こんな感じかい?」


 フェリクスは今度は、出入り口から少し離れた所の地面に手を突いた。またあっさりと、地面から生えてくるように、小屋がにょきっと建った。


「わぁっ! 義父さん、ありがとう!!」


 レイは、がばりとフェリクスに抱きついた。


 フェリクスは急に抱きついてきた義娘に驚きつつも、目尻をこれでもかと下げて、「うんうん。どういたしまして」とレイの頭を撫でていた。



「おい。ジンデイジーはどっちに入るんだ?」

「え〜っ? 私、無性だからどっちもいける? それとも、どっちもダメ?」


 少し離れた所では、ニコラシカとジンデイジーが、聞き捨てならないことをおしゃべりしていた。


(思いっきり見た目が女性だけど、実は無性だったんだ……)


 レイはフェリクスに抱きつきながらも、ギョッと目を丸くしていた。



***



(温泉は最高だったけど、やっぱり……)


「お泊まりは、野宿なんですね……」


 レイはダンジョンの一角で、空間収納から寝袋を取り出した。


 温泉に浸かって手足の先まで温まり、さっぱりして心も身体も癒されたものの、寝床は地面のすぐ上になった。


 レイの影からは、琥珀がスルリと出て来て、しなやかに伸びと大あくびをしていた。ダンジョン内のためか、すでに、元のライオンサイズに戻っていた。


(あ。天井の魔蛍石が、星空みたいで綺麗……)


 レイは寝袋の上にごろりと寝そべった。天井には、魔蛍石が満点の星々のようにほのかに瞬いていた。


「彼らはカードでもてなすって言ってたけど、レイは今日このダンジョンに来たばかりだからね。さすがに疲れてるだろう? 彼らには遠慮してもらったよ」

「ありがとうございます」


 フェリクスは、レイのすぐそばにしゃがみ込むと、彼女を覗き込んで伝えた。


「さて。ここは魔物あふれるダンジョンだよ? 危険だとは思わないかい?」

「? 私もここでは魔物扱いなんですよね? じゃあ、仲間だと思われてるから、平気なんじゃないですか?」


 レイはきょとんと訊き返した。


 フェリクスは、いきなり元のフェニックスの姿に戻った。

 すらりと長く伸びた首に、白孔雀のように長く豪華な尾羽。白く細長い嘴と脚は、白磁のようにつるりと磨かれているかのようだ。白銀色の羽や羽毛には、オーロラのように黄色やオレンジ、ピンク、赤と次々と色を変えていく炎をまとっている──天上のものとしか思えないほど優美で美しい生き物が、そこには立っていた。


 ここはダンジョン内で広々とした空間だからか、レイが今まで見た中で、一番大きな姿に変身していた。


『約束を覚えているかい? 危険な場所や野外では、僕の羽の下で眠ってくれるって』


 レイの脳内に直接響くような念話が聞こえてきた。


「…………!!」


 レイはしばらくポクポクと考えを巡らせていたが、急に思い出して、声にならない声をあげた。


「だっ、大丈夫ですよ! 誰も襲って来ませんよ!」


 レイは咄嗟に起き上がると、素早く逃げ出した。


(さすがにもう添い寝って歳ではないでしょう!!?)


「みゃっ!?」


 フェリクスは長い首をシャッと伸ばして、問答無用にレイの服の首裏を捕まえた。

 そして、彼女を自身の羽の下にしまい込む。


『琥珀、レイを押さえておいで』

「グルル」


 琥珀は素直に命令に従って、フェリクスの胸元の羽毛にバフッと突入した。

 羽毛の下でレイを見つけると、琥珀は甘えるようにゴロゴロと鳴いて、その上に遠慮なくのしかかった。


「み゛ゃぁ〜〜〜! 琥珀ぅ〜〜〜!! 上に乗ってもいい重さじゃなぁいぃぃ〜〜〜!!!」


 レイはじたばたして抵抗したが、琥珀がぴくりとも動かないので、諦めてそのまま五体投地した。


 羽毛の下では、教会でよく嗅いだほのかな香の香りがしていた。心落ち着く香木と爽やかな薬草の香りだ。

 琥珀の体温もお布団のように温かく、サラツヤな毛並みも肌触りが抜群で、余計に眠りを誘った。


 いきなり慣れないダンジョンに飛ばされた緊張と疲れもあってか、レイはすとんとそのまま眠りに落ちてしまった。


 羽の下が静かになると、フェリクスは優美で長い尾羽を、わしわしと満足そうに左右に揺らしたのだった。



***



「……フェリクス様、何をしておいでですか……?」


 専属護衛騎士のアルバンが、侍従を伴ってやって来た。承認が必要な書類を持って来てくれたようだった。


『仲間のフェニックスがね、以前、卵を抱くと幸せな気持ちになれると言っていたんだ……僕もやっと、その気持ちが分かったような気がするんだ』


 フェリクスは、今にも眠りに落ちそうな程ゆったりうっとりと瞬きをすると、念話で伝えた。


「つまり、レイお嬢様がそこにいらっしゃるのですね……?」


 アルバンは、フェリクスの胸のあたりの羽毛と地面の境い目に視線を向けた。

 完全に羽毛に埋もれている──おそらく、この世で最も安全で贅沢な羽毛布団だ。


『うん。書類のチェックは明日の朝でもいいかい? それから、三日後に初級ダンジョン管理士の講習会を開くから。招待状を送っておいてくれるかい?』

「はっ、かしこまりました」


 アルバンはやれやれと、口の端に笑みをほころばせた。

 ほっこりと幸せそうに目をつむるフェリクスをその場に残して、アルバンは侍従を連れて、教会へと戻って行った。




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