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鈴蘭の魔女の代替り  作者: 拝詩ルルー


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剣闘大会7

 剣闘大会は、つつがなく進行していた。


 参加者は、剣の腕に覚えのある冒険者、武者修行で諸国を旅する剣士、すでにどこかの騎士団に所属している現役の騎士や従騎士、剣の道を目指す貴族家の次男三男など多種多様だ。


 ただ、その誰も彼もが剣闘大会での優勝という栄誉と、その後に約束された地位、そして何より世にも珍しい武器──ドラゴンスレイヤーを求め、ギラギラと鋭く目を輝かせていた。


 レイが自身の席からチラリとマリアンヌの様子をうかがうと、彼女は常に笑顔を顔に貼り付けていて、何を考えているのか悟らせないようにしていた。


(……やっぱり、マリアンヌ様はこの大会に納得されていないのかな……?)


 レイはイシュガルに「大会の方に集中する」と言ってはいたが、不調そうなマリアンヌ本人を目の前にしてしまうと、どうしても心配の方が勝ってしまっていた。


「一応、魔術は使用可能のルールのはずだが、誰も使う者はいないな」

「そうですね……」


 イシュガルに話しかけられ、レイは生返事を返した。


 イシュガルは小さく苦笑すると、レイの膝の上で握られた拳に、大きな手を重ねた。きゅっとあたたかく包み込むように、優しく力を込める。


「? イシュガル団長?」


 レイはイシュガルの方をパッと見上げて、目をぱちくりさせた。


「友人が気になる気持ちは分かるが、ここは来賓席だ。我々は見られているのだからな、そんな難しい顔をしていてはダメだ」

「っ!」

「ただ、今がその機ではないだけだ。この状況がずっと続くわけではない」

「そうですよね……ありがとうございます」


(イシュガル団長の言う通りだ。今は動けないんだから、動くべきじゃない。ちゃんと観戦しよう)


 レイは真っ直ぐに闘技場の方を見た。小さく深呼吸をして、肩の力を抜く。


 レイの表情が穏やかに緩むと、イシュガルの手がレイの拳から離れていった。



***



 午前の試合がそろそろ終わりそうになった頃、マリアンヌがそっと席を外した。


 剣闘試合は、ちょうど実力が拮抗した者同士の戦いとなっており、本日で一番の盛り上がりをみせていた。


(マリアンヌ様、お手洗いかな……?)


 少し間を置いて、レイも手洗いに行くふりをして、席を立った。


 観客も、見回りのヴォルフェン騎士団の騎士たちも、試合の熱気に当てられて、みんなこぞって観戦していた。

 会場に併設されている騎士団の建物へと向かう者はほとんどおらず、そちらの方はひと気もまばらだった。


「きゃっ!」


 レイが建物内に入るために角を曲がろうとした瞬間、小さな叫び声が聞こえた。


「? マリアンヌ様……?」


 レイが不思議に思って足を早めると、そこでは三人がかりでマリアンヌを捕まえて運び出そうとしている男たちがいた。


「チッ、見られたか!」

「おい、上等な服着てるぜ。こいつも連れて行こう。金になりそうだ」

「抵抗するなら、この女がどうなるか分かるよなぁ?」


 マリアンヌを取り押さえていた一人が、彼女の頬にナイフを押し当てた。


 マリアンヌは完全に涙目で、怯えるように小さく震えていた。


(今、下手に動くのはまずいかも……)


「…………」


 レイは無言で、両手をあげた。無抵抗のポーズだ。


「よく分かってんじゃねぇか。オイッ」

「ヘイ」


 マリアンヌにナイフを当てていた男が顎先で指示すると、別の男がレイの方に近寄って来た。

 レイの腕を掴んで後ろ手に回すと、隠していたロープで手首を縛りあげる。


「お嬢様は捕まえたし、さっさとズラかるぞ」

「「ヘイ」」


 マリアンヌは、大きなずだ袋に入れられた。


 指示役らしき男は、一発ずだ袋に軽く蹴りを入れた。

 マリアンヌが袋ごと地面に倒れ込む。


「っ!?」

「身動きすんじゃねぇぞ。テメェはただの荷物だ」


 指示役の男は冷たくそう言い放つと、マリアンヌ入りのずだ袋を肩に担いだ。


「お嬢ちゃんも、叫んだり助けを呼ぼうとすれば、分かってるな?」


 指示役の男は、今度はレイを振り返って、冷たく見下ろした。


 レイの背中には、別の男が、他の人からは見えないようにナイフを突き立てていた。


 レイがこくりと頷くと、指示役の男は「それでいい」と短く言って歩き出した。


 レイも背後の男に小突かれて、しぶしぶ歩き始めた。


『琥珀』

『にゃ』

『レヴィとセーラにこのことを伝えて。みんなで助けに来てって』

『にゃ』


 レイが使い魔の琥珀に念話を送ると、一瞬だけ足元の影が小さくうごめいた。レイには、琥珀が急いで去って行く気配が感じられた。


(琥珀、お願い。急いでみんなに知らせて……)


 レイは祈るような思いだった。



 レイたちが連れて来られたのは、騎士団の建物裏にある使用人出入り口の方だった。

 いろいろな資材の搬入口にもなっているようで、何台もある荷馬車のうち、荷台が空いているものにレイとマリアンヌは押し込まれた。


 レイたちが寝転がっている上から、布か何かをかぶせられたかと思うと、荷馬車は足早に発車して行った。



「本当に、こんな小娘とドラゴンスレイヤーを、交換できるんすかねぇ?」

「子爵様は息子ばかりで、娘は一人きりだからな。愛娘の命がかかってんなら、おとなしく渡すだろ」


 レイの頭上の方から、人攫いの男たちの会話が聞こえてきた。

 どうやら、荷台に一緒に乗り込んでいるようだ。


(こいつら、マリアンヌ様を人質にして、ドラゴンスレイヤーを要求するつもりなんだ)


 レイは身動きができないまま、ギリッと歯を食いしばった。


「交換しないってなったらどうするんすか?」

「そんなん、売るに決まってんだろ! 年頃のお貴族様の娘だぞ、高く売れるに決まってんだろ?」

「売るだけっすか? なかなか可愛い顔してたから、その前に楽しみたいっす!」

「そいつはいいなぁ!」

「グフフフッ!」

「フヘヘヘッ!」


 人攫いたちは、さらに下卑た会話を繰り広げていた。


「オイ、お前ら。森に入るまでは口を慎めよ。周りから怪しまれんぞ」

「「ヘイ」」


 指示役の男が注意すると、他の二人は大人しく黙った。


(森? まさか、タンネンヴァルトの森に向かってるの?)


 レイは何やら嫌な予感がして、胸がザワザワと騒いだ。




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