ユグドラの年越し1〜悪夢酒〜
「ただいまです!」
「ただいま」
「おう、おかえりー!」
フェリクスとレイがユグドラの樹、中層階にある団欒室に入ると、すでに十名以上の管理者たちが宴会を始めていた。
いつもは置かれているはずのソファとローテーブルは取り下げられ、代わりにたくさんの料理やドリンクが載った長机が置かれていた。
管理者たちは皆、久しぶりの再会に喜び合い、近況報告をし合っては、楽しく陽気に語らっていた。
本日、フェリクスとレイは、年越しのためにユグドラに帰って来ていた。
聖鳳教会本部があるディアロバードから、フェリクスの転移魔術で駆けつけたのだ。
「レイ! 久しぶり! 本当に綺麗になったね! 背もかなり伸びたみたいだし!」
レイが団欒室に足を踏み入れた瞬間、アイザックがにこにこしながら近づいてきた。
ロイヤルブルー色の瞳はキラキラと見開かれ、普段はクールで冷たい美貌も、この時ばかりは柔らかくほころんでいた。
アイザックが再会のハグをしようと腕を伸ばした瞬間、無情にもウィルフレッドに横から叩き落とされた。
「ハグはいらんだろ、ハグは」
ウィルフレッドが渋い表情で、アイザックに釘を刺した。
「ちぇ……まぁいいや。レイの話を聞かせてよ! 席も取っておいたんだ! こっちだよ~!」
「わわっ!」
アイザックは代わりにレイの手を取ると、自分の席の隣まで連れて行った。
「全くあいつは……」
「仕方がないねぇ。僕も目を光らせておくけど、レイが嫌がるようならすぐに止めに入ってくれるかい?」
「そのつもりだ」
団欒室の出入り口付近で、オヤジたち──ウィルフレッドとフェリクスは、ぶつくさと言い合った。
「ヴェロニカ、ポリー! 久しぶりです! 例の計測器、ありがとうございました! すごく研究に役立ってますよ!」
レイが席に座ると、その向かいにはヴェロニカとポリーが座っていた。
二人ともおいしそうにお祝いの料理にかぶりついていた。
「お。久しぶり、レイ。それは良かった!」
「おひさ~! ねぇ、結局どんな研究に使ってるの?」
ヴェロニカはワタリガラスの魔物だ。
黒髪のショートヘアにキリッとした青い瞳のカッコいい美人で、レイの元の世界でいう宝塚の男役のような凛々しい雰囲気だ。
ポリーは錬金鍋の妖精だ。
ライラック色のふわふわのボブヘアに、桃色の垂れ目の非常に女の子らしくて可愛いらしい妖精だ。体長も二十センチメートル程と手乗りサイズで、アゲハ蝶のような華やかな羽をしている。
二人は根っからの研究者で、ユグドラの魔術研究所で、それぞれ所長と副所長を務めている。
「今はドラゴニアの王国騎士様に手伝ってもらって、微弱な魔力の使い方の研究をしてますよ。彼らは魔力量が少なすぎて攻撃魔術みたいに体外に魔力を放つことはできないんですが、身体強化みたいに体内だけで魔力を使うなら、魔術が使えるって分かったんです。まだ始めたばかりですけどね」
「なるほど。あの微弱な魔力計測器は、その騎士たちの魔力測定に使われたんだね」
「へぇ〜、魔力の少ない人間ならではだね。面白い〜」
レイが少し照れながら説明すると、ヴェロニカとポリーは興味深そうに話を聞いてくれた。
「もう! 二人ばっかりレイと話してずるいよー! レイは僕が連れて来たんだよ! 場所だって確保したんだし!」
アイザックが少し拗ねたように、横からしゃしゃり出てきた。
「レイは最近背がかなり伸びたし、人間ならもうそろそろ大人だよね? ねぇ、いつになったらお嫁さんに来てくれるのかな? ……いてっ!!?」
ゴンッと重い音が響いて、アイザックの頭の上に拳骨が落ちた。
彼の背後からは、フェリクスとウィルフレッドが睨みを利かせていた。
「お前はちょっとこっち来い!」
「なんだよ、ウィル! まだレイと話してたとこなんだから、邪魔しないでよ!?」
ウィルフレッドはアイザックの片耳を引っ張ると、ズルズルと別の席へと引き摺って行った。
空いた席にすかさずフェリクスが座り、レイの隣を奪われないように確保する。
「レイ、大丈夫だったかい?」
「……はい、私は大丈夫ですよ……」
(……でもこの光景、最近なんだかどこかで見たことがあるような…………あ! レットの時と全く一緒だ!!)
今年の浄化の儀の後、レイは廊下で待っていたハムレットに求婚されたのだ。
その時は一緒にいたニールがハムレットを引き摺って、強制退場させてくれたのだった。
親友同士でもある水の高位魔物たちの、行動のあまりのシンクロっぷりに、レイは呆れて思わずじと目になっていた。
ヴェロニカとポリーは、アイザックの情けない姿に、お腹を抱えてケタケタと大笑いしていた。
レイたちは気を取り直して、お祝い料理を楽しむことにした。
チーズにこんがり焼き目が付いた鹿ひき肉のグラタン、ボアとキャベツのトマト煮込み、木の実とドライフルーツが載ったチョップサラダ、ベーコンポテトパイなど──どの料理も、ユグドラのおかん、ことアニータさんが、今日のために気合いを入れて作ってくれたものだ。
そして、テーブルの真ん中には、見慣れないおしゃれな瓶がいくつも並んでいた。
瓶から直接茎と葉が伸び小さな花が咲いているものや、瓶の中に入っているカラフルな液体に妖精魔術の煌めきが見えるものもあり、瓶自体の形やラベルも個性的で、可愛いものやかっこいいものなどさまざまだ。
(むむっ。謎のおしゃれドリンク??)
レイがじっと興味深そうに瓶を眺めていると、フェリクスとは反対側の隣の席に、同じ三大魔女のミランダがやって来た。
ミランダは、豊かな金髪をゆったりと後頭部でまとめてアップにしていた。淡い色のニットは、彼女のナイスすぎるボディラインをふんわりと拾って、とてもセクシーに見える。
「久しぶりね、レイ」
「ミランダ! 本当に久しぶりです!」
「それはおいしそうに見えるけど、お酒よ。ユグドラの妖精たちから差し入れがあったのよ」
レイがじぃーっと瓶を観察していたからか、ミランダが教えてくれた。
「お酒……むぅ、残念」
「大人になってからね」
レイがしょぼんと呟くと、ミランダが苦笑した。
「レイ。妖精のお酒の中には、大人になっても人間では飲めないものがあるから、気をつけるんだよ」
フェリクスが少し心配そうにレイの方を覗き込んだ。
「でも、見てるだけでもおしゃれでワクワクしますね!」
「おっと。お子様にはまだ早いぜ」
ちょうどレイが見ていた酒瓶を、背後からウィルフレッドが取り上げた。キュポンッとコルクを開けて、自分のグラスになみなみと注ぐ。
「あっ! 見てたのにぃ〜!!」
レイは抗議の意味も込めて、ぷくぅっと頬を膨らませてウィルフレッドを睨みあげた。
「まぁ、大人になるまで待ちなさいな」
ウィルフレッドはゴクゴクと喉を震わせて、ぷはぁっと気持ち良いぐらいに酒を飲み干した。
ウィルフレッドはヒックと小さくしゃくりあげると、その拍子に、つるりと手から酒瓶を落としてしまった。
パシャンッ!!!
「きゃっ!? 冷たっ!!」
ちょうどウィルフレッドの目の前に座っていたレイに、お酒がかかる。
レイは急に冷や水を浴びせられたような感じになって、ぶるりと身震いした。
辺り一面に、濃厚な酒の匂いがぷ〜んと広がる。
「あぁっ!!? 悪りぃ!!!」
「ウィルは一体何をやってるんだい?」
ウィルフレッドが慌てふためくと、フェリクスは非難の目を彼に向けた。
「ちょっと、タオル、タオル!」
ミランダも慌てて周りに声をかける。
「床にもこぼれちゃってるよ〜?」
「ほら、これ使いなよ!」
ポリーがテーブルの下から覗き込んで状況を確認していると、ヴェロニカが急いで空間収納からタオルを大量に取り出した。
みんながバタバタと対応しているさ中、床に転がってしまった酒瓶は、とりあえずテーブルの上に置かれた。
ドンッと雑に置かれた酒瓶は、こぼれた酒に濡れて、ベロンとラベルが剥がれていた──そこには、上に貼られていたラベルとは違い、極悪そうな笑みを浮かべた妖精の絵が下に描かれていた。




